249 ルリコ ①
学園に戻ると俺はルリコを連れて保健室へとやって来た。
そして扉を開けるとその先には・・・。
「なんでハクレイがここに居るんだ?」
「何って私がここの保健医だからですよ。それ以外に何があるというのです。それよりもその子は誰ですか?」
「そうだったな。ベッドを借りるぞ。」
「ご自由に。」
俺は備え付けのベッドの1つにルリコを寝かせると、大まかな事情をハクレイへと話した。
コイツも邪神とは深い関係があるので相談する相手としても丁度良い。
「やはり計画を早めた方が良いかもしれませんね。」
「計画?何か考えてるのか?」
「はい、時期的に封印を作っているあのゴーグルが限界ですからシステムを一新しようと思っているのです。その為に外部から結界に干渉して新たな装置で崩壊を防ぐのです。」
「そうすれば結界は修復できるのか?」
「いえ、修復ではなく維持です。今の段階で開いてしまった穴は塞げません。それに関しては別の方法で対処します。しかし、その場合に1つ問題があります。」
「なんだ?」
「封印を新たに制御するためにはメインとなっているゴーグルが邪魔です。それを排除しないといけません。」
「それは破壊するという意味か?」
「または取り除くかのどちらかです。しかし、それが出来るのは私かアナタの2人だけです。あのゴーグルに登録されているのは私たちだけですから。」
そうなると、どれ程の危険があるのかまるで見当が付かず、下手をすれば邪神と正面衝突する事にもなりかねない。
しかし俺はあの時にアイツと約束をしたし、この世界で400年もの平和を維持してくれた借りがある。
「それなら俺がその役目を引き受ける。お前は何かあった時の為にサブとして待機していてくれ。」
「良いのですか?」
「任せろとは言えないけどベストを尽くす。」
「分かりました。但し最悪のケースを回避するために覚悟だけはしておいてください。」
「ああ、そうさせてもらう。」
そして俺はルリコをハクレイに任せると次にゲンさん達の居る理事長室へと向かって行った。
「今は授業の時間ではなかったか?」
「ちょっと問題が発生した。その相談と対処を頼みたい。」
「うむ、聞いてみようかの。お前にしては珍しく真剣なようじゃからな。」
そして俺はルリコの事を爺さんに話した。
彼方の事情は良くは知らないけど、爺さんたちなら少しは知っているだろう。
「それで今後のルリコはどうなる?」
「そうじゃな、母親の方はルリコを残して離婚してからは関係を絶っておる。このままでは数日中には退学じゃな」
退学と言っても日本だと中学まで完全な義務教育なので他の学校へと転校させられるだけだろう。
しかし、あの父親がルリコの為にお金なんて残しているとは思えないので普通通りの生活は望めないだろう。
もし母親が受け入れを拒み、お金が無ければ施設に入り援助を受けながら生活する事になる。
それを心に傷のあるルリコが耐えられるだろうか。
里親の制度はあるけど、あれは子育て経験者でなければならず、今はルリコを受け入れる資格が無い。
もし、以前までならアケミを115年育てた経験から許可が下りたかもしれないけど、今の父さんと母さんからはその実績が消えてしまっている。
「この学校に寮はあったよな。」
「でも学費はどうするの?」
「俺が払っておく。アイツには足長おじさんが現れたとでも言っておいてくれ。」
「良いのね。何の利益や見返りもないわよ。」
「そんな物を求めてはいない。アイツがそれを嫌って言えば好きにさせてくれ。」
俺はそう言って部屋を出ると教室へと戻って行った。
今の段階でも売却依頼をした宝石の原石が残っているので、預けている分だけでも十分に賄えるはずだ。
足りなくなれば言ってくれるようにしてあるので、その時になってから考えれば良いだろう。
そしてハルヤが居なくなった理事長室では・・・。
「それにしても、あの子は鈍いのか鋭いのかいまだに分からないわね。」
