301 訓練合宿 2日目 ④
女性陣がなんやかんやと訓練に励んでいる時。
前日にマコトと戦い敗北した3人は他の男性チームと合流を果たしある報告を行っていた。
「タチバナさん。俺は昨日アイツ等が海から鮫を取っているのを見ました。」
「ん~・・・。確かに陸にはめぼしい食料は無いからな。海から取るのが一番か。日を避けられる場所を作り終わったら俺達も試してみるか。」
「あんな落ち零れに出来るなら俺達でも楽勝ですよ!」
しかしタチバナはそれには頷かずに慎重な顔で海を睨んでいた。
曲がりなりにもハルヤの子孫である彼にはそこに何らかの危険がある事を感じ取っていたのだ。
「まずは近場から試していくか。前衛は数人付いて来い。」
「「「はい!」」」
そして彼らはタチバナを先頭にして海の上を歩き、その先に見える鮫の鰭へと向かって行った。
しかし海では遠近感が掴み難く、近くに見えていたはずの鮫の背鰭になかなか近付けない。
タチバナは持ち前の慎重さから背筋に危険を感じ取ると踵を返して走り出していた。
「全員すぐに陸に上れ!」
「どうしたんですかタチバナさん?」
そしてタチバナは仲間を説得するのではなく置き去りにする形で海面を走り陸へと向かっていた。
その様子に首を傾げながら他のメンバーもその背中を追って走り始める。
すると背鰭が向きを変えたかと思えば急激な加速を見せて彼らを追い始めた。
「お、おい!追って来るぞ!」
「喋る暇があったら走れ!」
タチバナは危機感によって既に体中に冷や汗を掻いていた。
そして迫ってくる背鰭は次第にその姿を現し、人の背丈よりも大きくなっている。
その唯一見えている異常とも言えるサイズから、本体の大きさと姿を推測した1人が恐怖から声を上げた
「あ、あれは魔物だ!!」
そして、ようやく彼らの頭に授業で習った鮫型の魔物であるメガロドンの名前が過る。
その大きさは20メートルを超えるものが大半であり、迫って来る背鰭からそれくらいのサイズを想像するのは容易い事だった。
しかし陸まではまだ50メートルはあり、全力で走ったとしても5秒は掛かる。
そう考えた瞬間に視線は最後尾を走る者へと向けられた。
「た、頼む!置いて行かないでくれ!」
「「「・・・。」」」
しかし分かっていながらも助けを懇願する声には誰も答えない。
すると足元の海中が巨大な影によって色が変わり、すぐ真下にメガロドンの鼻先が視界に飛び込んで来る。
そして背鰭が傾いて海面に沈むと足元に真っ赤な口が開くのが見え、男の視界は一瞬で闇へと切り替わった。
その直後に男は自分がどうなったのかを理解して声にならない叫びを上げる。
しかし次には自分の体が噛み切られる音と骨の砕ける音が聞こえ意識が完全に消えるのに1数秒と掛からなかった。
そして前を走っていた者達はその一部始終を目に焼き付け命からがら内陸の方へと向かって逃げていく。
それは一刻も早く海から離れたいという思いと、それでも背後から迫って来る魔物の恐怖が合わさった結果である。
彼らは自分の命が助かった事に安堵すると乾いた笑いを零した。
しかし、それはすぐに新たな悲鳴によってかき消されてしまう。
「ぎゃあーーー!お、俺の腕がーーー!」
そして声のした方へと視線を向けると、逃げていた男の1人が右腕を綺麗に噛み千切られていた。
そこからは水鉄砲の様に血が噴き出し、地面に赤い血溜まりを作り出している。
「すぐに傷を押さえろ。」
「ぎゃーーー!」
「誰かポーションを持ってねえか!下級でも構わねえ!」
「お、俺が持ってます!」
「すぐに飲ませろ!」
そしてポーションを飲んで傷は塞がっても片腕を失った事には変わりはなく、この状況ではもう海に出る事は出来ないだろう。
そんな彼らの前でメガロドンは海面付近を悠々と泳ぎ、逃した獲物に海水でも浴びせる様に大きな鰭で海面を叩くと海の中へと消えて行った。
しかし、その直後にそのメガロドンは向きを変えると島の反対方向へと全力で泳ぎ出した。
