314 追加合宿 1日目 ⑥
まずは全員が無事に戻った事(俺を含む)を伝える為にホテルの1階へとやって来た。
そこでは最初に集まっていた時とは違い男女が入り乱れて楽しそうに会話をしている。
まだ少しぎこちないけど会話も弾んでいる様で楽しそうに見え、その中心に居るのはタチバナたち5人だ。
そこでは他のDJN99のメンバーから激励の言葉が送られ、多くの男達からはタチバナにだけ突き刺さる様な殺気が向けられている。
しかし、そういう事には慣れているのか、鼻で笑って受け流しているようだ。
ただ、まだまだ実力が足りないので明日も遊ばせておくつもりは無く、自由にさせると言ってもダンジョンの中でだけだ。
なので教える側としては羽目を外し過ぎない様に注意だけはしておかないといけない。
「明日も合宿があるから終わるまでは慎みを持って行動しろよ。」
「「「「え~!」」」」
「自己責任の範囲でなら一緒に飯を食べようが部屋に集まって話そうが良いからな。」
「教官!流石にそれは子供扱が過ぎませんか?」
すると男性陣からではなく女性陣からクレームが入った。
ただ、これが男性陣からなら即却下する案件だけど、この合宿の主役である彼女達からなら一考の余地はある。
更に絆を深める為に必要だと言うなら仕方ないだろう。
「仕方ない。」
「「「やった~!」」」
「水着を着用すれば混浴も許そう。女性側からの夜這いも認めようじゃないか。後で男部屋の部屋割りと談話室に使える部屋を手配してもらう。」
「ちょーっと待ちなさい!」
すると何故か今度は待ったが掛かってしまった。
ゴナラが上で待っているので早く行かないといけないのに今度は何がイケないのだろうか?
「流石にこれ以上の緩和は出来ないぞ。」
「そうじゃなくて緩和し過ぎでしょ。最初に言っていた慎みは何処に消えたの!?」
「ああ、そうだったな。混浴をしてお湯が汚れたら綺麗にしろよ。部屋の方も痕跡はしっかり消しておくように。」
「・・・ねえ、あなたの慎みってもしかして・・・。」
「バレなきゃ無いのと同じだろ。」
するとちょっと呆れてる奴も居るけど一部は大いにやる気を漲らせている。
誰とは言わないけどアレはヤルつもりだろうけど、俺はちゃんと自己責任の範囲でと伝えてある。
それを何処まで拡大解釈するかは本人たちの自由だ。
そして、ここにそれを咎める様な大人は1人も居ない。
敢えて言えばフロントのスタッフが表情を引き攣らせているけど、何も言わないなら居ないのと同じだ。
「そういう訳で部屋割りはホテルの人から貰ってくれ。マルチ、準備は良いか?」
俺は言いながらマルチに確認をするとその首が縦に振られた。
今まで俺達にはコンピューターに精通していた仲間が居なかったけどマルチが居ると本当に助かる。
俺自身も使えない訳では無いけど簡単な書類を作れる程度だ。
端末もなくこれだけの事をするのはこの世界の人類では不可能と言える。
「問題ありません。ホテルのデータベースにハッキン・・・アクセスして必要な情報は出力済みです。」
「流石に仕事が早いな。」
ちょっと変なセリフが聞こえた気がしたけど、クラッキングや悪用している訳では無いので良しとしよう。
それにこれはちょとしたサプライズみたいな物で、季節外れのバレンタインやクリスマスと同じだ。
なのでこの機会を利用するかしないかは本人達の自由となる。
いつの時代にも勝者とは運とチャンスを掴んだ者だと聞くけどまさに今日がそれだな。
「それじゃあ女性陣はそれを受け取って解散する様に。男共は・・・言わなくても分かってるみたいだな。ホテルに迷惑だけは掛けるなよ。その場合は俺が直接説教するからな。」
既に分かってる奴等は無言で防具を身に纏い始めている。
それだけではなく先程までの様子から何かありそうな奴をマークし、それぞれにハンドサインで会話を始めた。
どうやら最大の標的はタチバナの様で今は激しいハンドサインが交わされている。
「施設を破壊したら壊した奴が責任を持って直すが弁償しろよ。それとタチバナ。」
「何で俺に話を振るんだ!?」
「最初で最後の命令だ。邪魔者は全て蹴散らせ。」
「そう言う事はもっと重要な時に言いやがれ!」
あれ?人生において重要な場面だと思ったんだけどな。
それともコイツはその事に気付いてないのか?
