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228 試練その5 ②

俺は空に向かうとそこで上がって来るのを待っていた神へと声を掛ける。


「久しぶりだな。力もかなり戻った様で安心したぞ。」

「それは君のおかげと言っておこう。それにしてもこの地に信仰を感じて来てみれば面白い事になってる様じゃないか。」

「ああ。ただ、今回に関しては出来れば先住民たちの方を立ててやりたい。そちらは移民が上手くいけば勝手に信仰が増えるだろうからな。出来ればこの地の神か精霊を紹介してくれると助かる。」

「分かっている。邪神が復活した時の為に力は上手く分散させておこう。こちらもアレを相手にするために最前線には立ちたくないからな。」


まあ、ヨーロッパの神々とはこんな感じで利害が一致している。

それに邪神の封印を管理しているのは日本の神で、最前線に立つメンバーはあの時とあまり変わらない。

その代わり、こうやって信仰を回復させながら協力をしてもらっている。

神だからとか言って利害もなしに協力してくれるほどこの世界は甘くない。

なので俺達は邪神という強大な敵のおかげで結束が高まっていると言えるだろう。


「それなら話しが出来る奴で頼むな。俺は精神生命体じゃないからその辺が神と違うから気を付けてくれよ。」

「え?」


そこで何故そんな嘘つきを見る様な目で見て来るんだ。

今の俺は普通の子山羊なんだから「ボボボ!」や「ギャーー!」とか言われても分からねえよ。

なんで最近は俺を常識枠から外そうとする奴が多いんだ。


そしてもう一度だけ念を押して伝えてから獣舎へと戻って行った。

きっと明日からはこの村の雰囲気も少しは良くなるだろう。

そう思いながら俺は眠りにつき明日を待った。



目を覚ますと外は喜びに沸いていた。

昨日までの暗い雰囲気は何処かへ吹き飛び笑い声と笑顔が溢れている。

それに昨夜の男もその中に混ざり、自身の過ちを認めて皆へと謝罪をして回っているようだ

しかし、ここでも誰も責める者は無く、懺悔を聞いた神父の様にただ肩を叩いて許している。

きっと自分達が信頼する神が彼を助けたのも要因の1つだろうけど、しっかりとした信仰も根付いているみたいだ。

やっぱりこういった過酷な環境下だからこそ神の存在が大きいのかもしれない。


しかし、こうなると問題があるとすれば森に居る先住民たちだ。

今の所は攻めて来る気配は無いけどそれもいつまで続くか分からない。

それに俺がこの村に生まれて2日しか経っていないからハッキリした事は分からないけど誰も森に入ろうとしないのが気に掛かる。

食料が尽きようとしているなら森にでも入って食べられる物を探すべきだ。

この村には銃もあるのでその気になれば女性でも狩りが出来る。

それをしないという事はやっぱり森に居る彼らが原因とみて間違いない。


海もすぐそこなのに魚を取らない事に関しては手元に道具が無いからだろう。

竿、網などの道具を作る為には森に入る必要がある。

そこから考えると森の入り口が一種の境界線なっているのかもしれない。

今の段階でこちらはどうにかなりそうなので、あちらに話を聞きに行ってみようと思う。


そして夜になるのを待って俺は森へと向かって行った。

まずは普通の子山羊の姿で畑を歩き、そのまま森へと足を踏み入れる。

するとすぐに先住民の男達が動き始め見事な動きで配置へと着いた。

数は3人で前に1人と左右の斜め後方に2人。

後ろに居る2人は弓を構え前の男は手に石斧を持っている。

原始的な武器ではあるけど熊を相手にしている訳では無いので普通に考えれば十分な脅威となり得る。

ただし俺はこの地球上に生息しているどの熊よりも強いと断言できる。


そして男達は音を立てない様に慎重に間合いを詰めて来ており、その動きは繊細で森の中なのに音の1つも立てない。

もし普通の人間がこの森に入り彼らに狙われれば気付いた時が死ぬ時だろう。

きっとこれが村の人間が森に入らない理由で間違いなさそうだ。


「さてと。それならまずはオハナシから始めるか。」


すると急に声が聞こえた事で男達の動きが止り、慎重に周囲を見回して首を傾げると視線がこちらへと戻って来る。

