270 野外活動 3日目 ③
俺達が炭に火を着けてからハンバーグが来るのを今か今かと待っていると先程の男達が炊事場へと向かって行った。
しかし、あの程度の者達なら問題ないだろう。
それでも心配性のコイズミさんはどうやら気になっている様で椅子から立ち上がると炊事場の方へと歩き始めた。
「ちょっと行って来る。」
「大丈夫ですよ。それよりもヤリ過ぎないかの方が心配です。」
俺はコイズミさんを何とか説得して座らせると視線を戻してしばらく見守ることにした。
どうやら食材を求めて来た様で皆に食べ物を恵んでくれと言っている様だ。
奴等の車の方を確認すると持っているのは簡易的な調理道具と酒などの飲み物ばかりで食材と言えるのは御摘みの缶詰が少しだけだ。
どうやら最初からここに来ている誰かから食料を貰おうと思っていたらしい。
それでも丁寧に頼みさえすれば俺達だって鬼ではない。
楽しみなハンバーグの前なので肉なら10キロでも20キロでも譲ってやっただろう。
しかし、どう見ても半分はナンパ目的な様でココノエ先生とトワコ先生に声を掛けている。
2人とも完全に無視をしているようだけど一番問題なのはカホさんだろう。
大人の女性で唯一除外されているため機嫌が既に地獄の1丁目まで到達している。
このままでは牙と角が生えた鬼へと変貌してしまいそうだ。
どうやらチャラそうに見えるけど女性のエスコートの仕方も知れないと見える。
しかし、その直後に手を伸ばした男の手が切り取られてポトリと落ちてしまった。
でも、あの程度なら死んだ訳ではないので十分に許容範囲と言える。
切った本人であるアズサなら蜥蜴の尻尾みたいに生やす事が出来るし、切り取った手は後で焼却処分にして灰にしてしまえば良いだけだ。
しかし何やら逆上した奴が現れて言い掛り(真実)を付けて来た。
しかも傍にあった金棒を手にして振り下ろそうとしている。
今迄は大人の対応で少しは大目に見ていたけど、明らかに敵対して来るなこちらも同じ方法で対話する必要がありそうだ。
俺は思考を切り替えると素早く男の前に移動し、シールドに金棒が衝突する前に手に取って動きを止めた。
「一度だけ言う。大人しく戻れ。」
「な、なんだこのガキは!?勝手に飛び出してきやがって!」
「お、おい。まさか怪我させてねえよな・・・?」
「マジで洒落にならねーから戻ろうぜ!」
どうやら目の前の男以外はまだ正常な判断が出来るみたいだ。
それとさっき手を切り落とされた男に関しては治ると同時に逃げ出しているので既にここに居るのは4人だけだ
それに子供である俺に金棒が当たり怪我をしていないかを心配している様にも聞こえるけどそうではない。
今のは俺の身ではなく、もし通報された場合に自分達の今後が気になるからだ。
キャンプ場を無断で使い禁止行為をして敷地を荒らしただけでなく、そこに居合わせた相手や子供を恫喝し怪我までさせたとあっては逮捕も十分にあり得る。
「冷静に考えて判断しろ。今ならまだ見逃してやる。」
「ガキに舐められたまま引き下がれるか!」
しかし普通に考えて素手で金棒を受け止めている時点で俺の強さにも気付くべきだ。
それすら分からない程に頭に血が上っているのだろう。
せっかく見逃がしてやろうと言っているのに聞き分けの無い奴だ。
俺は溜息を吐きながら手にしている金棒に親指を当て、まるで手品のスプーン曲げの様にクニャリと形を変えてやる。
「は?」
突然の事で混乱する男の前でスキルの力も使ってクネクネ、グルグルと形を変えると四葉のクローバーに作り変えてやった。
これが俺の出来る精一杯の譲歩という奴だ。
せっかく手に入れた幸運すら投げ捨てるのであればもう手加減は要らないだろう。
「肉はやるから大人しく戻れ。これ以上そちらから関わるなら次はお前の手足をアートに作り変えるぞ。」
そう言って四葉のクローバーを投げ渡し、横の奴にはさっき解体した物で鰐肉を・・・ダメだな。
鰐肉を出した瞬間にアズサの視線が背中に突き刺さってきた・・・。
これを渡すと後で絶対に怒られそうだ。
なら、バイソン。
『ギロ!』
なら牛は・・・?