まあ、一晩経てば嫌でも分かるだろう。
俺は言うべき事は言ったので後の事は成り行きに任せ皆を連れてその場を離れた。
「今日は何を食べさせてくれるかな?」
「前回の時に簡単なので良いって言ったから普通の料理じゃないか。」
そしてエレベーターのセキュリティーを顔パスして上に昇ると既に数名がテーブルを囲みお酒を嗜む・・・と、言えない程度には飲み終わっていた。
ハッキリ言って以前の場合ならこのまま風呂に入るなんて自殺行為なので止めていた所だ。
何でもアルコールを取って風呂に入ると血行が良くなって酔いが一気に回るらしい。
今は回復魔法の解毒をすればアルコールを消し去る事が出来るけど、ここに居る連中には必要ないだろう。
「おい、スサノオ。なんで呼んでないお前がここに居るんだ?あっちのダンジョンを監視する様に頼んでおいただろう。」
「そんなのはナクロとハクレイの奴に任せて来たに決まってるだろ。」
それは任せたのではなく、押し付けたと言わないだろうか。
ただ、ハクレイは真面目なのでともかく、その父親のナクロは好青年の見た目に反してかなりの怠け癖がある。
頻繁に妻であるクオナの所へと行って不在な時も多く、1人で宿直をする日はクオナと一緒に宿直室をホテル代わりにしている。
その事に気付いたのはシュリで精霊から聞いたらしいけど、教えてもらった時は驚いた。
ただ、他人に迷惑が掛かっていないのなら何も言うつもりは無い。
そのおかげかどうかは分からないけど、クオナも機嫌が良くて肌が艶々している。
なので藪を突いて鬼を出すよりも、今の所は見ないフリをしていた方が建設的だ。
心配ではあるけどやるべき時にはちゃんと仕事をするので何かあれば連絡くらいはしてくるだろう。
しかし、ここに居る客は1人ではない。
「弁財天。なんでお前までここに居るんだ?」
「ちょっと・・モグモグ・・湯治に来たら・・モグモグ・・天皇が居たから・・モグモグ・・ちょっと寄っただけよ・・モグモグ。」
「食べるか喋るかどちらかにしろ。」
「モグモグモグモグ・・・。」
「やっぱり喋る事に集中してくれ。」
弁財天が食べているのは俺が置いて行った芋けんぴだ。
さっきからリスみたいにして食べているからそれを齧っている間はアズサの様に喋る事が出来ない。
しかし、まさか食べる方を優先して喋る方を放棄するとはこいつもテンプレというのが分かっている。
それにしても会うのは400年ぶりくらいだけど、あの時と変わらず甘党のままのようだ。
「・・・ゴクリ。もう!強引な所は以前と変わってないのね。初めて会った時も強引に迫て来て私をこんな体にした事は忘れてないわよ。」
「そんな誤解を招く様な言い方は止めろ。飴をやっただけで肉体関係は微塵も無いだろ。」
だからアズサ達はその握っている金棒を仕舞ってください。
嘘偽りなくコイツとはそういうのは微塵もありませんから。
するとその思いが通じたのか金棒は消えたので会話を再開する。
「それで本当に湯治へ来ただけか?」
「もちろん仕事もあるわよ。私は芸能の神でもあるのだからそこまで言えば分かるでしょ。」
「まあ、そこまで言えば何となくはな。」
ここには99人の歌い手が居る。
もしかすると誰かに加護でも与えに来たのかもしれない。
「それと・・・ああ、そろそろ来たみたいね。」
「・・・そうみたいだな。」
外を見ると空を飛んでいる木造船が庭に着陸しようとしていた。
その帆には大きく宝と書かれていて数人の神が乗っており、見た目からするとあれは残りの七福神では無いだろうか。
乗っている顔ぶれも恵比寿と毘沙門天に関しては既に見覚えがある。
あとは昔に出雲で何度か面会した事のある大国主も居るけど確か大黒天だったか。
