258 野外活動 準備 ③
俺とダイチが男用更衣室に入るとそこにはコイズミさんが待っていてくれた。
ただし、その様子はいつもと少し違い、緊張している様にも見える。
何故かさっきまで着ていた服とは違う服に着替え、体臭が気になるのか仄かに爽やか系の香水を使っている。
まさか小学1年生の少女の為にそこまでするとは思えないので目的は想像に難くない。
しかし!しかしだ!!
一応、好青年であるコイズミさんがだ!
そのもしかしてで超ロリコンだったら大問題だ!!
ハッキリ言ってもしそうなら今すぐに首を刎ねて山奥か遠くの海に捨てて来ないといけないだろう。
まさか、そのせいで30歳を過ぎても結婚できなかった訳では無い筈だ。
ここは本人の為にもちゃんと確認しておかなければならないだろう。
「お、おい。何をするか知らないけど、その異常な殺気をどうにかしろ。周囲の精霊たちも緊張で震えているぞ。」
「ナンノコトダ?」
いけない、いけない。
仮定の想像をいつの間にか現実だと思い込んでしまっていたようだ。
確認するつもりが闇に葬る方向で動く所だった。
俺は気分を入れ替えて準備の整ったコイズミさんの許へと向かうと、着替えながら普通を装って話し掛けた。
「ラーメンは大好きですか?」
「は?まあ、好きだけど急にどうしたんだ。もしかして密かに彼女の好物でも教えてくれてるのか?」
「いえ、ちょっとした冗談です。でも彼女とは誰の事でしょうか?」
残念だけど今日のメンバーの中にラーメン好きは多い。
これは俺としても残念な事だけどコイズミさんには死んでもらうしか・・・。
「だからその殺気をどうにかしろって。精霊たちが逃げ出してるぞ。」
そう言ってダイチは俺の頭頂部へとチョップを落として来るので、どうやら再び妄想が暴走してしまったらしい。
背後に隠し持っていたナイフを収納すると何度か深呼吸をしてから会話を再開した。
「ゴホン!それで具体的には誰の事ですか?」
「だから、その・・・ココノエさんの事だよ。以前から時々視線が合う事があってね。向こうも俺の事を気にしてる様なんだ。」
向こうもと言う事はコイズミさんも意識しているという事か。
それで食事にでも誘いたくて俺にココノエ先生の好みを聞いて来たのだろう。
これはもしかしてあれか?
互いに意識し過ぎてなかなか言い出せないパターンか。
ただ様子を見に来ただけなのに想定を超える大きな収穫だ。
それなら皆に相談して了承を得る必要がある。
「それならこちらで色々と探ってみますよ。コイズミさんはしっかりと聞き耳を立てていてください。」
「そ、そこまで頼もうと思ってなかったんだけど。」
「いえいえ、俺も恋に迷う若人を助けたいだけですよ。」
それに皆も楽しんでいるし本当の目的を偽装するカモフラージュにもなる。
せいぜい2人にはそうなる様に話題を提供してもらわないといけない。
「ハハハ。若人って君の方が子供じゃないか。」
「ハハハ。ちょっとした言葉の綾ですよ。」
俺達は笑い合うと準備を整えて1階にある訓練ルームへと向かって行った。
今日は初心者の人が多いのでここでどんな事をするのかを体験してもらう事になっている。
しかし到着するとアズサ達とさっきまでは居なかった胸の大きい美人なインストラクターが居るだけでココノエ先生が見当たらない。
もしかしてこの状況に耐えられずに逃げてしまったのだろうか?
そうなると連れ戻さないといけないんだけど、この周辺は人が多くてかなり探すのが難しい。
ハルカ辺りが捜索系のスキルを持っていれば探すのも楽なんだけど、少し考えながら皆の許へと向かい声を掛けた。
「先生は逃げたのか?」
「え?・・・確かにちょっと分からないよね。私達もちょっとびっくりしてるから。」
そう言ってアズサの視線は今日初めて会う美人インストラクターへと向けられた。
こうして勝手に参加しているという事はこの人もコイズミさんを狙っている内の1人なのだろうか?
