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278 買い物

俺達は現在、水着を購入したモールへと来ている。

少し遅れたけど皆に婚約指輪を送るためにここへとやって来た。

だからその顔には大輪を思わせる笑顔を浮かべ、周囲で擦違う人もそれに当てられて笑顔を浮かべている。


そしてエレベーターに乗ると人の少ない上の階層へと到着した。

ここに居る人の一部は裕福層と言える人達でブランド品の置かれている店へと向かっている。

横には綺麗な女性を同伴させている者も居てプレゼントでも買いに来ているのかもしれない。

それ以外にも若いカップルなどが装飾品の置かれている店を見て回っている。

俺達の目的地は既に決まっているので少し進んだ先にある暁の前までやって来た。


「ここはあまり変わらないな。」

「外から見たら喫茶店みたいだよね。」


ここの外観は少し昔の喫茶店みたいな感じだ。

木枠の窓に小さな窓が複数並んだ木の扉。

室内なのに入口の上には透明感の無い半円状の赤いヒサシが付けてある。

店内は落ち着いたオレンジの灯りで照らされ、全体的に落ち着いた雰囲気を感じる。

それは周りの派手にライトアップをされているお店に比べると暗くみすぼらしく見えてしまうのかもしれない。

しかし俺達は扉に手を掛けると迷う事なく中へと入って行った。

そこには以前と変わらない雰囲気の空間が広がり、横のテーブルでは今はまだ若い副店長のトモエさんがのんびりとカップを傾けている。


「こんにちは。」

「こんにちは。あなた達が話のあった子達ね。話は直接聞く様にって店長から言われてるわ。」


この時はまだ電車で出会ったあの御婆さんが店長をして居るそうだ。

この後に腰の悪化や加齢によって引退していたけど、今はまだ現役で働いている。

ただそろそろ引退を考えているらしく俺達に1つのお願いをしてきた。

ようは今回の事は店長を任せられるかの最終試験と言う訳だ。


「それなら話に入りましょうか。俺達は買い物と1つの依頼をしに来ました。」

「買い物と言う事はここで買える物で良いのかしら?」

「でも、場合によってはオーダーメイドになるかもしれません。」


俺はそう言って事前に書いておいた紙を取り出した。

それにはアズサとアケミ用にルビーとダイヤモンドの嵌っている指輪と、ユウナ用にエメラルドとルビーの嵌っている指輪を注文したい旨が書いてある。

ちなみに俺のはダイヤモンドとルビーとエメラルドが嵌っている物だ。

そして3人の指輪に何故2つ付いているかというと、以前と今で誕生日が違うからだ。

1つの指輪に2種類の誕生石を嵌める事で失くしてしまった誕生石の代わりとさせてもらった。


しかし、こんな物は市販では売っていないだろうけど簡単な加工ならば店に居る錬成師でも行う事が出来る。

そして、この店でその技能とスキルを持っている人がこのトモエさんと言う訳だ。


「それならデザインを決めて形を整えましょうか。」

「「「はい!」」」

「あれ?君は参加しないの。」


するとさっきまで話を進めていた俺から返事が無かったのでトモエさんは首を傾げている。

しかし残念だけど俺の出番は一時終了なのでバトンタッチと一緒に説明も任せる事にした。


「ハルヤはその辺の事が苦手なんです。」

「壊滅的だよね。」

「流石に私も月に顔を付けて目に誕生石の嵌った指輪はちょっと・・・。」


そう言って俺が事前に書き出しておいたアイデアノートを取り出して見せている。

それを見てトモエさんは口を押えて笑いを堪えてノートのページを捲っていく。

なんだか黒歴史が明かされて行くみたいで凄く恥ずかしいので、逃げる様に席を立つとその場を離れて行った。


「で、でも・・・プッ!アイデアは悪くないと思うわよ。月をモチーフにした陰陽太極図とかは今の子には流行りそうね。」

「いえ、月はちょっと。」

「家には月を象徴する人が居るしね。」

「ある意味で被ってしまいます。」

「う~ん。好みが難しいのね。ならスズランならどう?外国では花嫁さんや相手にスズランの送る風習もあるのよ。あ、でも皆にはまだちょっと早いかな。」

「それで良いです。」

「婚約指輪だしね。」

「解消しないので結婚指輪でも良いのでは?」

「「それだ!」」


そしてトモエさんは少し困り顔を浮かべながらも俺に視線を向けて来るので、これは今の話は本当かという確認の意味だろう。

それに対して俺は笑顔で頷いて返すと驚いた顔を返されてしまった。

まあ、3人は美少女なので当然と言っても良いだろうけど、大人になればきっと凄い美人になるだろうから相手は選び放題だ。

それがこんな早い時期から俺と婚約すると断言していればこの反応も当然に思える。

しかし一夫一妻の制度が今回もちゃんと改善されるかは心配が残っている所だ。

それにしても何か言われるかと思っていたけど子供だからかトモエさんも頷いて何も言って来ない。

きっと個人の事情に踏み込む事を遠慮してくれたのだろう。


「それなら逃げられない様にしっかりとした物を作らないといけないわね。」

「「「よろしくお願いします!」」」


重婚になるのに反応がそっち寄りなの?

