283 修学旅行 1日目 ⑤
その車は現在、緊急車両の扱いで道路を突き進んでいた。
他の車はその車から出ている信号を受けて強制的に道を譲り一時停車をして通過を待っている。
しかし、その車に乗っているのは先程まで黄龍の本部に居た安倍家当主である満広とその息子であるカツトだ。
2人はハルヤたちが乗っていたバスが何処に向かったかを突き止めるとその後を追って車を走らせている。
その為この車両に緊急性は無く、この親子が早く目的地へと到着したいがために車に備え付けられている優先車両を示す機能を勝手に使用していた。
ちなみにこの装置は救急車や消防車にも搭載されているが、個人の目的の為に使用する事は固く禁止されている。
もし、救急隊員や消防隊員がこんな事の為に悪用したと分かれば始末書だけでは済まない厳しい罰が下される。
しかし2人はその事は知識としては知っていても、それが自分達に適応されるとは全く思っていない。
それどころか道を譲るのは当然だと考え、外で停車している車を見ながら笑みさえ浮かべている。
そして遅れを取り戻す様に止まることなく走り続ける車の中で2人は到着後の事を話し始めた。
「カツトよ。先程あちらに連絡を入れたところ今日の面会は出来ないと回答があった。」
「な!我々がわざわざ出向いているというのにそれはどういう事ですか!?」
カツトはミツヒロの言葉に激昂すると横にある車の扉を強く殴りつけた。
するとその怒りに納得する様にミツヒロは頷くと説明を続ける。
「どうやら客人が来ているそうだ。おそらくはお前の花嫁であるアズサとルリコもその客に含まれているのだろう。」
「クッ!夫を差し置いて天皇と面会するとは何と愚かな奴等なんだ。会ったら俺の妻に相応しい行動を取れる様にしっかりと躾けなければいけませんね。」
「そうだな。しかし、このままでは安倍と言えども門前払いは免れん。そこでコイツを使い中で騒動を起こさせるのだ。」
するとミツヒロは笑みを浮かべると胸ポケットから黒い札を取り出した。
それはハルヤが見れば過去の記憶を思い出して禁断の式神を呼び出すための符であると気付くかもしれない。
そして、その意味を知っているカツトも満足そうな黒い笑みを浮かべると口角を高く吊り上げて見せた。
「重傷者が出るかもしれませんよ。」
「構わん。どうせあそこに居るのは変えの効く消耗品どもだ。お前が迎えてやる女2人も手足くらい無くても構わんだろ。」
「何を言っているのですか。足はともかく手で出来る事は沢山あるのですよ。」
「ならば女に関しては気を付けよう。どうせ飽きれば子供だけ生ませて式神の材料にしてしまえば良いからな。」
「まあ、そこまで精神が無事ならですが。クックック・・・。」
「流石は私の息子だ。これからも期待しているからな。」
「任せください。」
そしてミツヒロとカツトは互いに笑い合い、まだ来ていない未来を話していると目的地へと到着した。
すると屋敷から100メートル以上離れた所で停車しカツトだけが車から姿を現した。
「それでは華々しいデビューをあの屋敷の奴等に見せつけて来ます。」
「頑張るのだぞ。それとこれを持っていけ。」
「これは・・・最上位の札ですね。それに書かれているのは月ですか。」
「それは過去に英雄と言われた男が使っていたのと同じ番号と絵柄だ。まさにこれからのお前にこそ相応しいと思ってこちらで作らせておいた。」
「これを使って私こそがその生まれ変わりと公言して過去の手柄も全て頂くと言う訳ですね。」
「その通りだ。本物に関してはもうじき居場所が分かるそうだからな。そちらを始末してしまえば誰にも文句なぞ言わせん。どうせ英雄と言っても時と共に尾鰭が付く物だ。我らからすれば取るに足らない下民に過ぎんだろう。」
「そうですね。それでは式神の方はお願いします。」
「こちらは任せてお前は好きな様にしてくれば良い。それを邪魔する者はこちらで全て始末しておこう。」
「ありがとうございます。」
軽い打ち合わせを済ませて2人は分かれるとカツトは天皇の屋敷へと歩き出した。
その顔には昼だと言うのに影を思わせる笑みを浮かべ、刀を取り出すと腰の剣帯へ通して準備を整える。
そして悲鳴が上がり始めた所で足を早め、屋敷へと駆け出して行った。
