280 修学旅行 1日目 ②
外に出るとそこには大きなグラウンドが整備されていた。
観客席は無いけどサッカーコートよりも広く1辺が100メートル位の広さがある。
使っている人も何人か居て、その視線が一瞬だけ俺の方へと向けられた。
しかし子供だと確認するとすぐに興味を無くしたように視線を前に戻して訓練を再開している。
もしかすると子供なので見学者と思われたのかもしれない。
「彼らは?」
「この支部に所属する人達です。最近は魔物の被害も落ち着きましたがダンジョンもあるので常に自身を鍛えているのです。ランクとしては中位2級と言った所でしょうか。」
ちなみに中位2級とは下から見ると9番目だ。
下位、中位、上位で各5級ずつあり、一番上が最上位となっている。
それで俺が500年前にゲンさんから受け取った木札が上位3級なので12段階ほど飛ばした事になるだろう。
あの時は良く知らずに受け取ったけど、かなりサービスしてくれたことが分かる。
「それで、ここで何をするんだ?」
「あの、確認ですがハルヤ様は飛べるのですよね。」
「ああ、飛べるぞ。」
実は転移も出来るけどそれは言わないでおこう。
アンドウさんも出来ないそうなので人間で使えるのは俺だけだろうから知られたら何かと呼び出しを受けそうだ。
「それでは過負荷試験を受けて頂きます。」
「ああ、水上歩行の試験で受けたな。」
「内容はそれと同じです。こちらにその時のデータは残っていませんが最初はどれ位から試されますか?」
「ん~・・・それなら5トンからかな。」
「・・・既にこの時点で桁が違いますね。」
とは言っても以前の時にはスタッフが対応してくれなくて500キロまでしか背負えなかった。
別に戦闘をする訳でもなく、今の半神になってからは能力が数倍になっている。
あの時でも余裕だったのでそれくらいは無いとダメだろう。
すると俺は連れて行かれた先にはクレーン車があり、その横には大きな石のブロックが置かれている。
どうやら、ここでならそれなりの対応が期待できそうだ。
「あのブロック1つが1トンになります。本当に宜しいのですか?」
「構いませんよ。」
俺はそう言ってブロックの上に移動すると、埋め込まれている鎖を持って上昇して行く。
すると次第にブロックは地面を滑って俺の下へと動き出し、互いにぶつかり合いながら隙間が埋まっていく。
そして、完全に詰まると地面から離れて空中へと浮かび上がった。
しかし1本でこの荷重に耐えるとはこの鎖もなかなかに凄い素材が使われていそうだ。
「やっぱり余裕だな。追加で後5トンお願いします。」
「すみません。ここに在るブロックが全部です。」
「え!そうなのか?」
言われてみれば周りを見てもこれだけ大きなブロックは置いていない。
あっても100キロ位の小さな物なので大した足しにならないだろう。
それに更に力を見せようと振り回した場合に鎖が千切れたりして飛んで行っても面倒だ。
そうなれば騒ぎになって後で確実にアズサからのお叱りを受けることになる。
「なら結果は?」
「測定不能です。」
「・・・そうですよね~。」
まあ、こうなる事は既に想定の範囲内だ。
なんだかさっきまで訓練をしていた人たちの視線が集まって来てるけど、きっと可愛いクスノキさんにでも見惚れているのだろう。
「それでは最後に瞬発力の測定で100メートル走をしてもらいます。」
「分かりました。ところでこれも?」
「手加減無用です。それとスキルは使わないでください。」
きっと生身の身体能力も見たいのだろう。
俺はラインの前に立つと機械の合図と共にグランドの中央に引かれている100メートルのライン上を一気に駆け抜けた。
それと同時に踏み切った地面は爆散し、体に受ける風は衝撃波となって周囲を吹き飛ばしてしまう。
それは近くでクスノキさんに見とれていた連中も例外ではない。
油断でもしていたのか木の葉の様に飛ばされて受け身すら取れずに地面へと倒れている。
動かない所を見ると意識まで飛んでしまったみたいだ。
