250 ルリコ ②
俺は彼らへと残したメモはこうだ。
『娘の魂は預かった。
返してほしければ俺の指定した所まで2人で来い。
他者へと話した場合は娘は永遠に目覚めないと思え。』
恐らく昨日の出来事は父親が目を覚ました時に聞いているだろう。
正気に戻る前の事が抜け落ちている様なので俺の事は悪魔かそれに準ずる何かだと思っているはずだ。
それに悪魔王の物語には幼い子供をかどわかして魂を奪って行く物もあり、それを騎士や通りすがりの正義の味方が助けていた。
世界的にはそれなりに有名な実話として広がっているので誘導は容易い。
「でも俺って幼い子供をかどわかしたかな?ヨーロッパの時は泣いてる子供に飴ちゃんをあげたり、死にかけてる子供の傷を治して別の平和な場所へと逃がしたり、迷子の子供を親の所へ連れて行ったりはしたんだけどな。ん~教会の奴等が都合の良い様に書き替えたのか?」
そんな事を考えて悩んでいるとようやく両親が到着したようだ。
ただそこは町の外れにある郊外で周りには誰も住んではいない。
そしてここにはもうじき1つの問題が発生する。
「来たぞ悪魔め!娘の魂を返せ!」
「フッフッフ!簡単に返してはつまらんではないか!」
「約束が違うぞ!」
「俺は来れば返すとは一文字も書いていない。ただし、お前等には試練を潜り抜けてもらう。」
「何だと!」
俺は芝居がかった動きで片手を突き出すと周囲に向かって挑発を放つ。
するとそこかしこから魔物が姿を現しこちらへと迫って来た。
それはこちらを悪魔と見なしている2人からは魔物を呼び寄せた張本人に見えるだろう。
ただ現れたのは全て虫の魔物で姿はカミキリムシやカマキリ、トノサマバッタにカブトムシと魔物にしてはソフトな奴らだ。
数も100程度しか居らず、レベルが10もあれば十分に戦えるだろう。
ちなみに前回は組織に居る予知能力者によって事前に知らされ俺が駆除を担当した所だ。
しかし俺なら2秒で終了する所でも今の彼らにとっては死闘と言える場面だろう。
「さあ、我が配下たちよ。あの者達を餌にしてしまえ。」
そして魔物の知覚範囲外へと移動してその場から姿を消した。
すると虫系の魔物は知能も低いので少しすれば標的を変えてルリコの父親と母親へと向かっていく。
そして俺はターゲットから外れた所で元の位置に戻り2人の様子を見守る事にした。
「真理子!俺の後ろに下がるんだ!」
「何を言ってるの!1人でこの数を相手に出来るはずは無いでしょ!」
すると目的は1つなのに意見の食い違いから口論を始めてしまった。
しかしそんな事を魔物が気遣ってくれるはずは無く、鋭い牙を剥き出しにすると次第に距離を詰めながら2人を包囲して行く。
「ハハハハ!こんな時にも言い争いかね。本当に人間とは醜く滑稽な生き物だ。1つの目的の為に心を1つに出来ないのだからな。どうやら喰われて死ぬのがお好みらしい。」
このままでは本当に食べられてしまいそうなので挑発している様に見せかけて2人に状況を知らせてやる。
すると周りを見てようやく気が付いたのか父親の方から考えを改めた。
「マリコ背中は任せたぞ!」
「任せなさい!ダテにあなたの妻はしてないのよ!」
母親はマリコと言うらしく、槍を出して旋回させると強い意志の籠った瞳で魔物を睨みつけた。
どうやら言葉の通り唯の専業主婦ではなさそうだ。
今の姿ならエプロンよりも上半身を覆う半甲冑や武者鎧などが似合いそうだ。
しかし父親の方は札を取り出しても上手く術が使えない様で剣を出して戦い、時間を掛けて1匹を倒す事には成功した。
しかし、時間を掛ければそれだけ周囲は魔物で埋め尽くされて行く。
今はマリコさんが頑張って戦っているけど長い時間は続かないだろう。
「ハハハハハ!こんな雑魚とは思わなかった。ステータスの使い方もろくに知らないとはな。魔物を倒せは初回のボーナスがある事も知らんとは我もとんだハズレを引いたものだ!」
