221 試練その3 ③
俺は森で連絡を待っているとある事に気が付いた。
「暇だ!」
今の俺の仕事と言えば母親の代わりに妹たちと遊んでやったり、妹たちを寝かし付けたり、妹たちと散歩をしたりだ。
これはこれで幸せだけど若返った体のせいで少し物足りない。
それに幼い妹たちは子犬と同様に疲れるとすぐに寝てしまう。
その寝顔がまた可愛いから幸せなんだけど何かやらないといけない気がしてくる。
なのでちょっと散歩がてらに計画を後押しする事にした。
ヨーロッパにおいて今の黄龍は弱小の組織らしい。
そんな彼らの言う事を王や領主、それに最大勢力である教会が聞くだろうか。
運の良い事に教会には既に喧嘩を売ったけど俺が求めるのはその程度ではない。
欲しいのはこのヨーロッパ諸国が1つの対象に恐怖し、団結して向かって来る事だ。
なので、ここは全力でヒールを演じる事にしよう。
俺はそう思うと森から飛び立ち、スキルを全力で使い各地を回り始めた。
「ここが最初の村か。」
するとその村では魔女裁判が行われ、魔女と決められた女性が火炙りにされようとしていた。
俺はそんな村に降り立つと同時に半獣の姿で遠吠えを上げる。
すると周りの連中は悪魔が舞い降りたと言いながら手に持っていた農具を突き付けて来た。
「あ、悪魔だ!やっぱりアイツは魔女だったんだ。」
「殺せ!魔女を殺せ!」
「黙れ小童共がーーー!」
俺は腕を振ると女性を中心に風を起こしてそこに集まる人々を押し返す。
すると興奮していた顔に次第に恐怖が浮かび後退りを始めた。
「貴様らが魔女と称して殺して来た贄のおかげで俺はこの地に舞い降りる事が出来た。その無知と傲慢さと残虐さは最高の糧となったぞ!」
「そ、そんな。俺達が殺した奴らがお前を呼んだんじゃ・・・。」
「否!我を呼んだのはお前達だ!これからも我を呼びたければ幾らでも生贄を捧げるが良い。我も喜んで受け取りにこようではないか。しかし贄が気に入らなければ貴様らは皆殺しだ。その事を忘れるなよ!」
俺はそう言って火刑になりそうな女を連れてその場から飛び上り、処刑場を咆哮で吹き飛ばしておく。
ついでに周辺で見つけた狼の群れを全て仲間に引き込み監視に着かせた。
これで何かあれば意思疎通から連絡があるだろう。
女性に関してはあのまま村に戻しても関係が完全に崩壊しているので一部の森を開拓してしばらくそこに住まわせる事にした。
魔女裁判で人間の醜い部分を見てしまった彼女は俺の様な狼の言葉でも信じてくれるようになっていた。
それどころか明らかに人間不信になっているみたいだ。
そんな事をしらみつぶしに行い各地を飛び回り、迷信による間違った考えを粉砕していった。
時には城や砦の一部を吹き飛ばし、狩りで仕留めた獲物の血を空から撒き散らして血の雨を降らせる。
教会に関してはかなり徹底して挑発を行い、人の中に紛れ込んでいる魔物は発見と同時に始末して行った。
そんな事を続けてヨーロッパ全体に恐怖を振り撒いて行くと次第に悲しみや怒りの元凶は身近な者ではなく俺へと変わっていく事になる。
そして1ヶ月を過ぎた頃になると悪魔王と呼ばれて恐れられるようになっていた。
そんなある日、俺の所にツキヤがやってきた。
村の近くに居る群れのリーダーには話をしておいたので無事に案内をしてもらえたようだ。
「思ってたよりも早かったな。」
「お爺様のおかげですよ。今では人に向けていた負の感情が全てあなたに向けられています。」
「それは重畳。それじゃあ、次のステップに移行するか。」
「はい。これが次のターゲットです。」
「分かった。」
受け取った紙には俺との決戦に協力的でない国や領主の場所が書いてある。
簡単に言えば悪魔崇拝をしているような奴や、この騒乱に乗じて疲弊した所を侵略してやろうと考えてる奴等だ。
こういった所を潰して俺が見境が無く、容赦もない所を演出する。