あの人にはアンドウさんとホノカの件で世話になっており、2人は無事に結ばれてツバサさんも含めて婚約中だ。
それ以外に乗っているのは福禄寿、寿老人、布袋の3人だろう。
それ以外だとツクヨミ、ユカリ、クレハも乗っているので一緒に湯治に来たようだ。
そこに混ざってミミも来ていてこちらに笑顔で大きく手を振っていた。
警備の人達に関しては既に伝達がされていたのか開けた場所に誘導し、それ以外は膝をついて頭を垂れている。
まあ日本でも幸福を司る有名な神なので当然かもしれない。
しかし、こんな物が空を飛んでいれば下はそれなりに騒ぎになっていると思ったけど、驚くどころか気付いて視線を上げている者は1人も居ないようで、あの船が見えているのは俺達だけという事らしい。
そして船が着陸すると船底の形状に関わらず傾く様子は無く、縁が開いて光の階段が現れた。
そこを全員が降りて来るとそのままこちらへと歩いてやってくる。
ただ、ミミだけは降りると同時に駆け出すと、大きくジャンプして飛び付いて来た。
「お呼ばれしちゃった!」
「そうか。それならちゃんとお礼を言うんだぞ。」
「うん!ありがとうございます。」
「フォッフォッ。良いんじゃよ。自分の家だと思ってのんびりして行くと良い。」
するとお礼を言われたゴナラは楽しそうな笑みを浮かべて顎を擦っており、以前はそこに髭があったのでその時の癖が出ているのだろう。
「それでは準備が出来た様だからな。皆で風呂に行こうかの。」
そしてゴナラの掛け声によって移動が開始され座って居る者は立ち上がった。
ただし、この人数だとエレベーターに乗れないのでそれぞれに庭の端に移動すると下へと飛び降りて行く。
なにせ今の追加されたメンバーには横が広い奴らが多く、服の重力に逆らって広がっている者も居る。
そして周囲の警備員達もゴナラの周囲を警護する様に飛び降りて地面へと見事な着地を決めていた。
流石と言うか周囲への警戒や身のこなし方からレベルやスキルだけでは測れない修練による積み重ねを感じる。
先日の式神にはレベルが足りずに敗北していたけど、その気になればあの程度には負けない力を手に入れるのは難しくなさそうだ。
どうせ湯治に来た奴等はしばらく滞在するのだろうから、少し仕事を離れてレベルを上げるのを手伝っても良いかもしれない。
そして地上に降りると車には乗らず風呂がある商店街へと歩き始めた。
なんだか仮装行列みたいな状態だけど擦違う人は誰も気にしていないようだ。
それどころか幸福パワーに当てられたのか、背後からは喜びの声が幾つも聞こえて来る。
「なあ、俺達にも何かご利益があるのか?」
「幸せな人に効果がある訳ないでしょ。」
「・・・御尤も。」
逆にこれ以上の婚約者が増えるのは困るのでそっち関係で幸運が働いてくれないだろうか。
それに不幸にはなりたくないけど、これ以上の幸福は金棒の刑を量産しそうなので殴られなくても頭頂部に幻痛を感じてしまう。
そしてワイワイ話しながら歩いていると商店街の入口へと到着した。
ここを通らなくても別の道もあるけど時間的に小腹も空いたので風呂に入る前に何カ所かに寄り道もしたい。
時刻も夕方なので金三郎の芋けんぴも新しい物が出来ているかもしれないので1度立ち寄って確認しようと思う。
それに目的地はこの奥にあるのでここを通って行けば自然と辿り着ける。
そう思って店に入ると予想通りにショーケースの中には目的の物が山積になっていた。
これなら無事に購入する事が出来そうなので、さっそく声を掛けさせてもらう。
「ヤベさん、また来ました~。」
「あら、今回も団体さんなのね。」
「まあ、大半は置物と思ってください。」
「フフ!今日は本当に大繁盛ね。まさか4回目も売り切れるとは思わなかったわ。」
ん、4回?
