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276 外来種 ①

今は夏休みである。

空には燃える太陽が昇り、地面からは陽炎が上がっている。

そして現在その貴重な時間を使ってとある田舎にある田園地帯へと来ていた。


「キョ~カ~ン。何1人でナレーション入れてるんですか~。それよりも今日は何をするんですか~。」


すると何も聞かされていない俺の生徒たちが声を掛けて来る。

ちなみに人数は300人以上も来ていて正確には元生徒たちだ。

ただし職業は警察官、自衛隊員、警備員とそれなりに実戦の経験がある奴等が集まっている。

そして今日集まってもらった彼らにはある問題点がある。

それを改善するためにここへと集まってもらったと言う訳だ。

もしそのスキルを既に持っているなら確実にこんな気楽な態度は取れなかっただろう。


それもこれも俺がアンドウさんにあの話をしたのがきっかえと言える。

そう、それはキャンプから帰った次の日の事だ。

いつもの様にアンドウさんから1本の電話が掛かって来た。


『夏休みだから強化合宿をしないか?』

「強化って俺達は来週から各地を周って亀を取らないといけないんだ。そんな暇があるはずないだろ。」


それでなくても夏休みは短いのだ。

皆の強化ならダンジョンを使えば十分に出来る。

ココノエ先生も結婚資金の調達でやる気を見せているからな。


『亀?あんなのを相手にしても得る物は何も無いだろ。』

「亀は亀でもカミツキガメとかワニガメが相手なんだ。そうだ群生地を知らないか?キャンプに行った時に捕まえた亀が美味しくて皆にも食べさせたいんだよ。」


この話を振った時に俺は気付くべきだった。

アンドウさんが俺のメンバーの強化合宿なんて言い出すはずが無い事に。

最初から俺を教官とするいつもの訓練の話だったのだ。


『それなら良い所を知っているから指定日にここで落ち合おう。』

「分かった。期待してるからな。」


そして俺達はアンドウさんに指定された日時にそこへと到着するとこの有様と言う訳だ。

ついでに集合時間になってもアンドウさんは現れず、1通のメールが届いていていた。


『教官料は前払いで振り込んでおいた。それとそこには万を超えるカミツキガメが生息しているそうだ。地域的にも問題になっているから駆除を任せる。そこに居る奴等は全員が元お前の生徒だが危機感知を覚えていない。それだけ言えば後は分かるだろう。』


と言う訳である。

すなわちコイツ等にカミツキガメの摑み取りをさせれば良いということだ。

奴等の咬合力はここに集まっている連中の指くらいなら簡単に噛み千切れる。

何故かというと今はステータスを持っているのは一般的だけど、俺達の様な異常とも言える防御力は持っていないからだ。

だから亀に噛まれただけでも指とはおさらばとなってしまい落とした指を回収出来なければ部位欠損となってしまう。

今なら治療は出来るけど通常なら金額的な面もあり1万円札が3桁は飛んで行く事になる。

今日は俺が治してやるから良いけど、それでも痛い事に変わりはない。


さて、それならそこから説明するかな。


「それでは今回の訓練を説明する。」


そして俺は空間把握で周囲を探ると数えるのも嫌になる様な数のカミツキガメを発見したので、これなら1人20回はトライできそうだ。

ちなみに溜池については一緒に来ているアズサ達が担当している。

ここに居る生徒たちには用水路などに隠れている亀の捕獲が今回の役割だ。


「と言う事でこれから頑張って亀を集めてくれ。20匹捕まえた奴から終わっても良いぞ。」

「・・・マジですか?」

「指が無くなった奴は言いに来い。そうそう、腕を噛み切る位デカい奴も居るから気を付けろよ。見つけられない奴は言いに来てくれ。こっちに頭の向いている奴を紹介してやる。」

