324 追加合宿 マンツーマン ⑤
ダンジョンから出るとちょうど他の生徒たちも最後のパーティが出て来た所だった。
そこにはミコト、スズ、スミレの姿があり、あの時とは別の男性メンバーと歩いている。
ただ俺が教えていた時に比べると関係は良好な様だ。
楽しそうに話ながら歩いていて、その後ろにはアズサが付いている。
どうやら俺の生徒を引き継いでくれたのはアズサだったみたいだ。
するとその足が止まり後ろを振り向くと俺の顔を見て引き返して来た。
「ハルヤも丁度出て来た所なんだね。」
「ああ、大変じゃなかったか?」
「大丈夫だよ。それよりもそっちは大丈夫?」
「こっちも問題ないよ。」
するとなんだか後ろから視線を感じて振り向くとアイリがジト目でこちらを見ていた。
その横ではそんなアイリと俺達を見て苦笑を浮かべるヨコヤマさんの姿もある。
「ヨコヤマさん・・・あそこに居るのは誰ですか?」
「まあ、男なんてあんなものだ。よく覚えておくと良い。」
「はい。」
なんだかヨコヤマさんの説明もちょっと適当っぽいけど否定はしない。
男が惚れた相手に弱いのは世の理と言っても良いからだ。
するとアズサと一緒に歩いていたメンバーも俺達に気付いてこちらへと戻って来た。
「こんにちは。アイリも大丈夫?」
「教官に変な事されてない?」
「もし何かあったらここに居るアズサさんに言えば大丈夫だからね!」
・・・なんで俺が変な事をするのが大前提なんだ?
昨日はあんなにも親身になって指導してやったのに。
「そういえばその人はあの時に居た人だよね。もしかして一緒に潜ってるのかな?」
するとミコトたちのセリフをスルーしてアズサがヨコヤマさんの事を聞いて来る。
そう言えば今朝から一緒になったので何も言ってなかったな。
「ああ、この人はステーキハウス ビックリミートの店長でヨコヤマさんだ。名刺を貰ったから店の住所もバッチリだぞ。」
「それなら余裕が出来たら皆で行ってみるね。」
「しばらくヨコヤマさんは居ないらしいけど・・・味の方は?」
「問題ねーぜ。そうでないと任せてここには居ねーからよ。」
するとヨコヤマさんは自信たっぷりに断言してくれたので、これなら何時言っても満足した味の料理を提供してくれるだろう。
「俺はもうしばらくここでアイリを鍛えて帰るからそれまで任せたよ。」
「うん。あまり無茶させちゃダメだからね。」
「それこそ問題ないよ。ほら五体満足でピンピンしてるだろ。」
「フフ、そうだね。それなら頑張ってね。」
そしてアズサは笑顔で手を振ってホテルへ向けて戻って行った。
後ろでは「似た者同士だね」なんて言っているけどそれはきっと褒め言葉だろう。
俺も最近ではアズサと同様に常識を身に付けていると言う事だ。
それにしても余裕が出来たらと言っていたけど、あの顔は今日にでも皆で行くつもりだな。
もしかすると帰った後にヨコヤマさんにヘルプの連絡が来るかもしれない。
まあ、その場合は頑張って働いてもらい、明日はポーションを飲んでから参加してもらおう。
「なんだか背中に悪寒を感じるぜ。」
「あ、それ私も時々あります。大抵は教官があんな風に悪い顔で笑ってる時ですけど。」
「ちょっと店が心配になって来たから早めに帰らせてもらうぜ。」
「気を付けてくださいね。」
「おう、また明日な!」
なんだか2人は急に仲良くなったので、もしかしてこれも加護のおかげなのか?
同じ加護を持つ者として親睦が深まるとか。
でも実験がしたくてもこんな危険な加護をおいそれと与える事は出来ないから検証は諦めよう。
機会があればミコト達にでも与えて感想を聞けば少しは分かるかもしれない?
「私の友達で実験なんてしないでください!」
「おっと、心の声が洩れてたか。」
「教官は何時もそんな危険な事を考えてるんですか!?」
「・・・・・・そんな事は・・・無いぞ。」
「そういった間が信用を失うと理解してください!」
「なら次からは嘘でも即答しようか?」
「それはそれで怖いから止めてください!」
それだとどうすれば良いと言うんだ?
