223 試練その4 ②
俺は老婆の家に招かれ5日前からの話を聞いている。
何でもこの村の近くには10頭を超えるライオンの群れが居るそうだ。
ただし以前まで群れのリーダーをしていた雄は狩りが上手かったらしく、雌を飢えさせるような事はしなかった。
しかし最近になってその群れのリーダーが変わったらしく、それから群れの行動が変わってしまった。
雄が狩りに参加せずに雌の取って来た獲物を奪う様になったそうだ。
俺の知識だとそれはそんなにおかしな事では無いのだけど、本当の問題はそこではない。
その雄は夜になるとこの村に来て家畜を襲い連れ去って行くようになったらしい。
そしてここまで聞くと俺が知りたい事も分かって来る。
実はこの村を見つけた時からずっと疑問を感じていた。
ヤオはここに来る前に良く乳の出る牛と山羊が居ると言っていたのに、この村には家畜が1頭も居ない。
それで最初に聞いたのだけど嫌な方向に予想が的中してしまったみたいだ。
ただ壊された柵とそこに向かって引き摺った跡がある時点で嫌な予感は最初からしていた。
それにライオンの群れについても少し前に見た様な話しだ。
もしかするとライオンの群れでリーダーが変わる事はよくある事なのかもしれない。
「何処の誰とも知らぬ旅人よ。そういう訳で助けて頂いておきながらアナタのご希望に答える事が出来ません。」
「どうやら俺が精霊でない事には気付いていたみたいだな。それで人払いをしたのか。」
「はい。皆はアナタを精霊と信じておりますので。しかし、アナタの魂は人でありながら精霊に限りなく近い。余程のシャーマンでなければ気付かないでしょう。それに助けて頂いた事には変わりありませんからな。」
どうやら、ちゃんと感謝と義理は感じているようだ。
これならしばらくはここに住む事は出来そうだけど問題のミルクが無ければ意味がない。
それに周囲には他に村も無く、家畜になりそうな牛や山羊も居ないみたいだ。
「それで家畜は以前までどれくらい居たんだ?」
「この近辺は水と草が豊富でして、牛が7頭に山羊が3頭おりました。」
(そうなると合わせて10頭か。)
「それと何か特徴はあるのか?」
「はい。念のために角へ刻印がしてあります。この度の様な事があった場合に分かる様にしてあり、角なら食い残される事も多いですからな。」
確かに骨を食い尽くして消化できるのはハイエナぐらいだと聞いた事がある。
それが牛となると頭の骨もかなりの大きさだろう。
十分な肉があればわざわざ食べ難い頭まで食う奴はしないはずだ。
「ちょっと探して来るか。」
「しかし生きているはずはありません。」
「良いから待ってろ。その代わりミミを任せたからな。何かあった時はこの周辺の地形が変わるから覚悟しろ。」
「畏まりました。」
こうしてしっかりと脅しておいて俺はミミ用ハウスを作ると毛布を敷いてツバサさんから以前に貰った子供用の縫ぐるみを置いておく。
これで少しの間は大丈夫だろう。
それと夜になるとライオンの襲撃があるそうなので念の為に村の周囲の柵の代わりに防壁を作っておいた。
これならサイやゾウが群れで突進して来ても侵入どころか破壊も出来ないだろう。
「さてと。牛は見つけてあるから良いとして、問題は山羊だな。できればこちらの3頭はどうしても確保しておきたい。」
そしてまずは既に見つけてある牛の許へと向かって行った。
ただし1頭目だけどライオンたちの残した食いくさしをハイエナたちが取り合っている。
しかし食べている最中で悪いけどそれは俺の牛だ。
横取りは自然界では当たり前と聞いているので大人しく渡してもらう。
「ゴアーーー!」
「「「キャン!キャン!キャン!」」」
俺はハイエナたちを追い払うために大人になって初めて全力の声を上げる。
すると予想以上に大きな声となりハイエナを追い払う事に成功した。
そう言えばライオンの唸り声は数キロ先でも聞き取れるくらいに力強いんだったな。
それによく見ると正面に居たハイエナはヨタヨタと歩いているのでスキルも使っていないのにダメージを受けてしまったみたいだ。
流石にこんな事で死なせるのも可哀想なので回復だけはしておいてやった。
「これで1つ目だな。」
そして回収を終えてその場を飛び立つ前に逃げていった他のハイエナたちも回復してやる。
流石に野生動物相手に大人気なかったので、次からはもう少し考えて行動しよう。
それに不可抗力とは言っても金銭的な出費がある訳でもないのでこれくらいはサービスしてやっても良いだろう。
そして次に見つけた先では防御力と根性に定評があるラーテルさんが豪快に嚙り付いていた。
俺の登場と共に「シャー!」と威嚇してこの牛は自分の獲物だと主張している。
