239 九十九夫婦
この日はツクヨミの社へと来ている。
この時代に転生してそろそろ3週間だけど全く連絡が無いので心配になったからだ。
ここに居る保証は無いのだけど、もしかしてとは思っている。
しかし敷地に入るとその心配が無いのがすぐに分かり、3人ともここに居るのは間違いなさそうだ。
ただ何故か本殿ではなく裏にある小さな小屋に居る。
あそこはここを建築する時に寝泊まりの為に作った所だけど手は抜いていないのでちゃんと残っていたようだ。
それにしても敷地に入るまで全く気配を感じなかったので、もしかすると結界でも張ってあったのかもしれない。
そうなると何かから隠れているのかもしれないので逆に懸念が膨らみ小屋に到着すると扉を勢い良く引き開けた。
「ここに居たのか!?」
「わ~ごめんなさい兄上~!」
「ちょっとした出来心なのじゃ。少しだけ皆で集まって遊んでいただけなのじゃ!」
「さ、最近は仕事が無くて!時間が空いてしまって・・・。」
と言う感じに俺が扉を開けるとツクヨミ、ユカリ、クレハが慌てて言い訳を口にしている。
どうやら俺の事を誰かと勘違いしているみたいだ。
恐らく、口調からしてアマテラスかその近親者だろう。
「お前等、ここで何してたんだ?」
「あれ?もしかしてハルヤ・・なの?」
「な、なんと!もう転生しておるのか!?」
「あれ?私達ってそんなに長い間ゲームをしてましたか?」
何故か3人は俺の顔を見た直後に互いの顔を見て首を傾げている。
まさかとは思うけどゲームに夢中で気が付かなかっただけなのか?
しかし、てっきり機械音痴かと思っていれば、真逆の状態とは思ってもみなかった。
それに俺が転生して3週間の間ずっと気付かないと言う事はどれだけ長時間ログインしてたんだ。
これは某アニメのドラゴンもビックリな状況だな。
眠りを必要としない神がゲームにハマると生物は太刀打ちできそうにない。
いったい今までどれだけのゲームで廃人認定されてきたのだろうか?
「フッフッフ・・・見つけましたよ。」
すると今度は地の底から響くような不気味な笑いが聞こえて来た。
しかし、太陽を司る神が地の底から響くようなに笑っても良いのだろうか。
出来れば降り注ぐ光の様に清々しく笑って欲しい。
「ようアマテラス。元気にしてたか?」
「もちろんですよ。ついでに殴られる前に言っておきますが、試練が6回だったのは私のおかげですからね。」
「そうなのか。なら今は殴らないでおくか。」
あの大戦の時に一発殴ろうと決めていたけどコイツは逃げるように去ってしまい、それ以来一度も会う機会が無かった。
しかし、たとえ体感では200年近く経っていようと、全身全霊を込めて殴るつもりだったのにかなり残念だ。
「それで俺の称号から怠惰が消えてないんだな。」
「それはアナタが最初から持っていた魂の特性みたいなものですからね。一度消えても人間として現代に転生すればいずれは得ていた物です。そんな事の為に何十年も掛けるのは不毛でしょう。」
そう言って清々しく笑っているけどコイツがこうやって笑う時には別の理由がある。
恐らくは試練を完遂できたかをジャッジするためにその間は俺の事を見ておかないといけないのだろう。
その手間を省くために今の状況を作り出したに違いない。
「そんな所だろ?」
「・・・さあ、何の事やら?」
結果としては早く現代へと帰って来たように感じている。
たとえアマテラスが間でサボろうと楽をしていようと関係なく、今の所は殴るのを保留にするくらいには感謝しておこう。
それよりも問題はこの状況だ。
「それで、これはどうなってるんだ?朱雀から聞いてある程度の事は分かってるけど。」
「それがですね。恵比寿が。」
「恵比寿!やっぱりアイツの仕業か!」
「ええ、彼は恵比寿コーポレーションというネットゲーム会社を立ち上げ、自身が面白いと思うゲームを作り出して売り出したのです。それが大ヒットしてしまいその波が神々にまで広がっています。」
しかし教えてくれたアマテラスはまるで疲れ果てたサラリーマンの様に頭を抱えている。
その事からこれが最近の事ではないと教えてくれる。
それに今まで通信費などの分からない所があったけどそれが見えてきた気がする。
「まさか皆に配ったスマホの資金はそこから出ているのか。」
「はい。別に仕事と言えるものが無い神も多く、暇なので最初は許容していたのですが、次第にそれも酷くなりこのような有り様に。一応は時間に制限は掛けているのですがこうして隠れてする者が多くなってしまいました。本当に困ったものですね!」
「「「ヒ~!」」」
するとアマテラスは話を締める様にきつめに3人を睨み付け悲鳴を上げさせる。
どうやら本当に困っているようだけど、制限と言っても何時間に設定してあるんだろうか。
まさか子供と一緒で1時間とかではないだろうな。
「一応12時間ほどですね。」
「・・・ギルティー。」
僅かに悩んだけど日の半分をゲームに使って無罪は無いだろう。
流石にゲーム好きな俺でもその辺は理解出来る。
しかし、それは俺の理屈であって、依存症と言えるレベルまでドップリとゲームにはまってしまった者達には違っているようだ。
「まさかの裏切りですか!」
「裏切るとは卑怯なのじゃ!」
「ハルヤさん酷いです!」
あれ~?これって俺が悪いのか?
