284 修学旅行 1日目 ⑥
俺は式神の前まで移動するとスキルを使ってキメラへと姿を変えた。
ただし、これは相手を威圧するためでも戦うためでもない。
この式神は蟲毒によって複数の命を混ぜ合わせて作られているので所謂キメラと似た様な存在だ。
なのでこの姿ならもしかすると何か分かるかもしれないと思い変身してみた。
そして、こんな手間をかけるのにも理由があり、俺の中にある妹回路が反応を示しているからだ。
もしこの式神が人間を材料にしていると仮定すれば、きっとその中に何らかの形で含まれているに違いない。
そして妹回路がそれを感じ取って助けてやってくれと、まるで全速で走るエンジンの様に激しく唸りを上げている。
そして変身してみるとまるで消えてしまいそうな弱々しい声が聞こえはじめた。
ただ声と言っても鼓膜で聞いている訳では無い。
意思疎通のスキルを通して相手の思考が俺に流れ込んできている。
感じられる感情からは悲しみ、苦しみ、怒りなどの負の感情ばかりなので、これまでずっと苦しんで居たことが分かる。
そして、そんな声の中に俺が探していた言葉が聞こえて来た。
『お兄ちゃん・・・助けて。』
その一言が思考を駆け抜けた瞬間に俺の中にある妹回路が限界を超えた。
まるで今はエンジンではなく宇宙を目指すロケットのようだ。
「ああ、今助けてやるぞ。」
まずは少し前に作った超万能薬・改を取り出した。
これにはアズサに頼んで聖光を使えるようにしてもらってからその効果を込めてあるので以前の浄化よりも遥かに強力になっている。
ちなみにこれ1つで地獄の大釜を浄化できるのでその威力が分かるだろう。
そして、この術の詳細も既にヒコボシから聞いた事がある。
この式神は複数の魂を呪いによって縛り上げ肉体を融合させて作るらしい。
ただ、以前の鬼女に使った時は生きていたのでこれだけだと体が溶けて死んでしまう所だった。
でも、この式神の場合は既に死んでいると言えるので問題ない。
なのでまずは魂を縛る呪いを解いて解放してやらないといけないのだ。
「さあ、これを飲むんだ。」
俺は生えている腕に体中を掴まれながらも中央にある巨大な口へと向かって行く。
そして、そこに超万能薬・改を流し込むと式神は強烈な光を放ち消滅する様に消え始めた。
しかし光の中から幾つもの魂が抜け出すと地面に吸い込まれる様にして消えて行く。
きっとこの時点で魂は解放され、黄泉か三途の川へと向かって行ったのだろう。
式神が消えた後には10人を超える白骨が散乱し、まるで昔見た合戦場の跡地の様な光景が広がっている。
どうやら俺の予想は大きく当たっており、この式神には何人もの人間が材料として使われていたようだ。
「まあ、頭があれば十分だな。」
それに全てがまるでアズサが食べたスペアリブの様に綺麗に白骨化している。
俺はその中から頭だけを回収すると天皇の許へと戻って行った。
「悪いけど部屋と、布団か毛布を貸してくれないか。」
「もしかして生き返らせるつもりなのか?」
「仕方ないだろ。妹な奴だけ生き返らせるんじゃあ流石に差別していると言われかねないからな。」
「いや、普通パッと見で判別は出来ないだろ。」
「え?そうなのか?手に取れば骨が語り掛けて来てくれるだろ。」
天皇なのにそんな事も分からないのか。
ほらこの頭蓋骨なんて可愛らしい声で「お兄ちゃんありがとう」と言ってるじゃないか。
「・・・俺はお前の様な境地に立ってないから分からんな。」
「それは人生の半分を無駄にしているな。」
「いや・・・うむ、そうかもしれないな。今後はもっと精進しておくヨ。」
なんだか最後の1文字だけ変な言い方をしていた様に聞こえたな。
まあ、そんな事よりもコイツ等を生き返らせてご飯にしよう。
俺は案内されて30畳ほどの部屋に入ると、そこで髑髏を並べて近くに毛布を用意してもらう。
「これで本当に生き返るのですか?」
「以前の実験ではそういう結果になってる。まあ、今回使うのは上級蘇生薬・改だから問題ない。体の一部でもあれば蘇生は可能だ。」
ちなみにこの上級蘇生薬を提供しているのは俺達だけなのだけど強化しているので期限と条件は無制限だ。
一般には広がっておらず、九十九商会の伝手を利用して一部の有力者や金持ちだけに販売されている。
しかも渡すのではなく人員を派遣して使わせる念の入れようだ。
