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306 訓練合宿 4日目 ②

Bチームの訓練が開始されてから周囲に響いているのは武器同士がぶつかり合う甲高い音と、生徒たちの気合の籠った叫び声だ。

しかも既に周囲はおびただしい血で舗装され、肉片や手足が幾つも転がっている。

まるで地獄絵図をそのまま抜き出した様な光景が広がっているけど、それらは全てが生徒達の物だ。

魔物は倒すと消えてしまいドロップしか残さないので手足が残るはずがないからだ。

それでも彼らの目に浮かぶ戦意に一切の陰りは無い。

それどころか次第に体つきが逞しくなり、まるで中国系カンフー映画に出て来る主人公のようだ。


しかも魔法で筋肉の成長を促進させているので体にかなりの負荷と痛みが走っているはずだ。

ただし今は精神が肉体を凌駕しているのでこんな無茶が出来る。

それにアドレナリンも大量に出ているだろうからこんな無茶な事が出来るのであって、もし普段の状態でこんな事をすれば立つ事すら出来なかったに違いない。

しかし最初に見た時には主体性が無く、まるで波間を漂う海藻のようにやる気の欠片も感じなかったけど、まさかここまで変わるとは思わなかった。

この調子ならこの周辺から魔物が居なくなるのもそう遠い事ではないだろう。


「そろそろ終わりにするぞ。」

「ウオ~~~!テキハドコダ~!」

「オレ・マモノ・マルカジリ!」

「カエデチャン!マッテイテクレー!」


どうやら頭のネジが飛んでしまって精神の均衡が崩れてしまっているみたいだ。

見るからに目が正気には見えず、鍛えられた肉体にボサボサのヘアスタイルがまるで原始人を思わせる。

既に近くには魔物も居らず、再び光る棒を取り出すと変な踊りを始めてしまった。

サバイバルにはそんなに役に立ちそうにないので没収をされていなかったみたいだけど、一体何本持っているのだろうか。

俺も予備に対して更に予備を持っていろとは言っているけど、コイツ等と一緒の事をしているとなると恥ずかしくなってくるから不思議だ。


しかし、この調子では話が通じそうにないので、まずは現代人に戻ってもらう事にする。

その為に仕方なくタブレットを操作するとそこに届いているメッセージ映像を再生して生徒たちへと向けた。


『皆さ~ん。こんにちわ~。』

『『『こんにちわ~。』』』

『来週に皆さんとダンジョンに入れる事になったダンジョン99で~す。』

『私達はその日を楽しみにしていま~す。』

『強い男の人なら大歓迎だよ~。』

『一緒に頑張ろうね~。』

「「「うおーーー!!」」」


すると生徒たちの目に光が・・・戻り?俺の前に正座して瞬きすら忘れて映像に見入っている。

ちょっと変な宗教の教祖になった気分だけど、彼らの信仰の対象は俺ではなく映像に映っている彼女達だ。

ハッキリ言ってタブレットを手放してしまいたい気分だけど、これには個人情報が満載なので後で学園に返さなければならない。

それに手放した途端に映像を手に入れる為の大乱闘が始まりそうなので、それを避ける為にもこの視線に晒されるのは仕方がない事だ。

そして映像が終わる頃には正常?な思考を取り戻した生徒たちが、まるで太陽でも見ている様な眩しそうな顔で手を合わせている。

なのでコイツ等の頭は本当に大丈夫なのだろうかと心配ではなく、不安に思えてきた。


「そう言う事で、あちらは強い男を待ち望んでいるみたいだぞ。」

「うおあーーー!やーってやるぜ!」

「目指せレベル30!」


そして更にやる気を増したBチームはまさに鬼神の様な働きを見せてくれた。

それでも次第にレベルが上がらなくなると、彼らの顔に不安と焦りが生まれて来る。


「ヤバいな。レベルが上がらん!」

「このままじゃ夢のダンジョン探索がーーー!」

「諦めるな!俺達には女神が付いているんだ!」

「「「おーーー!!」」」


そしてレベルが上がらなくなっても彼らの戦闘は続き、魔物はかなり少なくなってきた。

ここまでやればそろそろ次のステップに入っても問題はないだろう。


