256 野外活動 準備 ①
ここには特別な客が特別な話をする為に個室が用意されている。
防音はバッチリでちょっとしたシェルター並みの強度と密閉性がある。
だから俺の能力を持ってしても話は一切聞こえてこない。
でも中に誰が居るかは分かっているので視線を向けると笑顔で返されてしまった。
中に居るのはアンドウさんとゲンさんとトウコさんなのでシェルター越しにでも見られていれば気付くだろう。
そして手招きをされてしまった以上は行かなければならなくなってしまったので仕方なく席を立った。
これが藪蛇と言うのか・・・下手に覗くべきではなかったかもしれない。
「ちょっと呼ばれたから行って来るよ。」
「「「行ってらっしゃい。」」」
俺の行動に首を傾げている者も居るけどアズサ達3人は平常運転だ。
村上姉妹もさっきの誓いから普通に話をする様になってきているので少し離れるくらいは問題ないだろう。
「もしかして呼ばれちゃった?」
「ああ、悪いけど皆を頼む。後で支払うから食べられる物も出しといてくれ。」
「分かったわ。任せておいて。」
アズサが居るので少し心配だけど時間的に昼が終わって下の方も空き始めている。
ホノカも手が空いていると言っていたし売り上げにも貢献するので問題は無いだろう。
そして俺は扉の前に立つとそこに付いている明らかに不釣り合いなゴッツイ電子ロックのボルトが動き入れるようになった。
これってどう見ても誰かの趣味としか言いようが無いけどそこには触れないでおこう。
俺は扉を開けて中に入るとそこにあるソファーへと腰を下ろした。
「こんな所で密談ですか?この面子なら理事長室でも良いでしょ。」
「理事長室だと美味いコーヒーが出んからな。」
「ここのコーヒーは本当に美味しいわね。出資した甲斐があったわ。」
「出資と言っても雀の涙でしょ。あなたがもっと積極的ならこんなに時間が掛からなかったのですよ。」
「ふふ、でもまさかアナタが公私混同をする所を見られるとは思わなかったわ。」
そう言って笑うトウコさんにアンドウさんは不機嫌そうな顔で返す。
もしかしてアンドウさんのこの姿を隠すためにここを使ってるのかもしれない。
それならどうして俺が呼ばれたのだろうか?
「そういう話がしたいなら俺は要りませんよね。今はクラスメートと来ているので戻りますよ。」
「いや、来てもらったのはこの話ではなく、もうじき行われる野外活動についての話じゃ。」
「そう言えばこの学園では毎年そういったイベントがあるそうですね。たしか学校側から指定されたミッションを攻略するんでしたか。」
でも小学1年生の時にある野外活動なんて芋を1人で何個彫り出せとか、牛の乳しぼりなどの職業体験レベルなのでかなりイージーなはずだ。
それなのにどうしてこんな所で話をしているんだろう・・・やっぱりホノカのコーヒー目当てか?
「実はお前に言われて色々調べてみたんだが精霊がらみのトラブルが最近になって増えて来ている。その原因も最近になって判明したのだ。」
「なら対処できるだろう。精霊関係のスキルを持っている奴らを探せば・・・。」
「居ないんだ。」
「は?」
「だから居ないんだよ。お前は知らないと思うがあの時代でそういうのが主流だったのは北海道だ。しかし、ある時を境に精霊は彼らとの交流を絶った。一時は精霊に見捨てられた民族と言われていたほどだ。」
考えてみると、あんなに精霊に好かれていたウシュラを邪神に捧げようとしたのだから、状況的に見れば自業自得だろう。
ウシュラ自身も時々心配を零していたけど、もしかしたら知っていたのかもしれない。
「その後はどうなったんだ?もしかして滅んだのか?」
「いや、お前の残した熊が上手くやったみたいだ。そうでなければ人が住めない土地になっていたかもしれん。」
邪神との戦いの後は一度も会っていないけど頑張っていたのなら安心した。
子熊たちもそれぞれに選んだ相手と生涯を共にしたとは聞いていたけどアイツが一番苦労したのかもしれない。
「それで話しは戻るがのう。今回の野外活動にその内の1カ所を入れようと思っておる。」
「おい待て!野外活動で指定されたミッションは達成できなかったら退学だろ!」
「だからお願いね。」
それで俺が呼ばれたと言う事か!
どうあってもミッションを達成させてアイツ等に今後の自信を付けさせろって事だな。
ならこれは仕事と言う事で成功報酬を求めても良い筈だ。
「なら俺はここで報酬を要求する!」
「何が良いの?」
「参加者全員の夏休みの宿題免除!」
「・・・あなたも子供みたいな事を言う様になったのね。」
なんだか周りから呆れられているけど俺は宿題が嫌いだ。
今は出来ないのではなく嫌いなのでお金を出せば回避できるならお金を出しても良い。
しかしトワコはそういう所を絶対に妥協しない。
だから俺は今回の報酬に夏休みの宿題免除を要求する!
