273 野外活動 4日目 ②
上空から冷たい空気を取り込み周囲を氷点下の世界にした風の大精霊は水の大精霊へと声を掛けた。
「ねえ、ちょっと手伝ってくれない。奴らを雪で埋め尽くしてやりたいの。」
「そういう事なら協力してあげるわ。」
そう言って水の大精霊はまるで舞を踊る様な仕草で手を広げると空の上を滑る様に移動して行く。
すると周囲から自身と同じ水の精霊たちが集まり始め、それは渦を巻いて広がり始めた。
「さあ私の僕たる水の下位精霊たちよ。踊り歌いて雲を呼び嵐を起こせ。」
すると山の上空に巨大な積乱雲が発生し、吹き下ろされる冷たい空気と合わさり雪へと姿を変えていく。
そして1時間もしない内に山の天候が激変し猛吹雪へと変わり始めた。
「これでどう?」
「私の補助としてはまあまあね。」
「ハッ!1人じゃ何もできないくせに偉そうな事言っちゃって。まあ、せっかくだから私もアナタを利用させてもらうわ。」
「好きにすれば。どうせ大した事は出来ないでしょ。」
そして互いにいがみ合いながら天候を悪化させ、水の大精霊は新たな動きを見せる。
「手が空いている者は集まりなさい。」
すると水の精霊たちは指示に従い上位精霊の前に集まり始めた。
ただ精霊と言ってもここに居る下位に位置する精霊たちに人間ほどの明確な意思は宿っていない。
受け答えは出来ても命令をされれば従うだけである。
「さあ、お前たち。自らが弾丸となり、あそこの家を穴だらけにしてやりなさい。」
すると精霊たちは無言で頷きを返すと自分達が凍る程の寒さの中を直進して行った。
そしてハルヤたちが避難している温泉施設へと到着する頃には拳大の雹へと姿を変え、大砲による集中砲火の様に周囲を纏めて薙ぎ払ってしまう。
その光景に水の大精霊は笑みを深め風の大精霊へと冷笑を送る。
「あら、御免なさい。ちょっとヤリ過ぎちゃったわ。」
「何を白々しい事を言ってるのよ!これじゃあ私の作戦が台無しじゃない。」
「何が作戦よ。そんなにノロノロしてるアナタが悪いんでしょ。残念だけどあの方からお褒めの言葉を頂けるのは私みたいね。」
そして次第に雪煙が消え始めると惨状が見える様になってきた。
するとそこには穴だらけになった(唯一の)燻製機や、ベーコンを作るのに使っていた(唯一の)ダッチオーブンが無残な姿で散乱している。
しかし施設に関して言えば傷一つなく、窓ガラスの1枚すら割れていない。
それを見て水の大精霊は唖然とした表情を浮かべ、風の大精霊は天を向いて大笑いを始めた。
「キャーハハハハ!何あれ。まさかあの程度の事も出来ないで大見え切ってたの!」
「う、うるさい!あの建物がおかしいのよ!普通なら跡形も無いくらいに粉々になってるはずなんだから!」
「ギャーハハハハ!そういえばこの国には捕らぬ狸の皮算用ってコトワザがあったわね。所詮はあなたの力なんてその程度なのよ!そこで大人しく私のサポートでもしてなさい。」
そして今度は風の大精霊が前へと出て来た。
顔には自信たっぷりといった笑みを浮かべ、周囲から風の精霊たちを集め始める。
「さあ、風の精霊たちよ華麗に踊れ!地上を薙ぎ払う渦へと変じ、全てを天空の彼方へと巻き上げよ!」
すると風の精霊たちは互いに手を取り合う様に円を作ると風を纏って回り始めた。
そして、それは次第に渦を作り出し、あらゆる物を呑み込む巨大な竜巻へと姿を変える。
「あんな山小屋なんて吹き飛ばしてしまいなさい!」
そして竜巻はキャンプ場に降り立つとあらゆる物を薙ぎ払い、破壊し、空の彼方へと消し去って行った。
「もう良いわよ精霊たち。」
風の大精霊がそう言って手を振ると竜巻は忽然と消え去り、空には一時の晴れ間が広がった。
そこからは美しい星が地上を照らしており、同時に在ってはならない物さえも照らし出している。
「な!どういうことよ!?」
それを見て風の大精霊は唖然とした表情を浮かべ、水の大精霊は天を向いて大笑いを始めた。
それはまさに先程とは全く真逆の状況であり、先程から観察に徹していた火の大精霊は警戒感を孕んだ視線で施設を睨みつける。
「何アンタ!?あれだけ大見え切ってこんな事も出来ないの!」
「うるさいわね!アナタだって一緒でしょうが!」
「少し冷静になりなさい。」
