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272 野外活動 4日目 ①

早朝になり山の頂上では激しい歯軋りの音が響き渡っていた。

もちろん、そんな所に居るのは精霊たちだけで、その目はキャンプ場を睨むように見ている。


「おのれ人間共め!」

「せっかく熱水で殺してやろうと思っていたのに、あの周辺の地面を完全に固められてる!」

「私もダメ!土の精霊の奴めー!」


するとそんな3人とは違い、笑みを浮かべた風の精霊が上空から戻て来た。

どうやら遥か成層圏付近まで上がって何かをしていたようで次第に周囲の気温が下がり始めている。


「フフフ。空の上から冷たい空気を連れて来たわ。もうじきここは冬山の様な寒さになるわよ。」

「おお!流石は風の大精霊様。それならば奴等も一溜りもありますまい。」

「任せておきなさい。明日の夜には全員が冷たい死体へと変わっているはずよ」


そしてキャンプ場の状況を知らない風の精霊は高笑いをしながら宣言を行った。


それがどういう結果をもたらすかも知らないままに。



俺達は今日の朝ご飯をいつもよりも簡単に終わらせるとさっそく作業を開始させた。

ただし今日の作業には魔法や料理のスキルが欠かせない。

その為、真にスキルを使いこなすアズサが先生となって他に料理スキルを覚えている面々に指示が飛ばしながらベーコンや燻製を作る作業を進めている。


「お肉に塩を浸み込ませるさせるために料理スキルを覚えた時に使えるようになる浸透を使ってください。ここでは塩分濃度に注意して。」

「終ったら魔法で乾燥を促進させて。そこはアケミとユウナに任せるからね。」

「任せて。」

「お任せあれ。」


そして準備が出来た素材をソウマさんやコイズミさんが子供たちに教えながら燻製やベーコンにしていく。

ついでに卵やチーズなども燻製にしているのはこのキャンプが終わった後の打ち上げの為だ。

俺達は子供なので参加しないけど、大人たちはお酒とその御摘みも欲しいだろうというアズサの心遣いに他ならない。

ついでに昨日のハンバーグもリピートされているので時間がある時に再び作る事になるだろう。


そして、そんな忙しい中で俺が何をしているかと言えば・・・。


「ここは出来たな。取り出して新しい卵を入れてっと。」


俺は蒸し終わった卵と生卵を入れ替えて温泉卵を作る作業に没頭している。

俺なら卵の中を見て確認が出来るし出し入れだけなら触れなくても可能だ。

そのため1人で寂しくこうして温泉卵を作り続けている訳だけど、楽しそうな声がここまで聞こえてくる。


「俺もあっちに混ざりたいな・・・。」


しかし俺は料理で刃物を使わせてもらえず、肉の水分を飛ばせば一瞬で乾燥させて干し肉になってしまう。

アズサが言うには精密魔力操作を覚えたら良いとは言うけど取得可能スキルにはそれがない。

似てはいるけど精密肉体操作はあるのに刃物を止めるという動作だけは上手くいかないのだ。


(・・・何故なんだろうな?)


