236 試験 ①
試験を受ける日となり俺は皆と一緒に試験会場へと来ている。
そこは円形の闘技場の様になっていて、試合をする所を他の人が観戦できるようになっている。
なんでも今の時代には実戦が考慮された格闘技が流行っているらしく、今日の試験以外にも頻繁に使われているそうだ。
そして現在の俺はアズサを抱っこして一緒に歩いている。
最近は赤ん坊になっているからかちょっと甘え癖が付いて良くせがまれる時があるからだ。
時々そんなアズサにハルアキさんとアイコさんから微妙な視線が向けられてるけど、その度に視線を逸らして寝たふりをしているので自覚はあるのだろう。
「さてとアズサさんや。ここで一旦お別れですよ。」
「ブ~ブ~!」
「そんなに嫌がってもダメです。ハルアキさんの所に帰りましょうね~。」
「なんで私じゃないのよ。」
するとすかさずアイコさんからクレームが届いた。
だってアンタに渡すとトラブルやなんやらが絶えないだろ。
それでなくても頻繁に躓くのに赤ん坊のアズサを任せられると考えている時点でおこがましい事だ。
ただし、落とした程度で怪我をしないのは既に立証済みだけど。
咄嗟に駆け寄り体力の限界まで力を込めた回復魔法を発動させたけど結果としては痣すら付いてはいなかった。
あの時は本気で冷や汗を掻いたのであれ以来アイコさんにアズサを任せる気が無くなったのは言うまでもない。
「それじゃあ受付に言って来るよ。」
「行ってらっしゃ~い。」
そして受付に到着するとまずは用紙へと必要な事を記入して行く。
簡単に言えば住所・氏名・年齢・受けに来た資格試験についてだ。
ここでは前半に基本的なスキルや身体的な能力の測定が行われる。
だから子供から大人までがこの日に来て能力測定や資格を取る為の実技を行ったりするそうだ。
ここで一定以上の成果が記録されると空歩や水上歩行の実技をクリアしたことになり、後はペーパーテストに合格すれば資格を取得出来る。
そして最後にこの会場で実戦形式の試合が行われると言う訳だ。
ちなみに会場は現在満員御礼で1つの席も空いていない。
ただ、俺達はハクレイの手配で特別観覧室が使えるようになっている。
流石は母親が異世界の外交官なだけはあり良い場所が常に確保してあるようだ。
ちなみに俺は5歳児くらいの姿でエントリーしてある。
母さんがどうしてもと言うのでこれだけど、きっとあの週刊誌でしていた人気格闘ファンタジー漫画に影響を受けたからだろう。
最近はアニメで『超』とか付けて放送しているのでそのせいかもしれない。
ただ、記入用紙を書くと受付に渡すのではなく、専用の機械でデータ化され測定の為に発信機付きのバッチが渡されるだけだ。
まあ、俺が受ける戦闘参加資格の事を知られるとこの見た目や0歳児である点から止められそうなのでこちらとしては都合が良い。
ただ未成年であるのは分かるので親の同意書を求められたけど、それは組織から貰った許可証のカードを読み取らせたらクリアーできた。
「これで準備は整ったな。」
俺は中に入り運営が指定している服に着替えると会場へと向かって行った。
何でもこの観客の中には企業や学校のスカウトマンも含まれているらしい。
学校は未来有望な人材を発掘するためで、企業はいざという時の防衛や優れた能力を持つ者を発掘するためだ。
(でも0歳児の俺には関係ないのでまずは列に並ぼう。)
「ここが列の最後尾ですか?」
「ああ、初めてなのかな。子供の部はあっちだよ。」
そう言って最後尾でプラカードを持っている男性に尋ねると別の場所を教えてくれた。
そちらを見ると確かに子供が集まってなんだか走り幅跳びの様な事をしており、どうやら子供は基本的に数歩程度しか空歩を使えないようだ。
大人は外周に設定された場所をマラソンの様に走っているので子供との違いがすぐに分かる。
ただ、大人でも1キロも走らない内に地面に降りている人が多いのでレベルはそんなに高くは無さそうだ。
そしてその内側で子供が試験を受け、水上歩行に関しては大きなプールの上で立っているだけで良いみたいだ。
何が違うのかよく分からないけど横にハイテクそうな機械が設置してあるので、あれで何かを見ているのだろう。
どう見ても俺の知るこの時代の機械とは見た目からして違うのでハクレイ達の世界で使われている物と見るべきだ。
それにこっちには子供がいない事から、あちらから受けないといけないのかも知れないと考え俺は子供の部へと向かって行った。