そこには新たな獲物を待ち構える彼女たちが居るとも知らずに。
ここはもう一方の男性チームである。
そこではフドウたちが昨夜の嵐を乗り切り、キャンプを設営している途中だ。
しかし、こちらも目立った食料は発見できず、先程合流して来た者から報告を聞いていた。
「そうですか。海で鮫を捕獲して・・・。」
「そうです!あんな奴らに出来るなら俺達でも可能ですよ。」
「ん~・・・しかし念の為です。見張りを向かわせておきましょう。」
そう言ってフドウは信頼できる数人に指示を出し、女性チームの居る場所へと向かわせる事にした。
報告に来た子供を追い出し、続いて数人を呼び出すと先程の事を説明して聞かせる。
すると呼ばれた男達はそれだけで目的を理解した様に口元へ笑みを浮かべると頷きを返した。
「もしチャンスがあるならどんな手段を使っても食料を奪って来なさい。」
「分かりました。どうせ女共に碌な抵抗は出来ませんよ。俺はあいつらの事を少しは知ってますが一般人と大差ない奴等ですから。」
「そうだとしても不測の事態が起きた時は分かっていますね。」
「ガキを捕まえて人質にでもして逃げますよ。」
そして男達が出て行ったのを見てフドウは少し考えて周りへと招集をかけた。
そこで現状では食料が海にしかない事を伝え、このままでは数日しか持たない事を告げる。
「それでチームを組んで海に入り獲物を取る事にします。後衛で魔法が得意な者はそのままシェルターの設営を行い、手の空いている前衛は海に入って食料を取ってください。」
そして仕方なしと周りの者は指示に従い食料調達とキャンプ地設営の2チームに分かれて動き出した。
しかし、そこにフドウは参加せず、一番最初に作らせたシェルターへと入って行った。
その様子を気に入らないといった感じの目を向ける者も多いが、どうせ一時的な物だと判断してそれぞれに動き始める。
しかしフドウの目的はサボる為ではなく他にあった。
「海にはどんな危険が潜んでいるのやら。それが分かるまで私が動く必要はないでしょう。」
しかし、その判断はフドウにとって大きな誤算を産んでしまい大きな被害を発生させた。
まさか空を飛ぶ魚の群れが現れ大量の重傷者が出るとは思っていなかったのだ
怪我人が出るのは想定していたが彼らの回復魔法では止血は出来ても完治までは至らず、大量の足手まといを抱える結果になってしまった。
こうなるとフドウの思考は既に調達から略奪へと切り替わっている。
そして動ける者を集めると重傷者を置いて昨日歩いた道を戻り始めた。
「そろそろ最後の戦闘に入ろうと思う。」
「先生がそう言うと警戒するから止めてもらいたいのだけど。」
すると俺の事を分かって来たのかシミズが警戒感を露わにして言ってきたけど、その考えは正解花丸なので笑顔で頷きを返してやる。
「やっぱり・・・。」
「最後は海上戦闘をしよう。敵はアイツだ。」
「あれって・・・ちょっと待ってよ!あれが魔物ならメガロドンでしょ!」
「私達に食われろって言うの!」
すると隣にいたマルチが前に出るとまるで指揮官の様な堂々とした態度で声を上げた。
「今回は私も参加するので心配いりません。ターゲットにされた人はタイミングを見て上に逃げてもらいます。」
それを聞いて周りからはホッと安心した様な溜息が零れる。
しかしマルチとは同じ年齢に見えるのにこの扱いの違いは何故だろうか。
「それなら安心ですね。よろしくお願いします。」
「マルチさん。一緒に頑張りましょうね。」
「はい。」
そして相手は強くないと言っても大きさが20メートルと今までに倒して来た魔物の2倍はある。
なので少しだけ有利に戦うために浅瀬へと誘導しておいた。
流石に下から突き上げて来るシャークジャンプで攻撃されると躱せる奴は少ないだろうから念の為だ。
それにレベルだけなら同格だけど初めての相手だから少しずつ慣らさないと死人が出そうだ。
すでに男性チームの誰かを襲って腹に収めているみたいなので、あれも回収しないといけない。