俺みたいに買い占める奴が来たのだろうか。
「実はホテルに持って行った時にそこに居た黒服のちょっと変わった人から注文を受けたのよ。まさか天皇陛下みたいな立派な人に食べてもらえるとは思わなかったわ。」
そう言って笑ってるけど、その天皇陛下も俺の横で店内を物色していますよ。
ちょっとだけ豪華な浴衣姿で分かり難いようだけど、本人も凄い自然に振舞っているのが一番の理由だろう。
そして再び外に札が立てられ店内は俺達だけで既に大賑わいだ。
「ちょっと毘沙門天と布袋は外で待ってなさいよ。それか今すぐに鎧を脱ぐか痩せなさい!」
「うむ、仕方ない。」
「無理を言いよるわ。」
すると毘沙門天は鎧が消えて少しスリムになったけど体が大きいので邪魔な事には変わらない。
布袋に関してはもともと温和な性格なのか軽く笑いながら外へと出て行った。
「ねえ、これは出来たてなのよね?」
「そうですよ。暖かいので味見してみますか?」
「お願いするわ。」
それにしてもヤベさんもこんな仮装行列みたいな集団を良く相手に出来るな。
俺が店員ならこんな危ない見た目の集団は追い出していたかもしれない。
そして外に出た布袋はサイン色紙に何か書き込んでそれを七福神の間で回し始めた。
何か1人が書き込む度に効果が上がってるけど護符か何かを作っているのだろう。
それにしても神の直筆という事なので効果が高そうだ。
そしてサインが色紙の裏面が1ヵ所を残して埋まると、表側には福禄寿と寿老人によって見事な宝船が描き上げられた。
そして最後に弁財天が裏にサインを書き込むとそれをヤベさんへと差し出している。
「これは私からのちょっとしたプレゼントよ。」
「あらあら、ありがとうございます。上手な絵ですね。大事に飾らせていただきますね。」
それをヤベさんに渡しているけどあれだけで商売繁盛しそうなので縁起物として店に設置してある神棚にでも飾るだろう。
しかし、そこは私達からと言うべきではないだろうか。
大国主は苦笑しているし、絵を描いた福禄寿と寿老人に関しては呆れてしまっている。
するとゴナラも味見をしながら納得すると何かが書かれている30センチほどの鋳物を取り出した。
まさか芋と鋳物を掛けているのではと不安になったけど、それは偶然だったようだ。
そこには天皇がこの店の味を認めたと言う趣旨の事が書いてあり、これを貰えるのは店として名誉な事になる。
そう言えば京都で再会したドウコことヒトミの店にも似た様な看板が着いていた気がする。
あちらは金色をしていたけど、もしかするとランクがあるのかもしれない。
これは鋳物で感じから言って一番下だろうから効果は大した事が無いかもしれないけど、権力者が認めて食している物を食べてみたい気持ちは誰にだってある。
既に食べて常連となっている者にとっては誇らしくも感じられるだろう。
今後は商店街に来るお客が増す事も期待できるので周辺の店にも利益が出そうだ。
「それではこれを店先に取り付けて来い。」
「合点承知!」
俺は鋳物を受け取るとそれを持って外に出た。
しかし、取り付ける作業は俺がする訳では無い。
俺だと店を倒壊させる恐れがあるのでこういう事が最も得意なアズサにお願いする。
「頼んだぞアズサ。」
「任せて。ついでにちょっと壁をアート風にするね。」
そう言ってアズサは魔法で壁に凹凸を作り出すと蔓の先に幾つものサツマイモが生っている壁画へと変えた。
その中に30センチほどの窪みが作られ、鋳物がそこに嵌め込まれると完成だ。
