299 訓練合宿 2日目 ②
訓練の為に集まってもらうと、状況にそぐわず微妙な光景だった。
ナゴミが小学2年生である事を考慮しているのか全員がシャツの胸元に平仮名で名前を書いている。
見た目には中学まではまあまあ似合っていて、高校生でギリギリ。
大学生だとちょっとイタい感じがしてしまい、やってもらった本人としても視線を合わせ難い。
「そんなあからさまに視線を逸らされるとこちらとしても辛いんだけど!」
「・・・そうだな。気を取り直して頑張って行こう。」
どうやら緊張も取れたついでに覚悟も決まったようだ
それに今も俺の背中をポコポコと一生懸命に殴っているナゴミも原因かもしれない。
しかし格闘のスキルは簡単に覚えられるはずなのになかなか覚えられないようなので、どうもこの兄妹には酷い偏りがあるみたいだ。
世間では一芸を極めるという言葉があるけど、あれはゲンさんの様に天才の称号がある奴が1つの事に打ち込むから出来るのであって俺達の様な一般人には無理な話だ。
それにナゴミは女の子なのだから護身術くらいは出来た方が良い。
ただ、このままだと俺も動けないので選手交代でマコトに任せる事にした。
「マコトに後は任せたぞ。」
「おう任せとけ!」
この威勢が俺の訓練を受けなくても良いからか、それともナゴミに殴られたいのかは分からないけど凄い良い笑顔を浮かべている。
まるで主人に構ってもらえる小型犬のようで、まさかこの齢であちら側に目覚めている訳では無いはず・・・。
しかし、これでナゴミはしばらく様子を見るとしてさっそく本題に入らなければならない。
今日のメインは昨夜ここに来た女性陣たちで、いまだに訓練は始まっていないのだ。
「それじゃあ早速で悪いけどこのメンバーでチームを作ってくれ。」
そう言って俺は10人一組に区切っているチームを発表した。
そこにはリーダーとなる者も書いてあり全員が大学4年生で、年功序列と言うよりも能力面から見ても当然の配置だ。
「いつの間にこんなのを作ってたの?」
「それは皆と行動を共にしていたマルチさんが君らの動きから能力を計測して作ってくれました。拒否権は無いので我慢する様に。少し時間を取るから得物や得意な事などを話し合っておいてくれ。俺はちょっと沖の方に出かけて来る。」
そしてチームに別れて話が始まると同時に俺は沖へと飛んで行き、ここに来た目的の1つを発見する。
後はコイツ等を引っ張っていけば問題ないだろう。
男性チームは保護者が居ないので今は放置するとして、まずはアイツ等からだ。
そして挑発を放ちこちらへと意識を向けさせるとそのまま島へと引っ張って行った。
「準備は出来てるな。」
「ええ、でも何と戦わせるつもりなの?言っておくけど私達はアナタが思っている以上に弱いわよ。」
それは既に知っているし強いのならこんな無人島ではなく、学園で行われている補修に呼び出されているはずだ。
ただ九十九学園で教師から強制的に補修を言い渡された者の噂は聞いた事が無いので彼女達も最低限の成績は確保しているのだろう。
それよりも今ここでは首から上ではなく下が重要になっているので話を戻そう。
「それならすぐに現れるから戦闘態勢で海の方を注目していてくれ。」
「海?」
そして言われた通りに彼女たちはそれぞれの武器を手にして海へと向きを変えた。
すると沖の方から海面を割る様な波がこちらへと向かって来るのが見える。
しかし水深が浅くなるにつれて水面から姿を現しそいつは陸へと上がって来た。
「ね、ねえ・・・蛸が陸を歩いてるわよ・・・。」
「普通の蛸でも陸くらい動けるだろ。」
ただし普通の蛸は歩くのではなく、這うと表現した方が正しいかもしれない。
それに海から上がって来た蛸は足の中程を地面に突き立てて移動をしている。
あれなら確かに歩くと表現した方が正しいかもしれない
しかし、コイツに関して言えば移動方法よりも大きな問題が存在する。
「それにどうしてこんなに大きいの!?」
「それはコイツが魔物だからだな。」
「コイツと戦うの!?」
「もちろんだ。あ、言っとくけどコイツ等は邪神から生まれているから色々と気を付けろよ。学校で習ってるだろ。」
