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303 訓練合宿 3日目 ①

朝になると俺はマルチにこちらを任せ、さっそくAチームへと向かって行った。

ちなみに女性チームであるCチームが何をするのかは聞いていない。

一度任せた以上はマルチを信じて結果を受け止めるだけだ。

もしやり過ぎて死人が出たなら生き返らせれば良いし、心が折れたなら帰ってもらえば良い。

なのでどうなるかは昼過ぎに帰ってからのお楽しみとなる。


そしてAチームのキャンプ地に到着すると、そこで待っていた男達の前に降り立った。


「準備は出来ているか?」

「バッチリです!ただ昨日の夜に合流した奴等も居ますが問題ないですか?」


そう言って視線を向けた先には昨日の夜にBチームと別れたササイ達が立っていた。

まだ怒りが完全に収まった訳では無さそうだけど、それをやる気に変えているようだ。


「お前達は俺の指導を受ける事に反対意見は無いのか?」

「昨日の内に聞いた。アンタは俺の命の恩人だから死ねと言われない限りは着いて行くぜ!」

「俺の訓練は厳しいぞ。」

「俺はタチバナの野郎に勝ちてえ!その為ならどんな事にだって耐えて見せる!」


どうやら最低1人はやる気の様だ。

後ろの奴等は微妙な感じだけど、すぐにそれでは生き残れないと気付くだろう。


「なら海岸に出て戦闘準備だ。まずは寝惚けている体を叩き起こすぞ。」

「「「おーーー!」」」

「「「お~~~。」」」


そして、まずはやる気の無い奴らを集めて海岸に並べていく。

ちなみにコイツ等は全てが元Bチームで殆ど何もしていない連中だ。

サボっていたと言うよりは何も出来る事の無い奴等で、それを本人達も受け入れてしまっている。

まずはそれが如何に怠惰な事なのかを分からせなければ周りに要らない影響を与えかねない。


「丁度良く近くに魔物が居るな。」

「ま、待ってくださいよ!俺達に魔物と戦えるはずがないでしょ!」

「そうなのか?」

「そうですよ。やらすならやる気のある奴等からでしょ。」


しかし既にヤル気のある魔物さん達が海岸へとご到着だ。

魔物には相手がやる気があろうとなかろうと関係なく、自分達の使命を果たすために襲い掛かって来る。

すなわち人間は苦しませて殺し、邪神に捧げるというものだ。


「それじゃあ俺達は下がらせて頂きま・・・イテ!」

「ど、どうなってるんだ!これはシールド!」

「だ、ダメだ壊せない!」

「ま、魔物だ!だ、誰か助けてくれ!」


すると勝手に下がろうと・・・いや、逃げようとした奴らはシールドの存在に気付いて慌て始めた。

しかも同じシールド内には魔物が一緒に入れられており、自分達と同じ様に手には武器も持っている。

そして海岸に上って来たのは半魚人の魔物で強さはレベル15前後。

状況から言って勝てない相手ではないけど逃げていては勝負にならない。


「お、お前!俺達を殺させる気か!?」

「死にたくないなら戦え。」

「出来るはずないだろ!」

「それなら死ね。死んだら生き返らせてやる。ただ、魔物相手に安らかな死があると思うなよ!」

「テメー狂ってんだろ!」

「ああ、良く言われるよ。それじゃあ死ぬのを見ててやる。」


俺はシールドの傍に椅子を取り出して腰を下ろすと頬肘をついて観戦を始め、後ろに居る連中で誰も文句を言う者は居ない。

冷静に観察すれば十分に勝てるという判断が出来ているからだ。

もちろん怪我はするだろうけど実戦を無傷で終わらせるには敵よりも強くなければならない。


ただし敢えて言うなら九十九学園の場合はそういう強者を求めてもいる場所でもある。

来たるべき時の戦いに備えて人々の先頭に立って戦い、その強さと高潔さを持って周りを牽引して行く。

そのことも学園ではしっかりと授業で言われているので知らない者は居ないはずだ。

しかし、それを無視して美味い汁だけ吸おうと言うなら退学になる覚悟をしなければならない。

あそこでは特別な優遇を受けられる代わりに、常に義務と強さを蔑ろにしてはいけない場所なのだから。


そして勝てる相手に逃げ惑い戦おうとしない連中は次々に魔物の餌食となって倒れて行く。

しかし、死にそうになったとしても俺が魔法で回復させているので楽には死なせない。