「そろそろ次のステップに入るぞ。」

「まさか更にレベルを上げる手段があるのですか!?」

「そっちは諦めろ。しかし、スキルを使い慣れるのは大切な事だ。」

「し、しかし!」


やはりレベルが必要な数値まで届いていないので誰もが不安を感じているようだ。

しかし、このモチベーションを維持すれば当日までにレベルを上げきるのは難しくない。


「まずはスキルを使いこなせ。そうすればカッコ良い所も見せやすくなるぞ。」


俺はそう言ってフィンガースナップで魔法を発動したり、剣で岩をさいの目に斬り裂いて見せる。

ここまで出来る様になるのはまだまだ先になるだろうけど、努力すればスキルはちゃんと応えてくれる。

元々殆どのスキルは才能があるから取得できるのであって、出来ないのなら最初から取得欄には存在しない。

それに才能は持っているだけでは役に立たないけど、意識して鍛える事が出来れば成長も早まる。


「漢はカッコ良く戦えてなんぼだろ!」

「うお~~~!その通りです教官!」

「ありがとうございます。目から鱗が落ちました!」


やっぱりコイツ等が一番扱いやすい。

これも一種の妄信というのか、この島で最も狂気に満ちているチームと言えるだろう。

なにせさっきまで共に戦っていた仲間だというのに手加減を忘れて殺し合う様な訓練をしている。

実力が拮抗しているから大怪我はしていないけど、代わりに一歩間違えれば命を落としてしまいそうだ。


「死ねば生き返らせれば良いか。」


どうせスキルを鍛えるにしても遊びの様な打ち合いでは意味を持たない。

それに型や基本は既に学校でしっかりと習っているはずなので後はそれぞれのスキルがそれを基にして適した動きをなんとなく教えてくれる。

それを意識せずに出来る様になる事が能力を使いこなすと言う事だ。

誰だって経験が無いのにやり方だけ分かったとしても最初は上手く動けないのが普通だからな。


「それにしても一種の異様さを感じていたけど、まさか狂戦士の称号を得ているとは思わなかった。」


狂戦士の称号は俺の持っているベルセルクと少し似ている。

俺のは怒りに反応して能力が強化されるけど、狂戦士は一番好きなモノを思う事で効果を発揮する。

しかも名前に狂うと付いているだけあってまさに狂気的な思いが必要だ。

殺し合いの様な訓練を嬉しそうにしているアイツ等の様な。


そして、その後は順調に訓練も進み、どのチームも良い感じに仕上がって来た。

やるべき事も片付き、この島に来た理由も残り1つだけだ。

それを終わらせないと俺は戻る事が出来ないのでそちらを片付ける必要がある。

それについての捕捉も出来ていて空間把握で確認した感じではこの島の周りを回遊しながら少しずつ近づいて来ているのは間違いない。

この調子なら最終日の辺りには現れてくれるだろう。


「それにしても以前の海底調査で見つからないと思ってたら、こんな再会をする事になるとはな。」

「以前にマスターが使っていた物と聞きましたが。」


訓練を終えて海を見ているとマルチが声を掛けてきた。

どうやら彼女は俺がここに来る事になった依頼がどういうものかを知っているようだ。


「恐らくは200年くらい前だな。日本海溝に沈めておいたんだけど以前に行われた深海調査では発見できなかった。まさかまだ動いているとはな。」

「もしかすると何者かが悪用している可能性もありますね。今の所は目撃情報だけですが被害が出る可能性もあります。」

「そう思って政府も討伐依頼を出したんだろうな。動きからして知能は十分にありそうだ。」


そうでなければ、これだけ海で暴れているのだから引き寄せられるか逃げていてもおかしくはない。

それなのに今もこちらを観察する様に島の沖合を回遊し、少しずつ近付いて来ている。


「ねえ、私達で様子を見てこようか。」


すると今度はエヴァがそんな事を言って来たので俺は首を横に振ってその提案を却下する。


「俺の危機感知に反応がある。気配も良くないからもう少し泳がせておこう。」

「む~・・・。」

「ハルヤは私達の事を心配してるのよ。」