するとそんな2人に火の大精霊は鋭く声を掛け、その間に割って入ると手を突き出して睨みつけた。
「2人の攻撃は明らかに過剰な程の威力を備えていた。それはあそこを見れば十分に分かる。」
そう言って火の大精霊はキャンプ場であった場所を指差して見せる。
そこには先程まで在った松林は無くなり広範囲が更地へと変わっている。
しかし、その中央には先程と変わらずハルヤたちの作った施設だけが残っており、周りには何も残されてはいなかった。
元々あった管理棟や炊事場は礎を残して全てが吹き飛ばされ残った水道管から水が流れ出ている。
そこから考えれば如何にあの建物の強度が異常であるかが分かり、言い争っていた2人も仕方なく口を閉ざした。
ただ、彼らは未だに気付いてはいない。
その破壊された物こそが、ある意味でもっとも重要と言える場所であった事に・・・。
「ここはまず力押しは止めてこの山を外界から閉ざし、今度こそ逃げられない様な状況を作りましょう。あなた達がさっきの様に協力し合えば雑作も無い事でしょ。」
「・・・仕方ないわね。」
「功績は山分けよ。」
そして火の大精霊による取り成しもあり2人は再び協力関係を再開した。
しかし、それは既に手遅れと呼べる状況へと変わりつつある。
何故なら先程の事で彼らは怒りを買ってはいけない存在に目を付けられたからだ。
時は少し遡りアズサたちは夕食を終えて温泉へと入っていた。
そして外からは見えない作りになっている窓の向こうの雪を見ながらのんびりと湯船で体を温めていた。
「アズサさん。後で外に残して来た道具を回収しておいた方が良くないですか。」
「そうだね。まさかこんなに降るとは思わなかったよ。でも、炊事場の網籠に入れて置いてあるベーコンと燻製は良い感じに乾燥してくれるかもしれないね。」
アズサはルリコの言葉に頷きながら炊事場にある食材へと思いを馳せる。
心の中では明日の朝には更に美味しい物が味わえると確信しており食欲に胸がときめいていた。
しかし、その直後に外から激しい音が鳴り響き、気になった面々は窓へと近寄り外へと視線を向ける。
するとそこには雪と地面が弾け、それによって置いていた道具が粉砕される光景が目に飛び込んで来た。
「ああ!ソウマさんの燻製機とコイズミさんのダッチオーブンが!あれは1つずつしか無いのに!」
「アズサさん!今はそんな事を気にしている時ではないでしょ!」
「そ、そうだね。早く炊事場に行って食材を回収しないと!」
「そうでも無くて!」
しかしアズサは既に風呂から上がり魔法で体を乾かすと服を身に着け始めており、そのまま脱衣所から出ると2階から1階に飛び降りて外に出る扉へと手を掛けた。
すると、それを嘲笑うかの様に施設を突風が包み込んだかと思えば、周囲の松を圧し折り土や雪を巻き込んで窓や扉を強く叩き付けて来る。
だがアズサにそんな物は認識すらされておらず、別の物が窓に当たった瞬間を目に焼き付けていた。
それは一瞬の出来事であり、今は入れていた籠ごと何処へとも知らない場所へと飛んで行ってしまい呆然と立ち尽くしてしまっている。
「私の・・・私のベーコンと燻製・・・。」
そして燻製機やダッチオーブンも目の前にある窓へと激突すると暴風の向こうへと消えて行った。
その光景を目の当たりにしたアズサの口は自然とある者の名前を叫び施設内に響き渡らせる。
「ハルヤ!すぐに来て!」
「呼ばれて推参!」
すると1秒と待たずにずぶ濡れの状態でハルヤが目の前に現れた。
その姿から服は着ているが同じ様に風呂に入っていた事が分かる。
しかしアズサの怒りは既に頂点を突き抜け月すら貫通するほどに高まっていた。
「すぐに出るから着いて来て!」
「御心のままに。」
今のアズサの様子を見てハルヤにはNOと答える選択肢が存在しない事が分かっている。
そして風が収まり周囲に雪がチラつき始めるとアズサは外に出ながら12枚の札を取り出した。
「我と契約せし12の神将よ。この身を覆い敵を殲滅する力と成れ!」
すると光と共に12神将が武装形態で現れアズサの体を完全に覆っていく。
しかし、いつもは頭に装着される金環が仮面の形となりその顔を覆い隠した。
