339 変化したダンジョン ①
昼過ぎには今日の試合も終わり俺達はクオナの待つ宇宙ステーションへと来ていた。
予定ではそろそろダンジョンのスキャンが完了し全貌が明らかになっているはずだからだ。
その中にはどんな魔物が生息し、どんな存在が入り込んだのかも分かる様になっている。
しかし制御室へと到着すると画面には進捗状況が表示されていてまた50パーセント程しか終わってはいなかった。
もしかすると予想よりも内部の空間が広く作られていて時間が掛かっているのかもしれない。
それに、まだそんなに深く潜るつもりは無いので2割でも分かっていれば十分だ。
ただし別のトラブルが起きているかもしれないので念の為に確認だけは取る事にする。
「珍しく予定よりも時間が掛かってるな。」
「実は朝方になって急にダンジョンの形態が変化してしまい、それが原因で最初からスキャンをやり直している所です。おそらく先に入っていた何者かがダンジョンを乗っ取って構造を作り変えたのでしょう。」
「そういえば夏にもダンジョンに入った邪神が制御を奪って魔物を大量に発生させてたな。」
「あの時と似た様な状況ですが今回は完全に相手が手中に収めています。その証拠に生み出された魔物が全てリセットされこちらに変化してしまっています。」
そう言ってクオナは自分の右側に以前の魔物のデータを並べて行く。
見ると俺が以前に倒した鰐男や蛇男だけでなく、ウェアウルフや蟻もいるようだ。
それに対して左側に出たのは新しくなって変化した魔物で爬虫類タイプしか居ない。
ただし、こちらの方がどれも能力が高い様で50階層以上の魔物ばかりだ。
しかも右に出ているマップは階層ごとに分かれているけど、左のマップは1階層だけらしい。
スキャンの途中になので断言はできないけど今の段階で四国くらいの大きさがあり、この調子なら九州くらいの面積になりそうだ。
クオナ達が邪神の力を利用して作り出しているダンジョンも下に行くほど広くなり最後には数十キロにはなるけど1階層でこれだと途轍もない広さに感じる。
それにこれだけ広いと俺の空間把握でも全てがカバーできないので、この状況を作り出しているダンジョンの主を探すのも大変だろう。
ただ、出ている魔物のデータに少し気になる事が載っている。
アレはもしかして昨日アズサが食べ尽くしたアレではないだろうか。
「このダンジョンにはドラゴンも生まれているのか?」
「その様ですね。強いモノでは100~120階層クラスとこの世界の住人では太刀打ちできない強さです。もしかすると更に調査を進めれば、もっと強力な個体も発見されるかもしれません。」
すると後ろから生唾を呑み込む『ゴクリ!』という音が聞こえて来る。
これは見なくても分かるけど、もちろん食欲を刺激されての事だ。
何故分かるかと言うと昨日の再来と言うべきか、背後から捕食者が迫っている様な気配が襲って来る。
もしこれでダンジョンから食材がドロップしなかった場合、主が並みの邪神ならばこの星の朝日は二度と見られないだろう。
ただ、これからの行動を決めるのは今から俺がダンジョンに入り直接調査をしてからだ。
それまではアズサにも大人しくしてもらっておかないといけない。
「グルル~~~!!」
「アズサさんは留守番ですよ。」
「え!?」
どうしてそこで明日には地球が滅びると伝えられたかの様な顔になるのかな?