「せっかくリストにあった通りにメンバーを集めたのにのう。」
「いつか気付くでしょ。今はルリちゃんの手配を終わらせてしまいましょ。」
「そうじゃな。ヒョウドウ後は任せたぞ。」
「はい。既に本人の確認さえ終わればいつでも実行可能です。」
すると何処からともなくヒョウドウの声が聞こえ気配が影から浮かび上がる。
そして再び気配が消えるとそこには溜息を吐き出す2人だけが残されていた。
「後はなる様にしかならんな。」
「そういう事ね。早く鍵に気が付いて記憶が戻れば良いのだけどね。」
俺は理事長室から出ると再び保健室へと向かっていた。
スキルでルリコの確認をしていたけどさっき目を覚ましたみたいだ。
まだ幼い子供ではあるけど父親の顛末に関してはしっかりと伝えておかないといけない。
邪神に取り込まれ救う手段がなかったとは言え殺したのはこの俺だからだ。
その事実を知れば恨まれるかもしれないし、この学園から立ち去るかもしれない。
しかし、それでも俺はルリコの援助を止めるつもりは無く、何故かは知らないけどそうする必要がある気がするからだ。
「ハクレイ邪魔するぞ。」
「ハクレイではなく先生を付けなさい。」
「そうだな。悪いハクレイ・・先生。なるべく言い慣れる様に頑張るよ。だからその手に持っている刃物は収めてくれないか?」
「は~。アンドウが言っていた様にアナタには何度も言わないといけないみたいですね。今後も気を付ける様に。」
「分かった。」
そして目を覚ましているルリコの横に椅子を持って行って座ると軽く声を掛けた。
「気分はどうだ?」
「体は良いですが気分は最悪かもしれません。・・・お父さんは・・・もう居ないのですね。」
ルリコはそう言って布団で顔を隠すと声を殺して泣き始めた。
しかしそんなルリコに対して更に追い打ちを駆けなければならない。
「それでだ、お前の父親を殺したのは・・・。」
「知っています。アナタがお父さんを殺した。そうなるのは分かっていたのです。でも・・・ごめんなさい。今は心がぐちゃぐちゃで怒りしか湧いてこないの。だから今は1人にして!」
俺は少し顔を歪めて立ち上がると、そのまま保健室から退室して教室へと戻って行った。
親を殺されたのだからその相手を憎むのは当然だ。
俺だって最初の夜に皆を殺されて心の中が怒りと憎悪でいっぱいになった。
それにしてもどうして知っていたのだろうか?
見ていたけどハクレイが話した様子はなかったし、あの時は深く眠らせていた。
でも俺の中で何かが引っ掛かる。
「あ!そう言う事か!」
俺は教室の扉を開けようとしている所で手を止めて再び保健室まで駆け出して行く。
そして扉を開けるとルリコの前に再び姿を現しその肩に手を置いた。
「お前の父親はあの血で何をしようとしてたんだ!」
「今はアナタと話したくありません!離してください!」
すると俺の顔も見たくないのかルリコは目を強く瞑って顔を背け、手をバタつかせながらこちらを殴って来る。
しかし、ここで諦めてしまう訳にはいかない。
「良いから答えろ!お前には何か特殊な力があるんだろ!」
するとルリコの拒絶が止まり、強く唇を噛み締めた。
きっとこれは肯定と受け取っても良いのだろう。
「お前には時に干渉する力があるんだろ。それを使ってお前の父親は憎い相手を呪殺しようとしたんじゃないのか!?」
「ど、どうしてその事を・・・は!もしかしてあなたも私の血が目当てなのですか!?」
「違う。俺はお前と似た能力の相手を知っているだけだ。そいつはずっと前に死んだけど一度だけ助けてもらった事がある!」
それは俺の妻であるルリの事だ。
アイツのおかげでアズサだけでなくアケとユウを幸せに出来たので今でもその恩を忘れた事は一度もない。
それにもしその血の在処を知っているならそれを代償にして歴史を変えられる可能性がある。
「だからルリコ。俺と一緒に歴史を変えてみないか。」
「・・・それでも、もしかすると私はアナタを憎み続けるかもしれません。それに代償だって・・・。」