変な人間を蘇生させては大変なので使う相手をしっかりと調べてから売っているそうだ。
それに嘘をつくと生き返らせた直後に派遣員によって殺される事もあるらしい。
だから俺も蘇生薬に関してだけは必要以上に強化をしていない。
ただ、今回に限っては殆どが何らかの被害者だろう。
俺は1人ずつ蘇生させるだけで手伝ってくれる人たちが体の形が整うまでに毛布を掛けて行ってくれる。
髑髏が人間に戻るのでちょっと気味悪そうにしているけど、それは初めて見るなら仕方のない事だ。
そして全員の処置を終えると後は任せて部屋を出る事にした。
「後はお願いしますね。」
「畏まりました。」
部屋に戻ると料理の準備も終わり、大量のお皿が床に並べられていた。
中には京料理とは違うけど唐揚げやカツレツなどの揚げ物もこれでもかと積み上げられているので、あれならアズサも少しは箸休めになってくれるだろう。
そしてカツトに関しては既に死体袋に入れられて車で運ばれているようだ。
近くでさっきの式神を呼び出した術者と思われる男の残骸も車内で発見され警察が見分をしている。
それとこの屋敷で死んだガードマンに関しては手足を揃える作業をしているので蘇生させてもらえるのだろう。
そして準備が整った事を知らされた天皇から周りへと声が掛けられた。
「それでは頂くとしよう。」
「「「いたたきま~す!」」」
そして揃っていつもの挨拶をすると食事が開始された。
ただし、ここにはさっきまでは居なかった2人の客が居る。
いや、正確に言えば2鬼と表現した方が良いだろうか。
2人とも頭に角を生やしているので鬼と見て間違いは無さそうだ。
それに片方は既に顔見知りなので鬼人で間違いない。
「久しぶりだなカブト。現世に出張か?」
「ええ、ちょっと魂を弄んだ者を捕えに来ました。ちなみにこちらは今日の補佐をしていただく鬼人の奈美恵さんです。」
「鬼人のナミエです。夫と息子がご迷惑をおかけしました。」
そう言って赤髪美人のナミエさんは俺達に深く頭を下げてきた。
しかし、どういった経緯か知らないけど鬼になっているという事はカツトの母親は既に死んでしまっていたらしい。
それに地獄で鬼をしているので見た目通りの性格ではないのだろう。
もしかすると称号に鬼嫁とか付いていそうだ。
「気にしなくても良いですよ。それよりも回収は既に済んでいますか?」
「ええ、この通り。これから私自ら地獄で罪を償わせる事になっています。容赦や温情は一切かけないのでご安心ください。」
するとナミエさんは炎の様に燃える魂が入った2つの瓶を取り出して見せてくれる。
なんだかジャムでも入っていそうな入れ物だけど何処かにラベルを剥がした跡は無いだろうか。
しかし声は穏やかだったのに次第に顔が般若へと変わり魂の入っている瓶を睨み始めた。
どうやら気が昂ると裏の顔が出てくるタイプのようで、これなら角が見えなくても鬼だと分かる。
そんな彼女に気付き横に居るカブトが軽く肩を叩いて諌めてくれる。
「顔が変わっていますよ。鬼人たる者、常に冷静でいてください。」
「はい。冷静に不足なく刑を執行します。」
「その意気です。」
なんだか鬼人だからか人とは少しズレた精神構造をしているのかもしれない。
誰も気にしていないみたいだけどツッコんではいけない所なのだろう。
「そうなるとあの2人には蘇生薬の効果が無いのか?」
「いえ、ありますよ。しかし、生き返っても彼らの魂は既に我々がマークしています。生き返った所で今度は生身で地獄落ちするだけです。」
「それなら安心だな。」
「そこをサラリと安心で流すあなたもあの時と変わらないようですね。」
するとカブトは来たついでにと色々な事を教えてくれた。
賽の河原に作った山の現状やあの後の閻魔についてだ。
「賽の河原では子供たちが今も頂上を目指して歩いています。最近は現世も安定しましたが人口が増加しているので不慮の事故が多いですね。それでも蘇生薬のおかげで山を登っている最中に生き返る者も多く丁度いいバランスが取れています。」
それでもやはり親に蘇生させてもらえずに天国へと上がる子供は後を絶たないそうだ。
下級蘇生薬の効果は1週間だけど医療機関では5万円程で売られているはずだ。
その間に蘇生できないという事は親によって殺されてしまった子供たちだろう。
