230 試練その5 ④
俺達がアレンに呼ばれて広場に行くとそこには多くの人で溢れ返っていた。
やはり教皇が直接来た事は彼らを大いに勇気付けたみたいだ。
ただし、何故かその横には山羊が一頭準備してあり、しかも俺を産んだ母山羊で間違いない。
もしかしてパーティーへ招待でもされたのかと一瞬考えたけど、横には大きな刃物を持ったカリーナの父親が居るのでどうも違うらしい。
おそらくだけど母山羊は今日のパーティーに出されるメインへと選ばれてしまったようだ。
俺が面倒を見るようになってから健康状態が良くなり、肉付きも良くなっているので俺を除けば村一番の山羊と言える。
特別な日に特別な客に振舞うにはこれ以上の選択肢はない。
そしてアレンは教皇に振り向くと跪いて声を掛けた。
「どうかあの雌山羊に祝福をお願いします。」
「・・・分かりました。」
教皇は俺に視線を向けると少し待ってから言葉を返した。
その際に俺は頷きを返して問題ない事を伝え、人に飼われている山羊だからこんな事もあるだろう。
するとカリーナは父親の所に駆け寄るとその手を取って顔を見上げた。
「この子を食べちゃうの?」
「そうだよ。教皇様を持て成すためには村の山羊を1頭潰さないといけないからね。可哀相だけどこれも仕方ないんだよ。」
「でもあの子が悲しそうだよ。」
そう言ってカリーナは俺の方に顔を向けてくる。
はて、俺が寂しがっているとは言うけど彼女に山羊の表情が分かるのだろうか?
しかし、よく見ると視線が時々顔から逸れて俺の後ろに向いている。
俺は首を回して後ろを見ても変わった事は何もない。
あえて言えばいつもは自然と振られている尻尾が垂れ下がっているくらいだろうか。
・・・ああ、そう言う事か。
カリーナはこれを見て母山羊に付いて抗議してくれているという訳だ。
そう言えば早めに言えば対処してくれると言っていたのでこれを合図と見て取ったのだろう。
しかし、いつもは勝手に動いているのに今は動かそうとしてもピクリとも動かなくなっている。
もしかすると俺が思っている以上に母山羊に対して割り切れていない思いがあり、それが無意識に尻尾に出ているのかもしれない。
このままもし母山羊が殺されてしまうと何かの拍子に爆発する可能性がありそうだ。
それは誰にとっても宜しくない事なのでちょっとこちらで手を打っておこうと思う。
「それじゃあアンドウさん。フォロー宜しく。」
「分かった。こちらは任せておけ。」
そしてアンドウさんがその場から消えると俺もその場から移動して行った。
その後、順調にお祈りが終わり母山羊は裏へと連れて行かれてしまう。
そこで首を切られて血抜きをされてから解体に入るはずだ。
なので俺は首へと刃が走る直前に一瞬で首を切断して痛みを感じない様に命を奪ってやる。
父親としてはあまりの抵抗の無さに首を傾げているけど今は血抜きを優先させて足にロープを括って木に吊るしている。
そして皮を剥いで内臓を取り出し、下拵えを続けて行く。
その際に残っている頭を回収するとそれを収納してその場を離れていった。
ちなみに山羊は悪魔として見られる事があり、今日の様におめでたい行事で頭が使われる事は無い。
あの父親の事だから誰かが勝手に持って行った程度に思うだろう。
そして案の定そうなって頭が消えている事に気付いた父親は「あれ~」と言いながらも「まあいいか。」で終わらせてくれた。
そして、そのまま俺は村の外に出るとアンドウさんと合流を果たした。
しかし、そこにはアンドウさんだけでなく多くの先住民も揃っている。
誰もが中々の闘気を纏っていて唯者でない事が分かり、あの村でコイツ等に勝てるのはアンくらいだろう。
「ところでその人たちは誰だ?」
「各部族を纏めている酋長たちだ。事前に落し所は決めていたからここに集めていた。これからついでに祭りに参加させて計画を実行する。」
「それなら俺からはこれを頼む。」
そう言って俺は彼らの前で半獣の姿となって立ち上がった。
初めて見る者も多いので一瞬警戒されてしまったけど威圧などのスキルを使って適度に恐怖を与えておく。