転生して3週間も放置されてゲーム三昧だった人たちの言葉とは思えない。
まさかこれがゲームによる家庭崩壊というやつなのだろうか。
「コイツ等はしばらくスマホを没収して謹慎だな。」
「私も最近はそうしているのですよ。」
「それと恵比寿をどうにかしないと汚染が広がるばかりだ。そっちは任せたからな。」
「仕方ないですね。」
そう言う訳で3人はこれから我が家の神棚で謹慎処分だ。
まあ母さんも居るので悪い様にはならないだろう。
レトロなゲームからゆっくりとリハビリをしてもらおう。
「それじゃあ帰るか。コイツ等は家に送っておいてくれ。」
「分かりました。」
そう言って天照が手をかざすと光の輪が3人を縛って消えて行った。
俺も早く帰らないと皆が驚いてしまうので飛んで帰る事にする。
そして玄関に入ると3人は母さんへと泣き寝入りをしているようで縛られたままでヨヨヨと涙を流している。
それにしても理由を知らなければ騙されそうな演技力だ。。
「どうかお助け下さいお母様。」
「ハルヤの奴に裏切られたのじゃ。」
「これは夫婦の危機なのです!」
しかし母さんは笑顔を浮かべて聞き流すだけだ。
そして足元に落ちているスマホを回収すると強力な磁石を取り出して3人に見せつけた。
すると揃って顔が青褪めると口を閉じて静かに様子を窺っている。
「詳しい事は後で聞くけど私の所にアマテラス様からメールが届いたのよ。あなた達の事は任せるからお願いねって。」
どうやら母さんにも既に手が回っていたようだ。
ただツクヨミとクレハは母さんと初対面なので紹介から始めないといけない。
そして人質ならぬスマホ質を取られた3人はまるで監獄に護送される囚人の様に沈んだ表情で居間へと連行されて行った。
あの3人のリハビリは母さんに任せるしかなく、俺には中毒者を更生させる手段が思いつかない。
そして、そんな事をしながら数日すると俺の所に手紙が送られて来た。
「やっと結果が届いたか。それにしてもかなり分厚いな。」
確か入っているのは合否の通知書だけのはずだ。
それ以外の筆記試験などの手続きはネット回線を使用してする事になっている。
なのでこんなに分厚い筈はないんだけど、いったい何が入っているんだろうか。
「まあ、開ければ分かるか。」
そして開けてみると中からは複数の合格通知書が出て来た。
その中には空歩許可証、水上歩行許可証、戦闘許可証、魔法使用許可証、特殊医療行為許可証が入っている。
ただし通常ではここに入っているのは戦闘許可証以外は全て仮免か実技合格証のはずだ。
しかも審判に注意や確認をされたように魔法は他の試験があり、特殊医療は回復魔法の事を言うらしいけどこちらも別に試験がある。
ぶっちゃけて言えば弁財天の加護のおかげで既に準備万端で試験日を待つだけだったんだけど、これはどういう事だろうか。
それ以外にも複数の紙が入っていてなんだか嫌な予感がするけど、どうして危機感知はこういう時に役に立たないのだろうか。
そして、そちらを手に取ってみると嫌な名前を発見した。
「やっぱりアンドウさんの差し金か。」
読んでみると筆記試験の免除について書いてある。
と言うか、既に受けた事にされていた。
内容的にはしっかりと渡したテキストを読んでおけよと言うものだ。
魔法に関しては試合で一度使った魔法が評価され、回復魔法はあそこで診療所を開いて治療したことが評価されたらしい。
しかも受験者を精密検査して以前の治療内容と照らし合わせた結果、完全に治っていた事が大きかったらしい。
何でも大病院のいくつかが俺を探し回っているそうなので適当な所で釘を刺しておくそうだ。
俺もこの町を離れるつもりは無いのでその気遣いはとても有り難い。
もう少し俺の年齢やらを気遣ってくれると嬉しいのだけど、この対応は単純に他に目的が有るからにすぎない。
それが封筒に詰まっていた残り半分以上の書類という訳だ。
「何々、実技指導予定表・・・ぐは!」
ちなみにアンドウさんの中で俺はいまだに馬鹿な子の扱いを受けている。
だから準備や試験に5年ほどの余裕を持っていたんだけど、今回の事でその全てが吹き飛んだ。
すなわち残っている5年で色々と遊ぼうと思っていたのにその計画も吹き飛んだ事になる。
今の予定だと週に2日の週末だけになっているけど今後は絶対に3倍の予定を入れられる。
その確信が山羊の時にアメリカとヨーロッパでの人間運送をやり切った俺には在る!