てっきり見た目は玩具みたいなのを作られるのを覚悟していたのに意外な反応と言える。


「それで材料はどうしようか?」

「リングは純金にしてもらえますか。」

「花の部分はスズランだからプラチナが良いな。」

「それで宝石は花の上にあしらってくれると良いですね。」


するとトモエさんは3人の意見を参考にして指輪の形状を紙へと書いていく。

そのまましばらく話し合いが続いて形が決まると指のサイズを計り形を整え始めた。

どうやらリングは既存の物があるようで、それを取り出してスキルで整えていくみたいだ。

内側には小さな文字でしっかりとフルネームが書き込まれているので誰の物かもすぐに分かる。

そしてプラチナで作られている糸が取り出されるとそれを指輪に近付けて溶着し、白く小さな花を作り上げていく。

そこが完成すると花の部分に窪みが作られ、一旦作業を終了して確認の為に見せてくれた。


「これで良いかしら?」

「バッチリです。」

「やっぱりここにして良かったね。」

「大満足です。」


3人はそれぞれに納得の声を上げると最後の仕上げに入った。

ただし、そこに嵌まるのはこの店で準備してもらった宝石ではなく、俺が皆に提供した物を使ってもらう。

実は最近になって気付いたけど魔法を使えば宝石の形を操作して好な形状にする事が出来る。

土や岩を操作するのと違ってかなりの魔力が必要との事だけど3人にとっては余裕な事だった。

ちなみに俺がやると宝石が砕けてしまったので繊細な魔力操作も必要なのだろう。

アズサ達はそれぞれに準備していた宝石を取り出すとそれをトモエさんへと差し出した


「すみませんがこれを使ってもらえませんか?」

「構いませんが・・・綺麗に整えられているわね。もしかして以前にも作った事があるの?」

「いえ、魔法を使って自分達で整えました。」

「そうですか・・・。一応言っておくけど魔法を使えてもそんな事が出来る話を私は聞いた事が無いのよ。あまり周りには言わないようにね。」


トモエさんがやんわりと忠告をしてくれているけどそこは仕方が無いだろう。

恐らくこの地球上に生息している人間でそんな事が出来るのはアズサ達だけだ。

他に可能性があるとすれば特殊なスキルや称号を手にした者くらいだろう。

話を聞いた感じではレベルにして80以上は必要になりそうな感じなので出て来るとしてもダンジョンが出来てしばらく経ってからの事になりそうだ。

そして、それが分かっていて明かしているのも、もう一つの依頼に関係がある。

なので、これからは再び俺も話に参加させてもらう事にする。


「それについてはしばらく他言無用でお願いします。それで今の作業はすぐに終了しますか?」

「大丈夫よ。後は宝石を嵌め込むだけだからすぐに終わるわ。」


そう言っている間にも1分も掛からずに1つの指輪が完成した。

これで残り2つのリングも作り出して指輪に嵌めれば作業は終了する。


「今回は技術料と材料の使用量。それと紹介という事で1人15万円と言ったところね。」

「それならこれでお願いします。」


俺はそう言ってスマホを取り出すとそれをカウンターにある支払い端末の上に翳した。

それを見てトモエさんもスマホを操作するとすぐにお金が引き落とされ1つの仕事が終了する。


「それとこれが収める為の箱ね。どうするの?ここで渡す?」

「そうします。」


俺は指輪を1つ受け取るとアズサも嬉しそうに頬を染めて左手を俺の前に翳してくれる。

その左手を下からそっと支えると今は細い薬指へと指輪を通した。


「待たせて悪かったな。これで俺達は互いのモノだ。」

「ありがとうハルヤ。大事にするね。」

「ああ。俺も今度は失くさないようにするよ。」


そしてアズサは指輪の嵌っている手を顔の前に持って行って嬉しそうに眺めている。

そして次に指輪を手にするとアケミの出している手を取って指へと嵌めた。


「今回は兄妹では無いけどお前は今も俺の妹だ。これからもずっと愛してるからな。」

「私もお兄ちゃんのソウルシスターとして頑張るからね。それに今はこれはこれで楽しいよ。好きでも近過ぎると見えない事もあるからね。」

「そうか。今後もお手柔らかに頼むぞ。」

「ナハハ~!それは保証できないかな~。」


そう言って笑いながら手を放すと楽しそうに下がってユウナの許へと向かった。

そして入れ違う様にユウナが出て来ると少しだけ表情を暗くしてしまう。


「私は皆よりも繋がりが薄いです。でもお兄さんが好きな気持ちで負けた事はありません。」

「知ってるよ。だからユウナの事も愛してるんだ。それにいつもは後回しにしてるから今日は一番最初にこうしておこうかな。」


俺はユウナの前に立つとその唇を優しく奪ってやる。

それには流石のユウナも驚いているのでその隙に素早く指輪を嵌めてやった。

ただ、ユウナはすぐに反撃に出て俺の口へと柔らかい舌を差し込んで来る。

それを見て後ろでアズサとアケミが吠えているけど横で見ていたトモエさんは軽く微笑んで口元に手を当てているだけだ。

今後はこうして順番を変えて何かをしてやる方が良いだろう。

そうしないとユウナの様な不安が皆へと広がってしまうかもしれない。


「お兄さんはいつも狡いですね。」

「俺は悪役がお似合いだから当然だろ。」

「そうですね。お兄さんは悪い人です。だから私も悪い子になってもう少し口付けを・・・。」

「狡いのはアナタよユウナ!ハルヤの事を全然疑ってないくせに!」

「お兄ちゃんはこういう時のユウナに甘すぎるんだよ!女は魔物より怖いんだから気を付けないとダメ!」


するとアズサとアケミから何故か怒られてしまい、ユウナは言われてすぐに俺から離れて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

どうやら、さっきのはユウナに上手く騙されたみたいだ。

でも今の事はある意味で考えさせられるものだったので俺の考えに変わりはない。

やっぱり全員を一度に愛していても体が1つだから難しいな。


「そう言えばキメラのスキルを使えば4人までは一度にキスが・・・。」

「それでキスされても嬉しくないからね!」

「あの時はあの時なんだからお兄ちゃんは乙女心をもっと勉強してよ!」

「なら私が4つを独占しても良いですね。」

「「そういう意味じゃない!」」


せっかくの静かな店内も恋する少女達の前ではその雰囲気も一瞬で粉砕されてしまう。

他にお客さんが居ないから良い様なものだけど、そうでなければ注意しなければいけない所だ。


(やれやれ、何時まで経っても3人は美少女のままだな。)

