261 野外活動 準備 ⑥
ダンジョンに潜り始めて2週間の時が経過していた。
皆もそれなりに強くなり、今ではスキルも使いこなして到達階層も20階層を超えている。
そして皆のレベルが25を超えた所でようやくココノエ先生に職業の選択項目が現れた。
ちなみに少し早くアンにも出ていてそちらは騎士を選択している。
今のステータスではレベルが100にならないと職業は選べないはずなのに、教皇の孫であることを理由に俺と同様のステータスを授かっているのかもしれない。
本人に聞いても教えてくれないので国家機密にでも該当するのだろう。
それに村上姉妹はレベルが25を超えても職業の選択肢は出て来なかったので、そこから考えても普通は俺の思っている通りである可能性が高い。
実の所を言えば2人からは既に仲間になりたいと申請は来ているけど、その為にはあの痛みに耐える必要がある。
それにココノエ先生とは違って2人に心の底から愛す事の出来る存在が居るだろうかと疑問に思う。
失敗すれば死ぬ可能性もあるので覚悟が無ければおいそれとは承認が出来ない。
なので今は保留にして先生の方を先に済ませる事にした。
「先生にはどんな職業が出ていますか?」
「そうですね。ネタっぽいのから言えば女王様、鬼嫁ですね。真面そうなのが冒険家と女教師でしょうか。」
俺は先生が選ぶ事が出来る職業を聞いて心の中で叫びたい衝動に駆られていた。
何故なら選ぶ事の出来る職業全てがネタと言って差し支えないからだ。
きっと冒険家は鞭から来てるのだろうけど、きっと有名な映画の主人公が鞭を使っていたからだ。
ただし探し物が得意となり捜索関係に秀でた職業となっている。
そして説明を聞くと女教師や女王様も理由は同じだろう
女王様は魅了の力を持ち、鞭で打った相手を従える効果を持っている。
しかも新たな扉を開かせる事が出来るらしく、更に相手を隷属させる事が出来るようだ。
これは支配系とも受け取れるのでとても恐ろしい職業と言えるだろう。
そして女教師は指導に適した効果を持つようだ。
ただ、これだけなら俺もネタとは言ったりしない。
問題はその後で眼鏡を掛ければ効果アップ。
ミニスカートを着ればその長に応じて効果アップ。
ハイヒールを履けばその高さに応じて効果アップ。
などのふざけた条件が幾つも書いてあるので、これは絶対に恵比寿の作った職業で間違いない。
基本こんな馬鹿々々しい事が書いてあれば奴の仕業だ。
しかし俺は鬼嫁を取らせれば良いかなと思っていたけど、こうなると少し悩む所だ。
書いてある事は馬鹿々々しいけど女教師は先生にとってはとても良い職業に思える。
それに冒険家も悪い職業ではないと思えるので人生の道を歩き直すなら良い職業だと思う。
ただし、九十九学園の教師以上に安定して良い職場はなかなか無いだろう。
「ところで先生はどの職業を選びたいですか?」
「そうですね。教育者としては女王様は論外でしょう。強制的に人を従えてもそれが原因でいつかは破綻してしまいます。鬼嫁は魅力的ですが私は彼を尻に敷きたいのではなく、共に横を歩きたいのです。」
「さすが教師ですね。」
(欲望を抑えてそう言い切った人は初めて見ました。あ、なんだか目から心の汗が・・・。)
俺は目元の汗を拭きとって鼻をかむと先生を見直して話を続けた。
「そうなると冒険家か女教師ですね。」
「それなら私は後者を選びます。」
「やっぱり教職に就く者としてですか?」
「いえ、コイズミさんは教師に憧れがあるそうです。特に女性の教師に魅力を感じると言っていました。」
(ここでまさかの教師萌えかよ!)
