233 最後の転生
俺はいつもの様に意識が明確になるとまずは目を開けてみる。
するとそこには未発達な小さな手があり指が5本生えていた。
前までは肉球、肉球、蹄、鰭と来ているので生まれながらにこの手は久しぶりだ。
しかし、そうなると俺は猿にでも転生したのだろうか?
そう思って周りを見ようとすると誰かが俺を布でくるんで持ち上げてしまった。
どうやらここは病院の様で目の前の人は看護師で間違いなさそうだ。
ただし、獣看護師だろうから、動物園で飼育されている母猿から生まれたのかもしれない。
山羊の時には飼われていた母山羊からだったので可能性はある。
こうなったら猿山に戻って汚物を投げる不届き者を見つけたらしっかりと教育してやらなければならない。
しかし見た感じでこの看護師は東洋人で間違いなさそうで、他の人達も同じなのでここはアジア圏の何処かだろう。
もしかすると前世で死ぬ寸前に米が食いたいと願ったので何処かの誰かが叶えてくれたのかもしれない。
それと、もし成長して猿の群れに入れられたとしたらまず最優先でボスになってやろう。
そしていつかはそこの動物達のトップに立ち、世界で最もフレンドリーで親しみ易い動物園を目指すのだ!
ただ猿と言っても猿山ではなく、保護でもされたか日光のような半野生な猿の群れかも知れない。
それよりも先に母猿と対面して母乳を貰おう。
しかし俺が運ばれるままに大人しくしていると目の前に見覚えのある人物が現れた。
その人は何処から見ても猿ではなく明らかに人間の女性だ。
看護師はその女性に俺を抱かせると出産時のお決まりの言葉を言ってその場を去って行った。
「ハルヤ、よく頑張ったわね。」
俺はそう言われて言葉を返しそうになってしまう。
だって目の前で俺を抱いているのは現代に居るはずの母さんだからだ。
しかし数え間違えていなければあと1度は代償として償うための転生を行わなければならなかったなのにこれは一体どういう事だろうか?
ハッキリ言って状況が呑み込めず誰かに教えてもらいたい。
すると母さんは俺を顔の傍まで抱き上げると周りに聞こえない程の小さな声で囁きを零した。
「それとお帰りなさい。詳しい事は帰ってからにしましょ。」
その言葉を聞いて今の母さんが何者なのかを理解できた。
この母さんはこれから約19年後の、あのダンジョンのある時代の記憶を持っている。
何故なのかという疑問が新たに湧いてくるけど、ともかく退院しないと始まらない。
俺は数日を大人しく過ごしながらも元気な事をアピールしながら退院を待った。
そして母さんに連れられて病院を出ると急いで家へと帰る事にした。
そのため俺はサイズ調整で即座に5歳児に見えるくらいまで体を大きくしている。
外見が赤ん坊なのでどんな姿になるのかと思っていれば成長した後の姿になる事が出来たのである意味では助かった。
もし、赤ん坊のまま大きくなってしまうと見た目が異常なので諦めて元のサイズで帰るしかなかっただろう。
その代わりスキルの影響でステータスが20パーセントまで減少してしまった。
なので今の俺のステータスは300にも届かず、レベルで言えば50前後と言ったところだ。
だから能力的には母さんと近くて丁度良いとも言える。
ただ、これなら早めに体を成長させて子供を装っていた方が良さそうだ。
いざとなった時にこれでは護りたい者も護れないかもしれない。
それに病院で母さんが話していた時の深刻な顔が気にかかる。
もしかしてイザナミ様にお願いした事が叶わなかったのだろうか?
こうして移動をしていても母さんは何も言わないので不安が胸を強く締め付けて来る。
そして家に到着すると扉を開けて中へと入って行った。
それにこれでようやく話が聞けると思い急いで居間へと入って行く。
もう少し冷静だったらそこで息を潜めて待ち構えている存在にも気付いたかもしれない。
しかし、今の俺にはそんな余裕はなく完全に油断をしていた。
『『パン!パン!パン!』』
そして部屋に入ると同時に炸裂音が響き、以前の記憶から火縄銃かと警戒して構えを取った。
しかし、その必要が無い事に気が付くと構えを解いて苦笑を浮かべる。
「なんだ。皆揃ってたんだな。」
「ハハハ!待ってたぞハルヤ。」
そこに居るのは父さんの他にユウナの両親であるリクさんとナギさん。
アズサの両親であるハルアキさんとアイコさんだ。
ただ、今になってだけど疑問を感じるのは俺だけだろうか?