すると頬を膨らませてしまったエヴァをトワコがフォローしてくれる。

そのおかげで膨らんだ頬は元に戻ると残念そうながらも苦笑を浮かべてくれた。


「ハルヤは過保護が過ぎるわ。」

「でも好いてくれる相手を気遣うのは普通の事だろ。」


半神となってから前の様に少しは優しさを見せられるようになった。

それでも普通の人と比べればまだまだ極端で限定的な事でしか感情が動かない。

でも、こうして一緒に居たいと言う相手や、深く関わった者には心が反応し易くなったと思う。


「ハルヤも昔とはちょっと変わった。」

「エクレもそう思うか。」

「うん。だからアズサ達が心配してる。新しいお嫁さんを連れて来たらどうしようって。」

「うっ!」


これには文句の付けようがない。

でも俺も好きで婚約者を増やしている訳では無い事だけは理解してもらいたい。

それに増えた相手というのもエクレ達なので、その本人達から言われると微妙な気分にさせられる。


「そういえばアズサ達はマルチの事を知ってるのか?」

「フフ、どちらでしょうね。」

「頼むからそういった事は秘密にしないでくれ。」

「大丈夫ですよ。既に映像通信で話しはしていますから。会話するのは初めてでしたが以前の事もあって歓迎してくれるそうです。」

「そうか。それなら安心だな。」


マルチの事は邪神を封印した後に何度か話した事がある。

あの時に俺が普通に過ごす事が出来たのも、こうしてここに居られるのもマルチのおかげだ。

それと同じで俺を封印から連れ出してくれたエクレにも皆は感謝して受け入れてくれている。

きっと今回に関しては叱られる事は無いだろう。


「それと誰に試合をさせるかは決めたのか?」

「最初はAチームの選出者とCチームのイノウエで試合をしようと思います。」

「一応ササイはBチーム元リーダーのタチバナともやりたがってるがどうする。」

「それなら1試合目が終わると同時に生き返らせてササイとの試合を組みましょう。ついでにAチームの元リーダーであるフドウも誰かと試合をさせてみますか?」

「それならマコトと試合をさせるか。」


10歳以上は年齢差があるけど今のアイツなら・・・勝てるだろう。

それくらいには俺とマルチでしっかりと鍛えてやっている。

もし負ける様な事があるなら学園に帰った後に地獄の訓練でダンジョンを踏破するくらいはさせるか。


「マスター。彼はまだ子供なので程々にしておかないとダメですよ。」

「アイツは兄だから大丈夫だ。」

「そういう所も昔のままですね。まるであの時から数年しか経過してないみたいです。」

「そんな事は無いぞ。あの時に比べれば成長著しいと言っても良い。」

「例えば?」

「そうだな・・・なあエクレ。」


俺はいざ成長をした所を言おうとして上手く浮かんでこなかった。

きっと成長したかどうかは自分では気付き難いからだろう。

なので昔と今の俺を知っているエクレなら成長した部分が分かるはずだ。


「ハルヤ・・・残念。」

「ま、まさか・・・!」

「ハルヤは昔から変わってない。だから皆もそんなハルヤを信じて愛してる。」


そう言われれば悪い気はしないけど俺ってそんなに変わってないのか。

まあ半分は人間でなくなったり強くはなっているけど、確かに中身はそんなに変わってない気がしてきた。


「と、言う事らしいので思っていたよりも俺は変わってないみたいだ。」

「そうですね。でもそれでこそマスターです。」


そう言うとマルチは表情を緩め笑みを浮かべた。

今まであまり表情筋が動いているのを見た事が無かったけどちゃんと笑う事が出来るみたいだ。

見た目が美少女で優秀だから学園に入ったらモテそうだな。


そして合宿の最終予定も決まり、この日は眠りに着く事にした。

ただ俺が寝転ぶと同時にマルチ達も今朝の様な配置で寝始めたので、もうこっそりと忍び込む気は無いみたいだ。

でも別に如何わしい事をする訳でもなく、寝るだけだから良いだろう。

俺はそう思って軽く現状を流すと眠りに着いた。

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