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313 追加合宿 1日目 ⑤

ウェアウルフが複数湧くようになってから戦況は一気に傾き始めた。

ヒナタたちDJN99のメンバーにも余裕が無くなり体中に傷が出来ている。

男性メンバーはタチバナを除いて満身創痍となっていてウルフを倒すだけでも苦労する有り様だ。

足元に転がる大量のポーションを飲めば回復が可能ではあるけど、その暇すら与えてもらえない。


「おい!お前も手伝え!死人が出るぞ!」

「それならお前が成長すれば良いだけだ。」

「そんな事が簡単に出来るか!」

「それはお前が殻に閉じ籠っているからだ。早くしないと本当に全滅するぞ。」


ここに居る誰もが何らかの理由で他人を信用しなくなっている。

それを捨て去らない限りこれ以上の成長は望めない。

タチバナですらレベルが上がってもこの状況下で1つのスキルすら覚えず成長が止まっていると言える状態だ。

それにレベルが上がれば確かに強くはなるけど、その上昇は微々たるものなので本当に重要なのはスキルの習得と取得にある。


「タチバナ。お前はもっと心の声に耳を傾けて行動するべきだ。たまには本音を言ったらどうだ。」

「本音なんてもんは弱味でしかねーんだよ。そんなのは弱者の戯言だ!」

「今のお前は弱いんだ。それくらい言っても誰も笑わないぞ。」


するとジワジワと死が迫って来る状況でようやく理解できたのか、その顔が歪み口が開いた。


「なら・・・俺は仲間をもう死なせたくねえ!だから手伝ってくれよ!」


するとその叫びに男性メンバーは目を見開いた。

まさか日頃は傍若無人な事を言っているタチバナからこんなセリフが聞けるとは思わなかったのだろう。

しかし何処となく思い当たる事もあるのか辛い表情の中に納得の色が浮かび上がる。

そして女性メンバーも痛みと疲労で食い縛っていた口元が僅かに緩み笑みの形へと変わっている。


しかし、ここで助けては何も得る物が無く実感も得られない。


「なら、お前が救って見せろ。その言葉が本当で俺の子孫だという自覚があれば可能なはずだ。」

「テメー!」

「願え!望め!自分と仲間を信じろ!お前は誰の為に強くなりたいんだ!」

「他人事だと思って無茶苦茶言いやがって!だがこの際だから破れかぶれだ!幾らでも願ってやるよ。俺はテメーみてえに強くなりてえ!ウオーーー!」


するとタチバナは雄叫びを上げながらウルフたちへと突貫して行った。

そして瞬く間にウルフに囲まれ、手足に噛みつかれながらの大乱闘を始める。


「待ちなさい!アナタ死にたいの!?」

「いざとなったら俺がコイツ等を意地でも止めてやるよ。お前等はその間に撤退しやがれ!」

「馬鹿な事を言わないで!」


しかし、その突然の行動に周りは止めさせようと声を掛けるけど、タチバナの方に聞くつもりは無い様だ。

それに直接止めに行きたくても自分達も既に目の前の魔物の相手で手一杯なので動く事も出来ない。

タチバナが魔物の向こうに消えていくと誰も何も言わず一瞬だけ俺に視線を向けて来た。

しかし次の瞬間にタチバナが姿を消した場所から再び雄叫びが響き渡り周囲を揺るがした。


「オラー!オラ!オラ!オラ!オラーーー!」


そして1度の叫びで魔物が空を舞い、次々に霞となって消えて行く。

そちらを見るとタチバナは身長が倍以上に巨大化し、手足の筋肉が異常なまでに発達している。

体中に負っていた傷も完治し、手足に纏う魔拳のオーラは変幻自在に変化し斬る、潰す、投げると思いのままだ。


「どうやらやっと覚醒したみたいだな。」

「テメー!マジで死ぬかと思ったぞ!」

「俺の子孫ならあれ位は1人でどうにか出来て当然だ。」


そして最低限の目的を果たせた事により俺はSソードを抜くと横に一薙ぎして周囲に集まっている魔物を消し去った。

この剣なら人を対象から外す事も出来るのでこれくらいは簡単なことだ。

その後はスマホで連絡を入れて魔物の発生を止めてもらい一息をついた。


「時間が掛かり過ぎだ。」

「うるせー。最初からテメーが助けてればこんなに苦労はしなかったんだよ。」

「それだとお前が成長しないだろ。」


本当に出来の悪い子孫なので困ってしまう。

今までずっと能力に胡坐をかいてるからこんな事になるんだ。


「それよりも何がどうなってるんだ?」

「一般には出回ってない情報だが、単純に覚醒しただけだ。今のところ世界中でも4桁は居ないそうだからこれで少しは威張れるな。」

「何でかそんな気は起きねえよ。それにしても覚醒するとこんなに息苦しいのか?」

「ん~・・・お前の対象が何か知らないからな。ちょっと調べてみるか。」


お約束だけど真に覚醒した者は自分にとって大事な存在の価値が跳ね上がる。

それは家族だったり恋人だったり仲間だったりと色々だ。

なのでまずは手頃な所から調べてみよう。


「お前等ちょっとこっちに来い。」

「は~~~。もう少し休んでちゃダメですか?」

「今来ないならコイツが覚醒の影響で男に目覚めてても助けないぞ。」

「「「「すぐに行きます!」」」」

「そんな訳ねーだろ!」


イヤイヤ、覚醒前までは何となくだったけど、後にはその思いが抑えきれずにそっちに走った奴は1人や2人ではない。

そこは伏せておくけど、もともと女性を見下して男とばかりツルんでいた奴なのでその可能性も低くはない。


「それでどうだ?」

「お前の考えが駄々洩れだったせいで誰も近付いて来ねーよ。」

「おお、しまった。」

「全然しまったって顔してねえだろうが!」


見ると女性陣もちょっと距離を空けており、ミドウさんに至っては既にバリケードまで設置済みだ。

しかし見るからに変化は無いので男色家になった様子は無さそうだな。


「それじゃあ今度はヒナタ達が来てくれ。」

「噛みついたりしない?」

「俺は犬じゃねえよ!」


それでもヒナタたちは慎重に少しずつ1歩を踏み締める様に近づいて来る。

すると距離が5メートルを切った辺りから変化が出始め、まずは頬が赤く染まり始めた。

そして4メートルで耳まで赤くなり、3メートルで視線が逸れた。


「あれ?もしかして女性に免疫が無いの?」

「ち、違う!・・クソ!どうなってるんだ!?」

「お前等タチバナを囲め!作戦名スクエア!」

「「「「了解!」」」」


そして彼女達は素早くタチバナを囲むとその顔をのぞき込んだり体に触れたりして揶揄い始めた。

どうやら見た目はゴリマッチョなのに、ちょっとした事で顔を真っ赤にしている姿が面白いらしい。

なんだか次第にエスカレートしてワザと当ててる奴も居るけど男性不信は治ったのだろうか?