『『『ギロ!!』』』
これは皆もダメみたいだな。
それなら仕方ないから鹿だな。
『・・・』
どうやら鹿は以前から解体をして食べた事があるのでセーフみたいだな。
在庫も多いし20キロ位なら・・・。
はい・・・1人に2キロまで合計10キロですね。
取り出そうとするとアズサからこっそりとハンドサインが来たので1人に2キロまでと決まった。
俺はそれを横の男に投げ渡すと更に言葉を続ける。
「お前等の傍にも炊事場があるだろ。そこで処理して自由にしろ。今の所は俺達に通報する意思はない。これからはマナーとルールを守って施設を利用しろよ。」
俺は別に管理人ではないので金を払えとまでは言わない。
しかし最低限のルールを守らないと大変な事になる。
そして男達は諦めて戻って行ったので皆に軽く視線を向けてからその場を離れて行った。
奴らと話している最中にもハンバーグが次々に形を整えていたのでもうじき準備も整うだろう。
俺はコイズミさん達の所へと戻ると椅子に座ってさっきの奴等に言った事を伝えておく事にした。
「マナーとルールを守るようには伝えておきました。守るかは彼ら次第ですがしばらく様子を見ましょう。」
「しかし、もし報復に来たらどうする。」
すると家族で来ているソウマさんが心配そうに声をあげた。
たしかに俺もそこは常に心配している事なので気持ちは分かる。
「大丈夫ですよ。そちらのテントはコイツに護らせますから。」
「任されよう。」
そして俺の声に応える様に土の精霊が姿を現した。
どうやら今の姿でも出たり消えたりできる様で今は俺達に見える様になっている。
「それと来た場合は俺の方で処分・・ゴホン。対応しておくので大丈夫です。」
「何やら妙なセリフが漏れて来たが今回は任せるよ。」
「そうしてください。2人は社会人ですから肉体言語で語り合うのは難しいでしょう。そういうのは子供に任せてください。」
「僕も?」
「イヤイヤ、彼は例外だからお前は大人しくしておくんだぞ。」
すると声をあげたショウゴにソウマさんが慌てて訂正を加えているけど、なんだか酷い風に認識されてるな。
それに2人よりもココノエ先生とカホさんに任せるとヤリ過ぎないか心配なだけだ。
きっと夜に襲ってきたら勢い余ってどっちかは確実にヤッちゃうだろう。
それならヤリ慣れている俺が対応した方がまだマシだ。
そして、その後は滞りなく準備は終わってハンバーグが網に乗せられた。
「なんだか一個だけ凄いデカいのがあるな。」
「これは私のだよ。崩れないように作るのが大変だったんだから。」
確かに他のはお皿に乗せて持って来たのにこれだけはアイテムボックスで運んでいたからな。
でもこれをどうやって引っ繰り返すんだ?
「ジャジャ~ン!巨大フライ返し~。」
するとアズサは嬉しそうに金属製の巨大なフライ返しを取り出した。
そう言えばミズメの私物には漫画やアニメでしかお目に掛かれない様な大きさの調理道具が含まれていたのでその1つだろう。
なにせあの頃は大家族だったから一度に作る量もともかく多かった。
それに旅館に行った時にも同じ様なフライ返しを持っているのが居た。
これはツバサさんが冗談半分で作ったんだけどアンドウさんが作った物を幾つか旅館の方にも残していたので現代まで残っていたのかもしれない。
そしてアズサはそれを使って豪快にハンバーグを持ち上げると置く時には逆に絹でも扱う様な繊細さでそっと網に戻した。
まあ、反面しか焼けてないので一気に置くと網目に引っ掛かって取れなくなるかもしれないからな。
そして無事に焼けたハンバーグを前に皆もそれぞれにタレを手にしている。
このタレに関しても以前にアズサが作っていた物で、カボスを絞って作ったポン酢や、デミグラスソース。
醤油や味噌ベースの物と種類も豊富だ。
もちろん何も付けないで食べても美味しいだろうからまだ何も入れていない人も居る。
そして皆で揃ったところで初めてのバイソン・ハンバーグの実食と入った。
「いただきます。」
