334 開会式
不可抗力とは言え相手の武器を壊してしまったけど、そのおかげで1つのトラブルが回避できた。
しかし次の問題が発生してしまい、それはこうして俺の腕を掴んでこちらを睨んでいる。
「アナタは本当に日本の選手なのですか?」
「そうなったのは数日前だけどな。他の奴らは面倒臭がって辞退したらしい。色々あって少し遅れたけど主催者側からも何も言って来ないだろ。」
既にゲンさんは主催者が集まるVIPルームに到着して笑顔で歓談中だ。
もちろん室内には威圧の嵐が吹き荒れ周りからの声を完全に封じている。
それに、どうやら開会式に出なかったら出場資格を失っていたようだ。
しかし遅刻しかけてはいたけど選手が入場しきるまでに会場には到着している。
別に入場口から入らないといけない決まりはないだろうから滑り込みセーフと言ったところだ。
「そういう訳で俺はあまり目立ちたくない。そろそろこの手を離してくれないか。」
「・・・分かりました。」
すると彼女は素直に手を放してくれたけどまだ何かを言いたそうだ。
「何か言いたい事でもあるのか?」
「私はアナタの様に適当な人は嫌いです。だから絶対に負けません!」
「そうか。我儘が言えるようになったんだな。」
「何を言っているのですか?」
「こっちの話だ。気合を入れ過ぎて負けない様にな。」
俺はそれだけ伝えると人の中に紛れて少女の前から姿を消した。
しかし既にネットで調べて知っていたと言ってもフルメルトは平和な国になったようだ。
国土は緑に溢れ水と自然が美しい国と観光パンフレットにも書いてあった。
そして今の少女の名前はアイラと言って俺と出会った時は名前が無くエリスと名付けられていた。
あの時と違ってちゃんと家族から名前を付けて貰えた様なので以前に比べれば家庭環境も良さそうだ。
それは横でプラカードを持って付き添いをしていた兄のデトルを見れば一目瞭然だろう。
以前のアイツなら女性である妹を前に立たせたりは絶対にしなかった。
もし以前と同じ内容の神託を受けているなら次の国王はアイラで決まりのはずだ。
あの国が崇めているサラスヴァティーは弁財天と同一人物なので次に会った時にでも聞いてみよう。
しかし登場が派手だったからか、まだ俺の事を見ている奴が居る。
そして視線の1つが動くと出場者たちの間を縫ってこちらへと向かって来た。
選手たちも整列している訳では無いので今の俺の様に移動は容易く、こちらへと真直ぐに向かって来るので用でもあるのだろう。
それに今はここから何処かへ行ける訳では無いので足を止めてそちらへと顔を向ける。
「何か用か?」
「ハ!せっかくの再会にそれは無いぜ戦友。」
「そうか・・・。なら久しぶりだな戦友のアーロン。まさかお前もこっちに来てるとは思わなかったぞ。」
するとアーロンは軽く鼻を弾いて笑うと俺の傍まで来て嬉しそうに何度も肩を叩いた。
おそらく俺が以前と違ってハッキリとした態度で戦友と呼ぶのが初めてだからだろう。
コイツがいつからこの時代に送り込まれたかは分からないけど、俺もこれまでの人生?で少しは変わっている。
それにコイツはその中でも真面な部類に入り、アマテラスと違って良い兄だ。
なので俺がコイツを嫌う理由は1つもなく、今なら強さ以外の面で認めている相手でもある。
「ハハ!まさかお前からそう言われるとは思わなかったぜ。」
「俺も成長したって事だろ。それよりもお前も選手なのか?」
「まあな。それに今は俺も学生だからな。以前とは状況が大きく違ってるがおかげでのんびりやらせてもらってるぜ。」
「軍には入るのか?」
「どうだろうな。今はダンジョンもあって周りは能力者ばかりになってる。治安も格段に良くなって世界情勢も安定してるからな。けどあの時の教訓からレベルは最大まで上げておきたいが周りが付いて来れねーんだよ。」
どうやらアメリカでも真の覚醒者は多くないのか、又は居るけど巡り合えていないだけかもしれない。
「それならソロでって言っても1人じゃキツイか。」
「当たり前だ。俺はお前と違って普通の覚醒者なんだからな。フルメルトの時みたいな化物は相手に出来ねーよ。」
ん?なんでアーロンがあの時の事を知ってるんだ?