そうなると同じ職場となるのでココノエ先生はかなり不利になる。
やはり普段から接する時間が少ないとチャンスを掴むタイミングを逃してしまうからだ。
それに、これだけ美人に迫られればコイズミさんだって心変わりしてしまうかもしれない。
すると、さっそくコイズミさんが顔を少し赤くしながらその女性へと向かって行った。
「今日も綺麗ですねココノエさん。」
「・・・・・・は?」
すると何を思ったのかコイズミさんはその美人に向けて自身が気になっている女性の名前を告げた。
もしかしてこの人には目に重大な病気を抱えているのだろうか。
俺は心配になって回復魔法を強めに掛けてみるけど様子に変化は無い。
「あれ?体が軽くなった様な・・・。」
「それよりも、お世辞は結構ですから仕事をしてください。」
「ハハハ、その通りですね。」
なんだか少しは慣れている内に雰囲気がおかしな事になっている。
コイズミさんは怒られて喜んでいるし、女性の方は顔を歪めて視線を逸らしている。
ただ、共通なのは2人とも頬がほんのりと赤い事だなので、まさか好青年に見えるコイズミさんは女っ垂らしだったのか!?
「ねえ驚くのも分かるけどアレがココノエ先生なんだよ。」
「え?でも彼女の後ろに女性はいないぞ。」
俺はアズサが示す方向に視線を向けるけど、あの美人インストラクター以外の女性は発見できない。
今は時間も昼過ぎという事でこの訓練ルームには誰も居らず、見える人影は外から彼女に気付いて覗き見をしているハイエナの様な男達だけだ。
「だからアレがココノエ先生なの。まるで別人だけどちょっと魔法で回復させて本人が薄く化粧をしたらあんなに成っちゃったんだよ。」
「何!!」
そう言えば化粧をする事で意識を切り替えたり、自己暗示によって精神を安定させる効果があると聞いた事がある。
それに顔の疲れはアズサが魔法を掛けた事と、さっき食べた栄養満点な食事と相まって消えてしまったのだろう。
それで薄い化粧でもこんなに激変してしまったのか。
それにしても外のギャラリーがちょっと邪魔だな。
自己暗示で性格が変わっているとしてもココノエ先生の方が気になるみたいだ。
俺は窓辺に駆け寄ると威圧を放ちながら上に取り付けられているロールスクリーンで目隠しを行った。
これで外の目を気にせず、変な奴も入って来ないだろう。
もし入って来る猛者が居ても俺のスキルコンボで追い出せば良いだけだ。
そして俺達は部屋が空いているという事で車座になるとストレッチを開始した。
「お兄ちゃんは本当に柔らかいよね。」
「アケミもだろ。俺はここまでなるのに苦労したぞ。」
今でこそ足を開いて前に体を倒せば胸が床に着くし、イナバウアーみたいなポーズだって余裕で出来る。
でも最初はやっぱり体が硬くてアケミ達3人に押してもらったりして大変だった。
ただ体が密着したりと作為的な事も頻繁に起きて内心でちょっと楽しかったのは秘密だ。
そして適度な雑談をふまえながら皆にさっき思い付いた提案を口にする。
「そう言えば俺達ってキャンプ初心者なんだよな~。やっぱり誰か雇った方が良いと思わないか~?」
「そうだよね~。やっぱり保護者である大人が1人だけっていうのは人数的にも心配だよ~。」
俺は自然な会話で話を切り出し、それにアケミも返してくれる。
流石は俺のソウル・シスターなだけはあり、返しも俺と同じで完璧と言って良い。
「そうだよね。道具は揃ってるけど知識も足りないよね~。」
「山には毒蛇や危険な虫も居るかもしれない。」
「そうだな。12人も居れば目が届かないかもしれないな。」
「そうですね。プリントには人員が必要ならそちらも揃えるようにという事でしたから。」
ちなみにプリントには必要な道具、人員は各自で担当の教師と相談して揃える様にとなっている。
本当は俺達の様な小学1年生には荷が重いのでココノエ先生が率先して動くべきなんだけど、普段の彼女にそれは不可能だ。
俺が殆ど持っているのでそれを参考にして学校では既に申請済みだ。
とは言っても借りたのはテントだけなので他は全て俺の物を使う事になる。
問題なのは必要な人員というところで、これは専門のインストラクターを雇っても良いし知り合いに頼んでも良い。
お金が発生する場合は半分を自己負担で半分は学園が払ってくれるため支払いも多くはない。
しかし俺達の場合は問題が解決するまでがミッションなので何日掛かるかが不明なだけど。
「と!言う事なので先生どうですか!」
「許可します!」
今の強気な先生ならそう言ってくれると思っていた。
そして、ここに入る時の掲示板にはキャンプや登山などのインストラクター派遣の広告もある。