昨日の昼にオーパーツのドラゴン肉を食べ尽くした1人だよね。
他の皆も危険だから我慢してるのに・・・。
しかし断固たる態度を示そうとすると泣きそうな顔で腕を抱きしめて来た。
それだけで成長し始めた胸の感触が伝わり思考が一時的にフリーズしてしまう。
しかも最近はそれだけでなく俺の防御を容易く突破して来るので以前以上に生々しい感触が感じられた。
「つ・れ・て・っ・て。」
「グホア!」
まさに肉体と精神へのダブルクリティカルヒットだ。
これに耐えきれる男が居るなら一度で良いから会ってみたい。
一部からはツンドラの様な冷たい視線を向けられているけど、これは男にしか分からない次元の話だ。
「それなら私も行きたい!」
「私もです!」
そして後ろで見ていたアケミとユウナまで行きたいと言い出してしまった。
しかし、こうなると安全の為に明確な線引きが必要になる。
敵にもレベル100越えの危険な魔物が居るので壁を越えている者で、自分の身を自分で護れて戦える必要がある。
そうなると壁は越えていてもハルカはギリギリでルリコとワラビはアウト。
アン、ミキ、カナデは壁を超えていないからアウトになる。
ダイチとシュリが居れば連れて行っても良かったけどあの2人は別行動だ。
なんでもこの大陸に住む精霊と話がしたいそうで昨日もホテルには戻っていなかった。
後は今のメンバーで連れて行けるとなるとマルチくらいだろうか。
「そうなると、もし連れて行けるとすればハルカとマルチだけだ。それ以外は危険だから今回は連れて行けない。」
俺はそう断言してからさっき考えた理由を説明しておく。
アンは悔しそうな顔をしていたけど他のメンバーは自分の実力を理解していたのですぐに納得してくれた。
しかし、アンは俺と一緒に戦いたい様なので近い内に何らかの方法を考えなければいけないだろう。
黄泉に連れて行って修行をさせる方法もあるけどいつまで掛かるか分からないし、あそこは生者が長居出来る所ではない。
だから、あそこで修業をするとなると1度死んでもらわないといけないだろう。
しかしそれは一時的とは言っても出来るだけ取りたくない方法になる。
俺1人の我儘と独善だとも言えるけど、好きな相手で好きと言ってくれる相手でもあるのでそう思うのは当然の事だ。
「それなら私は護衛のサブで付いて行こうかな。後衛ばかりだとハルヤも離れられないでしょ。」
「なら、私はマスターとメタモルフォーシスして同行します。そうすればこことリンクしてダンジョン全体の探知が可能になるはずです。」
「確かに2人の言う通りだな。それとアズサも前衛で頼む。」
「分かったわ。」
これで前衛3の後衛2のバランスの取れたパーティになった。
しかし、聖女って普通は後衛職だよな。
それなのに剣と鎧に身を包んで魔物を斬り殺すのだから知らなかったら絶対に分からない。
それどころか、俺よりも勇者らしいのではないかとすら思えてくる。
もしかすると俺の身近だと歴史が変わった事で一番影響を受けたのはアズサかもしれない。
その後5人を連れてダンジョンの前に移動するとマルチを顔に装着した。
そして今度はアズサが12神将を纏う番だ。
「我が血と契約せし12神将よ。我が身に宿り力を与えよ。」
すると札を媒介にして12神将が現れアズサの体を覆って行く。
ただ、ここまでは以前と同じで夏休みのダンジョンで邪神を倒した時の様な強い力は感じない。
しかし装着が終わると同時にアズサは次の詠唱に入った。
「12神将たちよ。安倍家の娘であるアズサが許可する。安倍晴明が施した封印を破り神の力をこの身に与えよ。」
そして何かが割れる様な音を立てて12神将が封印を破ると一気に気配が爆発し力が跳ね上がったのを感じる。
どうやら12神将は最初に呼び出された時には力の殆どを封印されてしまっているようだ。
しかし考えてみれば以前にエクレが言っていたけど人が神を纏うと命の危険があるらしい。
きっと力の大半を封印する事で人でも纏えるくらいまで力を抑えているのだろう。
でも過去に出会った安倍家当主のオリヒメからもそんな話を聞いた事が無い。
もしかすると他人には話せない秘密なのかもしれないけど、どうして本家でもないハルアキさんがその事を知っているのだろうか?