「それで良いならこちらも問題ないけど本当に良いのね。」
「もちろんだ!」
これで夏休みは皆で遊んだり出来るはずだ。
それにそろそろゲームも本気を出さないとツクヨミたちに負けそうだからな。
そして2人からの確約を貰い、俺はルンルン気分で仕事を請け負うと部屋を出て行った。
その後の室内では・・・。
「あの子。ウチの学校では長期休みに宿題が無い事を知らないのかしら。」
「あれは真実を知った時の顔が楽しみじゃ。」
「アイツはこういう所が結構抜けてるからな。」
そんな会話が行われているとは本人も知らず、それを知るのは夏休みに入る直前の事だった。
俺は皆の所に戻るとそこに積まれているサンドイッチに手を伸ばして1つを口へお放り込んだ。
適当に取ったので中身を確認していなかったけど、どうやら卵サンドのようで口の中には柔らかい卵の甘みを感じる。
そこにシャキシャキとしたキュウリの歯応えが加わり、からしマヨネーズが良いアクセントになっていてとても美味しい。
それにしても少し席を外しただけなのに凄い状態になってる。
ミキやカナデが食べた量の数十倍はあり、初めて見る者はその姿に目を丸くしている。
するとホノカが背後からやって来て金額の書いてある伝票を渡してくれた。
端数はサービスしてくれたのか金額も35000円とかなりお得なので、それを払ってから食事を再開する。
「ねえ、ハルヤはさっきも皆のお金を払ってるけど、もしかしてお金持ちなの?」
「いいや。俺は一般家庭に生まれた普通の子供だよ。・・・だからそんな疑わしい者を見る様な目は止めてくれないか。」
嘘は一つも言っていないのにミキからだけでなく、他のメンバーからも変な目を向けられてしまった。
どうして本当の事を言っても誰もそれを信じてくれないのだろうか。
「それで、さっきは何の用で呼ばれたの?」
すると話題転換にアズサがさっきの事を聞いて来た。
俺は先程の事を話して説明を行い、宿題の件は秘密にしておく。
当日に教えて皆を驚かせてやるのだ。
それにどうせ選ばれるメンバーは既に決まっているのだろう。
俺としてはここに居る全員と行きたいけどそれは学校側が決める事だ。
「でも、そのミッションはかなり大変そう。もしかしたら選ばれたメンバーによっては行くまでに訓練が要るかもしれない。」
確かにハルカの言う事はもっともなので、最低でも山が滑り落ちて来ても生き残れる様にしておかないといけない。
メンバーが決まったらダンジョンを使わせてもらえるか交渉してみよう。
「そう言えば誰か精霊に関して詳しい人を知らないか?」
「それなら私が少し知ってるからご飯をご馳走してくれたお礼に教えてあげる。」
するとハルカが都合よく情報を持っていた様だ。
その辺の話はウシュラたちからは聞けなかったのでとても助かる。
彼らもあの時はまだ子供で出会った時には親が死んで数年は経っていた。
それにそう言うのを教えてくれる村の連中との関係は最悪だったので知識を持っていないと言っていた。
そのためハルカの話がどの精霊かは分からないけど参考にはなるだろう。
「この国には神を最初に産んだイザナギとイザナミが居るのは知ってるよね。」
「ああ。その辺に関しては少しだけ。」
まあ、イザナミ様とは直接面識もあるけど今は何をしているんだろうか。
イザナギを殴りに行くとは聞いていたけど、あれから一度も会っていないのでそちらもちょっと気になる所だ。
「ハルヤ聞いてる?」
「キイテマス。」
「なら良い。それで、精霊にも最初に他の精霊を生み出した精霊オリジンが居る。オリジンは火、水、風、土の精霊を生み出し、そこから更に小さな精霊を生み出した。」
「なんだかゲームの設定みたいだな。」
「でも複数の角度からの調査の結果。」
「そうなんだな。それ以外に知ってる事は有るか?」
「他の国の精霊使いが話してた。精霊たちはオリジンを探してるらしい。」
「行方不明なのか?」
「何でも数百年前に一人の男に惚れ込んで人間に生まれ変わったけど、それ以来は姿を消してる。噂では日本で何度かその痕跡が見つかったらしいけど本当の事は分からない。」
それだと精霊と仲の良いシュリにでも聞いてみるか。