最近は何か呪いでも受けているんじゃないかと思えているので何処かに御払いにでも行こうかと思えるほどだ。


「それにしても夏だから虫が多いな。」


俺の方は良いけど燻製やベーコン作りで重要なのは殺菌だと以前にネットで読んだ事がある。

しかし、ここは山の中で生物を扱う時には虫が寄って来る。

一応は虫除けの効果があるアイテムを使っているけど壁みたいなシールドで弾く訳では無いく忌避作用で寄り付かなくさせている。

だから強い風が吹けば飛んで来るし名前が示す通り相手が避けるよりも早くこちらから近付けば意味が無い。

だからネットのサイト情報によっては秋や冬の方が今日作っている物に関して向いていると書いてあった。


すると急に山頂の方から強い風が吹いて周囲の木々をザワつかせ、空気のニオイが変化した。

緑が多いので変化に関してはほんの僅かだけど、空気が乾燥してまるで秋が訪れたみたいだ。

でも空は快晴で太陽は頂上で強く地面を照らしている。

きっと俺の気のせいだろうと思っているとハルカがご飯に呼びに来てくれた。


「もうすぐ御飯だって。」

「ああ、分かった。」


するとハルカは空を見上げると空気のニオイを嗅ぎ始めた。

そして首を傾げながら「空気が変?」と首を傾げてみせるので、やっぱり俺の気のせいではなかったみたいだな。

そういえば俺の奥さんであったハルカも、よく気のせいだと思っていた事でも調べたり一緒に気にかけてくれていた。

もちろん杞憂に終わる事もあったけど一緒の目線や感覚を持つ者が居ると気分的にはとても楽になる。


「俺もおかしいとは思ってるから皆にも少し気を付ける様に言っておいてくれ。」

「分かった。」


俺達は歩きながら気になる事を確認し合いながら皆の許へと向かって行った。

そして到着すると昼は生姜の効いた熱いスープに辛みの効いたモツ鍋などが並んでいる。

どうやら寒さが増しているのは皆も気に掛けている様だ。

特に佐藤一家は夜と同じ様に服を多めに着ているのでかなり寒いのだろう。

気になって温度計を確認するとさっきまでは28度はあったのに15度付近まで下がっている。

これは明らかに異常事態と言っても良い状況となっている。


「なんだか冷えて来ましたね。」

「そうだな。しかし、君は平気そうに見えるが?」

「俺は成層圏でも平気ですからね。これくらいはどおって事ないですよ。」

「ハルヤ君が言うと本気に聞こえるから困るわね。」


俺とソウマさんが話しているのを聞いて横からココノエ先生が冗談っぽく横槍を入れて来る。

しかし言っては何ですがアナタも今では俺の同類ですよ。

恐らくはスキューバダイビングなどで使う酸素ボンベを背負えば宇宙遊泳だって出来るはずです。

ただ、普通に生活していればミサイルに乗って空高くを飛行する事なんて無いだろうから何も言わないけど。


「それなら今日は早めに切り上げてお風呂のある施設へ行ってはどうですか。あそこにはちょっとした仕掛けがしてあって冬でも暖かくなるようにしてありますから。」

「そうだな。念のために荷物を纏めて移動するか。それにしてもまさかこの事態を予想していたのか?」

「いえ、冬でも使える様にするために館内をお湯が巡回して温められるようにしてあるんです。今は水で冷やしてますけど折角の温泉ですから利用しない手はないでしょ。夏の間はバルブを閉めてますからまさか使う事になるとは思いませんでしたよ。」


