25 オーストラリアへ
到着するとそこには荒れた滑走路が広がっていた。
それもその筈、ここは既に何年も前に閉鎖された空港だからだ。
しかし、そこには一機の軍用輸送機が待機し給油を行っていた。
恐らく整備されていなくてもあの手の飛行機なら離着陸が可能なのだろう。
まあ、俺達の場合は失敗しても死ぬ事が無いので問題ないけど足が無くなるのは流石に困る。
それにどうやら、初めての空の旅はファーストクラスでとは言えないみたいだ。
そして頼んでおいた大量の物資をオメガに持たせるとアンドウさんに促され輸送機へと向かって行った。
「こっちです。」
「そちらもそろそろ普通に喋ったらどうだ。喋り慣れてないのが丸分かりだぞ。」
「そうか。ならそうしよう。ちなみにあの中には別の国から来たメンバーも乗っている。喧嘩しない様に仲良くしろよ。」
「そういうのはもっと早く言ってくれ。」
「フッ。」
(ワザとかよ。まあ良いか。)
俺と一緒の境遇なら争いにはならないだろうと考え、俺は気楽に機内へと入って行った。
するとそこにはヨーロッパ系の顔をした2組の男女が乗っていて確かにどう見ても外国の人だ。
俺は英語は全く駄目なのでどうやってコミュニケーションを取れば良いのか頭を悩ませた。
すると相手の方が立ち上がりこちらへとやって来る。
そして俺の前に来ると気さくな感じで声を掛けて来た。
「緊張するな少年。俺達には言葉の壁なんて存在しないんだからな。」
「え、そうなのか?」
ここ最近は話す相手も限定されていてニュースも日本語ばかりだったから気付かなかった。
「フフ、やっぱり知らないと驚くわよね。これから仲良くしましょ。」
そう言って手を伸ばして来るので俺も手を出して握手を交わした。
なんだか俺と違ってかなり自然な感じで精神にあまり変化が無い気がする。
どうして俺達とこんなに違いがあるのだろうか。
「そうか。力を与えた存在が違うかもしれないのか。」
あの時に届いたメッセージにはこの世界の神々と複数形で書かれていた。
そうなれば各地で力を得た人々にも違いが出てもおかしくない。
「お前は意外と鋭いな。俺達の所でもそれについて意見が色々出ているんだ。でも、そちらはあまり良い変化では無かったみたいだな。」
「悪くはないけどな。俺は家族が大事だったからそちらに感情が偏ってるだけだ。」
「俺達もそれに近い所はあるがやっぱり他人に対する愛情も大事だぜ。」
そう言って目の前の男性は隣の女性の肩を取って自分に引き寄せる。
すると相手の女性は乗せられた手の甲を抓ってソッポを向いてしまった。
「だから私達はそんな関係じゃないでしょ。小さな子も乗ってるんだからこういった事はもっと控えなさい。」
すると男性は手の甲を擦りながら明るい笑い声をあげた。
「ハハハ。それでもいつかお前を振り向かせてやるぜ。そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はトマス。俺達はみんなイギリス人だ。」
「私はエリンよ。」
エリンは先程の事もあって少し声に棘がある。
まあ、俺に向けられたものではないのでそっとしておこう。
「俺はアルバート。気楽にアルと呼んでくれ。ちなみにこっちの俺達はしっかりと恋人関係だぜ。」
アルはそう言ってもう一人の女性を抱き寄せたけど、こちらはトマスと違い遠慮が無く大胆な動きだ。
それでも女性は怒ったりはせずにアルの背中に軽く手を回して微笑みを浮かべている。
「もうアルったら。子供の前で恥ずかしいでしょ。私はマヤよ。よろしくね。」
「俺はハルヤだ。少しの間だけどよろしく頼む。」
「ええ、よろしく。それで、その子があなたの相棒なのかしら。」
そう言って俺の足元で胸を張るオメガを指差して聞いて来た。
どうやら紹介されるのを今か今かと待ちわびている様だ。
「こっちは臨時の相棒でオメガだ。名前負けしてるけど笑わないでやってくれ。」
「ああ分かった。それじゃあ俺達の相棒も紹介しておくぜ。」
そう言って口笛を吹くと大きな影が立ち上がった。