それにそこにはちゃんとコイズミさんの名前もあり、同行可能項目にはキャンプと登山が含まれていた。
以前に大学では登山部に居て山歩きなどを行っていたと言っていたのでそのおかげかもしれない。
それに意中の相手という事もあり、ココノエ先生もしっかりと確認していたようだ。
「後はコイズミさんしだいですね。1週間ほどでお願いできませんか?日時はこちらになります。」
俺は配られていたプリントを取り出すとそれを風に乗せてフワリと飛ばしてコイズミさんへと渡す。
それを読んだコイズミさんは笑みを浮かべるて頷くと「ちょっと待っていてくれ。」と言って部屋を出て行った。
このジムではインストラクターを指名予約する事が出来るので予定が空いているのか確かめに行ったのだろう。
1週間という長期で仕事をお願いする事になるので流石に矯正するには無理がある。
そして少しすると先程まで受付に居た女性を連れてコイズミさんも戻って来た。
手にファイルを持っているので事務的なお話もあるのだろう。
ただ、その足取りには迷いは無いけど向かって行ったのはココノエ先生の所だ。
あの人にその手の交渉や確認が可能だろうかと思ったけど、その心配は無駄に終わって別人のような口調と決断力で話を進めていく。
「予定を見させてもらい確認しましたがここなら可能だと思います。それとこの内容だと1日で御1人様1000円程の負担となりますが問題ありませんか?」
「それは学園の補助があってですか?」
「そうなります。先程アンケートに答えてくださった方の中には同じご家庭の方も居られるようなので。」
確かにこのグループには双子や兄弟だけで3組も居るので気になっても仕方ない。
しかも1週間と言う事は合わせて14000円にもなるり、普通ならそこに食費やらが加算されるのでもっと金額が高くなるだろう。
しかし食材は俺が全て提供して道具もテントは借りられ、それ以外の道具も俺が持っている。
だから1000円と言っても1日の食費だとすれば苦にはならないだろう。
そして、それは既に話し合いによって決まれらた共通認識だ。
しかし0円だった出費が1000円になるのでココノエ先生は鋭い視線を周りへと向けた。
「皆さんは構いませんね。」
「「「問題ありません。」」」
そして女性陣からは元気な了承の返事が返された。
そのため意見を言おうとしたダイチは上げかけた手を下ろし、何も無かったかのようにストレッチを始めた。
しかしアイツの場合はシュリの意見が最優先なので既にさっきまでの意見は頭の隅にも残ていないだろう。
そして俺もそれに頷くと全員一致でコイズミさんの同行が承認された。
「そういう事でよろしくお願いします。」
「それなら俺が纏めて払っておくので後でお金を集めてください。」
「分かりました。ここはアナタに任せます。領収書を頂けますか。」
「はい。それにしてもここの生徒さんたちはしっかりしていますね。」
「しっかりし過ぎですが私も助かっています。」
そして女性が俺からお金を受け取り領収書を書いていると外が少し騒がしくなってきた。
すると扉が開きそこから少し怒った感じの男性が姿を現しコイズミさんへと近づいて行く。
どうやら服装からここでインストラクターをしているスタッフの様だ。
そしてその男性はコイズミさんと肩を組むと俺達から離れ小声で会話を始めた。
「おいおいコイズミ。なんでもここでの仕事を幾つかキャンセルしてキャンプの方に行くらしいじゃねえか。しかも相手は女王だって。」
「その呼び方は蔑称でしょ。ちゃんとココノエさんと呼んでください!」
どうやらココノエ先生はここのスタッフに裏では女王と呼ばれているみたいだ。
しかし、その呼び名は今の姿なら的を得ている。
それで言えば普段の姿は何に例えれば良いのだろうか。
『ヘタレ』、『腰抜け』、『優柔不断』・・・なんだかしっくりこないな。
こんな時に我が友であるショウゴが居れば学内アンケートを取ってあだ名を決めてくれるのに。
しかし、アイツと出会ったのは高校に入ってからだ。
それに俺がこの学園に入学した事で出会う運命から外れてしまっているので二度と会う事は無いかもしれない。
すると、どうやらさっきの男性もいまだにコイズミさんへと突っ掛かっている様だ。
肩を掴んだまま腰をグリグリして文句を言っている。
「俺も週末は家族サービスがあるんだよ。息子がキャンプを楽しみにしてるんだ。代わりに入れるはずが無いだろ。」
「佐藤さん、そこは俺の将来の為と思って。」
しかしコイズミさんも簡単には引き下がるつもりは無いらしい。
それにもしこのままチャンスを逃せば10年以上の独身生活が待っている可能性もある。
ここは男を見せる時だぞコイズミさん!