「楽しい子達ね。」

「そうですね。敢えて訂正を求めるなら楽しい美少女たちです。」

「アナタも相当変わってるわよ。それよりも、もう1つ話があるのでしょ?」

「そうでした。それでは簡単な依頼ですがこの宝石に会うネックレスを作ってもらいたいんです。」


そう言って俺はアズサ達が形を整えた原石を4つ取り出した。

1つはダイヤモンドで2つはルビー。

そして最後に取り出したのはエメラルドだ。

全てがかなりのサイズがあってしかも整形しているので既に形が整っている。

なので今の段階でもトウコさんが持ち込んだ物よりも遥かに大きい。

しかも形を整える過程で表面のクスミや内部の濁りや気泡などは除去してある。

これだけの物を手に入れようとすれば原石なら2倍~3倍の物が必要になるだろう。


するとまさか俺がこんな物を取り出すとは思っていなかった様でトモエさんは笑顔のまま完全に固まってしまった。

ちなみにこの内訳はダイヤモンドがアズサでルビーがアケミとユウナ。

エメラルドはこの店の客寄せ用だ。

もし加工から入れば凄い金額が掛かるだろうけど、周りを飾るための装飾なら億は掛からないだろうと聞いている。

最初はアンドウさんに任せた方が安いかもと思っていたのだけど依頼を受けた以上は仕方ない。


「それで、これを飾る為の周りの装飾を依頼したいのですけど。」

「わ、分かりました。こちらで依頼を出して置きます。」


そう言ってトモエさんはおっかなびっくりと言った手付きで宝石を仕舞い契約書を作成してくれた。

ただし、この宝石にはちょっとした細工がしてある。

その準備の為に少し時間が掛かってしまったのだけど取り越し苦労である事を願おう。

そして依頼を終えた俺達はそのまま店を後にして家へと帰って行った。


その後、俺達は夏休みをしっかりと満喫し、ダンジョンで皆のレベル上げを行ったり、外来種を捕獲しまくったりと十分に楽しんで夏を終えた。

そして秋も深まる頃になるとようやく依頼していたネックレスが暁に届いたという知らせを受け引き取りに向かった。


「それではこちらが依頼のあった4点です・・・!?」


そう言ってトモエさんは厳重に収められている箱を空けて中身を見せてくれる。

しかし、そこにあるのは明らかに俺達の渡した宝石ではない。

アズサのダイヤモンドはそのままだけど、アケミとユウナの為に作ったネックレスには良く出来たガラス玉が嵌められている。

見た目や色はそっくりだけど俺の鑑定は誤魔化せない。

それはトモエさんも一目で気付いた様で声に焦りが見える。


「あの!これは何かの手違いです。すみませんがすぐに依頼した工房へと確認してみます。」


そう言ってトモエさんは一目散で裏へと消えて行った。

ただ、あの距離なら扉を閉めていても会話を聞く事は容易い。


「・・・そちらから送られて来た商品が明らかに違いますがどういうことですか!?」

『我々は送られて来た物を嵌めて送り返しただけですよ。言い掛りは止してください。そちらで入れ替えたんじゃないのですか?』

「おかしな言い掛りは止してください!!」

「なら運送途中ですり替えられたんでしょう。こちらには落ち度が無いので変な事を言わないでください。それじゃ、そちらとの仕事もこれで最後と言う事で。』

「ちょっと待ちなさい!!」


