218 閻魔大王
閻魔殿に到着するとそこでは沢山の人が自分の裁判が行われる時を待っていた。
俺達はそんな人たちの間を通って再び『すたっふ おんりー』と書かれた扉に入っていく。
その先にあるのもただの通路だけど道は空いていて歩きやすい。
「別に目的地が一緒ならこんなのを使わなくても良いんじゃないな?」
「どうやら気付いていないようですが、ここまで来るのに亡者の足では何日も掛かるのです。これまでに使った道を使うとそれを僅かな時間に縮める事が出来るのですよ。」
言われてみればこの世界は広大で俺の成長した遠見でも最初の目的地をようやく捉える事が出来る程度だ。
恐らくはそれぞれに裁判を受ける場所も100キロ位は離れているだろうから簡単には辿り着けそうにない。
俺なら走ったり飛んだりすればすぐだけど、ここまでは歩いて来ている。
きっとここにはこういうショートカットが出来る場所が何カ所もあるのだろう。
それを使えば鬼たちの移動も楽になるので仕事も捗りそうだ。
「この道はそんな便利な場所だったんだな。」
「その通りです。私達は地獄の管理もしていますので面積で言えば現世の陸上よりも広いのです。そこまで鬼たちが出勤して仕事をするとなると色々と大変ですからね。」
なんだかちょっと現代に似ているかもしれない。
少し興味があるけど、どうやら目的地に到着したみたいだ。
「到着しました。ただ誰もこんな早くに片付くとは思ってい居ませんでしたのでスケジュールに入っていません。中の様子を見て来るので少しお待ちください。」
「ああ、任せるよ。」
俺もそんな事だろうとは思っていたのでゆっくりと待つつもりだ。
順番に割り込む事になるので数日待ったとしても仕方がない。
しかし意外にもカブトはすぐに戻ってきて部屋の中から手招きをしているので、もしかするとタイミングが丁度良かったのかもしれない。
「思ったよりも早かったな。」
「いえ。ちょっと私が居ない事でもたついている様です。最近は平和のせいか口だけは達者な人間が多いので困ります。」
確かに俺がこの時代に来たころに比べれば識字率も格段に上がり、人同士の交流も広がっている。
移動手段が限られるので現代程とはいかないけど農村なども昔みたいに閉鎖的ではない。
そのため巧みな話術で詐欺師紛いの事をする奴らも出て来ていたのでそういった奴等だろう。
ちなみに、そう言った奴らは捕まって罪が確定すると死罪になる事もあるそうだ。
現代よりも遥かに重い罪だけど、それによって多くの人が困る事になるのでグループ化する前に手を打とうと言うことらしい。
それらの事は美しき翼の忍や新・甲賀の忍び達が調査したりしている。
ちなみにその新・甲賀の初代頭目はハルカだったりするのだけど、それは今となってはどうでも良い事だ。
ハルカも体制が安定してからは2代目に引き継いで完全に引退していたので途中からは相談役程度でしか関わっていなかった。
きっとこれからも長い歴史の中で健全な組織として頑張ってくれるはずだ。
そして室内に入るとそこには金棒を持った鬼たちが待機し、赤服を着た大きな男がテーブル越しに目の前の亡者を睨んでいた。
どうやら、あの赤服のぽっちゃりした男が閻魔大王の様で眼光は鋭いのにぽっちゃり具合が怖さを半減させている。
そのせいか裁判を受けている男は強気に声を上げて裁判の進行を妨げているようだ。
「おう!おう!俺が何をやらかしたってー!」
「貴様は生前に女性を巧みに騙して家に入り込み、暴行をしたのは既に分かっている!」
「だからよ~。それは相手が勝手に誘って来たんだよ!それじゃあ何か?牛や馬も俺と同じ様に罪に問われるのかよ!」
なにやら話の内容を変な方向にすり替えようとしてるようだ。
それに鏡にその時の光景を映して証拠を突き付けているけど男は納得している様子はない。
するとカブトは背中に背負っている金棒を手にすると男の許へと向かって行った。
「そこの君。いい加減にしなさい。」
「はあ~!何もんだテメー『グシャ!』・・・!」
するとカブトは男が顔を向けた瞬間に金棒を振り下ろして床の染みへと変えてしまった。
しかし、少しすると男は映像が逆再生されたように元に戻り、無事な姿で復元されて現れる。
「へへへ!もう死んでるから殺したいなら幾らでも殺してみろよ。俺は何度でも蘇ってやるからよ!」