実はここに島を作った目的の1つは海の魔物がこの辺に群棲するようになったからだ。
しかし、ここは船舶の通り道でもあり、秋になるとサンマ漁が行われる所でもある。
だからコイツ等を定期的に駆除するための人材を派遣するためにこの島を作った訳だ。
ただ想定以上に時間が掛かってしまい魔物が増え過ぎたので俺が駆除に来た訳だけど、そのついでにコイツ等も同行させる事となった。
「もしかして負けたらお嫁に行けない体に・・・。」
「されるから頑張れよ。特に蛸の足はどう見ても人間向きじゃあないよな。」
「「「嫌~~~!」」」
やっぱり女性に蛸や烏賊の足は良い印象が無いようだ。
どう見ても吸盤の付いた触手だし、あんなのをねじ込まれたら死んでしまう。
そういえば昔にはお尻から杭を突き刺して口から出す処刑方法があった気がする。
そんな事を考えていると班リーダーの女性たちが指示を出し始めた。
「班毎に散らばって!互いにフォローして・・きゃーーー!」
しかし蛸から足が伸びるとさっそく1人が捕まってしまった。
そして体に体液が纏わり付くと足の一本が服の中へと忍び込んで行く。
それに強靭な足と吸盤によって拘束されている為に身動きすら碌に取れないようだ。
「ちょっとコイツ変な所に入って来てる!ちょっ、早く誰か助けて!」
「今助けるわ!魔法で目を狙いなさい!気を引いて足を切り取るのよ!」
「なによコイツ!蛸のくせに足使いがエロい!は、早く助けて!お嫁に行けなくなる!」
どうやら彼女達がこの蛸の相手をするのは少し早いみたいだ。
見ていると攻撃は柔軟な筋肉に覆われた体を貫けず、まともに相手にもされていない。
恐らくは1人ずつゆっくりと調理して行くつもりなんだろうけど、最初は危機感を持ってもらう為なのでこの辺で良いだろう。
その為まずは不動の魔眼で蛸の足を拘束すると周りへと声を掛ける。
「そいつの動きは封じたから頑張って蛸殴りにしろ。」
「こんな時に冗談は止めて!・・・て本当に止まってる!」
「早くしないと効果が切れるぞ~。」
「全員で一斉攻撃よ。まずは井上を助け出すわ!」
「「「おーーー!」」」
そして何度も斬りつける事で足の1本を切断しイノウエという女性を助け出した。
ただ、ちょっと危なかったので少し目に涙を浮かべながら凄い顔で剣を振っている。
見るとさっきまでは無かった身体強化と剛力のスキルを獲得しているようだ。
それにしてもやっぱり最初にコイツを連れて来たのは正解だった。
有用なスキルを覚えてくれたのでこれからの戦闘に役立つだろう。
そして危機感からか弱点看破という相手の弱い所を見抜くスキルを覚えた者もいる。
それに全員が揃って乙女の意地という称号を得られた様だ。
これでスキルの習得に補正が掛かって新しい能力に目覚めやすくなった。
以前に毒はアズサから禁止されてしまったけど蛸ならセーフだろう。
「あ、そろそろスキルか切れそうだ~!」
「全員退避!」
すると蛸の周りから一斉に人が離れ魔法による集中砲火が始まった。
しかし蛸の粘液には魔法を弾く効果があるのか目立ったダメージにはなっていない。
そんな状況で俺がスキルをわざと解くと蛸の足が次第に動き始めた。
「私が引き継ぎます!」
すると俺の横から声が上がり、見るとナゴミが蛸を睨みつけていた。
そのおかげで完全には止まらなくても動きを鈍らせるまでは出来ている。
あれなら十分に攻撃を躱しながら戦う事が出来るだろう。
「無理をしない様にな。」
「はい。」
それから少しすると蛸は全ての足を失い、弱点である眉間を突き刺されて消えて行った。
それにより彼女達もドロドロの体液から解放されてその場にしゃがみ込んでいる。
なんだか、まだ1匹目なのに満身創痍って感じだな。
「ナゴミはすぐにポーションを飲んどけよ。」
「はい。でもこの状況で次は大変ではないですか?」
「大丈夫だ。」
「お前等、次が来るぞ。」
「「は~~~!」」」
しかし俺に苦情を言っても敵は待ってくれるはずがない。
それどころか相手が疲労しているのを見れば喜んで襲い掛かって来るような奴等だ。
