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296 訓練合宿 1日目 ③

俺達は食料を手に入れると、まだ何もない拠点へと戻っていた。

その道中で傷だらけのマコトに対してナゴミは甲斐甲斐しく体を支えて傷を拭ったりしながら歩いている。

2人の年齢やレベル的な面から考えると取得しているのはアイテムボックスだけだろう。

回復魔法は覚えていないので今はそれくらいしかしてやれない様だ。

それが悔しいのかナゴミの顔は少し辛そうに見える。


しかし習得には運や実力だけでなく修練も必要な事が多いので普通はこんなものだ。

ちなみにナゴミの様な生まれついて称号を持っている者は稀で運に該当する。

マコトの様にただ打たれ強いのは肉体や精神的なものなので実力と評価するべきだろう。

ただ以前の時にマコトはこんな肉体系のキャラでありながら俺と違って頭は悪くなかった。

ナゴミも勉学の成績は良い様なので魔法も使えるようになるだろう。

上手く育てばナゴミは称号を生かした特殊タイプに分類され、マコトは前衛もこなす魔法戦士タイプになるかもしれない。

ただマコトの場合は下手をすると器用貧乏になりそうなので気を付けないといけない。

恐らくこれからナゴミの何倍も努力をしなければいけないだろう。

しかし、その方法は俺が知っているのでこの合宿で急成長してもらおうと思う。


そして育成プランを組み立てていると横を歩いていたマコトが声を掛けて来た。


「そう言えばお前もさっきは何かしてたよな。」

「お前じゃなくてハルヤな。まあ、俺は相手の動きを縛る魔眼を持ってるからな。たぶん頑張ればナゴミも覚えられるぞ。でも相手との実力差が大きいと効果が出るのに時間が掛かるけどな。」

「そうなるとそれを一瞬で掛けたハルヤさんの実力は彼らの遥か上と言う事ですね。」


すると俺の説明にナゴミが鋭い指摘を入れて来る。

でも学校では猫を被っている事にしてあるのでこれくらいは問題ないだろう。

このまま一緒に居ればある程度の実力は見せる事になるから隠していてもすぐにバレてしまう。


「まあ、そんな所だ。」

「それにしてもハルヤがさっき貸してくれたのは魔道具だろ。あんなのどうやって手に入れたんだ?ダンジョンに入ってる奴等でも滅多に持ってないって雑誌に書いてあったぞ。」