しかし、そんな話までするという事は2人の仲もそれなりに進展しているのかもしれない。
それにコイズミさんも本当は教師になりたかったけど、それが叶わずに今のインストラクターという道を選んだ可能性もある。
ここはあの人の名誉の為にさっきの考えは言わないでおくのが正解だろう。
「それなら女教師しか無いですね。」
「オプション的な所は色々とふざけていますが、効果が下がるのではなく上がるのですから別にする必要は無いでしょう。それに補習などの時なら効果が高そうです。」
そしてココノエ先生は名実ともに女教師へとなり、きっとこれが本人にとっても一番良かったのだろう。
性格だってきっと努力すれば大丈夫なはずだ。
その後も問題なく訓練は続き、その日は終了となった。
ただし、ここで目的が達成されたので一旦はダンジョンへ潜るのは終了となる。
そして残っている魔物は俺の方で美味しく頂きアイテムと素材をガッポリと頂いておいた。
既に俺のアイテムボックスでもアイテムが消える事は無くなり補充が可能になっている。
やっぱり魔物の発生を管理できるととても助かるので、邪神を弱体化させる意味でもガンガン行くつもりだ。
そして、もうじき待ちに待った夏休みだけど、俺にはそれ以上に楽しみな事が待っている。
それは俺達に夏休みの宿題は無いと班の皆に伝える事だ。
俺は最終日に学校に行くと終業式を終えて教室に戻って行った。
「どうしたのハルヤ。なんだか嬉しそうだね。」
「フフフ!今日は俺に報酬が支払われる日だからな。それが楽しみなんだ。」
きっと残りの半数近いクラスメイトは羨む事だろう。
しかし俺達は皆が頑張って宿題をしている間にしっかりと遊ばせてもらう。
そしてトワコ先生もやって来て夏休み中の注意事項などが話される。
「それと私も一班の野外活動に参加するのでそのつもりで居てください。」
それは俺達としても想定済みの内容でココノエ先生からもそうなるだろうと話しは聞いていた。
そして周りを見回したトワコ先生は最後に笑顔を浮かべて「起立」と声を掛ける。
それで全員が立ち上がったのを確認してから「終了」と声をあげた。
「あれ?宿題は?」
「お兄ちゃん知らないの?九十九では夏休みの宿題は無いんだよ。」
「何でも部活に集中させたり、資格を取らせるためだと聞きました。」
「もしかしてハルヤは知らなかったの?」
俺は頭の中が真っ白になりながらアケミとユウナが教えてくれた事を噛み締め、5分以上の時間を掛けて理解した。
と、言う事はだ。
今回の依頼報酬は無しと言う事なのか?
しかし、あの時に声を大にして宣言しているので他の報酬に変えろとは言い出せない。
それに殆どの人が今後の事を考えて修練をしたり資格を取ったりするのなら実際は大変なのだろう。
でも、それは俺達にとっては普通の事で日常と言っても良い。
それでなくてもダンジョン部を作って日頃から潜っていたので皆も簡単な資格なら十分に取る事が出来る。
既に装備品のスキルもそれぞれの使用者の体に馴染んで相応のスキルを身に付けている。
ちょっと強引なやり方だけど戦闘系とサポート系のスキルはこのやり方で覚える事が出来る。
ただし才能の問題もあるらしくて覚える時期は誰もが違うみたいだ。
それを3週間程度で身に付けたのだからこの学園に入学できただけはあるだろう。
しかし、そろそろ現実逃避は終わりにする時だ。
頭の中ではあの時に話をした3人が腹を抱えて笑っているのが容易く想像ができる。
こうなると今回は自分のミスとして受け入れて無報酬で働くしかない。
「ゲンさん達に謀られたみたいだ。」
「でもこの夏は皆で色々と遊べるよ。私たちとだと不満?」
するとアズサは楽しそうに上目遣いで俺の事を見上げて来る。
そういえば皆と色々な事を計画してたのだから落ち込む必要は無い。
宿題が無いのを前提にしていたから俺も積極的に計画立案に関わっており、他の皆も最初から積極的だとは思っていたけどこういう理由だったのかと理解できた。
それを改めて思い出して後悔を上書きすると俺も顔に笑顔を浮かべた。
「そんな事ないよ。アズサと居られて俺に不幸な事があるはずない。」
「良かった。それとあんまり2人の世界に居るとアケミとユウナが怒っちゃうから交代するね。」
そう言って横に逸れると既に頬を膨らませた2人が俺の前に立っていた。
きっとアズサが一人称で『私と』、と自分の事しか指定しなかったからだろう。