そして、その部分に押し込んで最後に外れない様に周囲を覆うとアズサと俺で取り外されない様に壁ごとしっかりと強化しておく。
これなら建物ごとこの壁を取り外さない限りは簡単に盗む事は出来ないだろう。
「これで完成だな。」
「そうだね。お昼のサービス分にはなったかな。」
そして店に戻ってみるとそこにあった商品の全てが消え去り、恵比寿がブラックなカードで支払いをしていた。
そういえばアイツは前回の事に懲りずに新しいゲーム会社を立ち上げて成功させている。
家にも有るけどネット接続が可能なVR機で色々な相手とカードゲームをしたりゲーム内で会話や勉強が出来るらしい。
何でも学校は社交を学ぶ場でもあるので取り入れないらしいけど、塾などでは取り入れている所があるそうだ。
教室の広さや、教師と生徒の物理的な距離を考えなくて良いらしくて、北海道から沖縄だろうと今の時代ならリアルタイム接続が出来る。
そのためこれから発展していく分野だろうと言われていて他の企業も最近になって本腰を入れ始めているところだ。
さすが商売繁盛の神だけはあってその辺の嗅覚には鋭いらしく、今の段階では他を圧倒している。
「それで支払いは済んだのか?」
「お前の分も払っておいたぞ。」
「ああ、後で返しとくよ。」
「別に気にせんでも良いぞ。」
「いや、お前に借りを作っとくと安心して眠れないからな。1割り増しくらいで返しとくさ。」
「まさか、あの時の事をまだ根に持っておるのか?」
「お前がバラ撒いたゲームで俺の家族も被害を受けたんだ。日本だと重要な神だから滅ぼさないだけで有難く思え。」
「トホホ~・・・、とんでもない奴に目を付けられてしもうたな。」
「自業自得だろ。」
それに溜息を吐きたいのは俺の方だ。
だからコイツが現世に直接関わっている間は誰かが目を光らせておかないといけない。
見られているという意識があれば簡単に馬鹿な事をやろうとは思わないだろう。
そのついでにコイツが開発したゲームで遊ぶのは不可抗力と言う奴だ。
そして俺は宣言通りに立て替えてもらった料金を多めに返すと、外で待っている皆の許へと向かって行った。
「また来てね~。」
「ええ、また来ますよ。」
そう言って言葉を返すと揃って商店街を歩き始めた。
そして向かいの定食屋で店頭販売されていたコロッケを買い食いし途中にある蜜柑専門店で搾りたての蜜柑ジュースを頂いて蜂蜜を購入する。
この蜂蜜はほんのりと蜜柑の風味がするのでパンに付けたりホットケーキに付けると普段とは違う味を楽しむ事が出来る。
「さてと、そろそろ風呂に向かうか。」
「お前はいつもこれに付き合っているのか?」
するとそろそろ行こうかという所でゴナラが呆れた顔で話し掛けて来た。
まあ、アズサが食べている量が半端ないので凄く見えるかもしれないけど、他のメンバーは常識的な範囲でしか食べてはいない。
それにこの一瞬はこの時にしか味わえない。
人は成長するし時が流れれば状況も変わり明日には今の様な穏やかな日常は失われているかもしれないのだ。
そして転生しながら何度も生と死を体験して来たからハッキリ言えるけど、別れは何度味わっても切なくて辛い。
だからその時を後悔しない様に出来る事は出来るだけしておきたい。
俺にとってそれは婚約者になってくれた皆との時間を少しでも大切にする事なので、色々な事を楽しむようにしている。
「まあ、いつもじゃないけど出来るだけはな。」
「お前は夫の鏡だな。俺にはとても真似できん。」