そこに会話と呼べるものは無く視線とハンドサインで確認を取ると配置についた直後に一斉攻撃を放ってきた。


「無駄だ。」


俺は放たれた弓矢を後ろ脚で弾き返し放った奴らの腕に命中させる。

そして正面の奴には頭に生えている小さな角で頭突きをして飛び出して来た茂みへと送り返してやる。

それを見て男達は驚愕すると腰から予備の武器を引き抜いて構えた。


「良い動きだけどその程度じゃ俺は倒せないぞ。諦めてお前らの村に案内しろ。」

「お前は危険だ。命に代えても森には行かせない。」

「ならお前らのトップを呼んで来い。そうするならここでしばらく待っててやる。」


すると男達の1人が頷くと森の奥へと消えて行った。

やはりその動きには何処となく見覚えがあり、さっきからデジャブを感じずにはいられない。

そして1時間ほどその場で草をオヤツ代わりに食べながら待って居ると空から1人の男が凄い勢いで降って来た。


「待たせたな。」

「ああ、待ってたよ。まさかこんな形で再開するとは思わなかったけどな。」


空から現れた男には思っていた通り懐かしい気配を感じる。

しかし息も乱れていないのにどうして口元が震えているんだ。


「・・・ブフ!いやすまない。まさか山羊になったお前に会えるとは思わなかったぞハルヤ。」

「今の確実に笑っただろアンドウさん。」


そう・・・そこに居るのは姿形は大きく違うけど明らかにアンドウさんだ。

だってコイツ等の動きは忍びそのもので、しかもハンドサインは以前に使っていた物と同じだった。

俺もアンドウさんから習って知っていたので半分以上は分かっていたけど、こうして目の前に来ると良く分かる。


「それで今回はツバサさんは一緒なのか?」

「いや、アイツは先に黄泉で寝ている。俺はお前の事を神から知らされて一番面倒そうなここを手伝いに来ただけだ。今では既に先住民の全部族は俺の下で1つに束ねている。だから相手が銃騎兵隊だろうとその辺の奴等なんかには負ける事は無い!」


あれ?手伝いに来てくれたのにアンドウさんは目的を忘れてるのかな。

なんだか移民勢と戦う流れになってるんだけど、ここでも歴史の修正力が働いているのかもしれない。


「それよりも上手く和解させた方が良いだろ。今なら神の力で悔い改めてるから可能だと思うぞ。」

「う~む。それが可能かどうかと言われれば少し難しいな。奴らはああやって何度も失敗しては来ているが、その度に少なくない禍根をコイツ等に植え付けている。俺が言うだけではきっと無理だろう。」


確かに森に居る彼らの殺気は本物だった。

こうしてアンドウさんが上手く統率しているから暴発しないだけで、そうでなければ今頃は血みどろの戦いになっていただろう。

いや、アンドウさんに鍛えられた彼らなら相手が銃列を築いて待ち構えていたとしても、あんな隙の多い単発銃では蹂躙されて終わりだ。

恐らくは先住民たちには1人の犠牲者も出ないだろう。


だからと言ってこの大陸が発見されたのは100年以上も昔の事だ。

その頃はこちらにすら来ていなかったので対処の仕様がない。

こうなるとやっぱり共通の敵との戦いが一番の手段かもしれないな。

少しでも歩み寄る為のきっかけさえあればアンドウさんならどうにかしてくれそうだ。

問題があるとすれば移民側に指導者が居ない事だろう。

誰か良い奴が居れば良いのだけど今の所はあの村にそんな人材は居ないのは確かだ。


「それで、そちらは後どれくらい抑えられる。」

「そちらの動き次第だ。先住民たちにとって森の木ですら貴重な存在と言える。それを切り開けば怒りが一気に爆発し、俺ですら止める事は出来ないだろうな。」


そうなると方法は一つしかなさそうだな。


「なら自然に動いてもらうしかないか。」

「フッ!お前の事だからそう言うと思って既に計画は練ってある。後はそれをお前が実行するだけだ。」

「流石アンドウさんだな。俺も久しぶりに本気が出せそうだよ。」

「「フッフッフ!」」


すると残っている2人は俺達が笑い出した事で首を傾げている。

今は日本語で会話をしているので理解すら出来ないだろうけど、なんでそんなUMAを見た様な顔をしているのだろうか?