それにしても最後にゲストとして参加した戦闘が過大に評価されているようだ。
アンドウさんの今の状況は特殊事例特別顧問とか言うらしくて組織経由で推薦されて天皇直属となっているらしい。
今の日本は天皇が力と権威を失っていないらしくてその直属になると言う事は超出世株だ。
しかも特殊事例とは魔物の事を指していて俺が受けようとしていた試験ではかなりの権限がある。
だからこんな無茶な事も出来るんだろうけどあの人のチート具合も健在と見て間違いない。
しかも今は中学生くらいのはずなのにどうやって取り入ったのやら。
もしかすると邪神を封印したあの時代から既に準備を続けていたのかもしれない。
それにアンドウさんがあの時にアメリカに現れたのには俺の手伝いの他にも理由があった可能性がある。
俺が死んでもその後に30年以上は生きていたはずなので日本や各国を回って色々とする時間はあったはずだ。
それにヨーロッパ各国とアメリカにも何らかの仕掛けを施しておけばあれ位の地位は手に入るかもしれない。
あの人ならやりかねないけど俺の悪魔王の様に知っている人に対しては大きな影響力を持っているというやつだ。
「あの人なら銃を突き付けて脅してでも何かやってそうだな」
そう呟いて俺はスマホを操作すると予定表に書いてあるコードを読み取ってスケジュールに反映させる。
こうして見るとスマホもかなり便利になっていて映像は綺麗だし速度も早い。
恐らくは空気中に居るナノマシンがアンテナの役割を果たしているのだろう。
なんでも世界中の何処に居ても共通の電波が届くらしいので凄い進化だ。
とは言っても異世界の技術も含まれているんだろうから一概には言えないかもしれない。
「ねえ母さん。アンドウさんが毎週末に予定を入れちゃったから色々行って来るよ。」
「そうなのね。0歳から仕事なんて以前よりも勤勉にになって良かったわ。」
「まあ、以前はかなり怠惰に過ごしてたからね。」
今も称号に怠惰はあるけどその効果が発揮されない程に忙しい。
これも全てはアンドウさんの責任と言えるだろう。
「は~働きたくないでござるよ。」
「そう言わずに今回は奥さんが3人じゃすまないでしょ。しっかり働いてお金を稼いで来てね。」
「そうだった。そう言えばツクモ老達はどうしてるんだろ?」
「さあ、分からないけど動きはあったから来てるんじゃない。」
「え?そうなの!?」
言われてツクモ学園について検索してみると確かに変化がある。
以前は高校と大学しかなかったのに小学校~大学までの一貫校に変化している。
試験を受ける必要はあるけど規模は以前の倍はありそうだ。
しかも、ツクモ老のこの若々しい姿はどういった理由だろうか。
もしかして若い時の写真でも載せているのかもしれないけど、まさかクオナが不老技術でも持ち込んだのではと心配になる。
しかし、なんだか以前は1度も会わなかったけど横に居るのは奥さんかもしれない。
それに着物の帯に差しているのはセンスでは無く、ちょっと大きな出刃包丁に見える。
しかも何度かまじかで見た事のある様な気がするけど、写真がそこだけぼやけていて上手く見えない。
まあ、色々と細かな事は置いておくとして、アイコさんに頼んで一度会ってみれば何か分かるだろう。
あの人はツクモ老の孫娘なのでアズサを見せに行く時にでも同行させてもらえば良い。
それに以前はアズサの赤ん坊姿を一度も見ていないらしいから早く会いたくて待ちわびているに違いない。
そして、その事をアイコさん達に相談すると二つ返事で了承してくれた。
何でも明日には会いに行くそうなので丁度良いとの事だ。
そして明日の朝に約束をすると夜までのんびりと過ごして終えた。
次の日になると俺達は車に乗り込み九十九学園へと向かって行った。
そして到着するとそこには予想通り以前の倍はある敷地が広がり多くの学生が通っている。
すると案内として新任教師を思わせる若さのヒョウドウさんがやって来た。
確かにマンション火災で助けた時から考えると今はこれくらいの年齢かもしれない。
ただ背筋を伸ばして歩く姿には隙が無いので、もしかすると歴史が変わった事で何かの格闘技をしているのかもしれない。
