269 野外活動 3日目 ②
想定を上回る速度で作業が終わってしまったので昼からの時間が丸々空いてしまった。
そのため、これから何をするのかを決めなければならない。
別に自由行動でも良いのだけど、ここは山の中にあるキャンプ場だ。
近くに遊びに行くような施設は無いので何かをして遊ぶか、のんびりとした時間を過ごすしかない。
「解体が早めに終わったけど残りの時間はどうしようか。」
「皆でボール遊びとかどうかな?」
「それは良いわね。なんだか子供らしくて落ち着くわ。」
「確かに。」
するとアケミの提案にココノエ先生が賛同を示し、コイズミさんもそれに続くと周囲も流れに任せて賛成して行く。
ただ子供らしくという所で半数以上が俺の顔を見るのは止めてもらいたい。
君たちが昨日やっていた水上ビーチバレーも全く子供らしくないからね。
普通の子供は水の上に長い時間は立てないし、安定しない足場で常に流される事も考慮して動けないよ。
そんな事が出来るのは大人でも一握りくらいだろうけど、鍛える側としては無自覚でそこまでできる様になっている事に嬉しくはある。
「それなら昨日は手を使ったから今日はサッカーでもしたら。」
俺はそう言って白黒のボールを取り出して見せる。
ちなみにこれもただのボールではないく、下層の魔物からドロップした皮を使って作ってもらった特別製だ。
そうでないと皆の打撃に遊具の方が耐えられないから普通に使っていたらすぐに壊れてしまう。
漫画みたいに触れた瞬間に自身の装備品と認識すれば問題ないけど、ここに居るのはバトルジャンキーではなく少し前まで普通の少女だった子達だ。
そこまでの事を出来るようになるには何年も感覚を鍛えてスキルを磨く必要がある。
時間を短縮しようと思えば、命懸けの戦いを繰り返せば良いのだけどそれはなるべくさせたくはない。
出来れば生命的な命ではなく尊厳とかプライドを掛けた訓練で成長して欲しい。
ただし少し前にアズサを凄く怒らせてしまったので、しばらくは大人しくしておく必要がある。
「それならあっちの管理棟の前に開けた場所があったぞ。」
「よし、そこにゴールを置いて試合でもしようか。こんな事もあろうかと網を張った枠も用意してある。」
「アナタ用意周到ぶりには驚きを通り過ぎて呆れるわね。」
俺はカホさんのツッコミを華麗にスルーすると一足早く広場に向かい準備を整えた。
まずはゴールを設置し、地面に白線を引いてフィールドを作り上げる。
それを魔法で固定すると地面が凸凹しているので平らに均して少し柔らかくしておく。
「ダイチの方で地面に生えてる芝を整えてくれ。」
「なんだか人使いが一気に荒くなった気がするな。」
「お前はシュリの膝が擦りむけても良いのか?」
「うお~~~お前たち!全員せいれーつ!」
するとその声に従う様に荒れている芝生が綺麗に生え揃い、柔らかな絨毯となってフィールドを埋め尽くした。
試しに踏んでみると適度な反発力もあるのでとても心地良い。
疲れたらここで寝転べば夏の空を見ながら気持ち良く寝れるだろう。
『ゴロゴロゴロ!』
しかし距離はありそうだけど遠くから雷を思わせる不穏な音が聞こえて来た。
確か天気予報で雨の予報は無かったはずだけど山の天気は変わり易いというから積乱雲が発生したのかもしれない。
するとコイズミさんが空を見上げて心配そうに声を掛けて来た。
「少し様子を見るかい?」
上を見ると青かった空もみるみる雲に覆われているので安全性を考えればしっかりとした作りをしている管理棟へと避難するのが一番だろう。
雷が落ちて困るメンバーも含まれている事を考えれば俺も嵐をやり過ごすならその考えが正しいと思える。
「それならちょっと雲の方に消えてもらいますよ。」
「雲に?」
「まあ見ててください。おい、ダイチ。以前に貰った仮面のバージョンアップは有るか?」
「ああ、それなら暇潰しで作ったのがあるぞ。」
