327 ダンジョンに邪神襲来 ②
「行ったようだな。」
するとハルヤが去って少しすると倒れていたメイシンの口が開き声が洩れる。
さらに何も無かったかのように普通に起き上がると体を確認しその顔を困惑と怒りに染めた。
「化物め!しかし、どうして肉体の再生が出来ないのだ。呪いの方は仕方ないがこの程度の傷はすぐに癒せるはずだが。」
しかし能力を発動して再生を試みようとしても傷はいまだに開いたままで新しい腕は生えて来ない。
通常なら1秒と掛からずに元通りになるはずなのでその理由が浮かんで来ないのだ。
ただ、この邪神の場合はその理由に辿り着くための知識はあっても、ハルヤがその存在であると思っても居ない。
もし、そこに辿り着けさえすれば今の状況にも少しは納得し、この世界から脱出する事を優先させただろう。
「こうなれば、この体を捨てて上で戦っている奴らの体を乗っ取るしかなさそうだな。そして、周りの奴等の魂と力を吸収し、奴を倒してカオスブレードを取り戻して見せる。」
そしてハルヤが魔物を倒している後ろを気配を消して通り過ぎると邪神は階段を上って行った。
しかし、もしここで冷静な判断力を残していれば、ハルヤが常に背中を向けている事や戦闘に時間を掛けている事にも気付けただろう。
ハッキリ言って演技の才能が皆無なので気を付けて見ていれば小学生でも違和感を感じられたかもしれない。
そして何階層か上がって行くとそこでは人間と魔物との激しい攻防が行われていた。
魔物は数を頼りに突撃を仕掛けているが、人間側には手練れが揃っているらしく押し負けている。
するとその戦っている者の中で1人の少女が目に留まると邪神は物陰から様子を覗き込んだ。
「あの者は・・・この人間の娘か。確かアイリとかいう名前だな。・・・ん?記憶がブロックされた?人間の魂の分際で神たる我に逆らうとは身の程知らずめ。あの娘の体を奪えば親子揃って魂を消し去ってくれる。ハーハハハ・・・おっと、今はまだバレる訳にはいかん。」
そして笑っていた邪神は口を押え込むと陰に隠れて自身が落ち着くのを待った。
「良し。後はこのまま近付き奴に憑りつくだけだ。」
そう考え姿勢を低くして忍び寄ろうとした瞬間にその横を業火が通り過ぎた。
その熱は邪神から見ても明らかに異常であり、炎はまるで獲物を求めるかのように不自然な動きを見せている。
そして炎を辿り発生源に視線を向けると、そこには怒りに燃えた仮面を被る何者かが真直ぐに自分を睨んでいるのが目に飛び込んで来る。
その瞬間に邪神の中で本能が警報を鳴らし逃げろと叫びを上げた。
しかし体が言う事を聞かず、逆に足はそちらの方へと進み始める。
「ど、どうなっているのだ!に、逃げなければ殺される!」
「心が折れたな。私はずっとこの瞬間を狙っていたのだ。」
するとメイシンの口から別の誰かが言葉を発した。
しかし、邪神にはそれが誰なのかがハッキリと分かり、顔が驚愕に染まる。
「馬鹿な!人間風情が私の支配を跳ね除けたというのか!!」
「お前の様に心が弱い者に娘をくれてやる訳にはいかないからな。しかし、せっかく手に入れた強靭な体だ。娘の成長を見るのに使わせてもらうぞ。」
「クソ!体が命令を受け付けん!止めろ!お前にはあそこに居る奴がどれだけ恐ろしい存在か分からないのか!」
「確かに死は恐ろしい。しかし、それを受け入れ克服し、弱さを強さに変えるのも人の強さだ。お前は確かに私よりもに強いのだろうが心が決定的に弱い。それでは今の私の歩みは止められんよ。」
そしてメイシンは手に持っている剣を一薙ぎするだけで目の前で壁を作っている魔物たちを消し去った。
更に彼が体の主導権を奪い取った瞬間に魔物の発生が止まり、ダンジョンは元の落ち着きを取り戻している。
そのため残った魔物も瞬く間に倒され、ここに残るのはメイシンと彼らだけとなった。
しかし、その存在に気付いたアイリは迷う事無く父親であるメイシンへと切っ先を向ける。
「貴方は誰!お父さんに似てるけどお父さんじゃない!」
「その通りだ。私はこの騒動を起こした邪神である。さあ、私を倒さなければ再び魔物が大量発生するぞ。」
そう言ってメイシンは本気の殺気を愛娘へと叩きつけた。
しかし、それを受けてもアイリは怯えるどころか、真直ぐな目で睨み返し素早いステップを踏んで向かって行く。
「この剣にかけてアナタを倒す!」
「お前の力を見せてみろ!」
メイシンは片手で剣を操りながらアイリの攻撃を受け、1合目にして今までの研鑽を感じ取っていた。
それは彼にとって娘の成長を見詰める様で、自分が居ない間の記録を見せられている様な気分になっている。
それにその1撃は想像よりも重く、戦いながらも常に成長を続ける姿は以前には無かった新たな一面を見つけられた気分にさせられた。
「アイリは良い師に巡り合えたのだな。」
