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231 試練その6 ①

俺は再び生を受け、これで4度目の転生になる。

しかし今回は今迄と明らかに様子がおかしく、生まれてすぐに口や鼻に水が流れ込み息が出来ない。

どうやら俺は生まれて早々に水の中に居るみたいだ。

そう思ていると腹部が何かに押され上へと押し上げられていく。

そして、どうやら水面に鼻が出たらしく俺はゆっくりと深呼吸を行った。


「あ~空気が美味しい『ゴボゴボゴボ。』」


うお!鼻が出てるのに口が海面に浸かってるぞ!

って、待てよ・・・なんだか体の構造がおかしいな。


そう思って体を確認するとその理由がすぐに分かった。

目の前には大きな母クジラがゆっくりと泳いでいてここが海中である事が分かる。

どうやら今回の転生先は海を生活の拠点とするクジラみたいだ。


そしてステータスを確認すると水泳、潜水、空間把握というスキルが増えていた。

泳ぐのが苦手な俺には水泳や潜水は有難く、これがあれば溺れる事は無さそうだ。

空間把握は意識すると360度の全てを把握する事が出来るので今までの気配を感じるのと合わせればかなり便利になる。

しかも海には障害物が無いので練習には丁度良いだろう。

そして知覚範囲を広げていくと数キロ先から船が近づいて来ているのが分かる。

もしかするとここは船の航路となっている所なのかもしれない。


そう思っていると母クジラが寄って来て鼻先で移動を促してくるので、もしかすると衝突を避けるために道を譲るのかもしれない。

クジラは哺乳類の中でも脳が最も大きくて頭が良いと言われている。

あんなに離れているのに気に掛けるとは現代で車の運転をする一部の人々にも見習ってもらいたいものだ。

俺は言われるままに足と言うか鰭を動かすとスキルの助けもあって普通に泳ぐ事が出来た。

それにしてもこの体と環境では持っているアイテムの殆どが使えないだろう。


そう思っていると何故か船の進路が変わってこちらへと近寄って来る。

もしかしてこんな時代からホエールウォッチングでもしているのだろうか。

するとしばらくして船から小舟が何艘も下ろされてこちらへと更に向かって来る

しかしこの時になってその手に持っている銛を確認し、その目的が瞬時に理解できた。

どうやらあの船は捕鯨船の様で俺の傍に居る母クジラを狙っているようだ。

さっきから俺を必死に押して泳がせているのは避けるのではなく逃げるためということか。

俺を置いて行けば逃げる事も出来るだろうにその高い知能が我が子を見捨てる事を拒否させているに違いない。

ライオンの時の母親と違って何とも愛情深い行動だと思う。

なら彼らには悪いけどまだ乳すら貰っていないのに殺させる訳にはいかない。


俺は尾鰭で水を蹴ると巨大な水飛沫を上げて小舟へと一直線に突撃して行く。

そして体に回転を加えるとその波と衝撃で小舟を吹き飛ばした。


『よし、これで邪魔者が居なくなったな。』


俺は海中に落ちた人間を放置するとそのまま母クジラの許へとゆっくりと戻っていった。

ただ、戻ると即座に鰭で叩かれて叱られてしまったので、どうやら心配をかけてしまったらしい。


そして俺は頭をヘコヘコ下げて謝るとようやく母乳を頂けることになった。

クジラの子育てとは意外とスパルタなのかもしれない。


『それでは頂きます。・・・濃い!』


飲んで最初に思う感想はそれだった。

海中で飲んでいるのに牛乳の数倍は味が濃いく、とろみさえ感じる事が出来る。

こんな物を飲んでいると体があっという間に成長してしまいそうだ。

それを示す様に体が軋む様な音を立てながら急激に成長しているので、これも母による愛の賜物だろうか。


そして、さっき見た船員を基準にすると母クジラの大きさは20メートルといったところでかなり大きい。

俺が何処まで成長するかは分からないけどそこまで大きくなるのに1ヶ月は掛からないだろう。

まあ、今のままでも捕鯨船程度に負ける気はしないので次からは近付かずに他の方法で倒す事にしよう。

さっきのはちょっと泳げるようになったので、アニメみたいにキメてみたいと言う好奇心でやらかしてしまったのがいけなかった。

