214 邪神が封印された世界で ③
あれから数日が過ぎると俺の許へとツバサさんがやって来た。
その手には丸められた紙が握られ、笑みを浮かべながら差し出して来る。
「家紋が出来たわよ。我ながら驚く程に完璧な出来ね。」
「自画自賛は良いけど、どんなのにしたんだ?」
「見てみなさい!これが私の最高傑作よ!」
そう言って開いた紙にはカエルの軍曹が一筆書きされていた。
これを俺の家紋にしろというのだろうか?
「本気で言ってるなら流石に殴るぞ。」
「ん?・・・あ!間違えた。こっちよこっち。」
そう言って別の紙を取り出したので俺は握り締めていた拳を解いて紙を受け取る。
するとそこにはよく分からない模様が書いてあり首を傾げるしかない。
「これは何が書いてあるんだ?」
「よーく見て見て。絵が浮かんでくるでしょ。」
そう言われてじっと見ていると確かになんだか絵が浮かんできた気がするけど、その絵は角を持った鬼の顔に見える。
すなわちこれは見る方法によって見え方が変わるトリックアートみたいな物なのかもしれない。
「そして、これをひっくり返すと別の絵に見えるのよ。」
俺は言われた通りにひっくり返して絵を見てみると確かに龍の顔に見えない事もない。
ただこれを再現できる奴が居るのだろうか?
「確かに見えるけどこれ誰が作れるんだ?」
「私の知り合いなら出来るわよ。一応マサトにお願いして合金製の平打ち簪を作って金でコーティングしてもらったのが10本くらいあるけど要る?」
まあ、悪くはないデザインなので、せっかく作ってくれたのなら使わせてもらおう。
後は皆の反応次第だけどなんで10本もあるのだろうか?
まあ、9本は使うからギリギリだけど。
「こんなに作って余ったらどうするつもりだったんだ?」
「予備に持っておけば良いでしょ。それに最近は髪を纏めるだけじゃなくて腰に差してアクセサリーにしたりもしてるのよ。持ち歩くのにも向いてるわ。」
「そうなのか。それで材料はダンジョン製か?」
「そうらしいわね。何でもこの時代の金属よりも扱いやすいから小さな作業には向いてるらしいわよ。」
それなら付与も出来そうなので後で試してみる事にした。
邪神との戦いでレベルも上がり今では150となっているので本当にアイツは大盤振る舞いしてくれた。
おかげで新しく覚えられるスキルも増え、取得できる数も11個になっている。
その為、付与の派生形である生活付与というのが現れたのでこれを取得しておいた。
これはスキルから選ぶのではなく、私生活に役立つちょっとした機能を物に与える事が出来る。
例えば鍵の役目を果たすロックや物を加熱するヒート。
物を冷やすクールに持ち主を限定する認証などだ。
この認証を使うと盗まれる心配がなくなるのでそれを付けておく事にする。
「それにしても確かに作業が細かいな。立体的にしてあるから絵が浮き上がってるみたいだ。」
「マサトも少し調整に苦労してたわよ。まあ、大きくするなら櫛とか印籠にしたら良いと思うわ。時代劇に出て来る「控えおろ~」って奴ね。」
「確かにこうして考えると家紋1つでも夢が膨らむな。」
「そうでしょ!でもこれから色々とやるから楽しみにしててよね。」
そう言ってツバサさんは楽しそうだけど現代には帰らないのだろうか。
俺と違って神に頼めば帰れるはずなのでツクヨミも居るから相談すれば話を通してくれると思う。
「もしかして帰らないつもりなのか?」
「そうね。私達もこの時代に愛着があるから残る事にしたの。あなただって皆を置いては帰れないでしょ。」
「まあな。」
それに2人が帰る事でこの時代が荒れてしまうと戦国の世へと逆戻りし、多くの人が再び不幸になるだろう。
特に意識が切り替わるので「私こそが第六天魔王である!」とか言い出すかもしれない。
今でも言い出しそうなので見分けは付き難いけど、邪神の問題が片付いたばかりなので魔王の相手はしたくない。
ただ、大きな問題として歴史的にはどうするつもりなのだろうか?