「手足の2本や3本程度なら問題ない。問題はお前にやる気が有るかって事だけだ。」
もしかすると血だけでは代償となりえないかもしれない。
その時は手足の何処かは覚悟してもらわないといけないだろう。
「それでどうするんだ?」
「舐めないでください!アナタに出来る事が私に出来ないと思っているのですか!」
「なら行くぞ。まずはお前の血を手に入れる所からだ。」
そう言って俺はルリコを抱き上げるとハクレイが開けてくれた窓から飛び出していった。
「家の場所を教えろ。」
「・・・あっちです。」
「どうした?高いのは苦手か。」
あれ程に俺の事を嫌っているのに今は強く抱き着いて離れようとはしない。
そう言う所はアイツとは真逆のようだ。
「うう・・・不覚です!アナタにこんな醜態を晒すなんて。」
「漏らすなよ。」
「そんな事を言うアナタは最低です!」
そして罵倒を浴びながら案内をされた末に一軒の家へと到着した。
庭にはゴミが山の様に重ねられ家の前から中を窺う事は出来ない。
季節としても暖かくなって居るので腐臭も漂い酷い有様で、通り過ぎる人の目も冷たくルリコを見ても声を掛ける者も居ない。
こんな劣悪な環境の中で長い間を過ごして来たので、年齢の割にしっかりとした喋り方をしているのだろう。
「お前の父親があんなになったのは何年前の事だ?」
「おかしくなり始めたのは3年前から。今みたいに酷くなったのは1年くらい前からです。」
「そうか。それじゃあ中に入るぞ。」
「アナタは・・その、驚いたりしないのですか?」
するとルリコの視線がゴミ屋敷へと向けられ言葉の後に唇を噛み締めた。
確かにこれは酷いけど俺はもっと酷い状況を目の当たりにしている。
第3ダンジョンの状況はこれを遥かに上回り、常人なら一目で嘔吐する様な有様だった。
それに比べればこれくらいの現状は大した部類には入らない。
「気にして欲しいならそう言え。どうせ今回の事が無事に解決すればこれも無かった事になる。それとも今すぐに家ごと焼き尽くしてやろうか?」
「だ、ダメです!さあ行きますよ!このままここに居ても何も始まりません!」
ルリコはそう言って俺の背中を押して家の中へと入って行った。
まさに足の踏み場もないけど密かにアイテムボックスに収納して道を作って進んでいる。
そして鍵すら掛かっていない扉を開けて中に入ると、そこでは壁や天井を埋め尽くす様に大量の札が貼られていた。
しかもその全てが人の血によって書かれている様で明らかに正気とは思えない光景だ。
「これはお前の父親の血だな。」
「はい。私の血はこちらにあります。」
そう言って連れて行ってくれたのは大型の冷凍庫だ。
そこを開けると大量の血がストックされていて、こちらは全てルリコの血液で間違いない。
「よし、後は眠るだけか。」
「ホントにやるのですか?」
「本気でやるつもりだからここに来てる。それじゃあ眠れ。」
「そんな急に言われても!」
「それなら俺が魔法で眠らしてやる。」
俺はルリコの額に触れると眠りの魔法を使って意識を奪った。
それと同時に手足から力が抜けて床に倒れて行くので、その前に抱き止めるとそのまま2階へと向かって行く。
そしてルリコの部屋と思われる場所に入るとそこのベットに横にして寝かせてやる。
下の階は殆どがゴミか埃で汚れていて掃除などは一切されていない様だったけど、この部屋は少し汚れているだけで生活感がある。
ここ以外は俺が獣をしていた時の巣穴の方が遥かにマシと言えるだろう。
「さて、俺も寝る前に準備をするか。」
俺は家中に張られている札を剥がし、浄化で徹底的に綺麗にして家具からゴミに至るまで全ての物を処分し焼き払った。
ここまでするのは何処に何が仕掛けられているのか分からないので念の為でもある。
出来れば家ごと焼き払いたいけど、何も無ければ家一軒ぐらいならスキルを駆使すれば完全なスキャニングは可能だ。
そして部屋に戻ると俺は1つのアイテムを取り出してルリコの手へと握らせる。