それに俺は元々母親の言う事をしっかりと聞く良い子なのだ。


そして海に落ちた人間たちに関しては乗って来た母船が追いついて来て回収をしている。

それと大きな船では小回りが利かないので近くの港に戻るみたいだ。

念の為に進路を確認しておいて後で見に行ってみようと思う。


それにしても知覚を数十キロまで拡大するとかなりの数のクジラが回遊していている。

しかも魔物まで混ざっているので狩り残しも多そうだ。

これは海の中も大掃除が必要そうだけど海の面積は陸の3倍なので大変そうだ。


そして魔物のターゲットは船と海洋生物の両方のようだ。

特にクジラを狙っている様だけど体が大きくて仕留められる事は少ない。

よく見ると母クジラの体にも幾つも傷が付いているので魔物が原因の可能性もある。

ただし海には他にも危険な生き物も居て人間にも狙われているので断言は出来そうにない。


『今は独り立ち出来るように頑張るしかないか。』


その後、出会うクジラで傷付いている者は癒し鰭などが無ければ生やしてやった。

人間で何度か試した事はあったけどこちらは大きさが人換算で人間よりも大きい事もある。

だから生やすにしても消耗が多いので少し大変だけど、それでも今の俺なら数十匹は連続で行ける。

俺は毎日そんな事を行いお礼に母乳を貰ったり、していると2週間で母クジラに追いついてしまった。

既に母乳ではなく魚を食べて成長しており単独移動もできる。


しかし、いつの間にか俺の周りには多くのクジラたちが集まり始めた。

まるで群れの様だけど俺を頼って来た連中だろう。

最近はそれを狙って魔物が集まり、捕鯨船も寄って来る様になっている。

クジラは必ず海面に上がって呼吸しないといけないので遠くからでも潮を拭いた光景が目立つだろう。


このままでは遠くない内に捕鯨船との熾烈な争いに発展してしまうのは避けられず、それを回避する手段をクジラである俺が持っているはずがない。

それに捕鯨船を全て沈めるという考えは、この時代のエネルギー事情などから考えて宜しくない。

以前に捕鯨船に忍び寄って聞き耳を立てると今の時代は灯りをクジラの油で賄っていると言っていた。

全ての船を沈めるとその供給が止まってしまうので世界のバランスすら崩しかねない。


逃げるという選択肢もあるけど、今は捕鯨船が世界中に居ると言っていたしハッキリ言って今回はかなり困っている。

アンドウさんなら原油の利用法を広めるかもしれないけど、今の時点で鯨油を取っていると言う事はそれをするのを自重したと言う事だ。

こうなれば群れを見捨てて逃げるか、それとも無いと分かっている安全な海域を目指して旅に出るか。


「は~困ったな~。」

「久しぶりに来てみれば何を困っているのです?」

「ああ、クオナか・・・。て!クオナ戻ったのか!?」


海面を漂ってぼんやりと悩んでいたので最初は素で返してしまったけど、すぐに気が付いて顔を上げる。

するとそこには以前に見た人サイズのメタル・クオナが宙に浮いてこちらを見下ろしていた。


「ええ、少し前まで自分の世界に戻っていましたが用事があってこの世界に戻って来たのです。剣の反応を辿っても旅館があるだけであなた達は居ませんでしたし、ここを探し出すのも苦労しましたよ。」

「そりゃ、人間は80年くらいしか生きられないからな。100年以上すればこの世界だと誰も残ってないのは当然だろ。それよりも何しに戻って来たんだ?もしかして邪神関係か?」


それなら少し困った事になる。

俺はクジラなので以前と違って手伝えることも少く、下手に人前に出ればクジラ顔の半獣人で化物扱いだ。

ただサイズ調整という新しいスキルを覚えているので、ある程度自由に大きさを変えられて人から今の20メートルくらいまで変更できる。

ちなみに人サイズになると力と速度が数倍になるので、きっと北海道で戦った山の神と似た様なスキルだろう。

それに今は群れが居るのであまりここを離れられないという問題もある。


「邪神ではなくこの世界の文明に干渉して科学技術を加速させようという事になったのです。精神面では以前に調査した時よりも進んでいるようですが技術が低すぎます。今のままだと我々がコンタクトした時に無用な誤解を招く恐れがあります。」