すると門の前には警備の男達が無残な状態で投げ捨てられていた。
彼らは腹を抉られ、胸を貫かれ、手足さえも散乱してしまってどれが誰の物かも分からない有様だ。
周囲は大量の血が飛び散って赤く染められており、その中を何かが這い進んだ跡が屋敷内へと続いている。
その光景をカツトはゴミを見る様な目で確認すると、すぐに笑みを浮かべて屋敷へと突入して行った。
「さあ、英雄様のご帰還だ!」
だが、その時にカツトはもっとしっかりとその場を確認するべきだった。
その死体の中に見覚えのある服装の手足が散らかっている事に。
それは先程別れたばかりの父親であるミツヒロのものだ。
彼は式神を呼び出してすぐに制御を失い車内で挽肉にされてしまった。
その後、取り込んだ手足で式神はこの屋敷のガードマンへと襲い掛かりその手足は切り落とされながらもここを突破したのだ。
しかし、もし式神が反対の方向へ行けば町中は大惨事となっていただろう。
だが式神は何かに引き付けられるようにここへと現れ屋敷へと入って行った事を誰も知らない。
そのため、もし行く手を遮らなければ犠牲となる者も最小限で済んでいただろう。
もちろん犠牲となるのは禁断の式神を呼び出したミツヒロ1人だけである。
そしてカツトは屋敷に入り土足で駆け回っていると、その先で運命の出会いが訪れた。
俺は嫌な気配を感じ取ったので喜び合う皆を残して部屋の外へと移動して行った。
とは言っても襖などは全開で空いているので外が見える廊下へと移動しただけだ。
するとその気配は急速に屋敷に向かって移動して来ると入口の方から銃声と悲鳴が聞こえて来た。
「どうやらお客さんみたいだな。」
「なあに大丈夫だろう。ここには妖や魔物は入れんからな。」
しかし、そんなのんきに言っていて良いのだろうか?
過去に使用して数万の魔物からも京の都を守り通したので良く知っている。
しかし妖や魔物に関して強固な守りを持っていても、この結界には大きな穴が存在する。
それは何かと言えば、これは陰陽師が作った物なのでもしもの時の為に式神は素通り出来るように作られているのだ。
「どうやら入って来たみたいだな。」
「な、なんだと!しかし結界は壊れておらんぞ!」
「相手が式神だからだろ。この感じは以前にも安倍家で感じた事がある。もしかすると禁断の式神を復活させたのかもな。でもあの時よりも遥かに暗くて強力になってるな。いったい何を材料にしたんだ?」
既に俺の目はその式神を捉え形状なども分かっている。
大まかには以前に見た不定形のスライムに近いけど大きな違いもある。
ヒコボシが使役した式神は触手や手は生えていたけど、どれも妖などを材料にしていた。
それなのに今回の奴はまるで人の手が何本も生えていてウネウネと周囲を取り巻いている。
もしかしてこの御時世に人間を材料にしたって事は無いと思いたい。
「それでガードの者達は無事なのか!?」
「既に10人以上が殉職してるな。この調子ならもっと沢山の奴等が死にそうだ。」
天皇はすぐに懐からスマホを取り出すと何処かへと連絡を取り始めた。
他の奴に命令して任せば良いだろうにこの家は今も昔も変わらないようだ。
「私だ。すぐにガードの連中を下がらせろ。」
『しかし、このままではあなた様が!』
「こっちには頼もしい助っ人が居る。・・・居るよな。」
「先に確認してから連絡しろよ。まあ、昼飯分は働くから心配するな。」
「分かった。好きなだけ食って行け。・・・と言う事だ。こちらは気にせずに撤退させろ。怪我人の回収も忘れるなよ。」
『了解しました。』
俺はその間にアズサにサムズアップを送り昼の食べ放題を獲得した事を知らせた。
すると同じようにサインをすると輝いている様に眩しい笑顔を返してくれるので、これは後でご褒美の期待が出来そうだ。
そしてガードの連中が後退すると悲鳴や銃声が聞こえなくなり、周囲に静けさが戻って来た。
しかし少しすると廊下を勢い良く走る音が聞こえ始め、そちらを見ると中学生くらいの男が駆け寄って来る。
どう見てもアレはガードの人間ではなく外から入って来た一般人だろう。
もしかすると近くを通り掛った時にここから悲鳴が聞こえて様子を見に来たのかもしれない。
しかし緊急時だからと言って人様の家を土足で走り回るとはどんな教育を受けているのだろうか?