そう言ってヘラヘラ笑いながらカブトの顔を覗き込むようにしてガンを飛ばしている。
もしかするとここまでに同じ事が何度もあって既に慣れてしまったのかも知れない。
しかし、どうもやり方があまり良くない気がするのは俺だけだろうか。
あんなやり方では死ぬ事に慣れてしまった奴には効果が無さそうだ。
「カブト、ちょっと俺に任せろ。」
「分かりました。お手並みを拝見しましょう。」
俺はカブトと立ち位置を変わると男へと視線を飛ばす。
どうやら、やれるものならやってみろと言った感じの様で余裕の表情を浮かべている。
「お前は何をしたか言ってみろ。」
「何を言い出すかと思えば誘って来た女を喜ばせてやっただけよ。お前の女も俺が喜ばせてやった奴の1人かもな。」
「それは無いから安心しろ。」
俺は男の肩を掴むとゆっくりと下へと沈めて行く。
その間に握っている肩が次第に砕け手足が潰れてべきべきと小気味よい音を立てる。
そして魔法で足元にガラスの箱を作るとそこに少しずつ押し込んでやる。
「ちょ、待てよお前!ま、まさか!」
「死なないから良いだろ。このまま箱に入って反省しておけ。防音にしといてやるから何年でも叫んでいいぞ。」
「ま、待てよ!お前それが人のする事か!?」
既に足はへしゃげて潰れてしまい身長は腰の高さまでになっている。
そして次第にそれは腹から胸になり、頭まで入ると蓋をしてやった。
中では男が何かを叫んでいるけど、もう何も聞こえないのでこれで第一段階終了だ。
「後は内面にガラスをさらに作って潰していくだけか。」
次第に内面を狭める事で男の体をプレス機に掛ける様に潰していく。
この世界では死が意味を持たないなら苦しみを与え続けるのが一番だ。
下手にミンチにして完全に殺してしまうから意識が飛んでしまってつけあがるのだろう。
男は自分の血肉の中で溺れ、死と再生の中で無限の苦しみを味わっている。
これにいつまで耐えられるかは俺にも分からないけど、しばらくすると助けくらいは求めて来るだろう。
俺はついでにとスキルで恐怖を与え続け、座るのに丁度良いガラスの箱を椅子にして腰を下ろした。
「コイツが根を上げて裁判が進むまでに俺の方の話を終わらせようか。」
「既に助けを求めておるように見えるが?」
「俺は尻に目が無いから見えないな。」
「う、うむ。それでは話に入ろうか。」
閻魔は何かを言いたそうだけど俺だって早く話を終わらせたい。
そう言えば土産を持参していたので、この機会を利用し直接渡しておくのも良いだろう。
最初は何十日も先になる予定だったので誰かに渡して届けてもらうつもりだったけど、目の前に居るのなら都合が良い。
「そう言えば渡す物があったのを忘れていた。」
「なにかあるのか?普通はここに来る時に現世の物は全て置いて来ているはずだが。」
それは俺も思っていたけど何故かアイテムボックスの中身は健在だ。
持って来ていた饅頭も無事だったので他のもしっかりと残っている。
「そう言えば饅頭をお土産に持ってきたと言っていましたね。しかし、あれは子供たちに配ったはずですが。」
「な、なに!饅頭を持っているのか!?」
「そのようですが、あれが閻魔大王へのお土産だったはずです。あれだけ配ったので無くなったのではないですか?」
「そ、そうか。無くなったのか。それなら仕方ないな。儂は別に土産なぞ無くても良いのだぞ。」
すると閻魔は安堵と期待の籠った視線を向けて来たけど確かに閻魔に渡す予定だったお土産は無くなってしまった。
しかし俺はもしもに備えて予備を欠かさない男だ。
ちゃんと同数以上の饅頭は準備してある。
「大丈夫だ予備を出せば良いだけだからな。」
「それは準備が良いですね。しかし、この世界で土産を受け取るのは初めてです。」
「ああ、後から皆で食べてくれ。」
そう言って俺はドン!ドン!と饅頭を積んで並べていき、その量は軽く1トンは越えているだろう。
まさに部屋の一部を完全に埋め尽くしたその光景に閻魔の表情が次第に青くなっていくのが分かる。
「饅頭だ~~~!饅頭怖い~~~!」
すると閻魔は地震でも起きたかの様にテーブルの下に隠れてしまった。
どうやらカブトに聞いていたよりも酷いトラウマになっているようだ。
その間に鬼たちは俺の渡した饅頭を各所に運んで配り始め次第に数を減らしていく。
そして数が減った事で閻魔も落ち着いて来たのか机の下から姿を現し大きく咳ばらいを行った。