「そうなるともしかして石油か!」


もしそれなら放っておいてもクジラ漁は衰退する。

その後に取っているのは本当に食料として必要な連中だけなので今のように血眼になって漁をする者は激減するはずだ。

しかし、期待を込めて出した俺の言葉にクオナは首を振って否定して見せた。


「いえ、まずは動力源からですね。そこから始める事になります。」

「そうか。それならしばらくは捕鯨が落ち着く事は無さそうだな。」


そう言えば文明に干渉するにしてもポンと開発されて広がる訳では無い。

これから長い時間を掛けて浸透して行くことになるだろう。

それでも化学が進歩してくれれば自然と石油に行き着き、文明は加速して行くはずだ。

方法は分からないけど恐らくは俺の時みたいに脳へと直接干渉でもして知識をインストールするのかもしれない。


「まあ、そっちは任せるさ。俺は今回の仲間が殺されてランプの灯りにされない様にしないといけないからな。」


するとクオナは納得したように頷くと顎に手を当てて少し考え始めた。

そして答えが出たのか再び頷き何か石のような物を取り出して見せてくれる。


「これは水晶か?」

「いえ、ただのガラスです。しかし、これに印を刻んで触れればこの通り。」


そう言ってクオナがガラスの底に何かを刻印して触れるとまるでランプのような光を放った。

それを見て現代でも見た事のあるアレが頭を過る。


「まさか、もうナノマシンを散布したのか?」

「はい。既にこの世界の人類と接触する事は決まっていたので、50年ほど前に散布して潜ませてあります。この子達は高性能の永久発電機を持っていますし無限蓄電池も搭載しています。この時代の夜を照らすくらいは容易いでしょう。」


もしこれが普及すれば鯨油の消費は落ち込む事になる。

そうすれば今ほどの捕鯨船が無くなりクジラにとっての安全な海域も生まれるだろう。


「それをどうやって広めるかは決めてあるのアか?」

「有力者にでも上手く取り入って広げさせようと思っています。いざとなればちょっと強引にでも。」

「それなら日本は天皇の所に持っていけ。あそこなら代が変わっても俺の名前を出せば少しくらいは聞いてくれるはずだ。」

「そうするつもりですがあそこだけでは少ないでしょう。」

「あとヨーロッパ付近は教皇を頼れ。俺の名前か悪魔王と言えば聞いてくれる。」

「何時もながらアナタは何をやっているか分からない時がありますね。」


すると何故かクオナから呆れた様な視線を向けられてしまった。

でもこの名前は相手が勝手に決めたので俺が好きで名乗っていた訳では無い。

ただし、認知度で言えばワールドクラスなので、何をしたかは聞けば教えてくれるはずだ。


「それとアメリカ大陸ではアンドウさんが先住民のリーダーとして転生してる。もし生きてたら頼ってみると良いぞ。それとアフリカではオニャンコって町がある。あそこならもしかすると話を聞いてくれるかもしれない。」

「オニャンコってもしかして私を騙していますか?」


するとさっきまでは呆れただけの視線だったのに冷たいものも混ざり始める。

でも俺だって最初に神の名前がオニャンコポンだって聞いた時には自分の耳を疑った。

その辺の事を何度か説明すると怪しみながらも納得してくれた。

ただ、何度も説明しないとイケなかったのでかなり疑っているのは確かだ。


「そっちは任せたから頑張ってくれよ。俺は海の魔物をどうにかしとくから。」

「分かりました。それでは機会があればまた会いましょう。」


そう言って俺は海中に潜りクオナは転移で消えて行った。

しかし捕鯨船の船員にも生活や家族が居るだろうから、なるべく被害を出さずに帰ってもらわないといけない。

そうなるとやるべき事は1つだけだ。

レッツ!宝探し!