魔道具とはさっきの眼鏡の様にスキルを持っていなくてもその効果を与えてくれる道具の総称だ。

ステータスを強化してくれる物は装備品として普及しているけど魔道具は殆ど出回っていない。

作れる人間が極端に少なく、素材の面でも出来ない事が多いからだ。

遠見の様な初期に覚えられるスキルならそうでもないけど、もし強力なスキルを付けようとすると耐えきれずに壊れてしまう。

しかもスキルを付与する側もそのスキルを持っていないといけないので出来るからと言って良い物が作り出せるとは限らない。

ちなみに俺はアンドウさんかアズサが作った道具を更に強化してスキルを付与している。

なのであの眼鏡も下手な防具よりも強力で象が踏んでも壊れない仕様になっているのは別の話だ。

別に以前にCMでやっていた美女がお尻に敷いても壊れない眼鏡に対抗した訳では無い。


「あれは自作したんだ。スキルも障害物に関係なく遠くを見る為の物だから大した効果じゃ無いからな。」

「マジかよ!」

「凄いです!」


スキル付与自体を持っている者が稀なので、そう思われるのは良くある事だ。

そして話している間に拠点へと到着し、今夜のために準備を始める事となった。


「お喋りはこの辺にしてそろそろ休める場所を作らないとな。」

「でもどうするんだ。俺達は魔法を使えないぞ。」

「まあ、そこはナゴミ次第だな。頑張って何か良いスキルを覚えてくれ。おすすめは土の魔眼だな。あれなら土に干渉して色々と出来るぞ。」

「なんとか頑張ってみます。」


ちなみに邪神を封印した後に魔眼を覚えた奴が何人も居り、土の魔眼はその1つで土などの鉱物を操る事が出来る。

ただ魔法と違って元となる物が必要で空気と土はその辺にあるので簡単だけど、水は空気中から集めると大変だし火は火元が必要になる。

射程が目で見える範囲なので利点もあるけど、魔法を覚えるとそちらの方が便利という欠点もあって微妙な能力だ。

しかし今は魔法を覚える為の手段が無いのでナゴミには頑張ってもらうしかない。


「あっちはナゴミに任せてお前は鮫の解体だな。」

「仕方ねーか。」


マコトは鮫を受け取って来ると上手とは言えないけどなかなかの手際で捌き始めた。

きっと親が事故で死んだ後に頑張って自活していたのだろう。

俺も最初の夜に皆が生き返らなければそうなっていたかもしれない。

そうなればきっとあの家で1人寂しく食べるご飯はさぞかし美味しく無かったはずだ。


そんな事を考えていると鮫は3枚に捌かれて食べられる状態になっている。

マコトは痛まない内にそれを収納すると周囲を見回し始めた。


「流石に生は無理だよな。」


そう言って周辺を歩き回ると少ないながらも漂着している木材を回収して戻って来た。

どうやらさっきの津波で一部の木材がこの辺まで運ばれていたらしく量としては今日の分でギリギリと言った所だ。

いくら漂流物が少ないと言っても0ではないので、明日からもう少し広い範囲で探せばもっと見つかるだろう。


「問題はこれをどうやって夜までに乾かすかだな。」

「お兄~ちゃん。何とか出来たよ~。」


するとさっきまで頑張って地面を睨んでいたナゴミから声が掛かった。

そちらを見るとカマクラみたいな丸い岩のシェルターが出来ているのであれならしばらくは凌げるだろう。

大きさとしても2人が入るだけなら十分な広さも備えている。

そうなると後はあの称号が手に入ったかを確認するだけだ。


「ナゴミ~ちょっと来てくれ~。」

「何かありました?」

「・・・うん。お前も今日から俺の仲間だな。」

「へ?」


俺はナゴミを鑑定してあの称号が付いているかを確認した。

すると魔眼使いには絶対に付きまとう厨二戦士の称号がバッチリ付いている。

しかも目に色が付いていないからか常時と追加されていて俺よりも上位の称号なのは間違いない。

さらに付属で発動補助と能力強化までしてくれるようだ。


俺も恥ずかしがらずにもっと使ってみたら良いかもしれないけど、常時になったらちょっと嫌なので考え物だ。


なので今のナゴミの目は片方が白で片方が茶色になっている。

他の魔眼も覚えればもしかすると綺麗なオッドアイになるかもしれない。


「まずはステータスを確認してみろ。」