今はスキルのおかげで例え誰かに攫われたとしてもすぐに見つかって救出される。
それに殺されて山の中に埋められようと死体を海に流したとしても必ず見つけ出す事が出来る。
その場合は救済処置として国から蘇生薬が支給される事になっている。
もしバラバラにされていても回収は可能なので今の段階で俺の所に何らかの話が来た事は無い。
「子供を殺した者は地獄行きだろ。」
「そうですね。仕方のない場合もありますので一概には言えませんが、閻魔大王はその辺の事には厳しいのですぐに天国行きという事はありませんよ。」
しかし話をしていると横に酒瓶を持った天皇がやって来た。
どうやら1人で飲み始めていたみたいで、さっきまで少しは凛々しさがあったのに今では酔っ払いの顔をしている。
昼からこうして酒を飲めるのも権力者の特権かもしれない。
「せっかくの食事の席でそんな硬い話をするんじゃない。周りも気を使ってしまうだろ~が!」
「フフフ。そうですね。確かにこういう話は別の時にするべきでした。今は久しぶりに味わう現世の料理を楽しむとしましょう。」
そしてカブトがそう言うと、横に居たナミエさんが料理を差し出してくれている。
しかも既に手には酒瓶を持ち、天皇とカブトに御酌をして回っていた。
なんだかさっきまでと表情が逆転して嬉しそうなのは気にしないでおこう。
カブトもまるで別人の様に穏やかな表情を浮かべているので満更ではなさそうだ。
「ここは大人の席だからお前はあっちに行ってろ。妻を構うのも男の重要な仕事の内だぞ。」
「ああ、そうするよ。」
どうやら天皇が本当に言いたかったのはこの部分だったみたいだ。
酔ってはいてもその時だけは目に鋭い輝きを宿してアドバイスをくれる。
それにさっき婚約者が増えたばかりなので今まで待たせてしまった分も合わせてちゃんと傍に居てやらないといけない。
そう言えば教皇の手紙にアンを嫁にどうだとか書いてあったけど事情を知っていたなら本気だったのだろう。
あの時には冗談だと思っていたけど、直接会った時にも確認をされたので後で返信の手紙を送っておかないといけない。
「お待たせ。」
「お、お帰り・・なさい。」
そしてアンの傍に行って腰を下ろすと頬を赤く染めながら出迎えてくれた。
あまり食事が進んでいない様だけど待っていてくれたのだろうか。
「今日の料理は口に合ってるか?」
「うん。アズサが色々と気を使ってくれるから大丈夫。でも今はなんだか嬉しくて胸がいっぱいなの。」
「そうか。そういえば俺達が初めて会ったのも今くらいだな。」
「そうだね。あの時はいきなりバンパイアの巣窟に連れて行かれて大変だった。そういえばお姉ちゃんがあの時の麦粥の味は一生忘れないって言ってたよ。」
そう言えばもし会えたら確認しようと思ってたんだった。
でも一生忘れられない程に美味しかったって事まら、もしかすると俺にも隠れた料理の才能が・・・。
「硬くて甘くて苦かったって言ってたよ。きっと加熱の時の火が強過ぎてたんだね。だからお姉ちゃんはハルヤに料理だけはさせちゃダメって言ってた。」
そう言えば少し焦げ臭いニオイがしていた気がするな。
てっきり焚火の煙かと思ってたけどフライパンの中からの臭いだったんだな。
あの時は余裕が無くてササッと食べさせたけど、どうやら味はしっかりと感じていたみたいだ。
「そういえばツキヤが言ってたけどアンには最初から毒耐性があったって言ってたな。もしかして俺の料理の成果?」
「どうだろう。以前から野草とかも食べてたからそれが原因かも。いつもお姉ちゃんが先に食べて毒見してたから。」
こうして聞いてるとアイツは本当に姉の鏡みたいな奴だな。
ちなみにアイツのスキルには俺の漢感知と似たスキルで女傑感知と言うものがあるので、きっとこういう背景がその下地を作り上げたのだろう。
やっぱり俺の料理は毒ではないと言う訳だ。
「その辺の検証は教官をする時にでも試してみるか。」
「・・・出来れば止めてあげて欲しいんだけど。」
「アンは優しいな。なら今まで通りに毒を盛る事にしておくか。」
「そうしてあげて。でもなんだか昔を思い出すよね。」
「ああ、そうだな。」
当時は耐性スキルを得る為に毒草や毒キノコを食べたりなど、とにかく毒を持つ何かを食べたりしていた。