俺とミズメが手を加えているからあの程度だと傷も付かないと言っても気分的に良いとは言えない。
男はこちらを見付けて少し離れた所で足を止めると、まるで害虫を見る様な目を向けて来た。
「貴様は何者だ!?なぜここに下民風情が居る?」
「悪いな。下民だから学が無いんだ。お前の名前を教えてくれ。」
「下民に名乗る名前はない!」
お~~~まさかこの時代でそのセリフを聞く事があるとは思わなかった。
言いそうだとは思っていたけど、もしかして過去からタイムスリップでもして来たのか。
どう見ても神から選ばれて記憶を持ったまま転生したとは考え難い態度だ。
それならあの当時に俺が良くやっていた流れで話してやるか。
「なら名無しで良いな。それでお前は何でここに居るんだ?」
「おのれ下民風情が!俺は安倍カツトだ。今だけそう呼ぶ事を許してやろう!」
「はいはい。俺はハルヤだ。それで、お前は何をしに来たんだ?」
こういう奴は何故か話を合わせてやると勝手に名乗ってくれるから単純なのだ。
しかもその自覚が無いから凄く乗せ易いのだけど言葉使いから言って碌な奴じゃなさそうだ。
それに安倍とか名乗ってるし・・・安倍・・・安倍ってもしかして。
「フン!そんな事を貴様に話すつもりは無い。・・・お!そこに居るのはアズサとルリコか!」
するとカツトは視線をそちらに逸らすと土足のままで部屋に入りアズサとルリコの許へと向かって行く。
その図々しさに呆れているとまるで呼吸する様な自然さで右手が上がりルリコに向かって振り切られた。
『スカ!』
「何をするのですか!?」
しかしカツトの振るわれた拳は虚しく空を切り、態勢を崩してたたらを踏むと位置を入れ替える様にして通り過ぎて行った。
きっと避けられるなんて露ほども思ってなかったのだろう。
でも俺と会ったばかりの時ならともかく、今のルリコは既にレベル100を超えている。
あの程度の攻撃なら12神将を纏っていなくても避けるのは雑作もない。
でも、避けられるからと言って、殴ろうとした事を許すのは別の話だ。
それに、あちらが肉体言語で来るなら俺も肉体言語で会話をすれば良い。
どちらかと言えば昔からこちらの方が得意なので、先に手を出してくれてとても助かる。
俺はカツトの許へと向かうと拳を避けられて真っ赤な顔で怒っている奴とルリコの間へと割って入った。
「邪魔だ退け!夫婦の問題に割って入るな!」
「こんな事言ってるけど?」
俺はカツトではなく後ろに居るルリコへと声を掛けた。
すると困った様に首を振り返して来るだけだ。
「知らないそうだけど?」
「嘘を言うな!貴様とアズサは俺の嫁・・・ぐあああーーー。」
「誰が!誰の嫁だって!?もう一度そんな嘘を言ったら足を圧し折るぞ!!」
「ぎゃーーー!」
「ハルヤ、もう折ってるよ。」
「ん?」
確かに言われてみればカツトの足は既に向いてはいけない方向を向いている。
どうやら、言葉よりも先に足が動いていたみたいだ。
まあ、コイツは肉体言語の方が好きな様なので文句は無いだろう。
「それで色々と気になる事があるんだけど、お前は安倍家のボンボンだよな?」
「ぎゃあーーー!止めてくれーーー!」
俺は折った部分を踏みつけ更に肉も磨り潰してやる。
こういう奴は心と体を同時に痛め付けないとダメだ。
どちらかだけだとすぐに憎しみで今日の事を忘れて報復に来る。
まるで台所に出る黒い悪魔の様にしぶといのでヤル時は徹底的にする必要がある。
ただしコイツには少し聞きたい事があるので一旦は足の怪我を治してやった。
「それで、ちょっと聞きたいんだけど。お前はルリコの家に何かしたか?」
「あ・・・足が・・治ってる。・・・おのれ貴様!高貴なるこの俺に向かって・・・!」
『ボキ!』
「ぐあーーー!」