「あそこは俺の縄張りでもある。ずっと見てるから手を出したらどうなるか分かってるな?」
すると言葉は返って来なかったけど、青い顔での頷きは皆が返してくれた。
これで俺が死ぬまでの10年くらいは大丈夫だろう。
そして、さっき回収した母山羊の頭部を取り出すとそれを使って蘇生を行った。
するといつもの様にのほほんとした顔で「メ~~~」と鳴いているので問題は無さそうだ。
「これで大丈夫だな。これを友好の印としてカリーナに送ってくれ。そうすればもう食われる事は無いだろう。」
「そうだろうな。普通そんな事をすれば宣戦布告と一緒だ。」
そして母山羊は彼らに連れられて村へと戻って行った。
すると先住民の姿に村人から声が上がり次第に大騒ぎになり始める。
しかし、アンドウさんはそんな村の中を堂々と歩き教皇の前で足を止めた。
「俺はこの地に昔から住まう全ての人間の頂点に立つ男だ。」
「私は神に選ばれた導き手にして教皇をしております。」
2人は今初めて会いましたと言った様子だけど会話に淀みは無く順調に進んで行く。
そして幾つかの会話を経て本題へと入って行った。
「それではこちらからの要望を伝える。」
アンドウさんがその言葉を言った途端に村人のそこかしこから緊張が広がっていく。
それに今この場に居る者で武器を持っている者は誰も居ない。
見るからに屈強な姿をしている先住民たちを見れば戦えば少なくない犠牲が出るのも理解できるはずだ。
そして、そんな緊張の中でアンドウさんの口から出た言葉は村人からすれば理解するには時間の掛かるものであった。
「俺達はそちらとの共存を望む。ただし、そちらが一方的な態度を取るなら俺達にはそちらへと攻め込む用意もある。」
「対等と言う事ですね。それならどうですか?私からの提案ですが私の祝福を受けませんか。」
するとアンドウさんの言葉にざわついていた村人たちの声が聞こえなくなり視線が教皇へと集中する。
たしか教皇から祝福を受けた者は誰でも友や家族となる事を示しているそうだ。
ヨーロッパで奴隷を解放する時にも回復の力を持つ神官たちによる祝福が行われている。
それで奴隷の焼き印を消す事で彼らを解放し、その国の人間であると示したらしい。
それが教皇ならばもはやVIP扱いとなるだろう。
これにより教皇がどれだけ彼らにこれまでの事で報いようとしているのかを示している事になる。
「ならばここに居る各地の代表に関してはアナタの祝福を頼もう。その他の者に関しては今は居ないので今後に派遣されるであろう下位の神官でも構わん。その際はこちらで責任を持って案内をする。協力関係がしっかりしていれば資源の探索も楽かもしれないぞ。」
そしてアンドウさんは言葉の端々で今後の事についてもチラつかせる。
あの人の事だから既に目星は付けているのだろう。
そうなると神官と共に地質に詳しい者を同行させれば教会にも大きな利益をもたらす事が出来る。
この時代は見つけた者に権利があり、それが教会なら文句を言える相手は誰も居ない。
それにこれからは俺とアンドウさんが海を渡るのを手伝うとなれば犠牲を0にする事も出来る。
そうなれば安全な航路と先住民による案内で今までになく安全な旅が出来るようになる。
俺も少しは村作りを手伝っても良いので発展も滞りなく進むだろう。
そして彼らは教皇から祝福を受けると体の調子を確認し始めた。
それを見てアンドウさんが目配せを送ると俺にとって最も重要と言える話に突入した。
「それではこちらは友好の証にこの山羊を送ろう。寿命で死ぬまで大事にしてもらえるとありがたい。」
「分かりました。先程この村で雌の山羊を潰した所です。有難く受け取らせていただきます。カリーナ。アナタに任せますよ。」
「はい!謹んでお受けします。」
そしてカリーナは何時もの感じで先住民に歩み寄ると声を掛けた。
「それではお受け取りします。」
「・・・あ、ああ。よろしく頼む。」
すると山羊を持っていた男はカリーナへと山羊を受け渡した。
しかし、どうして彼らは驚いた顔をしているのだろうか?