聞こうにもなんだか出張や野暮用とかで時間が合わずに半年以上も会えていない。
そろそろ本気で気になって来たのでどうにかして会わないと話も出来ないだろう。
ただし、今はいつもと違って大勢で調査に来ているので集中する必要がある。
「マルチ。制御室とのリンクは出来ているか?」
『アンテナはバリ三です。』
ん?確かそれって携帯電話がガラ携とか言われていた時に使ってた言葉だよな。
アンテナ表示が3本だった時の言葉で感度良好を示すのだったか。
しかし、今のスマホのアンテナは5本表示なので既に死語となっている。
新幹線と一緒でその歴史は短く、クオナ達が技術提供したため2年程度で終わってしまったはずだ。
ネットで検索しても探すのが大変なのにそんな言葉を良く知っていたな。
それでも準備が整っているのは伝わったのでまずはダンジョンに入ってみる事にした。
「俺から入るからアズサ、アケミ、ユウナ、ハルカの順で続いてくれ。」
「殿は任せて。」
ここは既に敵の勢力圏とも言える場所なので外だろうと何が起きるか分からない。
俺が入ってすぐに何者かが転移してくるかもしれないし、先日の隕石の様に超長距離から攻撃をされるかもしれない。
それでもハルカの実力ならそれらを事前に感知して行動に移す事が可能なので安心して最後尾を任せられる。
そして慎重に中に入り空間把握で可能な範囲の情報を集めた。
しかし今の俺の探知範囲は半径だと60キロに届かない程度なので面積にすると1万㎢にも満たない。
それに対してこの空間は3万㎢を超えているため俺が全力でスキルを使っても3分の1も見る事が出来ない。
それに比べてマルチの方は制御室から解析された情報が次々に送られてきている。
それが俺の脳内と視覚にも反映され、スキルを使わなくてもどんな魔物が何処に居るのかが分かる。
ちなみに、ここから分かるだけでも巨大な湖の様な物から山や森など多種多様な地形がある。
山の中には火山もあって今も噴煙を噴き上げ、山肌には真赤に溶けた溶岩が流れている。
閉鎖空間であるダンジョン内にあんな物があると人間は生きられないだろうけど、そこはいつもながらの不思議空間の力で空気は外と大差ないようだ。
以前は色々と手探りだったけど今はクオナ達がその辺の事を事前に調べてくれており、今は探索が格段に安全になっている。
そしてそれらの情報から俺は最初のターゲットを選び出し、そいつが居る方向へと歩き出した。
「まずは手頃なのがあっちに居るみたいだな。」
「そうなの!?それなら早く行こうよ!」
するとアズサが俺の手を引きながら無邪気な仕草で急かし始めた。
しかし、その口角には涎が浮いている事をここに居る誰もが見逃す筈は無い。
もしこれでいつものダンジョンの様にドロップ以外で何も残らなければ恐ろしい未来が待っているだろう。
なので俺は心の中で冷や汗を大量に掻きながら、どうか素材やアイテムは要らないから食材がドロップしてくださいと祈った。
そして少し進んだ先で1匹の魔物を発見し近くの岩陰からそっと様子を確認する。
「アズ姉、何か食べてるよ。」
「そうだね。『グルル~~~!』」
「姉さん。レディーとしてはしたないですよ。」
「だってあんな大きな口でモリモリ食べてたら見てるだけでお腹が空いちゃうよ。」
ん~~~確か試合を見ながらいつもの一食分を上回る量を食べてたはずなんだけどな。
それにユウナが他人にはしたないって言うと違和感が果てしなくある。
何でかアズサを含めて他の皆は納得しているけど、もしかしておかしいのは俺の方なのだろうか?