俺は今までに海に沈んだと言われる金銀財宝を探す事にした。

これから群れを引連れて海を周るので海底から過去に沈んだ船を発見した時はお宝を回収すれば良いだろう。

スキルを使えば苦労せず探し出す事ができる。


そしてどうやら海の底は宝の山のようだ。

それに鑑定をしたり更に海底の地底を探ると金鉱脈や宝石などを見つける事が出来た。

宝石は原石だけど売れば転職するための足しにはなるだろう。


俺は相手が退かず、仕方なく船を沈めた場合には海岸付近まで人間たちを運んでやり、そのついでにお宝を渡してやった。

ついでにしっかりと海の恐怖を教え込んでいるので簡単には戻って来ないだろう。

分配で争ったとしてもそこは俺の関与する所ではない。

そんな事を数年続けていると次第に捕鯨船と会う事も少なくなってきた。

代わりに商船と会う事が増え、時代が移り変わってきているのを感じる。

その頃には俺の体は50メートルに届こうかという程に大きくなっており、魔物と出会う事も少なくなっているのでかなり減っているのだろう。

これも全てはクオナのおかげなので次に会った時はお礼を言わなければならない。


そして海が安全になって来ると俺に付いていた群れも次第に小さくなり始めた。

元々は海を自由に泳ぎ回っていたので安全となれば自然な事だ。

しかし、それでも捕鯨船と会う事はあるので無事に一生を終えてくれれば良いと願っておこく。


それにしても最初はどうなるかと思ったけど何とかなって良かった。

ただ、こうして世界中の海を旅していると化学の急速な発展が目で見ていて分かる。

俺が生まれた時は帆船しか無かったのに今では外輪船が主流になりつつある。

きっと技術の発展で蒸気機関の性能が上がったのだろう。



そして、時は大きく流れ俺が生まれて50年程が経過した。

その頃になると船はスクリュー船に変わり大きな客船も見るようになった。

最近は魔物の姿も無くなり俺もそろそろ寿命かなと思い始めた時に情報収集をしている船の中から気になる話題が聞こえて来た。


「おい知ってるか。最近になって変な氷山が現れたらしいぞ。」

「何だよそれ。もしかしてオカルト話か?そんな迷信は今時止してくれよ。今は人が空を飛んで運ばれる時代なんだぞ。」


どうやらクオナの計画は順調のようだ。

それにしても発展を始めると化学って早いんだな。

俺が携帯電話を持ち始めたのはスマホになってからだけどあの時でも少し足踏みすると置いて行かれそうな気がしていた。

この時代の人はそれよりも強くその事を感じているかもしれない。


しかし、まさか過去にあれだけの事をしたのに今ではオカルトと笑われる時代になったのか。

これはきっと組織の連中が頑張って魔物を駆逐してくれたからだろう。

どうやら地上の方は安全な時代に変わったみたいだ。

後は戦争さえなければ良いのにと思うのは最近の平和な時間に流されているからだろうか。

実際に戦争は科学を発展させるので不必要とは言い難い。

でも人的資源の損失だと言う人も居てアンドウさんがそれに当たる。

まあ、俺は海洋生物なので陸の事はこうして時々聞こえて来る話を知るくらだ。

今は人間同士が争わない事を祈って問題の氷山の調査に向かうことにした。


何でも場所はヨーロッパとアメリカの間にある大西洋の様で、その上半分の北大西洋の何処かだという話だ。

噂話なのでそんなに正確な場所は分からないけど大きさが50メートルはあるらしく、そんな巨大な氷山が船に衝突すれば危険な事に間違いは無い。

それに、ことわざにもある通り水に浮いている氷はほんの一部だ。

本体はもっと大きいのだからもし本当なら事故の予防の為にも確認をしてみる必要がある。

俺は体を捻ってその場を離れると目的地に向かって移動を始めた。

昼間は巨体を隠して海中を泳ぎ、夜になると空を飛んで一気に移動を行う。

そして次の日には目的の海域へと到着する事が出来たのでさっそく現地調査を開始した。

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