よく見るとそれは真っ黒で大きなハスキー犬の様な犬だ。
でもよく見ると犬歯がハスキーに比べて長く顔も細いのでこれは普通の犬ではないだろう。
「これは狼か狼犬かな?」
「よく一目で分かったな。コイツは狼犬のタイラーだ。」
「犬とは特徴が少し違うので。こいつは前衛が担当か?」
「いや、実はこう見えて後衛の魔法職なんだ。おかしいだろ。絶対に俺の方が頭が良い筈なのによ。」
そう言ってトマスは心の声を叫んでタイラーにジト目を送る。
するとタイラーは自慢するように鼻息を吐くとトマスの肩に手を乗せて2本足で立ち上がった。
そうなると身長がトマスを上回り逆に見下ろす形になる。
何とも面白い上下関係を見て俺の所はどうだろうかと思考を巡らせた。
(・・・俺の所もあんまり変わらないな。)
それにしてもトマスの気持ちはよく分かる。
俺だってリリーの方が頭が良いとは言い切れない。
俺の方が頭が良いとも言い切れないけど。
「トマス。お前の気持ちはよく分かるぞ。」
「そうか分かってくれるか。それで、やっぱりそいつも後衛なのか?」
「いや。こいつのステータスは前衛だけど完全にサポートだ。でも本当の相棒は魔法職だからな。俺もお前の意見には賛同する。」
するとトマスは感動して俺に抱き着いてきたので何とも大げさな対応だけど俺も同じ考えの同士に巡り会えて少し嬉しい。
「アナタ達そろそろバカは止めなさい。」
するとエリンから厳しいお言葉が飛んできたので俺達は男の友情を確かめ合ってから互いに離れて握手を交わした。
「トマスとは仲良くやれそうだな。」
「俺もそう思うぜ。困った時には声を掛けな。」
「そうさせてもらう。」
すると先ほどから俺達を見ていた2人が立ち上がりこちらへとやって来た。
1人はもちろん病院理事長のオオサワさんだけど、もう一人は幼い少女のようだ
「話は終わったかの?」
「はい。それで、どうして御孫さんのマキがここに居るんですか?」
その顔には覚えがあり、理事長が自分の手で蘇らせた御孫さんで、まだ体も小さく院長の腰ほどの高さしかない。
でもここにこうして居ると言う事はステータスはあるのだろうけど、まさか溺愛している孫娘を連れて来るとは思わなかった。
「良いんですか?」
「構わんよ。この子の両親。儂の息子と義理の娘も今から向かう先に居る。こちらは安否確認が取れておるからすぐに会えるじゃろうな。」
「もしかしてこっちを志願したのは?」
「ホッホッホ。何の事かな。儂はしっかりと仕事はするぞ。」
「それなら構いませんけどね。」
「良いのかよ!」
「これから行く所は遊園地や動物園じゃないのよ。」
するとアルとマヤから異論の声が上がった。
まあ、普通の感性が残っていれば異常なのかもしれないけど、俺達からすれば大した事ではない。
「本人が行きたいなら良いじゃないですか。死んだら蘇生させれば良いだけなんだから。」
「ク、クレイジーな奴だなお前。」
自分でもそう思ってはいるので否定は出来ない。
やっぱり早く普通の感覚を取り戻すためのリハビリに入らないと昔の感覚が完全に消えてしまいそうだ。
最初の頃はもう少し何かを感じていた気がするのだけど、最近はそれもあやふやになっている気がする。
その後、俺達の乗る飛行機は目的地へと向かい出発した。
その場所とは日本の南に位置する巨大な大陸オーストラリアで既に半分以上が魔物に占領されて人々は北へと移動している。
話では幾つかの国が魔物の制圧に乗り出しているそうなので大丈夫だと思うが問題は目的の人物が無事かどうかだ。
そして機内で睡眠を取りながら空を進んでいくけど俺は起きたばかりなので筋トレを行ってから眠りに着いた。
父さん達を見ていてステータスを生かすためには体も直接鍛えた方が良いと判断したからだ。
恐らく、これからは俺のしているような事が全体的な常識になり、トレーニングなどが自然と取り入れられるようになるだろう。
または俺の様にひ弱な人間はスキルの選択をサポート寄りになり、それに見合ったスキルを取得する様になる。