争いが無くなったのは良い事だけど江戸時代がちゃんとやって来るのか心配だ。
「初代将軍はどうするんだ?まさかいきなり指名する訳にはいかないだろ。」
「それは考えがあるわ。歴史の修正力を利用して運による勝ち抜き戦を行えば良いのよ。」
「もしかしてそれは・・・。」
「ジャンケンで将軍を決めるわ!」
「やっぱりそう来たか。」
確かにジャンケンなら誰も死ぬ事も無いし無駄な犠牲も出ない。
組織が天皇直轄になった事で今の最大勢力も天皇家となっているので武力的にも誰も逆らえない状況となっている。
なにせ12神将の力を身に付けた安倍家を抱えているだけでなく、爺さんやモモカさんも手を貸すだろう。
あの2人ならあと40年くらいは余裕で生きそうなので誰も逆らう者も居ない。
いざとなれば俺やアンドウさんも味方するので逆らう奴は完璧に制圧できる。
「それなら喧嘩の無い様にのんびりやってくれ。」
「何を心配してるか分からないけど皆も乗り気よ。だって運なら実力が関係しないでしょ。争ったら負ける事をみんなが理解してくれてるもの。」
それなら俺の出番は無さそうなので安心出来そうだ。
これからしばらくは皆との時間を大事にしたいから大きな争いは起こさないでもらいたい。
「それで、もうミズメとはしたの?」
「急に下世話な話を振るな!」
ここで恋バナ程度ならともかく、まさに直球で聞いてくるので鋭くツッコミを入れておく。
まあ、したかしてしてないかで言えばしましたとも。
ミズメだけでは無くてクレハは社に帰らないといけないのでその前に。
ハルカとはその後に。
そして、ツクヨミとは昨日しましたとも。
ただツクヨミは昨日の今日で妊娠を知らせて来た。
何でわかるかと言えば、ユカリがお腹の子に宿ったからだ。
それに神の出産は速度調整が出来るらしいので後1週間で生まれて来ると言っていた。
もし次に子供が出来たらある程度はゆっくりとお腹の中で育てるそうだ。
ただ胎児と言っても中身はユカリなので早く出て来たいだろうと言うツクヨミの心使いだ。
その代わり消耗が激しいらしいので俺が毎日精神力を分け与えている。
もしもの事があると大変なので今は屋敷でみんなと大人しくしているはずだ。
「フフフ!その顔はとうとう童貞卒業ですね。」
「言ってろ。俺は現代に居た頃から賢者になるつもりは無いんだ。」
「確かに未来ならともかく過去だから賢者も程遠いわね。それじゃあ、そろそろ帰るわね。」
「ああ。でもこちらはもう少ししたら現代で俺が過ごしていた地域に移動する予定だ。たまには遊びに来てくれよ。」
「そうするわ。」
ツバサさんは立ち上がって背中を向けると軽く手を振りながら診療所を出て行った。
そして俺も暇になってしまった診療所で客を待ちながら夕方まで過ごすと屋敷へと戻っていく。
「それにしても寺や神社で働く僧が回復系の能力を持っているから仕事が暇になったな。ここに居ても仕事が無いから住んでいる所を移動するのも丁度良かったか。」
これからそう言った僧たちが各地を回って神の教えを広めるそうだ。
それでも数が足りないので地方に行けば仕事はあるだろう。
俺はそれ以外にも仕事を考えているのでそちらで生計を立てるつもりだ。
出来るだけ皆には苦労をして欲しくないから生活費を稼ぎながら食料調達にも励まなければならない。
そしてそれから数日するとツクヨミのお腹は大きく膨らんでいた。
今ではまるで聖母のような表情を浮かべ、お腹を擦りながら声をかけている。
「どう、ユカリ。」
「順調じゃ。ハルヤのおかげで体も出来ておる。」
「そうなのね。早く生まれてちょうだい。そうしないとあの人と出来ないでしょ。」
どうやら聖母のようなのは見た目だけみたいで、内容を聞いていると話し掛け難い会話をしている。
頼むから少しは胎児の為になる話をしてやってくれ。
「おのれ、自分が出来たからと言って余裕ぶりおって!この!この!」
「ダメよ、お腹を蹴っちゃ。パパが笑っちゃうわよ。」
「そこでパパと言って話を振るな。ユカリとも結婚するのに罪悪感が湧いたらどうするんだ。」
まあ、そんなのは湧くはずないけど一応は周りの目もあるので釘は指しておく。
知らない人間に聞かれると犯罪者にされかねない。
「そんな事を気にするアナタではないでしょ。」
(見抜かれてるな・・・。)
「それでは、ちょっと産んできますね。」
そう言ってまるでお菓子を取りに行くような気軽さで立ち上がると隣の部屋へと向かって行った。
もしかして鶴の恩返しの様に見てはダメな類なのだろうか?