しかし、それが無ければミミのミルクが手に入らないかもしれない。
俺にはどれが乳の良く出る牛か判別できないので全てを持ち帰るのが一番だ。
「さあ、ミミの為にその牛を差し出せ!」
「シャ~・・・ギャ~~~!!」
しかし俺が睨みながら近寄ると、何処かの雑魚キャラみたいに叫びながら逃げ去ってしまった。
気合があると聞いていたので本気で睨んだのに予想に反して大した事は無かったみたいだ。
次に会った時はもう少し優しく接してやろう。
そして次に見つけた所には今では懐かしい種族が肉を漁っている。
アフリカに居るとは知らなかったけど種類自体は違うだろう。
「狼か。コイツ等は賢いから話せば聞いてくれるかな?」
そう思って近寄ると狼たちはスッと下がって牛を差し出して来る。
まるで平伏する様にして上目遣いにこちらを見上げているのでさすがにコイツ等は賢くて助かる。
少し前までは狼だった事もあり贔屓に見えるだろうけど少しご褒美をやろう。
俺は前世で仕留めて収納しておいたヘラジカを取り出して狼たちの前に置いた。
これならライオンたちの食い残しよりは食う所も多いだろう。
そして次に向かった先ではチーターの親子が肉を漁っていた。
ライオンと違って細い体躯をしているのでスプリンターと言われるだけはある。
ただ俺も幼いミミを育てる身としてここは平和的に解決をしよう。
首さえあれば蘇生は出来るので相手の認識を超えた速度で頭を回収するとその場を後にした。
そして、次に見つけた先ではゾウの群れが通過していた。
ただ、急がないとあんな5トンを超える体重で頭を踏まれたら木端微塵だ。
そうなれば回収が難しくなり、ここで蘇生させてから牛を連れて一度戻らないといけなくなる。
それは時間ロスなのでまずは止まってもらおう。
「ゾウさんや、少し止まってくれないかな。」
「パオーン!」
すると俺の姿を見た途端に立派な象牙を生やした1頭がこちらに向かって突進を始めた。
このままだと原型も残らず骨が踏み砕かれてしまいそうなので咄嗟に牛との間に割って入るとゾウの前に立ちはだかる。
但しゾウは足を挫いただけでも命に係わるそうなので無茶な事はしたくない。。
そのため鼻を振り回して声を上げながら向かって来るゾウへ手を添えると、なるべく無理のない様に進路を変えてやった。
なんだか女性でも扱っている気分だけどその突進の威力はトラックと同等だろう
そして進路が変わると同時に手を離してやると勢いのままに駆け抜けて遠くへと離れていった。
その間に牛を回収し更に興奮したゾウが襲って来ない内にその場を立ち去っていく。
その後は無事に残りの牛を回収すると残った山羊3頭を探すために周辺へと視線を走らせた。
ただ俺としては牛よりも山羊の方が重要度は高い。
山羊のミルクは牛とは成分が違うらしく色々な生き物が飲む事が可能なのだそうだ。
ミミには試してみないと分からないけど、2つあればどちらか好きな方を飲ませれば良いだろう。
毎日同じ味だと飽きてしまうかもしれないからな。
そして、しばらく探していると目的のものと思われる山羊の残骸を見つけた
その近くには岩山があり沢山の猿たちが暮らしているようだ。
ただ見た目が鵺に近いので猿というよりはヒヒが正解かも知れない。
3頭分の頭が転がっているのですぐに回収に向かおう。
そして移動して地面に足を着けると目的の物を1つ2つと拾って行く。
ただ、3つ目に手を伸ばした時に俺の傍に何かが落ちて来た。
それの動きから弾道を予測するとどうやらアレを投げたのは岩山に居るヒヒたちで間違いない。
しかもその手には既に次弾が装填済みで、ここからでもそれが何であるのかが分かる。
「猿にフンを投げられたのは動物園以来だな。」
俺の地元からは少し離れているけど動物園があり、そこの猿山の猿たちは客に汚物を投げつけるので有名だ。
地面にはその残骸が残っている事も多く、俺の友達も小学生の時にその洗礼を受けた事がある。
しかも猿山は動物園のゲートを通って正面にあるため誰もが出入りで2回は通る。
一番見栄えが良いのは分かるけど少し配置に欠陥があるんじゃないだろうか。
まあ、動物園の猿の事は置いておくとして問題はヒヒたちだ。
既に骨は回収しているのでこのまま帰っても問題はない。
ただ、次々に投げている猿たちは「キャッキャッ」と凄く楽しそうに見える。
人にあんな不衛生な物を投げておいて楽しむとはけしからん奴らだ。
「ちょっとお仕置でもするか。」
とは言っても自分の汚物を使って投げ返すのも嫌だ。
手が汚れるし、それに俺は猿ではないので自分の排泄物だからと言って触りたくはない。
そうなると・・・あれだ!