外に居る連中はそれを眺めて次は自分だと覚悟を新たにし、魔物がいかに危険な存在なのかを再認識している。

そして中に居る連中は死にたくても死なせてもらえず、永遠と続く痛みと俺の容赦の無さを知りこのままではいけないと次第に戦い始めた。


「このままじゃアイツ等の玩具にされるだけだ!ここは何が何でも敵を倒すぞ!」


すると中の連中が魔物だけでなく俺にも敵意の籠った視線を向けて来る。

玩具にしたつもりは一切ないが、それは主観的で客観的ではないのでどう思っていようと関係ない。

ようは魔物と戦い命に対する危機感と強さに対する向上心を思い出してくれれば良いだけだ。


「怪我を恐れるな!」

「俺達なら勝てるはずだ!」


それぞれに周りや自分にも言い聞かせるように声を上げ、落とした武器を拾い戦い始めた。

その結果は予想通りで苦戦をしても負ける事は無く、かつては誰もが持っていた闘争心という牙を取り戻した。

代わりに反抗心という素敵な物も芽生えた様で魔物を倒してシールドを解除するとこちらに向かって来た。


「テメー死ぬ所だったぞ!」

「俺が回復させなければ何度か全滅してたな。」

「このイカレ野郎が!」

「正常な精神で魔物に殺されるなら異常で結構。」


俺は殺意すら感じられる攻撃を躱しながらタブレットを取り出すと顔写真から1人を選択した。

これには個人情報もバッチリ載っているのでその中から弱みと思われる部分を探し出しそこを刺激してやる事にする。


「何々、お前は犬を飼っているのか。」

「そ、それがどうした!」

「15歳か。もうじき寿命だな。」

「お、お前には関係ないだろ!家族の事まで口出すんじゃねえ!」


するとその生徒は確かに飼い犬を家族と宣言した。

俺もその理由は十分に理解できるが今の犬の寿命は約18年くらいだ。

癌などの致死性の病気も早期に見つかる場合は魔法とポーションのおかげで根絶され、事故などが無い限りは殆ど早死にしない。

それも飼い主によっては蘇生薬を購入して対応しているので死別するのは寿命の場合のみと言っても良いだろう。

しかし、蘇生薬が寿命で死んだ者に効果が無いのは既に実証済みだ。

だからコイツの飼い犬は後3年前後で死ぬ事になる。


「ちなみにレベル100までカンストするとテイマーと言う職業が選べるぞ。」

「何!?」


これは既に過去のデータから検証済みだ。

しかも以前までは魔物しかテイムできなかったが絆が強ければ動物でも可能になっている。

ただしレベル100となると軽く90階層は越えなければならないだろう。

それを今まで怠けていた者が達成できるかは本人次第だ。


「お前はここで合格できれば大学生か。俺が進言すればダンジョン部門を専攻できるようにしてやろう。」

「ほ、本当か!」

「俺は嘘を言わない性分なんだ。」


すると生徒の1人は剣を収めると他にも何人かが同じようなお願いを言って来るので、それに俺が同意して頷くとその者達は剣を収めた。

元々ダンジョン部門は常に人手不足で資源の回収をする意味でも炭鉱夫同様に人手は多い方が良い。


「そういえばダンジョン部門の事務には先日美人な受付がたくさん入って来てたな。」

「「「何!」」」


するとそれに反応したのは俺を攻撃している奴等だけではない。

後ろからもたくさんの声が上がり、聞き耳を立てているのが分かる。


「彼女達は来たばかりで右も左も分からないと言ってたな。出来れば優秀な探索者の彼氏が欲しいとも・・・。」

「・・・。」


すると多くの攻撃が止まった事で他の連中も仕方なく攻撃を止めた。

もし、この火傷をしそうな熱い情熱の中で手を出せば、そいつが周りから攻撃を受ける事になりかねない。

それに周囲に広がっていた喧騒が消え、海岸に打ち寄せる波の音だけが聞こえて来る。

どうやら予想以上に彼女募集中の奴等が多いみたいだ。

言ってはなんだけど退学寸前の奴らなので学園内だと告白が成功する可能性は高くは無いだろう。

良くも悪くもあそこは実力があって初めて評価されるからな。


「紹介は出来ないがチャンスだけは作ってやろう。ここで強くなれば20階層までは行けるぞ。ただし、この人数だから女性の方が足りないかもな。そういう時のアピールポイントはやっぱり稼ぎと、どれだけ深い階層からアイテムを回収してこれたかだろうな。」