そう言って出て来たのは怒りに燃える顔をした閻魔のように大きな仮面だ。
大きさが1メートル以上はあり誰がこんなの使うんだと突っ込みたい。
しかし今の俺には丁度良いので仮面を受け取って空に上がると体を大きくしてから大きく息を吸い込んだ。
そして稲光を繰り返しながら急速に近付いてくる巨大で真っ黒い雲に向かって全力の咆哮を放った。
「ゴォアアーーー!!!」
すると流石と言うかレベル100の段階で作った仮面の性能は半端がない。
以前のでも3倍は強化してくれていたけどあちらは怒りの度合いで効果が変わっていた。
しかし、今回のは感情を含めなくても強化が10倍に達し、想定を大きく上回る威力を発揮している。
しかも俺が全力で放った咆哮にも耐えており壊れずに原型を留めている。
「「「ギャーーー!」」」
しかし威力と仮面の検証をしていると嵐の中から変な雷鳴が聞こえて来た。
もしかすると自然の神秘という奴かもしれないので、後で皆と雑談をする時のネタにしよう。
そして咆哮は目に見える雲を完全に消し去ると周囲に青空が戻って来た。
『ズ~~~ン・・・ガラガラガラ!』
「ギャーーー!」
(あ・・・余所見をしたら山頂に掠った。)
しかも山頂が崩れると同時に岩と岩がぶつかった音なのか変な音が聞こえて来た。
本当に今日は自然の神秘が良く聞こえる日だけど、2回目の方は皆に話す必要は無いだろう。
「こっちは尊い犠牲という事で良しとしよう。怒られそうなら後で直しに行けば良いからな。」
そして青い空を背景にして地面へと降りて行き、そこで周りから見られている事に気が付いた。
そこには何故かジト目の嵐が吹き荒れ、まるでシンクロしているかの様に一斉に溜息を吐いている。
いったい何がどうしたというのだろうか?
「おっと姿を元に戻しとかないとな。」
「そうではなくてですね。さっきの振動は何ですか?」
すると皆を代表してシュリが問いかけて来る。
俺は消えた山頂を見上げながらどう答えるか悩んだけど、正直に何があったのかを伝える事にした。
だって後でバレてからだと確実に怒られるからな。
「まあ、後で高さだけはある程度戻しとくから。」
「自然は姿形を常に変えているものですからそこは良いですが・・・。何かあっても知りませんよ。」
「その辺はシュリに任せるよ。」
「は~・・・。そう言えば以前にも似た様な事が何度かありあしたね。アナタが手加減を間違えて森を吹き飛ばしたり。滝を消し去ったり、噴火を誘発させたことも。」
大昔にそんな事もあったかもしれないけど、そちらはちゃんと対応しているはずだ。
富士山を噴火させた時はちょっとヤリ過ぎたかと反省もしており、シュリにちゃんと仲裁をお願いした。
あの時は精霊関係の問題を解決するためだったけどやけに精霊の機嫌が悪かったらしく、きっと身勝手な人間の行いによって怒りが爆発していたのだろう。
まあ、シュリも形ある物はいつか壊れるみたいな事を言ってるから大丈夫だろう。
それに山頂が10メートルくらい低くなっても雨風で次第に削れて行くのだから数百年分が一気に来たに過ぎない。
精霊だってこの程度の事は気にもしないはずだ。
「は~~~。ハルヤは反省しないから一番困るんですよね。ですのでアズサさんお願いしますね。」
シュリは笑みを浮かべてアズサに話を振ると、すぐ横から身震いする様な気配が立ち上り『ガシ!』と肩を掴まれた。
そして、そちらを見るとアズサは優しい笑顔で俺を見詰めているのに背後には鬼の様な顔が幻視できてしまう。
「任せてシュリ。それじゃあ、ハルヤはちょっとこっちに来てお話しをしましょうか。」
「あ!狡いぞシュリ!お前今の絶対にわざとだろ!」
「今迄の分もしっかりと叱られて来てください。」
俺は後ろ襟をアズサに掴まれて管理棟の方へと連行されて行き、シュリは手を振りながら笑顔で見送っている。