「今は俺の質問タイムだ。お前は聞かれた事だけに答えてれば良いんだよ。」
すると頷きが返って来たのでもう一度だけ足を治してやる。
次におかしな事を喋ったら足を切ろ落して傷だけ塞ごう。
「それで?」
「組織を通してアイツの父親に碌な仕事が行かないようにした。そうすればアイツが九十九に行くための学費が払えないで京都に来るはずだったんだ。それなのに誰かが学費を肩代わりしやがった!」
やっぱり俺の地元にある支部にコイツ等が圧力を掛けていたようだ。
覚醒して能力が格段に上がったルリコの父親なら生活に困る様な事は無いと思っていたのに苦労していたのでおかしいとは思っていた。
魔物や妖退治だけでなく、元々呪具を作る才能もあった様で戦わなくても十分に生計を立てられたはずだ。
なのにあれから調べて分かったけどその手の仕事が激減してしまいそれが理由でルリコの学費が払えないと困っていたのだ。
今では早い段階からダンジョンで稼いだり、監督官として他の生徒を連れてガイドの様な仕事をしている。
そのおかげで以前よりも収入が上向いた状態で安定して3人で仲良く暮らして居るそうだ。
それに、もしかすると家族が増えるかもしれないと少し前にルリコが嬉しそうに話していた。
俺は妹だったら良いなと言って笑われたのを覚えている。
「残念だったな。何処かの酔狂な足長山羊さんが常に見守ってるんだ。1人分の学費くらいは安いもんだよ。・・・と足長おじさんが以前に話してたな。」
危ない危ない。
この事はルリコには秘密だから話しちゃいけないんだった。
「それだけじゃないだろ。ルリコを奪うために勝負も持ち掛けただろ。」
「あれは安倍家における正当な決闘だ。式神で勝負をして勝った方は相手の賭けた物を手に入れられる。」
「そんな事にあの父親がルリコを賭けるかボケ!どうせ圧力でも掛けてんだろが!」
「本家の言う事を聞くのは下民に落ちた奴の義務だ!」
それが原因で父親の方は邪神に唆される直前まで行ってしまった。
きっと力を得てルリコは守れたけど次第に精神がおかしくなってあんな事になったのだろう。
すなわち全ての原因は安倍家の本家にあった訳だけど、なんだかコイツを磨り潰してみたくなってきた。
でも一番肝心な事をまだ聞けていないので、これを聞くまでは手足を斬り取ったとしても死なせるつもりは無い。
「どうしてアズサまで欲しがった。」
「ヒッ!ゆ、許してくれ!」
おっと自分で聞いておきながら完全に殺気が漏れていたみたいだ。
一瞬アズサの横にコイツが並んでいる所を思い描いてしまったからだろう。
俺は何度か深呼吸をして殺気を半分くらいまで押し込めると鬼の形相で睨みつけた。
「素直に言わないとマジで食い殺すぞ!」
「は、話す。だから許してくれ!良い女を手に入れたいのは男として当然だろう。お前だって何人もの女を引連れているじゃないか!」
「俺は自由恋愛と自由結婚推進派だ!お前みたいに無理やり連れ回そうとしている訳じゃねーんだよ!」
そう言って俺はゲンコツを落としてカツトを床へと沈めておいた。
ちょっと血が噴き出して痙攣しているけど俺は助けたくないのでそのまま放置だ。
それに誰も助けようとはしないのでそれがこの男の運命なのだろう。
「うむ。この取り扱い説明書に間違いは無かったと言う事か。後で何度か読み返し、熟読しておこう。」
「それよりもそろそろ本命が来るぞ。」
「そちらも任せたぞ。」
「ああ。実はあっちにもちょっと用があるんだ。」
そして庭に目を向けるとこちらに向かって式神が這う様に近づいて来る。
見た感じでは目立った傷も無く、以前と一緒なら生えている手を切り取ったも再吸収して元に戻るだけだろう。
俺は武器も持たずにそのまま外に出ると式神の許へと向かって行った。