すると目の色を変えた奴らが次々に手に武器を持って自ら海岸に整列を始める。

どうやら殆どの奴等はこれだけで十分だったらしく海に向ける精鍛な顔つきは先程までとは別人のようだ。

しかし他にも数人残っているので俺はタブレットから情報を確認した。


「お前等は学費に病人か。」

「俺達はどちみち金が払えずに退学さ。アイツ等みたいに夢なんてねーよ。」


どうやら残った奴等の問題は、家族が病気になっているからのようだ。

癌でも発見が遅ければ現代でも治す事が出来ず、現状を維持するか進行を遅らせる事しか出来ない。

そうなればお金ばかり掛かるので九十九学園の授業料を払う余裕が無くなってしまってもおかしくはない。


ただし現代でも重篤患者を治療する方法は3つある。


1つ目はあっさりと殺す事だが選ぼうとする人間は少なく、いかなる形でも大事な人が死ぬ事は耐えられないのだろう。

俺だってどうしようもない限りは大事な人の命を奪う手段は取りたくない。


2つ目は神より特別に選ばれ、効果の高い回復魔法を使える者にお願いする事だ。

しかし以前にも言ったように彼らは人数が少なく、全員を治療する事は出来ない。

特に日本には一般に知られている者でそう言った者は居ないので基本はもう1つの手段に頼る事になる。


そして3つ目がポーションになるけど数が行き渡っているとは言えない。

しかも中級以上のポーションは35階層の辺りからドロップし始める。

俺の場合はかなり浅い階層からドロップしていたけど、あれは称号にある『救命者』の効果だったようだ。

なので今でも数が足りておらず、探索者は自分でも使うので余裕が無い。

俺も既に万に届く数を持っているけど、あまり目立つと他国から提供しろだとか、売れと五月蠅いらしい。

邪神という明確な敵が居るのに人間は国同士で見栄を張ったり仲良く出来ないのだから本当に情けない限りだ。

そういう訳で5年前は1本が5万円の中級ポーションも今では高騰している。

一応は各国で協議して値段を設定しているらしいけど欲しい奴は幾らでも居るので裏ルートも存在する様だ。


その辺の事はどうでも良いとして、縋るべき物を見せてやろうと思う。


「さて、これは何か分かるかな?」

「ポーションだろ。さっき俺達が倒した魔物からドロップしたのを袋に集めてたな。」

「その通り。よく見てたな。それで、これは中級ポーションだ。欲しい奴は誰か居るか?」


しかし誰も手を上げないどころか詐欺師を見る様な疑いの目を向けて来る。

確かに今程度の奴等なら普通は下級しかドロップしない。

しかし俺の『救命者』は以前と違い効果が高まり、ドロップ率だけでなく品質の向上もしてくれる。

なので20匹も魔物を倒せばポーションが10個以上はドロップし、その中に中級が混ざっていたとしてもおかしな事では無い。


「良いのか?今はこの1本しか無いぞ。」

「そういう嘘は流石に止めてくれないか。本気で殺意が芽生えて来る。」

「信じないならしょうがないな。」


俺は手にナイフを握るとその場で自分の手をバッサリと斬り裂いた。

その傷口からは血が噴き出し、骨まで達しているのが分かる。


「な、何やってるんだ!」

「大丈夫だ。中級ポーションがあるからな。」


俺はそう言って手に持っているポーションを飲み干して傷を癒した。

再生のスキルだと生々しい回復風景もポーションなら光に包まれて治るので全く気持ち悪くない。

そして、それは九十九学生なら回復量と治り方で十分に判断が出来るだろう。


「も、もしかして本物だったのか!?」

「そう言っただろ。」

「ならどうしてそう言ってくれなかったんですか!?」

「信じなかったのはお前等だろ。責任を擦り付けるな。」

「グ・・・!クソ!」


すると信じなかった過去の自分が許せないのか怒りで地面を何度も殴り始めた。

ただ、そこは固い岩盤になっているので手は皮膚が裂けて血が出始めている。

落ち込んでいる者も多いのでそろそろ種明かしをしてやろう。


「反省が済んだら魔物を狩れ。そうすればポーションは再びドロップするぞ。」

「気休めは止めてくれ!」

「さっき信じなかった事を後悔するなら今度は信じてみたらどうだ?」

「・・・そうかもな。1回くらいは信じても良いかもしれない。」


するとその生徒は陸に上がって来ていた魔物たちへと破れかぶれに突撃して行った。

その動きはまさに血に飢えた獣の様で、回避は最小限にして敵の得物を躱し、1撃で仕留めている。

どうやらやる気さえあれば教えなくてもちゃんとした戦闘が可能のようだ。

そして、さっきよりも少ないけど5本のポーションを回収すると俺に差し出して来た。


「俺達は鑑定なんて出来ないからな。」

「出来るようになっておくと今後が楽になるぞ。」

「学校に残れたら努力してみるさ。」


そして俺は差し出されている瓶から4本を受け取るとそれを他のポーションの入った袋へと入れる。

すると手の中にある残された小瓶を見詰めると気付いた様でその顔が勢いよく俺に向けられた。


