28 ヒッチハイカー
バスで移動をはじめて落ち着いてきたところで俺は現状の説明を行った。
それ程たくさんの事を知っている訳ではないけど敵の事を知っておくのは重要な事だ。
特に普通の人では戦っても勝ち目が無い事だけは理解してもらわなければ今後無駄な死人が出るだろう。
そして誰もが俺の説明で不安に頭を抱えていると運転中であるクラタの母親・・・名前を藍子というらしいのだけど話しかけて来た。
「言われてすぐには信じられないけど納得するしかない事が幾つも起きてるものね。」
「いきなり言われてもそれが普通だな。俺なんて最初にメッセージが来た時は神じゃなく悪魔か宇宙人のどちらかに何かされたんじゃないかと思ったからな。」
「ふふ、アナタでも冗談を言うのね。」
本当の事なんだけど今の状況で笑えるなら大したものだ。
後ろの連中は恐怖に委縮して声も出さないでいる。
そしてバスは順調に走り続けて4時間ほどが経過したが周囲には灯りはなく真っ暗な闇が広がっている。
バスのライトはその中にある道路を照らし出しながら俺達に港までの道を教えてくれていた。
夜のせいでそれ程速度は出ておらず、60キロと言ったところだがナビゲーションもないので道を逸れてしまえば戻れる保証もない。
するとかなり離れた所にハザードを付けた車が止まっているが、このまま進めば傍を通る事は無いだろう。
恐らくは少し先に交差点があってそこから分岐した道を戻った先に停車した車があるはずだ。
「あれって誰か居るのかしら?」
「さあな。それよりも先を急ごう。あまり時間も無いからな。」
しかし俺達が近くまで来た時に発煙筒の光と煙が上がった。
それは要救助者が居るという知らせであり、助けを求めている合図でもある。
「誰か居るわ!」
そう言って少し先にある交差点を曲がってアイコさんはその車に向かって行く。
俺はまた時間のロスかと溜息をつくと頭を掻いて席に座り直した。
おそらく、このお人好しな性格は死んでも治らないだろう。
そして近づくとスキルの1つに確かな反応があり、俺は到着と同時に立ち上がると飛び出していきそうなアイコさんの腕を掴んで外に出るのを止めさせた。
「何よ止めないで!」
「俺が行くからお前はここに居ろ。出来れば頭は低くしてろよ。」
「何言ってるの!」
「良いから残れ。」
俺は彼女を通路に突き飛ばすと扉を開けて外に出た。
すると発煙筒を持った男が此方へと近づいて来るけどその後ろにもう2人居り、先頭の男の影になっているのであまり見えない。
バスの方に視線を向けると怒った顔のアイコさんが此方をジッと見ているので何をするのか気になっているようだ。
そして前に視線を戻すと発煙筒を持った男が話しかけて来た。
「よう少年。いい車に乗ってるね。みんな逃げて来たのかい。」
「まあ、そんな所だ。そちらはどうしたんだ。車の故障か?」
「そうなんだよ。良ければ一緒に乗せてくれないかな。」
相手の喋り方はとても落ち着いていてまるで危機感を感じさせないが、だからこそおかしな印象を受ける。
少し前に水とガソリンを分けた一団は焦りと焦燥を顔に張り付かせていた。
この道を行くならそういった車を何台も見てきて状況も少しは分かっているはずだ。
こんな普段通りの態度でいる事こそが今の現状では異常と言える。
「駄目と言ったら?」
「ははは、面白い少年だね。君って中国人?それとも日本人かな。お兄さんたちの言うこと聞かないと死んじゃうよ。」
「ヒャッハ~。」
すると男の影に半身を隠していた別の男が飛び出し俺にライフルを向けて来る。
「この国はアメリカほどには銃の所持者が居ないと聞いていたんだけどな。」
「少ないだけで居ない訳じゃあいだろ。」
確かにガンショップもあるし、牧場など害獣に対応しないといけない職業の人は持っている事もあるらしいからおかしくはない。
日本でも猟師は居るし趣味で資格を持っている人も居るが、こういう理由で索敵スキルが働いたようだ。