「「「ギャーーー。」」」

「やっぱりこの人は鬼だったー!」

「最後に良い人なんて思うんじゃなかったわー!」


何やら突然叫び出したけど俺は優しい教官だぞ。

こうして事前に危険性も教えてやっているし、亀が何処に潜んでいるのかも教えてやっている。

アンドウさんなら分かっていても教えず、危険な所に無理やりにでも手を突っ込ませるだろう。

それに今回の事は既にアズサ達も納得済みだ。

亀を駆除した時に自治体から払われる報酬は入らないけど、代わりに亀の肉は総取りにしても良いらしい。

相手方も大量の亀をいきなり持ち込まれても処理に困るから計数後に持ち帰る分は構わないそうだ。


「さあ訓練の始まりだ。存分に亀を捕まえて持って来い!」


すると彼らは渋々と言った感じで亀を探し始めた。

しかし思っていた以上に全員が優秀な様でなかなか悲鳴が上がらない。

これだと1人目を犠牲にして危機感を持たせるという俺の計画が崩れてしまう。

それでも、これだけ人数が居れば不運な者は必ず現れる。

1時間もしない内に悲鳴が上がり、俺の許へと1人の男性が駆け寄って来た。


「ゆ、指をやられました!」

「そうか。それは災難だったな。」


俺はそう言ってサービスで指を生やしてやると笑顔で手を横に振った。


「今何匹だ?」

「3匹です・・・。」

「そうか。あと17匹頑張って来い。」

「あの・・・訓練の中止は?」

「中止にしたいならスキルを覚えるか亀を取り尽くせ。」

「そうですよね~。」


すると男性は諦めたように肩を落とすと亀を探しに向かって行った。

その間にも俺は取り逃している亀を見つけては指示を出して捕獲させていく。

そして先程の悲鳴が効いているのか程よい緊張感が生まれ、顔付きや動きが変わって来た。

その中で次第にスキルを習得する者も出始め、上手く亀の攻撃を躱して捕まえる様になっている。

その代わり定期的に指を噛み切られた者が出たので更に緊張が高まり、この炎天下に青い顔で作業をする者も多い。


「お前は終わっても良いぞ。」

「え、良いのですか?」

「そこのお前もだ。スキルを確認してみろ。」

「は、はい。・・・あ、本当だ!」


今は完全鑑定があるので相手がどんなスキルを覚えているのかも読み取ることが出来る。

ただし自分よりも上位存在である神やレベル100を超えた者は今まで通りに見えても名前だけだった。

なので完全という名前は付いているけど万能ではないようだ。

しかし、ここに居る連中くらいなら見る事が出来るので覚えたと嘘を言って来ても判断は容易く出来る。


「ちなみにそこの事務所に持って行けば1匹1000円で買い取ってくれるぞ。」

「やったー!ならそのお金で今夜は美味しい物が食べられるわね。」

「それなら今夜は一緒に飲みに行かないか?」

「そうね~亀5匹で手を打ってあげるわ。」

「よーし!お前らもどんどん誘って皆で合コンしようぜ!」

「「「オ~~~!」」」


なんだか指を賭けていた時よりも強いやる気が伝わってくる。

男性陣は次々にスキルを手に入れていて亀を取り尽くす勢いだ。


「あ、デカい奴が居るな。」


そんな中で俺は今までに無い程の大きさの亀を見つけた。

ただその形はカミツキガメとは違い甲羅がゴツゴツしているのでどうやら探していたもう片方のようだ。

ただコイツはこの地域で捕獲対象にはなっていても賞金は出ない。

それに危機感知が正常に働いている様で誰も手を出せない様だ。


「そこは俺が取るから他を当たれ。下手をしたら腕ごと持って行かれるぞ。」

「了解です!」

「お任せします!」


そして俺は用水路に入り水の中へと手を差し込んだ。

そのまま斜面から伸びる草の中から硬い感触を探り当てるとそれを掴んで持ち上げて見せる。


「やっぱりワニガメの方だったか。」


今回捕まえた奴は以前の奴よりも大きくて甲羅の大きさが1メートルを超えている。

この辺に生息しているカミツキガメの大きさが最大で50センチ前後なのでどれだけ大物か分かるだろう。

しかし、ここまで大きいと魔物と区別が付かないのでテレビに投稿したらモンスタータートルと呼ばれそうだ。

さすが有名な大怪獣のモデルになっただけはあるけど、コイツは近日中に俺達の胃の中に消える事になるだろう。

すると適当に掴んでいるので長い首を伸ばして大きな口でじゃれ付いて来た。


「うお!スゲー首が伸びてるぞ!」

「でも教官も普通に噛まれてない?」

「よく見ろ。教官は噛まれても服すら破れてねーぞ!」

「あの人は本当に人間なのか!?」


その光景に周りからは驚きの声が上がっているけどコイツは今後の実験に役立ってもらおう。


「お前は生け捕りだな。」