そして食前の言葉と共にハンバーグに箸を入れる。
すると中からは大量の肉汁が溢れ出し、お皿の上に広がっていった。
それに立ち上る湯気からは力強い風味と、加えられたスパイシーな香辛料の香りが鼻と胃を刺激してくる。
これはまるで早く食えと暴力的に命令されている様だ。
それを示す様に既に多くの人が食べながらも次のハンバーグを焼き始め、その美味さを物語っている。
俺も匂いに負けて口へと放り込むとその直後に極上の美味さが舌の上を蹂躙した。
それはまるで草原を雄々しく駆けるバイソンそのものと言っても良いだろう。
それに癖や臭味も感じられず口の中で肉がホロホロと解け、気が付けば食道を通って胃の中へと消えていき余韻が鼻を突き抜けて行く。
そして意識をしなくても体が動き、次の旨味を求めるように2口目を食べていた。
このままではハンバーグはすぐに売り切れてしまう時間の問題であり、手が止まらないのも仕方の無い事だ。
昨日と違ってセーブする必要はないと言っても今回は数に限りがある。
そして、ここにきて何故アズサがいつもと違ってこんな大きなハンバーグを焼いているのかを理解できた。
きっと争奪戦になる事を予想して最初から自分の物を確保していたに違いない。
こんな大きいハンバーグを焼く事が出来るのは自分だけだと分かっているのだ。
俺はアズサの計略に舌を巻きながら在庫の尽きたお皿を眺め、皆とアズサが美味しそうに食べる光景を眺めるのだった。
「は~美味しかった。」
「俺達も美味しかったよ。」
後半は仕方なく飛び出た肉汁に焼いた野菜を絡ませて食べていたけど、俺からは何も言うまい。
きっと女性陣も今日の事でハンバーグさんの事を見直した事だろう。
この料理は子供っぽいとか男っぽいという人も居るかもしれないけど、ある意味では料理の完成形の1つではないかと思える。
最近は専門にハンバーグを扱う店もあるというので機会があれば一度行って見たいものだ。
そしてその頃、低くなった山頂では怒りに燃える精霊がまさに燃え尽きようとしていた。
「い・・今のは・・・何だったのだ?お・・・恐ろしい程の・・暴虐の嵐が襲ってきたが。」
しかし、今にも消えてしまいそうな山の精霊は力を振り絞り、人間へと怒りをぶつけようとするがダメージが大き過ぎて力が発揮できない。
すると、そんな山の精霊の前に新たな3人の精霊が姿を現した。
「あ・・あなた方は!」
「私は火の大精霊。」
「私は水の大精霊。」
「私は風の大精霊。」
すると3人はそれぞれに名乗ると山の精霊へと近づいて行った。
そして、その手を差し伸ばすと慈愛を感じさせる声音で声を掛ける。
「お前に力を貸しましょう。」
「その怒りを人間たちに見せつけるのです。」
「さあ、お前の望みを言いなさい。」
「おお!ありがとうございます。」
大精霊たちの力を借りられる事になった山の精霊は息を吹き返し、怒りをぶつけるべくキャンプ場へと視線を向けた。
その目が手始めに映し出しているのはこの山の空気を汚し、草木を踏み荒らした者達だ。
しかも何も知らない彼等は地面で焚火を行いゴミを散乱させて騒いでいる。
そこは松林の中でここしばらくの天気の良さもあり地面や周囲の落ち葉は良く乾いているため延焼の恐れのある場所でもある。
そんな状態で酔いが回り、周囲への意識が散漫になればどんな危険が潜んでいるかは子供でも分かる事だ。
山の精霊は以前に起きた火の不始末によって起きた山火事を思い出して怒りを爆発させた。
あの時は本当に小さい火が燻ぶっていただけだったが、それが次第に大きくなり多くの木が燃えてしまった。
そのせいで精霊たちが焼け出されてしまい一時期仲間も少なくなったのを覚えている。
それ以降はこの周辺のキャンプ場では直火を禁止した事とモラルの向上により火事は1件も起きていないが、そんな事は怒りによってタガが外れてしまった山の精霊には関係の無い。
「おのれーーー!!」
「そうです。怒りを爆発させなさい。」
「全てを押し流すのです。」