「お前等、男は大丈夫なのか?」

「「「「え?」」」」

「そう言えば何ともないわ。」

「もうちょっとこの筋肉に触っていたいかも。」

「私も怖くないです。」

「それどころかなんだかホッとする様な気がします。」


するとそんな中でノアが「作戦会議!」と言って離れて行った。

それでタチバナは一旦解放され、こちらへとやって来る。


「おい!これはどうなてるんだ!」

「怒鳴るな。もしかしてお前は初恋もした事が無いのか?」

「そ、そんなの今と何か関係があるんだ!?」

「そうだな・・・。お~い初恋らしいぞ~!」

「何を大声で言ってやがる!」


俺がヒナタたちにも聞こえる様に声を出すとタチバナは慌てて口を塞ぎに来る。

それはまるで小学生の様な反応で何も言わなくてもその顔が如実に真実を伝えてくれる。

するとそれを聞いて彼女たちは互いに頷き合うと答えが出た様だけど顔には今も不安が見え隠れしている。

それでも歩む足取りは確かで真直ぐに俺の傍に居るタチバナの前に立った。


「ねえ、お願いがあるの。」

「・・・何だヒナタ。」


ん~なんだか見てる側からすると愛の告白をしてるみたいだな。

Bチームの奴等が見たら再び嫉妬の炎を燃やしそうだ。

いや、相手がDJN99のメンバーなら嫉妬ではなく呪い殺そうとするかもしれない。


「その・・・アナタにも夢や進路があると思うのだけど・・もしよければ卒業したら私達とパーティを組んでくれない?」

「・・・確かに勝手な願いだな。卒業して最初の年は九十九を卒業した者でも重要な1年になる。それを寄こせと言うのは流石に傲慢が過ぎないか?」

「そうよね。私達も今年でDJN99を卒業だからちょっと焦ってたみたい。その後は探索者として生計を立てるつもりだけど他のメンバーを探してみるわ。ごめんなさい。」


実はDJN99の上限年齢は22歳となっている。

その後は別のアイドルグループやソロとして活動するか、探索者として活動するかが選べる。

どれを選んでも九十九がしっかりとバックアップしてくれるので放り出される訳では無いけど彼女達4人はDJN99で初の卒業生なので不安も大きいのだろう。

それを狙って勧誘も増加しており頼りになる者がパーティに居ればそういう事も減る事になるのは確かだ。

しかしタチバナのは明らかに照れ隠しが多分に含まれている。

それに言っては何だけど男のツンデレは誰も得をしないんだよ!