ただ、これはあくまでも一時しのぎでしかない。

移民側に話しの通じる奴が見つかれば別の計画も実行する必要がある。

その事も話だけはしておいて有力な方法を検討してもらう事となった。



その後2ヶ月ほどの時間が流れた。

俺はちょっと早いけど今では大人の体となり、立派な角が生え揃っている。

それと地形を動かすのは既にアフリカで経験済みなので簡単な物だ。

それ以外にも木を丸ごと引き抜いて別の場所へと移したりなどアンドウさんも色々と手伝ってくれる。

やっぱり1人より2人の方が断然効率が良く、特に頭脳労働を丸々任せられるのが最高だ。


それと先住民たちへの説明は神が派遣してくれた土の精霊が担当している。

覚醒者が呼び出した者達と違い言葉も話す事が出来るので会話が出来る。

ただし実体がないので魔法で作り出した白い石のボディーにアンドウさんが仕上げを施した物を使ってもらっている。

何でも昔から彼らの間にある伝説に登場するらしい白い巨人をモチーフにしているそうだ。

その巨人は人食いとして言い伝えられている様なので先住民たちの殆どが怯えてしまった。

なんだかチョイスを間違えている気がするけど、しっかりと納得してくれている様で今の所は争いが起きそうな気配はない。


そして農地が広がり沢山の畑が作れるようになってくると他の困窮している開拓村から人が移動してくる様になった。

その代わり1カ所に集まる事でその土地の先住民とのトラブルが無くなり、どちらかと言えば以前よりかは状態が安定している。

しかし、やっと落ち着いて来たというのに新たなトラブルが発生した。

と、言うかやって来たと言った方が正しいかもしれない。

それは船に乗り、海の向こうからやって来た新しい移民者たちの事だ。

一応、こういった状況に備えて代表は選んであるけどハッキリ言って頼りない。

なので俺がしっかりと横に居て見守ってやらないといけないメ~。


そして船着き場に到着すると中からマントを羽織った多くの人間が姿を現した。

その数は500人程で全員が似た様な服を着て縦3列で横に長く整列している。

するとその代表と思われる男が前に出て来るとこちらの代表であるアレンへと声を掛けた。


「こんにちは。あなたがここの代表ですか?」

「はい。私はアレンと言います。そちらはもしや教会の方でしょうか?」

「そうです。私達は教会から派遣されてここにやって参りました。」


2人は単純な挨拶から入ると笑顔で会話を始めているけど、この教会から派遣された奴らは何処となく危険な香りがする。

特に俺を見る時にまるで黒い悪魔と言われる虫を見ている様な目をしている。


「それで何人程で来られたのでしょうか?」

「最初は数倍は居たのですが今では500人と言った所でしょうか。いやはや、海の旅は思っていたよりも大変でした。しかし、これも神の与えた試練だと思えばそれを超えた私達こそ真に神の信徒と言えるでしょう。」

「はあ?そうなのですか?」


きっとここに集まっている村人たちの誰もが首を捻っているだろう。

何故なら男の言葉や仕草は常に自分達のみに向けられているからだ。

そこには明確な線引きがされていて村人たちは含まれていない。

どうやら長い船旅の末に神の教えではなく変な悟りを開いてしまったみたいだ。

そして再びこちらに向き直ると右手を胸に当て貴族がする様に軽く頭を下げる。


「それでですね。申し訳ありませんが食料をお渡し願えませんか。」

「ま、まあ。私達も出来る限り融通するつもりですが何せ少し前まで食べるのにも困っていた有様でして多くはお渡しできません。」


すると男の目が急に鋭くなり、笑顔を消して右手を胸から離すと肩の位置へと掲げる。

それと同時に後ろに居る奴等はマントの下に隠し持っていた銃を構え、最前列の奴等は膝を突くと2列目が半身になって銃を構えた。

そして3列目の奴等は銃は出しても待機姿勢を取り、何時で構えを取れるように待機している。

これは信長が考案した3段撃ちによく似ていて、最初から食料を奪うつもりだったのだろう。

それに海を渡ってきてすぐに銃が使えるとは思えない。

恐らくはここに来る前に上陸して準備を整えて来たのだろう。


するとそれを見たアレンは腰を抜かしてその場に座り込むと悲鳴を上げた。

それと同時に後ろで見ていた村人たちも逃げ出し瞬く間に混乱が広がっていく。

男達はその姿に顔を歪めて笑い、トリガーに掛かっている指を引いて発砲した。


『『『ドン!ドン!ドン!』』』

「「「キャーーー!」」」


しかし銃声と悲鳴が響き渡る中で倒れる者は1人も居ない。

何せ混乱に乗じて俺が目にも止まらない速さで銃弾を弾き返しているからだ。

そして、その状況に一早く気付いたのは以前に畑を荒らそうとしていたあの男だ。


「おい、落ち着け!誰か怪我をした奴は居るか!」


そう言われて周りの村人も周囲を見回し誰も撃たれていない事に気が付いた。

その逆に撃った方の奴等は全員がその場に蹲り、血の流れる肩や足を抑えて痛みに耐えている。

その光景を見て冷静さを取り戻し始めた村人たちはその場に膝を突き空に向かって祈りを捧げ始めた。


「我らが主よ。今一度御救い頂きありがとうございます。」

「あなたの愛をこれ程感じた事はありません。」

「私達の事を今後も見守っていてください。」


そして、その光景に焦りの表情を感じているのは先程まで喋っていた代表の男だ。

きっと奴には誰も居ない空間に神の姿を幻視しているだろう。

それに自分達の行いが見られたと感じて恐怖が心の底から湧いてきているはずだ。

しかし、ここの村人たちは神が寛大な事も知っている。

争いではなく調和を願い、罪を許す心を持っている事も。


そしてアレンは先程までと違い自信を持った顔で立ち上がると男達へと告げた。


「この村は神に愛されているのだ。無法者は出て行ってくれ。ここから少し戻った所に少し前まで村だった所が在る。そこでなら一から始めるよりかは楽に開拓が出来るはずだ。」