こちらは1人が数歩で地面に落ちるので列の流れがとてもスムーズだ。
そのため、10分もすれば順番が回って来たので俺は誘導に従って白線の前へと移動して行く。
「ここから初めてね。」
「分かりました。」
ここから空歩を始めてくれと言う事らしい。
他の子供たちは砂場の前まで走っていた気がするけど、もしかすると少し浮いてから走っていたのかもしれない。
これならもっとしっかりと足元を見ておけばよかった。
俺は係員の「ゴー」の掛け声に合わせて目に見える様に空中へと歩いて昇り、そこから砂場へと向かって行く。
しかし10メートル程しかないのですぐに途切れてしまい行く所が無い。
仕方ないので何度か往復していると何故か係の人が来て止められてしまった。
「ちょっと待って。君は今回が初めてなんだよね。」
「はい。それが何か?」
「一応確認だけど、どれくらいの距離を歩けるの?」
「計った事は無いで分かりません。」
最低でも沖縄から北海道までは余裕で行けるだろう。
鯨の時には飛翔で世界中を飛び回っていたので空歩でもそれくらいは余裕なはずだ。
しかし厳密に計った事が無いので嘘は言っていない。
「それなら、この紙を持ってあちらの大人の部に参加すると良いよ。ここでの記録もあちらに加算しておくから安心して。」
「ありがとうございます。」
やっぱりこちらをクリアしないと子供はあちらに参加できなかったみたいだな。
俺は戻って先程の男性に受け取った紙を見せると列に並び直した。
それにしても男性が驚いた顔をしていたけどどういう事だろうか?
もしかすると子供でこちらに参加する者は少ないのかもしれないな。
「それでは次の方はこちらにどうぞ。」
そして、しばらく待って居るとようやく順番が回って来た。
どうやら走る場所は一定の距離に達すると次第に上へと上がっているようだ。
既に3段まで増えているので一番上が最も長く走っているメンバーで間違いないだろう。
体つきもマラソン選手の様に引き締まっていて陸上選手と言った外見をしている。
まずはあそこを目指して走るのを最初の目標にして、なるべく周りの邪魔にならないようにしよう。
そして20人程の中で最後尾に位置取ると開始の合図と同時に走り始めた。
少し周りの視線が集まっている様な気がするけど一番上の数人が接戦を繰り広げているのでその影響だろう。
上のコースに進むタイミングは胸に付けたバッチが教えてくれるそうなので、まずは様子見として最後尾で付いて行ってみた。
すると数周で脱落者が出始め、自分からコースを抜けて地面に降りてく。
ああやって限界が来る前に自己申告で終わらせるのだろう。
そう思っていると空から1人の女性が降って来た。
しかし周りの受検者たちの足の動きなどから受け止めるつもりは無さそうだ。
ここには誰もが遊びで来ている訳では無いのでそれも仕方がないのかもしれない。
「よっと。・・・ナイスキャッチ。」
ただ、俺にとってはこの程度は大した事ではなく、このまま1000キロを走れと言われても大丈夫だ。
それに5メートル以上の高さから落ちると怪我をしてしまうかもしれないので受け止めた後にそのままコースから外れて近くに居る係の人の許へと向かって行った。
「限界まで体力を使って意識を失っているみたいです。この人を医療室まで運んでください。」
「君はどうするのかね?」
「まだ余裕があるので再開します。地面に足が付いてなければ大丈夫ですか?」
「もちろんだ。再開を認めよう。」
俺はコースに戻ると再び走り始めた。
ただ、そろそろ人も少なくなって来た所なので速度を上げても良さそうだ。
このままだと無駄に時間を消費して試験が長引いてしまうので周りの観客も望んでいないはずだ。
彼らはこの後に開かれる実技試験を見に来ているんだろうから俺ものんびりとはしていられない。
そして速度を上げて走り出すと10週目が終わる頃にバッチから「上がってください」と指示があった。
それまでに使用した時間は7秒と言った所で1周周るのに1秒くらいだろう。
俺はそれを繰り返し、最上階へと辿り着いた。
そこでは俺が走り出す時に3段目走っていた人たちが鎬を削っている。
しかし、それもそろそろ限界なのか呼吸も荒い様だ。
俺はその横を邪魔をしない様に素通りすると次の階へと上がって行った。
それを何度か続けていると雲が掴めそうな高さへと到着してしまい、バッチから『試験終了』の言葉が聞こえてくる。
「これで終わりか。意外と簡単だったな。」