するとハッ!とした表情を浮かべた父親は傷を負いながらもステータスを開きそこに書かれているスキル取得可能個数とスキル欄に視線を走らせた。
そして、その動きには一切の淀みが無くすぐさま2つのスキルを選び取ると札を構えた。
「火蜥蜴よ我が声に応え現れよ。紅蓮の炎を纏いて全てを焼き払え!」
そして札を投げると炎が渦を巻きそこから火蜥蜴が姿を現した。
その姿に魔物たちは距離を取り、僅かな隙が生まれる。
「焼き払え!」
「ギャーーー!」
すると火蜥蜴は一叫びすると炎を火炎放射の様に吐き出し複数の魔物を同時に焼き払ていく。
しかし、それでも魔物はまだまだ残っているので優勢になったとしても勝利にはまだまだ遠い。
そして虫系の厄介な所は外殻が硬い事なので武器が悪ければ破損の可能性が常に付きまとっている。
『バキ!』
「槍が!」
「マリコ一旦下がれ!」
「でも・・・分かったわ!」
どうやら予備の武器は持ち合わせていない様だ。
俺は予備の予備までは準備してあるというのに迂闊な夫婦には困ったものだ。
仕方ないので以前にツバサさんが作った槍の予備をくれてやろう。
形としては母さんが使っている青龍偃月刀と一緒だけど、これは30階層で手に入れた素材で作ってある。
今の敵ならこれでも生素切りに出来るだろう。
「愚かな女だ。戦いは遊びではないのだぞ。常に予備の予備を準備しておくのが当然だ。特に護る者が居るならな!どうだ魂の半分でこれを譲ってやらん事も無いぞ!」
「止めろマリコ!悪魔の口車に乗るんじゃない!」
「今は生き残るのが先決よ!その話を受け入れるわ!」
「ならば受け取れ!」
俺はマリコさんの足元へと槍を投げつけ地面へと突き立ててやる。
それを手にすると一気に引き抜き、迫って来る魔物たちを一薙ぎで葬った。
「凄い威力よアナタ!」
「しかし、お前の命が!」
「今は2人で無事に戻ってルリコを抱きしめる事だけを考えましょ!」
「・・ああ、そうだな!」
そして武器とスキルが強化された2人には目の前の魔物たちは雑魚へと成り下がっている。
そのため戦いは当初の苦戦が嘘の様に解消され10分という短い時間で終了した。
「さあ約束だ娘の魂を返してもらうぞ!」
「誰があれで終わりだと言った。最後の1匹を忘れているぞ!」
そして最後に出て来たのは3対の鎌を持つ大型の魔物だ。
コイツの出現が予言に含まれていなければ俺に依頼は来なかっただろう。
倒すにはレベルにして30程度は必要になり、魔物を倒してレベルは上がっているだろうけど予想では15前後と言ったところだ。
全てにおいてこの2人では勝てる相手ではなく、その大きさは10メートルを超えているので顔を見るだけでも見上げないといけない程だ。
しかもその鎌は自分達よりも大きく、黒く鋭い輝きを放っている。
既にその顔からは恐怖と諦めが滲み出しており、互いを求める様に手を握り合っていた。
「これが最後の試練だ!・・・というのは冗談だ。」
「「は?」」
そして俺の言葉に2人は揃って口を開けて声を漏らした。
俺は最後に出て来た魔物を一刀両断にして消し去ると2人の前で仁王立ちする。
「どうだ。少しは強さと絆を実感できたか?」
2人は今も強く手を握って離そうとはしない。
しかし開いた口はなかなか塞がらず、視線は俺に固定されている。
なので俺はここで1つの種明かしを行った。
「俺は未来のルリコの為にこの地へと舞い降りた。このままではあの子が不幸になるからな。」
「それはどういうことだ!?」
「そのままの意味だ。後は家族同士で良く話し合って考えるんだな。言っておくがルリコが不幸になる要因があれば俺は再びお前達の前に現れる。その時は容赦しないから覚悟しろよ。」
俺は最後に体を最大まで大きくして見下ろすと地響きと共にその場を飛び去り、これで一旦は終了で良いだろう。