しかし誰一人としてそれを止めようとはせず、ワラビに至っては昨日のトラウマを刺激されたのか体を震わせながら涙を流している。
アケミとユウナですら仕方ないかなって顔で苦笑しているし、もはや俺の運命は確定したと言う事だろう。
その後ベランダで正座させられ、とてもとてもたくさん叱られる事となった。
その間に皆はメンバーを固定せずに数人ずつでフィールドに入り、毎回チーム分けをしてはゲームをしている。
但し・・・。
「トルネード・シュート!」
「消える魔球。」
「水龍ショット!」
「メテオ・オーバーシュート!」
何やらスキルや魔法を多用した超次元サッカーみたいな光景が繰り広げられている。
途中から体力の限界に到達してしまった佐藤一家が抜けてからは特にそういう光景が目立つ。
今では周囲の白線に沿ってアズサがシールドを張って囲んでいるのでフットサルみたいな形式になり、空歩で3次元的な動きをしていてとても楽しそうだ。
ただし俺が混ざるとこの状態は維持できないので最初から参加は認められなかっただろう。
それなら今みたいにアズサの椅子になっている方が得かもしれない。
「アズサさん?」
「どうしたのかな?」
「もしかして・・・。」
「ふふ、今はハルヤを独占できるから怒ってないよ。」
「・・・そうですか。」
するとアズサは俺を見て少女らしい素直な表情で微笑みを返してくれる。
これならこうして叱られる事があっても良いかもしれないと思えて来る。
皆の目があるので俺は動けないけど本音を言えば抱きしめたい気持ちで一杯だ。
もしかするとそれが出来ない事が今は一番のお仕置かもしれない。
しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
遠くから周辺に響く程の音を立てながら激しいエンジン音が近づいて来る。
そしてキャンプ場入口で一際激しい音を上げるとここへと入って来た。
皆はそれを素早く察知すると地面に降りて既に俺の居る管理棟へと集まっている
すると先程まで皆が遊んでいた芝生を車のタイヤが踏み荒らし、その先にある松林の前で停車した。
「コイズミさん。あれは何だと思いますか?」
「まだ確証は無いけど、こういう管理人不在の場所や時間帯に来て無断で使用する奴等かもしれない。あまり関わりたくはないが・・・。」
そう言えばそんな記事をネットで見た事がある。
マナーが悪くてゴミなどもそのままにして帰るからとても迷惑しているらしい。
ゴミだけではなく管理棟や、施設を壊したり悪戯したりもするそうだ。
それにキャンプ場によっては車の出入りが可能な所と禁止の所があり、このキャンプ場は敷地内を走る舗装された道なら車が走っても良いけどそれ以外は禁止されている。
もちろん彼らがさっき走った広場や、車を停止させている場所は走行禁止エリアだ。
そして、ここは生ゴミ以外の個人のゴミ。
すなわち缶や瓶などの燃えない物は持ち帰る決まりになっている。
今回は殆どを持って帰るけどさっき埋めた動物の内臓は既に土に取り込まれて跡形もない。
特にこういうレジャー施設は他の人も使用するので好き勝手するのではなくマナーとルールを守って使用するのが基本だ。
ちなみに無断使用は通報や罰金を徴収すると後ろの壁にデカデカと書いてある。
きっとこういう被害が後を絶たないのだろう。
「あまり近くに居て言い掛りを付けられてもなんですから少し離れましょうか。」
「そうだな。今回は子供も多いから気を付けておこう。」
そして車の連中が動き始める前に俺達は揃ってその場から移動を開始した。
そのおかげで今の所は関わる事は無く夕方も近いという事で食事の準備を開始する。
「それで今日は何にしようか。」
「お肉は大量にあるからそれを使ってハンバーグにでもする?」
そして料理担当であるココノエ先生とカホさんの提案で今夜は炭火焼きハンバーグという事に決まった。