「おい、タチバナ君。」

「な、なんだ?気持ち悪い笑い方しやがって。それにどうして頭を掴む・・・イタタタタ!」

「俺は素直になれと言ったはずだぞ。」

「イタタタタ!潰れる!マジで潰れる!」

「お前も漢なら4人くらいは面倒を見ろよ。」

「わ、分かった!おい!コイツをどうにかしたらパーティを組んでやっても良いぞ!」

「え、何か言った?」


すると肩を落として俯いていた彼女達の顔に笑顔が戻ったかと思えば、難聴系ヒロインと化して耳に手を当て聞こえなかったフリを始めた。

何気にコイツ等も良い根性をしていると思うのでタチバナはこれから色々な面で苦労する事になるだろう。


「もう1回言ってくれる?」

「上手く聞こえなかったな~。」

「どれくらい組んでくれるの?」

「わ、分かった!好きなだけ組んでやるからとにかく助けろ!」

「「「「ならず~とお願いね。」」」」

「は?」


すると突然言われた無期限とも思える言葉にタチバナは痛みを忘れて動きを止めた。

それと同時に俺も手を離してやり、さっき聞こえて来た彼女たちの会話を思い出しながら笑みを浮かべた。。



「ねえ、なんだか胸がドキドキするんだけどもしかして皆も?」

「うん。でもタチバナってかなり女遊びしてそうよね。」

「でもムキムキマッチョだよ。」

「マナは筋肉好きよね。私も好きだけど。」

「話しが脱線してるわよ。でも恋人とか居たらどうしよう。」

「お~い初恋らしいぞ~!」

「私決めたわ!」

「私も。」

「「異議なし!」」



あの時はパーティを組んでからゆっくりと陥落させていくのかと思っていたのに弱みに付け込んで大きく出たな。

でもダンジョンが解放されて1年半にも満たないけど、探索者同士で恋に落ちて結婚する者は多い。

きっと危険な場所へと共に行くので信頼と同時に吊り橋効果も生まれるのだろう。

もしかすると勧誘していた奴等もそれを狙っていたのかもしれない。

そして、そんな事を思い出して笑っているとタチバナが言われた事を理解してようやく言葉を返した。


「ちょっと待て。お前ら何を言ってるんだ?」

「嫌なの?」

「う・・・。卒業後はよろしく頼む。」

「フフ、可愛いわね。」

「男に可愛いって言うな。」

「ならアナタが言ってよ。」


そう言って彼女達はタチバナの前に立って見上げているけど、その口から言葉が出て来る様子はない。

どうやらこちらの方が戦闘よりも遥かに訓練が必要なようで流石は俺の子孫なだけはある。

これなら尻に敷かれるのも時間の問題だろう。

もしかすると既に・・・。


「お前等、その辺にしてそろそろ帰るぞ。女性に関しては後で手取足取り教えてやれ。」

「「「「は~い!」」」」


それにしても他の男性メンバーには可哀相な結果になってしまったな。

ただしアイツ等も頑張ったので卒業はさせてやろう。

しかし男だけの集団と美女4人に囲まれる男1人の集団とはまさに光と影を見ているようだ。

まあ、明日からは今日の結果を踏まえて上手く組み分けを変えてもらおう。


「ミドウさんも今日はご苦労さんです。」

「もしかして狙ってた?」

「俺も流石に愛のキューピットではないので偶然ですよ。」


それにこれなら戻ってからアズサ達の機嫌も良くなるだろう。

どうやら彼女たちの目的は本当にお礼を言いたかっただけの様なので良い方向に話が進んで良かった。


「それで、ここで帰ると言う事は明日はどうするんだ?」

