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260 野外活動 準備 ⑤

微妙な視線に晒されながらダンジョンを覆うドームの入口へと到着する。

そして俺が持っている戦闘許可証を取り出すと、それを入口横にある接触型のカードリーダーに触れさせて扉を開いた。

するとその先には白く輝くドーム内部とその先には鳥居の形をしたダンジョンの入り口がある。

俺は中に入ると様子を確認して皆と入って行った。

そして、その横に設置されている通信機から制御室へと声を掛ける。


「到着しました。開けてください。」

「了解。」


すると鳥居の中の空間が歪み、そこにダンジョンへの入り口が形成される。

それを見て俺は皆に待機を指示して1人で中へと入って行った。

もし、入った直後に魔物と鉢合わせすると危険なので念の為だ。

身に付けている装備から考えれば気にも止めなくて良いのは分かっているけど油断は時に命を散らせる事に繋がる。


そして中に入るとそこには以前と同等に洞窟型の道が続いていた。

魔物も近くには居らず1階層に居るのも30匹と言ったところだ。

その事を確認して外に出ると皆を連れてダンジョン内へと戻って行った。


「これから魔物の所に案内するから落ち着いて戦闘をしてくれ。」

「分かりました。皆さんも大丈夫ですね。」

「「「はい!」」」


いつもと違ってココノエ先生が皆を引っ張っているので、この調子ならしばらく見ていても大丈夫だろう。

俺は魔物が居る場所へと皆を案内すると少しは慣れている所で足を止めた。


「あそこに居るのがこのダンジョンで一番弱い魔物だな。」

「あれは・・・何かの幼虫ですか?」


そこに居るのは動きも遅くて青虫を連想させる緑色の魔物だ。

前回は時間が無くて無視して進んだけど俺が本気で動いた時の衝撃波で死んでしまう程に弱い。

恐らくはゴブリンよりも弱いので今までに見た中では最弱の魔物と言っても良いだろう。

大きさは1メートル程で体の下にある小さな爪の生えた足を使って移動している。

コイツなら最初の魔物としては余裕な相手のはずだ。

ちなみに、このダンジョンは10階層まで虫型の魔物が続く事になる。

それと黒い悪魔と誉れ高いゴの付く奴は居ない事は先に言っておこう。


「まずは先生から1撃をどうぞ。」

「分かりました。・・・これでも食らいなさい!」


そう言って気合と共に放たれた攻撃は魔物を一撃で粉砕し、通路を広範囲にかけて破壊した。

それは明らかにオーバーキルであり、仲間が居れば少なからずダメージを受けていただろう。

その光景には俺を除いた誰もが目を見張り、続いて俺へと視線が集中させる。

それはそうとこの武器はネタで持って来ただけで良くてもサブにしてもらうつもりでいた。

だから能力は低めで2000程しかないので普通に考えて先生のステータスや細腕で振った程度ならここまでの威力が出るはずは無い。


「やっぱり恵比寿の事だから隠れ効果があると思っていたけど予想は的中か。」


アイツはともかくこういうのが好きなので困ってしまう。

聖女にも何か絶対にあるし俺の勇者にもいまだによく分からない効果がある。

そんな事を考えていると俺の横を先生の鞭が通り過ぎた。


「ユウキ君。」

「どうかしましたか先生?」

「そういう事は先に言いなさい!生徒指導室の時に何かあったらどうするつもりだったのです!?」


え?あれは勝手に先生が振り回したはずなのにどうして俺が怒られてるんだ?

