26 壊滅した町
飛び降りると視界が一切の闇に包まれた様に真っ暗になる。
灯りが無いのが一番の問題で地面に何時衝突するかも分からない。
そんな状態で俺は風が向かって来る方向が下と判断してそちらを背中にして自由落下していく。
そして地面に衝突して速度がゼロになった事を知るとまるでベットから起き上がる様に地面に手を突いて起き上がった。
そして腕の中のオメガを見るとこちらも何でもない様に俺に視線を向けて来る。
俺は立ち上がるとまずはオメガに必要な物を出してもらう。
「剣とポーション後はライトを頼む。」
ライトを点けて周囲を確認すると、この周辺は乾いた大地が広がっていてあまり草木は見当たらない。
それでもオメガは暗闇に向かって1つの方向を見詰めているもで装備を整えるとオメガの示す先へと進み始めた。
すると闇に目が慣れて来たのか薄っすらと地形が見え始める。
月が満月ならもう少し明るい筈だけどそうなるにはまだ10日はかかりそうだ。
俺は手に持ったライトを頼りに進み運よく1本の道に辿り着いた。
「このまままっすぐで良いのか?」
「ワン。」
ひたすら歩いているので確認をすると元気な声が返って来た。
どうやらまだまだ体力も大丈夫みたいなのでコイツのレベルがある程度あって前衛タイプで良かった。
そうでなかったら数時間も歩けなかったかもしれない。
そして進んでいると前方から複数のライトが迫って来たので道から少し離れて足を止めた。
エンジン音も聞こえるので車やバイクだろうけど恐らくは逃げて来た人たちだと推測される。
俺はこの中にクラタの母親が居れば良いなと思いながらこちらに気付いてもらえるようにライトを掲げた。
すると車は次第に減速して俺の前で停車し、運転している男が顔を覗かせた。
「お前は何処から来たんだ?」
「俺はダーウィンからだ。いま脱出用の船が待機している。乗るなら急いだほうが良い。」
俺の言った地名は各国の救助船が出入りしている港のある町の事だ。
日本から飛行機で来たと言うと説明が面倒になるので嘘でも相手が納得しそうな答えを返した。
「分かった。それよりもお前は何処に向かっているんだ。この先の町は魔物に占拠されてるぞ。」
「俺はクラタという日本人を探している。知ってる奴はいないか?」
「クラタ・・・。」
すると俺の問いに男は渋い表情を浮かべており、見れば後部座席に乗っている奴らも似たような表情だ。
「何か知っているのか?」
「・・・そ、そいつなら前の町に残った。」
「どう言う事だ?」
すると男は焦った様に弁明を始める。
どうやら後ろめたい気持ちがあるようだが、こちらとしては情報を貰えればそれだけでも有難い。
なにせこの大陸は広大でオメガが居るとしても人一人を探すにはあまりにも広大過ぎる。
「し、仕方なかったんだ。乗っていたバスが故障して全員を乗せられない。だから怪我人を残すと言ったらアイツも残るって言い出したんだ!」
俺は男の言葉を聞き、人情味に溢れる話に溜息が零れる。
出来ればこの非常事態に自分の命を優先してほしかった。
そうすればここでUターンして戻る事が出来たのにな。
「分かった情報に感謝するよ。何か足りない物は有るか?」
「あ、ああ。水と燃料が心許ないくらいだ。」
「それならここに置いていくから使ってくれ。」
「おまえ、そんな物は持って・・・。」
俺が歩き出した時にはオメガは既に必要な物を出してくれていた。
少しと言うならガソリン500リットルと水が100リットルあれば良いだろう。
これだけあれば何とか辿り着けると思うけど、無理だったら歩いてでも行くと思うので後は放置しておけば良い。
俺にとってはどうでもいい相手なので道を急ぐ事にした。
そして、しばらく歩いていると前方に明かりが見え始めた。
しかし、それは街の灯りではなく火事の様に炎が燃え上がった時に生まれるものだ。
俺はオメガを抱えるとそれを目標にして一気に駆け出し、炎に包まれる町を発見したのでオメガに声を掛けた。
「あそこに居るのか?」
「ワン!」
すると声と共に頷きが返されるが怪我人と共に残ったなら当然の事だろう。
そして、そのまま町の中に入ると周囲を歩く魔物を発見した。
「鰐人間か。」
俺が町へ駆け寄るとそこには二足歩行の鰐が俺達の前に立ちはだかった。
大きさは2メートル位で手足は人間の様な形をしている。
