322 追加合宿 マンツーマン ③
前日の疲れをリセットさせるために眠り、朝日が昇り始める時間には目を覚ました。
窓から外を見れば空が白んでいてスズメが元気に囀っている声が聞こえる。
そして横のベットではアイリが枕を抱えて眠っていて、掛けていた布団に関しては横へ跳ね除け寝台から落ちてしまっている。
どうやら寝癖があまり良いとは言えない様だけど俺が起きた時間が起床時間なのでまずは起こす事にした。
「起きろアイリ。」
「う~ん・・・後5分~。」
しかし後5分で起きそうにない程の2度寝をしている。
先日のトワコは言いながらもちゃんと起きていたけどコイツは完全に熟睡してしまっているので待ったとしても同じ事の繰り返しだろう。
俺も今みたいになる前は朝は弱かったので優しく起こしてやろう。
「さあ、起きろ。」
そう言いながらナイフを取り出すと容赦なく振り下ろしてやる。
もちろんベットに刺すつもりは無いけど、人体に刺さるのは問題ない。
なのでアイリの中では危機感知の警報が物凄い音で鳴り響いているはずだ。
「どうなってるの!?」
そして直感によって素早く寝がえりを打ったアイリはナイフを避けるのには成功したけどベットから転げ落ちて行った。
まあ、この反応は評価できるけどまだまだ状況判断が甘い。
十分に受け止められるか避けられる速度だったので反撃くらいは期待していたのに望んだ結果には程遠い。
やっぱり数時間の訓練程度だと限界があるから今日はその辺を重点的に鍛える必要がありそうだ。
今の時点で装備が充実しているので攻撃と防御に関しては問題なく、磨くとすれば感覚的な部分だろう。
しかし今までそういったスキルが無かった分、それに慣れていない所が目立っているようだ。
するとベットの反対側から慌てた顔が飛び出したかと思えば俺の手にあるナイフを見て声を荒げた。
「いったい何ですか!?」
「朝だ。飯を食べてダンジョンに行くぞ。」
「・・・そうでした!」
「やっと思い出したみたいだな。」
ここで忘れていたら頭に何発かゲンコツを落とさないといけない所だった。
しかし流石に父親の事となるとちゃんと覚えていた様で顔を叩いて元気に立ち上がってみせる。
「飯を食べたらすぐに出かけるぞ。」
「はい!」
そして1階に降りると空いたばかりの食堂に入り料理を注文する。
管理棟は基本的に24時間体制で動いているけど、併設されている食堂に関しては朝の5時から夜の20時くらいまでしかやっていない。
探索者は朝が早い者も多いので既に数人が入っていて食事を食べている。
あるのは基本的な麺類、丼物、サンドイッチなどの軽食だけど、この付近に早くから空いている飲食店は無い。
それにここは味も美味しくて国からの補助も出るので値段も安くなっており探索者として専門でダンジョンに入っている者にとっては有難い施設だ。
「おばちゃんカツ丼大盛りで。」
「私は親子丼を下さい。それと日替わりサンドもお願いします。」
「はいよ!ちょっと待ってておくれ!」
そして料理を注文すると1分程でカツ丼と親子丼が並んだ。
アイテムボックスを使うと作り置きをしたとしても問題ないのでこれでも作り立てと変わる事はない。
しかし、それを受け取って席に向かっていると数人の男達がやって来て道を塞いだ。
「なあ、君ってもしかしてDJN99のメンバーだろ。これからダンジョンに入るんなら俺達と行かない。」
「あの、すみませんが道を空けてもらえませんか?こう見えても急いでいるので。」
「それなら誰か友達の先輩を紹介してよ。そうすればすぐにどくからさ~。」
どうやら目的はアイリではなく、もっと年上のメンバーのようだけど彼女達の誰もが仲間を売る様な交渉には応じる事は無い。
それに大人が高1の少女をナンパしてたら通報されても文句は言えないだろう。
だから俺も子供の姿をしているのだけどもう少し年齢を上げて同い年くらいにしておけば良かったかもしれない。
まさかこんな早朝からナンパ目的で声を掛けられるとは思わなかったので明日からは気を付けよう。
「ねえ、良いだろ?連絡先だけでも良いからさ~。」
「教官、どうしようか?」
「用があるのはお前だけみたいだから適当にあしらって戻って来い。」
「分かりました。」
俺はそれだけ言って道を逸れると近くにあるテーブルの席に着いた。
すると男達は互いに顔を見合わせて揃って笑い、アイリを取り囲んで完全に道を塞いでしまう。
「なあ、もしかしてあんな子供を師事しないといけないくらい弱いの?」
「俺達のお願いを聞いてくれたら訓練に付き合ってあげるよ。」
「いえ結構です。あなた達が何処まで潜れるか知りませんけど私の教官はあの人だけで充分ですから。」
「へへ。俺達こう見えても先日20階層まで行ってるんだよ。この意味が分かるよね。」
すると拒絶の言葉を聞いて男達は勧誘を脅迫に切り替えた様だ。
それによって周囲にも険悪なムードが広がり、武器に手を伸ばす者も出始めた。
そんな中で俺は箸でカツを掴むと口へと運んで食事を開始する。
ここの料理は安いだけでなく、アズサも納得する味なのでとても美味しいのだ。
「やっぱりここのカツ丼は美味いな。」
「そうだろ。俺もここにそいつを良く食いに来るんだよ。」
「そうですか。それで、ヨコヤマさんは何をしに来たのですか?」
確か今日は店を開けて仕事だと言っていた。
なのでこんな時間からここに居たら仕事に影響が出るのではないだろうか?
