255 喫茶店 カリーナ
邪神の許からマルチを助け出してから数日の時が経過した。
既に今回作った4つのダンジョンに関しては俺達の手によってドーム状の防壁が作られ、3つには傍に簡易的にビルの様な建物が作られている。
このビルを作ったのが俺でそれなりの強度にはしてあるけど強化はしていない。
もし取り壊すならその方が良いし、そうでないなら強化を掛けて事務所として使ってもらう。
ただアンドウさんが居ればどうとでもするだろうから何かあれば連絡があるだろう。
そしてアズサ達には国からぞれぞれに4億円の報酬が振り込まれた。
ナクロさんがどんな報告をしたのかまでは知らないけど、一つ3億の計算なので1分程度で作ったにしては良い稼ぎになっている。
この調子ならまた依頼が来るかもしれないので今後も期待しよう。
それとダイキとシュリに関してはあれから少し困った事になっている。
アンドウさんに話して調査してもらうと既に日本中でトラブルが幾つか起きているらしい。
組織でも手が出せず立ち入り禁止にしてあって開発を妨げているそうだ。
報酬も大きくて解決できれば数千万から億単位となっているらしく、どれだけ困っているかが分かる。
それなので、これに関してはトウコさんと相談して決めれば良いだろう。
本人達はあまりに報酬が大きので怖気付いてるからこんな時くらいは大人に頼るべきだ。
ちょっと頼る相手が心配ではあるけどあの人となら相手に舐められる事だけは無い。
それと俺への報酬もしっかりと入っており、ビルは無料と伝えているけどダンジョン構築に貢献したことが評価された結果だ。
金額は5000万円と皆に比べると少ないけど、それ以上に価値のあるアイテムを大量にゲットしたので何も言う事はない。
きっとそれらを提供すれば巨額の報酬となっていただろうけど今はお金よりも身内の方が大切だ。
そして今日はお昼で授業が終わるので皆も予定を合わせて話題になっているカリーナの喫茶店へと行くことになった。
学校の正門を出ればその向かいにあり、横断歩道が無くても空歩を使えば道路を飛び越える事が出来る。
俺達の中でそれが出来ない者は居ないので簡単なものだ。
そして店の前に到着して看板を見ると、そこにはカリーナ喫茶店と書いてある。
今のカリーナの名前は紡乃花なので店の由来を知らなければ分からないだろう。
一応ゴート・カフェ初代経営者と検索すれば分かるけど、店の名前で人が来る訳ではない。
ここに居る人はこの店で淹れてくれるコーヒーを飲みに来ているのだ。
ただし、行列を人数を1人で捌くのは物理的に不可能なので彼女には既に数人の弟子が居る。
1階はその人たちが切盛りしているけど御客が減らないのはそれだけ全員のレベルが高いからだ。
奥には厨房もあって簡単な軽食も提供し、昼にはランチメニューもあるので多くのお客さんで賑わっている。
そんな中で子供が並べば視線も集めるのは仕方がないだろう。
そして注文カウンターに到着すると皆と決めてあった注文を伝える。
「カフェオレ8人分をMサイズで。」
「畏まりました。」
そう言ってカウンターの男性は一礼すると奥へとメニューを伝え「4000円になります。」と言って来た。
そしてお金を払い終わり、移動しようとするとカウンターでコーヒーを作っている男性が声を掛けて来た。
「ハルヤ君じゃないか。君は会員証を持ってるから皆と上で飲むよね。」
「はい。そのつもりです。」
声を掛けて来たのは彼女の弟子の1人でゴート・カフェで働いていた時から面識がある。
時々飲みに行っていたのでタイミング的に合格点に達していないコーヒーは俺が安く買って家で皆に呑んでもらっていた。
同じ様なマメで同じように淹れているのに味が違うので何かが違うのだろう。
ハッキリ言ってスキルを全開にして見ても分からないので俺には完全にお手上げだ。
そういう事もあり俺は彼らともそれなりに仲が良い。
「それなら上に行けばホノカさんが居るからそっちで淹れてもらうと良いよ。大事なお客さんが来てるから邪魔はしないようにね。」
「了解です。」
そして俺達は並んで奥のエレベーターへと向かって行った。
これは会員だけが使える様になっていて会員証が無ければ開く事が出来ない。
俺はセンサーにカードを翳すと扉を開けて皆を中へと入れて行った。
「入ったな。」
「ハルヤはどうするの?」
「すぐ上がるから出た所で待っててくれ。」
「分かったわ。」
そして扉が閉まるとエレベーターは上へと登っていく。
俺は2階で止まったのを確認すると少ししてから注文を終えた2人の人物の許へと向かって行く。
「お前等もここで食うのか?」
「何か悪いの?」
「いいや。でも席が空いてないから一緒にどうかと思ってな。」
俺が声を掛けたのは村上姉妹であるミキとカナデだ。
姉であるミキは札を持っているけど丁度良い席が空いていない。