ただし破壊はしても死人は殆ど出さない。
出るのは物的損害が殆どで食料に関しては組織を通じて支援をさせる予定だ。
「それなら何かあったらまた来てくれ。」
「分かりました。」
そして向かった先で贅沢をしている奴等から食料を奪い、拠点を破壊し装備品なども奪い取る。
最後には完全に姿も晒してスキルを使い恐怖を植え付けておく。
悪魔を崇拝しているからと言って極限の恐怖を感じさせ、トラウマにしてしまえば瞬く間に主旨替えをしてくれた。
ちなみに各地を周っているとこの時代では頻繁に奴隷という言葉が聞こえて来る。
しかし俺は彼らの背景を全く知らず、犯罪を犯したのかも知れないし不当な理由で奴隷にされているのかもしれない。
しかし、それらは紛れもなく所有している者の財産だ。
簡単に奪う事が出来ないので時々目につく死にかけの奴だけは回収して逃がしている。
何やら奴隷の刻印とかいうのを焼き付けられている奴も居るけど特別な効果もないただの火傷跡だ。
消すのは簡単なのでそれさえ消えれば奴隷とは分からない。
それに、そのままにしていれば確実に死ぬので助けては居るだけで何かを施している訳では無く、自力で生きられないのならそれまでだ。
今は男なら兵士として各地で雇用が盛んになっているので生きていくのは容易い。
全ては俺という悪魔王を倒すためだけど、それが終結するまでには身の振り方を考えるだろう。
きっと野盗が大量に生まれるだろうけど、そいつ等は俺の配下である狼たちに狩らせる事にしてある。
だから地域によっては今では守り神かヒーローのような扱をされている所もあるくらいだ。
そして、そんな事をしながら1年が過ぎた頃にヨーロッパ全土では兵が移動を開始し、俺の城へと向かって来ている。
もちろんそこは以前にバンパイアの領主を倒した城で周辺の村は俺が支配している事になっているようだ。
だから争いは無くて平和だけど夜になると狼が駆け回り程よい緊張に包まれている。
そのおかげで兵士たちはまるで救世主の様に迎えられており解放軍と呼ぶ者も多い
そして、狼たちは既に全てが撤退していて敵と言える存在は何処にもいない。
異端審問官とか言う狂った奴らは俺が先に始末しているので変な諍いも今のところ起きてはいないようだ。
しかし次第に集まってくれば考えの違いから次第に争いが目立ち始めたので、そういった所は急襲して誰と戦うべきかを思い出させてやる。
そんな事が何日も続きとうとう連合軍は俺の城を包囲した。
「やっとここまで来たみたいだな。」
「はい。教会も正常化して多くの人の信仰が集まっています。王や領主たちも一致団結し、あなたを殺すために手を取り合いました。」
「それは良かった。後はお前に任せるだけだな。」
俺は横で下の光景を見ているツキヤの肩を叩き軽く笑って見せる。
コイツにはこれから大役を任せないといけないので頑張ってもらわないといけない。
そして、こっそりとツキヤを敵陣に送り返し、俺は予定の位置まで移動して行った。
残念だけど今回に限り多くの死人が出ることになるだろう。
後にこの戦いがどう未来に伝えられるかは分からないけど、それはここを生き残った連中がする事だ。
そして城の前に降り立つとそこに進軍してくる奴らに向かい咆哮を上げた。
「グオーーー!愚かな人間共め!我を自ら呼び出しておきながら戦いを挑もうとは傲慢な奴らだ!」
「黙れ悪魔王!我らは互いの過ちを認め心を1つにしたのだ。今ならば神も我らを救ってくださる!」
そして突撃の声が響くと俺に向かい多くの人間が駆け出して来る。
その目には憎しみや怒りではなく強い信頼と勇気が漲っており、俺が求めていた物はちゃんとここに揃ってくれたみたいだ。
しかし、それだけで強さが覆る筈は無く、久しぶりに剣を抜くとそれを横薙ぎに振り切った。