これで準備は整ったので俺は床に寝転がると眠りに向かうために目を閉じた。
怠惰の称号のおかげか驚くほどに寝つきが良いので、その気になれば飛びながらでも寝る事が出来るだろう。
そして眠ると周囲は闇に包まれそこにルリコが現れた。
「遅かったですね。」
「自分には魔法が使えないんだ。仕方ないだろう。」
俺は適当な言い訳を言って誤魔化すとルリコの傍へと移動して行った。
「それではあなたを送り出します。」
「ああ、大丈夫だ。お前の運命は俺が捻じ曲げてやるからな。」
「どうして・・・アナタは他人である私の為にそこまでしてくれるのですか?」
「お前が他人じゃないからだ。」
「え!?」
そして俺が答えた直後に景色が切り替わり俺は過去へとやって来た。
場所は俺の家にある居間で、皆は試験に向けて猛勉強中だ。
この力は重要となるポイントへと俺を飛ばすので急いだ方が良いだろう。
「ちょっと出かけて来る。」
「「「行ってらっしゃい。」」」
(まずはルリコの家から見に行ってみるか。)
俺は飛び上ると一気に移動してルリコの家の上空へと到着する。
そこから下を見ると家はまだ綺麗なままで、庭では親子3人で楽しく過ごしている姿が見られた。
どうやら今の段階では大きな問題は起きていないようだ。
そして日が沈み夜になるとルリコは自分の部屋へ戻り、母親は寝室へ、父親は書斎へと向かって行った。
しかし父親はさっきまでの笑顔が消え去り、机に向かって苦悩の表情を浮かべている。
どうやら術の制御が上手くいかずに悩んでいるようだ。
きっとこのまま放置すればストレスからこの悩みが顕在化し家族の仲が悪くなっていくのだろう。
なら答えは一つしかないな。
俺は服を脱いでマントを羽織るとそのまま書斎の前まで移動して行った。
そして窓を割らない様に慎重にガラスをノック『バキッ!』するつもりがさっそくやらかしてしまった。
音は小さかったので他の者は気付いて居ない様だけど父親の方は別で手にバットを握ると窓の傍までやって来た。
「だ、誰か居るのか!?」
「お前は力が欲しいのか?」
「だ、誰だ!」
すると閉まっているカーテンが勢いよく開き父親が姿を現した。
しかし、その目に映っているのは人間ではなく悪魔の様な俺の姿だ。
父親は突然の事態に目を見張り持っていたバットが手から滑り落ちる。
「お、お前はまさか・・・悪魔王か!?」
「知っているなら話が早い。俺と契約すれば力を与えよう。但し死ねばその魂は俺が頂くぞ。」
「言い伝えは本当だったのか・・・。」
俺はこの時代に戻って来てからヨーロッパやアメリカにある伝承を色々と調べた。
その中には今の様に魂を代償として力を得る内容のものが多く書かれている。
恐らくは安易な考えを捨て、他人の誘惑に負けない様にと書かれているのだろう。
そのため契約した者は最後に神からも見放され、浄化の為に煉獄の火で魂を焼かれると書かれていた。
だから神の存在が明確化されたこの世界でそんな無謀な事をする奴は滅多に居ない。
しかし邪神の影響を受け始めている奴なら話は別だ。
「まさか・・・最近夢で俺を誘っていたのは!?」
「俺だ。」
「今も聞こえるこの囁きも!」
「多分俺だ。俺はそういった奴へと無意識に電波を送る事が出来る。しかし、その顔は既に心は決まっているようだな。」
「・・・ああ。俺はお前の誘いを受け入れよう。だから俺に力をくれ!」
本当のことを言えば俺にそんな能力は全くない。
コイツは既に邪神に魅入られようとしており、それを俺の嘘八百で横から掠め取ろうという訳だ。
邪神に影響を受けた奴らは判断能力や思考が普通と比べておかしくなるので、それを利用したある種の詐欺行為とも言える。
過去に行った時にも既に成功している事例があるので奴の手を取っていなければ可能なはずだ。
「ならば窓を開けて俺の洗礼を受けろ。」
「分かった。」
父親は言った事に従って開錠すると窓を開けて俺を家の中へと招き入れた。
