282 修学旅行 1日目 ④
俺は驚きと疑いの中でそちらに振り向くと、そこには確かに俺が会いたいと呟いたヨモギの姿がある。
しかもそれだけではなく、ヨーロッパで別れて以来ずっと会う事の無かったツキヤとナディーの姿まで。
俺は自分の頭が作り出した幻影かと思い目を擦るけど消える様子はない。
するとヨモギが俺に歩み寄ると床に膝をついてゆっくりと抱き着いて来た。
「私はちゃんとここに居ますよ。もう人ではないですけど、こうしてまた会えて嬉しいです。」
「ああ、俺も会えて嬉しいよ。」
俺はヨモギを抱きしめ返すと細かい事は忘れて目の前にある現実だけを受け止めた。
それに人ではないと言っている時点で人としての生は終えているのだろう。
それに妖や魔物の様な悪意を含んだ気配ではなく神に近い気配を感じる。
「もしかしてお前らも俺と一緒なのか?」
「はい。もともと父様の子供には神に成り易い素質があったみたいです。それにツキヤはツクヨミ様の子供ですから。」
「ならナディーはなんでそこに居るんだ?」
コイツは明らかに普通の人間で間違いなかった。
そうでなければ俺が助けなくても妹くらいは自分で助けられたはずだ。
なのにどうして今は半神となってここに現れる事が出来たのだろうか?
「私は悪魔王に止めを刺した聖人の妻として教会が神格化してくれたのよ。今では聖書にも載ってるし絵本もいっぱい出てるでしょ。」
「ああ、あの黒歴史みたいな絵本か。」
「知ってるなら言わないで!ツキヤはいつもカッコ良く書いてもらってるのに私はドジをした時の話ばっかりなんだから!」
それでナディーもツキヤと一緒に居られるようになったのだろう。
これは俺もその話を面白おかしく読ませていただきましたとは言わないでおこう。
実を言えばシュリがその話を好きで勧めてくれたんだけど、きっと神としての存在を維持する一助になっているはずだ。
「まあ、親子の再会はこれくらいにして何かをしに来たんじゃないのか?」
「そうでした。実は皆さんに渡す物があります。」
そう言ってヨモギは何の変哲もない白地の服を取り出した。
それはスサノオが以前に着ていた服に似ていて簡素で男の神々が着ている様なデザインをしている。
もしこれを着て町中を歩くとすれば目立って仕方がないだろう。
いや、もしかすると大勢で歩けば何かの催しと思ってもらえるかもしれない。
見た目は地味でもこれは唯の服ではないのは鑑定をすればすぐに分かった。
どうやらヨモギは俺にとって欲しいと思っていた物を持って来てくれたみたいだ。
「その顔だと父様はこれが何か既に分かったみたいですね。。」
「アマテラスやスサノオたちが着ている神の衣と同じ服を用意してくれたんだな。」
「はい。出来ればもっと早くに持って来たかったのですが、高天原蚕の数が少ないので時間が掛かってしまいました。」
確かに鑑定すると材料は高天原蚕と出ている。
しかもスサノオが邪神との戦いで見せたようにこの服にはサイズ自動調整が付いているので俺が巨大化したとしても裸になる心配がない。
これまでは気を遣ったり、裸になった時はこっそり隠れて服を着ていたけどその必要も無いみたいだ。
ちなみに俺のスキルでサイズ調整も出来るけど素材の限界なのか10メートルを超えると機能しなくなる。
しかも普通の服だと付与を受け付けないのでとても有難い。
以前にスキルが変化してサイズ調整の制限が解除された事で俺自身の成長が再開された。
今では最大サイズは以前の50メートルから70メートルまで増大している。
それ以外にも自動修復や衣類複写などの便利な機能も付いている。
自動修復は読んで字の如くで、衣類複写はこの服が他のデザインの服を取り込むとそれと同じデザインに変化する機能だ。
これなら俺の好きなデザインを覚えさせておけばいつでも着る事が出来る。
普段は着れない様なキャラ物や以前に燃やされてしまった微妙なデザインの服だって。
「あ、それと父様の服だけはアズサさんのステータスを通してチェック機能が搭載してあります。変な服を覚えさせていると強制消去も出来るので気を付けてくださいね。」
「流石がヨモギちゃんね。お父さんの事を良く分かってるわ。」
「ナイスアシストだよ。」
「次は追跡機能もお願いします。」
するとみんなも揃ってヨモギを褒め称えて賞賛している。
これは諦めていつも通りこっそり着て楽しむしか無いだろう。
いつか俺の洋服センスに世間が追いついて来るのを期待するしかなさそうだ。
「そう言えば、ツキヤ達は何をしに来たんだ?」
「ちょっと様子を見に来ただけですよ。」
「ナディーも一緒に?」
「そうよ。だって大事な妹がまたあなたの所に行くって言い出したから心配なのよ。」
「そうか、アンもそっちで元気にしてるんだな。ついでだから連れて来れば良かったのに。」
「「え?」」
あれ?アンもそっちで元気にしてるんじゃないのか?