俺の誕生日は秋頃だったはずなのにカレンダーは4月になっている。
てっきり秋だと思っていたのにどうやら俺の勘違いだったようだ。
それに気になる事は他にもある。
確かユウナの誕生日は5月1日。
アズサの誕生日は7月14日だったはずだ。
なのにアイコさんのお腹はもうじき生まれるのではないかという位に膨らんでいて、ナギさんのお腹はそれに比べてまだ小さい。
ユウナに死に別れた兄や姉が居たと聞いた事は無いし、アズサも明らかに以前の誕生日とは違う。
もしかして歴史が狂って生まれる時期が変わってしまったんだろうか?
それにそうなるとアケミはどうなっているんだろう。
「ねえ、疑問がいっぱいあるんだけど教えてくれるとありがたいんだけど。」
「フッフッフ!そう言うと思ってたわ。」
そう言っていつもの感じに声を上げたのはアイコさんだ。
久しぶりに会うけどこちらも俺に驚かないという事は記憶があると見て間違いない。
しかし自信満々でお腹を支えながら立ち上がったのにアイコさんとハルアキさんは即退場する事となった。
「あ、生まれそう!ハ、ハルアキさん!病院!病院に連絡を入れて!」
「ハハハ。悪いねハルヤ君。説明は他の人から聞いておくれ。」
そう言って2人は出て行くと車に乗って病院へと向かって行った。
アイコさんは今回の出産が初めてなので生まれるまでにかなりの時間が掛かるだろう。
俺は何度も出産に立ち会ったので今では産婆並みに詳しくなっている。
まあ、アイコさんならポンと生んでしまってもおかしくは無いけどアズサの為に無謀な事はしないで貰いたい。
それにしてもあのトラブル体質は健在と言う事か。
これはアズサが生まれる前にあそこへ行く必要がありそうだ。
「母さん。悪いけどご飯の準備をお願いしても良いかな?」
「母乳を飲むの?」
「普通ので良いよ。流石にちょっと恥ずかしいから。」
「フフ、ちょっと残念ね。」
そう言って母さんは笑うとご飯の支度をする為にキッチンへと向かって行った。
俺はその間に簡単に摘まめるものを食べて成長を促進させる。
するとご飯が出来るまでにはステータスの減少が無くなったので体の成長が今の体型に追い付いたみたいだ。
「そんなに食べてもまだ食べれるの?」
「大丈夫だよ。体がしっかりと血肉に変換してくれてるから。まあ、トイレには頻繁に行かないといけないかもね。」
幾ら消化吸収が良くても不純物は出てしまうので仕方がない。
そして俺がスキルと魔法をフルに使って体を成長させていると父さんがこの状況についての説明をしてくれた。
「お前が過去に行って数日ほど経った頃に世界が色々と変化してな。その後にユカリだけが戻ってきて色々と過去の事を教えてくれたよ。それでこのままハルヤが戻って来るとその時に色々とやらかすんじゃないかとなった訳だ。」
「まあ、今の段階でも既に赤ん坊を卒業してるものね。」
すると父さんの後に母さんが続き、周りはそれに頷いて納得する。
しかし、それは俺の責任では無いと断言できる。
母さんがあんなに真剣な顔をしていなければ俺だって食っちゃ寝の出来る赤ん坊ライフを楽しんでいたはずだ
いや待てよ・・・体感で200年ぶりくらいだから忘れてたけどもしかして。
「母さん。ちょっと聞いて良いかな?」
「どうしたの改まって。」
「子供を抱っこするのって大変だよね?」
「そ、そんな事無いわよ。可愛いハルヤの為だもの。それにステータスがあるから大丈夫よ。」
しかし、そういうセリフは目を逸らさずに言ってもらいたい。
