217 賽の河原から山へ
川を渡って少し歩くと後ろから誰かに呼び止められた。
何だろうと振り向くとそこには他の鬼よりも人に近い見た目の鬼が走ってこちらにやって来る。
俺も足を止めて待つのも悪いと思い、こちらからも近くまで駆け寄るって足を止めた。
「どうしたんだ?」
「はい。閻魔大王からの依頼書を預かって来ました。これを終わらせてから会いに来るようにと。」
「それならさっそく見せてもらいましょうか。」
俺は依頼書を受け取って開くとそこには確かに指示が書いてある。
ただし、この依頼をこなすには再びあちら側の岸に戻らないといけないので、閻魔の奴もあと少し早くこれを届けさせれば良いものを。
まあ、そのおかげで八尾比丘尼と仲良くなれたから今回はイーブンとしておこう。
「仕方ないから戻るか。出来たら色々聞きたいから一緒に来て貰えるか?」
「構いませんよ。私も閻魔の秘書官として見届ける様に指示を受けて来ましたから。」
「それなら頼む。」
俺は周りを歩く人の流れに逆らって道を進み、まずは自己紹介から始めた。
「俺はハルヤだ。」
「私は鬼人でトリカブトと名乗っています。気軽にカブトと呼んでください。それとあなたの名は以前から色々と聞いております。先に来た奥様方は無事に天国へと向かわれましたよ。」
「それは良かった。実は少しだけ心配してたんだ。」
俺はカブトが教えてくれた情報に安堵して笑みを浮かべた。
皆は俺と違って殺人を犯しては無いけど、ハルカはその手伝いをしていたので少し不安だった。
だから沢山の御供え物(饅頭)をこれでもかと言う程しておいたので効果があったのかも知れない。
「それに最近は閻魔大王が饅頭のせいでお腹が出てきているので運動を勧めている所です。何故かここ50年程で供物に偏りが生まれ初めまして。」
「ソウナンダ。」
「ええ、最近は「饅頭怖い」が口癖になりつつありますね。」
それは良い事を聞いたな。
わざわざ全国規模で閻魔は饅頭が好きと情報操作した甲斐があった。
どうやら俺の思惑は成功したようだな・・・フッフッフ。
そして世間話は程々にして本題に入る事にした。
今回の試練は賽の河原で石を積む子供たちを救ってみろと言うものだ。
救ってみろと言う所に挑発的な感情を感じないでもないけどやるべき事が変わる訳では無い。
なのでまずは閻魔がどうやって子供たちを救っているのかを知る必要がある。
「閻魔大王は地蔵菩薩の姿で雲に乗り、子供たちをあの穴まで運び天国に届けています。ただ、その雲が小さいので一度に数人ずつしか乗せられないので子供たちが増える方が早いですね。」
「まあ、裁判もあるから仕方ないか。そうなるとその辺の改善点も必要だな。」
「何か良いアイデアでも?」
「ああ、あの空の穴に気付いた時から考えてた事がある。まずはそれを試してみるつもりだ。どうせあちらも1日や2日で終わるとは思ってないだろ。時間を掛けてのんびり作るさ。」
そして今回は橋を通って対岸に渡り、子供たちのいる所へと向かって行く。
そこでは数千人の子供たちが石を積み、普通の人なら病んでしまいそうな泣き声が響き渡っていた。
「コイツ等の無駄な作業を止めさせて離れた所に誘導してくれ。」
「分かりました。鬼たちにやらせましょう。」
そう言ってカブトは鬼たちに指示を出すと子供たちを移動させていった。
なかなか動かない者も居るけどそう言う子供は抱えられ、1時間もするとそこには誰も居なくなった河原が広がっている。
「それじゃあ、アイツ等にはこれを配って食わせてくれ。その間に俺は作業に入る。」
「こんな数の饅頭をどうしたのですか?」
カブトは饅頭を見ると呆れた表情を浮かべて聞いて来る。
しかも、ついさっき閻魔が饅頭がどうのと話したばかりだから余計に気になるのだろう。
「それは閻魔の土産だったんだけどアイツの依頼だから無くなっても良いだろ。浄化はしてあるから亡者でも食えるはずだ。」
「確かに神聖な気を感じますね。まるで神々が好んで食している桃の様です。」
そして毒見か、あるいは興味があったのか、カブトは饅頭を手にするとそれをつまみ食いしながら子供たちの所へと向かって行った。