「今回の目的は彼女達と男性メンバーでパーティを結成させる事なので後は好きにさせますよ。後は明日になってからのお楽しみですね。」

「頼むから明日はお手柔らかに頼むよ。」

「それは無理な話です。」

「トホホ~・・・。もしかして俺が一番の外れを引いたかもな。」


そしてミドウさんは肩を落とすとトボトボと歩いて行った。

その後は10階層と11階層の間にある転移陣で外に出るとホテルへ先に戻らせ、俺はダンジョン内で皆を見守り続ける。

やはり傍に居ないと心配だし、何かあってもダンジョンの外に居ると反応が遅れてしまうからだ。

そして、しばらくすると全員がダンジョンから出たので、それを見届けてから俺も外へ出て皆の許へと向かって行った。


「お帰り。皆の方もそれなりに上手く行ったみたいだな。」

「ハルヤもお疲れ様。そっちはどうだった?」


そう言って手に金棒を構えたアズサが出迎えてくれた。

その姿に周囲の生徒たちは恐怖の表情を浮かべると逃げる様にこの場から離れていく。

そう言えば、なんだかいつもに増して訓練がハードだったように思える。

てっきり俺を見習って真似ているのかと思っていたけど、ちょっと八つ当たりが含まれていたのかもしれない。

または俺は自分達のものだと周りに示していたのかもしれないけど、そのおかげで生徒たちは生死を賭けた戦いを潜り抜けて上手い具合に結束が高まっている。

流石はマルチとハルカが情報を出し合って決めたパーティなだけはある。


「それじゃあ、まずは俺の成果を聞いてもらいたい。」


そしてタチバナたちの話をすると周囲を満たしていた威圧が消え去り、さっきと同じ笑顔なのにまるで月の様な暖かさを感じられる様になった。

周りは既に観光客から生徒までが逃げ出した後なので誰も居ないけど、寺という事で何処からとても気合の入ったお経が聞こえて来る。

しかし、こんな中途半端な時間でもお勤めを始めるとはここのお坊様も大変だな。

これなら何らかのトラブルで魔物が異常発生してもダンジョン内に抑え込む事が出来そうだ。


「でも良かったよ。今回は金棒の出番が無くて。」

「俺も胸の痞えが取れた気分だ。だから明日の組み合わせは大変かもしれないけど頼んだぞマルチ。」

「問題ありません。」

「ハルカも出来れば力になってやってくれ。」

「任せなさい。それと課題をクリアしたメンバーは除外しても良いのよね。」

「それで頼む。」

「ま~かせて~。」


これで後は戻ってからだけど、この様子ならアズサ達は夕食の席を外させた方が良いだろう。

ケイやルリコの両親などの一部の人が居れば体裁は整えられる。

それにアズサ達は今回の事で怖がられているみたいだから夕食に居なくても怪しまれそうにない。


「これからゴナラの所に行くか。夕方から風呂に誘われてるからな。」

「そうだね。今回は逆に丁度良かったかな。」

「明日はもう少し優しくしてやったほうが良くないか。鞭担当は俺だけで十分だろ。」

「それも相手の態度次第だよ。飴ばっかりだと成果が出し難い人も居るみたいだから。」


話を聞くとDJN99のファン連中は気合が空回りして上手く動けていないらしい。

これだと時間が解決してくれるか分からない状況なので手探りで色々と試すしかないだろう。

そして情報交換をしながら飛び上るとホテルへと戻って行った。

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