「お待ちしておりましたアイコ様。そちらがアズサ様とお連れのハルヤ君ですね。」
「そうよ。それでお爺様は起きてるの?」
「問題ありません。奥様と一緒にアズサ様をお待ちしております。」
なんだか若い時のヒョウドウさんって秘書っぽい感じだったんだな。
以前に学校で会っていた時はもう少し気さくな感じだったけど、これが若さなのだろう。
しかし今はもう10時を過ぎているのにツクモ老はまだ寝ているのだろうか。
懸念があったけど、やはりホームページに載っていた写真は昔の物だったみたいだ。
そして校内を歩いていると周囲から幾つもの視線が向けられているのが感じられる。
その多くはそれなりに鍛えている様で鋭さと力強さが備わっている。
流石は最先端を走ると言われる九十九学園だ。
ただし見られているだけだと侮られるかもしれないのでしっかりと睨み返しておこう。
『ギロ!ギロ!ギロ!』
「キャーー!先生、隣の子が倒れました!」
「おい、寝るなら休憩時間に・・・おい、大丈夫か!?すぐに保健室に連絡をしろ。」
「大丈夫か!お前、鼻血が出てるぞ!」
それなりに気合がありそうだったので強めに威圧してやったんだけど殆どの奴が気当たりで気絶してしまったみたいだ。
まあ、あまり人をジロジロと見るものじゃないって事だな。
なんだか遠くから救急車の音も聞こえて来るけど誰かが貧血で倒れたのだろう。
「それにしても今日も賑やかね。」
「ハハハ、いつもの事ですから。」
どここではこれが日常茶飯事みたいなので流石ツクモ老が経営している学園と言ったところか。
俺としては特殊学科に興味があるんだけど入学できるのも数年後の事だ。
今後どうなるか分からないのでその時まで残っている事を期待しよう。
その後も朗らかな日差しと聞こえて来る悲鳴をバックに俺達は理事長室へと案内されて行った。
そして扉を開けて中に入ると俺に目掛けて鋭い拳が飛んで来た。
しかも別角度からは漆黒に輝く出刃包丁まで。
なんだか懐かし光景だけどまずは拳を片手で受け止めと威力はまるで倒れて来るビルを受け止めた様な錯覚を覚える。
更に手の骨が軋んで油断すると吹き飛んでしまいそうだけど止めないといけないのは拳だけではない。
今も加速しながら向かって来る出刃包丁、鬼喰丸を止めないと確実に死ぬ。
どうしてこの人たちはいつも手加減と言う物を知らないのだろうか。
俺は溜息をついてスキルで体を強化すると拳を押し返し、鬼喰丸を受け止めた。
「は~・・・もう少し穏やかに出迎えてくださいよ。それでどう呼べば良いんですか?」
俺が視線を向けた先には楽しそうに笑う男性と女性が立っており、どちらもこの学園のホームページに載っていたままの姿だ。
でもこれだけ近くで気を感じれば1つの確信が持てる。
「爺さん、モモカさん。もしかして戦国時代からカムバックでもしたんですか?」
「ハッハッハ!流石は儂の一番弟子じゃな。しかし、以前の様にツクモ老でも良いぞ。」
「なら分かり易くゲンさんにしときます。そっちのモモカさんはどうしますか?」
「私の今の名前は桃子だからそちらが良いわね。」
いきなりの展開だけど少し面倒な状況になっている。
簡単に言えばツクモ老の前世がゲン爺さんで、過去から記憶を持ったまま転生したみたいだ。
そこに未来から送られて来たツクモ老の記憶がプラスされて今のような状態になっている。
気配が完全に混ざり合っているから気付かなかったけど1つだけ言えることがある。
それはゲンさんとトウコさんは今の段階でレベル100の壁を超えているという事だ。
そうでなければ俺の肉体にダメージを与えられるはずがない。
ただ、詳しい事は後で聞くとして他に注目する点がある。
「ところで、どうして2人ともそんなに若いんだ?」
「それに関してはクオナのおかげじゃな。実は儂らは若さを保つためにコールドスリープで肉体を保存しておったのじゃ。」
「そんな事も出来るのか!」
凄い科学力があるのは知っていたし、宇宙航行技術も教えてくれるって言ってたから妄想の範囲ではこの技術もあるだろうと思ってたけど本当にあったようだ。
でも、それだと通常業務はどうしていたんだ?