ちなみにこの山はこの地方で最も有名なスキー場があり、雪質も良くて何度かスキーに来た事がある。

冬は大雪が降る事も多く、雪が多い年には積雪が2メートルを超える程だ。


「一晩でそこまでとはもう言わないでおくよ。それなら後で俺も君に付いて行って操作方法やバルブの位置を確認しておこう。」

「それが良いですね。」


それに温度調整はそのバルブの開け閉めで行われるので使ってもらえると助かる。

出来ればデータを取ってこの冬にでも参考にしてもらいたい。


そして食事を終えた俺達は作業を再開し、ソウマさんは俺と一緒にお風呂のある施設へと向かって行った。


「しかし火の傍を離れると本当に寒いな。」

「確かに今の気温は既に10度を下回ってますね。このままだと夜には雪が降るかもしれません。」

「それはまた異常気象と言うか。本当に君たちと居ると初めての経験には事欠かないな。」

「ハッハッハ!自分でもそう思いますよ。」


俺だって日々がとても新鮮だ。

歴史の変化によって新しい発見も多く、もしかすると以前よりも楽しんでいるかもしれない。

なんだかクラスに居ても家族と一緒にいる様な錯覚を覚える程だ。

前後左右が元お嫁さんだからかもしれないけど、以前の学校生活よりも落ち着ける空間・・・になっていると思う。


そして施設でレクチャーを終えると、そのまま暖房は使用したままでソウマさんは皆の所へと戻って行った。

あの調子なら日が落ちる前にはここに戻って来るだろう。

俺は卵を見ながら施設を周り、丁寧に強化を行って今後に備えておく。

これでもし何かがきっかけで雪崩が起きたり、火の球が降って来たり、巨大竜巻が起きたりしても大丈夫だろう。


すると次第に風が強くなり始め、空には雲が広がり始める。

そして太陽が隠れた事で気温はマイナスへと突入し雪がチラチラと舞い始めた。

それと同時に皆も作業を中断してこちらへと移動して来たようだ。


「こっちにも炊事場があるからここで作業をするね。」

「俺としては1人じゃないから大歓迎だよ。」


どうやらあちらはテントも片付けて撤収をしてきたみたいだ。

それにこの施設には個室は無いけど休憩部屋は作ってあるので、そこを皆で使えば大丈夫だろう。

椅子はキャンプで使っていた物がありテーブルも幾つか持っている。

食料も十分にあるので1年だろうと籠城が可能だ。

ただ、それ以上をここで滞在するなら誰かが買い出しに行かないと食料よりも調味料が尽きるかもしれない。

その場合は仕方ないので少し我慢してもらうしか無いだろう。

そして、この異常な事態について意見を求める為にシュリへと声を掛けた。


「それで解説のシュリさんとしてはこの状況をどう見ますか?」

「え~そうですね~。やはり風の大精霊の仕業でしょうか・・・て!何言わせてるんですか!?」

「いや、普通に乗って来るとは思わなかっただけだ。お前も以前よりかはノリが分かって来たみたいだな。」

「は~これもこの時代に生きるせいですね。」

「シュリは時々お笑い番組を見て大笑いしてるぞ。」

「シャラップ!」


するとダイチによるまさかの裏切りにシュリは顔を真っ赤にして声を荒げた。

しかし、お笑い番組くらいは俺だって見る事はあるぞ。

もっぱら見るのはアニメだけど、そっちに理解が無い訳では無い。


「プッ!」

「笑いましたね!だからあなたには知られたくなかったのです!ダイチも後で覚えておきなさい!」

「フッフッフ!良いのかなシュリ。俺はお前の秘密を幾らでも知っているぞ。」

「クッ!こちらも現代の闇に呑まれていましたか!」


どうやらこれまでの人生でシュリだけでなくダイチにも色々と変化があったみたいだ。

でもこちらの方が現代人風で俺よりも馴染んでいる気がする。

ただ今の時代に戸惑うのではなく楽しんでいるなら良い事なのだろう。


「冗談はこれくらいにして昨夜の事も考えれば火と水も来てそうだよな。」

「そうですね。きっと何も知らない他の精霊たちが知らせてしまったのでしょう。」

「それでだ。気になっていたんだけどシュリは上位精霊よりも弱いのか?」


相手は上位精霊と言っても生み出したシュリ本人は最上位精霊と言えるだろう。

それなら片手とは行かなくても倒したり退ける事くらいは出来るのではないだろうか。


「この200年の間に何度か激しい戦いがあり、力の半分以上を奪われてしまったのです。今ではそれぞれの属性において言えば最上位精霊と言っても良いでしょう。」

「すなわち、お前は既に搾りカスと言う事か。」

「ちょっとカチンと来ますがその通りです。ですからアナタに助力をお願いしたのです。」


アレをお願いと言うかは微妙な所だけど、そこは突っ込まない方が良いのだろう。

依頼主であり護衛対象でもあるのだから無駄な事を言って波風を立てる必要はない。


「それにしても山頂から全然下りて来ないな。」

「きっとこの山の精霊の怒りを利用して弱まった力を補っているのでしょう。きっと間接的な手段が無駄と分かれば直接向かって来るはずです。」

「弱まってる?もしかして今の時代には精霊ハンターでも居るのか?」


自然を操る様な上位精霊とやり合える奴が俺達以外にも居た事に驚きだ。

もしかするとゲンさんの様な修行馬鹿か、トウコさんみたいに特殊な装備を持っているのかもしれない。

しかし俺に向けているシュリとダイチの視線が微妙に冷たい。

俺はまだ見ぬ精霊ハンターを警戒対象としながら言葉を続ける。


「そんな危険な奴が居るなら今後は気を付けないとな。もしかすると精霊を操って噴火を誘発させたり津波を起こすかもしれない。」

「・・・そうですね。私の傍に居る精霊たちがそれを引き起こした事のある相手に総ツッコミを入れていますが聞かなかったことにしておきましょう。」

「やっぱりそんな非常識な奴が存在するのか!もし近くに来るような事があったら俺達にも教えてくれ!」

「分かりました。いつでも喜んでお教えします。」


これで危険な奴が傍に来ればすぐに教えてくれるだろう。