離れてなら座れるだろうけど、この姉はそれを良しとする性格ではないだろう。
「ねえ、お姉ちゃん。」
「・・・分かったわ。でもどうするのよ。」
「俺は2階に上がれるからそこで食べれば良い。別に俺達と一緒じゃなくてもここよりは席が空いてるはずだ。でも別の客が居るから大人しくして欲しいそうだ。」
「ならそれで良いわ。」
「声を掛けてくれてありがとう。」
ミキの方には少し棘があるけど、それは俺の周りに女の子が多いからだ。
どうも、そのせいでコイツにとっては俺が悪い虫に見えるらしく、否定も肯定もしないので勘違いされたままになっている。
ただ、動物園で喧嘩をした男子生徒にも似た様な事を言われたので周りからはそう見られているのかもしれない。
俺は先程の男性に2人の注文も上に送ってもらう様に言うとエレベーターに乗って2階へと昇って行った。
「お待たせ。」
「ああ、村上さん達を迎えに行ってたんだね。」
「一緒には食べないらしいけどな。」
「そんな事言ってないでしょ。良いわよそれくらいなら。」
「そうなのか?まあ、あまり騒がない様にして席に着こうか。」
「ええ。」
「はい。」
すると俺の傍にカナデがやって来ると小声で話し掛けて来た。
コイツはいつも姉のフォローをしているとても良い奴で妹の鏡と言える。
「ああ見えてお姉ちゃんも誘って貰えて嬉しいの。」
「そうなのか?」
「うん。だから良ければまた誘ってください。」
「了解。」
それならそうと素直に言えば良いのに、クラスでも少し浮いているけど唯の人見知りなだけのようだ。
これからは皆が良ければ時々誘ってやれば少しずつでも馴染んで行くだろう。
「何かあたらまた教えてくれ。」
「はい。」
俺は密かに協定を結ぶと端の方の席を確保して皆にはその周辺で席に着いてもらう。
そして周囲を見ながら店内の家具や人の配置を確認し、何かあればいつでも動けるようにしておく。
ここは広いフロアに点々と席が設置してあり壁際にコーヒーを淹れるカウンターがある。
そこにカリーナ・・・この時代だと呼び方を変えないとおかしく思われるのでホノカがコーヒーを淹れてくれていた。
周りには5人程の若い男女が居るけどおそらく一般人ではなく、気配からして既に実戦を経験してレベルも上げているようだ。
もしかすると九十九の卒業生かもしれないので、軽く会釈だけはしておく。
なんだか俺の顔を見てヒソヒソと話しているけど面識があったかは覚えていない。
俺は気にせずにその横を通り過ぎてカウンターに向かうとホノカに声を掛けた。
「大人数で来てすまないな。」
「いらっしゃいハルヤ。良いのよ。大事なお客様が来てるからここでコーヒーを淹れてるけど今は暇だったから。それとこれ、ちょうど出来たから持って行って。」
「ああ。」
俺はカフェオレと村上姉妹が注文したサンドイッチを受け取るとそれを収納してテーブルへと戻っていった。
そしてテーブルに到着してそれぞれに配ると俺は自分の名前が添えられているカップに手を付ける。
「どうしてアナタだけ名前があるの?」
「俺は昔からの常連だからな。あっちも味の好みが分かってるんだよ。」
聞いて来たのは俺とはあまり話した事のないミキの方だ。
いつものメンバーにはそれなりに説明してあるので気にしていない様だけど、村上姉妹とまともに話をするのも今日が初めてだから知らなくて当然だろう。
「私達と何が違うの?」
「簡単に言えばミルクの量が多めで砂糖が多い。」
「ちょっと頂戴。」
そう言って向かいに座るミキはサッとカップを奪うと一口飲んで唇に舌を走らせた。
行儀が良いとは言えないけど、せっかくの交流の場で怒る程の事でもないだろう。
しかし俺が何も言わないのを良い事にカップは全員の手元を一周し、俺の所へと戻って来た時には中には1滴も残されてはいなかった。
「「「ごちそうさまでした。」」」
すると全員から一斉にそんな言葉が送られ控え目でも明るい笑い声が口から漏れている。
揃って共通のことをするのは仲良くなる切っ掛けとなるので俺は苦笑を浮かべると追加注文をするために席から立ち上がった。
すると、そんなに騒いではいないはずだけど何か用でもあるんだろうか、先程の男女も立ち上がりこちらへと向かって来る。
そして俺の傍に来ると彼らは笑顔を浮かべて声を掛けて来た。
「教官お久しぶりです。まだそんな格好をしているんですか?」
「もしかして俺の訓練を受けた奴等か?」
「はい教官!5年ほど前ですが流石に覚えていませんよね。」
「すまないな。5年と言ったら始めて2年くらいか。何人かは覚えてないけど去年だけでも600人は指導したからな。」
「我々の中でも最初は教官に教えてもらった人が殆どです。その後スカウトされてここに居ますが・・・教官は我々の隊長とは?」
「アンドウさんなら良く知ってるよ。知らないのもここには混ざってるから機密は話したらダメだけどな。」
「ハハハ!危うく叱られる所でした。」