俺はアイテムボックスからずっと開けずに封印していた缶詰を取り出した。
ただ、これは遊びでしばらくアイテムボックスから出したまま置いておいたのでしっかりと熟成されている。
きっと奴等も喜んでくれるに違いない。
「くらえ!必殺のシュールストレミング!」
俺は岩山にぶつかって缶が破裂する様に何もスキルを使わない様にして放り投げた。
すると見事に岩山の中央付近に命中し、強烈な臭気を辺り充満させる。
「キキ?キキキーーー!」
「ギャー!ギャー!」
ここは風上なので臭わないけど、臭いの充満した岩山に居るヒヒたちは大慌てだ。
半狂乱になってその場から逃げ出し、岩山から少しでも離れようと駆け出している。
さて、気も晴れたので早く戻って蘇生させよう。
それにしても、またこんな事があった時の為に北極圏で転生した時はキビヤックでも探してみるか。
それとも地域によってはホンオフェでも良いかもしれない。
まあ、一応は食材なので手に入れても無駄な事に使うのは止しておこう。
そして俺は村に帰ると誰も見ていない所で牛と山羊を蘇生させた。
既にこの時代でも熊の子供を蘇生させているので可能な事は実証されている。
但し、人間以外で頭だけの蘇生は初めてなので少し心配だったけど、無事に成功してよかった。
それに蘇生して少しすると起き上がって「モーモー、メーメー」鳴いているので後は村人に任せれば良いだろう。
そして家畜たちを連れて行こうとした時に城壁の向こうから声が聞こえ始めた。
「ゴアーーー!ゴアーーー!」
「ライオンが来たぞー!」
すると村人たちが外からの声に反応し慌てて動き始めた。
しかし彼らには言っていないので知らないと思うけど、この村の周りには10メートルを超える防壁が築かれている。
しかもこの防壁は即席で作ったので入り口なんて物は存在していない。
壁上に外を見下ろす事の出来るスペースはあるけど階段さえ作っていないので入る事はもちろん逃げる事も出来ないだろう。
それに気付いた彼らは一度集まると村の中央へと移動を始めた。
「まさかこれは精霊様のお力なのか?」
「きっとそうだ!精霊様が俺達を守る為にあの壁を作ってくれたに違いない!」
まあ、間違ってはいないので否定はしない。
ただし、その前にミミの為という言葉が付くだけだ。
彼らが居ないと家畜の世話が出来ずにミミのミルクが手に入らなくなってしまう。
それにあんな玩具みたいな柵だとまたライオンに侵入を許しミミに危険が及ぶかもしれない。
俺達がここに来る前に作られていた木の柵は突破されてるみたいだから防衛力は0と評価しても良いだろう。
これも全ては今生で出会った妹のミミの為だ。
だから周りがそのお零れにあやかるなら俺も拒否なんてしない。
それにしても外に来ているライオンたちは完全にこの村の連中を侮ってる。
普通は狩りとなると音も姿も消して慎重に行う所なのにわざわざ鳴きながら近づいてくるとは。
ちなみにライオンたちは防壁の向こうで首を傾げながら周りを歩いて入り口を探している。
きっと家畜を食い尽くしたのは何処となく分かっているだろうから次のターゲットは残っている人間だろう。
それにせっかく手に入れたミミの為の安全地帯なのでライオンのイメージを損なう奴らを野放しにはしておけない。
なのでまずはイメージアップを図るために村人に声を掛けた。
「家畜を持ってきた。今後も世話に励んでくれ。」
「「「おおー!」」」
「さすが精霊様だ!」
「これからは今まで以上に大事にさせていただきます!」
「しかし、このままでは外にも出れませんが我々はどうすれば宜しいでしょうか?」
「分かっている。今から外に出て奴らを追い払って来るから安心しろ。」