俺はその場から飛び降りると地面に到着する前に空歩を発動して地面へとゆっくりと降り立った。
すると周りから歓声が上がり、それと同時にやって来た係の人にこっぴどく怒られてしまった。
何でもこれは高等テクニックらしくて子供が無暗にやってはいけない事らしい。
次回からは気を付ける様にと言われ、周りからは笑われてしまった。
「それで次は水上歩行も受けるのかい。体力の方は・・・問題なさそうだね。」
係の人の後ろではさっきまでデットヒートしていた人たちが荒い呼吸をしながら座り込んでいる。
それに比べてこちらの方は汗一つ掻いておらず、余裕の表情を浮かべている。
今の俺からすればあの程度は歩くのと変わらず、ウオーミングアップにすらならない。
そして次へと誘導されて今はプールに張られた水の上に立っている。
こちらはあまり人気が無いのか人が少ないので来てすぐに試験を受けられた。
「それでだけど、ここでは時間短縮も兼ねて過負荷制を取り入れている。君も試してみるかね?」
そう言われて係の人が背負子の様な物を持って来てくれた。
それだけでもかなりしっかりとした金属製で10キロはありそうだ。
「それならお願いします。重量は100キロからで。」
「は?・・・まあ良い。落ちても知らないぞ。」
とは言われても浅く張ったプールの上なので水深は20センチもなく、もし落ちたら尻餅をついて倒れれば良いだけだ。
ただ、俺はオーストラリアで空歩を覚えた時には数百キロの荷重に耐えて戦っていた。
この程度で沈むはずは無い。
「よし、どうだね。」
「追加で200キロお願いします。」
「・・・分かった。」
「これでどうだ!」
「追加で200キロお願いします。」
「・・・これ以上は無理だろ。」
「追加で500キロお願いします。」
「どうなってるんだ君は!」
そんな事を言われてもたったの1トンで大げさなことだ。
しかし荷重によって時間が短縮され追加が来る前に試験が終わってしまった。
俺は普通に歩いてプールを出ると500キロまで増えた荷物を地面へと降ろし溜息を零す。
「象よりは余裕だな。」
アフリカで動物たちを遠ざける時に一番大変だったのが像の移動だ。
近付いたら怒るし暴れるしで最後は力尽くで運ぶ事になった。
それに比べればこれくらいの重量は小象と変わらないので、実戦的な試験を目指すなら動物園から借りて来るべきではないだろうか。
そして試験は無事に終わり俺は最高の資格の仮免を貰える事になった。
あとは試験に合格すれば大丈夫だけど車の試験に比べれば簡単だ。
なんでも今は車が全て自動化されていて殆ど免許を取る者が居ないらしい。
それでも一部の物好きが非常時に備えて取る者も居ると言うので一度チャレンジしてみても良さそうだ。
そして、しばらくの休憩の後に邪魔な物が片付けられると試合会場が準備された。
とは言っても更地に白線を引いてあるだけで闘技台なんて物は無い。
場外に出ても待てが掛かるだけで失格にはならず、露骨な場合には注意をされるのでその辺は格闘技の試合に近いかもしれない。
周りを見ても大人ばかりで子供が参加しては居ないみたいだ。
ただし、こんな危険な試験に普通の子供を参加させるような親が居るなら顔が見てみたい。
それも実力次第だろうけど俺は事前に少しは実力を見せている。
周りに聞き耳を立ててもヤジは聞こえて来ず、受験者も油断をしている者は居ないようだ。
戦国時代に比べれば生温いけど誰からも程良いやる気が伝わって来る。
「ユウキ選手は白線の中へ!」
「は~い。すぐに行きま~す。」
俺は呼ばれて前に出ると周囲から歓声が巻き起こった。
しかし、その半分は相手に向いていて「怪我させるなよ。」や「手加減してやれよ。」と言っている。
恐らくは俺の見た目や年齢が関係しているのだろう。
しかし、そんな中でも相手の目に油断は感じられない。
いざという時に先陣を切って戦闘に参加しようと言う者なので、その辺の心構えは出来ているようだ。
魔物の中には子供や女性の姿を模している様な奴も居るので当然と言える。
だから見た目で相手の実力を判断しているといつか足元を掬われて命を落としてしまう恐れがある。
それでも俺とは格段に実力の差があり、特にレベルに関しては致命的なものがあるのでそれをどうやって誤魔化すかだ。
「そちらには悪いが手加減はしないぞ!」
「それに関しては心配の必要はない。周りの声は気にせず全力で来てくれ。」
「お前は・・・本当に子供なのか?」