それだけで数百人が一斉に押し返されて行動不能になる者が続出し、それでも覚悟を決めた者達が次々に押し寄せてくる。
「おのれ悪魔王め!しかし、我らの結束はこの程度では崩れんぞ!」
すると別の方角から銃声も聞こえ銃弾が襲い掛かって来る。
それに巻き込まれて数人が死んでしまっただろうけど構ってやる事は出来ない。
「フハハハハ!その仲間の犠牲をいとわない愚かな心こそが我に更なる力を与えると知れ!」
俺が周囲へと手を振れば暴風が発生して彼らに襲い掛かった。
それはまるで自分達の行動の結果が俺に更なる力を得た様に見えるだろう。
なんだか魔王プレイもちょっと楽しくなってきたかもしれない。
「負傷者を可能な限り後方へ下がらせろ!奴に力を与えるな!」
「既に遅いわ!貴様らが今までにどれだけ愚かな犠牲を生み出して来たと思っている!その事実がある限り、そして神がその行いを許さぬ限り我は不滅だー!」
そして戦いは人間側の劣勢から動く事は無く、100万を超える軍勢も次第に数を減らしていった。
その中で奮闘しているのがツキヤ率いる組織の連中だ。
彼らは果敢に俺に挑み着実に傷を負わせてダメージを蓄積させている。
まあ、攻撃の瞬間に自分で傷をつけているので完全にやらせだ。
その中にはナディーとアンも居るので、分かっている2人からすれば演技をする方が大変だろう。
でもオマケで血飛沫を多めに出してやった時はかなり驚かせてしまったので、何事も程々が肝心という事だ。
そして、とうとう戦いは終盤を迎え戦闘不能者が8割を超え、戦場も大きく移動している。
途中からは怪我人の救助が間に合わず、俺が移動しないと戦闘すら困難になったからだ。
その時には激戦の結果で戦場が移った風を装うためにツキヤには頑張ってもらった。
そして、ここに来てようやく本命が登場してくれたようで、夜となった空から光が差し込み、そこから複数の天使が舞い降りて来る。
するとその後ろから髭を生やした男が現れ地上に向かい手をかざした。
「神の名の下に汝らの罪を許そう。さあ悪魔王に倒されし戦士たちよ。神の奇跡と信仰により立ち上がるのだ。」
そして光が地上に降り注ぐと倒れていた兵士たちが再び立ち上がり戦線に復帰し始めた。
それは確かに神の奇跡ではあるけど、彼らは俺の攻撃で体が麻痺して動けなくなっていただけだ。
それを治す程度なら神からすれば容易い事だろう。
しかも信仰が高まった今なら湯水の様に力が湧いて来るはずだ。
「さあ戦士たちよ立ち向かえ。そして我の選びし勇者を奴の前に導くのだ。」
すると人々の中から光が立ち昇り多くの者の視線を向けさせた。
本当の悪者ならこの間に攻撃を加える所だろうけど、そんなアンチお約束な事をすると後で怒られそうなのでここは周りの流れに上手く合わせておく。
そして、その光は遠くまで届くほどに強いのにまるで薄いレースに触れているかの様に柔らかく感じる。
俺も誰が選ばれたのかと思って戦いながら視線を向けると、輝く剣を持っているのは今まで俺に多くの傷を刻んだツキヤだ。
そして神を信じる心がそうさせるのか、アイツが誰で何処の国の人間かなど気にする者は誰も居ない。
ここで俺を倒さなければ確実に自分達の国や故郷が滅ぼされると思っているからだろう。
だから彼らの中に逃げる者は誰もおらず、犠牲になるのを承知で向かって来る。
声を張り上げ敵わぬ敵に挑みかかり、僅かでも隙を作ろうと奮闘する。
そんな最大の激戦であり見せ場となるこの状況でツキヤは相打ちもいとわない動きで真直ぐに突撃して来た。
それに対してこちらは恐怖に慄くふりをして適当な1撃を放ち、ツキヤの頬を切り裂いて傷跡を刻む。
その直後に輝く剣は俺の胸の中心へと深く突き刺さり、傷口からは大量の血が噴出した。