ゴールの傍に待機しているクスノキさんに関しては測定が終了すると同時に衝撃波よりも早く魔法で護っているので問題ない。
本人は咄嗟の事に目を瞑って身構えているけど、すぐに自分が無事な事に気が付くと手元に結果を書き込んでいる。
ただ、結果を書くだけにしては多いので何か減点でもされてしまっただろうか。
タイムは2秒を切っているけど地面が柔らかすぎて俺の力を受け止められないのが問題だ。
ちゃんとした作りなら1秒は切れたと思う。
やっぱり俺にはスポーツ選手として生きる未来は無さそうだ。
「クスノキさん。次は何をすれば良いですか?」
「あ、は、はい!次は魔法の測定です!」
「分かりました。その前にここを片付けますね。」
さっき俺が走ったのでグランドの地面は砕けて怪我人も散乱している。
俺はそちらに手をかざし怪我人には回復魔法を、地面には土魔法を使って綺麗に整えておく。
「凄い。こんなに広範囲を一瞬で!」
「少し横着が過ぎましたね。魔法の測定は何処でするんですか?」
「こ、こちらでお願いします。」
俺は再びクスノキさんの後に付いて移動して行くと、以前までは弓の鍛練場だった所へと案内された。
あの時は遠距離攻撃と言えば陰陽師が飛ばす式か術、それか弓矢くらいしか無かった。
鉄砲もあるにはあったけど数を揃えるのが大変で連射性が悪い。
それに聞いた話では鉄の球よりも弓矢の方が術を乗せやすいと言う事だったので陰陽師は弓を装備している者が多かった。
その後、技術が進むと鉄の球でも事前に属性を示す梵字を掘り込む事で術を乗せやすくなったらしい。
技術を開発したのは術師ではなくツバサさんなんだけど、あの人が言うには属性銃を作りたかったそうだ。
所謂、中二病全開のオタク魂の結晶という奴を作りたくて高野山にまで出向いて猛勉強したそうだ。
確か織田信長は高野山を攻めて多くの死者を出した筈だが、当時はとても良好な関係を築いていた。
そして話は戻すけど今の鍛練場は以前の様な木造ではなく頑丈で立派な金属製へと変わっている。
そうでないと的も施設も簡単に破壊してしまうからだろう。
木造だと火の魔法1発で全焼も有り得るので当然の対応だと思う。
「それではあちらの的を狙って貰えますか?」
「分かりました。」
とは言っても手加減をしたら測定をやり直させられてしまうので別の角度からアプローチする必要がある。
なるべく壊れる範囲は少ない方が直し易いだろうから、範囲を絞って全損を回避するつもりだ。
すると横で魔法の特訓をしていた者達から笑っている様な声が聞こえて来た。
「あんな子供が的まで届かせられるのか。」
「どうせ何も知らない粋がったガキが来てるだけだろ。」
確かに彼らの言っている事は間違いではなく、子供だとイメージを固める為の集中力が低くて威力や射程が出ない事が多い。
九十九でも魔法の授業があるけど小学1年生なら10メートル先の的に届けば良い方で、そこまで出来れば学年でもトップクラスだ。
ただ俺の場合は授業初日に練習場を薙ぎ払ってからは参加禁止になっている。
それでも弁明をさせてもらえば後ろでワラビが腕を振りかざして「薙ぎ払え!」と叫んだのが悪い。
あんな風に言われると火の7日間で世界を滅ぼした巨大な生物兵器の様に魔法で焼き尽くしても俺に非は無いと思う。
その後いスサノオからめっちゃ怒られて訓練場を1人で作り直したのは良い思い出だ。
それに教えるのも下手なので常に後ろの椅子に座って見学をしている状態だ。
しかし魔法をイメージをする為に役立つアニメや漫画の紹介は得意なので俺のクラスだけは他と違って魔法の射程は倍以上まで伸びている。
ちょっとオタク予備軍と腐女子予備群を作ってしまった気はするけどそれは些細な事だろう。
その情熱を魔法に込める事が出来れば更なる威力の増加に繋がるはずだ。
そして周りから聞こえて来る声を無視すると、可能な限り魔法を細く圧縮して範囲を絞りそれを的に向けて放った。
すると火の魔法はまるでアニメに出て来る荷電粒子砲の様に鉄の的を水飴の様に溶かし、その先まで貫通して穴を空けてしまった。