まあ、先生は知らなかったので何かあれば恵比寿のせいにしていただろうけど、そうすれば修理費は恵比寿が出す事になっていただろう。


「いや~神様も酷い事しますね。でもこれで先生のメイン武器は確定ですかね。これからは仲間を巻き込まない様に早く力加減を覚えてくださいよ。」


だから鞭を俺に向けて連打するのは止めてください。

俺はコイズミさんと違ってM気質は無いのだから全然嬉しくないのですよ。

それにあの人を鞭で叩くと1撃で肉塊になるので、そういうプレイ!をお願いされても絶対にしないように。


「それじゃあ先に進みましょうか。皆も今後は新しいスキルや称号を手に入れた時には気を付けて。これを作った神は享楽の塊みたいな奴だからな。」

「でも、恵比寿様って言ってなかった。家とか海運系の仕事してるから年末には神社とかに皆で行ってるんだけど。」

「そうですね。恵比寿様は商売の神様という意味と、海から来た者という意味がありますから家の関係で崇めない訳にも。」


するとミキとカナデが困った様な表情で家の事情を言って来る。

2人の家は村上海運商事という運送系の商いをしていて世界の海を物流で繋いでいる大会社だ。

九十九商事程ではないけど確か年商は世界でもトップクラスと聞いている。

何気にウチのクラスで普通に生徒をしているけど大金持ちの御令嬢なのだ。

だから本来は俺の様な一般庶民がお近付きになる事は不可能な雲の上の存在と言える。

それを言うとアズサにも同じ事が言えるのだけど本当に人の出会いとは奇なものだと言うしかない。


そしてアンジェリーナことアンは現教皇の孫だと言うのだから驚きだ。

しかも少し前に俺の許へと教皇から手紙が届き『孫をお願いしますぞ悪魔王殿』と書かれていた。

関係の無い者にそんな事を書けば記憶が消される恐れがあるので、あちらも今回の事は既に把握しているのだろう。

アンは教皇が祖父とは言っても関係者ではないので知らないだろうけど、これからも友達として仲良くして行きたい。

だから困った事が発生すれば武力で片付く事なら力になるのもやぶさかではない。


そういう背景から俺の周りには一般家庭の者は少ないので俺の事もあまり気にされていない。

そうでなければ今頃は変人を見る目で見られ最悪な場合はアズサ達までクラスで孤立していたかもしれない。

そして、あれこれと考えていると次の魔物の所まで到着した。


「次は誰に試してもらうか。」

「私がやります。あれ位なら簡単に倒す事が出来るはずです。」

「それならアンに任せるか。それと後ろから疑いの目を向けてる連中にさっきの事が渡した武器のせいではない事を教えてやってくれ。」

「・・・努力します。」


どうしてそこでいつもみたいに凛々しく任せろと言ってくれないんだろうか。

それだと逆効果になってしまい更に視線の温度が下がってしまう。


「それでは行ってきます。」


そう言って剣を構えるとレベル20とは思えない速度で間合いを詰め上段から一気に斬り裂いた。

そして剣はまるでゼリーでも切ったかの様に地面を斬り裂いて鋭い斬痕を残している。


「うん。流石ネタ武器と違ってしっかり付与を掛けただけはあるな。」

「・・・ちなみに聞きたいのだが付与とは何ですか?」

「俺の持ってるスキルから選んで剣や防具に能力を与えられるんだ。ちなみに剣と着ている鎧に付与がしてあって身体強化、剛力、鉄壁、五感強化がしてある。服には再生とサイズ調整もしてあるから魔力を流せば修復するし大人になっても着られるからな。」


さすが90階層付近でドロップした魔物の装備品だけあって、かなりの付与を付ける事が出来た。

これは今までで最高記録だけど残念な事に俺のスキルで有用な物は殆ど無い。

しかも状態異常無効は付ける事が出来なかったのが残念だ。


「そうなると私達のステータスは・・・。」

「ざっと今の段階なら8倍で計算してくれ。でも五感強化を付けてるから気にならないだろ。」

「「「・・・。」」」


どうしてそこでジト目が注がれるのだろうか?