「でもあれは何を食べていると思う?」
「あの見た目は魔物だよね。もしかしてこのダンジョンでは倒した魔物が消えないとか?」
俺達の前にはゴツゴツした皮膚を持つ二足歩行の蜥蜴・・・と言うか、ティラノサウルスみたいな魔物が死骸の肉を食べている。
倒れている魔物の体には真新しい傷が見えるので倒した相手を食べているのだろうけど、俺達の知るダンジョンではありえない光景だ。
百歩譲ってオーストラリアの広大な大地で今まで奇跡的に発見されていなかった恐竜の生き残りがダンジョンに迷い込み、魔物に倒されてしまったとしよう。
しかしダンジョン内では腹は空かず、魔物が食事をするという事は聞いた事が無い。
そこから考えるとアズサが空腹を感じないはずなんだけど、きっとあれは条件反射みたいな物だろう。
そして食欲に忠実なアズサは我慢の限界を迎えてしまったようで、まるでテーブルに準備されたご馳走へと向かうノリで岩陰から躍り出た。
「それならちょっとスパっと行って来るね。それに倒せば分かるよ!食べればもっと分かるかも!!」
後半は本音が出ている気がするけど魔物の強さは大した事が無いので色々な意味で任せる事にする。
しかしアズサの動きはまるで相手を誘っていると言うか、か弱い兎さんの様な動きだ。
あれで十二神将を纏っていなければカメラで連写して保存しておきたいけど、今の姿では流石の俺も手が鈍ってしまう。
しかし魔物にとっては違うようで鴨が葱を背負っている様に見えるらしく、口から大量の涎を撒き散らしながら一直線に走り出した。
「俺の挑発よりも効果が高そうだな。」
「ハルヤは気配が抑えきれてないからね。その点ではアズサは完璧なの。」
「でも捕食者が常に牙を剥いてるとは限らないけどね。」
「綺麗な花には棘があるものです。」
『しかし、アズサは花と言うなら明らかに食虫植物、又は食獣植物の類だと思います。』
そして話をしている最中にも魔物は人を丸呑みに出来そうな大きな口で襲い掛かろうとしている。
するとアズサの手が騰蛇に伸びると一瞬の輝きを放ち魔物は何も出来ないまま駆け抜けて行った。
しかし、そのすぐ後に地面を削りながら倒れ、首が外れて体とは別の方向へと転がって行く。
その後、頭だけは僅かな間だけ動き続け、目と口は状況が呑み込めずに暴れ回っていたけど数秒後には完全に動かなくなった。
「ねえ、今のってハルヤよりも・・・。」
「言うなハルカ。アズサは食べ物が絡むと俺よりも強くなるんだ。」
アズサの実力は俺を含めて皆が認めている所だけど、普段なら俺と同じか少し弱いくらいだ。
しかし以前からだけどその強さは食欲で大きく左右される。
今回の様に食材が絡むと確実に俺を上回る程の力を発揮する事が出来る。
きっと今のアズサの強さはスサノオと同等かそれ以上だろう。
そんな相手にレベル100にも届いていない様な魔物が勝てる筈はない。
そして倒してしばらくしても魔物は原型を留めたままで霧散する様子はなさそうだ。
既にアズサは尻尾の一部を解体して騰蛇に突き刺し塩コショウを振って口へと運んでいる。
なんだか何処からともなくすすり泣く様な声が聞こえる気がするけど気にしてはいけないだろう。
「食べられそうか?」
「オーパーツで食べたお肉に比べると少し味は落ちるけど食べられるよ。毒があるから解毒の必要があるけどトワコのお肉に比べれば弱いかな。これなら持って帰ればすぐに食べられそうだね。」
そう言って満面とはいかないけど嬉しそうに話しているのでこれで少しは落ち着くだろう。
俺は倒した魔物に再構築を行い毒を消すとアイテムボックスに収納してから皆に声を掛けた。
「次に行こうか。」
「うん!」
そして子牛程もあった肉の塊は既に消え失せ、騰蛇を鞘に仕舞ったアズサが元気な返事と共に歩き出した。
その様子をアケミたちは苦笑混じりに見詰め、楽しそうに後ろを付いて来る。
しかし、このダンジョンでは倒した魔物が消えないで本当に良かった。
そうでなかったらアズサが怒りに任せてここの主へ突撃して行ったかもしれない。
その場合は誰にも止められないので成り行きに任せる事になっていただろう。
そして俺達は更なる確認を行う為に次の魔物の許へと向かって行った。