そして山の精霊は火と水の大精霊の力を借りるとターゲットに選んだ人間たちへと怒りの鉄槌を振り下ろした。
「さあ、大地に流れる水脈よ。この者の声に応えて噴き出しなさい。」
「水脈よ!地の底に流れる炎を纏い敵を焼き尽くせ!」
そしてキャンプ場で地面が揺れると、男達の居た場所で熱泉が噴き出した。
精霊たちはその直後から聞こえて来る叫び声や慌てる声を耳に拾うと揃って楽しそうに笑い声を上げる。
「ハハハハ!我の怒りを思い知ったか!」
「さあ、そのまま奴らを巻き込んで殺してしまいなさい。」
そしてキャンプ場から悲鳴が聞こえなくなると、彼らは慎重に様子を伺いながら動き出した。
そして、少し時を戻しキャンプ地では・・・。
「クソー!アイツ等舐めやがって!」
「良いから今回は気にするなって。ほれ酒ならたくさん用意して来たからよ。」
ある者は酒を飲んで先程の事を飲み込み、ある者は夕飯の用意をし、ある者は薪を持って火を熾した。
しかし彼らはここに無計画で来ているのでキャンプ道具など殆ど持っていない。
寝るのは車の中で火は何処で燃やそうと構わないと考えている。
その結果、如何なる事になろうとヤバくなれば車を走らせて逃げれば良いだけだ。
その為に改造を加え自動運転車両に付いている緊急停止システムも取り外してある。
アレがあると通報されて指名手配をされると車が動かなくなるからだ。
そして先程貰った鹿肉を片手に取り、反対の手には酒を持って次第に酔いを加速させ始めた。
しかし彼らはここになぜ人が居ないのかを知らない。
自動運転の車ならここが危険地帯となっていて立ち入り禁止という事を知る事が出来ただろう。
それに事前に調べて来ていたならその理由も分かったはずだ。
しかし、その自分達の取った行動の積み重ねが最悪の事態を招く事となった。
「なあ、何か熱くなってきてないか?」
「そんなに酒を飲んだ記憶は無いけどな。」
「お、おい。地面から煙が出てるぞ。」
「馬鹿野郎だな。これは蒸気ってんだ。ってまさか湯が湧いて・・・ギャーーー!」
しかし湯気の出る地面へと近寄って確認した男はそこから噴き出る熱湯を浴びて全身にやけどを負ってしまった。
その瞬間に体中がまっかに火傷し、皮は剥けて目は茹で上がると白く変色してしまう。
そして、すぐに声も出せなくなるとその場に倒れて動かなくなった。
しかし、それを見て驚く時間は彼らには与えられていない。
既に周辺からは自分達を狙うかの様に湯が噴き出し、逃げるのもやっとだ。
そして彼らの頭には先ほど出会った子供の光景がフラッシュバックし脳裏に浮かびあがった。
その瞬間に先程までの怒りやプライドなどは全て吹き飛び、湯気で何も見えな周囲へと助けを求めた。
「誰でも良いから助けてくれーーー!」
「だからルールを守って大人しくしとけって言ったんだ。」
すると男の声は求めていた人物へと届き、いつの間にか目の前へと現れていた。
気付けば周囲から噴き出していた熱泉は収まり熱い湯気だけが立ち上っている。
そのすぐ傍には動かなくなった仲間が熱湯の中に倒れており、状況から死んでいるのは明らかだ。
その悲惨な姿に男は彼らとの思い出が頭の中で渦を巻き、気が付けば涙を流して声を上げていた。
「コイツ等は俺に付き合ってくれる数少ない仲間だった。そうじゃねえ!友達だったのによ・・・。俺がこんな所に連れてきたせいで死なせちまった!」
「そうか。それは残念だったな。」
「クソ!クソ!俺の大馬鹿野郎が!」
そう言って男は後悔を吐き出す様に拳を地面へと叩きつけた。
それを見てハルヤは溜息と共に死体を集めると男の傍へと歩み寄って行く。
「でも良かったな。」
「何がだよ!」
「お前等の運は尽きてないって事だ。」
しかしダンジョンに関する知識のない男にとって言われている意味が全く理解できていない。
それでもハルヤの自信に満ちた表情は理解を超越した希望を与えてくれる。
そして男は促されるままに立ち上がると、その背に続いてこの場から離れて行った。