あまり持続させるとその先にある建物も貫通してしまうので適度な所で止めておくけど、ちょっと格好良いので撃っても良い相手に打ってみよう。
「次は風にするか。」
ただ的は溶けて地面や壁に飛び散ってしまったので横に移動して別の的を狙う。
こちらは普通の鎌鼬でも良いだろう。
そして放たれた魔法は鉄の的をピザの様に分割して地面に落とした。
すると横で見ていた連中が目を見開いているけど何を驚いているのだろうか。
ダンジョンで60階層を過ぎるとこれくらい出来ないと魔物が装備する防具に弾かれてダメージを与えられないんだけどな。
「次は水だな。」
でも、さっきみたいにただ飛ばすだけだと芸が無い。
俺はピアノ線の様に細い水の糸を飛ばすと縦横無尽に動かし的を切り裂いて見せた。
きっと周りから見れば何かが光ったかと思えば的がバラバラになった様にしか見えないだろう。
この感じならココノエ先生も使えそうなので今度試してみよう。
職業補正で俺よりも上手く使えるかもしれない。
「最後は土だな。」
ただ土の場合は攻撃だけだと威力の判断は難しいので石壁を作り、そこに先程を上回る火の魔法を放った。
『ゴーーー!』
「「「うわーーー!」」」
すると発せられる熱と衝撃波が周囲で見ていた者達に襲い掛かり、その頭を若干のアフロヘアーに変えてしまった。
別に狙ってやった訳では無いけど見なかった事にしておこう。
アレは俺には直せないから時間が解決してくれるのを待つしかない。
ちなみにクスノキさんは俺が常にシールドでガードしているので熱も衝撃も伝わらない様にしてある。
そうでなければ俺の近くに居るだけで全身に火傷を負っていただろう。
そして土魔法で作った壁は赤熱しながらもちゃんと元の形を保っている。
五行においても土は火に優位性があるのでそれが作用しているのだろう。
「これくらいで良いですか?」
「はい。色々と分かりました。それでは測定は終了ですのでこちらへどうぞ。」
「了解です。」
そして来た時と比べて静かになった訓練場から元の建物へと戻って行った
これで測定は終わりらしいけど結果が悪くて降格しても全く問題ない。
既に戦闘許可証、魔法使用許可証、特殊医療行為許可証を別に持っているので無くても良いくらいだ。
ただ月に一度は催促の通知が来るので更新をしておけばそれが無くなるくらいだろう。
そして最初の受付に戻ると俺はその近くのベンチでしばらく待機する事となった。
クスノキさんは奥の部屋へと向かって行ったのできっと審査をしているのだろう。
そして、しばらくするとお盆に1枚のカードを乗せてこちらに戻って来た。
「ハルヤ様。こちらへどうぞ。」
「はいは~い。」
受付の前まで来るとそこには月の絵が描かれた黒いカードが乗せられていた。
それは俺が渡した木札と同じデザインをしていてアマテラスではなくツクヨミを示している。
組織のシンボルはアマテラスである太陽なんだけど、アイツは俺に馬鹿な事をしたので俺だけ特別に月をシンボルにしてもらっていた。
今はどうかは知らないけど以前と同じだとすればこのカードは俺専用と言う事になる。
「カードは九十九ゲン様の指示で太陽ではなく月にしてありますが宜しかったですか?」
「助かります。太陽にはあまり良い思い出が無いもので。」
「それとランクに関してはこの度も最上位となります。以前と同じように特殊な事例があれば協力要請を打診しますがそちらも宜しいですか?」
「構いません。その手の情報は率先して回してください。」
「分かりました。それとこの登録証を使えば組織の裏サイトにもアクセスが可能です。特殊な装備の購入や素材の売却なども可能ですのでご利用ください。」
「商売熱心ですね。」
するとクスノキさんの視線がちょっと逸れてあからさまに瞬きの回数が増えた。
どうやら俺についての情報を少なからず持っているようだ。
「その・・・2年前に九十九にシェアを奪われて世界2位となってしまいまして。噂ではあなたの尽力が大きいという話ですが。・・・いえ、忘れてください。今のは受付として過ぎた発言でした。」