その仮面は怒りに燃える般若の形をしており、体に纏っている鎧さえも至る所から角が伸び刺々しい姿へと変わっている。
「アズサさん・・・もしかしてお怒りですか?」
「怒ってるよ!ううん!凄く怒ってるんだよ!」
「そうですか。」
どうやらアズサの怒りは天元突破してしまったらしく、扉を開けて外へと出ると犯人の許へと向かって行った。
俺はアズサに呼ばれると同時に浴槽から飛び出し、服を着ながら声のした玄関へと向かって行った。
するとそこには口からは気炎を吐き出し、背中に鬼を纏ったアズサが待っている。
その御前に片膝をついて到着を知らせると同時に背中にはおびただしい冷や汗が浮かび上がった。
どうやら何処かの馬鹿が食べ物に関係する事でアズサを本気で怒らせてしまったらしい。
恐らく今のアズサの状態は素の状態でも俺と同等かそれ以上。
食べ物に関しての時に限りステータスを無視した強さを発揮するアズサにとって今の状態こそが本当の姿とも言えるだろう。
そして更に12神将を全て纏った時のアズサはそこから更に強化されるので確実に俺よりも強くなってしまった。
ただ外に出ると同時に勇者の称号が起動して同等以上まで力が高まっていくので、どうやら今日に限って容赦をするなと言う事らしい。
しかし、このキャンプに来て勇者となるのは2回目となる。
しかも両方が食べ物に関する時なので、なんだか勇者がとても情けない称号に思えて来る。
「ハルヤ2人は任せたからね。」
「了解。そっちは風と水を相手にするんだな。」
「うん!悪い子はしっかりお仕置してあげないとね!」
イヤ~・・・その雰囲気はお仕置じゃないだろ。
どう見ても殺る気なのが伝わって来るし、腰の謄陀なんてアズサの怒りに反応しているのか鞘から炎が漏れている。
ちなみにシュリの話によると精霊は死んだとしてもそれは人の死とは違うらしい。
精霊自体が自然エネルギーの塊と言える存在なので死んだとしても記憶などがリセットされた状態でいずれ生まれては新しい命を得て生まれてくる。
そして精霊が死んだ時に持っていた権限や力は自動的にオリジンであるシュリへと返還される仕組みだそうだ。
だから邪神によって汚染されてしまった大精霊は倒してしまっても構わないと言われている。
それに力が戻ったシュリなら再び上位精霊を生み出す事も可能だとも言っていたけど、今は以前に殺された際に権限と力を奪われている為にそれが出来ないと言っていた。
だから今のシュリには土の権限と力しかないので通常の25パーセント程の力しか残っていないそうだ。
それでもステータスによって強化されているので1人の上位精霊となら互角に戦えるらしい。
それでも相手は3人居て、常に揃って襲って来るので負けてしまう。
特に火の精霊が曲者で冷静さと慎重さを合わせ持ち、攻撃力は精霊の中で最強らしくて注意が必要との事だ。
そして気配を探ると精霊たちは山頂でこちらの様子を窺っている様だ。
今の所は攻撃をしてくる気配もなく雪だけが激しく降っている。
そして雲に突入して山頂の気配を目指すと進路上が赤く輝き巨大な火球が迫って来た。
俺はアズサの前に出るとSソードを抜き、火球を2つに斬り裂いて止まることなく先へと進んで行く。
「さっそく歓迎されてるな。」
「次に来たら私に任せて。」
「了解。」
するとすぐに次の火球が飛んで来た。
それを見てアズサは謄陀を抜くとそれを無造作に前に構える。
「食べなさい。」
「ハハハ!今日はやけにイカしてるじゃねえか!まあ、お前が・・・。」
「お前?」
すると謄陀がアズサの事をお前と言った瞬間に柄が『ミシリ』と音を立てた。
そして口からは身の毛もよだつ様な冷たい声が聞こえ謄陀は言葉を止める。
「・・・アズサさんに使われてる時なら余裕です。」
「そう、なら早くしなさい。」
そして、すぐにさん付けで言い直したうえに丁寧な口調になるとアズサは納得したのか握力を緩めた。
どうやら強気な騰蛇も今のアズサには逆らえない様だ。
そして火球が刀身に触れると吸い込まれる様に一瞬で消えてしまった。
代わりに剣が纏っている炎の火力が上がり謄陀自身も力が上昇している。
「謄陀。どれくらいまでいけるの?」
「この程度なら幾らでもいけるぜ・・・いけます。」
「そう。ならまた来たらお願いね。」