でも俺の料理はダメなのに毒は良いんだな。
これはこれでちょっと傷付くんだけど言ってる本人は楽しそうに笑っているので何も言うまい。
「でもこうなると後はハルカとヤマネだけだな。」
「そうですね。もし見つけたらどうするのですか?」
俺の呟きに返して来たのはちょっと恥ずかしそうにしているルリコだ。
しかもその左手にはいつの間にかアズサ達と同じデザインで輝く指輪が嵌っている。
「そっちよりも先にルリコともちゃんと話をしようか。それで自分の気持ちに整理は着けられたのか?」
「はい。やはりハルヤの傍に居るのはとても楽しいです。それにあの時に感じてた怒りも時間と共に消えてしまいました。」
「別に急がなくても他に気になる奴が居るならそっちに行っても構わないんだぞ。」
今はアンが俺と婚約をしてその雰囲気に流されているだけかもしれない。
そんな状態で婚約を決めれば後悔するのはルリコ本人だ。
婚約を解消したいと言えば結婚した訳では無いので本人の意思を尊重するつもりでいるけど。
しかしルリコは笑みを浮かべながらも体からは逆巻く様な闘気を吹き出させた。
「そういうアナタの鈍い所が乙女を傷つける事もあるのですよ。つべこべ言わずに素直に言いなさい。私では不満なのですか?」
どうやらこの様子だと雰囲気に流されてと言う訳ではなさそうだ。
それにさっきは俺の言い方も少し悪かったかもしれない。
でも今のはとっても精一杯の強がりなので、これからは我慢をせずに本音で話させてもらおう。
「俺はルリコの事も好きだぞ。だからこれからもずっと傍に居て欲しいと思ってる。」
「それは私がルリでもあるからですか?」
「俺は以前のお淑やかなルリも好きだけど今の少しお転婆なルリコも良いと思うぞ。だからお前は今の自分のままで俺と接して欲しい。」
「なら・・・これからは婚約者としてお付き合いをお願いします。」
そう言ってルリコは指輪の嵌っている左手を差し出して来た。
ルリコは以前から乙女チックな所があるので、これはその手の事を求めているんだろう。
ハッキリ言って以前に授業の課題で夢の絵を描いた事があるけど、白馬に乗った王子さまではなく、白山羊に乗った王子を描いて時には笑いを噛み殺すのが大変だった。
しかも山羊は凄いリアルなのに王子だけは微妙となっていたので今も記憶に強く残っている。
「それなら失礼して。」
俺はルリコの手を取るとそこへ顔を寄せて指輪へとそっと口付けをする。
その時に震えが伝わって来たけど顔を上げてみると顔が真っ赤に火照っていた。
「大丈夫か?」
「だっ、だいしょうぶです!ありがとうございました!」
そう言ってルリコは素早く手を引いて指輪を着けている方の手を握り締めた。
もしかして対応を間違えただろうか?
しかし何故かその直後に俺は周りを囲まれてしまった。
「ハルヤ!」
「はい、何でしょうか?」
「ルリコちゃんだけ狡い。」
「私達にもしてくれた事がないですよ!」
「わ、私も・・・して欲しいな。」
どうやら間違えた訳では無かったらしく、よく見れば皆も左手を出しているし同じ事をして欲しいと言う事だろう。
別に足にキスをする訳では無いので普通に言ってくれればいつでもしたのにな。
まあ、足にしてと言われればキメラ化して笑い転げるまで足裏を舐め尽くしてやろう。
そして俺は皆の指輪にもキスをしてやってから食事を再開した。
それにしても酔っ払いと化した天皇はカブトとこちらをニヤニヤと見ているし、その横のナミエさんは羨ましそうに見つめている。
シュリは似た様な事をダイチにさせているけど、まるで顔が女王様みたいなので変な趣味に目覚めていないかが心配だ。
そして取り残されているハルカとワラビはともかく、トワコが凄い羨ましそうな顔をしている。
仕方ないのでこちらは指輪ではなく手の甲で我慢してもらおう。
「お前はこれで満足しておいてくれ。」
「最近は私の事もちゃんと構ってくれるのね。」
そう言って俺がキスをした所に自分でもキスをして「間接キスね」と笑っている。
最近はアズサ達もトワコを受け入れて来ているのであまり目くじらを立てないけど、なんだかユウナに似た所があるので少し心配だ。
なんだか将来2人が結託して何かをやらかしそうで少し怖い。
その後、俺達は途中で起きたトラブルの事も忘れて食事を存分に楽しんだ。