「殺さないと危なくないですか?」

「ハハハ。ジャレ付いてるだけじゃないか。後で臭味を取る実験に使ってから美味しく頂くから大丈夫だ。」

「え!?もしかして食べるんですか?でもそれって亀ですよ!?」


すると周りからは心配や疑問に染まった顔を向けられてしまった。

まあ、見た目は泥だらけなのでその反応も仕方ないかもしれない。

しかし天婦羅や煮しめに入っているレンコンも泥の中で栽培するのだからこれ位はどおって事は無い。

敢えて違いがあるとすれば怒ってじゃれ付いて来る事くらいだ。


「実は綺麗にして鍋にすると美味しいんだ。お前等も料理スキルを持ってる奴に頼んでカミツキガメでも食ってみたら良いんじゃないか。」

「う~ん・・・私も料理スキルは持っていますけどそこまでの効果は無いですよ。」


やっぱり料理スキルがあってもレベルや熟練度で差が出ているようだ。

ハッキリ言ってアズサはまだ7歳だけど1日に100人前の料理を作るとすれば普通の者に比べて30倍の速度で上達しているという事になる。

既に5年ほど料理をしていて以前からのも合わせるとそれだけでもかなりの期間になる。

こうやって考えるとアズサの料理が美味しい理由が分かる気がする。

もしかすると既に新しいスキルに進化しているか、称号を手に入れているかもしれない。


「それなら本気で鍛えてみたらどうだ。もしかしたら新たな扉を開けるかもしれないぞ。それに好きな相手が出来た時に胃袋を掴めるからライバルが居る時には高いアドバンテージが得られる。俺の担任もそのおかげで数日前に婚約に成功した所だ。」


そう言って俺はスマホを操作するとキャンプの時に撮影したコイズミさんの写真を見せてやる。

この人は写真の写りも良いし、笑顔が爽やかなイケメンで女性にウケが良いみたいだから良い刺激になるだろう。

すると周囲で見ていた者達で男女を問わずに手元を操作し始めたので今日の生徒の中には独身者が多いみたいだ。


そして最後の生徒が今日の目的である危機感知のスキルを覚えた所で亀を携えて事務所へと向かって行った。


「こんにちは~。カミツキガメを捕まえて来ました~。」

「ああ、はいはい。聞いていますよ。私はここの担当をしている牧原マキハラです。今日はどれくらい捕まえられましたかね。それと怪我はありませんか?」

「はい。怪我は無いですよ。それに緊張感のある良い訓練になりました。」

「そうですか。お若い方は元気で頼もしいですね~。」

「それ程でもないですよ。」


すると背後で俺とマキハラさんの受け答えを聞いている生徒たちから冷たい視線が注がれてしまった。

しかし俺は聞かれた事に対して嘘偽り無く答えて世間話をしているだけだ。

だって指が無くなった奴も、掌を噛み千切られた奴も、足に噛みつかれて肉を抉られた奴も、今はもう治しているので怪我をしていない。

それに、そんな顔をしているからマキハラさんがこちらに疑いの視線を向けてるじゃないか。

俺は後ろを振り向くと優しく微笑みを浮かべて再確認を行った。


「お前等の中で誰かまだ怪我をしてるのか?」

「「「ノー・サー!!」」」

「なら今の会話に異論のある奴は前に出ろ。このワニガメちゃんが怪我の具合を見てくれるぞ。」

『ガチ!ガチ!』


しかし誰も出て来ないので異論は無いと見ても良いだろう。

マキハラさんも俺にじゃれ付いてくる亀に1歩下がっているので心配事は解消されたようだ。

今の内に名乗り出れば無料で治してやるけど、後日になって医療機関で怪我を治すなら高い治療費が必要となる。

それについても説明済みなので大金を無駄に捨てようとする者は居ないはずだ。


「それならさっそく亀を買い取ってもらうぞ。」

「了解です。なら、俺から行かせてもらいます。」


そう言って男性は20匹以上のカミツキガメを準備されたタライへと乗せていった。

それを見てマキハラさんは驚きながらも笑顔で対応している。

ちなみにここで支払われる賞金は国や県から援助がされているそうだ。

まず国が50パーセントを補助して更に県が40パーセント。

そして地元住民が運営している自治会が10パーセントの負担をしている。

なのでたとえ1万匹持ち込んだとしても自治会が支払う金額は250万円でこの周辺一帯には1万を超える人が住んでいる。

そのため個人が支払うお金は千円にも満たないだろう。

それくらいなら長い間で対策費として溜めたお金で賄えるだろうし、今後はカミツキガメによる心配は激減する。

何せ殆どの亀を根こそぎ捕まえるつもりだからだ。


そしてスマホにより支払いが終わると何故か御爺さんは一仕事終えた様な顔へと変わってしまった。

これからまだまだ出すのにどうしてだろうか?