しかし同じ大盛りのカツ丼を食べていたヨコヤマさんは席を移動して俺の横の空いている席に腰を下ろしている。
すると笑みを浮かべ食事を再開するとついでの様な軽い感じで目的を教えてくれた。
「ちょっと頼みがあってよ。実は俺も同行させてもらおうと思って来たんだ。」
するとヨコヤマさんが話し始めるのと同時にアイリもこちらにやって来て俺の向かいの椅子へと座った。
ちなみにさっきの男達はというと地面に横になり完全に意識を失っている。
その全てが1撃で終わらされているので実力もその程度と言ったところだ。
そもそも単独で30階層にまで下りられるアイリに対してパーティで20階層付近が限界な奴等がどうこう出来るはずはない。
しかしその事には触れず、その目は俺の手元を見て少し不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「どうして先に食べ始めてるんですか?」
「待つ理由が無いからだ。それと同行者が1人増えた。昨日25階層でお前を助けてくれたヨコヤマさんだ。」
俺はここでヨコヤマさんの提案に答える意味も込めてアイリへと紹介をしておいた。
するとアイリは立ち上がるとお礼を言い、大きく頭を下げてお辞儀をしている。
どうやら天然ではあってもちゃんと礼儀は知っているようだ。
「昨日はありがとうございます。」
「良いって事よ。それよりも今日はよろしく頼むぜ。」
「こちらもよろしくお願いします!」
きっとこの人なら途中から参加しても俺達に着いて来られるだろう。
予想到達階層は40階層前後と言ったところか。
「ところで到達階層はどれ位ですか?」
「昨日はやけに調子が良くてな。38階層まで行ったところだ。それで、そっちは何階層まで行けたんだ?」
「昨日は30階層までですね。今日は40階層を目指してます。かなり遅くまで潜るつもりですけど仕事は大丈夫ですか?」
「ああ、しばらく仕事は休んで他の奴に任せて来たから問題ねえよ。」
「それなら食べ終わった所でそろそろ行きましょうか。」
「え!2人ともいつの間にか食べ終わってるし~!待って待って!すぐに食べるから~!」
そして少し遅れてアイリも立ち上がると後ろを追いかけて来た。
その横ではさっきのナンパ男が食堂のおばちゃんによって後ろ手に縛られ食堂の外へと投げ捨てられている。
あの人も何気にレベルが30後半と高いんだよな。
そしてダンジョンに入るとさっそく31階層へと向かい階段を下り始めた。
「そういやお前さんがあの英雄だったんだな。管理棟で聞いて驚いたぜ。」
「英雄?もしかして教官は何か凄い事でもしたんですか?」
「ハハハ、そりゃ英雄て言ったら・・・。」
「今は良いんですよ。それよりも、もう少しで到着しますよ。」
アイリがその情報を知ったからと言って何かが変わる訳では無いのでヨコヤマさんの説明を途中で遮って止めておいた。
それに変な意識をしてしまうのも訓練の妨げとなる。
今はそんな雑念を入れる余裕はないので強くなる事だけに集中してもらいたい。
そして到着してすぐに目の前に広がるのは3メートルはある山羊の群れだ。
総数は300を超えていてその顔は全てこちらに向いている。
まあ、これくらいは眠気覚ましとウオーミングアップとしては丁度良いだろう。
「何だこの群れの数は!?」
「教官は管理棟と連絡を取り合って魔物の数を調整できるそうなんです。」
「無茶苦茶だなオイ!」
「早くしないともっと増えますから急いだ方が良いですよ。」
すると慣れているアイリは刀を抜いてすぐに駆け出すと魔物へと向かって行った。
それに続いてヨコヤマさんも駆け出して行くけど、その顔が途中でこちらへと向けられる。
「お前さんは何もしないのか?」
「俺は手を出さないですから存分にどうぞ。50階層までは退屈させませんよ。」
「聞いた通り容赦の無い野郎だぜ!」
そしてヨコヤマさんも笑って両手に得物を握ると魔物を倒し始めた。
二刀流であるという事と的確な急所への攻撃が高い殲滅速度を実現させている。