それとも既に転生して世界の何処かで生まれ直しているのだろうか?
もしそうならアイツも知らない仲ではないので、もし会えるなら会ってみたい。
場所さえ分かれば地球の裏側でも構わないんだけどな。
「その様子だと地球上の何処かに転生してるんだろ。良ければ教えてくれないか。」
「え、いや、その・・・。本当に知らないのですか?」
「もしかして周りから何も聞いてないとか!?」
「いや、何を言っているのか全然分からないぞ。」
ツキヤとナディーは座っている皆の方を見て驚いているけど、それに類する話はした事が無い。
敢えて言うならルリコが前世を思い出しているのは知っているけど、最初に手紙で知らされてからはその手の話に触れないでいる。
彼女には確かに前世の記憶はあるけどルリコはルリではないからだ。
この時代に生まれてからの記憶や思い出もあれば新しい両親だって居る。
今まで培ってきた経験から新しい人格が構成されているので同一人物として扱うのは違う気がする。
だからクラスメイトで友達として付き合い、今も学費を俺が払っている事は秘密にしてある。
すると話の途中で『パチン!』と手を叩く音が聞こえアズサが周りへと声を掛けた。
「あ、それじゃあ私達は着替えて来るね。」
そしてアズサが音頭を取って立ち上がると傍に控えていた女中の人に声を掛けて部屋を出て行った。
きっと俺の考えに気が付いて皆を連れて席を外してくれたのだろう。
俺は皆が部屋を出て案内された部屋に入って行くのを確認するとツキヤへと視線を向けた。
「それで話の続きを聞こうか。」
「はい。実は今から言う事はゲンさんとトウコさんも知っているはずなんですが。」
「どうせあの爺と婆の事だから面白そうとか思って秘密にしていたんだろう。今思えば時々その辺の事を聞かれてた気がする。」
「まあ、あの2人の事ですからそんな所でしょうね。」
俺は話を聞きながらこれまでの事を思い出し少しだけ表情を歪める。
あの2人に関しては以前から良くある事なので気にしても手遅れだ。
それにツキヤもそれを思い出したのか軽く溜息を吐くだけで続きを話し始めた。
「それでは本題ですが、お爺様の奥様方は同じ年に全員が既に転生を果たして傍に居ます。それ以外にもイザナミ様の気紛れで当時の方たちも何人か紛れています。」
「ハルヤは誰の事を把握してるの?」
「俺が知ってるのはルリコの事だけだな。アズサとアケミとユウナに関してはあの時代から前世である事は知ってたから今回の話とは関係ないけど。」
「いや、ですから大アリなのですよ。お爺様の奥様方は記憶が封印されているだけで消された訳では無いのですよ。さっき見た感じでは既にルリさん以外にも記憶が戻っているみたいです。」
「マジで!?」
でも皆とは最低でも5年以上は一緒に居るけど全然気付かなかった。
それとも俺が気付くのをずっと待っているのだろうか?