「ま、饅頭は『皆』で美味しく頂いておこう。」
「ああ。そうしてくれ。それで、俺の試練はもう終わりで良いのか?」
なんだか今では早くここから出て行けと言った風な視線に感じるけど、それなら早く終わらせれば良いだけだ。
その為に閻魔はカブトへと視線を向けると「どうだったのだ。」と声を掛けた。
「良い仕事を見せてもらいました。あれなら閻魔大王にとっても良いダイエットコースとなるでしょう。」
「何やら後半が変な事になっておるがカブトが言うなら間違いなかろう。それでは試練は終了とする。それとお前の今後の試練は地上で行われる。人以外の何かに転生する事になるから覚悟する事だ。」
「それは虫とか獣って事か?」
「そう言う事だ。それ自体が代償に組み込まれている。儂らは畜生道とも言うが辛い生となるだろう。」
しかし虫なら長くても生きているのは1年~数年なので、それはある意味では時間短縮と言っても過言ではない。
これはもしかするとラッキーだったかもしれないな。
「畜生道と聞いて笑う奴は初めて見たぞ。お前の頭はどうなっておるのだ?」
どうやら無意識の内に考えが顔に出ていたみたいだ。
意識すれば確かに笑っているので咳ばらいをして表情を引き締める。
「それと地蔵菩薩に会えるか?」
「う~む・・・。何故か奴からはお前とは会いたくないと聞いておる。」
「それなら仕方がないな。あちらにも土産があったんだけどここに置いて行くから後で渡してくれ。」
「う、うむ。それでは受け取っておこう。」
そして俺はこの場に先程の3倍の量はある饅頭を取り出して積み上げた。
それを見て閻魔は再び隠れてしまい次に顔を出した時には地蔵菩薩の姿へとなっていた。
どうやら心が折れて逃げてしまったらしい。
「久しぶりじゃな人間よ。」
「ああ、お前が頑張らないから俺が頑張っておいたぞ。これからは現世で迷ってる魂が居たらしっかりと救ってやれよ。」
「う、うむ。そこだけ聞けば良い話なんじゃがな・・・それでそれが土産か?」
そう言って地蔵菩薩は俺の横に積み上げられたお土産に目を向け、額から汗を流している。
どうやら平静を装っていても限界は近そうだ。
ただあまり困らせても仕事の意欲を失ってしまうかもしれないので、ここで助け舟と言える提案をする事にした。
「これだけあれば子供たちも喜ぶだろうな。」
「そ、そうじゃな!ありがたく使わせてもらうとしよう。カブトよ。その者を次の場所へと案内してやりなさい。」
「はい。畏まりました。」
そして神のくせに天啓を受けたような顔の地蔵菩薩に背を向けるとカブトに連れられて部屋を出て行った。
これから何に転生するのか分からないけど記憶や能力は大丈夫だろうか。
出来ればせっかく現世に戻るなら狩り残している魔物をどうにかしたい。
俺は少しの期待を胸にカブトの案内で転生するための部屋へと連れて行かれた。
ちなみに、この時に箱に詰められた男は見せしめとして数十年もの長きに渡り解放される事が無かったそうだ。
そして、ある文献によると地獄を見たという者の話には山を登らされる子供たちの話が追加され、その前では饅頭を配る鬼が書き記された。
そのため子供を失った親たちは地蔵菩薩に饅頭を備える習慣が出来たがこれは関係の無い話である。
カブトに案内された部屋には底の見えな大きな穴がある。
それ以外には何も無く、あえて言えば天井に灯りが一つと部屋を構成する壁や床があるくらいだ。
「ここに飛び込めば良いのか?」
「はい。普通の人間は畜生道に落ちると聞けば暴れて抵抗しますので送り易い様に穴という形を取っているのです。陣や扉といった手法も過去には考えられましたが押し込む手間も大変ですから。」
80年生きた俺の経験から言わせてもらっても、こんな事に人員や手間をかけるのは無駄な行為だと思う。
それに畜生道に落ちる奴なので元々が碌な奴ではないだろう。
それなら力で勝る鬼が突き落とした方が遥かに楽で時間も消費しない。
俺としても飛び込むだけで良いならシンプルでとても助かる。
「それじゃあ行って来るよ。」
「また会える時を楽しみにしていますよ。」
「その時が来たらまた世話になる。」
俺はそう言って穴に飛び込み闇へと消えて行った。
「本当に面白い方だ。これから世界の何処に行くかも分からないと言うのに。」
カブトはそれだけ言い残すと部屋を出て行き仕事へと戻って行った。