確かコイツは覆面監査官として日本には居たけどフルメルトに連れて行ってはいない。
もしかして・・・。
「ジ~~~。」
「ハハハ・・・。スパイ衛星で丸見えだったんだ。もともとあの付近には巨大な影が確認されてたからな。」
するとアーロンの顔が急に引き攣ると後頭部を掻きながら苦笑いを受かべ、なんで知っているのか理由を話し始めた。
ただ未来と言うかある意味では過ぎた事なので気にしてもしょうがない。
問題があるとすれば今がどうなっているかという事だ。
「それで、今はどうなってるのか知ってるのか?」
「さ、さあな。今は軍人じゃね~から知らないな。」
「ならどうして視線を逸らすんだ?」
「・・・。」
「そして、どうして黙り込む。」
まあ、もし覗き見している不届き者が居ればマルチと協力して撃ち落としてやろう。
さっきの邪神は衛星軌道よりも遠くにいたのでやろうと思えば可能なはずだ。
「もし覗いてる奴を知ってるならそいつに行っておけ。俺が気付くまでに止めておけってな。」
するとアーロンは少し笑ってウインクを返して来たので、どうやら話す事は出来ない代わりに俺に気付かせるのが目的だったようだ。
前から仲間思いな奴だったけど再会してすぐに良い情報を教えてくれた。
もし試合で当たる事があっても重症にならない程度に手加減してやろう。
しかし意外な再会が続いたけど俺も国外での交友関係はそれほど広くない。
念の為に選手たちをザっと鑑定して見ても知っている名前や顔は居ないようだ。
そうしているとようやく選手たちも落ち着きを取り戻して来たので開会式が開始された。
「良く今日という日に集まってくれた。私がツクモ ゲンジュウロウである!」
そう言ってVIPルームから飛び出して来たのは俺をあの場に置き去りにして1人で逃げたゲンさんだ。
まるでさっきの事は自分とは無関係ですと言い出しそうな顔をしているけど、空いている穴には俺とゲンさんが着地した時の足形がしっかりと付けられている。
もしここで俺が暴露すれば面白い事になるかもしれない。
「色々とトラブルを起こした者も居るが会場はすぐに修復させる。」
しかし先手を打たれてしまいスタッフが集まって魔法で穴を塞いでしまった。
考えてみれば丸い石造りのステージが作られているけど試合で壊れない保証は何処にもない。
俺なら軽く蹴飛ばしただけでも壊れそうなのでその場で作り直せる人員を準備しておくのは当たり前だ。
「おのれ~!」
そして、こちらの声が聞こえた訳では無いだろうけど、その顔がニヤリと歪んだのを俺は見逃してはいない。
やはり長年の経験から保身にかけては俺よりも何歩も先を行っているようで、あのような人間を狸オヤジとでも言うのだろう。
そして完全に穴が塞がり周囲の修復も終えるとスタッフたちは下がって行き、ゲンさんは次の説明を始めた。
「この通りステージが壊れたとしてもすぐに修復できる。更に観客席の手前には各国の聖職者に協力してもらい強力なシールドが設置してある。魔法や投擲物の殆どは防いでくれるので遠慮なく使ってくれて構わん。ただし、破壊する自信のある者は攻撃の角度を考えるように。」
この会場に到着した直後に何かを破壊した様な気がしたのは多分それだな。
それに各国のと言っているので同時に複数の人間が力を集中させて強力なシールドを作っているのだろう。
そうでなければ何かがあった事にさえ気付かなかった筈だ。
俺が気付くくらいなのであれなら十分な強度は備えていると言えるだろう。
するとゲンさんの言葉に反発する様に周囲の何人かが小声で呟きを零し始めた。
「戦いでそんな事を気にしてられるかよ。」
「死んだら生き返らせれば良いだけだろ。」
どうやらシールドを破る自信があるようだけど俺も似た様な事を考えていた。
しかし俺は狙ってそんな事をしようとは思わないけど、今言っている奴らは遊び半分で観客を巻き込みかねない。
「それよりもアイツは九十九って所のお偉いさんだろ。ちょっと揶揄ってみねえか。」
「そうだな。偉そうに上から見下ろしやがって。手足の1本や2本程度なら良いんじゃねえか。」
面白い方向に話が進んでいるな。
しかも意外と話に乗るお調子者は多い様で既に5人がナイフを取り出して準備をしている。
もしゲンさんが一般人レベルならアイツ等の攻撃でバラバラになりそうだ。
ここで止めるのは簡単だけどさっきの件があるので今回は見学をさせて貰おう。
そして彼らは5つの方向に別れると目で合図を送り合いタイミングを計っている。
てっきり個人プレイばかりの奴等かと思えば意外と連携も出来るようだ。
すると説明が終わりゲンさんが拳を高らかに振り上げ最後の言葉を放つ。
「それではシーカー・オブ・チャンピオンを開幕する!まずはバトルロイヤルからだ!」
「「「「「は!?」」」」」
「おい!こいつら最初から準備を済ませているぞ!」
「やらないとやられるわ!」
すると全く予定に無い事をゲンさんが言い出したけど全員がそれどころではない。
なにせ事前に知っていたかのように5人の選手が既にナイフを構え戦闘準備を済ませていたからだ。
それを見て周りの選手たちは一瞬の警戒の後に攻撃を加えるとそいつ等をボコボコにして倒してしまった。
しかし、その行動が開始の合図へとなり全員が武器を手にして戦闘を開始した。
ちなみにこの後の予選でバトルロイヤルは行われる事になっている。
しかし全員ではなく10人ずつの少人数の予定だ。
それで人数を32人まで絞り明日からの本線の予定だったので周りが混乱するのも理解できる。
それにしても、いきなり流れを変えても大丈夫なのだろうか?
