328 合宿終了
次の日の朝も前日とあまり変わらない光景だった。
ただ、合宿は恐らく終わりとなるだろう。
昨日も寝る前にゲンさんからメールが届いたけど、その事に関して触れられていた。
一応は今回の事が評価され、全員が1年の猶予を与えられている。
その間に定められている以上の成果を出せばその先も進級できるそうだ。
それにDJN99のメンバーの中にはツクモ学園へと編入するメンバーも居る様で、かなりの移動が考えられている。
ダンジョン自体はツクモ学園から遠くないので今の時代なら日帰りでも十分に成果を出せるだろう。
そして皆が起き始めると俺も解放されて自由の身となった。
まだ寝惚けて眠たそうなのも居るけど夏休みはまだ半分以上残っている。
これからしばらくは家に帰ってのんびり出来そうだ。
そして着替えてから皆で食堂へと向かって行くと、そこでは多くのメンバーが男女で入り混じり雑談をしながら食事をしていた。
初日には目に見えそうな程の壁があったのに変われば変わるものだ。
アメリカ特別監察官となっていたアーロンではないけど、やはり同じ戦場を生き抜いた戦友には絆が生まれるのかもしれない。
そんな中で席に座り今日も料理を楽しんでいると俺達の許へとアイリがやって来た。
しかも今日は母親であるヤベさんことツルワさんと、父親であるメイシンさんと一緒だ。
どうやら感動の再会と一緒に訓練も済ませている様で互いの体には打撲の痕が見られる。
昨日の今日でとは思うけどダンジョンでの様子からすると剣を交える事は彼らのスキンシップみたいなものなんだろう。
俺としてはもっと平和的な触れ合いをお勧めしたいけど家族の事なので口には出さない。
「それで話は聞いてるのか?」
「合宿が終わるって事は聞きました。だからその前に挨拶をしておこうと思いまして。」
「この子ったらせっかくは入れたDJN99を止めるって聞かないんですよ。」
「だって、せっかくお父さんも帰って来たのにツクモ学園に転校したらなかなか会えないじゃない。」
そう言えば今のDJN99のメンバーは各地のダンジョン近くの学校に通っているそうだけど今回の問題からツクモ学園に集める事になった。
そうなるとアイリが言っている様に転校する必要があり、それを拒否するならDJN99を辞めるしかない。
こればかりは家庭の事情や本人の意思が尊重されるので仕方ないだろう。
だがアイリは重要な事を忘れているようだ。
「それならここから通学すれば良いだろ。」
「何言ってるのかな教官は。ここからあそこの最寄港まで船でも1時間だよ。そこからバスで1時間は掛かるのにどうやって通うんですか?」
「そんなのは走ってに決まってるだろ。」
すると周りは一斉に納得しアイリの両親さえも頷いている。
何故ならアイリは昨日のメイシンさんとの戦いでしっかりと経験値を手に入れ、レベルは60台まで爆上がりしているからだ。
ちなみにメイシンさんも邪神に操られていたけど、しっかりと魂は経験値を稼ぎ同じ位まで上がっている。
そうでなければ一緒に稽古をしてもレベル差でアイリが圧勝していただろう。
本人はいつもながらの天然で気付いていないようだけど今なら学園までの道のりは片道1時間程度になっているはずだ。
ただし全力疾走を続ければの話となる。
「それなら帰りは皆で走って帰ろうか。私達でアイリちゃんを学園まで案内してみるよ。」
「・・・そうですね。それが良いかも。」
まさかここでアズサがこんな提案をして来るとは思わなかった。
しかもその私達に俺が含まれていないのは確定だ。
何故なら俺は連れてきた生徒たちをあのイタ船に乗せて連れて帰らないといけないからだ。
周りの皆もアズサに賛同して頷き合い、一緒に乗ってくれる者は1人も居なくなった。
これはいっその事あの船を沈めるしかないのではないだろうか。
そんな事を悶々と考えていると食事の時間は終わりを迎え、最後にゲンさん達のスピーチで締め括られた。
そして今の俺達は金三郎の前に集合し出発の準備をしている。
「アイリちゃん。辛くなったらポーションを飲んでね。」
「・・・はい。」
そして俺と同じ様に死んだ魚の目をしたアイリがアズサのアドバイスを聞きながら荷物を背負っている。
それには重りが入れられており、重量は100キロと言った所だろうか。
「ねえ、お父さん。今日くらいは試しなんだから無くても良いんじゃない?」
「お前なら出来るぞ!」
「頑張ってね。」
どうやら、ここの親子は色々な意味で全員が天然みたいだ。
この環境で生きていれば、この歳てアイリがあれだけの剣の腕を収めたのにも理解できる。
しかし、まだ開店前にも関わらず既にお客さんが並び始めている。
これからは店も忙しくなるだろうから剣は剣でも芋剣ピの腕を磨いてもらいたい。
「さ~皆!急いで帰るからね~!」
「教官、私は凍死する前に全力で走ってきます。」
「マスター。考えが駄々洩れと告げておきます。」
すると誰もが口々に同じような事を言うと空歩で駆け出して行った。
それにしても声に出たのは不覚の至りだけど後ろの2人にはちゃんとウケている。
やはり俺の冗談は大人にしか分からないのだろうか?