ただ饅頭は風呂敷に纏めてあるので1包みでも100キロ近く有るだろうに、それをまるで感じさせない動きで持ち上げている。
やっぱり見た目が人に近くても鬼には変わりないということだ。
そして俺はそこからかなり離れると地面に手を当てて全力で土魔法を使い地面を盛り上げていった。
それは丘から次第に山へと変わり、空の穴に向かって高さを増していく。
但し、ここの傍には三途の川もある。
そこを堰き止めない様にしながら作らないといけないので少し大変だ。
すると次第に体力が切れて来た様で山作りをいったん中断する。
「今日はこんな所か。」
盛り上げた高さは300メートル程だけど、そこで体力の限界が来たので一旦止めて休憩に入る。
すると下に居たカブトが上って来て声をかけて来た。
「凄いですねこれは。あなたが人間なのか疑わしい程ですよ。」
「一応は人間のつもりだ。それよりもゴールは遠いな。」
俺は地肌が剥き出しの山に背中から寝転ぶと空を見上げて呟いた。
まだ天国へ続く穴までは3000メートル以上はありそうなので今の調子なら早くても10日は掛かるだろう。
そこから形成して限界まで強化していれば1月は掛かりそうだ。
「もしかしてこの力は肉体的な体力が関係しているのですか?」
「鋭いな。これは魔法と言って俺のは体力が尽きると強制的に意識を失ったり動けなくなる。だから今は疲れて休憩中と言ったところだ。」
「そうですか。しかし、それならまだまだ頑張れるのではないですか?あなたは肉体が無いのですから疲れないはずです。もしかして生きている時の感覚に囚われていませんか?」
言われてみれば思っていた程には疲労していない気がするのでこれならまだまだ頑張れそうだ。
「この世界での強さは魂の強度が物を言います。あなたは既に神に匹敵するものを持っているはずなので無駄をしなければ山一つを作る事は可能なはずです。」
「それなら出来る所まで試してみるか。」
俺は再び魔法を使うと精神力を使う要領で山を作り空にある穴を一心に目指す。
しかし初めての試みに思った通りに力が入らない。
すると天国側から穴を覗き込む9人の影が目に飛び込んで来た。
「あれはもしかして・・・。」
「お兄ちゃ~ん久しぶり~。」
「アナタ~頑張って~!」
そして思っていた通り、そこに居たのは死に別れた皆だ。
アケはこちらに向かって手を振り、ミズメはメガホンを持って応援してくれている。
ツクヨミたちも居るので揃って応援に来てくれたみたいだ。
しかし、これによって俺の心は明確で強い方向性を得た。
おかげで山の形成がまるで水が噴き出した様に早まり激しい地響きを上げながら瞬く間に高くなっていく。
「皆は元気だったか?」
「うん。さっきツクヨミたちとも合流したところ。皆でまたしばらくここで寛いでから黄泉で眠って転生を待つんだって。」
「そうか。また会えて嬉しいよ。」
「うん、私達もだよ。だから頑張ってね。」
もう会えないと思っていたので嬉しさに目頭が熱くなる。
肉体は無いみたいだけど年を取ると涙脆くなるのは本当みたいだ。
そして他の皆ともしばらく話すと再び仕事に戻って行った。
下には天国に行きたい子供たちがこちらを見上げているので俺だけが幸せに浸っている時ではない。
それに早く終わらせないと人数も増えるばかりだ。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。以前に比べれば子供がここに来る人数は激減しています。今では日に数人来れば良いくらいです。」
「でも長く地獄に居る奴らも居るだろ。そいつ等を早く天国に行かせてやらないとな。」
俺はそう言って軽く笑うと山の形成に取り掛かった。
しかし山と言っても砂山なんて崩れやすいものではない。
俺の魔法で作り出した強固な岩なので形成には魔法とスキルを使う必要がある。
俺は刀を手にして魔刃を纏わせ、綺麗な円錐形に作り上げた山の側面から水平に突き立てた。
後はクラフトの力を借りながら平行に進み少しずつ螺旋を描く様にしながら下へと進んで行く。
それが終われば今度は魔法で切れ目のある所から上面を砂に変え、それを大まかにはアイテムボックスに収納し、残った物は風の魔法で吹き飛ばしてやる。