「いや、俺だって全てをアズサに合わせるのは無理だからな。それにこんな俺を好きと言ってくれて間違えればそれを正してくれる人なんて世界中探してもそんなには居ないだろ。愛想を尽かされない様に日頃から努力してるんだ。」
「そんなもんかのう?」
「アンタも人でなくなって姿まで怪物になれば分かるさ。俺の婚約者はそれでも俺の事を好きだと言ってくれる愛しい存在なんだ。」
「そうか。まあ、その辺の話は風呂で話そうではないか。」
するとゴナラは重たい空気を払う為か明るい顔で肩を組んで来た。
俺はその流れに乗って頷くと店を出て温泉へと向かって行く。
すると目の前には以前とは大きく違う道後温泉の建物が見えて来た。
「・・・なんて言うか、デカくなってるな。」
「ゲンとトウコも同じ様な事を言っていたな。俺には分からんがせっかく良い泉質なのだ。多くの者が楽しめる様にするのも上に立つ者の役割だからな。」
ちなみに面積は以前の6倍以上はあり、3階建てだった建物は6階建てになっている。
1階と2階が食事の出来る休憩室や個室になっていて3~4階が一般客用の浴場。
その上にある5階~6階が特別入浴室と休憩室となっている。
そして、5階~6階に関しては天皇家専用の階層の様でエレベーターからのみ上れる様になっていて一般開放はされていないようだ。
風呂という完全に無防備となる空間である事を考えればここで働くスタッフを除いて、あの階層に立ち入った事のある者は殆ど居ないだろう。
それにちゃんと男女の浴室が壁に遮られていて別となっている所が凄く素晴らしく、これなら乱入も覗かれる心配も無いだろう。
「どうした息など吐いて。・・・まさか混浴とでも思っていたのか?」
「その逆だ。覗かれる心配が無くてホッとしてるんだよ。」
「お主、枯れておるのか?」
するとまるで心配している様な憐れむ様な顔を向けて来る。
しかし、この齢で枯れてたり女性に興味が無ければ、そいつは心か体、又は両方に大きな障害を抱えているだろう。
自由恋愛を推奨している俺としては同性愛を否定するつもりは無いけど、俺自身はノーマルのつもりだ。
そうでなければこんなにたくさんの女性を婚約者にはしないし、これで女性を子供を産ませるだけの存在と思っているような奴が居れば容赦なく殴り倒しているところだ。
「変な事を言うな。俺はまだ12歳の未成年だぞ。最低でも俺が結婚できる歳までは我慢するのが普通だ。」
それに言葉にはしないけどその時までは6年の歳月がある。
その間に気が変わったり俺よりも好きになった相手が出来るかもしれない。
もしそうなった時に俺と肉体関係を持っていると足枷となってしまうかもしれないから婚前交渉は可能な限り控えておきたい。
「今時律義な奴じゃな。しかし、もし誰かが力に任せて奪いに来たらどうするのだ?」
「その結果が封印されてるだろ。」
「・・・うむ、確かにその通りじゃな。お前は愛する者の為に神すら敵に回す男じゃった。」
「偶然に相手が邪神だっただけだ。人間なら容赦なく滅ぼす。」
「まるで破壊神の様じゃな。まあ、こちらは1つの人生を使い切っても返しきれん恩があるからな。人の世の事はこちらでなんとかしておこう。」
「それだけでも大分楽になる。」
そう言えば以前にも誰かに同じような事を言われた気がするな。
まあ、忘れる様な事なので大した事では無いのだろう。
その後、施設の最上階に到着すると男女に別れてそれぞれの浴場へと向かって行った。