「それでは我々も任務中なのでそろそろ失礼します。」
「その姿も似合ってますよ。」
そう言って彼らは自分達の席へと戻って行った。
しかし殆どの者に俺が子供である事は明かしてあるけど、その時から成長していないのでこれが仮の姿とでも思っているのかもしれないな。
彼らと会ったのが5年前なら俺は2歳かそこらのはずだ。
流石にその姿は見せられないから5歳くらいの姿を見せてあるはずなので勘違いしたとしても仕方のない事かもしれないな。
「アナタって変な奴ね。大人から教官なんて呼ばれたり敬語で話し掛けられたり。それなのに学校では実力が評価されなくても何も言わないなんておかしいわ。」
すると俺の矛盾点をミキが指摘してきた。
しかし村上姉妹以外は誰も気にしていない様で美味しそうにカフェオレを飲んだり笑ったりしている。
若干ワラビが噴き出して咳込んでいるけど横に居るルリコが背中を擦って介抱しているので落ち着いて来たみたいだ。
「俺は周りの評価を気にしないだけだ。知るべき者が知っていて護りたい奴を護れればそれで良い。だから言いたい奴には好きに言わせておくさ。以前みたいに俺の前へ立ちはだからなければな。」
「でも、それだとアナタが悪目立ちするだけでしょ。」
「ああ、お前と一緒だな。」
「うっ!」
するとミキは図星を突かれたように言葉を詰まらせ、視線が横へと泳いでいく。
そして、その先には声を噛み殺す様にして笑うカナデの姿があった。
この事はクラスの全員が気付いているし、クラス以外には俺が悪目立ちし過ぎて全く意味をなしていない。
逆に外見の幼さと可愛らしさもあって微笑ましく見られている程だ。
「と、言う事なのでお前の行動は逆効果だ。大人しく皆と仲良くして楽しく過ごせ。」
「うぅ~・・・。でも友達の作り方なんて知らないわ。」
コイツはもしかして気付いていないのだろうか。
さっきまでは皆で笑い合い楽しそうに話していたじゃないか。
子供なんだから言葉にしなくても楽しい時間を共有できるならそれは友達と言って良い。
そんなミキに皆も笑みを浮かべ言葉を掛ける。
「これからもこうして色々楽しい事を一緒にしようね。」
「何かやりたい事があったら声を掛けてよ。」
「次は買い物にでも行きましょう。」
「私達は既に友ではないか。」
「あ、それ私が言おうとしたのに!これからよろしくね。」
「友達は多い方が楽しい。」
「こうしてまたも純情な少女が自覚のない男の毒牙の犠牲となるのだった。」
するとせっかく良い話で終わろうとした所でルリコが最後に変な事を言って俺に視線を向けて来る。
それに誘導されて他の皆も俺に視線を向けると何故か笑い始めた。
しかもせっかくミキとも仲良くなりかけていたのに、その目に警戒心が再燃してカナデを守る様に鉄壁の構えを取っている。
そんな中でアズサはカップを取って皆の前で掲げて見せた。
それに合わせて皆もカップを掲げて笑みを浮かべる。
「我ら生まれし場所、時は違えど困りし時は助け合い、これからの長き時を友としてある事を誓わん。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
なんだか三国志にある桃園の誓いみたいだな。
本当はもっと色々な事を誓いあうんだけど子供ならそんなに硬い事を言わない方が良いだろう。
ただ問題としては皆には手元に飲み物があるけど俺の所には空のカップしかない事だ。
皆は残ってるカフェオレを飲み干しており、俺は飲むふりだけでもしておく。
これなら先に追加の注文をしておけば良かった。
「仕方ないか。」
俺は諦めてカップに口を付けると飲むフリだけはしておいたので、これでちゃんと友達と認識されてるかな。
そんな事を思っていると周りから「あ!」という声が複数聞こえて来た。
そちらを向くと何やら顔が赤い連中が並んでるけど、どうしたのだろうか。
ちなみに赤いのはアン、ワラビ、ハルカ、ミキ、カナデの5人でルリコはヤレヤレと溜息をついている。
アズサ、アケミ、ユウナはニコニコしているし俺は何かをやらかしたのだろうか?
すると何も言ってないのにホノカがやって来て俺からカップを奪うと新しいカフェオレを入れたカップを置いてカウンターへと戻って行った。
その途中でさっきの5人を見ると手に何も持っていないのに何かを食べる動作をして笑っているし、いったい何をしたと言うのだろう。
俺は全く分からずに首を傾げると渡されたカフェオレを口に含んだ。
「なんだかいつもより苦い気がするな。」
それを聞いて周りが声に出して笑うので本当に訳が分からない。
これがもしかしてハブられるという奴だろうか。
皆が笑っていれば俺も嫌ではないので今は大人しく笑われておくことにした。
(だからそこの大人%人!手の動きを早めずに大人しくコーヒーを飲んでいろ。)
俺はそんな事を思いながら大事な客がいると言う個室へと視線を向けた。