ただ、あまりにもウケ過ぎているので、皆の去り際のセリフで笑っているとは思いたくない。
俺の体は常人の域を越えて丈夫だけど、こういう事に対してはガラスの様な繊細な心を持っている。
だから今は深く考えずに在るがままをを受け入れよう。
「俺は生徒達を連れて帰らないといけないのでそろそろ行きますね。」
「クク・・・。ツルワとアイリが世話になった。ククク!結果はまだ分からんが、あちらでも仲良くしてやってくれ。」
「ププ!ごめんなさい。それとまた来てね。それまでにはこの人を鍛えて芋剣ピの生産量を増やしておくから。」
「そうしてください。」
そして、なんだか微妙な気分で別れを告げるとホテルへと向かって行った。
するとその前にはイタバスが準備され、生徒たちも一時の別れを惜しむように乗り込んで行く。
タチバナなどの一部は安堵した表情を浮かべているけど、解放されるのは本当に短い間だけだ。
きっとこの夏休みで彼らも大人としての大きな成長を果たすだろう。
レベルを上げて能力を強化しなければ吸い尽くされるという今までにない程の危機感を抱いているだろうから明日からも怠ける時間は無さそうだ。
それを見届けてから周囲を見回し残りが居ないかを最終確認する。
するとやはりと言うか他の教官担当者やスタッフは誰も残っていない。
俺が金三郎へ行っている間にこの場を押し付けて車で帰った(逃げた)ようだ。
天皇達も宝船で送ってもらうとか言っていたのでホテルの屋上には誰も居なくなっている。
そして残っているDJN99のメンバーたちは去り際に手を振って見送ってくれた。
きっと新学期からは色々と大変だろうけど今回の事で知り合った奴等が防波堤になってくれる。
困った時には相談に来るだろうからその時にはまた対処をすれば良いだろう。
「それじゃあな。一足先にあっちで待ってるぞ。」
「「「ありがとうございました~!」」」
そして、またすぐに会えるので軽い挨拶だけで済ませると、船の待つ港へと移動して行った。
しかし俺もあと少しで中学生となるので人生とは早いものだ。
クラスも2つから5つには増えて1学年の人数も150人くらいまで増える。
それにゲンさん達からも中学からはもう少し周りを意識しろと言われているからあまり侮られない様に気を付ける必要がある。
ただ今は半年以上先の事よりも目の前の問題に意識を向けないと・・・いや、意識を逸らさないといけない。
そして、全ての生徒を乗せた船は激しい汽笛と共に出航して行った。
ちなみに、この船の動力源は蒸気機関や燃焼エンジンの類ではなく、車と同じ様に電気で動いている。
なので汽笛は演出なので必要では無いのだけど、こんな船に乗っている船員なのでノリも良いのだろう。
それにしても今回は室内に籠らずに船内を歩き回っている。
そして、船首にあるギミックに気付いた奴等がそこで悲鳴と歓声を上げていた。
「俺は鳥になってるぜー!」
「おい早く代われよ!到着まで間に合わないだろ!」
「クソ!なんでシークレットがパスワード制なんだ!」
ここには元Bチームである60人が集まって撮影をしているけど1時間ほどで港に到着するとしても1人が使える時間はたったの1分しかない。
それだと4桁と言ってもアルファベットと数字を組み合わせたパスワードの解除は無理だろう。
俺はパスワードを知っているけど、それを教えるつもりは無い。
彼らはこれからDJN99のメンバーとパーティを組む事になっている。
その相手がスマホの待ち受け画面で自分達の水着姿とツーショットを撮っているのを見ればどうなる事か。
下手をするとせっかくの信頼も消え去り、初日でパーティ解散となるかもしれない。
それにせっかくの夏で休みなのだからちゃんと思い出に残る様に本物と記念写真を撮るべきだ。
それでこそ更に仲も深まり結束も高まると言うものだ。
そして甲板の隅には俺達が来る時にしていたように遠くを見詰める者達が整列している。
コイツ等はさっき船室に入った直後に後ろ向きに出て来てからずっとそのままだ。