そう言えば屋久島にはシアヌとウシュラの子孫が居たはずだけど、そっちはどうなったんだろうか。
「その言い方だと今の日本に精霊使いが居ない事を知ってるんだな。」
「・・・ひ、秘密。」
「精霊使いが居ないのが何でか知ってるか?」
「屋久島に居た精霊使いの本家が潰えたから。シュリ達の先祖は昔その島から出て行った家系。両親に力が無いのにあの2人は力を持って生まれてる。」
「なんでそんな事知ってるんだ?」
「・・・秘密。」
どうやら自分の事は教えてくれないみたいだけど、これで色々な事が聞けたので助かった。
それに以前から町を歩いてると変な奴らが護衛に付いていると思ったらもしかすると忍びがこの時代にも生き残っているのかもしれないな。
そう言えばハルカの上の名前は甲賀だったけど、本当はコウガと読むんじゃないだろうか。
それならもしかすると俺とハルカの子孫かもしれない。
でもどうやらハルカにはちょっとドジっ子気質があるみたいだ。
「なら良い。色々と聞けて助かったよ。」
「気にしないで。これも仕事。」
「仕事?」
「・・・秘密。」
やっぱりドジっ子だな。
見てて面白いのでしばらくはこのまま様子を見よう。
「よし。そろそろ帰るか。」
「え!でも山の様なサンドイッチはどうするのよ!?」
「それが無くなったから帰るんだろ。」
俺はそう言ってテーブルに視線を向ければそこには空になった白い大皿があるだけだ。
ちなみにこれはアズサ用の特別な物で普段では使われる事は無い。
アズサも俺と一緒に何度か以前の店に言ってはメニューの考案などにも協力をしていたので、その関係もあってこれが今も置かれている。
まあ、通っている学園は教えてあったので捨てずに持って来るのは当たり前だろう。
ちなみに準備してある食べ物が多く残った時は俺が閉店後に行って買い溜めついでに譲ってもらっていた。
お金はしっかりと払ってあるので店に損はさせていない。
きっと今日に関しては準備してあった食材の大半が無くなっただろう。
「いつの間に!さっきまであったのに何処に消えたの!」
「それじゃあ、帰るぞ。」
ここでアズサの胃袋と言うのは止しておこう。
女性とは時にミステリアスなくらいが丁度良い。
俺達はエレベーターに乗り込むと疲れ果てた厨房スタッフの横を通り過ぎて外へと向かって行った。
「また明日な。」
「また明日ね。」
そして俺達は4人で空へと飛び上がりると家に向かって帰って行った。
その数日後、待っていた野外活動のメンバーが発表れる日がやって来る。
「それでは班分けを書いたプリントを渡します。不満がある人も居るかもしれませんが仲良く野外活動を頑張りましょう。」
発表の際にトワコ先生の目が蛇の様に縦に割れているので言っている本人が一番不満そうだ。。
そして配られたプリントに目を通すと、先日のメンバーにミキとシュリが加わった12人がチームとなっている。
クラスの約半数だけど聞いた話ではこれは珍しい事では無いらしい。
教師が同伴するので担任と副担任で2チームに分けられるからだ。
そして俺達の担当は副担任のココノエ先生だ。
てっきりトワコ先生が来るものと考えていたけど違ったらしいく、それであんなに不満そうな目をしていた訳か。
ただ彼女には今後の事もあるので何かお土産を買って帰る必要があるだろう。
ただ副担任のココノエ先生はいまだに自信が無さげな表情を浮かべ、まるで倒れそうな顔をしている。
もし倒れたとしても強制的に回復させて同行させるのだけど足を引っ張られないかが心配だ。
死んだくらいでは見捨てないけど出来れば今回の事で何かの自信に繋がって欲しい。
しかし俺は生徒なのにどうして教師の心配なんてしてるのだろうか。
これも入学するまでに教官なんてしていたからに違いない。
どうも人の世話を焼いてしまう癖が付いているみたいだ。
「それでは班同士で集まって計画を話し合ってください。」
「「「は~い。」」」
そして、それぞれに別れて内容を確認していく。
あちらは聞いていた通り芋を掘ったり牛の乳搾りをしたり・・・なんだと!
山羊の乳搾りをするのか!
俺もあっちに参加して良いかな!?