バスの方からは悲鳴が上がっているのでこの状況はしっかり見えているだろう。
あまり時間を掛けるとアイコさんが飛び出してきそうなのでとっとと片付けてしまおうと思う。
「それじゃあ、バスへ一緒に行こうか?」
「おい、コイツ一人くらい殺しても良いだろ。女さえ残ってりゃ問題ね~よ。」
「バカかお前。バスの中に銃を持ってる奴が居たらどうするんだ。こいつは人質なんだよ。それにお前が連れてる女を殺したからこんな面倒になってるんだろうが。」
そう言って男を怒鳴り付けると銃を持った男が先頭になってこちらに向かって来る。
俺は無言で腰のナイフを抜くと威嚇の意味も込めて軽い素振りをして見せる。
それを見て男達は顔を見合わせて笑い合うとその場で歩みを止めた。
「ハハハ、勇敢な少年だね。これが見えないのか。」
「ギャハハ、やっちまおうぜ。オイ。」
「なら俺がやろう。」
すると3人目の男が横にそれると次の瞬間には発砲音が鳴り響き銃弾が襲い掛かって来た。
俺はそれを正面から受け止めると僅かに後ろへと下り、初めて撃たれたけど痛みもなく衝撃も感じない。
ただ、ベクトルの力が働いて後ろに動いた程度だ。
先日のダンジョンで魔物たちはこんな感じで後ろに下がらされていたのだろう。
しかし俺がまだ立っているのを見て3人の男達は驚愕の表情を浮かべている。
すると落ち着いた感じの男は仮面を捨てて他の2人へと命令を下した。
「何やってやがる!こいつは化け物だ!早く殺しやがれ!」
「ウアアーーー!!」
「死にやがれバケモンがー!!」
どうやら魔物との戦闘経験はあるらしく、俺に攻撃が通用しない事で魔物と勘違いされたみたいだ。
まあ、普通に銃弾を受けて立っていたら以前の常識から言っても化け物なのは否定しない。
俺はナイフを手に距離を詰めると銃を撃つ二人の首を飛ばし指示を出した男の首を掴んで締め上げた。
「グフッ。」
「お前らはここまでどうやって来たんだ?」
「く、車を奪ってだよ。」
「女とは誰の事を言っている。」
「か、家族で乗ってたから親は殺してトランクに詰めた後、女は『ゴキ』・・・。」
「そこまで話せば十分だ。」
俺は男の首を握りつぶすと足元に捨て、止まっている車へと向かって行った。
「確かトランクとか言ってたな。」
見ると車には後部トランクがあり鍵が掛かっている。
面倒なのでスキルを全開にして無理やり開くと中に押し込められた夫婦の死体があった。
いたる所に銃創があり何発も撃たれた末に死んでしまったようだ。
パーツも足りない様なので生き返らせるなら中級蘇生薬が必要になる。
そして後部座席を見ると血を流して死んでいる15歳くらいの少女が居た。
服の前は大きく引き裂かれ何をされたかは簡単に想像がつく。
俺は彼らを抱えるとバスへと向かい歩き出し、到着するとバスの前に横たえて声を掛けた。
「オメガ、中級二つと下級1つ。」
「ワン。」
するとオメガは蘇生薬を取り出すとそれを口で投げ渡してくれる。
俺は連れて来た3人に蘇生薬を振り掛け生き返った事を確認すると再び担いで中に入って行った。
「オメガ、毛布。」
「ワン。」
何とも最初は不安しかなかった相棒だけど、想像以上に頑張ってくれている。
人もだけど犬も見た目によらないみたいだ。
「あの・・・ハルヤ君。」
俺が連れて来た3人を席に座らせているとアイコさんが後ろから声を掛けて来た。
しかし、今の彼女に先程までの元気はなく声も小さくて今にも消えてしまいそうだ。
俺は彼女に顔を向けると3人を親指で示した。
「良かったな3人救えたぞ。」
「そ、そうだけど・・・。」
「こんな状態だ。あんな奴らが居てもおかしくない。後悔するくらいならコイツ等を救えた事を喜べ。誇れ。まあ、あそこの3人は助ける価値は無いけどな。」
俺はそう言って話を切るとバスの扉を閉めて席に戻った。
すると彼女からは「ありがとう」と小さな声が聞こえてくる。
オメガも飼い主が少し元気になったので嬉しそうに尻尾を振っている。