「お爺様はこの手の事が壊滅的に鈍いですからね。」
「どうせアンジェリーナがアンなのも気付いてないんでしょ。」
「え!?・・・その通りです。」
そして話の流れで俺は自然と正座へと姿勢を正して噛み締めながら話を聞いている。
すると腕を組んだナディーの言葉は次第に攻め立てながら追い詰める様なものへと変わり始めた。
「酷いお兄ちゃんね。あんなに懐いてたのに2回も勝手に死んで置いて行くんだから。あの後にアンは大泣きして大変だったんだからね。」
「・・・ごめんなさい。」
そういえば俺も皆が死んであの世に旅立って行く時はとても悲しかったのを覚えている。
もう会えないと思っていた人も居たので賽の河原の上にある天国への入り口で会えた時は本当に嬉しかった。
そしてナディーの口撃は留まるどころか更にその威力を増して行き最後の止めが襲い掛かって来る。
「そういう事は本人に行ってあげなさい。そして責任を取りなさい!」
「・・・でも、どうすれば良いのでしょうか?」
「あの子は前世で結婚しなかったのよ。いえ、大好きな人が居て出来なかったの!これ以上は言わなくても分かるわよね。」
「でも、あの時は狼と山羊で・・・。」
「アナタは好きな相手の姿を選ぶの!?」
「・・・御尤もです。」
もしアズサ達が何かの手違いで犬やアリクイに転生したとしても魂が本人なら変わらずに愛していただろう。
きっとアンも俺の姿ではなく中身を好きになってくれたという事だ。
しかも、その気持ちに気付かずにアイツには過去に色々と酷い事を言ってしまった。
「それなら、もしかしてアンが探しているお兄ちゃんと言うのは。」
「アナタに決まってるでしょ!あの子には前世の記憶があるんだから。」
すなわち出会った当初に聞いたアンを残して失踪した碌で無しの兄とは俺の事だったということか。
碌で無しの部分は俺の妄想だけど間違ってはいなかったみたいだ。
これは近い内に本人と話し合う必要があるだろうな。
しかし今の話だと記憶を取り戻している者と封印されたままの者が居るみたいだけど、そうなるとその違いは何だろうか。
今の状況から見てレベルでは無いだろう。
ルリコに関して言えばレベルが100を超えていて既に人としては隔絶された力を持っている。
しかし最初からそうであった訳ではない。
もしそうならルリコと出会った当初にあんな事は起きなかった筈だ。
恐らく記憶と一緒にレベルや能力も封印されているとみて間違いない。
そして記憶と同時に力が解放されたのはあの事件の時だ。
てっきりルリコの持つ特殊な力が変な影響を出して失われた記憶が蘇ったのかと思ったけど最初から何かの仕掛けがあったということか。
「なら封印を解く何かの切っ掛けが必要なのか?」
「そうですが・・・。まあ、既に渡されている方も居られる様なので言っても問題ないでしょう。お爺様が過去に残して逝ったアイテム類は回収していますよね。」
「ああ、アズサが居るからリボンのついでに回収して手元にあるぞ。」
「その中に皆さんが大事にしていた簪があるはずです。それが記憶を解放するカギになります。ただ、もっと幼い時なら記憶との融合性も高く当時に近い人格を形成できたと思うのですが、今では記録を見るのと変わらないかもしれません。」
「いや、俺達が出会ってすぐにルリコは記憶を取り戻していたけど、今でも別人として暮らしているぞ。元々それをするなら赤ん坊の時くらいにしないとダメだったんだろうな。それに俺は無理に思い出してもらおうとは思ってない。そうしなくても十分に楽しいし、新しい思い出を作る事は出来るからな。」
「それならどうするかは本人達と話し合って決めてください。」
「すまないな。わざわざ教えてもらったのに。」
「いえ、お爺様らしいと言えばらしいですよ。それでは私達はそろそろ戻りますね。」
「ああ、またいつでも遊びに来い。」
「絶対に忘れるんじゃないわよ!」
「分かってるよ。お前は400年経っても変わらないな。」
そして2人は背中を向けて歩き出すとそのまま消えて行き、去り際にちゃんと手を握っていたので今でも仲は良いみたいだ。
すると入れ替わる様にしてアズサ達も戻って来た。
ただ、着替えに行ったと言っても服装はそのままのようだ。
既に複写機能を使って着ていた服のコピーを終えたのだろう。
「お帰り。着心地はどんな感じだ?」
「凄いの一言だよ。見た目は一緒なのに肌触りは極上のシルクみたい。」
「着るのも脱ぐもあっという間なんだよ。」
「これでもし突然押し倒されてもすぐにエロ下着姿になれます。」
「そんな事はしばらくしないから大丈夫だ。」
て言うか天皇!