目はガラス玉の様に青い空を映し、更にその先にある宇宙を眺めているように見える。
特にその中でもタチバナの姿が一番酷く、目の下には隈が出来ており顔はやつれて別人のようだ。
きっと朝から夜まで激しい戦いを繰り広げた結果だろうけど、今は理由を良く知る者としてそっとしておこう。
きっとあの状態では話しかけたとしても真面な反応は返って来ない気がする。
そして長い船旅を終えた俺は乗る時とは逆に元気よく下船して行った。
それにしても船員の奴らは途中から明らかに船足を遅くしやがって。
そのせいで1時間の船旅が2時間にもなってしまった。
もしかするとサービスのつもりなのかもしれないけど、こちらとしては拷問の時間が倍に増えただけだ。
タチバナ達なんてそれに気付いた直後に船から飛び降りて走って帰ってしまった。
だからここに居るのは俺と元Bチームのメンバーだけしか居ない。
なんだか引率なんて拘らずに俺も帰れば良かっただろうか。
「は~・・・それじゃあ解散な。」
「「「ありがとうございました!」」」
「ああ、それじゃ新学期にまた会おう。」
そして家に帰り着くとアズサ達は既に帰宅して家へと来ていた。
流石にあのレベルになると2時間あればゆっくり帰らされた俺よりも早く到着しているようだ。
「ただいま。」
「あ、お帰り。アイリは無事に学園まで走りきれたよ。」
とは言ってもそのアイリだけどソファの上で横になり完全にバテてしまっている。
やはりレベルは上昇したけどスキルも碌に取得していない状態では無理があったのだろう。
しかもそんな状態で背中に100キロも重りを背負っての長距離全力疾走だ。
それをやらせる父親もだが、それを黙認する母親にも決定的な問題がある気がする。
まあ、ここまであの状態で走れたなら通学は余裕だろう。
きっと普段の登校時にはあんな物を背負って登校はさせられないはずだ。
「でも完璧にダウンしてるけど大丈夫なのか?」
「多分大丈夫じゃないかな。でも帰りくらいは送ってあげた方が良いかもしれないね。」
「まあ、初日だから仕方ないか。」
しかし、そちらよりも重要なお話があるのは既に分かっている。
何故なら玄関には沢山の靴が並べられており、他の皆も来ている事を教えてくれていたからだ。
昨日は色々あったので話しにはならなかったけど、きっとステラの件だろう。
当の本人はあの直前まで邪神側に居たので貴重な情報源としてスサノオ達に連行されてここには居ない。
だからこの間にちゃんと話を終わらせておくつもりだろう。
そして神棚の空間に入ると皆が待っている部屋へと向かって行った。
しかし予想に反してそこに居るのはアケミ達だけではないようだ。
アマテラスとスサノオも来ており、その前にはステラが置かれていた。
それと今の彼女は剣の姿に固定されていて人の姿になれないので別に虐めている訳では無い。
スサノオが言うにはかなり強力な力で能力を封印されているらしく、それを解くにはしばらく掛かるそうだ。
そして部屋に入ると剣の前に空いている座布団が2つあり、俺はアズサと一緒に腰を下ろした。
「2人がここに来るのは珍しいな。まさか家庭訪問か?」
「いいえ。それはまだしばらく先ですね。アナタが高校に入学した時には真先に来る事にしましょう。」
「いえ、結構です。悪さもしてないのに校長に自ら来られたら変な噂が立つかもしれないだろ。」
「それは是非にも来させていただきましょう。学園の前に車を待機させて待ってますから送迎もしてあげましょう。」
それなら転移か飛んで帰れば良いか。
「まさか逃げませんよね。」
「ハハハ!そんな訳ないだろ。その時は喜んで送ってもらうよ。」
コイツまた勝手に人の思考を盗み聞ぎしたな。
まあ、その時までに都合よく忘れた事にしておこう。
そして話の間はスサノオから呆れた目を向けられ、皆も後ろからジットリとした視線を向けて来る。
それらを2人で軽くスルーしながら挨拶代わりの舌戦を繰り広げてから本題へと入って行った。