それを聞いて男性陣は完璧にシンクロした動きで諸手を挙げてからの大喜びだ。
俺もハンバーグは大好きだし既にカホさんからコイズミさんの好きな料理の情報はリークされている。
今の段階で心は掴みかけているけどここに来て胃までも鷲掴みにするつもりらしい。
「それじゃあ今日は贅沢に100パーセント牛肉?ハンバーグよ!」
「「「うお~~~!」」」
その瞬間に俺達はさっきの奴等の事を忘れて楽しみな夕食に気分は最高潮だ。
その為に炭に火を点けたりと準備に余念がない。
それにハンバーグの為に今までの炭と違って備長炭を準備する事にした。
他の炭に比べて火が着きにくいらしいけど火力と持続力が高いそうだ。
そして今の俺達の燃え上がる情熱に掛かれば着火に1分も消費しない。
「ハルヤ君・・・。」
「焼き尽くしちゃダメだろ!」
「すみません。ちょっと力を入れ過ぎました。」
「ハハハ、このウッカリさんめ~。」
「テヘペロ。」
まあ、こんなハプニングがあろうと予備とその予備さえもしっかりと準備はしてある。
俺はそれを出して2人に渡すとショウゴも加わって火を着けた。
しかし視線を感じてそちらを見ると、ココノエ先生が感情の読み取れない顔でガン見している。
ちょっとしたおふざけなので恋人を奪われたような目で見ないでもらいたい。
それに今のあの人はキャラじゃないというか、どちらの性格でもこんな事は出来ないだろう。
だから早く萌え萌えキュンなハンバーグを作ってコイズミさんを篭絡してもらいたい。
「大人になっても男はいつまで経っても子供ね。」
「あ~・・・そうかもですね。」
しかしそんな事を言っているカホの周りではハルヤの年齢を知るメンバーが笑みを浮かべて笑いを噛み殺している。
そして、その中で唯一の男であるダイチは微妙な表情を浮かべるだけだ。
この男も見た目=年齢ではないが、ハンバーグは大好きで揃って諸手を上げていた1人である。
「まずはお肉をミンチにしましょうか。」
「それなら私がやります。」
そう言って手を挙げたのは料理と食事に異常な情熱を傾けるアズサだ。
カホはその燃える瞳に若干の警戒をしてしまうが、肉をミンチにするにはそれなりの苦労が掛かる。
それに手元に道具も無いので一旦は希望者と言う事で任せる事にした。
「それなら牛・・・バイソンだったわね。お願いできる。」
「任せてください。」
そしてアズサは10キロを超える肉の塊を取り出すとそれを台の上に置いて深呼吸を行い精神を統一させる。
しかし静から動へ移るのは一瞬の事で、包丁を持った右手が霞んだかと思えば肉はミンチへと変わって行った。
それは認識できない者からすれば肉が踊り、自らその姿を変えていっている様にしか見えない。
そして左手が霞んだかと思えばそこには脂身や塩コショウが現れ、まるで躍る様にそれぞれが混ざり合って行く。
それは見る者によっては食材が勝手に動き自らの意思で形を変えていくように見えただろう。
それを目にした周りのメンバーは驚愕と呆れを合わせた瞳でその光景を見詰め、終わると同時に自然と拍手の雨を降らせた。
「まさかこんな光景を見るとは思わなかったわ。」
「いえいえ、ちょっとハンバーグのタネを作っただけです。後は皆で成形して持って行ってくださいね。」
そう言ってアズサは手にした包丁を布で拭いながら次の準備に入っていく。
そして、そこには新たな肉塊が準備され先程の光景がリプレイされていた。
「やっぱりこの量じゃこの子には足りないのね。」
「ハルヤ君が少しお金に汚いのも分かる気がするわ。」
ちなみにハルヤが散財するのは自身が家族と認識する者が関わった時だけだ。
それ以外は財布の紐が硬く、それは自身に対しても同じである。
なので周囲からはお金に意地汚いと思われており、時に侮蔑の視線を向けられる事もある。
しかし、それが学校の中でハルヤが嫌われている原因の1つではあるが、お金に五月蠅いのは彼に限った事では無い。