何ニヤニヤした顔をしてる!
それにその手のサインは子供に向けちゃいけない類のものなのに一体何を考えているんだ!
特にユウナが真似をしたらどうする!!
ヨモギも事情は知ってるならそこは引く所じゃないだろ!
なんだか次第に距離が遠ざかってるぞ。
それに目も微妙に冷たいし、さっきまでの優しいお前は何処に行ったんだ。
それにそこの最上位精霊!
俺がそんな事をしないと分かってるくせにゴミを見る様な目で見て来るな!
どうせお前だって俺達の居てない時はイチャイチャしてるんだろうが!
はぁ~・・・。
これでは俺が今まで築き上げて来たイメ~ジが台無しじゃないか。
いつもながらにユウナの爆弾発言には困ったものだ。
溜息と共にそんなユウナの頭に手を置いて苦笑を浮かべた。
「お前はいつまでも変わらないんだな。」
「私は過去も未来も現在も変わりませんよ。」
「そうだな。」
アズサ、アケミ、ユウナの3人にも既に簪は渡しているので過去の記憶は取り戻しているのだろう。
それでも以前と変わらずに接してくれているという事は俺の予想に間違いは無いと言うことだ。
この3人に関しては以前の記憶もあるので微妙ではあるけど最初から似ている所が多かったので見分けは付け難いだろう。
「それでアンには大事な話があるんだけど分かってるよな。」
「・・・うん。今まで秘密にしててごめんなさい。」
しかし俺が声を掛けるといつもの凛々しいアンの表情が消え、まるで年相応の子供の様な顔になった。
もしかすると今までずっと張り詰めていたのか、それとも演技をしていたのかもしれない。
俺は立ち上がるとアンの許へと向かいまるで泣き出しそうな彼女の手を取って握り締めてやる。
するとその手は緊張と罪悪感で冷たくなっていて今も少しだけ震えていた。
もしかすると俺がこの場で拒絶すれば傍に居られなくなると考えているのかもしれない。
「アンには俺の知らない所で色々と苦労を掛けてたんだな。」
「そんな事は無いよ。だって、今はお兄ちゃんと一緒・・・だから。」
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ。長く待たせてすまなかったな。」
そう言って握っている手を放すとそのまま優しく抱きしめてやる。
するとその体が小刻みに震え始め、掠れるような声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん・・・もう私を置いて・・・行かないで。一緒に居たい。傍に居たいの。」
「そう言ってくれてありがとう。今度は勝手に死なないから一緒に居ような。」
「うん。お兄ちゃん・・大好き。」
「ああ。俺もだよ。」
そして今はその頬に軽くキスをして頭を撫でてやる。
ここには余計なギャラリーも多いのでそういうのはもっと時と場所を考えてあげないといけない。
ちなみに立ち上がる時にアズサ達からは頷きで了承は取ってある。
どうやら知らなかったのは本当に俺だけだったみたいだ。
「でも今は送る物が無いんだよな。」
「そ、それなら・・・準備してあるよ。」
するとアンはそっとケースに入った指輪を取り出し俺に見せてくれる。
しかもそこにはアズサ達と同じデザインでスズランの花の中に宝石が嵌っていた。
そういえば以前に何に使うかは秘密でアズサに宝石を渡した事があったので、それがこういう形に変化したのだろう。
「準備が悪くてごめんな。」
「ううん。傍に居られるだけでも幸せだから良いの。その・・・嵌めてもらっても良い?」
「ああ。」
俺はアンから指輪を受け取るとその左手を取って薬指へと通してやる。
するとその顔に涙と笑みが浮かび周りからは拍手が響き渡った。
「おめでとうアン。これからよろしくね。」
「宜しくアズサ。それに皆も。」
そしてアズサ達の許に向かったアンは少し前と違いとても幸せそうな表情を浮かべている。
まるで寒い冬を超えた木が春に若葉を芽吹かせたようだ。
その様子を眺めながら笑みを浮かべ、皆を残して部屋の出口へと向かって行った。