「回復はしてやるから次はもっとスマートに倒せよ。」
「鬼~!」
「悪魔~!」
「人で無し~!」
しかしブーイングは飛んでくるけど俺が回復させると立ち上がって武器を構えた。
流石にさっきのイノウエを見ていると、のんびりとしては居られない事が分かっているのだろう。
まさに前門の虎、後門の狼と言ったところか。
もし俺が立っている場所を後門だするなら狼になって見学をするのが正しい態度というやつだ。
「ねえ、あの人・・・今度は狼になってるよ。」
「どうせ前門の虎、後門の狼とでも言いたいんでしょ。」
「それにしても本当に人間か怪しいよね。」
「この様子だと山羊と鯨にもなれそうよね。」
何やら女性陣がこちを見て呆れた視線を向けているけど、そんな余裕はないと思う。
なんたって次の相手は足が二本も増えるからだ。
「来たわよ・・・て!どうして次は烏賊なのよ!」
「絶対に狙ってやってるでしょ!」
「狙ってやってます。」
「どうしてこんなのが英雄って呼ばれてるのー!」
それは俺が聞きたい方だけど、真の英雄と言うなら俺の横に居るマルチこそが相応しいと思う。
「英雄のマルチさんや。彼女たちの言葉をどう思うかね。」
「アナタの場合は訓練となると鬼畜ですからね。一面から判断すれば間違いではないかと。それと私も英雄ではないので変な呼び方は止めてください。」
しかしマルチは顔が少し赤いのでちょっとした照れ隠しをしているようだ。
そして烏賊との戦闘を見ていると今回はナゴミも最初から参戦していて全体を見ても有用なスキルで強化も出来ている。
足が2本増えたからと言って苦戦する理由はないけど、それは敵が1匹だった場合に限る。
「海から次が来てます!」
「そんな早すぎるわよ!」
そしてナゴミの声と共に海面を突き破って現れたのはアザラシの様な魔物が2体だ。
大きさは3メートルとワンボックスカー程もあり、戦闘をしている所へと真直ぐに突撃して行った。
「班を3つに分けましょう。」
「なら私の班でアザラシを1匹引き受けるわ。」
「なら私が1匹。」
「4班で烏賊を迅速に処理するわよ。」
そして林、清水と服に書いているリーダーの2人がメンバーを引き連れてアザラシへと向かって行った。
すると数人が剣や盾を打ち鳴らして挑発し、上手い具合にローテーションをしながら背後から攻撃を入れて行く。
それにアザラシに関しては斬れば血が出てダメージを与えられている感じが強い。
見た目がかなり太っているので体力はありそうだけど動きも早くなくて攻撃も突進だけのようだ。
あれなら時間を掛ければ1班だけでも十分に勝てるかもしれないな。
しかし、そこにさっきまで見学をしていたマコトが飛び込んで行った。
それはアザラシの魔物にとっては完全な不意打ちで横腹へと拳がめり込んでいる。
「オラオラオラー!」
ただし、その手には武器は無く、いつもの様に素手で殴り付けている。
しかし1撃目は痛痒すら与えなかったのに2撃目では口から血を吐き出し、3撃目で魔物は体を大きく傾けて倒れてしまった。
何が起きたのかとスキルを確認すると浸透経と鎧通しを覚えている。
どちらもある程度の防御を無視した攻撃が出来て攻撃力も高めてくれる強力なスキルだ。
どうして防御は覚えないのに攻撃に関するスキルはこんなにあっさりと覚えるんだ?
いつの間にか気も使っているみたいだし、ある意味では天才と言って良いのかもしれない。
しかし、そこで止まっている訳にはいかない。
倒れたアザラシは他のメンバーに止めを刺されて消えているけど、まだ1匹残っている。
しかし、そちらもマコトの拳に沈み、程なくして烏賊も消えて行った。
それによって全員が深く息を吐き出すとすぐに海へと向き直った。
「回復をお願い!」
「はいはい。なんだか人使いが荒くなったな。」
「自業自得です!」
既にリーダーに選ばれている6人は統率というスキルを覚えている。
周りに的確な指示を出すための思考がスムーズになり、仲間のステータスを少しだけ強化してくれる。
しかし、それでも次は凌げるかは厳しいかもしれない?