しかしコイズミさんの態度に本気を感じ取ったのか男性の顔に驚きの表情が浮かぶ。
「お前、マジで彼女に惚れてるのか!」
「あ、あまり大きな声を出さないでください。そういうのはもっと雰囲気のある所で自分から伝えるんですから。」
しかし、そんなやり取りをしていると先程の女性が背後から忍び寄って行く。
そして手に持っているファイルを掲げるとそれをサトウと呼ばれた男性の頭へと振り下ろした。
「壮真さん!若い子のフォローをするのも私達先輩の役目でしょ!」
「だけどな佳歩。」
するとソウマと呼ばれた男性は頭を押さえながらカホと下の名前で呼んだ女性へと顔を向ける。
どうやら、この2人はかなり親しい間柄の様だ。
それによく見ればカホさんとソウマさんは同じ結婚指輪をしていて内面には互いのイニシャルが刻印してある。
「もしかして2人は夫婦なのですか?」
「ハハッ!そうだぜ。今は小1の子供も居るんだぞ。」
そう言って先程までと違い俺達に笑いかけると自慢する様に指にしている指輪を見せて来る。
その様子にカホさんは呆れて溜息をついているけどココノエ先生がガン見しているので咳払いをしてこちらに向き直った。
「まあ、そういう事なら仕方ねえな。ここはいっちょ俺がどうにかしてやるよ。」
どうやらココノエ先生の真剣な瞳に負けてソウマさんが仕事を引き受けてくれるみたいだ。
まあ、今にも人を刺し殺しそうな目で睨まれては俺でも仕方がないだろうと思える。
するとそんな中でカホさんの方がちょっとした提案をしてきた。
「もし良ければ私達もアナタ達に同行しても良いですか?息子をキャンプに連れて行ってあげたいんです。野外活動の邪魔はしませんから。」
するとココノエ先生が周囲へと視線を向けると反対意見は無いのか誰も首を横には振らない。
もともと俺達がコイズミさんの仕事に割り込んだのが原因なのでそれをちゃんと分かっているのだろう。
「それでしたら私達と一緒でも構いませんよ。野外活動と言ってもそこでキャンプをする以外の目的は無いので経験者が増えるのは助かります。」
「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいです。目的地には自然を楽しめるところが沢山あるから案内も可能ですよ。」
するとカホさんはココノエ先生に小声で耳打ちをすると互いに頷いて納得を見せた。
ちなみに2人が何を話したかというと・・・。
「あそこには川があるので遊ぶには良い所ですよ。」
「水着の準備は万端です。」
「フフフ。それなら後方支援は任せてください。」
「フフフ。よろしくお願いします。」
こんな感じのお話がされていたけど、コイズミさんも水着が必要になるのでそれはカホさんに任せよう。
あちら側にも事情を知る理解者が居る事で俺達の企みも順調に進められそうだ。
その後はしばらく体操や運動をした後に部屋から出て行こうと扉を開けた。
するとそこには足元に黄色い看板が立ててあり清掃中と書いてある。
ここに入ってから誰も来ないと思えば誰かが気を利かせてくれたみたいだ。
恐らくはカホさんだろうけどトレーニングルームはここだけではないので問題も無かったのだろう。
そして俺達は更衣室でシャワーを浴びて外に出ると燃え尽きたココノエ先生を連れてジムを後にした。
それに今のこの姿をコイズミさんに見せる訳にはいかない。
こんな状態で互いに添い遂げる事が出来るのだろうかと心配にはなるけど愛に生きる2人を信じる事にしよう。
但し、今後の展開を楽しむ・・・違う違う。
少しでも2人が自然な形で愛を育めるようにお手伝いをしてあげよう。
その為にまず先生には強くなってもらわなければ困る。
そういう事なので今回はボランティアとしての教官をさせてもらう事にした。
俺は内心でニヤリと笑うと数カ所に電話を入れて許可を取り、その日の内に準備を整えた。