そして最後に山の強度をスキルで高めれば簡単には崩れたりしないだろう。
ちなみにミズメが大工仕事で作った建物には全て強化が掛けてある。
そのおかげで修復してから50年近く経っている厳島神社には傷一つ付いていない。
それでも自然の力には勝てないかもしれないので次に見るまで無事かどうかは自信が無い。
しかし天国に居た皆のおかげで1月は掛かりそうだった作業が数時間で終了した。
それにこれだけやってもまだまだ俺自身には余裕はありそうだ。
これなら今日にでも子供たちを登らせる事が出来るだろう。
「最後に上を切り取って、ここに階段を付けてっと。これで完成だ。」
「いや~凄いものが見れましたね。まさかこんなに早く終わらせてしまうとは思いませんでした。しかし、これは子供には少し大変なのではないですか?」
カブトが言う様に距離にして100キロ近くは歩かないと山頂には到着できないので子供にとっては大変な道程だろう。
しかし、今までと違いこの山には目的地がしっかりと示されている。
いつ終わるともしれない石積を鬼に邪魔されながら頑張るよりかはずっとマシだと思う。
「俺はバカバカしいと思っているけどあの石積は親よりも先に死んだ子供たちへの罰なんだろ。それなら少しくらいは険しくしておいた方が良い。それに、運命は自分の力で切り開かないと転生してもまたすぐに死ぬかもしれない。」
「フフフ。そう言う考えですか。確かにここは魂の世界なので芯を鍛えるには良い所ですね。」
「そうだろ。それじゃあ仕上げと行こうか。」
「まだ何かするのですか?」
「ああ、最後に治療が残ってる。」
子供たちの手足は長い石積でボロボロになっているので、あれでは歩くだけでも大変なはずだ。
出来れば彼らの中から脱落者が出ない様にしてやりたい。
「俺は山道の入り口で待ってるから皆を並ばせて連れて来てくれ。」
「分かりました。こちらで順番を決めて連れて来ましょう。」
「色々と任せてすまないな。」
「いいえ、これも仕事ですから。」
そしてカブトと別れて山の入り口で待っている間に『天国はこちら』と書いた看板を準備しておく。
出来れば飾り付けもしたいけどそこまでの時間は無い。
それに思っていた通りカブトは優秀なようで、数分もすると山に登らせる順番を決め第一陣の子供たちを連れてこちらに近付いている。
なので今は飾りよりも治療の方を優先させる事にした。
「連れて来ましたよ。」
「ああ、それじゃあ流れ作業と行こうか。どんどん回復させるから止まらない様に歩かせてくれ。」
「はい。それでは皆さん進んでください。あの道の先に天国が待っていますよ。」
すると子供たちは半信半疑と行った顔で渋々歩きはじめた。
きっと今まで味わって来たここでの生活を考えると簡単には信じられないのだろう。
しかし登り切った先には本当の天国が待っているので途中で挫折しない限りは大丈夫だ。
「脱落者はどうするのですか?」
「それこそ鬼の出番だろ。脅し・・・ゴホン。驚かせてでも上がらせれば良い。今までと違って突き落とすんじゃなく突き上げるんだから気分も楽だろ。」
「確かにそうですね。ここで心を病んで病気療養する鬼も後を絶ちませんから。」
やっぱりあの時の鬼たちは仕事とは言っても子供たちの努力を壊してしまう事に心を痛めていたみたいだ。
顔は怖いけど意外とここの鬼たちは良い奴等なのだな。
そういえば黄泉で会った鬼たちも悪い奴等ではなかったので話せば分かり会える奴らがいるかもしれない。
さっきの河童も面白い技名を使ってたし、次に会う事があれば対話から始めてみよう。
その後1日かけて子供達を治療して送り出し、その後も様子を見守っている。
そして先頭を歩いているのは勝気な顔をした10歳くらいの少年だ。
彼は睡眠を最小限にして毎日18時間は歩き続けている。
下の方では座り込んでしまった子供が何人も居るのに中々に見所がある。
しかも彼は常に「俺が確かめて皆に教えてやるんだ。」と呟いているので、その強い思いが足を軽くして背中を押してくれているのだろう。
そして頑張って頂上まで歩き切りった少年は階段を上ると穴から顔を出し様子を確認する。
しかし、もう天国に手が届いているのにその光景を目に焼き付けると階段を駆け下りて行った。
