207 診療所 ④
診療所へと到着するとそこの中には俺を捕まえに来て返り討ちにあった10人の男達が待っていた。
危うく忘れそうになっていたけどちゃんと約束を守ったので手を返してやらないといけない。
それにこれから労働に励むとしても両手が無ければ仕事も捗らないだろう。
「お前らに言っておく事がある。」
「何でやしょう?」
「明日からお前れには寺の修理に参加してもらう。反対したい者は前に出ろ。」
しかし誰も前に出て来なかったのでそのまま無事に説明を終えて手を元に戻してやる。
場所は知らせたので明日になれば勝手に行くだろう。
逃げたら逃げたで俺の噂を広げるのには丁度良いので再び敵対しなければ助けてやる事にする。
「本当に良いの?あの手の連中はたいてい逃げるわよ。」
「お前ならどうする?」
「絶対に行くわ。」
しかし言い出したのはハルカなのに反対の意見が力強く返って来た。
顔色が少し悪いのは初対面の時に少し虐め過ぎたからかもしれない。
「それじゃあ邪魔な奴等も居なくなったから仕上げに移るか。」
俺は奥の部屋で毛布を6枚取り出すとその内の3枚を床に並べて敷いて行く。
そして、その上に俺が殺した3人の女性の死体を寝かせると足元で毛布を畳んで置いておく。
「この子達はさっきの!一緒に燃やさなかったの!?それに仕上げって何を!?」
やっぱり経験的に死体には驚かずにそれ以外の事で疑問に感じたり驚いている。
これなら荒事が起きても護衛としてちゃんと働いてくれそうだ。
ただし俺達と行動を共にするとこれくらいで驚いてもらっては困る。
なので最初と言うこともあって1つ1つ丁寧に教えていく。
「ちゃんと誰か覚えてたな偉い偉い。」
「ちょっと頭を勝手に・・撫でない・・で・・よ。・・・フミャ~~・・。」
俺のナデナデスキルにはちょっとした定評がある。
きっとステータスにスキルとして存在していれば既に習得して何段階か進化していてもおかしくないのでツンデレ程度ならこの通りだ。
「・・・て、違~う!こんな事には誤魔化されないからね!」
チッ!
どうやらまだまだ修行が足りないようなので次こそは完璧にナデナデの虜にして見せる。
「まあ、冗談は置いといてだ。コイツ等を今から生き返らせる。」
「は?もしかして変な薬でも吸ってるの?統領が以前に似た様な研究をしてたけど。」
アイツはそんな危険な研究もしてたのか。
まあ、こんな時代なのでするとしたら動物実験ではなく人体実験だろうから今までに多くの犠牲を出していたに違いない。
もしかすると作っていたのは相手を混乱させて同士討ちにさせる薬か自白剤かも知れないな。
「俺には毒が効かないからその心配はない。」
「本当に大丈夫なの?外の空気吸って来る?」
しかし本当の事を言ってもまったく信じる気配がなく、今はまるで可哀相なお爺ちゃんを見ている様な眼差しで横までやって来る。
そして、腕を取ると本気で外に連れ出そうと誘導を始めた。
「ちょっと待て。出る前にこれを1人に振り掛けてくれ。」
「分かったわ。きっとあなたの地方の供養の仕方なのね。すぐに終わるからここで待ってて。」
するとハルカは下級蘇生薬を受け取ると俺の事を完全な呆け老人の様な扱いで女性の1人へと向かって行った。
そして瓶の蓋を開けると中身を振り掛けると変化はすぐに始まりハルカは驚きの表情を浮かべる。
「な、何なの!?」
「だから生き返らせるって言っただろ。」
蘇生薬の効果で切り離されていた首が元の位置に戻ると無事に呼吸を再開させた。
その間に俺は足元に畳んでいた毛布を掛けると服を着ていない素肌を隠してやる。
そして、あまりの驚きに動かなくなっているハルカを放置して残り2人も生き返らせた。
「今日はコイツ等の面倒を任せたからな。」
「は・・・はい!でも、大丈夫なの?」
返事には元気があったけどその後は自信が無さそうだ。
でも、ついさっきまでは彼女らを酷い目に合わせていた奴らの仲間だったのだから仕方ないだろう。
「お前はもう俺の仲間なんだからさっきまでの事は気にするな。それよりもコイツ等の素性は知ってるか?」