周りでは魔法が飛びかい剣戟の音が響き渡っている。
しかも選手たちを誘導していた一部の女性スタッフが逃げ遅れ、中央付近で孤立しているようだ。
それを守る様にアーロン、アイラ、デトルが善戦している。
しかし動きを制限されてしまうとアーロンはともかく、アイラとデトルは不利になる。
あの2人の戦闘は攻撃を流し、滑らかな舞の様な動きで相手の死角から攻撃するスタイルだからだ。
あんなに気にしないといけない相手が周りに居ては動きを制限されてしまい本領を発揮できないだろう。
それを相手も分かっているのかワザと巻き込む様な攻撃をしてアイラたちの動きを制限させている。
「お前等分かってるのか!コイツ等は民間人だぞ!」
「俺達には関係ねえな!気になるなら見捨てりゃ良いだろ!」
「彼女達は私達探索者が護るべき対象ですよ!」
「それなら後で生き返らせてやれよ!今は勝つのが最優先だぜ!」
確かに奴等の言っている事は両方が正しい。
俺だって護る対象が足手纏いなら殺して回収し後で生き返らせる手段を取るけど、それは実戦での話で今は試合中だ。
宣誓はしていないけど試合なら正々堂々と戦うべきだろう。
それに奴等の様に邪神と同じ様なやり方が一番嫌いだ!
別に今は競うべき相手である選手同士で助け合うつもりは無い。
しかし民間人を助けないで見捨てたとなると待っているのは輝く未来ではなく金棒の刑だ。
きっと今も異世界食所であるオーパーツでこの映像を視聴しているに違いない。
するとアイラがとうとう攻撃を捌き切れなくなり手と足に深い傷を追ってしまうと苦悶の表情を浮かべて膝を着いた。
「く!こんな所で負けるなんて!」
「アイラ!」
「おっと。お前の相手は俺だぜ!」
それを見てデトルが駆け付けようとするけど他の選手に阻まれて向かう事が出来ない。
それはアーロンも同じであちらは4人を同時に相手にしていて咄嗟に駆け付ける事は無理そうだ。
そしてアイラの前に居る2人の男性選手は最後の止めを刺すために笑みを浮かべながら剣を振り下ろした。
しかもその攻撃を受ければ生き残る可能性は限りなく0に近いだろう。
アイラは悔しそうに顔を伏せると来るであろう痛みに歯を食いしばった。
「お前は諦めるのが早いな。」
「え?」
俺は男性選手の後ろに回りそこからT字のプラカードを差し込み迫っていた剣を受け止めた。
するとアイラは俺の声を聞いて咄嗟に顔を上げるとその光景に目を見張り、男性選手は渾身の1撃を受け止められた事に驚いてこちらへと振り返ると緩んだ表情を引き締めている。
そして即座に思考を切り替えると剣を横に振り左右から挟むように斬撃を放って来た。
俺はその攻撃を再び札の部分で受け止めると軽く息を吹き掛ける様な轟砲を放つ。
「フッ!」
「「ぐあーーー!」」
それだけで2人は大きく吹き飛びシールドに衝突して意識を失った。
しかし、かなり手加減して放ったつもりだったのに瀕死と言って良い程にボロボロになってしまった。
これだと大会が湧かないのでしばらく遠隔系のスキルは封印した方が良さそうだ。
そして、ようやく4人の選手を気絶させたアーロンが喜色の籠った声を上げた。
「来てくれたのか!」
「民間人を見捨てられないだろ。(お仕置きが怖いし・・・。)」
しかし俺の行動が周囲で戦っている選手たちの動きを変えた。
どうやら今の実力を見た事で周りと声を掛け合って協力し、俺を集中攻撃しようとしているようだ。
その判断は戦略的に見れば正解だけど、どうしてバトルロイヤルが一時中断しているのだろうか?