そして地上を見下ろせる場所まで行くとそこから下に向けて声を張り上げる。
「天国があったぞーーー!」
その声は歩き続ける子供だけでなく疲れて座り込んでいる子供の耳にも届き、その顔を山頂へと向けさせた。
そして、それからも何度も少年は声を張り上げその数は到着する子供の数に比例して大きくなっていく。
するとそこで彼らは最後に言葉を変えて声を張り上げた。
「登ってる皆ー。俺達は先に行くけど待ってるからなー!」
既に山頂には子供たちが何百人も到着し、天国に上がれるのを待っている。
きっと最初に到着した子に気を使って待っているのだろう。
そして、そんな子供たちの間を進みその子供は再び階段を上り始める。
その後ろを同じ境遇だった多くの子供たちが続き穴の先へと姿を消していった。
俺はその様子を確認してからカブトの許へと戻りながら薄く笑みを浮かべる。
小さな英雄たちのおかげでこの計画も上手くいきそうだ。
「どうやら上手くいきそうだぞ。」
「そうですか。意外と統率力のある子も混ざっていたおかげですね。あの様子だと来世が楽しみです。」
「そうかもしれないな。」
この数日の山登りで他にも頭角を現した子供が何人かいた。
その子達は周りを鼓舞し、脱落者を背負い、周りを勇気付けながら歩いている。
少しスローペースではあるけど空に見える光が次第に近づいているのを励みにして声を掛け合い、まるで本物の勇者か英雄の様だった。
「ああいった奴らが定期的に混ざってると良いな。」
「大丈夫でしょう。来たばかりの子達は元気に登っていますし、スレてなければ登り切れますよ。」
「それじゃあ、これでここは終わりで良いのか?」
「確かに私も見届けましたから問題ありません。閻魔大王も仕事が減って喜んでいるでしょう。それではこれから本人の許へ案内いたします。」
「頼む。そう言えば間に十王が4人居るだろ。そっちは良いのか?」
俺もアニメを見ての知識で詳しくは知らないけど、魂の行き先を決めるのは閻魔大王だけではない。
閻魔大王はその内の1人で他にも9人の王が居り、全て合わせて十王と呼ぶはずだ。
そして大王は裁判を行い、魂を審議するけど他でも1人に付き1度の審議が行われる。
閻魔大王は5番目に裁判を行うのでその前には4人の王が居て裁判が行われることになている。
それらをすっ飛ばして本人に会いに行っても良いのだろうかと言うことだ。
「それに関しては問題ありません。あなたの行き先は天国でも地獄でも無いのですから。言うなれば裁判の必要が無いので予定すら入っていません。」
「言われてみるとそうだな。ここには試練を受けるために訪れただけだった。」
それならオ・ハ・ナ・シのついでにお土産を渡さないといけない。
だだし閻魔の姿を見るのは初めてなので実際はどんな感じなのか少し楽しみな気もしている。
きっと悪逆非道な犯罪者などの相手もするのだろうから筋肉ムキムキのマッチョメンに違いない。
そして俺はそんな期待を胸に抱きながら裏道のような所を通って閻魔の所へと向かって行った。
ただし、その道に入る手前で「すたっふ おんりー」と書いてある扉があったのは見なかった事にしよう。
その後、俺達は所々で他の鬼とすれ違いながら道を進むと、ちょっと中華風だけど途轍もなく広い屋敷へと到着した。
「ここが目的地なのか?」
「はい。ここが私の職場でもある閻魔殿です。場所によって時間の流れが違う所もあるので私から離れないようにお願いします。」
「ああ、分かった。」
精神と時の部屋みたいだな。
もしかすると死者が多いとその日の予定を消化できないので仕事の時間短縮が目的の仕掛けなのかもしれない。
今の日本は人口が増えて寿命で死ぬ人も多い。
ただし平和になったと言っても邪神関係が無くなっただけで犯罪は普通に起きている。
それ以外にも事故で死ぬ人も居るので1日に沢山の人が来るだろう。
現に俺と一緒に三途の川を渡っている人も多く居た。
そう言えば結局ダイゴとは話す暇が無かったな。
四十九日までは裁判が7日ずつ行われるので話す時間があるだろうと思っていたけど残念だ。
そして閻魔殿に入ると閻魔の待つ部屋へと向かって行った。