もし蜥蜴の姿ならリザードマンと言っていただろう。
それとも地域性が出ているだけなのかもしれないが武器は持っていない様で手には鋭い爪と口には牙がある。
確か鰐の咬合力は世界でもトップクラスで、あれ位の鰐でも200キロ位はあると聞いたことがある。
もしあの口に噛まれたらその部分の肉が噛み千切られるかもしれない。
俺は油断なく駆け寄ると襲い来る手を剣で斬り裂いて口の攻撃を躱した。
どうやら尻尾を軸にして噛みつきをしてくるようで瞬発力は高いみたいだ。
それでも躱せない程ではなく、飛び付く瞬間に口を大きく開くのでテレホンパンチの様に躱しやすい。
しかも口を開けると目の位置関係で前が見えない様で躱した後に大きな隙が出来てしまっていた。
これなら次に来た時には対応が簡単そうだ。
そう思っていると再び噛みつきを放って来たので躱して背中を剣で斬り裂いた。
「背中は思ってたよりも硬いな。」
斬り裂くことは出来たけど背中は鎧の様に硬く、しかも血もあまり出ていないので強度も高そうだ。
そうなると背中からの攻撃は得策ではない。
更にあれだけの瞬発力のある尻尾ならそれだけでも攻撃に転用できるだろう。
鎧の様な尻尾で殴られればかなりのダメージになりそうだ。
なら真っ向勝負しかないので正面に立つと鰐人間は再び噛みつきで襲い掛かって来た。
ワンパターンだけど前は大きな口が攻撃と防御を担当し、背後は硬い鎧で守られている。
そうなればこれがコイツの必勝パターンなのだろう。
しかし確かテレビで鰐は顎を閉める力は強いけど開ける力は大した事は無いと言っていた。
そして今の俺ならこの攻撃に合わせて相手の顎を殴りつけるのも難しくない。
俺は少ししゃがんで拳を握るとそのまま鰐人間の顎を突き上げて口を閉じさせた。
そしてガラ空きの腹に剣を走らせ一気に振り切るとそのままドロップを残して消えて行った。
「思ってたよりも強いな。」
「ワウ・・・。」
「まあ、大丈夫だろう。もう少し工夫して無理のない戦い方を考えるさ。」
そして町に入るとそこには多くの魔物が歩き回り獲物を探していた。
しかし、誰も見つけられた様子はなく、イラついた様に辺りを破壊している。
恐らくはこれが火事の原因になっているのだろうけどガス管か、それともタンクが爆発しているのか時々大きな火柱が上がっている。
そんな中で奴らの動きが変わり何処かへと向かい始めたので奴らの動きを不審に感じその後を追って行った。
すると病院の様な建物に到着し、その前で1匹の鰐人間が空に向かい何かをやっている。
きっとあれが仲間を呼ぶ合図なのだろう。
遠くからだと俺の耳には聞こえなかったけど奴らは意外と聴覚に優れているみたいだ。
そして建物の陰から様子を窺うと先程の個体よりも大きな鰐人間が周囲へと指示を出していた。
体高を見ただけでも3メートルはありそうで腹ばいの体勢なら5メートルを超える巨大な鰐だ。
おそらくアイツがこの群れのボスと言ったところだろう。
この周辺にいた魔物も全てここに集まっているみたいで100匹は居るかもしれない。
そしてオメガは先程から視線を横から上へと変えており、そちらを見ると建物の最上階に人と思しき影が見える。
そうなるとあれがクラタの母親なのかもしれないが、まさか魔物が来るのを知っていながら何も手段を講じていないはずもない。
火災用の隔壁を閉じるとかバリケードを作って階段を封鎖するくらいはしているはずだ。
しかし女性の腕でそれほど多くの事が出来たとは思えない。
それなら発見された以上はそれ程の時間は残されていないと考えるのが妥当だろう。
俺は即座に作戦を立てると視線を動かさないオメガに声を掛けた。
「今のままだと勝ち目がない。お前が囮になって奴らを誘い出せ。」
「ワン。」
俺の提案に何とも心強い声が返って来る。
その代わりと言っては何だけど、その声を聞かれて奴らにも気づかれてしまったようだ。
数匹が指示を受けてこちらへと駆け寄って来るけど、あれならたかが知れているので都合は良さそうだ。
俺達は少し離れるとそこで奴らを待ち構えた。
そしてオメガを追い詰めて襲い掛かろうとする鰐人間たちを後ろから襲撃し一気に殲滅していく。
今回は出し惜しみなしのスキルも全開だ。
身体強化で腕力を最大まで強化し、瞬動のスキルで速度と掛け合わせて切り裂いて行く。