「・・・あ、厨二戦士って称号が増えました。」

「テメー!ナゴミになんてモンを覚えさせてるんだ!」


するとナゴミはその意味を知らないのか首を傾げ、マコトは声を荒げて飛び掛かって来た。

しかし、これは魔眼を使う者の宿命の様なものだ。

文句ならこういう仕様にしている神(恵比寿)に言うんだな。

それに俺だって変えられるものなら変えたいくらいだよ。


「諦めろ。俺だって辛い・・・そう辛いんだ。」

「ま、まさかお前も・・・。悪かったな。」


俺が苦渋の表情で言うとマコトも分かってくれたのか手を離してくれた。

でもあまりにも哀れみの籠っている顔に微妙な気分にさせられているのは黙っておこう。


「それよりもナゴミの場合は元の目が白いんだからこっちの方が良くないか?」

「そうだな。ハルヤの言う通りだ。良かったなナゴミ。帰ったら父さんと母さんに見せてやろうな。」

「うん!」


なんだかナゴミの清らかな目に俺達も心を洗われるなので、これが妹効果と言う奴だろう。

ちょっと転移で帰ってアケミに会いたくなってきてしまったけど、せめてミミくらいは連れて来るべきだっただろうか。

俺は心の中で葛藤しながら仲睦まじい2人を見詰め、心の中だけでマイシスターを思い浮かべる。

ただ、このままでは俺の寝る場所がないので俺も住む場所を作る事にした。


「さてと。俺も家を建てるか。」

「おいちょっと待て!お前も魔法が使えたのか!」

「当たり前だろ。」


俺はそう言って1人が寝泊まりするには十分なワンルームの部屋を作った。

今回は俺1だけなのでこの程度で十分だろう。

窓にはガラスを嵌めて光が入る様にして扉に関してはスライド式にしておこう。


「なんだか私の作ったのが情けなく見えてきたよ。」

「こういうのはイメージだからな。現物があれば少しはマシなのを作れると思うぞ。」

「負けるなナゴミ!」

「頑張ってみる。」


そしてマコトのエールを受けてナゴミも胸の前で拳を握ると部屋の改築を始めた。

するとやる気が空回りしたのか外観がまるで歪な木の様な摩訶不思議な形へと変わってしまう。


「え~どうして~!」

「・・・ドンマイナゴミ。」

「なんで片言なの~。」


流石にマコトもこれにはフォローが追いつかなかったみたいだ。

結局は作り直してドーム状となり、扉と窓はオマケで俺が付けてやった。

流石にあの捻じれたモニュメントがあると夜に落ち着かないからな。


「後は水の魔眼を覚えないとな。頑張って薪を乾かしてくれ。」

「そう言えばさっきは忘れてたけどハルヤは最初に魔法で魚を焼いてたよな。」

「ああ、でも俺にやらせても良いのか?」

「・・・頑張ろうなナゴミ。」

「そうだね!さっきハルヤさんが食べてた魚はサクサクって音がしてたしね。」


ク!何気に痛い所を突いて来るな。

どうやらマコトよりもナゴミの方が観察力はあるみたいだ。

今まで目が見えなかったからその部分は自然と鍛えられているのかもしれない。


そして土の魔眼を覚えたナゴミは水の魔眼を呆気なく覚えて薪を作り出した。

しかもその魔眼で海水から真水を作り出す事にも成功し飲み水の確保にも役立っている。

ただこのままだと兄であるマコトの立場が無いので今夜にでも鍛えてやらないといけないだろう。


そして、その日は海水から水を作った時の副産物である塩を使って料理を行い鮫は見事な焼き魚となった。

ちなみにナゴミは火を熾すために火の魔眼と風の魔眼を既に覚えている。

使う魔眼の種類によって目の色が変わるけど本人には見えないので気にしていないみたいだ。

そして、いつか厨二戦士の意味を本当に知った時にどんな顔をするのかが楽しみだけど、そのフォローはマコトが居れば大丈夫だろう。


「さて、さっきまではナゴミの訓練だったけど次はお前だマコト。」

「待ってたぜ。それで俺は何をすれば良いんだ?」

「お前は一番簡単で俺と戦うだけで良い。ただし油断したら死ぬから気を付けろ。」

「マジで?」

「大マジだ。お前は打たれ強いけど、それにかまけて防御は下手だし怪我をしてもそれを軽視している。今はまだ喧嘩のレベルだから良いけど、もし相手が殺す気で来たらお前なんて一瞬で殺されるぞ。」