「危険な仕事をありがとうございます。出来れば今後も定期的にお願いできれば嬉しいのですが。」

「いや、これからは無理ですよ。」


するとマキハラさんの表情が曇り残念そうに肩を落としてしまったので俺の言い出し方が良くなかったらしい。

しかも、この30匹にも満たない数が今回の成果だと思っている様だ。

ただ300人も居たとしてもプロではなく素人なら、そう評価されても仕方ないかもしれない。

だから根本的な所である数の誤解を解消する事にした。


「実はですね。殆どのカミツキガメは今日で居なくなりましたから、しばらくは殆ど見かけなくなると思いますよ。」

「は?それはどういう意味ですかな?」


どう言う意味と言われても、ここには300人以上の人員が揃っているので捕獲を行ったのはこの近辺だけではない。

特に危機感知を早めに覚えて女性との飲み会に浮かれた奴らがこの周辺数十キロの範囲に散って生息していた亀を捕まえてくれた。

それに複数ある厄介な貯水池はアズサ達が担当しているのでそちらも既に駆除が終わりこちらに向かっている。

だから言葉を並べるよりも実際に見てもらった方が早いだろう。


俺はタライに入っているカミツキガメの横に移動すると俺の方で捕まえた奴を山の様に重ねて出していく。

ただ俺1人だけでも500匹近く捕まえたのでそれを見たマキハラさんは驚きと同時に悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。

するとその声を聞きつけて周囲から様子を見に来たのか、畑で働いていた人たちが集まり始める。

そして乗ってきた車から降りると倒れているマキハラさんに駆け寄って声を掛けた。


「どうしたんだ!?」

「あ、ああ・・すまねえ。ちょと驚いちまっただけだ。」


そう言って腰を抜かしたマキハラさんはやって来た人たちに助け起こされて椅子へと座らされた。

しかし傍にある異様な亀山に気が付くと驚きながら数歩下がっていくので、いきなりこんな物を見せてしまったのが悪かったのかもしれない。

それならまずは小さな山から確認してもらおう。


「お前等も間隔をあけて亀を見せてやれ。」

「「「サー・イエス・サー!」」」


それにしてもこの掛け声は誰が教えてるのだろうか?

海兵じゃないんだから普通に返事をすれば良いのにな。

そして疑問とは関係なく、生徒たちもカミツキガメを出して山にして行く。

ただし少ない者で20匹足らず。

多い者になると100匹足らずなので総数で8000匹と言った所だろうか。

中には小型のワニガメも何匹か居るので、そいつに関してはここでは対象外なのでオマケで俺が買い取ってやろう。


「ワニガメは俺の所に持ってこい。背中の甲羅がゴツゴツしてる奴だ。甲羅のサイズが30センチ以下は500円。それ以上は1000円。50センチを超えていれば2000円出してやるぞ。」

「さすが教官だぜ!」

「話が分かるわ!」


すると、さっきまで俺の事を冷血漢だと言っていた口で賞賛を送って来る。

本当にコイツ等はノリが良いのか、その場の流れでコロコロと言う事を変える奴等だ

しかし、その光景を見て新たに現れた人たちの動きが完全にフリーズしてしまった。

長年の間この亀に悩まされて来た人達なのに、この程度で驚いてしまうとは情けない。


仕方ないので書類関係に強いメンバーを集めて計数を行い、後は最終処理として賞金の受け取りだけにしておいた。

するとようやく意識を取り戻した様でまるで夢から覚めたような顔をして俺の所へとやって来る。


「これをお前らが捕まえてくれたのか!?」

「そういう依頼でしたから。それに本命が来ましたよ。」


俺はそう言って空を見上げると仕事を終えたアズサ達が戻って来た。

アケミとユウナは俺の左右に降り立って手を取り、アズサは周りに視線を走らせて満足そうな笑みを浮かべている。

どうやら、これだけの食材が一度に揃った事でアズサの方も満足が出来たみたいだ。

きっと頭の中ではこれからどうやって食べようかと思考を巡らせていることだろう。

なので食欲の権化となっているアズサの方は置いておいて、手を握っているアケミとユウナへと声を掛けた。


「お帰り。そっちの首尾はどうだったんだ?」

「やっぱり貯水池は亀たちの繁殖地になってたよ。」

「一度水を全て浄化し、収納をしてから探しましたから残っていないと思います。」

「そうだな。それで、アレがそうか?」


俺は先程アズサが下りて来る時に持っていた袋を指差した。

それは微妙に動いていて中に生きた何かが入っているのが分かる。


「2センチくらいの子供も多かったからそっちは生け捕りにしてあるの。」

「流石だな。これからの事を想定してくれているとは助かるよ。」

「エヘへ~。」

「もっと褒めてくれても良いのですよ~。」


俺は2人の頭を撫でて褒めてやりながら次に自治会の人達へと視線を向ける。

そして欲しい物も無事に手に入っているので、これからある提案を持ち掛けるつもりだ。

問題は今まで苦しめられてきた対象なので受け入れられるかどうか・・・。

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