これは急所看破のスキルを持っているおかげだろうけど、そこに至るまでの駆け引きも上手くて技術力も高い。
まさにアイリの手本とするには打って付けだ。
あの人なら俺の教える事の出来ない技術面を見せる事が出来る。
通常は見取り稽古なんて戦闘をしながら出来るものじゃないけど、意識を加速させれば不可能ではない。
それにアイリの動きはまだまだ発展途上で戦闘の流れに淀みが多い。
比べてヨコヤマさんの動きには水が流れる様な滑らかさがあってまるで決められた動きに合わせて踊っているようだ。
あの動きを身に付けることが出来ればアイリは更に強くなれるだろう。
その為のスキルも知ってはいるけど俺は持っていないので与える事が出来ない。
しかし今のアイリなら自力でそこまで至れる可能性がある。
そして魔物と戦いながら2人は背中を合わせて剣を構えた。
「嬢ちゃん、やっぱりお前さんはメイシンの所の娘か。」
「え、どうしてお父さんの名前・・・!」
「アイツは俺とは兄弟弟子だからな。直接顔を見たのは昨日が初めてだが、年賀状で顔は知ってたからよ。」
「じゃあ、やっぱりおじさんも私と同じ!」
「ああ、刀鞘二刀流よ!ただ、俺のは普通の二刀流だけどな。人相手ならともかく魔物相手だとこっちの方が有効だからな。」
確かに流派の名前の通りアイリも鞘を巧みには使っているけど打撃では牽制にしかなっていない。
これならもう片方も刀に持ち替えた方が効率が良さそうだ。
「教官お願いします!」
「ああ、そう言うと思ってたよ。」
そしてアイリの声で既に出しておいた刀を投げ渡してやる。
すると剣帯は無いので鞘はその場に投げ捨てると両手に刀を持って構えを取った。
これは俺も二刀流で戦う事があるので参考にさせてもらおう。
そして1時間ほどの戦闘をさせてから魔物が現れるのをストップさせてもらう。
これでこの階層は終了と言う事でアイテムを回収して先へと進もう。
それにしてもドロップしたポーションだけでも500を超えている。
30階層では基本は初級ばかりだけど、俺が居るから中級も混ざっているようだ。
これは換金するだけでも一財産になるので2人には良い稼ぎになるだろう。
「それにしてもやけにドロップ率が良かったな。」
「運が良いだけでしょ。」
「・・・まあ、そういう事にしておいてやるか。」
どうやらヨコヤマさんには既に見当が付いているみたいだ。
それなりにダンジョンの探索をしていれば運良くドロップが偏ったとしてもこれ程までに手に入らないのは知っているだろう。
そのため今の数だとその偏った状態が1時間続いて初めて達成できるので、何かの理由があるとすぐに想像が出来る。
アイリは天然なので気付かずに首を傾げているけど、ヨコヤマさんの目は誤魔化せそうに無さそうだ。
そして、そのまま1階層を1時間のペースで進み3階層ほど下りた所で俺はストップをかけた。
「前方から走って来るのが居ますね。」
「そうだな。あの顔は明らかに追われているようだ。」
見ると凄い必死な顔でこちらへと走って来る。
それだけではなく、その後ろには複数の魔物が迫っていて姿は象に近い。
ただその鼻は蛇腹剣の様になっていて鞭のようにしなり探索者の背後の地面を削っている。
今はギリギリで射程の外みたいだけど、あと3メートル程の距離が詰められると背中を切り裂かれるだろう。
しかし、もうじき上に昇る階段があるので魔物はそれ以上は追って来れない。
助けると言う選択肢もあるけど何も言わないのであればその限りではない。
それにこのままやり過ごしたといても彼らが逃げ切れれば魔物もこちらへターゲットを変えて襲い掛かって来るはずだ。
「教官どうしますか?」
「あれも経験の内だ。どうせあと300メートルも走れば階段に到着するから十分に助かるだろう。」
そういう訳で俺達は進路を変えて横へと逸れて道を譲ってやった。
しかし進路を変えても逃げている奴らはこちらへと向かって来る。
逃げるだけならとっくに進路上からは逸れているはずなのにもしかして馬鹿な事でも考えているのだろうか?