すると切実な顔で理由を話していたけどすぐに言葉を切って頭を下げて来る。
ただ今の状況では愚痴の様な思いが口から出ても仕方ないだろう。
それに関しては既に許可は貰っているのでここで素材を売るのも問題にはならない。
「気にしないでください。そろそろこっちにも卸して良いとトウコさんからも言われてますから。ついでだから査定を頼もうと思います。お金は後で振り込んでおいてください。」
「は、はい!ありがとうございます!!」
そう言ってクスノキさんは今度は嬉しそうに立ち上がると何度も頭を下げてお礼を言って来る。
その様子に周りからは変な目で見られているけど、話を聞いていた同僚や事情を知っている人は人知れず拳を握ってガッツポーズを取っている。
きっとボーナスとかにも響くんだろうな。
「それではアチラが買い取りカウンターになります。」
「色々ありがとうございます。また来た時は指名させてもらいますね。」
「いつでもお越しください!」
ちなみに組織には担当制度があってそれは個人の評価に直結している。
もし評価が高かったり、売り上げに貢献している人物の担当になれば自然とその人の組織に対する貢献度が上がって給料に上乗せされる仕組みだ。
そして俺が離れて少しするとクスノキさんは周りの同僚から揉みくちゃにされていた。
きっとこの夏のボーナスは今までに無い程の金額になるだろう。
「こんにちわ。」
「お、どうした坊主。」
俺が買取所に行くと気の良さそうな20代ほどの男性が受付をしていた。
そして笑みを浮かべてカウンターから出て来ると俺の前にしゃがんで目線を合わせてくれる。
どうやら子供相手でも邪険にしない性格のようだけど、この人は何処かで見た事が有る様な・・・。
そう思って胸の名札を見ると御堂 昴と書いてある。
確か暁のあるモールの1階に以前の時にはブギーという安い装飾品店があった。
ただ以前と言ってもまだ未来の話なので今は存在していない。
最初の頃にはそこで大量のアクセサリーを購入して実験に使わせてもらった記憶がある。
教師になってからも生徒が装備するには御手頃なので備品として大量購入していた。
そこの店長がミドウと言う名前だったけど、もしかするといずれは独立を考えているのかもしれない。
「素材を売りに来ました。クスノキさんには支払いは送金してもらえるように了承を取っています。」
「ああ、分かった。それなら鑑定後の明細はあっちに送っとくよ。それで何を持って来たんだ?」
今回は最初なので70階層付近のドロップで良いだろう。
ダンジョンが出来て5年も経つけど一般に解放が始まったのは1年前からだ。
それ以前から俺達がダンジョンから持ち帰って来た素材で商売をしている九十九に黄龍が勝てるはずがない。
素材の性能は深く潜ればそれだけ向上するので浅い階層の素材しか手に入らなければ勝負にすらならないからだ。
今回のトウコさんの許可も敢えて競争相手を作る事で独占と生産者のマンネリ化を防ぐ意図がある。
何でもトップを独走し過ぎると怠け癖が付いて良いアイデアを出さなくなるそうだ。
「それじゃあコチラをお願いしますね。」
「おいおい!マジかよ!」
俺は声を掛けてから剣を100本、槍を100本、皮系素材と植物系素材を山にして出すとカウンターの横に積んで行く。
これだけあればこれから試行錯誤するには十分なはずだ。
剣や槍などは金属としての価値以前にこれを溶かして作った武器には高い攻撃力がプラスされる。
皮系は防御力に、植物系は魔法の強化装備になる。
上手く使って素材の回収を黄龍でも出来る様になれば少しはシェアを奪い返せるだろう。
ダンジョンに入って戦っている人の中には九十九よりも黄龍の装備に愛着がある人も多いらしいから、そういった人達も喜ぶはずだ。
「では、お願いしますね。」
「あ、ああ。任せておけ。」
そしてミドウさんは素材を収納するとそのまま奥の部屋へと消えて行った。
きっとあの調子なら今日は徹夜の作業になるかもしれないな。
俺はそのまま背中を向けると皆が見学している裏庭の方へと向かって行った。