俺は準備には最善を尽くしただけのはずなのに何処に問題があったと言うのだ。

それにステータスが8倍になったとしても先生の数値だと250にも届かない。

だから鞭みたいな刃の無い武器であそこまでの威力を発揮するのは不可能と言える。


「ちなみに参考で聞きたいのだけどハルヤは最大にしたらスキルはどれ位なの?」

「そうだな。全てのスキルと称号を使えたとすると5万くらいか。」


本当はもっと行くんだけど大き過ぎる数値を言っても参考にはならないだろう。

これでも装備品は含まれておらず精神力を使ったらもっと強くなるけど、そこまで正確な事は言わなくても構わないだろう。


「でも、これでも俺が倒したい奴に届かないんだよな。本当に神っていうのは厄介・・・。て?もしかして聞こえてないか?」


何やら心ここの在らずと言った表情を浮かべていて反応が返って来ない。

ダンジョンでボ~とするとはまだまだ修行が足りないな。

俺は仕方なく軽く肩を揺すってやって起こしてやると落ちているポーションを拾って前進を促した。


「今日は訓練初日だから何度か戦闘をしたら外に出るぞ。」

「ええ・・・分かったわ。」


そして先生が率先して前を歩き魔物の前で足を止める。

これで残っているのはミキとカナデだけだ。

2人は俺の向けた視線に頷くと槍を構えて突撃して行った。


「やあ!」

「はあ!」


その槍使いは見事としか言いようが無く、ほぼ同時に2人の突きは魔物を貫いた。

ただし今回の比較対象は魔物だけなので特にこれと言って驚く所が無い。


「やっぱり倒した時のエフェクト効果とか重要だよな。この際だから魔法付与も覚えて魔槍に作り変えるか。突いたり横に振ったりすると水とか風の刃が出るとか・・・。」

「そんなの要らないからね!」

「この状態で十分です!」

「そうか。そこまで言うなら仕方がないな。」

「分かってくれたなら良いのよ。」

「ああ、それならアンはどうだ?」

「「「分かってない!」」」


すると皆から揃ってツッコミをされてしまった。

ちょっとカッコ良くしようとしただけなのに・・・解せぬ。


そして、それからは速度を次第に上げてローテーションを組み、後は魔物に向かって駆け寄ると必殺の攻撃を加える。

俺は後衛で道案内を行いながら出て来たポーションや蘇生薬を回収して行くのが仕事だ。

なので進む速度は100メートルを10秒で駆け抜けるに等しく、皆も次第に自身の力に慣れ始めた頃になると目的の10階層へと到着した。

ここは今までと違い開けたフィールドとなっていて一面を草木が覆っている。

そして、ここには厄介な魔物が潜んでいて、そいつは恐ろしい攻撃を仕掛けて来るのだ。

その洗礼が魔物との戦いに慣れていない4人の女性たちに襲い掛かる。


「ん?何か臭ってきた様な気がします。」

「そうだな。なんだかあちらの方から・・・。」

「くっさ~~~!!!」

「ゴホッ!ゴホッ!まさか魔物の攻撃ですか!?」


そして最初に気が付いたカナデを始め、全員が余りの臭さに声をあげて咳込んだ。

それだけではなくこの臭いには毒と麻痺の効果がある。

たとえどんなに強化していても耐性が無ければ意味がない。

彼女達はこの臭いを嗅いだ時点で敵の術中に嵌っていたのだ。


「それじゃあ今日の最終訓練開始。耐性を手に入れてピンチを脱出しよう。」

「ユウキ君。これを知っていたのですね!」

「知ってました。でも、こういうのは味わってからでないと実感が持てないでしょ。」

「それよりもどうしてハルヤはこの臭いの中で平気なのよ!」

「俺も臭いけどこの程度は大した事じゃないのを知っているからだ。腐って放置された死体はこの程度じゃ済まないぞ。この際だから皆も少しは慣れておくと良い。ここの魔物は慎重だから動ける奴が居ると姿を現さない。」