「な、何あれ・・・もしかして魚!?」
海の上を鰭で飛んでいる魚がこちらへと向かっていた。
その数は100を超えていて大きさは50センチ程もあり、口には鮫の様な牙がズラリと生えている。
それに鰭もナイフの様に鋭く触れただけでも切り裂かれそうだ。
「やるしか無いのよ!全員密集隊形を・・・。」
「ここは私が指示を出します。前衛は距離を取ってください。後衛は集まって魔法を放つ準備を。」
そう言って出て来たのは俺の横で見学をしていたマルチだ。
既に言葉ではなく念話を使い全員へと個別に指示を出している。
恐らくは思考加速と空間把握も使っているのだろう。
「風の魔法を一斉掃射!」
すると後衛陣の魔法使いから一斉に魔法が放たれた。
しかしこれは倒すためではなく牽制してその動きを乱す為だ。
相手は鰭を翼にして飛んでいるので風で体勢を崩された魔物は海面に落下している。
それによってタイミングにバラツキが生まれ、さっきまで編隊を組んで飛んでいた形も大きく崩れてしまった。
もしあのままぶつかっていれば数で押し切られてしまい先頭で待ち構えていた者は死ぬか大怪我をしていただろう。
それでも乱れによってできた時間は1分程度しかない。
海面に落ちた奴等も既に勢いをつけて飛び上り後ろから追いかけてきている。
「前衛は防御態勢!正面からぶつからないでください。」
すると盾を持つ者は盾を構え剣しか無い者は両手で持ったり刀身の真ん中あたりに手を添えて盾の代わりにする。
そして魔物はそんな彼女達に突撃するとナイフのような鋭い鰭を使い、擦れ違いざまに斬り付けると一撃離脱で通り過ぎて行った。
しかし衝突によってバランスを崩し、速度も大きく低下している。
そこへ向けて後衛は再び魔法を放つと地面へと落としていった。
すると今回は固い地面なので加速が出来ず、羽ばたいて浮かんだとしても速度が出ていない。
それを手の空いている者で次々に仕留めるとさっき落とした第2陣がやって来た。
しかし既に先程の衝突で全員が対応策を把握している。
やるべき事を理解し、小さな修正をマルチが行う事で100を超える魔物の群れは呆気なく駆逐された。
それと同時に周りからは互いを称え合う歓声が上がり何人もがマルチの許へとやって来る。
「アナタは指揮官としての才能があったのね。」
「私達の班分けも的確だったし凄いわ。」
「「「何処かの鬼畜人外と違って!」」」
そして俺には揃って冷たい視線が注がれてしまったけど、さっきの蛸の時だけはちゃんと助けたのに酷い扱いだ。
こう見えても死んだ奴が連れて行かれない様にちゃんと見張っているというのに。
それに魔物も狩れたので落ちているアイテムや魔石を回収してステータスの確認をさせようと思う。
「しばらく休憩にするからその間にステータスを確認しておけよ。俺は今の内にアイテムを回収しておく。」
「取らないでよ。」
「どおせ全部が下級か中級だ。そんな事をしなくても在庫は万単位で持ってる。それと強化して配ってやるから安心しろ。」
「強化?・・・え!?もしかして強化ポーションを作れるの!」
「・・・秘密。」
どおせ今では公然の秘密という奴だ。
十分に稼いでいるし皆も俺が護らなくても良いくらいには強くなった。
今では一国が動いたとしても捕まえる事も出来ないだろう。
「さてと強化強化っと。」
「あれで隠す気があるのかツッコミたくなるわ。」
「でも噂だと強化した中級ポーションって凄い高価なんでしょ。」
「下級でも中級に匹敵するって聞いたことがあるわよ。」
「もしかして持って帰ったら凄い稼ぎになるんじゃない?」
すると何人からか欲望に流されたセリフが聞こえてきた。
なのでここは先輩から優しいアドバイスを送る事にする。
このままだと使い渋って死ぬ奴が続出するかもしれないからな。
「あ、言っとくけど手足がもげても正気で居られるなら温存しろよ。これからはそれくらい厳しく行くからな。」
すると初戦の光景でもフラッシュバックしたのか彼女たちの顔色が途端に悪くなる。
そして互いに頷き合うと簡単に手の平を返して見せた。
「やっぱりお金より体が大事よね。」
「オシャレしても手足が無かったら決まらないわ。」
「安心しろ。これからもっともっと魔物と戦わせてやるからな。そうすれば無数の怪我をしてスキルも覚えられる。おすすめは再生だからそれを目指すと良いぞ。そうすれば体が欠けても時間を掛ければ治す事も出来る。ちなみにマコトは昨夜の内に覚えてるぞ。」
すると彼女たちの視線がマコトへと向けられているけど、その目は驚きというよりは哀れみに近い。
そして俺に向けられる視線はいつも通りに冷ややかなモノになっていた。
そんな彼女達を代表してイノウエが目を吊り上げて向かってくる。
「あんな子になんて訓練してんのよ!」
「まあまあ落ち着け。」
どうやら一緒に戦った事で仲間意識が芽生えた様だ。
それに、ここに来たのは成績が悪いからなので他人の心配が出来るという事は性格の方に問題はないという事でもある。
なら、こちらも誠実に答えないといけないだろう。
「アイツはアイツで背負ってる物があるんだよ。ここに来てる時点で察してやれ。それにマコトは兄として妹を守る義務があるんだ。ナゴミよりも弱いとみっともないだろ。」
「・・・確かに。男って見栄っ張りだものね。」
「男じゃなくて兄だからだ。俺が教師ならここはテストに出す所だからしっかりと覚えておくように。」
「この人はシスコンなのでその辺はあまり刺激しないであげてください。講義が始まると長くなってしまいますので。」
するとマルチが話に割って入って来ると何処となく酷い事を言われてしまった。
それに再会してから少し毒舌になっているので言うべき事はズバズバ言ってくる。
しかしこれもマルチの個性と割り切り、お調子者のワラビに比べれば意味のある事を言うので利点も大きい。
そして、それぞれにステータスを確認し俺が強化したポーションを配ると食事休憩に入る事にした。