お金持ちだけが通っている訳では無いので北野兄妹の様に貧しい者も多く在籍している。
やはり成績が特に低いという悪評が根底にある為に今のような状況に陥っているのは確かである。
そして追加で30キロほどのタネが出来てそれぞれが好きな形に整えていると、そこに声を掛ける者が現れた。
「ねえ、君たち。お兄さん達もちょっとお腹が空いてるんだけど何か分けてくれないかな。」
「うひょ~!凄い量があるじゃん。もしかして俺達のも作ってくれてたの?」
突然声を掛けて来たのは先程車に乗ってやって来た男達だ。
ここには5人で来ており、笑ってはいても友好的な態度とは言い難い。
その視線もココノエとトワコへと向けられており口元は厭らしく歪んでいる。
「ねえ、そこの2人は後で俺達の所に遊びに来いよ。ガキの御守よりも楽しいことしようぜ~。」
「おいガキども!今から大人の話をするからよ。ちい~とばかりあっちに行ってな!」
しかし、そう言って男が台を蹴飛ばしても誰も怯まず動こうとさえしない。
ただ、もしここでアズサ達にその手の視線を向けた者が1人でもいれば、ハルヤによって一瞬の後には姿が掻き消えていただろう。
その結果、確実に命を落としたとしても、このキャンプが終わるまで蘇生される事が無かったのは確実だ。
「おい!何シカトしてやがる!」
しかし1人の男が手を伸ばして近くに居るハルカを掴もうとするが体を素通りして痛恨のミスを仲間に見せてしまう。
それを見た仲間たちは声を大にして馬鹿にするように笑い合った。
「マジかよお前!」
「もしかして躱された?子供に避けられちゃったの?」
「おいおい。誰か今の撮ってね?撮ってねえ?」
しかし笑われている男は何も言い返さず、先程伸ばした手を挙げて仲間たちへと見せた。
するとそれを見た男達の顔が驚きと焦りへと変貌していく。
「お、おい!お前、手首から先はどうしたんだ!?」
「そ、そこに・・・落ちてるのは・・・。」
そして先程は唯一笑わなかった男の1人が怯えた顔で足元を指差し、掠れた声で周りにその在処を知らせた。
実はこの男だけは腕が落ちる瞬間を目撃していた為に最初から笑う余裕など微塵も無かったのだ。
しかし見えたのは伸ばした手が勝手に落ちるという結果のみで、それ以外は何も認識する事が出来なかった。
そして彼らの目の前ではそんな事があったにも関わらず、何も変わらない光景に異常性を感じ始めていた。
しかも飛び散った血を遮る様にして半透明な壁が作られている。
魔物と戦った経験どころか戦う気も無く、遭遇して襲われても自分達なら余裕で勝てると思い込んでいる者達にとっては理解の出来ない事であった。
だが、知らない者なりの状況判断によって男の1人は犯人を言い当てた。
「おい!そこのガキが包丁を持ってるぞ!お前がコイツの手を切り落としやがったな!」
そう言って男は手を切り落とされ顔を青くしている仲間を押し退け、自分と彼女たちを遮っている壁に拳を叩きつけた。
その際に足元に落ちている手を踏み潰し骨が数本折れてしまったが混乱を怒りに変えた者にはそこまで気に掛ける余裕はない。
「おい!聞いてんのか!」
「うるさいな~。お腹が空いてるんだから静かにしてよ。手が気になるならもう治ってるからそっちの人を連れてあっちに行って。」
しかし、アズサは言われる前に治療を終え、怒鳴っている男へと声を掛けるが引き下がる様子はない。
どうしても目の前の壁が気に食わないのか、傍にある灰を掻き出すための金棒を手にすると怒りに染まった顔で睨みつける。
そして頭上に掲げるとアズサの張っている障壁へと力の限り振り下ろした。
しかし、それが障壁に触れる事は無く、代わりに男の前にはハルヤが現れ振り下ろされた金棒を素手で受け止めている。
その突然の光景に驚きの目でハルヤを見ると僅かに残っていた理性によって金棒から手を離した。