「ハルヤ、声に出てるよ。」
「お兄ちゃん、来年に期待しようよ。」
「それとも私の・・・。」
「それなら話し合おうな。」
ユウナの爆弾発言はこの年齢の少女たちには威力が有り過ぎる。
せっかくミキたちとも話す様になったのに再び心の壁が形成されてしまう所だった。
「今回の目的は山に行っての野外キャンプだな。必要だと思う物を挙げてくれ。」
「薪が必要だと思うな。」
「マシュマロも要ると思う。」
「ご飯を炊かないとね。」
「それなら大きな釜も必要だよね。」
「お風呂も欲しいかな。」
「テントも必要だよね。」
「やっぱり山と言ったらバーベキューをしないと思う。」
ココノエ先生とダイチとシュリ以外は今回の目的を知っているだろうに遊ぶ気満点だな。
「あ、それとここに川があるよ!」
「それなら水着も必要だね。」
「裸や下着は嫌だから必須だよね。」
「1人の目を潰せば・・・。」
再びユウナが危険な事を言っているけど皆の視線がダイチへと集中しているので止めてあげて欲しい。
もしステータスに心のヒットポイントが表示されていれば枯渇寸前かもしれない。
「そんな事よりもだ。」
「そんな事言うな!」
「いや、そうじゃなくてダイチとシュリは水着持ってるのか?」
すると俺の言いたい事に気が付いたのか2人の顔がハッとなる。
「私達は持っていません。」
「そういえばそうだな。」
すると周りの目が今度はシュリへと向けられたので、どうやらターゲットが変更された様だ。
「それなら皆で水着を買いに行こうよ。」
「賛成です。」
そして和気藹々とした会話の中で1人だけ静かな存在が居る事に俺は気付いて声を掛ける。
今は俺が仕切ってるから話が進んでいるけどこの役目は本来ココノエ先生がするべき事だ。
あちらの班ではトワコ先生がそれを行い、しっかりと話を進めさせている。
なんでこの人がこちらの班に付けられたのか何となく分かって来た。
「先生はどうしたいですか?」
「私は・・・お任せで・・・。」
「それなら先生の水着はマイクロビキニ・・・。」
「ま、待ってください!どうしてそんな言葉を知ってるの!?それにそんな水着先生は着ませんからね!」
「だってお任せするって言ってましたから。」
「うぅ・・・。」
「話し合いに参加しますか?」
「・・・はい。」
どうやら自己主張が出来ない訳ではなさそうだ。
自信が無いだけなら本人が少し頑張れば大丈夫だろう。
「先生は何か欲しい物はありますか?」
「恋人が欲しいです。・・・今の無しで!そ、そうですね。皆でカレーが作りたいです!」
どうやらテンパると本音を零すタイプのようで、これはこれで面白いけど大人を揶揄うのは良くない。
俺は節度ある小学1年生なのだ。
俺は心の中でそう呟くと皆が言った物を横へと出して並べて行く。
「なんだかハルヤって未来から来た猫型ロボットみたいだね。」
ちょっと惜しいけど未来から来たのは正解だな。
でもこれくらいのサバイバル道具は既に準備済みだ。
マシュマロだってたくさん持ってるぞ。
バーベキューセットやテントにコテージだってバッチリだ。
「後は肉に野菜に草・・・は良いとして、ジュースに食器もOKだな。」
「なんだか途中で毒草が見えた気がする。」
「気のせいだろ。」
すると鋭いハルカが俺の出した草に食い付いて来た。
俺と違って食べたい訳では無いだろうけど視線がとても冷たい。
「毒殺?」
「だから気のせいだって。」
「ヤル時は手伝う。」
「いいから気にするな。それよりも準備する物は大丈夫だから問題は水着くらいか。」
しかし、ここでアズサ達の視線が俺へと突き刺さったので服関係と認識されたのだろう。
これは選ばせないつもりみたいだけど、俺は準備を怠らない男だ。
だから既に通販でこれというのを買ってあるのだよ・・・フッフッフ!
「俺は既に持っているから良いぞ。」
「出して。」
「え?」
「持ってるんだよね。家のタンスとかには無かったもんね。」
「はい?」
「予備も含めて見せてください。」
「・・・はい。」
俺は笑顔の3人に詰め寄られると生まれたての子山羊の様に体を振るえさせ、(実際の時は振るえなんてしてなかったけど)水泳用に買っておいたトランクスを3人へと差し出した。
それをそれぞれに手にすると広げて柄を確認して行く。
「没収。」
「焼却。」
「滅却です。」
そう言って3人は窓を開けるとトランクスを投げ捨てると地面に落ち付前に魔法で灰にしてしまった。
せっかく買ったのに何て酷い事をするんだ。
ああ、俺の月柄パンツに良く分からない魚パンツ。
アニメキャラが書いてあるのもあったのに・・・。
「今週に皆で水着を買いに行きます!先生も良いですね!?」
「は、はひ!」
すると先生もアズサの問答無用な提案に立ち上がると背筋を伸ばして返事と共に敬礼までしている。
この先生がここまで胸を逸らすのを初めて見たけど意外とその胸部装甲は立派な物を持っている。
もしかすると疲れた顔を回復させ、髪を整えてからデザインの良い眼鏡を掛けさせれば化けるかもしれない。
そして話し合いはある程度の纏まりを見せ、週末の予定を確定させてから終了となった。