「すぐ横にも戦うべき相手が居るのに酷いものだ。」
「へ!ここに居る連中は分かってるのさ。テメーを倒せば大きな障害が排除されるってな。」
「恨むんなら何も考えずに実力を見せた自分を恨むんだな。」
すると選手たちの中からアルミロとボルストの声が聞こえて来た。
しかし、他の選手を盾にしてかなり後方に姿が見える。
どうやら声の威勢だけは良いけど、さっきのやり取りで実力差くらいは感じ取ったみたいだ。
あの位置ならしばらく様子を見れるし、いざとなれば漁夫の利を狙って前に出る事も出来る。
それに慎重なのは命を賭ける探索者としては必要な要素なので褒められる部分でもある。
まあ、俺がアイツ等と同じ立場なら下手な挑発行為は控えて一番後ろに下がり選手が減るのを待つだろう。
そうすれば自動で予選を通過し、相手の戦力もゆっくりと観察できる。
さて、そろそろプラカードで戦うのも相手に失礼だから、少し遅れたけど装備を整えようと思う。
それに今日の為にしっかりと準備をして来たのでこれを使えば少しは試合を楽しめるようになる。
全ての手の指に嵌めさえすればば実力の差がかなり縮まるはずだ。
「ちゃんちゃかちゃ~ん!弱体化の指輪~~~!」
これはアンドウさんに作ってもらい、アズサが強化して俺が手加減のスキルを付与した指輪だ。
1つ着ければ約1割ステータスが下がり、10個付ければ1パーセントの力しか発揮できない。
ただし、本気で動くと壊れる事もあるので気を付けなければいけない。
これでスキルを使っていない状態ではステータスが100前後に押さえられ、アイツ等と並ぶくらいまで弱くなれる。
「良し、さっそく装備するか。」
「奴が何か企んでいるぞ!」
「あの指輪を装備させるな!」
「強力な強化アイテムに違いない!」
せっかく取り出すと同時にアイテム名まで声に出したのに、この中で鑑定を持っている奴が居ないのでは意味がなかった。
俺の言葉を信じる者は居らず、逆に不審に思ったようで指輪の装着を妨害するために動き始めている。
まあ、この状況ならそう見るのも当然かもしれないけど、1人くらいは鑑定を取得しておけよ。
もし誰かに毒でも盛られたらどうするつもりなのだろうか?
それにダンジョンには毒持ちの魔物もそれなりに多いので素早く相手の特性を理解して対処したり備えたり出来ないといつか足元を掬われて全滅する事になる。
ただし妨害しようと今の状態で鬼ごっこをしてもアイツ等に勝てる見込みは無い。
そのため攻撃を躱しながら指輪を嵌めて全ての指への装着を終えた。
しかし、1パーセントの力でも普段と感覚的にはあまり変わらないようだ。
おそらく普段から周りを壊さないように幾つものスキルを常時発動させて力を抑えているからだろう。
ただ、あえて言えば・・・そう、あえて言うなら体が全力で動かせる!
「ぐはーーー!」
「最近は無かったこの体に響く感覚!殴っても相手が砕けない!これならこの大会でも楽しめそうだ。」
(あ・・・でも今ので指輪が1つ壊れた。)
調子に乗って気分が高揚したのが原因だろう。
きっと抑えている破壊の特性が体から滲み出て指輪を邪魔者と判断してしまったようだ。
俺も半神になって日が浅いので力を完全には制御できていない所が多々ある。
気を付けないとうっかり本気を出した時に全ての指輪が砕けて会場を吹き飛ばしてしまうかもしれない。
「さあ、準備は整ったぞ。遠慮なく掛かって来い。」
「怯むな!ここでそいつを潰さないと優勝は難しいぞ!」
「「「うおーーー!」」」
すると後ろの方から煽る様な声が聞こえ全員が俺へと向かって来た。
やっぱり挑発と漢探知の両方を同時発動すると他の奴には見向きもしなくなる。
ちなみにこの指輪は攻撃、防御、魔力は下げてもスキルの効果までは下げてはくれない。
なのでスキルはいつも通りなので効果は高いままだ。
ただ本戦は1対1での戦いになるのでこのスキルを使うのも今だけだろう。
それと武器は適当に40階層付近の素材で作った刃渡り30センチほどのナイフにする。
これなら強過ぎないから相手の武器も壊さずに済むはずだ。
そして全ての準備が整い、せっかく出場できたこの大会を楽しむ事にした。