そして、それを告げる様に周囲の景色が一瞬で切り替わったので、どうやら再び問題が起きている様だ。
スマホを手にすると入学式の半年前程であれから1年と少しと言ったところか。
そして再びルリコの家に向かうとそこでは家族が3人揃って誰かと話をしていようだ。
俺は見られない様に近くへと潜み聞き耳を立ててみる。
「それでは九十九学園へと入学を断ると言うのですね。」
「我が家にはローンもありますし私立の小学校に通わせる余裕はありません。」
「そうですか。それなら今回はお暇しますが気が向けばいつでも連絡ください。編入でも構いませんからね。」
きっとこれは九十九学園へとスカウトの話だろう。
しかし私立の学校となれば通常に比べて何倍もお金が掛かる。
でも、こうして見た感じでは家族としては普通の生活をしている様だ。
それなのに、こうして俺がここに来ていると言う事はルリコは九十九学園へと通い続ける事を希望しているという事になる。
俺の事を嫌っているのにそう思うって事は、それなりに何か夢でもあるのかも知れない。
なら、それを叶えてやるのが俺の役目であり、武力も知恵も使わずにお金だけで片付くならこれ以上簡単な事は無い。
さてと足長山羊さんの登場だな。
「ゴホン。メ~~~。」
「何でしょうこの声は?」
「山羊さんかな?」
「・・・山羊!」
すると父親は勢いよく窓を開けると庭で美味しく草を食べている俺を発見した。
その顔には恐怖が浮かび、後ろへと大きく1歩下がる。
それを見てマリコさんも手元へ槍を取り出すと、いつでも斬り掛れる様に椅子から立ち上がっている。
しかし、そんな緊張を破壊する様にルリコは窓から飛び出して俺の首へと抱き着いて笑顔を浮かべた。
「山羊さんだ~!あれからどうしてたの?」
「メッメッメ~!ずっと君の幸せを願っていたに決まってるだろ。ところでルリコは九十九へは行きたいのかい?」
「行ってみた~い。パパもママもその方が将来には絶対に良いって毎日悩んでるもん。でもそれには沢山のお金を借りたりご飯が美味しくなくなるんだって。」
それはもしかすると奨学金制度を申し込んだり、料理のグレードを落とすと言う事だろうか。
それにしても現代のルリコと違って喋り方も幼くて子供らしくなっているので、あれから邪神からの干渉は無いみたいだ。
「それならまずはその問題を解決するから中に入りなさい。」
「は~い。」
俺はルリコと並んで中に入ると並んで立っている2人の前に向かい顔を見上げた。
「俺が来た意味は分かるな?」
「ああ。しかしこればっかりはどうにもならない。俺達にどうしろと言うんだ?」
きっと叫びたいのは山々だろうけどルリコの手前があるので声を荒げない様に努めているようだ。
そしてルリコはさっきまで自分の座っていた席に戻ると入れてあるココアを飲んで笑みを浮かべている。
「それならまずは入学させろその後は誰かが助けてくれる。」
「誰が・・・。」
「それは秘密だ。きっとお人好しな足長おじさんだ。それとこれはさっき食った庭の草の代金だ。」
そう言って俺は砂金を取り出すと床の上にポンと置いた。
これだけあれば入学金と合わせても十分な金額で換金できるだろう。
「俺達は施しは受けない。」
「これは今後の代金だ。時々様子を見に来るからしっかりと庭を手入れしておけ。ここの草は良い味をしているからな。」
草ソムリエである俺が言うのだから間違いない。
とても手入れもされていて渋みと甘みが丁度よくマッチしている。
「俺はお前達の都合を考えた事は一度もない。常にルリコだけの幸せを考えて行動している。嫌ならいつか返して見せろ。無利子で貸し出してやる。」
それだけ言ってルリコの許へと向かうと軽く頬擦りをして外へと向かって行った。
そんな俺に向かってルリコは寂しそうに声を掛けて来る。
「もう行っちゃうの?」
「しばらくすればまた会える。その時は俺を探してみてくれ。」
「うん!」
そして家から出るとそのまま空へと飛び立って行った。