なので逃げそうなら俺の方で素早く始末を付けようと思う。
あれで泳ぐスピードはそれなりにあるので海中に潜られると面倒な事になる。
そして彼女達は慎重に海の上を歩きメガロドンの周りを囲み始めるとマルチの指示に従って配置に着いて行く。
ちなみに今回の肝となるのはマコトみたいに挑発を使える奴等となり、上手く活用すれば後衛に意識を向けさせずに戦う事が出来る。
そしてマルチも戦場となる海面を歩いて同じフィールドに立つと声を上げた。
「それでは皆さん準備は良いですね。」
「「「はい!」」」
そして声を上げると同時にメガロドンも活発に動き始め、水飛沫を上げて目の前にいる前衛へと襲い掛かる。
しかし、そこでマルチの指示が飛ぶと周囲数人が空へと飛び上がった。
「ここで側面へ攻撃をしてください。」
そして攻撃範囲から出ていた者達が外皮へと攻撃を加え、確実にダメージを与えて肉を僅かに斬り裂く事に成功する。
しかしメガロドンの外皮は鮫肌に加えて硬い鱗にも覆われている。
激しい動きで移動している為に近寄る事が難しく下手に接近すれば尾鰭で弾き飛ばされてしまう。
その為に武器が良くても誰もが大きな1撃を与えられずにいるので、それを解消しようとするならダメージを恐れない無謀な特攻が必要になる。
「マコト行きなさい。」
「おう!」
しかし、この中には気合と無謀さに特化したマコトが居る。
コイツは遊撃として配置されているのでマルチの指示でメガロドンへと向かって行った。
「こら逃げるな!」
しかしマコトの持っているスキルには速度を上げる類のものは無い。
その結果メガロドンの速度に付いて行けずに拳を当てる事が出来なかった。
しかし、あのグローブには挑発のスキルが付いている。
その為マコトが声を荒げているのに反応してメガロドンはそちらへと向きを変えた。
「へへ!そっちから来てくれるなら好都合だぜ!」
そう言ってマコトは拳を握り腰を落とすと向かって来る巨体を待ち構える。
そのあまりにも無謀な行動に意識を逸らそうと周りは総攻撃を始めた。
「ちょっと何で正面から戦おうとしてるのよ!」
「無謀と勇気は別物ですよ!早く退避しなさい。」
しかしマコトはその場から一歩も動かず、波に上下する不安定な足場でもメガロドンから一瞬も目を離さない。
するとその口が大きく開き、一噛みで始末しようと強靭な尾で海底を蹴って飛び上がった。
このまま行けばマコトの攻撃が当たったとしても一飲みにされるか巨大な質量によって圧し潰されるだろう。
しかし、そんなマコトの背後に忍び寄る影が現れた。
「指揮官の指示には従いなさい。学校で習わあなかったのですか?」
「な、マルチさん!」
そこに現れたのは困り顔のマルチだ。
そして手を振り上げると平手打ちを放ちマコトを逃がす?ように遥か彼方へと弾き飛ばした。
その1撃を受けてマコトの体からは『ベキ!バキ!』という通常は鳴ってはいけない音が聞こえ、海面を何度かバウンドして止まった時にはピクリとも動く事が出来ずに波間を漂っていた。
しかしマルチにはそれに構う余裕は1秒も残されてはいない。
既に鋭い牙の並んだ口が限界まで開け放たれ、それが目前にまで迫って来ている。
するとマルチは少し飛び上がり往復ビンタでもするような気軽さで、手の甲による平手打ちを浴びせみせた。
それはダイナマイトでも破裂させたような音を響かせると容易く鼻先を吹き飛ばしてしまう。
更にその巨体までもが向きを変えて横向きになると海面へと落ちて行き、周囲へと水飛沫を跳ねさせた。
最初から分かってはいたけど、あの程度の魔物がマルチの相手になるはずはない。
そして、そのあまりの光景に周りでは動きが止まってしまい棒立ちの状態で海面に立ち尽くしている。
メガロドンは既に瀕死の状態なので問題はないとしても、そうでなかったら何人かは大怪我をしていたかもしれない。
それはともかくとして、マコトの方を早く助けてやらないとメガロドンが落ちた時の波と海流に攫われて沖に流れ始めている。