俺はニヤリと笑うとステータスを開きそれと同時に正宗を取り出して見せる。
「まさか、それで家族を殺せって言うのか!」
「そうではない。これでこうするだけだ。」
どうやら今の段階では家族に関して十分に理性が働いている様なので、これならまだ効果を発揮するだろう。
俺は正宗を鞘に入れたままで頭をコツンと軽く叩き正気へと戻してやる。
「へ?な、なんだお前は!?おのれ化物め!」
「そしてスイッチをポンッと。」
「グアアアアーーーー!!」
父親は正気に戻ると同時に俺を魔物と捉えて攻撃しようとしてきた。
なので仲間になりたいという申請も来ていたのでそれを押して覚醒させてやる。
上手くいくかは分からなかったけど今の一般的に広がっているステータスは俺達のとは少し違う。
感情への変化が無く効果もそんなに強くない。
ただし以前に数度だけ試した事はあるけど、レベルはそのままで覚醒を上書きできた。
この時代でも出来るかどうかは分からなかったけど無事に成功したみたいだ。
しかし俺の出番は一時終了だ。
今の悲鳴を聞いて他の部屋で寝床に就いている2人を呼び寄せてしまった。
俺は扉の鍵を開けるとそのまま窓から飛び出して空中へと浮かび上がった。
「アナタ!アナタ!何があったの!」
「パパ~・・・どうしたの?」
「ルリコ。危ないから少し離れていなさい。」
そして扉のノブを回すと抵抗なく開き母親は疑問の表情を浮かべている。
おそらくは壊してでも入って来るつもりだったのだろうから開けておいて正解だった。
「いつもは閉めてるのに?・・・は、入るわよ!」
そして入ってすぐに目の前に倒れている夫の姿に両手で口元を塞ぎ、すぐに駆け寄って容態を確認する。
しかし外傷も無ければ目に見える異常はない。
それでも焦りと混乱から救急車が呼ばれ病院へと搬送されて行った。
俺はその間に再び家に侵入し小さな子山羊の姿でルリコの部屋へと向かって行く。
『コンコン。』
「誰?」
「子山羊です。」
「・・・パパとママが知らない人が来たら扉を開けちゃいけないって言ってたよ。」
「なら俺は山羊だから大丈夫だ。」
「そうなんだ!少し待っててね。」
流石に幼いだけあって聞き分けが良いな。
俺でなければアウトだけど別に取って食う訳では無い。
そして扉が開いた先にはもちろん悪魔王な俺・・・ではなく本当に子山羊な俺が待ち構えていた。
「こんばんわ山羊さん。」
「こんばんわ。挨拶が出来るなんて良い子だね。」
「うん。パパとママに教えてもらったの。」
すると幼いルリコはとても嬉しそうに笑うとその手をこちらに伸ばして来た。
「フッフッフ!特別に撫でさせてやろう。」
「ありがとう山羊さん。」
そう言ってルリコは両手で俺の体を撫で回して来る。
子供なので撫スキルは皆無だけどその屈託のない笑顔がそれを補って余りある。
俺はしばらくは自由にさせてやると不意に時計に視線を向けた。
「良い子はそろそろ眠る時間だ。」
「でも・・・パパとママは?」
「2人なら大丈夫だ。だからベッドに入って山羊を数えるんだ。」
「え?羊じゃないの?」
「・・・羊を数えるんだ。」
「うん。」
どうやら勢いに任せても騙すには無理があったか。
そして羊を数え始めると次第に眠り始め俺は優しく声を掛けた。
「お前の幸せが俺の幸せだ。」
「山羊さん・・・?」
「今は眠れ、暫し現にお別れだ。」
そう言って強く睡眠の魔法を掛けると俺は入って来た窓を直し、鍵を掛けてから玄関へと降りて行く。
そしてそこへ手紙を残すとオートロックの扉から外へと出て姿を消した。
その次の日に夫婦は帰宅すると置いてある手紙を読んで2階へと駆け上がり眠るルリコへと飛び付いた。
「ルリコ起きて!」
「ルリコ!」
しかし魔法で深く眠っているのでその程度で起きるはずは無い。
恐らくは魔法が切れるまで体を刺されても目を覚まさないだろう。
そして両親は置いたあった手紙を握り締めて家を飛び出すと、そこに書かれている目的地へと車を走らせて行った。