「・・・分かった。」


そして最後にマコトの耳元でぼそりと小声である事を伝えてやる。

するとその視線が近くで心配そうに見守っているナゴミへと向けられ、決意の籠った目で大きく頷いた。


「ああ、俺はあいつを泣かせるような事はしない。」

「その意気だ。」


コイツに伝えたのは簡単な事で「お前が死ねばナゴミが泣くぞ」と言っただけだ。

しかしコイツは俺と同類なのでその一言だけでも火を着けるのは容易い。

その目にはやる気が満ち溢れ我流だろうけどボクシングの様な構えを取っている。

しかしコイツの今の状況から考えるとそれでもまだ足りない。

この程度のやる気でスキルを覚えられるなら既に鉄壁と身体強化くらいは覚えているはずだ。

恐らくは今年ここに来なければ両親が生きていても九十九学園からは居なくなっていただろう。

問題はコイツが何処まで頑張れるかなので頑張ってもらわなければならない。


「始めるぞ。」

「おう!・・・え?」


俺は開始と同時に拳を放つと構えていたマコトの腕を粉砕した。

その痛みが神経から脳へと伝わるまでの僅かな時間をマコトは理解できていない顔で消えた腕を見詰めている。

そして痛みが脳へと届いたと同時に絶叫を上げて膝を突いた。


「あーーー!」

「お兄ちゃん!」


しかし、これは警告なのですぐに腕を生やして直してやる。

それにマコトにとっても取り返しの付かないレベルの傷と痛みを味わったのは初めてだろう。

こうやってコイツにこびり付いている怪我を軽視する気持ちをこそぎ落としていく。


「理解したな。今のお前だとどんなに頑張っても肉体の性能が違い過ぎる。受ければそうなり見て躱す事も出来ないぞ。」

「マジで化物だな。どんだけ学校で猫を被ってんだ。」

「減らず口を叩けるなら構えろ。このままだと家に帰れても3年後には再び九十九から追い出されるぞ。」

「それは嫌だな。」


そしてマコトは立ち上がると目に闘志を燃やして構えを取った。

どうやら今ので少しだけ危機感が芽生えたようなので次からは認識できる速度と威力で拳を振るう。

それでも1撃でも受ければ肉が潰れて骨は砕けてしまい血が噴き出している。

そして1時間ほどの防戦を続けることでマコトは身体強化と再生を習得した。


「そこで覚えるのは鉄壁が先だろ。」

「し、知るか!ゼェーゼェー・・・。『バタ!』」


そして流石に精神と肉体の限界を迎えた様で荒い息と共に前のめりに倒れた。

その姿にナゴミは駆け寄って仰向けにすると頭の下に足を入れて膝枕をしてやっている。

見ると既に寝てしまっている様で体の回復はそこそこで止まっていた。

どうやら最後の力を振り絞って酷い怪我だけは直せたようだけど、この調子なら朝まで起きる事は無いだろう。


「仕方ないから残った怪我はこちらで治しておくか。」

「ありがとうございます。でもお兄ちゃんが自分の事でこんなに頑張っているのは初めてです。いつも私の事が最優先でしたから。」

「良い家族だな。」

「そうですか?私はお兄ちゃんにもっと自由に生きて欲しいです。」


そう言って少し寂しそうにマコトの前髪を横に払って顔が見え易い様にしている。

もう少し大人になって家族だと知らなければ恋人と間違えられそうだ。


「でもそいつはきっと自分で決めて好きに生きてるぞ。」

「でも私はいつも申し訳ない気持ちでいっぱいです。」

「ならもっと素直に甘えてやれ。兄にとって妹を褒めて甘やかして愛でるのは義務と権利みたいなものだ。嫌じゃないならこれからは普通の家族として接してやれば良い。今迄の事を恩に感じているならその分を甘えて返せ。我儘を言うのは妹の権利で義務だ。」

「なんだかハルヤさんは変な人です。ならこれからは一杯甘えて甘えさせてあげる事にします。」

「そうすれば良い。きっとお前が笑っていればマコトも喜ぶ。」

「はい。」


そして沈んだ表情を浮かべていたナゴミもようやく笑みを浮かべ「パチン!」と顔を叩いて気合を入れた。


「それならまずはお兄ちゃんを運んであげなくちゃ。」

「そうだな。・・・て、待て!」


しかし俺が止めるよりも早くマコトを両手で軽々と抱えると不思議そうな顔をこちらへと向ける。

その絵面はどう見てもお姫様抱っこだけど、されているのが男なので王子様抱っこと言えるだろう。

確かにさっき甘えさせてやれとは言ったけど、こういう意味ではない。

明日になってこの事を知らされたマコトがどんな反応をするか・・・。


「・・・明日は少しだけ優しくしてやろう。」

「何か言いましたか?」

「いや、何でもない。寝かせるなら毛布はあるのか?」

「あ!それはお兄ちゃんが持ってました。」

「それなら貸してやるからそれを使え。1枚しかないけど悪いな。」

「いえ、それで十分です。」


俺がしてやれるのはここまでだ。

今日の所は疲れ切った肉体と精神をしっかりと回復させてくれ。

そして明日の朝に訪れる現実にどうか耐えてくれ。


俺は心の中でそう呟いて難聴系ヒロインと化したナゴミを見送ってから自分も部屋へと入って行った。

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