フグさんフェイスとなった2人も可愛いのだけど、元の可愛い顔の方が俺は好きだ。
「アケミもユウナもそんなに怒らないでくれ。」
俺はそう言って2人を軽く片腕ずつで抱き上げてやる。
ここ最近になって要求がハードモードになって来たから宥めるだけでもちょっと大変だ。
「お兄ちゃんはアズサ姉ばっかり相手してる。」
「不公平です。待遇の改善を要求します。」
「分かったよ。それじゃあ今回の事が終わったら久しぶりに暁にでも行くか。」
「え!本当!?」
「それなら今回はネックレスも欲しいです!」
そう言えば入学式でトウコさんが付けてたネックレスを羨ましそうに見ていたな。
在庫は沢山あるから良さそうなのを加工してもらってプレゼントにでもするか。
「それなら後でどれが良いか選ぼうな。それでネックレスを作ってもらえば良いのが出来るぞ。」
「「「わ~い。」」」
するといつの間にかアズサも加わり一緒に万歳をしている。
どうやら2人の機嫌も直ったようなので早く仕事を片付けて製作をお願いしよう。
確かトウコさんも依頼自体は暁にお願いしたって言っていたし、あそこの先代店長はここの理事会に席を置いているはずだ。
いまだに面識が無いけど紹介状を書いてもらって現物があれば大丈夫だろう。
俺達はワイワイ言いながらもうじき始まる作戦の最終確認のために部室へと向かって行った。
「さて、明日必要な物を最後にチェックしておこう。」
「「「は~い。」」」
「まずはテントだな。ん?なんでこれだけこんなに大きいんだ?」
見ると1つだけ大きな袋があり、それには8人用と書かれた紙が貼ってあり、俺達は体が小さいのでこれだと全員が入れそうだ。
「もしかして夜にパジャマパーティーでもするのか。」
「そうだよ。皆でそうしようって決めたんだ。ちゃんと3人用のも借りてるから大丈夫だよ。」
「そうだな。せっかくのキャンプだからな。」
女の子なんだからそんな事をしてもおかしくはない。
ちなみにテントの振り分けは、俺、アズサ、アケミ、ユウナで1つ。
村上姉妹と北野兄妹で1つずつ。
アン、ワラビ、ハルカ、ルリコで1つとなっている。
そして、ココノエ先生はもちろん大人なので1つを使ってもらう。
1人が寂しいだろうとは誰も突っ込まないのは俺達が優しさで出来ているからだ。
流石に最後まで行くとは考えていないけど、自由に出入りは可能なので解放的な気分を味わってもらいたい。
「後は食材だな。カレーの材料に夜食のインスタント各種。インスタントと水は各自で持っておいてくれ。もしもって事があるかもしれないからな。」
「「「りょうか~い。」」」
まあ1人20個持っておけば大丈夫だろう。
水は子供だと1日に1リットル~2リットル。
夏であると考慮すれば大人が必要と言われている量を持っておくべきだ。
なので水は1人につき0,5リットルのペットボトルを28本渡しておく。
アイテムボックスがあるから子供でも楽々持てるのは助かるな。
もしこれが以前と同じ様に背負わなければならないなら自衛隊の訓練並みの重い荷物になっていたかもしれない。
「後はトランプ各種にボードゲームとクオナから借りた簡易発電機にホワイトスクリーンに映像を照射するためのプロジェクターっと。」
「なんだかキャンプなのに途中からそうじゃないみたいだね。」
「映画鑑賞とか良いと思うんだけどな。スマホにも対応してるから色々なのが見れるぞ。」
「例えば?」
「山に行って熊に襲われる奴とか、火山が噴火する奴とか、崖崩れが起きて町が呑み込まれる奴とか。」
「ねえ、お兄ちゃん。それってフラグにならないかな。」
「絶対何かが起きるのでそれは却下です!」
「なに!」
(まさかの全否定だと!)
でも確かに絶対に何かが起きる所へ行くのでユウナの言う通りだ。
そして周りはスマホを取り出すと見るべき映画選びを始めたので、皆も何気に見たい映画が沢山あるようだ。
期間は長いので色々と選んで皆で見るのも悪くない。
「ホラー物なんてどうだ?」
「「「却下!」」」
どうやら俺の意見は再び却下されたらしい。
この調子では時間も掛かりそうなのでリストを出して材料の確認から入ろう。
「後は鹿が1頭に猪が1頭。魚も大きいのが居れば良いかな。」
「ねえ、ハルヤが何だか変なの出し始めたよ。」
「ハルヤ~。もしかしてそれも食材なのか?」
すると一早くミキが気付くとダイチが声を掛けて来る。
せっかくのキャンプなので解体から入ろうと思ってリストに入れてたんだけど皆は見てないのか?