すると男達は乗って来た船に乗船して行くと怪我も治療せずに逃げ去って行った。

きっとあの中には神から恩恵を授かった奴が居るかもしれない。

しかし、あれは俺と違い神が貸し出している奇跡に過ぎないので、もしかすると今の事で剥奪されている可能性がある。


それにしても500人となるとこの村の人数と同程度と言ったところだ。

すなわち一気に倍まで人数が増える事になるので受け入れるのは最初から不可能だった。

もし受け入れていれば全員で飢えて死ぬか森に入るしかない。

それにあの船に乗っていたのは銃と火薬と弾を除けば人と僅かな食料だけだ。

森に入れない以上は船があっても宝の持ち腐れだけど、それもすぐに変わる事になる。


(さて、俺はアンドウさんの所にでも行くかな。)


そして俺は村を抜け出すとアンドウさんの居る所へと向かって行った。

既に勝手知ったる森の中と言うか、先住民の村にも何度か来ている。

なので既に俺はカヨワイ草食の獲物ではなく大事な客人だ。

だから俺の前には黒くて芳醇な香りを放つコーヒーが・・・。


「って!何だこのコーヒーは!彼らが栽培してるのは一部の香辛料とタバコだろう。」

「ヒ、ヒェ~~~。」

「あ、ごめん。」


しかしコーヒーを持って来てくれた女性は俺の声で一目散に逃げ出してしまった。

なんだか最近はお客さんなのに化物扱いされているような気がする。

案内されたテントの外では子供たちが興味深そうに覗き込んでは周りの大人たちに抱えられて遠ざけられている。

これでは甘味作戦すら出来ないじゃないか。

それにしても本当に良い香りがするけど、こんなの現代でだって簡単には手に入らないぞ。

きっとアンドウさんがこの時代でも再び知識チートをしているのだろう。

飛べるのだから南アメリカや海を越えた先にあるアフリカにも行き放題だ。

どうせ、あの人の事だから早い段階で色々とやって商売のタネも作り出しているに違いない。


そんな事を考えながらコップを出してコーヒーを移すとカフェオレに作り変えて口へと運ぶ。

甘党の俺にはこんな苦い液体をストレートで飲めるはずがなく、これでもまだ苦いので砂糖を追加して甘さを追加しておく。

すると入り口を潜りアンドウさんがテントへと入って来ると、その手にも湯気を立てるコーヒーカップが握られているので自分で淹れて来たみたいだ。

まさか他人に任せたくないから俺を待たせていた訳じゃないよな。


「それで今日はどうしたんだ急に。」

「いや、ちょっと問題が発生してね。良い鬱憤晴らしに使える奴等が新しく来たから利用してもらおうと思ったんだ。」

「ああ、そんな奴らが居るなら助かる。そろそろ部族によっては我慢の限界だったんだ。」

「それなら、俺達が住んでる隣の村に500人程だけど教会の奴等が居る。そいつ等なら好きにしてくれて構わない。」


アンドウさんも押さえつけるには限界があるから良いガス抜きになってくれると良いんだけど。


「分かった。500も居れば暴れたい奴等には丁度良いだろう。それで、相手の武器は?」

「銃が人数分。弾薬もしっかり在庫があるから気を付けてくれ。」

「大丈夫だ。既に銃への対処も教えてある。後はこちらに任せておけ。」

「助かるよ。それと怪我人が出れば治療を手伝うから言ってくれ。それと数日中にはもう1隻来るけどそちらは襲わない様に言っておいてくれ。そっちには大事な客が乗ってるんだ。」

「分かった。」

「それと丁度良いから豆とミルをくれないか?」


今回の客にはウケが良いだろうからな。


「それなら俺が密かに淹れに行ってやろうか?コーヒーにはちょっと拘りがある。」

「・・・。」

「どうしたんだ?」


俺が山羊の姿でジッと見詰めているとアンドウさんが疑問の声を上げる。

ハッキリ言って覚醒者のちょっとした拘りって常人だと異常レベルなんだよな。


「いや、バレない様に出来るなら任せるよ。」

「ああ、それなら任せておけ。」


どうせミルと豆を手に入れても美味しいコーヒーを入れる技術が俺には無いので、それならここは任せた方が成功率は上がるだろう。


そして俺は帰る事になりアンドウさんの方は準備をして待って居るそうだ。

その後、村に帰るとのんびりとその日が来るのを待ち続けた。

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