「はい。」
いつもは温厚なアズサでも本気で怒ると怖いからな。
あまり怒らないけど頻繁に怒られている俺には良く分かる。
その後も火球が何度か飛んで来たけどそれは全てアズサに任せ互いに肉眼で目視できる距離まで来ると攻撃が止んだ。
そして互いに声の届く距離で停止すると最初にアズサが声を掛ける。
「さっきのはアナタ達の仕業ね。」
「それが何?」
「人間程度が私達に勝てると思ってるの。」
すると青い髪の精霊と緑髪の精霊が揃って言い返して来た。
しかし、その顔には相手を馬鹿にしたような笑みが浮かび、悪い事をしてしまった自覚は無さそうだ。
そして、あえて付け加えるなら間違いを犯した自覚すら無いのだろう。
恐らくアズサは俺達の中で最も怒らせてはいけない存在なんだけど、それを知らないようなので今から理解することになりそうだ。
一応暫定的に青髪を水の大精霊、緑髪を風の大精霊、後ろで様子を見ている赤髪を火の大精霊としておこう。
それと流れから言って火の大精霊の横に居るサンタみたいに髭を生やしたオッサンがこの山の精霊だろう。
するとアズサは軽く息を吐き出すと騰蛇を鞘に収めて拳を握り締めた。
「それじゃあ反省しないなら仕方ないよね。」
すると次の瞬間にアズサの拳が煌めき、水と風の大精霊の腕が吹き飛んで消えて行った。
しかし彼等がそれに気が付いたのは3秒ほど時間が経過してからだ。
「な!何が起きたの!?」
「まさか攻撃された!?私達が気付かない内に!?」
後ろで見ているから分かるけど、アズサは今の一瞬で手に聖光を纏わせ、そこから水と風の魔法を放っている。
そして聖光の効果を宿した攻撃が2人へと襲い掛かり腕を浄化して消し去ったのだ。
しかもそれぞれに本人達の属性と同じ魔法を放つという皮肉まで込めている。
でも、やられた方はそれにすら気付けていないみたいなのであまり意味は無さそうだ。
精霊たちは痛みを感じないのか顔を苦痛に染める事は無く、消え去った方の肩に手を添えて力を込めた。
すると水の大精霊は水が湧き出る様に腕が生え、風の大精霊は周囲の空気が集まり圧縮する様にして腕が再形成された。
「この程度の傷なんて傷の内にも入らないわ。」
「残念だったわね。」
2人は新しい腕を生やすとそれを見せる様にこちらへと向けて来る。
しかし次の瞬間にはアズサの手が再び煌めき両腕が掻き消えた。
「え?」
「何で?」
すると再び消え去った腕を見詰めた2人は疑問と驚きの籠った表情を浮かべている。
しかし、まだ焦りはなくてもその余裕が何処まで続くだろうか。
たとえどれだけ新しい四肢を生やしたとしても攻撃を認識できないのでは躱しようがない。
それに、さっきはそれぞれに1撃を入れて攻撃を止めただけで、今のアズサにとってこの程度の攻撃なら連続で放つ事も簡単に出来る。
そして、そんな2人の大精霊へと死刑宣告とも言える言葉を叩きつけた。
「反省するまで的になりなさい。」
その直後にアズサの手が連続で聖光に包まれるとその度に水と風の大精霊は体の一部を失って行く。
腕の次は足が消し飛び、肩や腹などが削られ顔の半分も消え去った。
その度に大精霊たちは体を修復しようと悪戦苦闘しているけど、その度にその部分も破壊されて最後には頭部だけとなってしまった。
「た、助けて・・・。」
「私達が悪かったから許して。」
「でもあの子達(ベーコンと燻製)はもう戻って来ないわ。」
そう言ってアズサは最後の攻撃を2人へと放った。
その1撃は相手を完全に消し去り、その直後に水と風の大精霊が発していた気配が完全に消滅する。
しかし、あの2人にはアズサが最後に呟いた言葉の意味を理解できなかっただろう。
まさか自分達がベーコンや燻製肉をダメにした事で恨みを買ったとは想像すら出来るはずもない。
そして、それぞれの大精霊が倒された所へと光りが収束すると2色の光球が出現した。
それぞれに青と緑色をしているので、これがシュリが奪われた力と権限なのだろう。
するとそれは僅かな停滞の後に移動を始め、シュリの居る方向へと向かい始めた。
きっとシュリがアレを受け取れば力も強まってかなり安全になるだろう。
しかし動きを阻むように手を伸ばし光球を掴み取る者が現れた。