「グオア~~~!おのれ神め~~~!人々の罪を許すとは~~~!だが私はいつか帰って来る!お前達が他者を虐げ道具のように扱い殺す時。俺は力を取ろ戻しお前達を根絶やしにしてくれる~~~!」
「お爺様、お爺様。そろそろお願いします。(お爺様には演技の才能は無さそうだ・・・。)」
「ああ、そうだったな。」
俺が長いセリフを言い終わると空から光が降り注ぎ、俺を雲の上へと運び始めた。
それはまさに神の力によって悪魔王と言われている存在が天へと連れ去られて行くようだ。
ちょっと変えるとUFOに攫われる牛と言った所だろうか。
そして姿が完全に見えなくなった所で天使も空に登り始め、それと共に神も空に登り始めた。
しかし姿が遠のきながらも穏やかな声で人々に語り掛ける。
「この悪魔王は私の力を持ってしても滅ぼす事は出来んが責任を持って封印しよう。しかし忘れるな。悪魔王が言った事は真実だ。お前達が信仰を失い悪の道に手を染めた時、力の天秤はあの者へと傾く。その事を心と記憶に刻み心穏やかに暮らすのだ。」
そして神が消えると光りも消え去り周囲は闇に包まれた。
しかし誰とも知れず声が上がり始め、最後には地を揺るがす程の勝鬨へと変わって行った。
地上から声が聞こえる中で俺は雲の上で先程現れた神と向かい合っている。
「まさかあのような流れに持って行くとは思わんかったぞ。」
「そっちが人間の手綱をしっかりと握ってればこんなに苦労しなかったんだよ。」
そう言って俺は胸に刺さっている剣を引き抜いて収納する。
体中の傷もすぐに消え去り、狼の姿へと戻ると溜息を零した。
やっぱり人々の為って言うのは俺の柄じゃないからかなり疲れる。
「普通は神の力が宿った剣は簡単に抜けん物なのだがな。」
「そうなのか?まあ、抜けたから良いだろ。この剣は聖剣か神剣としてツキヤに渡しとくよ。それにこれでしばらくはこの辺も平和になるだろ。今後は魔女狩りとかしてたらそっちで止めてくれよ。」
「任せておけ。それでお前はこれからどうするんだ?」
「俺は唯の狼だからな。これからはそれらしく生きていくさ。」
すると神から呆れた様な視線が飛んでくるけど俺は間違いなく狼だ。
尻尾もあるし牙や爪もあってまさに野生の獣と言って良い姿をしている。。
「それなら好きに生きると良い。これから何をするかは大体聞いておるからな。」
「ああ。それじゃ俺は戻らせてもらう。他の神にもよろしく言っておいてくれ。」
そう言って俺はその場から下に向かって降下して行った。
そこではツキヤが周りから称えられ、教会からは略式で聖人の称号を賜っている。
これでこの地域の組織も信頼と旗印を手に入れて安定するだろう。
そこに所属しているナディーとアンもこれからは自由に生きられるはずだ。
そしてその後、俺は仲間である狼たちの許に戻ると平和な日常を過ごした。
ただし予想していた通りに今回の戦闘に参加した一部の兵士が野盗化してしまいそれなりに始末が大変だった。
やはり100万を超える兵士が動員されると直に神を見たとしてもそういった輩は出て来てしまう。
多くは国の兵士たちに討伐されたけど、間に合いそうにない状況だけはこちらで片付けた。
そんな中で各国は協議して奴隷制度の改善や魔女裁判と魔女狩りの禁止を決めてくれたので、これだけでも多くの人が助かるだろう。
ただ奴隷制度は食うに困る人や犯罪奴隷の関係で廃止まではいかなかった。
これもある意味では必要悪と言う奴なのかもしれない。
そして今回の狼生では子供を作らず、独り身を貫いた。
多くの雌(妹含む)が擦り寄って来たけど全てをお断りしている。
ミズメ達の時に分かったけど俺の子供は生まれながらにステータスを持っていて普通の人間に比べれば強い。
それが狼で起きると後に大惨事になるかもしれないので俺は平和の為に決断を下した。
その後10年ほど生きた俺は誰も見ていない暗い巣穴の中でひっそりと息を引き取った。