それから考えれば俺が進んでいる道は間違いかもしれないが自分の手で家族を守りたいのでこの道に悔いはない。
それに他の道も存在しなかったと言えるので今のままで進むつもりだ。
だからまずは自分の体を鍛えて今以上の力を身に着ける必要がある。
当然、力を強化しているので普通の訓練では体を鍛える事は難しい。
日本が落ち着いたら俺もジムに行って効率の良いトレーニングを教えてもらった方が良さそうだ。
そして日が沈んで少しすると地平の先から街の明かりが見え始めた。
日が沈んでからは真っ暗だったので目が慣れてよく見えるが、光りが灯っていると言う事はまだ大丈夫と言う事だろう。
船が到着するまであと1日は掛かるそうなので俺達はその間に町を魔物から護る必要がある。
そして俺達の降下方法は簡単だ。
空港が使えない以上、ここからパラシュート降下するしかないのだが、トマス達の背負う様なバックを俺達は背負っていない。
それは当然、理事長とマキも一緒で、流石は日本から派遣されただけはある。
そんな俺達を見てトマスが声を掛けて来た。
「お前らはどうしてパラシュートを付けないんだ?」
「え?俺達に必要ないだろ。」
「「「「は!?」」」」
するとトマス達の声が引き金だったかの様に後部格納庫ハッチが開き風が周囲に巻き始めた。
「ハルヤ君。先に行っておるぞ。」
「マキと離れない様に気を付けてください。」
「大丈夫じゃよ。」
その目にはいつになく強い力が宿っていた。
あの目が出来るなら死んだとしてもその手を放さないだろう。
「ちょっとお前ら!」
そしてトマスが止める暇もなく二人は町から少し離れた荒野へと落ちて行った。
その様子はまるで下り階段に足を踏み出す様に軽く自然な動作だ。
しかし、ここは高度数百メートルでかなりの速度が出ている。
一般人なら死亡確定だろう。
「お前ら狂ってるのか!?」
「いや、一般的な衝撃で俺達がダメージを追わないのは分かってるだろ。」
「お前らの国はそんな非人道的な実験を既にしているのか!?」
その目には驚愕と焦りに加えて怯えの様なものが感じ取れる。
でも流石にそんな事は国の主導でしたら国際問題になってしまいそうだな。
「いや、俺が自分である程度確認した結果だ。それよりも早く下りないとポイントがズレるぞ。」
「チッ!これに関しては後でまた会いに行くからな!」
「ああ。好きにしてくれ。俺もこんな高度から落ちるのは初めてだから楽しみなんだ。」
そしてトマス達も時間が無いのであれこれ言いながらも降下していった。
彼らも軍事訓練を受けている訳ではなさそうなので無事にパラシュートが開けるか分からないけど問題はないだろう。
それにしても他の国の人達とは初めて会話したけど意外と感情豊かなようだ。
あれでいざと言う時に判断が下せるのだろうかと不安だが、今回は護衛が目的なので大丈夫だろう。
それに俺達だけで守る訳じゃ無さそうだし周りも協力してくれるはずだ。
そしてオメガを抱え上げるとこの場所に目的の人物が居るかの確認を行った。
「ここにクラタの母親はいそうか?」
「ク~ン・・・。」
まだここには居ないみたいだな。
「それならどの方向に居るか分かるか?」
「ワン。」
どうやら既に何かを感じているらしく内陸の方向を向いてしきりに鳴きわめいている。
俺が今回受けた依頼内容は日本人を護衛して無事に船で脱出させる事だ。
それさえ守れば他に行動を束縛する内容は書かれていなかった。
俺はコックピットへ繋がるマイクに声を掛けて指示した方向に行ってくれるかの確認を行った。
『分かった。可能な限り要望に応えよう。』
「感謝します。」
飛行可能距離もあるから無理は言えず、俺が頼めるのは可能な範囲で目的地に向かってもらうことくらいだ。
そして更に1時間ほど飛行すると機内のマイクから声が聞こえて来た。
『この辺が限界だ。』
「分かりました。ここまでありがとうございます。」
『後は頼んだぞ。』
「はい。」
俺はそれだけ言うと地上へと飛び降り暗い大地へと向かって行った。