たとえ軽くても動きを制限されたり、同じ体勢で居るのは人としてはかなり辛い。
子育ての経験があり、何人も同時に世話をする時もあった俺には良く分かる。
それが苦痛であったかと聞かれれば俺に限って言えばそうでもない。
ただし母さんは俺という息子を育てるのは2回目だで、外見はともかく中身が俺と分かっているなら少しくらいは楽がしたいと考えてもおかしくは無いだろう。
「そうじゃなくてね・・・そうよ。これはドッキリなのよ!アナタだってアズサちゃんやユカリちゃんの事が気になってたでしょ!」
「それを上手い具合に利用された気がするけど、否定は出来ないからその話題転換に乗ってあげるよ。それならアケミはどうなってるの?」
ここにアケミの両親は居ない。
その理由は簡単であと4年もしない内に事故で死んでしまうからだ。
あの時は何の手段も無かったので助けていないけど、今なら手段は幾つもある。
ただし俺には時期が全く分からないので父さん達次第だろう。
すると俺を除いた全員が妙に暖かい視線を向けて来る。
しかし、すぐにピンと気てスキルでナギさんのお腹の中を確認すると驚く事にそこには2つの命が宿っているのが見える。
「双子!まさか今回はアケミとユウナは姉妹!」
「そうよ。あなたは神様にたくさん感謝されてるのね。だから今回は色々とサービスしてくれてるのよ。」
「そうなるとアケミの元々の両親の方はどうなってるの?」
「あっちは他の神様が面倒を見てくれるそうよ。それにあちらも妊娠してるらしいから生まれたら様子を見に行ってみましょ。」
それならきっとアケミの魂がこちらに来たから誰か他の魂を当てがったのだろう。
それに神が面倒を見ているなら死ぬ可能性は少ないだろうし、死んでも呼びに来てくれるはずだ。
最低でも死体を回収して持って来てくれるだろうから、その時の準備と各員もしておこう。
そうなると俺が人間の時に結婚した残りの3人の事が気になる。
ハルカ、ルリ、ヤマネは無事に転生できただろうか。
再会を約束した訳では無いけど、もし同じ時代い居るなら会ってみたい。
ここでは来世となるので他の誰かと結婚していたり、付き合っていても気にはしない。
でも困っている様なら力になりたいと思っている。
今の俺は貯金は無いけどお金に相当する物は沢山あるのでそれを売ればどうにかなるだろう。
その辺の事は後でユカリに聞くとして、まずは回収に行って来よう。
「ちょっと出かけて来るよ。」
「何処に行くの?」
「宮島に言って来る。あそこに色々と残して来てるから。」
俺は軽い説明で家から出ると久しぶりに見る現代の街並みを確認する様に国道沿いを歩き始めた。
しかし、しばらく科学とは無縁な生活をしていたので空気が少し汚れている気がする。
それでも以前よりも綺麗に感じるのはクオナのおかげで化学が発展しているからかもしれない。
なんだか電気自動車の様に音が静かで動きがとてもスムーズ・・・て言うか殆どの人がハンドルを持っていない。
「まさかあれは自動運転なのか!?」
空は飛んでいないけど俺が過去に行く時だと車は排気ガスを吐いて自動運転は殆ど実用化されていなかった。
しかし、さすがに車が飛ぶようになるには時間が短すぎ・・・!
「あれ?今さっき空を何か大きな影が見えたな。」
意識していなかったので見落としてしまったけど鳥よりも大きかった気がするので、もしかして魔物や妖の影だったのではないだろうか?
今日はアズサが生まれるかもしれないというのに、もしそうなら半径100キロ圏内に入って来た奴らは皆殺しだ!