「フフフ、見てはダメですよ。」
「ダメ?」
「ダメです。」
そう言って隣の部屋に移動して襖を閉めてしまう。
しかし1人で大丈夫だろうかと覗くための言い訳を考えていると10秒もしない内に襖が開き、そこから飛び出して来たのは俺の良く知る姿のユカリだ。
てっきり赤ん坊の姿だと思っていたらまさかの急成長を遂げて現れた。
「待たせたのじゃ!」
「なんだか有難味が吹き飛ぶ再会だな。」
そして、その後ろからは少し疲れた顔のツクヨミも姿を現した。
服も乱れていないし本当にどうやって産んだのだろうか。
「ツクヨミは大丈夫か?」
「分離の際に少し力を使い過ぎて疲れただけです。いつもの様にしてくれればすぐに治ります。」
いつもの様にとはギュッと抱きしめて精神力を分けるあれか。
ユカリも少し疲れている様なので一緒に補給しておこう。
「それならツクヨミもこっちに来いよ。」
「はい。」
「ハルヤ私も~。」
「はいはい。」
そして2人を抱きしめて力を注いでいと次第に顔色も回復して元気を取り戻した。
「ハルヤの力を貰うと2番目に幸せになるのじゃ。」
「それなら1番は何なんだ?」
「それはもちろんプリンじゃ!」
するとユカリは笑顔で宣言すると俺から離れて両手を突き出して来る。
なんだか子供がオネダリをしている様だけど話の流れから目的はプリンの催促だろう。
「分かってるよ。それよりも今は数に限りがあるから味わって食えよ。」
「分かっておるのじゃ。プリンの安定供給の為にミズメが苦労して居る事もな。アイツにはこれから頭が上がらんかもしれん。」
今のミズメはしっかりとステータスを得ているけどスキル構成は完全に支援職だ。
料理などの一般的なスキルを持っていて生活と仕事に役立てているので、あちらに移ったら料理店でも開けば客が沢山来そうだ。
解毒をすればフグ等の毒のある食材でも食べられる事が分かったのでこれからは安心して見ていられる。
そして、しばらくすると皆が戻って来たのでユカリの紹介となった。
流石に生まれたばかりなのに見た目がミズメとそれほど変わらないので驚くのも当然だろう。
それに現代で一緒に過ごしていた時よりも体が成長をしている。
神の体がどれくらいから子供を作れるか分からないけどさっきの話からするとそんなに遠い事ではないだろう。
「それではお初にお目に掛かるのじゃ。我がハルヤと同じ時代から来たユカリじゃ。これからよろしくお願いしますのじゃ。」
「よろしくユカリ。私はミズメよ。」
「私はハルカ。これから仲良くしましょ。何かあったら声をかけてね。」
すると皆も言葉を返しながら名前を教えて行く。
これでリストに書いてある相手は全員揃い、ユカリが生まれてツクヨミも動けるようになったので近日中には移動が開始できるだろう。
「後で後奈良天皇に声を掛けておくよ。移動の時には任せても良いんだよな?」
「イチキシマヒメには私から話を通してあるわ。ミズメが作った料理の試食で手を打ってあるから大丈夫よ。」
今回はツクヨミに頼んで行きはイチキシマヒメに依頼を出してある。
最近は甘味だけでなく普通の料理にも手を出す様になっているけどアイツ等はお金を使った事が無い。
持っていない訳では無いので使い方を知れば自分でどうにかするだろう。
なので家のメンバーと一緒に町を歩いて買い物をしたりしながら勉強をしている。
ただし緩い性格をしているので騙されないかが気になる所だ。
移動先で生活を初めてもしばらくは顔を合わせる機会もあるだろう。
「それなら大丈夫そうだな。」
「この町ともとうとうお別れなのね。私もドウコちゃんに言っておかないと。」
「私もここの皆に言って来るね。」
「私も行きます。」
そして皆もそれぞれに別れを伝える人の所へと向かって行った。
俺もこれからの事を伝える為に天皇の許へと向かい茶を啜っている所へと声をかける。
「俺達は近日中にはここからお暇するよ。」
「そうか。儂とはもう会う機会が無いかもしれんな。」
「そうかもな。でも次代はしっかり育ってるじゃないか。」
「儂が死んだらミチヒトとも仲良くしてやってくれ。」
「それはこっちのセリフだろ。」
後奈良天皇は少し寂しそうに笑うと少しだけ茶を啜る。
そのタイミングで俺は背中を向けると外ではアケとユウがこの家の子供たちにお別れを告げていた。
それにしても沢山の子供や孫たちに囲まれる生活も良いかもしれない。
俺も寿命で死ねるならこんな最後が待っているのかもしれないので今から少し楽しみだ。
「ハルヤ・・・子供は良いぞ。」
「ああ、生まれたら1人目くらいは見せに来るさ。」
「楽しみにしておるよ。娘なら迎えても良いからな。」
「考えとく。でもその頃にはミチヒトと相談するさ。」
それ程深い付き合いは無いけど、もしこのままの環境が天皇家で続くなら考えないでもない。
ここなら家族的な生活をしているので俺達とはそれほど違う生活環境にならないだろう。
子供たちの将来で候補の1つとして覚えておくことにする。
そして数日後、この町で別れを済ませるとそのまま厳島へと転移して行った。