仕方ないので俺が回収してやり、ナゴミが心配しない様にこっそりと蘇生薬を使って生き返らせておく。
咄嗟の事とは言ってもマルチになら十分な余裕があっただろうに即死させてしまうとは本人が言う様にまだまだ訓練が必要のようだ。
「マルチ~。今日の所は仕切り直さないか~。」
「そうですね。中の死体を回収して今日は終わりにしましょう。」
マルチは以前から解析するのが得意なので魔物の腹の中についても気付いていたみたいだ。
そのため止めを刺して腹の中に入っていた内容物が海面へと落ちて行くのを確認すると、周りの女性陣が目を向けて認識する前に回収してくれた。
流石に今の彼女達にバラバラ死体を見せると、せっかく芽生えたヤル気が失せてしまうかもしれない。
後でこっそりと蘇生させて希望するなら元のチームに帰してやろう。
「少し早いけど今日の訓練はこれで終了にする。もう陸に上がって来ても良いぞ。」
「え・・・終わっても良いの?」
するとイノウエを筆頭に疑う様な視線が返って来るけど、始める前には今のが最後だとちゃんと伝えてある。
俺は敵を騙す事はあっても、こういう状況で嘘をついたりはしないのだ。
「今日の所は魔物を相手にするのは十分だ。後は陸で休んでいれば良い。」
「そ、そう言うなら良いけど。・・・みんな何かあるかもしれないから気を抜かないようにね。」
「「「了解!」」」
するとマルチが顔に笑みを浮かべながらこちらに戻って来た。
何を言いたいかは察しがつくけど、何も言わない事を優しさと思っておこう。
この状況で他人を信じて見張りも立てないのは流石に安心のし過ぎなのでこれも悪い事ではない。
そう・・・言うなれば自主的な警戒を促したのであって、これも狙ってやった事なのだ。
しかし自分に言い訳をしているとマルチが別の用件を伝えて来た。
「そろそろ男性チームから離れた5人がこの近くに到着しそうですね。」
「ああ、まだ今の段階で実力を見せない方が良いだろうな。動きもこちらに合流というよりも監視か偵察みたいだ。それに同じチームの奴等も動いてるし、怪我人も出てるみたいだな。」
「暫定的にあちらをAチームとしておきましょうか。」
「それならもう一方がBチームか。メガロドンの腹の中に居たのはBチームの奴だな。それならここはCチームにしとくか。」
一応は空間把握でこの島の状況は既に把握済みだ。
Aチームの奴等がプライドに拘らずに礼儀を通すなら今回は勉強になっただろうという事で助けてやっても良い。
しかし過去の経験からここに向かっている奴等は反対の事をやらかしそうだと告げている。
今の所は何もしてこないけど、もし攻めて来たらマジの対人戦になるかもしれない。
その場合は相手の数は同数と言ったところなので、対応に悩む所だ。
生徒同士の対人戦となると武器を使えば殺し合いになる可能性が高く、今のCチームだと強さよりも精神面で問題がある。
「マルチは対人戦になった場合にアイツ等を参加させる気は有るか?」
「今の彼女達には無理でしょう。怪我で済んでいる間はともかく、死人が出れば一気に戦列は崩れます。今回は見学が妥当な線ではないでしょうか。」
「俺も同意見だな。一応はマルチの方からそれとなく伝えておいてくれ。俺が言うよりも効果的だろう。」
「そうします。それにしても私の主は貧乏クジを引くのが好きですね。」
マルチは笑みを浮かべると今の事を周りにも伝えに向かって行った。
それにしても主と呼ばれてしまったけど、また眷族が増えそうな予感がするのは自信過剰なだけだろうか?
またトワコ辺りが怒りそうで心配だけど、今のところは嵐の兆候は無さそうだ。
その後は相手の動きを観察しながら動き出すのを静かに待ち続ける事にした。
すると日が沈み始め夕食を食べ終える頃になるとようやく動きを見せ始めたので、こちらも出迎えるために相手の許へと向かって行く。
それに、どういった目的で怪我人を放置してまでここに来たのか確認しなければならない。
場合によってはキツいお仕置きが必要になるだろう。