そう決心すると俺は先程の影が何なのかを突き止める為にスキルの空間把握を展開する。
すると多くは無いけどそれなりの数が空を歩いている。
そう、飛んでいるのではなく歩いているのだ。
俺は疑問に感じると同じように空に上がり捉えた対象の許へと近寄っていく。
するとそこにはスーツ姿のサラリーマン風の男性が居て、まるで道を行くような気軽さで歩いているのを目で捉えた。
そう言えば帰る時に空を飛んで居たのに誰も気に留めてなかったな。
昔なら術で突き通せば誤魔化せてたけど、この時代では無理だった事を今になって思い出した。
俺なんて空歩を覚えた直後はフライングヒューマンとか言われてちょっとした騒ぎになっていたほどだ。
そして、どういうことかと聞こうと思っていると下から誰かに呼び止められてしまった。
「おーい、そこに君~。未成年は保護者が居ないと空歩は使っちゃいけないんだよ~。」
「は?」
声の聞こえた方向へと目を向けるとそこには制服の警察官がこちらに向かって来ていた。
ただし言われた通り今は空中に居るのでその警察官も当然の様に空歩で登って来ている。
しかし、まさかそんな決まりまで出来ているとなると今の日本でスキルはかなり一般的と言う事になる。
俺は咄嗟に子供のフリをすると警察官へと「ごめんなさい」と誤った。
なんだか高校生探偵が子供になった時の気持ちが分かった気がする。
これはハッキリ言ってかなり面倒臭い。
「分かれば良いんだよ。もし空を1人で移動したいならちゃんとした免許を取らないといけないから帰ったらお父さんかお母さんに聞いてみなさい。」
「分かりました。ありがとうございます。」
子供相手でも必要な事をしっかりと教えてくれるとは良い警察官だな。
帰った時にでもさっそく聞いてみよう。
そして警察官に手を握られ地上へと降りて行った。
面倒だけど仕方ないので下を進むしかなさそうだ。
そう思って海に向かい水の上を歩いていると再び同じように止められてしまった。
今度は海の上を歩くにも別の資格が要るらしいと教えてくれる。
ハッキリ言って段々面倒になって来た。
「仕方ないからちょっと本気を出すか。」
と言う事で俺は飛翔で飛び上がり、人の目に留まらない速度で移動を行った。
今の俺ならステータスの低下は無いので気が付いたとしても次の瞬間には遥か彼方へ過ぎ去っている。
流石に俺に追い付ける奴は早々居ない筈だ。
そして宮島に到着するとまずは人気のない所へと降りて神社へと向かって行った。
あれから400年以上は経過しているのでどうなっているか気になる所だ。
そして傍に行ってみるとそこには以前と変わらない姿で社が建っていた。
幾つか増設した場所はあるけどミズメが立て替えた所はそのままだ。
中を歩いていても所々にある僅かな傷や見えない所に書かれた文字などがあの頃の事を思い出させてくれる。
どうやらレベル100のミズメが作り、俺が強化した事で今の時代でも綺麗なまま残ってくれていたみたいだ。
すると通路の横に何やら逸話が書かれた解説が置かれていたのでちょっと読んでみる事にした。
『とある事情からこの神社の取り壊しが言い渡され社を破壊しようとしました。しかし、どんな道具をもってしても破壊が出来ず、塗られていた塗装さえも剥ぐことが出来ませんでした。それ以来この本殿は自然災害にも負けず、美しい姿を保っています。』
「うん、とても良い話だな。」
ただ、周りでそれを読んだ者の中には信じていない奴が多いみたいだ。
中にはワザと傷でも入れてやろうとしている奴も居るけど不発に終わっている。
良い子にしていれば恥も掻かずに済むのに好奇心旺盛な者には困ったものだ。
「さて、宿の方はどうなってるかな。」
あそこは俺が生活をしていた所で最後を迎えた所でもある。
もしかすると宿としては潰れているかもしれないけど作りはここと一緒だから残っているはずだ。
ただ流石に今の時代ならC4爆薬とか掘削機があるので破壊できる・・・かもしれない。
俺なら素手でも壊せるけどわざわざ思い出を壊したくないので、もしお金が手に入った時は買い取って保存しておこう。
そして宿の前に到着するとそこでは今も旅館が経営されていた。
名前も以前までと同じ満月で看板もしっかりと掛かっている。
しかし問題は誰が経営しているかだ。
ヨーロッパでツキヤと出会った時はまだ俺とも面識のある相手だったけど、あれから長い時間が経過して時代も変わっている。
俺の事を話しても戯言だと思われる可能性が高く話も聞いて貰えないかもしれない。
ただし無理なら無理で奥の手もある。
なので、まずは状況を確認するために宿の玄関を潜り中へと入って行った。