「そうだぞ。リストにちゃんと鹿と猪って書いてあるだろ。これでソーセージを作るんだ。」
「ちょっと待ってください。確かに書いてありましたけどまさか解体から・・・。」
「ああ、先生とコイズミさんにも了承は取ってある。解体してその腸を使うんだ。町中だと苦情が出たりしてなかなかできないんだよな。困ったもんだよ。」
すると一部から呆れた様な視線が向けられているけど、それは一部であって全員ではない。
「解体は私に任せてよ。」
「私も得意。実家では幼い時からやってた。」
「私も出来ますよ。祭りで使う獲物を使って大人が子供に解体を教える事も多いですからね。」
するとアズサに続く様にしてハルカとアンも名乗りを上げている。
それならガゼルでも追加しておくか。
「また何か出て来たわよ。」
「ヤバイぞ。今回の俺達は劣勢だ。明らかにアウエー感が漂ってる。」
「2人も諦めてこの機会に習っておくと大人になってから役に立つかもしれないだろ。それにお前らの妹は既に諦めて決意を固めているぞ。」
そして先程から静かなシュリとカナデはボ~とした目でここではない何処かを見ている。
もしかすると遠見のスキルにでも目覚めたのかもしれない。
「これを決意と見るお前の感性がスゲーよ。」
「カナデ戻って来なさい!このままだと私達アマゾネスになっちゃうわよ!」
しかし担当教師とインストラクターの許可が出ている時点でこれは決定事項だ。
俺達はその後も楽しく言い合いながら最終チェックを終わらせると、それぞれの方法で帰宅して行った。
「ただいま~。」
「お帰りお兄ちゃん!」
すると可愛いライオン尻尾と耳を揺らしてこの家に暮らす事になったミミが飛びついて来た。
ちなみに今はライオンではなく俺達よりも少し小さい女の子の姿だ。
服は可愛らしい白いワンピースを着ていて白い肌と髪には似合っている。
今は母さんが先生となって常識を教えていて買い物に連れて行ったりしているようだ。
やっぱりアケミが居なくなっているので少し寂しいのかもしれない。
寝ているのは俺の部屋でその時はライオンの姿を取っている。
何故か母さん達の部屋には入らず、アケミの部屋だった場所にも入る事は無い。
もしかすると何かを感じ取っているのかもしれないけど、我が家で一番空気を読むのが上手いのは間違いない。
まあ、アケミの部屋は別の意味で準備がされているのだけど、それは意味を持つのはまだ何年も先の話だ。
そして俺はミミを抱き上げるとそのまま居間へと向かって行った。
「ただいま母さん。」
「お帰り。明日からキャンプだけど準備は大丈夫?」
「忘れ物をしても数分で帰って来られる距離だからね。」
距離にして100キロ位は離れたキャンプ場だったかな。
日本海側に進んだ大きな山の中にあり、トイレやシャワーが完備されたとても過ごしやすい所だ。
「お兄ちゃん何処かに行くの?」
「ああ、明日から1週間くらいキャンプに行くんだ。」
「え~~~!それじゃあしばらく会えないの~!」
「そうだな。ミミはお家でお留守番だな。」
するとミミは俺の腕から飛び降りると絨毯の上でゴロゴロと転がり、イヤイヤをし始めてしまった。
「ミミも行きたい!行きた~い!」
「我儘を言っちゃダメよ。お兄ちゃんが困ってるでしょ。」
俺はミミの可愛らしい行動に笑みを噛み殺していただけだけど母さんが上手くフォロー入れてくれる。
危うく我儘を聞いて首を縦に振ってしまう所だった。
その後アズサ達にもせがんだりしていたけど、皆もミミの頭を撫でて苦笑するだけだ。
そして、その日の夜はベットの上でこれでもかと言う程に甘えられながら眠りへと落ちて行った。