すると周囲の景色が切り替わり視界は闇へと閉ざされてしまう。
どうやら歴史の改ざんが上手くいったのかも知れない。
すると俺の目の前に今のルリコが姿を現した。
「どうやら体は無事みたいだな。」
「私の事よりも結果を教えてください!」
どうやら、この状態だと歴史の影響を受けないか受けにくい状況みたいだ。
今も俺を睨む様な目で見ていて、あの時の幼さは微塵も無い。
「起きれば分かる。」
「・・・分かりました。でももし変わっていなければアナタを一生恨みます。」
「好きにしてくれ。」
もともと一生恨まれる覚悟は出来ているし、死んではやれないけど殺しに来るなら来れば良い。
何度だろうと追い返してやる。
そして意識の覚醒を感じて目を覚ますと、そこは見慣れない天井の下にあるベッドの上だった。
『ボタボタ!』
「ああ、手足が片方ずつ無くなってるな。ハハハ!寝起きにこれはキツイ。」
「笑ってないで早く回復しなさい。他の子が来たら卒倒しますよ。」
するとカーテンを開けてハクレイが顔を覗かせる。
どうやらここは学校の保健室みたいだ。
「状況の説明を頼む。」
「2限目の最中にアナタが居眠りをして目を覚まさなくなったのでここに運ばれて来ました。と言う事になっています。」
「ルリコに関しては?」
「元気に入学して真面目に授業を受けいます。あなたとの記憶は全て失ってるようですが、あの子の学費に関する話は生きてるようです。良かったですね足長山羊さん。」
「それは良かった。それじゃあ、俺はそろそろ戻る。」
俺は話の間に手足を生やしてベットと床に広がってしまった血糊を綺麗に消し去った。
これで次に使う相手も気分よく使えるだろう。
「本当に人間離れしていますね。私達でもそこまでの回復力はありませんよ。」
「便利だろ。」
「そこまで行くと気持ち悪いですね。」
俺は褒め言葉か罵倒なのかよく分からない言葉を背中に受けながら教室へと戻って行った。
そして扉を開けて中に入ると以前と顔つきの違うルリコの顔を見て僅かに笑みを浮かべる。
「トワコ先生。今戻りました。」
「ご苦労様です。席に戻っても良いですよ。」
「はい。」
どうやら流石に地獄で働いていただけは有り、歴史が変化した事には気付いている様だ。
俺はルリコの横を通り過ぎて席に座ると、もうじき終わりそうな授業に耳を傾ける。
すると前に座っているルリコが少し振り向き、こちらに小さな紙切れを渡して来た。
「まさか不幸の手紙か?」
「違います!」
すると小さな声で否定の言葉が飛んで来た。
まあ内容は読めば分かるだろうと手紙を開くと、そこに書かれている文面へと視線を走らせた。
『色々とありがとうございます。
あなたのおかげで今の私はとても幸せです。
それにとても昔の事も思い出しました。
しかし、今の私はあの時の私とは別人でアナタの事を愛しているのか分かりません。
だから心を整理する時間を下さい。
それまであなたが持たせてくれた簪はお預かりしておきます。
どうか不甲斐ないルリをお許しください。』
俺は手紙を読み終わると小さく溜息を零した。
実は眠る前にルリコに持たせたのは厳島で回収したルリの簪だ。
あれは使用者登録をしてあるので俺と奥さん達しか触れる事が出来ない。
それが触れるという事は誰であるかが絞り込む事が出来る。
それに長年連れ添っていた時にルリは稀にではあるけど予知夢を見る事があった。
そこから状況や家系に能力を考慮すれば1人しか浮かんでこない。
それにあの時に結婚していた誰かが転生後に困っていた場合は助けると決めていた。
なのでここまで確信が持てれば過程や結果は1つも変わらなかっただろう。
だからこのまま他の誰かと恋に落ちて結婚したとしても俺の態度が変わる事は無い。
あえて言えば少しだけ寂しいと思うだけだ。
俺は軽く笑って手紙を収納すると再び授業へと耳を傾けた。