「奴等はもしかしてこちらに魔物を押し付けるつもりではないのか?」
「そうかもしれませんね。もう少し早く離れてみますか。」
そして駆け足程度で進んでもあちらは進路を修正して着いて来る。
もう階段への進路からはかなり逸脱しているので目的は明らかだ。
まあ、進路を修正した時点で取り返しがつかなくなっているのかもしれないけど、こういった行動は後で厳しいペナルティーが掛けられる。
特に俺達の事は管理棟が常に見ているので言い逃れも出来ないだろう。
それに、もしこれで俺達の誰かが死ねば殺人罪にも該当するので罰金では済まない可能性まである。
「このままだと彼らが重い罪に課せられてしまいますね。」
「自業自得ではないか?」
「流石にそれは可哀そうですから未遂で罰が軽くなる様にしてあげましょう。」
「でもどうやるんですか?」
「こうやるんだ。」
俺は足を止めるとピンポン玉くらいの石を取り出した。
それをこちらに向かって来る者達に投げ付けて足を貫き、その場に転倒させる。
「ギャーー!て、テメー等これは殺人だぞ!」
「上に戻ったら覚えてやがれ!」
「何を勝手な事を言ってるんだ?それよりも生きて帰れるとは思わない事だ。」
そして彼らはその直後に象の鼻によって切り刻まれ、足で踏み潰されると原型も残らない程にグチャグチャにされた。
それにしてもモラルの低下が最近は目立つようになって来たので対策を考えてもらわないといけない。
これも邪神の影響なのか、それとも力を得て増長しているのかは分からないけど、このままだと探索者の印象が悪うなる。
ただクオナによれば今のところ邪神の影響は極めて微小という事なのでモラルの低下である可能性が高い。
昔は組織がそういう所はしっかりと対処していたので本部が正常に機能すれば問題は無くなるはずだ。
特にこういった奴等は他の場所で見た記憶が無いのでダンジョン周辺に集中していると考えられる。
俺達の地元は九十九がしっかりと引き締めているので出来れば誰か信用が出来る奴にその辺を任せておきたい。
しかし、その辺については今回の事が終わった後になるだろう。
今はミンチを作り終えた魔物たちがこちらへと向かって来ている。
このままアイリに任せても良いけどまずは死体の回収を優先させよう。
そして目の前に迫っている魔物に関してはSソードを一閃させて全てを消し去り、さっきミンチにされた連中の許へと向かう。
「酷い有様じゃねえか。肉屋をやってるがしばらくハンバーグは焼きたくなくなる光景だな。」
「それなら今日は肉団子入りスープにでもするか。」
「教官はデリカシーが無いって言われた事が無いですか?」
「う~ん・・・無いな。代わりにクレイジー、人で無し、化物とか言われた事ならあるぞ。」
すると何故か2人は顔を見合わせた後に納得したように頷いて来た。
そして話しを変える様にヨコヤマさんのが足元の肉塊を指差してどうするのか聞いて来る。
「このままって訳にもいかんだろ。」
「コイツ等は俺が回収して管理棟に届けておきますよ。ヨコヤマさんのおかげで今日は順調ですし時間もあるでしょう。」
俺はそう言って足元のミンチを回収するとその管理棟へと連絡を入れる。
「そっちで確認は出来てるか?」
『バッチリです。』
「夕方過ぎには戻るから夜勤組に引継ぎを頼む。」
『了解しました。』
これで証拠も十分でアイツ等がどう言ってもこちらに罪はない。
俺達はただ魔物を擦り付けようとしたモラルの無い探索者を撃退し、その後に来た魔物もついでに始末した被害者だ。
それに助けて欲しいなら最初からそう言えば問題ないのにそれをしようとしなかったあちらが悪い。
恐らくはこういった事を抑制するために見せしめとして重いペナルティーが科せられるだろう。
「そういえばアイリ。人が死んだけど思う所は有るか?」