「実は彼女のおかげで敵の正体が判明しました。」
「そういえばあの時の邪神はあの方とか言ってたな。」
「それに関してですが名前はファルマリスと言って邪神として生まれた女神だそうです。そして、この世界に封印されているボルバディスはその者に仕える邪神の1人との事で奴クラスの邪神がまだ居ると判明しました。」
「そうなるとボルバディスよりもその女神は更に強力なのか?」
そうなると今の俺で勝つ事は不可能に近い。
可能性が0では無いのは9割以上が強がりだけど、この時代には護りたい者がたくさん居る。
邪神は他者が発する負の感情や魂を取り込み自身を強化する事は分かっているので、もし攻めて来ればアズサ達が標的になるのは間違いない。
「いえ、そこまでは不明です。しかし、その者は神を邪神へと堕とし従える力を持っているそうです。どれくらいの期間で邪神となるかは不明ですが下級の神では抗う事も出来ないでしょう。」
「もしかして最近になって下級邪神とかいうのと頻繁に会うのもそれが原因か。」
「どうやらファルマリスによってこの星もターゲットにされてしまったようです。もしかするとこれから昨日の様な事が何度も起きるかもしれません。それどころか、もっと直接的な手段に出る可能性もあります。」
そうなるとダンジョンが大量にあるのはある意味で好都合だな。
ツクモ学園のダンジョン以外には邪神へと繋がっておらず、その他は全てハズレだ。
最下層にはボルバディスが他の世界で取り込んだ強力な魔物や戦士が待ち構えているけど、そこで行き止まりになる。
今回はかなり近場に現れてしまったけど恐らくは偶然だろう。
俺が邪神ホイホイであるので今後も油断は出来ないけど現れたらすぐに対処すれば良い。
出来ればやって来た邪神を各個撃破して俺自身を強化したいところだ。
「そういう訳でステラはしばらく私達で預かります。高天原の方が彼女を元に戻すために適していますからね。」
「ステラは良いのか?」
「・・・ええ。」
すると歯切れの悪い返事が返され何処となく嫌そうに感じる。
しかし、そこにアマテラスが手を伸ばし、ステラを攫う様に掴み取った。
俺はそこに違和感を感じるとアマテラスの手首を掴み鋭い視線んで睨み付ける。
「お前はまた何かを隠してるな。」
「何の事やら。」
「惚けても無駄だ。お前が嘘をつく時は眉毛の角度が変わるんだ。・・・とツクヨミが教えてくれた。」
「ク!さすが我が妹ですね。よく見ています!」
だが、こう言っては何だが俺には眉の角度なんて分かるはずがない。
これはシスコンの習性みたいなもので妹に見られていたと考えるだけで本能的に嬉しくなって本音が出てしまう。
そのためちょっとした引っ掛けだったけどツクヨミの名前を出す事でアマテラスも内心の喜びを隠しきれずに素直にゲロッてくれた。
「・・・ハメましたね。」
「それなら隠し事をするな。お前は500年前に何を学んだんだ。」
すると諦めたようにステラを手から放して置くと溜息を零した。
どうやら、その秘密とはステラが握っていてそれを伝えられない様に連れて行こうとしていたようだ。
本当にコイツの無意味な秘密主義にはいつも困らされる。
「聞きたいなら好きにしなさい。しかし、アナタは後悔するかもしれませんよ。」
「それは俺が決める事でお前が決める事じゃない。」
「それならもう何も言いません。」
そう言って俺が手を離すと同時に立ち上がり溜息を吐いて消えて行った。
スサノオも困った様に頭を掻きながらその後に続いて行ったのでここに残ったのは俺達だけだ。
「それじゃあ話してもらおうか。」
「分かりました。」
そして俺達はステラの話に耳を傾け、この世界に封印されているボルバディスの秘密を知った。
しかし、それは俺にとって後悔を与えるものではなく、逆に意欲を駆り立てるものでしかなかった。
もしかするとダンジョンで戦い続けていればいずれは希望に会えるかもしれない。
そう思って俺はこの日から各国のダンジョンにも潜り最下層の確認を始めた。