ただ、この話題になってからシュリは犯罪者を見る様な目で俺の事を見て来る。

その横ではダイチは呆れた表情を浮かべているし、なんでそんな態度なのかが分からない。


しかし、そろそろ暗くなり始めたので話しは中断して今日の作業を終わらせる頃合いだろう。

こっちに来てからアズサは黙々と燻製とベーコン作りを再開していたのでそちらへと声を掛ける。


「そろそろ終わりにして夕飯にしないか。」

「そうだね。休憩室の準備もしないといけないからそろそろ入ろうかな。」


俺達は揃って中に入ると休憩室へと向かって行った。

そこでは数人が床の畳に腰を下ろしてのんびりとした時間を楽しんでいる。

ただ今日はそれなりに動いたり作業が忙しかったのでお腹を空かせているだろう。

そしてアズサは部屋に入ると敷かれている畳へと手を付いて周囲へと声を掛ける。


「それじゃあ皆は少し避けてね。畳を開けるから。」


そう言って畳を叩くとそれがフワリと舞い上がり、その下にある床板が姿を現した。

その床板には指を掛ける穴が開いていてそこから板を持ち上げると事前に作っておいた囲炉裏が姿を現し知らなかった面々を驚かせている。


「まさかこんな物を準備しているとはな。」

「キャンプが無理ならこうして皆で囲炉裏を囲むのも悪くないでしょ。」

「確かにこういった雰囲気も良いわね。」


そして、ここでも使うのは煙が出にくい備長炭だ。

それに排気は天井裏から下ろせる仕組みにしてあるのでそれを出せば準備が整った。


「後は火の上に脚付きの網を置けば昨日みたいに皆で焼きながら食べられるな。」

「毎回思うけど準備万端ね。」

「これくらいは紳士の嗜みですよ。」


ここで羊(執事)ですからと言いたいけど、俺は羊ではなく山羊なので残念ながらそのセリフは使えないのだ。

ただし、これくらいは無いと何時何処で何が起きるか分からない。

その時にアズサ達を飢えさせる訳にはいかないので必要だと思う物はしっかりと購入して準備してある。


「それに今日は燻製や作り立ての食材が沢山ありますからね。どんな味になっているか実食しましょう。」

「そうね。それならさっそくこれを焼いて食べてみましょか。」


そう言ってトワコ先生が取り出したのは何か分からない魚の燻製だ。

ただ、何かの切り身の様で鱗は取ってあるけど皮に見える鱗の跡から考えるとかなりの大きさだと分かる。

きっと先生と同じくらいの1,6メートル位だろう。

なんだか先日の釜飯にも入っていた気がするけどまだ持っていたのか。

見た目が魚だから分かり難いけど、それって人魚肉だよね。


「トワコ先生。それって・・・。」

「ウフフ。あなたの為の特別製よ。なるべく上の方から取ったの。」

「・・・前から聞こうと思ってたんだけどトワコ先生的にはに問題は無いのか?」

「大丈夫よ。下は切っても痛くないしすぐに再生するから。」


まあ既に切ってしまったものは仕方ないので善意として頂くけど以前に食べていた数人も既に狙っているようだ。

アズサは水でも飲んでるのかと言える程に何度も喉を鳴らして涎を呑み込んでるので俺だけだとちょっと食べ辛い。


「トワコ先生。悪いけど食べれる人にも出してあげてもらえないか。」

「良いわよ。その代わりこのキャンプ中は私の事を呼びしてにしてくれるならね。ここには個人的に来ているから先生って付けなくても良いのよ。」


まあ、それは構わないのだけど周りがどう言うかだな。

しかし一番その辺を気にするアズサ、アケミ、ユウナが既に食欲に取り込まれてしまっている。

特にアズサは胃を掴まれると弱いのでその目が輝くと同時に俺へと向けられた。


「許可します。」

「了承です。」

「・・・期間限定ならOKです。」


これが胃を掴むと言う事だろうけど、ココノエ先生もなんだか尊敬する様な視線を向けているので問題は無さそうだ。


「了承が取れたから問題ないな。トワコも皆と喧嘩したりするなよ。」

「もちろんよ。これからもよろしくね。」


これで穏便な形で皆の輪に入れたので、これからゆっくりと浸透して行くつもりに違いない。

さすが800年以上を人の中で過ごした八百比丘尼なだけはあり人心掌握に関してはかなりのヤリ手みたいだ。

どうせ10年もすれば皆と並んでも違和感が無くなるのでその辺を目標にして行動しているのだろう。


「そういえば野外活動も一時中断したので今日ぐらいは飲んでも良いと思いますよ。ソウマさん達も俺達に気を使って控えていますよね。」

「まあ、持って来ちゃいるが・・・。」

「別に構いませんよ。どうせ俺達しか居ませんし水着でも着てお風呂で飲むのも自由ですからね。」

「そこまではしねえが・・・まあ、子供?に気を使われちゃあ仕方ねえな。それなら少しだけ飲ませてもらおうか。」


そう言って少しとは思えない量を取り出すと大人は揃ってお酒を飲み始めた。

やはり燻製やソーセージにベーコンと来ればお酒が好きな人にとっては我慢も大変なのだろう。

コイズミさんやココノエ先生も最初は申し訳なさそうに飲んでいたけど、次第に気にせずに飲み始めた。

状況としてはどうかと思うけど、この場にその事を気にする者は1人も居ない。

それに出来れば酔い潰れてもらった方がこちらとしては助かるのだ。

何故なら、ここに入る1時間ほど前には雪がチラついていた位だったけど、今は豪雪地帯の様な猛吹雪になっている。

雪も凄い勢いで積もっていて今では脛まではあり、こんな状態では素面だと帰ると言い出すかもしれない。

なので今はこのまま時間が過ぎるのを待って脱出が不可能になるまで待ってもらう予定だ。

ちなみにここに来ていた違法改造車の5人に関しては既に車に乗って下山して行った。

今頃は自分の家でのんびりと過ごしている事だろう。


そして吹雪は勢いを更に増していくと周囲は雪景色へと変わって行った。

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