カリーナは普通に話し掛けただけのはずだけど。
「驚いているみたいですね。祝福を受けた者同士には言葉の壁は無いのですよ。これからは互いの誤解を解消するために言葉による交流も進めてください。」
するとそれに関してはアンドウさんも知らなかった様で驚きの表情を浮かべている。
俺も知らなかったけどヨーロッパの人々が早い段階で交流を深められたのはこれのおかげかもしれない。
ただ文化などの違いで互いに苦労する事も多いだろう。
これからの長い歴史で上手く折り合いが付けれれば良いけどな。
その後は言葉が通じるという事もあり彼らも祭りに参加して多くの言葉を交わしていた。
特にカリーナの家族がそれに貢献していたのは言うまでもない。
やっぱりこういう時には物怖じしない性格は強味になる。
余談ながら、カリーナの父親が開く飲食店にはこの後から頻繁に彼らのような先住民も訪れる様になり、狩って来た獲物の換金所となった。
そして多くの者がその店の常連となり、カリーナのコーヒーが人気となったのは俺がここを去る少し前の話だ。
ただ、やはり文化の違いから小さな争いは耐える事は無かった。
しかし部族を滅ぼす様な非道な争いは起こらず、互いに妥協点を見つけ合いながら歩み寄りをしていくことが出来ている。
それも全て言葉という壁が取り払われたおかげだろう。
今では教皇の部屋にはアンドウさんから送られたコーヒーを淹れる為の道具が一式揃えられ、味の探求に勤しんでいるようだ。
そのせいで時々仕事を忘れるらしく、周りの者に叱られているらしい。
それ以外にもアフリカから送られた人達がどうなったのかと思っていると以外にもそちらは先住民と仲良くやっていた。
元々が互いに狩猟民族で同じ様に精霊を信仰している事が大きかったようだ。
言葉も少しずつ覚えて今では共に生活をしていた。
そして俺に関して言わせてもらえば毎日を馬車馬のように働かされている。
しかし今生は山羊なのに馬と同じとは酷い扱いだ。
それに俺が動力源になっているのは船ではなく水上飛行機なので今までの船とは大きく違う。
プロペラは上に向かって付いていて魔法と併用して浮かべている。
そして前に進める時には飛翔で押しているので1人で3役を熟しており、今までの試練で最も過酷なものだったと断言できる。
アンドウさんに関わると能力を把握したうえで扱使われるから毎回酷い目に合う。
そんな事を10年も続けると流石に互いの大陸の行き来も安定してくる。
その間にアンドウさんが航海技術も向上させてくれたので船でもかなり安全に移動が出来るようになった。
そうなって来ると俺もようやく解放されたので村でのんびりと過ごしている。
今はマントを被りカリーナがオープンさせたゴート・カフェという店でカフェオレを飲んでいる所だ。
流石に山羊の姿だとのんびりとカウンターに座って飲むなんて出来ないからな。
「淹れるのが上手くなったな。」
「そうでしょ。アンドウさんに色々と教えてもらってようやくここまでになったのよ。」
カリーナはあれから数年後に教皇の出資もあってアメリカ大陸では初の喫茶店をオープンさせた。
もちろん結婚もしていて相手は先住民の好青年だ。
アンドウさんがバックに居るので馬鹿な奴は言い寄って来ないとは思っていたけどなかなかの好物件を捕まえたものだ。
それに旦那は山羊牧場を営んでいてそこで取れる山羊のミルクがここでも使われている。
それでゴート・カフェと言う事でそこの牧場に居る山羊たちの大半が俺の兄弟や血縁者だ。
そういう事もあってその牧場を平和の象徴と呼ぶ者も居る。
「まあ、俺には少し苦いけどな。」
そう言って密かに砂糖を入れて調整する。
これで少しは飲みやすくなった。
「本当はブラックで飲んで欲しいけどハルヤには無理かな。」
「どうせ俺は甘党で子供舌だよ。お前だって最初はミルクコーヒーだったじゃないか。」
今ではあの時の事も良い思い出になってるな。
俺の中身は既に100歳を超えているけど味覚に大きな変化は無いので今後も変わらないだろう。
しいて言えば草を美味しく感じる様になったくらいだ。
今なら草ソムリエにだってなれそうな程に拘りを持っている。
そしてカフェオレを飲み終わると料金をドッサリと置いて立ち上がった。
これはこの時代で手に入れたお金の全てで人生なら3回はやり直せるだろう。
「ねえ、そんなにウチのカフェオレは高くないよ。」
「俺はこれから大陸の西に向かう予定だからもう金は要らないんだ。もうここには戻らないから他の奴等が来たら言っといてくれ。寿命もあと数年で終わるだろうからな。」
「そうなんだね。・・・でも、また会えたら良いな。」
「それは俺にも分からないな。」
そう言って俺は寂しそうな顔のカリーナに別れを告げると残された時間で大陸を見て回った。
今迄は妹が居たりしたので一人旅は初めてだけど新鮮で少し楽しい。
俺は寿命が尽きるまで大陸を歩き回り自然を満喫してから眠る様に息を引き取った。
ああ~次も美味しい草が食べたい・・・。