そして通話は一方的な対応で切られ、それ以降は何度かけても繋がる事は無かった。

まあ、あれだけの宝石なので頼む所が悪ければこうなってもおかしくないと思っていた。

それはここの店長であるお婆さんも同じ意見でこれは試験の一環でもある。

ちなみに今回は2つの工房に依頼し、片方は俺達が以前に指輪を購入した時に教えてもらったところと同じだ。

あの後からはアクセサリーの製造はそこだけに依頼していたので噂程度には良く知っている。

どうやらあそこは今も実直で誠実な仕事を心掛けているらしい。


「ちなみにこの場合はどうなりますか?」

「恐らく既に持ち逃げしているでしょうから今から訴えても戻って来るかどうか。」

「それならそっちは諦めてこちらを嵌めてもらっても良いですか。」


俺はそう言って新しいルビーを2つ取り出した。

こうなる事を予想して寸分違わぬ形で予備を準備してある。


「い、良いのですか!?」

「実はあの宝石には・・・まあ、俺の込めた呪いが掛かっているんです。きっと放っておいても勝手に戻ってきますよ。」


ハッキリ言って持ち逃げした奴が生きているかすら怪しい。

俺の掛けた呪いは持ち主である俺の許へと強制的に戻そうと働きかけ、盗もうとする奴に最大の効果が発揮される。

いつ善良な者の手に渡るのかは分からないけど、いったい何人の犠牲者が出るのやら。

これからはテレビのニュースは見逃せないな。


「それよりもこのエメラルドに関してはここで展示してください。少しは客寄せパンダになってくれるでしょう。」

「あの、これにも呪いが?」

「掛かってますよ。でも心配はいりません。盗もうとすれば問題がありますけど、盗もうとしなければ大丈夫ですから。代わりに盗もうとした奴は麻痺してその場で動けなくなるようにしておきますね。」


どうも呪いが消えかけている感じがするので、きっとこれを作るのに依頼した工房で丁重に扱って貰えたのだろう。

それに俺の掛けた呪いを払うとは何らかの特別な力を持っているのかもしれない。

今後も何か依頼があればここにお願いしよう。



その後1年以上の時を掛けて宝石は俺の許へと帰って来た。

しかし呪いは掛けた当初の何倍にも膨れ上がっていて目の前にダンジョンの90階層に匹敵する魔物が居るような気配を放っていた。

壊そうかとも思ったけど地獄の大釜の時と同じように4人で浄化すると呪いは消え去ったので暁の店内に飾られているのは秘密の話だ。


ちなみにこれを手にして持って来てくれたのは教皇だった。

日本に来日したついでに手渡してくれたので、どうやら宝石は海を越えていたらしい。

何でも幾つもの大手企業の経営を傾かせ、手にした者を破滅へと導いたそうだ。

でも手にした者は黒い噂が多い人物だという事で教皇は笑って話していた。


何はともあれ、俺は注文の品を受け取って皆にプレゼントして依頼を終了し、今回の試験では不正を行いそうな工房の炙り出しも兼ねていてお婆さんも喜んでいた。

ただし、まだトモエさんに店長は任せられないという事で試験は失格となっている。

今回の事を考えれば色々と仕方がないだろう。


そして俺達は以前にも増して楽しくスリリングな日常を楽しみながら小学校での生活を面白可笑しく過ごすのだった。

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