「!?」
そして、その言葉を最後にして表情が変わり穏やかな笑みを浮かべた。
その姿にアイリの中で父親の記憶がフラッシュバックし目から涙が流れ落ちる。
しかし互いの剣は止まる事は無く斬撃を浴びせ続ける。
するとメイシンは背後に飛んで距離を空けると鞘は無いが剣を腰溜めに構えて見せた。
「最後と行こうか。」
その言葉に応える様にアイリは剣を鞘に納めると余分な装備は外して腰を落とした。
そして、その姿は互いに似ており、最終奥義の構えに入っている。
「打ち負けた方が死ぬぞ。」
「分かってます。」
そして互いに間合いを詰めるとアイリが最初に剣を抜いた。
それは今迄に無かった完成された形で放たれ、剣線は一条の光となって振り切られた。
そこには一切の抵抗は感じられず、互いに向かい合ったままで時間が停止したかのような一瞬の時が流れて行く。
そしてアイリが視線を動かしメイシンの手元を見ると剣は放たれておらず、腰溜めに構えたまま動いてはいなかった。
「強くなったなアイリ。」
「うん・・・。」
そこでメイシンの首に赤い線が出来ると頭が地面に落ち重たい音を立てて転がった。
その姿にアイリは滝の様に涙を流し、そっと手を伸ばして顔に触れる。
しかし、その穏やかな顔からは何も反応は無く返ってくる言葉もない。
そんな中でアイリはフと疑問に感じ顔を上げると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「ハハハ!メイシンめ、我が首を落とされただけで死ぬと思ったか!やっと余計な物が無くなって体の主導権を取り戻せたぞ。さっそくで悪いが貴様の体を頂かせてもらう!」
そこには首を失っても動き続ける体と、切り裂かれた服の隙間から覗く醜い顔があった。
その口からは皺枯れた声が発せられ、手に持っていた剣は既に振り下ろされる直前と言える。
しかし、どうやらここで再び選手交代となるようだ。
『ガシ!』
「あれ?」
そして喜色満面の顔で振り下ろした剣は容易く掴み取られ、容赦なく握り潰された。
邪神はそちらに顔を向けると先程以上の殺気を纏っている人物が立っている。
「貴方が私の夕飯を邪魔した張本人だね。」
「・・・。」
そこには全身に十二神将を纏ったアズサが夕飯の恨みを晴らそうと邪神を睨みつけていた。
しかし、その身に纏う気配は女神のようではありながらまさに魔王。
殺気だけでダンジョンを揺るがしているような錯覚さえ覚え、邪神はそれを自身の体が震えている為と気付いた時には手遅れであった。
「ハハハ!久しぶりの全力全開最大火力だぜ!」
その声を上げたのはアズサの手にある謄陀だ。
その刀身は朱色に染まり、激しい光と熱で地面さえも溶かしている。
しかし、その熱はアイリには届かず、その前には玄武によって強固なシールドが張られていた。
もしそうでなければ今のアイリでは燃えカスすら残さずに消し飛んでいただろう。
「謄陀、仕事をしないとお仕置きするわよ。」
「いつもながらに厳しいね~。しか~し、封印を解いたからには・・・『ミシミシミシ!』。へい、姉さんの言う通りです。」
そして謄陀は大きくなりかけた態度を一瞬で改め邪神を炎で包み込んだ。
それは通常の炎ではなく、神の力が具現化した神炎と呼ばれる特殊な炎で邪神すら焼く事が出来る。
「何だと!貴様も神を纏っているのか!」
「きっとアナタが言っているのは私の旦那様ね。ちゃんと美味しい所は残してくれて良かったよ。」
「おのれ!ならば貴様も道連れに・・・!」
しかし、手を伸ばそうとした瞬間に火力が更に上がり残っていた腕が燃え尽きた。
それだけではなく天井から巨大な拳が振り下ろされ、轟音と共に邪神は地面の奥深くまで突き潰され完全に消滅する。
それと同時にメイシンの頭も消え去ってしまい、今回の騒動の元凶が完全に消え去った。
そして代わりに現れたのはキメラの姿で巨大化しているハルヤである。
俺は最初から邪神を弱らせてアイリと戦わせる予定だった。
メイシンの魂が強靭であるのは分かっていたので戦いになったら手助けしてくれるだろうと予想していたからだ。
しかし、まさか自身の力で体の主導権を奪い戦いに行ったのは予想外だった。
それにアズサならあの程度の邪神に勝てるだろうと思っていたけどさっきの状態は初めて見る。
今迄は雑魚としか思っていなかった十二神将の強さが格段に上がり、まるで神武装を纏っている様だった。
確かに神将なので神かもとは思っていたけど、今までが弱すぎたので名前だけかと思っていた。
まさか本当の力が封印されているとは知らなかったので後で聞いてみよう。
そして俺は人間の姿に戻るとアズサへと振り向いた。
「大丈夫かアズサ?」
「出て来なくても大丈夫だったよ。」
「いや、つい体が動いてたんだ。それよりもさっきのは?」