相手は既に剣を抜いて構えて奇妙な生物を見る様な目を向けて来る。
やっぱり抑えているとは言っても対峙すれば少なからずこちらの実力が伝わってしまうようだ。
武器は主催者側が準備をした物なので刃は潰してあるだろうけど金属でできた物で先端はそれなりに尖らせてある。
試合と言っても実戦形式なので当たり所が悪ければ死ぬか大怪我は免れないだろう。
それに対して俺は子供用包丁くらいのナイフを1本だけ持っている。
他の武器も使えない事は無いけどこの体では大き過ぎて使いずらい。
スキルの手加減を使用しても大怪我をさせてしまうかもしれないので自分でかなり自重してこれを選んだ。
なのでこれは別に何処かの大剣豪の真似をしている訳では無い。
そして開始の合図が掛かると相手は慎重に間合いを詰めて来る。
摺り足でジリジリと距離を詰め、自然と空気が張り詰め会場が静かになる。
他でも試合はしているけど観客はこちらに集中しており試合の空気に呑まれているようだ。
そして間合いが詰まると瞬動を使い一気に距離を詰めて来た。
速度がそれ程でもないので縮地ではなさそうだ。
俺は振り下ろされる刃を目で追うと、その軌道にナイフを添える様に構え微動だにせずに相手の剣を受け止めた。
『バキ!』
「なに!」
おっと、受け止めるだけと思って手加減を使わなかったのがイケなかった。
レベルの影響で攻撃力が加算され相手の剣が受け止めた所で折れてしまった。
まあ、この程度なら武器の不良だったと誤魔化せるはずだ。
「不良品だったみたいだな。変えの武器を準備してもらうか?」
「・・・いや、俺の負けで良い。次の試合から勝てば良いだけだ。」
「そうか。」
するとその声を聞き取った審判が手を上げて「勝負あり!」と叫び俺の勝利を告げた。
それによって会場は歓声に包まれ、所々ではメモを取る者の姿が見える。
恐らくはあの人達がスカウトマンだろうけど誰もが年齢を5歳くらいと書いている。
もし情報が漏れて家に押しかけて来たらもっと幼い姿で居留守を使おう。
ちなみに、これは勝ち抜きではなくあくまで試験という事で何度か試合が実力を確認する形式が取られている。
その中で試験官が実力があると認めた者が資格を得る事が出来て全勝すれば無条件で実技試験は合格となる。
「今の動きは良かったからもうじき縮地も使えるようになるかもな。」
「お前は俺の師匠と一緒の事を言うな。まあ、今回は良い勉強になったと思っておくさ。」
どうやら既に師匠とやらから同じ事を言われていたみたいだ。
以前の癖でつい要らないお節介をしてしまったけど余計な事だったかもしれない。
「「「キャーーー!」」」
「「「ワーーー!」」」
すると互いに別の方向へと歩いていると周りの観客から悲鳴と歓声が同時に上がった。
俺は試合をしている他の3カ所に視線を向けるとその意味がすぐに理解できた。
どうやら試合に入り込み過ぎて、死合いへと発展してしまったみたいだ。
既に互いが満身創痍で地面は血の色で染まっている。
どうやら、互いに最後の一撃が致命傷と呼べる1撃になってしまったみたいだ。
この状況が普通かは分からないけど、審判が医療班を急いで呼び寄せている。
どうやら不測の事態である事に変わりは無さそうだ。
「おい!急いで治療してくれ!」
「こうなる前に止めるのが審判だろう!」
審判と医療班は言い争いをしているけど治療の手は止めていない。
しかし血が止まる気配は無く、あの様子なら幾らステータスやスキルで体を強化していても数分で死んでしまうだろう。
「仕方ないな。試験がそれで中止にでもなったら面倒だ。」
ここでの予定はスタート地点でしかないのでこんな所で躓くと後の予定が消化できなくなる。
ここはお節介を焼く事になるけど俺の方でサクッと治療しておくのが一番だろう。
「ちょっと俺に任せろ。」
「子供!?君はあっちに行っていなさい。」
「ああ、それじゃあ終わったからあっちに言っておくよ。」
声を掛けた直後には既に魔法で治療を終えており、こう見えて何十年も治療師をしてきた訳では無い。
今では臓器や骨の正常な形や位置までスキルを使わなくても簡単に分かるほどだ。
「お、おい。治療が終わってるぞ!」
「何だと!今のはいったい誰なんだ!?」
後ろで騒いでいるけど観客も静かになったので胸を撫で下ろしているのだろう。
ついでに血みどろな試合場も綺麗にしておけば試合の進行に支障も出ないはずだ。
「さて、次の相手は誰がしてくれるんだろうな。」