溜めもダメで嘘もダメとなると俺に取れる手段は1つもない。
今度ゲンさんとトウコさん辺りにでも相談してみよう。
あの2人なら俺の疑問を理解して良いアドバイスをくれるはずだ。
「そんな事よりも飯を食べたらすぐに寝ろ。それとそろそろ下着も着けないと露出狂だと勘違いされるぞ。」
「なんでその事を!?」
「いや、見れば分かるだろ。お尻のラインとか下着の凹凸が無いし。」
スキルで服の下を確認済みなのは言わなくても良いだろう。
そんな事を知られたら明らかに覗き魔認定を受けてしまう。
「あ・・・ああ。」
「あ?」
すると何が言いたいのかアイリは『あ』だけを何度か繰り返している。
そして急に走り出すとその続きを声に出した。
「アズサさ~ん!ここに変態が居ます~!」
「な!」
そして次に驚きながら駆けだしたのは俺の方だ。
このままでは変な誤解が生まれて金棒の刑に・・・
「ゴハ!」
いや・・・もうすでに遅かった様だ。
俺が走り出すのに合わせて見事なフルスイングが襲い掛かり、目の前を黒い金棒が覆い尽くした。
そして痛みに苦しみながら目を開けるとそこには既に肩に金棒を担ぐ鬼が立っていた。
「ちょっと早くない?」
「女の子の悲鳴に光の速度を超えるのは妻の嗜みだよ。」
それって瞬間移動って言わないかな。
もしかしてアズサも既に転移を覚えたって事か。
流石は天才の称号を持っているだけはあるな。
「それでは、ちょっとお話を聞こうかな。」
するとアズサの怒りを感じ取った様に本堂の方から力強い経が聞こえて来る。
それをバックにアズサが目を吊り上げて睨んでいるので滅茶苦茶怖い。
それに時間帯が黄昏時と重なり、まるで太陽さえも逃げて行っているようだ。
空を見ても月はなく、今日は新月だっただろうか。
星の光さえも今は恐れを抱いているかの様に少なく、いつもよりも控え目に見える。
「あの・・・アズサ?」
「シャラップ!」
「・・・。」
そして異変に気付いたアイリは駆けて行った出口の方から隠れながら慎重に近付いて来る。
もちろん俺達にとってあの程度の技術は隠れている内にも入らない。
そのため互いを遮る最後の壁の前に来たところでアズサの顔がそちらへと向けられた。
「フフ、怖がらなくても良いのよ。アイリさんだったわよね。こっちに来なさい。」
「は、はい!」
そこに浮かぶアズサの顔は慈愛に満ち溢れた笑顔のはずだけど、今のアイリにはその下にある恐ろしい気配が感じ取れているようだ。
声を掛けられた瞬間に顔から血の気が引いて行き、背筋をピンと伸ばした状態でこちらへとやって来る。
しかもあの天然のアイリですら緊張で右足と右手が一緒に出ている。
まあ、言っては何だけど強くなるという事は、相手が如何に強いのかも同時に分かる様になる。
きっと今のアイリは津波に飲み込まれたかの様なプレッシャーを受けているはずだ。
そして笑顔でこれなのだから睨まれてる俺はもっと怖い。
これは強さとかそう言ったものとは埒外の本能に直接襲い掛かる恐怖と言えば良いだろうか。
「それでは話しを聞きましょうか。」
「はい!実はですね・・・。」
アイリはまさに打てば響く打楽器の様にアズサに聞かれた事をペラペラと喋り始める。
そこには今回の事に関係ない事も多分に含まれ、それを聞いたアズサの背中に般若が浮かぶのにそれ程の時間は掛からなかった。
今では周囲に響き渡るお経の声が五月蠅い程に高まり、2人の会話すら聞き取れない。
そして言い切ったアイリは・・・脱兎の様な速度でこの場から逃げ出して行った。
スキルに脱兎が追加されているので、どれだけ逃げたかったのかが如実に伝わってくる。
しかし、あんなに戦わせてもなかなかスキルを習得しなかったのにこれは一体どういう事だろうか?