手にはかなりの負担が掛かり体力もかなり消耗するけど数秒で魔物を全て倒す事に成功した。
俺は落ちているポーションと蘇生薬をオメガに回収させ、ポーションを1つ飲んで体を回復させる。
これを続けて少しずつ削って自分を強化するしかない。
俺は魔石ポイントも全て力に集中させてから次の戦闘へと移っていった。
しかし、そんな方法は指揮官がいる状態だと何度も通用しない様だ。
5回ほど繰り返したところで相手もおかしい事に気付いて残っている半分の40匹ほどを向かわせてきた。
こうなると少しずつ削ると言う事は出来そうもなく、作戦も変更しないといけない。
それに観察していても集団から離れる個体も無く、魚の群れの様に移動している。
コイツ等を放置して本命を叩く選択肢もあるけど、再び声をあげて呼ばれたら意味はない。
そのため、まずはこの離れた魔物の集団を倒す事に決め、俺は厳しい戦いの前にステータスを確認してみる。
ハルヤ
レベル15→18
力 64→74
防御 46→52
魔力 15→18
レベルも3上がり魔石ポイントで力を4上昇させてある。
それに今戦っている魔物はなん階層か分からないけど経験値の入りも良い。
もしかすると5階層以降の魔物が外に出てきているのかもしれない。
それともやはり多くの人間を殺した魔物は強化されてしまうのか。
それでも俺自身が相手を簡単に倒せるほどには強化されていない。
俺は覚悟を決めると剣を手に魔物へと向かって行った。
「俺はここに居るぞ!」
すると奴らの顔が一斉にこちらへと向き大きな口を開くと流動的な集団の動きで俺に襲い掛かって来る。
その瞬間この時に魔法使いが居れば有利にダメージを与えられるのにと思いながら不意にある事を思い付いた。
「そう言えば魔法じゃなくても同じ効果が出せるじゃないか。」
俺はそう思ってオメガを抱えるとその場は退却する事にした。
そう言えば最初の頃は周りにある物を使って戦っていたはずだ。
最近は剣でばかり使ってダンジョンで戦っていたから完全に視野が狭くなっていた。
俺は逃げるとすぐに周囲を走り回り瓶などを回収する。
しかし、今回は別にマキビシを作る訳ではない。
もっと凶悪な物を作ろうと考えている。
そして準備を終えた俺は再び奴らの前に姿を現した。
すると俺に気付いて奴らは同じ行動を取ると口を開けて向かって来る。
「これでもくらえ。」
俺は瓶の口に差し込んだ布に火を点け、それを数本投げつけた。
すると魔物に命中した瓶は砕け、中に入っていたガソリンに引火し炎に包まれる。
それにより動きに混乱が生じたので外周から素早く順に攻撃して倒していった。
ガソリンが燃え尽きるまでそれ程時間を使わないので手早く正確に敵の腹を斬り裂き喉を抉る。
そして半数を倒し終わると再び統制を取り戻して襲い掛かって来たので、こうなるとここからは本当にガチンコの勝負だ。
俺はポーションを口に咥えると傷を受ける事も厭わずに敵を倒し代わりに傷を負って行く。
敵の爪は思いのほか鋭く、触れれば皮膚が裂け肉を抉った。
それでも口にしているのは中級のポーションなので傷を受けた先から治癒し戦闘を継続させる。
そして、その間に俺はようやく奴らの弱点を発見できた。
虎穴に入らずんば虎児を得ずとはよく言った物だが弱点は奴らの口の中で口蓋の奥にあった。
そこは人間でも弱い部分でその気になれば箸の様な物でも簡単に貫ける。
そして、どうもコイツ等にはその先に脳があった様で一刺しで簡単に倒す事が出来た。
捨て身でなければ発見できなかった弱点のおかげで俺は何とか敵を倒し切る事に成功する。
そして、この戦闘での恩恵は俺の想像よりも大きかった。
ハルヤ
レベル18→20
力 74→83
防御 52→56
魔力 18→20
これで新たなスキルを覚える事が出来る。
俺はステータスを開くとそこにある剛力を選んだ。
これはステータス上の力の数値を2倍にしてくれるスキルだ。
更に魔石をすべて使ってステータスの数値を5上げたので俺の数値は最大166まで上がった事になる。
これならあの鰐人間のボスにも通用するだろう。
俺は追加で下級ポーションを飲み干して体を回復させると今度は正面から建物の敷地内に顔を出した。
「よう、数がかなり減ったな。」
「ギャーーー!」
俺が姿を現すと鰐人間のボスは大きな咆哮で出迎えてくれたのだが、ようやくコイツと戦う事が出来そうだ。