俺は村人の声援を受けながら歩き出すと城壁の内面に階段を作り上がって行く。
そしてこの群れのリーダーと思われる雄ライオンの前に飛び降りると声をかけた。
「ここは今日から俺の縄張りだ。今回は見逃してやるからさっさと立ち去れ。」
普通なら人間の言葉で話し掛けても動物に意味なんて伝わらない。
しかし狼の時にもあったけど種族が一緒なら何を言われているかは分かるはずだ。
どう伝わっているのかは不明だけど「ここ・俺の・あっちいけ!」程度には理解できるだろう。
ただし野生の世界ではそれをやると縄張りの強奪か、敵に対する威嚇と取られるのが普通だ。
「ゴアーーー!」
「やっぱり納得しないか。」
コイツ等にとってはここは既に餌場と認識されているようだ。
雄ライオンは俺に激しく吠えたてると、間合いを計る様な動きを見せている
それに対して雌ライオンも加わり群れ全体で俺を排除する事に決めたみたいだ。
「仕方ないな。これも自然界のルールだと思っておこう。」
但し殺しはせず、代わりに徹底的に痛め付けて誰に牙を向けたのか理解させる。
なので松竹梅で言えば松コースと言ったところで、一番軽い奴だけど骨折や内臓破裂程度には痛め付ける。
ちなみに竹コースは部位欠損が追加され、梅コースには死亡がもれなく付いて来る。
そして最初に飛び掛かって来た雄ライオンの鬣を掴むとそのまま地面に引いて叩きつけた。
そのまま前足を圧し折ると、更に壁に向かい蹴り飛ばして叩き付ける。
雄ライオンは口から大量の血と嘔吐物を吐き出したけど死んではいないのでそのまましばらく放置しておく。
適当な所で回復させてまずは3セットほど繰り返して様子を見れば良いだろう。
その後は雌たちに対してもしっかりとお仕置を行い、もちろん逃げるなんて選択肢は絶対に許さず、壁の一部がライオンの血で真っ赤に塗装されて行く。
動物虐待と取られるかもしれないけど、今の俺もその動物の一員としてこの世界に生きている。
相手が諦めるまで、心が折れるまで、二度と逆らう気が起きなくなるまで徹底的にやらせてもらう。
そして10分ほど時間が過ぎた辺りで雄ライオンは完全に戦意を失った。
尻尾は垂れ下がり、立派に生え揃っていた鬣は俺が毟り取って見る影もない。
それに続いて雌ライオンたちも戦意を失い体を震わせて蹲っているので、この様子ならもうここには来ないだろう。
そのため俺はさっきと同じ言葉を伝えてやると今度は素直に従って逃げ去って行った。
これでもし同じ様な事をするなら残念だけど命を奪う事になる。
そして扉が無いので防壁へと飛び乗り中へと戻ると村人たちが体を震わせていた。
どうやら外から聞こえて来る生々しい音と壁に激突する衝撃に恐れを抱いてしまったようだ。
確かに普通に生活していると聞く事のない音だろうから怯えてしまうのも仕方が無いだろう。
家畜たちもこの場から逃げてしまったようなので人間だけでも残っていれば上々だ。
そんな中で彼らを掻き分けシャーマンである老婆が姿を現した。
「ご苦労様です精霊様。これで村は安全になりました。出来ればこれからもこの村を守って頂けないでしょうか。」
「そうだな。しばらくの間ならそうさせてもらおう。狩りが必要なら言ってくれ。護衛も出来るし手伝っても良い。」
「ありがとうございます。」
どうやら、この老婆は俺がここに来た理由をちゃんと理解しているようだ。
それに今の会話だけでも俺に護ってもらえたと感じたらしく、村人からの恐怖が薄らいでいる。
俺もミルクを手に入れる為にしばらくは彼らの助けになる様に行動しよう。
そして次の日には出口も作り、ミミが大人になるまでこの村で生活する事になった。