まさか俺が少し優しく扱い過ぎていたと言う事かもしれないので、これなら明日からの訓練はもっと厳しく・・・。
「ハルヤ。」
「・・・。」
そして今度は俺の説教が始まった。
その時間は1時間を越え、何度金棒を振り下ろされたのかも覚えていない。
恐らくは俺が覚えている記憶の中では最も厳しい時間であったと自信を持って言える。
これに比べれば邪神を封印した時の戦いなんて屁でもない。
「反省した?」
「もちろんでございます。」
「覗きは犯罪なんだからね!」
「もちろんでございます。」
なんだかあの時のワラビの気持ちが分かって来た。
今の俺は決められた事しか言えない人形のようだ。
「終ったら皆でお肉を食べに行くからね。」
「もちろんでございます。ってそんなの約束しなくても行けるだろ?」
「約束が大事なの!」
「はい。」
そしてアズサはようやく笑顔を浮かべてくれると手を差し伸べてくれた。
それはまさに地獄に垂らされた1本の蜘蛛の糸。
その先には光り輝く天国が待っていて希望を与えてくれる。
「アズサ・・・。」
「次にやったら皆で今の2倍だからね。」
これはお約束で蜘蛛の糸が途中で切れた事を意味するのだろうか?
いや、俺が過ちを犯さなければ蜘蛛の糸はまだ切れていない。
天国までの道は細く険しいけど、まだ繋がっているはずだ。
まずはアイリを捕まえてしっかりと口止めしておこう。
「それにしても静かになったね。」
「それはきっとアズサの怒りが収まったからじゃないか?」
「ん!」
「いえ、きっとお経が終わったからだと思います。」
「そうだよね。」
すると鋭く向けられていた視線がすぐに笑顔に変わる。
本当はお経を唱えていた人たちが精魂尽き果てて御堂で倒れているだけなんだけどそこは触れないでおこう。
あの気に晒されて今まで良く頑張ったと褒めてやりたい程だ。
それに彼らの必死な思いはちゃんと神に認められて薬師如来から加護を授かっている。
効果は完全に後衛職だけど体と心の傷を癒し心の在り方を正常に戻すとある。
まさに今の世の中には欠かせない加護と言えるだろう。
もしかすると俺も少しは救われるかもしれない。
「そろそろアズサも帰らないと皆が心配するんじゃないか?」
「そうだね。それじゃあせっかくだからエスコートして貰おうかな。」
そう言って繋いでいる手を強く握って来るので頷きを返す。
そして俺は少し手を動かして指を絡めると互いに笑みを浮かべて歩き出した。
「あ~アズサ姉だけ狡~い。」
「抜け駆けは禁止ですよ。」
「油断も隙もありません。」
すると何処からともなく他の皆も現れてこちらへとやって来た。
そして一番乗りのアケミが反対の手を確保しユウナが容赦なく背中に抱き着いてくる。
それにしてもユウナは胸の成長が早く、確かな膨らみが背中に感じられる程に大きくなっている。
「お兄ちゃん!」
「ああ、大丈夫だ。」
「何が大丈夫なのかな!」
おっと、どうやら返事を間違えてしまったらしい。
しかし中学になれば適度な範囲で胸の問題を解決する約束をしているのだから怒る必要は無いのにな。
「アケミちゃんはお兄さんに揉んで大きくして欲しいんだよね~。」
「ハハハ、ユウナもそんな都市伝説を信じているのか?」
そんな事で大きくなるならこの世から貧乳は居なくなってるはずだ。
だからアケミも横腹を金棒で突くのは止めてくれ。
それは地味に痛いから。
そして現在は全ての婚約者が集合している事もあって皆でヨコヤマさんのお店にお邪魔する事にした。
電話をかけて確認すると人数的にも問題ないという事らしい。
ついでなのでアイリにも声を掛け同行させる事にした。
「そう言う訳で肉を食べに行くぞ。」
「え・・・私はお邪魔じゃないですか?」
するとアイリの視線はあからさまに泳いで俺の背後へと向けられた。
そんな中で俺の横に居るアズサも笑顔で声を掛ける。