「でもさっきから次第に臭いが酷くなっている様な。そ、それに気分が悪くなってきて。」

「そう言えばこの状態で吐いた奴には称号で寝下呂って言うのが付くらしいな。」


以前に2日酔いで悩む連中に同じ事をするとそんな称号が付いたと叫んでいた。

ちなみに俺の生徒たちで男性陣だと半数以上にこの称号が付いている。

どうやら先にこの称号を得た連中は仲間を増やすためにこの事を誰にも話さなかったみたいだ。

ちなみに効果は二日酔いをしなくなるというものだけど既に手遅れだよな。

そして、その事を知った彼女たちの顔が急に青くなり始めた。


「え?マジで?」

「ま、待ってくださいハルヤさん!それはちょっと酷いのでは!?」

「先生はそんな子に指導した事は無いですよ。」

「き、騎士の情けを・・・。」


すると一斉に余裕の無さそうな声が聞こえて来るけど根性を見せればスキルの習得は早まるのは既に数千人規模で検証済みだ。


「ピンチの時こそステータスは急成長する。ここで一発気合と根性を見せてくれ。」

「どうしてここで根性論なのよ!」

『ピリリリリ・・・。』


すると俺のスマホが鳴り連絡が来た事を知らせてくれる。

これは既に事前に知らされていた事で外から連絡が可能かを確認するための作業だ。

ただし一般の回線からでも可能かを試すためなので相手はそれに準じた人選が行われている。


「ココノエ先生。」

「な、なんですか・・・その顔は?」

「実はコイズミさんからスケジュールの確認の電話が・・・。」


そう言った途端にココノエ先生は立ち上がると素早く俺からスマホを奪い取り遠くへと走り去っていった。

耳を澄ますと今までの事を一切感じさせない凛々しい声が聞こえて来るのでどうやら耐性を無事に獲得できたみたいだ。

でも、今回の事で連絡先を交換したり、直接会ってキャンプの計画を立てたりしているはずなのにこれが乙女の意地という奴かもしれない。

やっぱり会えるようになっただけでは足りていないと言う事だけど、おかげで別の称号も手に入れられた事だろう。


「それよりも残りの3人はもうじき限界か、このまま放置して称号を手に入れるかだな。」

「ねえ、ハルヤ。これは何をやってるのかな?」

「ああ、アズサ。今は耐性を得る訓練を・・・。」


な、何でここにアズサが居るんだ!?

確か買い出しをお願いしていたはずなのに!


「ハルヤ~以前に言ったよね。女の子には優しくしようねって。」

「はい・・・御尤もでございますですはい。」

「それに訓練は常識的にしてねって言っておいたよね。これは後でお仕置が必要なのかな?必要だよね!」

「はい・・・私めに異存はございません。」


こうなった時のアズサには絶対に逆らってはいけない。

俺の中にある危機感知は既に警報が消え去っており嵐の前の静けさを感じさせる。

それはまるで黄泉に生身で行った時にイザナミ様が鎧を纏って現れた時と同じ状態だ。

それに、この階層の魔物は既に始末されてしまったらしく臭いも消え去り3人も回復が済んでいる。

しかしアズサの発する威圧に誰も体が動かせず、起き上がる事も出来ずに倒れたでハリケーンが通り過ぎるのを待っているようだ。


「まさかアズサが最強?」

「アズサさんには逆らってはいけないみたいですね。」

「アズサは魔神だったのですか!?」


確かに悪魔王よりも上となると魔神で間違いないだろう。

しかし、そんな彼女達も視線を向けると顔を伏せて死んだフリをしている。

アズサは助けに来たのはずなんだけど、このままでは上から漏らす心配は無くても下が漏れてしまうかもしれない。


「ア、アズサさん。」

「何かな?」

「そろそろ帰ろうと思うのですが宜しいでしょうか。皆もそろそろ限界みたいだし。」


俺は皆が世界地図を地面に描いてしまう前に勇気を振り絞って助け舟を出す事にした。

するとアズサはあちらに視線を向け、皆は死んだフリをしながらも大きく頷きを返して来る。

それを見て周囲から威圧が消え去り、まるで春が訪れた様に周囲は穏やかな空気で包まれた。


「ごめんね皆。それなら帰ろうか。」

「いえ、滅相もございません。」

「私がアズサさんに意見するなんて一度としてありません。」

「我が剣はアナタに捧げるべきなのか。」


しかしミキは体を震わせながら返事をし、カナデは死んだような目で視線を逸らしている。

アンは心を折られてしまったのか剣を抜いて捧げようとしているのでアズサは困り顔だ。

でもこれは自分が仕出かした事なのにどうして俺を睨んでくるのだろうか。

流石にこれには理不尽を感じずにはいられないので物申しておかなければならない。


「ハルヤは帰ったらお仕置だからね。」

「・・・はい。」


念の為に再度言うけど、こうなった時のアズサに逆らってはいけない。

そもそも反論なんて勇気ある者のすることなので、俺のような者には無縁と言っても良い。

勇者の称号はあるけど今は絶賛、お昼寝中なので今は助けにはならない。

なので後ほど受けるであろうお説教を覚悟して音に反応するフラワーロックの様に頷きを返すだけだ。

この場を無事に乗り切るには悟りを開いてあるがままを受け入れるしかない。


「それなら戻ってお茶にしようか。」

『『『コクコクコク!』』』


そして俺達はアズサの後ろに付き従いダンジョンを後にした。

ちなみにココノエ先生だけはずっと楽しそうにコイズミさんと電話をしていたのは言うまでもないだろう。

教師ならこういう時こそ教え子を助けて欲しいものだけど、これも因果応報と言うのだろうか。


そして外に出ると部室に決められた教室の硬い床に正座させられたうえでアズサに椅子にされるというご褒美に近いお仕置を受けた。

これはなんだか新しい扉を開きそう・・・ではない!

なんだか周りから白い目で見られるし、アケミとユウナも抱き着いてくるので針の筵のようだった。

でもこんな針の筵なら一生でも我慢できそうだ。

この日はしっかりとお仕置を受けてしまったが、次の日からも教官に励むと誓うのだった。

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