「ま、まさか!」

「そのまさかだ。ついでに効果も高めてやるから貸してみろ。」

「そんな事まで出来るのかよ。」

「ちょっとした嗜みだ。」


そして強化も済んだので生きていれば確実に治るだろう。

ただ死んでいたらそちらの方が手間もなくて簡単なんだけど、それは口にする必要の無いことだ。


「お前は済んだが学費はどうするつもりだ。俺が傍に居ればドロップ率は高いから小銭は稼ぎ放題だぞ。」

「もしかしてこの人はスゲー人なんじゃないのか!?」

「今頃気付いたのか。だいたいドロップ率の高さでとっとと気付け。」


そして言われて初めて気が付いたのか、その顔が海岸へと向けられた。

そこには既に大量の魔物が討伐され、足元には多くのポーションが転がっている。

殆どが下級だがあれだけあれば小遣いには十分だ。

それに中級も混ざっているので強化して売れば良い稼ぎになり、そのお金は90人で割り報酬として渡されることになっている。

自分達が労働をした対価として報酬を受け取れば今後のモチベーションも上がるはずだ。

それに今なら九十九の生徒としてダンジョンに入る事が出来るので、それを利用すれば学費なんて無いのと同じだ。

その実感が湧けば帰ってからはダンジョンに入る事も増えるだろう。


「さあ、リベンジするべき相手も来たぞ!」

「「「おぉーーー!」」」


沖を見るとここで大量の怪我人を出したフライングフィッシュの群れが飛んでいる。

そいつ等はこちらに向かって真っすぐに接近しており、鋭い牙を打ち鳴らして向かって来る

しかし今は誰も恐れる者は無く、魔物の威嚇に負けない程の鬨の声を上げた。

それでも興奮に流される事は無く、ササイの号令で全員が海から離れると有利な場所へと移動を始めた。

どうやらササイはタチバナから離れる事で元々持っていたリーダーの資質に目覚めた様だ。


「前衛は防御を固めろ!攻撃は考えるな!」


そして自分が先頭に立って盾を構えると衝撃に備えた。

普通はリーダーが一番前に出るのは何かあった時に問題になるが、メガロドンとの戦闘で犠牲にされた事で後ろで構えている事が出来ないのだろう。

しかし今はそれが周りにも良い方向で受け取られている。

ここに居る多くはフドウがリーダーを務めていた時に全線で怪我をしたが、その時のアイツは一番後方のテントで休んで何もしていなかった。

しかも重症の自分達を置いてこの場を離れて行く姿は見捨てられたと捉えられてもおかしくはない。

その経験から正反対の行動を取っているササイに好感を持っているようだ。


「耐えきれーーー!」

「「「うおーーー!!」」」


そして向かって来るフライングフィッシュと正面からぶつかり合い、手足の至る所を鰭で切り裂かれ少なくない傷を負っている。

しかし、どれも先程手に入れた下級ポーションで回復可能な傷ばかりで、大怪我を負った者は1人も居なかった。

実際に昨日の失態は指揮官の不在が大きく、統制が取れていない所を群れに襲われたのが原因だ。

もしあの場にフドウが居て後方に居たとしても、しっかりとした指示が出せていればあそこまでの被害にはならなかった。

恐らくはそれを一番実感しているのは怪我をして苦しんでいた本人達だろう。


「ここだ!動きが鈍ってる奴等を重点的に叩け!」


そして、ここまで来ればこの魔物はゴブリンよりも雑魚になり下がる。

碌な動きも出来ず、素材さえ良ければハエ叩きでも倒せるだろう。

そして倒した後は素早く俺が回復させてポーションは温存させる。


「うお!スゲー回復魔法だな!全身の傷があっと言う間に消えたぞ!」

「ありがとうございます教官!」

「「「ありがとうございます!」」」


こちらは僅かな時間で良いチームになって来たけど、それに比べてBチームは酷い有様だ。

さっきから見させてもらっているけど昨日の事があるとはいえ、既に秩序を保つために暴力が使用されている。

一番強いのはリーダーのタチバナだから離反しようとする奴を許さず、率先して制裁を加えているようだ。

これは先にアイツ等をどうにかしないとチームが崩壊して他のチームに悪影響を与えかねない。


「お前等の方は適当な所で獲物を狩って休憩にするぞ。」

「「「ウ~ス!」」」


そして鮫や近くを泳いでいた回遊魚を捕まえるとそれを持って休憩にする事にした。


「お前等走るぞ!」

「「「お~~~!」」」

「目的地は女性陣が居るキャンプ地だ!」

「「「うお~~~!」」」


そして、ちょっと良い回遊魚を俺が見つけて狩る事が出来たので、それを手土産にして親睦を深める事にした。

それに残念な事にここの男共(俺を含む)は誰も料理スキルを持っていないので、これではせっかくの獲物を美味しく食べれない。

と言う事でAチームの奴等も頑張って捕まえたのでちょっと良い格好をさせてやる事にした。

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