トウコさんは大事な仕事を他人に任す様な人じゃないだろ。
「それにその間も活動だけは出来るように人に似せたサイボーグを貸してくれたから生活に支障は無かったわ。魂を肉体から抜いて入れ替えるのだけどあまり遠出も出来なくて少し苦労はしたけどね。」
ああ・・・うん。
頭の中では何となく分かるけど、それをやっちゃう時点で俺の想像を超えた事をしたのは分かる。
それでこんなに若い姿を保ってるようで、てっきり不老か若返りの技術があるのかと思ったよ。
そっちもありそうだけど、こちらを選択している時点で何か問題があるのだろう。
「そんな事よりも早くアズサを抱っこしたいわ。」
「そうじゃな。これに比べれば他の事など些細な事じゃ。」
「その意見には賛成だな。」
俺はそう言って嬉しそうに表情を崩している2人にアズサを任せ、部屋の隅へと移動して行った。
そして、そこに先日回収した美術品を並べ、次のお願いをする為の準備を進めていく。
「あら、その良さげな壺や茶器をどうしたの?」
「実は前に診療所をしている時に沢山貰ったんだけど価値が分からないんだ。だからトウコさんの方で信用できる人が居るならお願いして売ってもらおうと思って。」
「良いの?パッと見で国宝になりそうな物も幾つか混じってるわよ。」
トウコさんの半分は生粋の商人なので俺と違って目利きが出来る。
だから何処か知らない相手に頼んでぼったくられない様にここへ持ち込んでいるのだ。
この人の商売相手なら嘘をつく恐ろしさをしっかりと知っているだろう。
「良いんですよ。価値が分かる人の所にあった方が美術品も本望でしょう。」
「それなら報酬はそれを売った3割で良いわよ。」
「そう言うと思って5割までは覚悟して来ました。」
「フフ、聞き分けの良い子は好きよ。」
しかし、ここには赤ん坊の地位を極限まで生かした存在が1人いる事を知らないようだな。
「うぅ・・・うあ~~~!」
「あらあら!どうしたのかしら?」
「割合が気に入らないのではないかと私めは愚考いたします。」
「あ!狡いわよ!そういう作戦なのね!」
するとトウコさんも気付いたのかこちらを睨んで来るけど、作戦も何もこれは完全なアドリブで計画性なんてない。
なので気に入らないとするならそれはアズサの本心に他ならない。
それにトウコさんは俺を睨むのにアズサに関しては笑顔で接している。
その口からは「2割9分」・・・「2割5分」と往生際の悪い抵抗が聞こえて来るけどアズサはなかなか泣き止まない。
最終的には1割まで下がった所でようやく泣き止み笑顔を浮かべた。
「キャッキャ!ジ~ジ好き。バ~バ大好き!」
「おおー!喋ったぞ。」
「そうね。きっとこの子は成長すれば大商人になれるわよ。」
商人になるかは別にして女神の様な聖女になる事は確実だ。
まあ、2人からすれば可愛い曾孫へのお小遣いと言った所だろうか。
しかし後日に売却した後の明細を見てアズサと一緒に目を点にしたのは別の話だ。
まさかこの年で億万長者になれるとは思わなかった。
税金を払った後でもその値段だったので今後は大事に使わせてもらう事にした。
主にアズサの食費として。