「ん~・・・言われてみるとそんなには動揺とかしてないですね。やっぱり悪い事をされそうになったからでしょうか?」
それはきっと覚醒した影響を受けているからだろう。
さっきの食堂でも容赦なく男共を昏倒させていたので感情の起伏が抑制されているようだ。
「いや、それなら良い。ついでだからここで一服して行くか。」
「何かお前さんの神経が心配になって来たぞ。」
「それなら私は梅オカカでお願いします。」
「お、良いチョイスだな。それなら俺は梅鮭でいくか。」
「あ~狡いですよ。私にもそれ下さいよ~!」
「残念だが新商品で在庫切れだ。欲しいならとっとと40階層まで行ってコンビニで買って来るんだな。」
「酷~い!そこは普通だと可愛い弟子に譲る場面だと思いますよ~!」
「知るか!この世は弱肉定食なんだよ。欲しいなら自分で奪ってみろ。」
そう言いながら俺は封を切って素早く包みを取り除くと一口でオニギリを食い尽くした。
それを見てアイリは頭を抱えると泣きそうな顔でこちらを見て来る。
しかし、その間に居るヨコヤマさんは明らかに呆れ顔で大きな溜息を零した。
「普通こんな危険地帯でするような会話では無いな。」
「俺も同感です。それで、どのオニギリを食べますか?」
「は~・・・俺は持って来ているから大丈夫だ。」
そう言いながら取り出したのは現在話題沸騰中の梅鮭で、それを何気に包装を取って口へと運ぼうとしている。
しかし手にするオニギリの向こうから口を開けて見詰める1匹の雛鳥が現れた。
「・・・ピヨ。」
「う!」
「ピヨピヨ!」
すると最初は遠慮がちに鳴いていたアイリも効果があると見て激しく鳴き始めた。
その姿にヨコヤマさんは持ち合わせている優しさと、兄弟弟子の娘としての観点から動きを止める。
そして目を強く閉じて何かを考えると苦渋の決断を下した司令官の様な顔でオニギリを半分に割ってそれをアイリへと差し出した。
「ありがとうございます。『パク・・モグモグ・・・ゴックン!』・・・ピヨピヨ!」
すると素早く喰い付いて咀嚼し、味わってから飲み込むと再び雛となって鳴き始めた。
それと同時に俺に向かってどういった教育をしているんだといった感じの顔を向けて来るが、俺とアイリがまともに話をしたのも昨日が初めてだ。
それまでは店員と客程度の付き合いなので何も教えていない。
しかし無駄な情けを掛けずに食べてしまえば良いのに、本当に人が良いみたいだ。
そして最後の決断で結局は梅鮭オニギリはアイリの口へと消えて行くとヨコヤマさんは大きな溜息を吐き出した。
「最近の若い子の事は分からねーな。」
「俺も同感です。」
そして密かに隠し持っていた最後の梅鮭を取り出してそれをヨコヤマさんへと手渡しておく。
でもこれで本当に最後なので見つからない様に食べてもらわないといけない。
なので表には梅オカカを重ねて渡しカモフラージュしておく。
「お前・・・フッ!有難く頂いとくぜ。」
「いえいえ、気になさらず。」
「ね~教官。どうしてオニギリを渡すのに悪代官と越後屋みたいな顔になってるんですか~?」
「それはお約束と言う奴だ。」
「男はこういう所にロマンを感じてるのさ!」
「は~・・・まあ、気を付けてくださいね。」
一体何を気を付けろと言っているのか分からないけど俺達は男としては正常だ。
ヨコヤマさんはバレる事無く梅鮭を口にすると勝利した男の様な顔になった。
そんなに好きならあげなければ良いのにと思うのは俺だからだろうか。
ただ何はともあれ、これで1人1つは好きなオニギリを食べる事が出来たので後は追加で他のを食べて食事を終了させた。
しかし余談ながら人から食べ物を奪う事を覚えた雛鳥が何度か囀ったのは別の話だ。
そして俺達は順調に進み目的である40階層へと到着した。