「ハルヤが迷惑を掛けたお詫びだよ。来てくれるよね。」
「畏まりました!マム!」
すると急に背筋を伸ばしたアイリは敬礼と共に今回の誘いを快諾してくれた。
なので皆で揃ってお店に向かってその前に降りると入口へと向かって行くと、そこには1つの看板が置かれているので自然とそこへと視線が集まった。
『本日貸し切り。』
「何も言ってないのに気を使ってくれたのかな。」
「きっとそうじゃないと思うな。お店から何か立ち昇ってる気がするよ。」
「警戒感だと思います。以前にも予約したお店で何度かありました。」
俺もユウナの意見が正解だと思う。
ここに居る全員の胃を満たすなら牛なら2頭は必要だろう。
そして、そこにアズサは含まれていないのは言うまでも無いけど。
「ここで止まってても仕方がないから早く入ろう。」
そして扉を開けて中に入ると既に何人もの客が席に着いて料理を貪り酒を酌み交わしていた。
どうやら一足早くに俺達の行動を察知した奴等がここへ押しかけて来たらしい。
確かにこれは貸し切りにするしか無いという状況なので牛なら確実に4頭は行きそうな面子だ。
「スサノオ。お前はゴナラの所で飲んでたんじゃないのか?」
「あそこは酒が切れたんだよ。」
「それで、いつの間にかアマテラスも参加してるんだ。」
「久しぶりにツクヨミの顔を見に来ただけですよ。」
とは言っても夏休み前までは学校で毎日会ってただろう。
ツクヨミは中学の校長でアマテラスは高校の校長だから久しぶりと言うのは明らかに間違いだ。
まあ、不本意ながら妹を思う兄の気持ちは理解できるのでそこはツッコまないでおこう。
「後は雷神姉妹か。さっそく来たんだな。」
「ここは素晴らしい所です。色々なお酒が揃っていて料理も美味しい。」
「デザートの味も悪くない。」
「何!?」
言われてそちらを見るとテーブルの上には色とりどりのケーキやパフェが並んでいる。
それ以外にも炙りたてのきな粉パンや焼餅まで!
一体この店はどれだけのスペックを秘めているんだ!?
あの時に見せた鉄板焼きはその一部でしかなかったと言う事か!
「さて、それなら今日は存分に食べさせて貰うか。」
「ねえハルヤ。今日は・・・その・・・。」
するとアズサが恥ずかしそうにモジモジしながら声を掛けて来た。
もちろんそんな可愛い仕草をしなくても言いたい事は分かっている。
「ああ、制限は解除だ。この店の食材を食い尽くしてやろうぜ!」
「さすがだね!そう言ってくれると思ってたよ!」
そしてアズサは俺の頬にキスをするとそのまま一番の席と言えるカウンターの中央を陣取った。
そこでは目の前に鉄板が広がり、出来立ての料理を提供している。
それにヨコヤマさんもそれに加わっていて、前回と違ってその光景を目の前で見ながら料理が食べられる特等席だ。
だから今日のアズサはもうあそこから動く事は無いだろう。
そして他の皆も思い思いの席に散らばり料理を注文し始めた。
ちなみにアイリはアケミ達が気を利かせて一緒に連れて行っているので何の心配も無い。
ユウナとカナデが一緒という所は心配ではあるけどきっと大丈夫だろう。
そして俺も何処に座ろうかと思っていると1つの席からお呼びが掛かった。
「こっちに来なさいよ。」
「やっぱりお呼びが掛かったか。」
気分的に言えばちょっと・・・いや、かなり微妙な相手であるのは明らかだ。
そこにはエクレに似た白髪の美女が並んでおり、こちらへと手を振っている。
さっきの事もあるので断る訳にはいかないとは言っても皆の目があるので尊い犠牲・・・ゴホン。
防壁は必要不可欠だ。
「エクレ、一緒に来てくれ。」
「・・・仕方ない。」
すると凄く嫌そうな顔をしながらもちゃんと一緒に来てくれた。
これは以前の様にエクレが叱られる事があれば、その時はちゃんと助けてやろう。
そしてエクレを連れて雷神シスターズが陣取るテーブルへと向かって行った。