「お父さんに教えてもらったの。そろそろ必要だろうって。」
それなら詳しい事はハルアキさんに聞く方が早いか。
何でこんな事を知っているのか気になる所ではあるけど、余程の秘密でもない限り教えてくれるだろう。
そしてスマホを取り出すと管理棟へと電話を掛けてみる。
しかし、そちらには繋がらないのでもう一つの方へと連絡を入れた。
「クオナ、こっちは無事に終了したぞ。」
『それなら撤収してください。それと魂の回収は既に終えているので大丈夫です。今回の邪神が、彼らの魂を切り離してくれたので手間が省けました。』
どうやらアズサ達がここに来るまでに他の人達の魂で作られていた魔物を倒していたようだ。
それに回収班であるクオナ達は、管理棟とは別の場所で作業をしていたので被害を免れていた。
だからこの機に乗じてアイリの父親くらいは回収してくれていればと思っていたけど、全員助け出してもらえたのは本当に助かる。
「それなら俺達は撤収するから後は任せる。」
そして揃って撤収を始めると残っていた他の生徒やDJN99のメンバーに声を掛けながら外へと向かって行った。
その後は皆にホテルへ先に帰っていてもらい、俺はある場所へと向かい移動を開始する。
まずは商店街の入り口へと向かい、そこの入口にある金三郎の前までやって来た。
そして営業時間を過ぎているため閉まっているシャッターの横にあるボタンを押してベルを鳴らした。
するとまだ店頭で作業をしていたので声が聞こえ、電動のシャッターが開き始める。
「どちら様ですか?」
「俺です俺。」
「オレオレ詐欺の方ですか?」
そう思うならシャッターを空けてはいけない気もするけど、ちょっとしたジョークだろう。
そして顔の近くまでシャッターが開いたので中を覗き込んで顔を見せると、なんだか驚いた様な表情を浮かべられてしまった。
まさか、さっきのは本気じゃなかったよね・・・。
「すみませんが今からちょっと出かけられませんか?」
「こんな時間に何処へですか?」
「ちょっと肉体バンクへ。旦那さんを迎えに行きましょう。」
「ちょ!ちょっと待ってください!」
そう言って彼女は店の奥へと向かうと何かを大事そうに抱えて戻って来た。
そこには折り畳まれた白い和紙が握られそれをこちらに差し出して来る。
「あれから心配になってあの人が使っていた櫛から髪を集めておいたの。これでも使える?」
そして開いた和紙の中身には髪の毛が何本も入れられている。
鑑定するとしっかりと彼女の旦那であるメイシンと出るのでこれを使っても蘇生は十分に可能だ。
「それなら奥に行きましょうか。蘇生は可能ですが、風で飛んだら大変ですから。」
「そ、そうね!ちょっと驚いて取り乱しちゃったわ。深呼吸、深呼吸・・・。」
だから風で飛んだら大変だと言ってる端から息を吹きかけちゃダメでしょ。
もしかしてアイリの天然は母親譲りなのか?
咄嗟にシールドを張ってガードしなかったら全部飛んでしまっていただろう。
まあ、バンクの方に予備が保管してあるから良いけど、すごく不安な光景だ。
そして奥に入ると布団や着る服を用意してもらい蘇生に取り掛かった。
もちろん俺にとっては今迄にも見て来た光景だがヤベさんは違う。
蘇生が開始され形が整うにつれて輪郭がハッキリし始めると手で口元を覆い涙が頬を伝って行く。
きっと今にも飛びつきたいのだろうけど蘇生が完全でない状態では何が起きるか分からない。
だからグッと我慢して光が消えて姿を現すのを待ちって貰い、何時なら良いのか聞きたそうな顔で視線が向けられた。
「もう良いですよ。」
「メイシンさん!」
ヤベさんは俺の言葉を聞き終わると同時に飛びつくとその顔に手をやり力強く抱きしめた。
その衝撃でメイシンさんも目を覚ますと布団の中から手を伸ばしてそっと抱きしめて言葉を贈る。
「ただいまツルワ。」
「お帰りなさい!」
これで後は他の人達の蘇生だけど、そちらは組織に任せれば良いだろう。
こういう時の為に国には既に強化済みの上級蘇生薬を幾つも納品してある。
あの支部長もかなり稼いでいそうなので罰金として料金はあちらが払う事になりそうだ。
何せ早めに対処していれば500万も掛からなかった費用が、プライドで問題を隠蔽したせいで数億の損害を出している。
元々の罪だけでは組織としては簡単に収まりが着かないだろう。
そして、これでここでの仕事が1つ早々に終了した。
後は生徒たちがどうなっているかだけど、今回の騒動でかなり上手くいったみたいだ。
その辺の事もマルチが上手く操作してくれた様でほぼ終了と言えるだろう。
残念だが、これだけの事があっても上手くいかない奴等も居た様だが、トラブル解決に尽力したので少しだけ口添えをしておこう。
そして俺はホテルに帰ると皆が待っている部屋に向かい、今日の疲れを共に癒した。