そしてバスは再びその場を離れ港へと走り始めた。
そして、しばらくすると再び故障した車が現れたのでアイコさんは警戒して俺に声を掛けてくる。
「どうするの?」
「通り過ぎてから止まってくれ。今回は反応が無いから大丈夫だ。」
通り過ぎる時に視線を向けると男が紙に字を書いヒッチハイクの様なポーズを取っている。
書かれているのはダーウィンなので目的地は同じだろう。
ただ、その下にはちょっと面倒な事が書かれていた。
「アイコさんはもちろん出産の経験はあるよな。」
「当然でしょ。こう見えても仕事してないと暇なの。助産婦の資格も持ってるのよ。」
「それは丁度良かった。さっき男が持ってた紙に『妊婦在り、医者求む』とも書いてあった。連れて来るから準備を頼む。オメガに言えば毛布やタオルくらいは出してくれる。」
「わ、分かったわ。」
アイコさんはそう言って客席に向かって声を掛けた。
「みんな聞いて。今から妊婦さんが来るから席を開けて。」
すると前に座っていた人たちは何も言わずに頷くと後部座席へと移動していく。
しかし、このバスは旅行会社が使っている様な内装なので座席間はあまり広くない。
座席を倒せると言っても少し狭そうだ。
「椅子があるけどスペースは足りてるのか?」
「そうね・・・。このバスだと少し狭いかもしれないわ。」
ならばと俺は空いてる席に手を掛けると全力で引っ張って引き千切った。
そして2人が並べるくらいのスペースを作ると飛び出している部分をナイフで切り取って綺麗に整える。
「これ位で十分か?」
「ええ、大丈夫よ。でも、出産に時間が掛かったら間に合わないかもしれないわ。来る時に出産は初めてか確認して頂戴。」
「分かった連れて来るから準備を頼む。」
俺はバスから降りるとそのまま車の前にいる男の許へと向かって行った。
「何人いるんだ?」
「3人だ。息子が一人と破水した妻がいる。」
「バスの中で準備をしている。悪いが医者じゃなくて助産婦がいるだけだ。それと運転できる人間がアンタしか居ない。気になるだろうが安全運転で少しでも港に進んでくれ。」
「分かった。妻を連れて行くから息子を頼む。」
そう言って男は奥さんに肩を貸して車から降ろすとバスへと向かい歩いていく。
そして俺は後ろでそれを見守る幼い子供に声を掛けた。
「生まれるのは弟か?それとも妹か?」
「妹だよ。」
するとはっきりとした声ではあるけど短い答えが返って来る。
初対面なためかそれとも人種が違うからか俺を警戒している様だ。
「妹か。俺にも妹が居るんだ。お兄ちゃんならしっかり守らないとな。」
「当然だよ。みんな僕が守るんだ。そう精霊様と約束したんだから。」
(精霊様ってなんだ。この土地にある信仰の対象か何かか?)
「そうか。なら頑張らないとな。みんな待ってるから行くぞ。」
「うん!」
そしてバスに向かっていると俺達の足元に蛇がやって来た。
すると突然の事で驚いたのか俺の足に向かって牙を立てる。
しかし俺に噛みつけるはずもなく、胴体を捻った蛇はその標的を隣を歩く子供へと移した。
するとそちらも同様に牙が刺さらず、蛇はそのまま逃げる様に去っていった。
「大丈夫なのか?」
「ん?何かあったの?」
子供は俺の言葉の意味が分からなかった様で首を傾げて見上げて来る。
無痛症という病気があるけど血も出ていないのでそういうものではなさそうだ。
「いや、気にしなくていい。そう言えば名前を聞いてなかったな。」
「僕はリアムっていうんだ。お兄ちゃんは?」
「俺はハルヤだ。」
そして互いに自己紹介をしてバスに乗り込むとリアムの父親を運転手にして再び進み始めた。
速度は遅いけど目的地には近づいているので進まないよりはマシだろう。
もうしばらくすれば朝が来るのでそうすれば速度も上げやすくなる。
それに船の出発にはあと1日あるので今日中に到着すれば大丈夫なはずだ。
俺は白み始めた空を見ながら残りの道程でトラブルが起きない事を祈るのだった。