「ちょっと分からないわ。この子達は統領達が勝手に攫って来たんだと思う。しばらくはこの近辺で活動するつもりだったらしいからこの都か近くの村の子だと思うんだけど。」
「それなら組織に聞いてみるか。」
今の組織は爺さんのおかげで改善され、魔物関係以外にも色々な仕事をする様になっている。
色々な方面から依頼を募集して害獣退治や畑仕事。
迷子の捜索に川掃除までまさに物語の中にあるギルドそのものだ。
何でも今まで周囲に迷惑を掛けて来たのでそのお詫びという事らしく、もしかすると捜索願いが出ているかもしれない。
「ちょっと見ててくれ。俺はちょっと本部に行って来る。」
「分かったわ。ここは任せておいて。」
「くれぐれも起きても余計な事は話すなよ。知らない方が幸せな時もあるんだからな。」
「よく分からないけど分かったわ。余計な事は言わない。」
さっきの彼女達の居た洞窟の様子から長い日数を過ごしているとは考えられない。
荷解きの終えていない荷物に周囲の汚れ具合。
それにアンドウさん達に追われているなれば隠れる所も多くはないだろう。
鍛えられた忍びの移動に一般女性が簡単に付いて行けるとも思えないので攫われて数日と考えられる。
そして組織の本部に到着して門番に札を見せて中へと入る。
身分証として貰っている木札は組織の中でも上位に入る様で対応も丁寧にしてくれる。
案内に付いて奥に向かうとそこには市役所の様な窓口があり、そこにはスタッフが常駐している。
現代風で整った見た目なのは、これがアンドウさんの提案だからだろう。
ここは組織として日本唯一にして最大であり、本部でもあるので24時間いつでも利用できる。
支部でもそうしている事が多く、爺さんもメンバーが帰って来る時には遅くまで開けている事があったとミズメが話していた。
俺は周囲に居る魔物狩りの間を通り抜けて窓口に行くと、そこに居る受付の女性へと声をかけた。
「すまないけど人探しの確認をしたい。」
「分かりました。少しお待ちください。」
女性はそう言って奥へと向かうと一冊の台帳を持って戻って来た。
どうやら依頼内容で情報も整理されている様で表には『行方不明 女性』と書いてある。
「何か条件はありますか?」
「ここ最近で若い女性。この近辺で頼む。」
「畏まりました。・・・それでしたら最近は多くの捜索依頼がありましたがその殆どが解決していますね。先日に10人の女性が安倍家の方によって救助されています。それとつい先ほど2人の女性が救出されたと報告がありました。残っているのは近くの村から出された3名だけです。」
「そうか。話を聞きに行きたいから地図を頼む。」
「畏まりました。それでは名前と等級札をお願いします。」
「俺はハルヤだ。」
俺は名乗ると木札を取り出してそれを女性へと見せる。
すると女性は奥へと言って引き出しを開けると何かを取り出して戻って来た。
そして名前を書き込み木札の裏に書かれている番号を控えると紙に書いた地図と一緒に返してくれる。
ただ、戻って来た木札は別の物で少し立派な物に変えられていた。
「お待たせしましたハルヤ様。これまでの功績が認められ上位2位へと昇格となります。それと近日中に最上位1位への昇格も確定しています。そちらは天皇陛下よりお賜り下さい。」
そう言えば爺さんから貰った木札はあそこで出せる最高の物と言っていたけど、同時にこれ以上を望むなら本部に行かないといけないと言ってた。
それに最上位の特別な物に関しては天皇の許可が必要とも言っていたので、これまでに持ち込んだ大量の魔石のおかげで昇格できたみたいだ。
「分かった。帰ったら聞いてみるよ。」
俺は周囲からの視線を受けながら外へと向かって行く。
以前ならここでお約束のトラブルに巻き込まれていたんだろうけど今回はそんな事は無い。
それにどうやら俺の事は組織内だとかなり有名らしく、殆どの者が名前を知っていて少し怖がっているようだ。
人間に対してはそんなに酷い事をした記憶は殆ど無いのだけど絡まれる心配が無いので良しとしよう。
ただ外に出る時に横の部屋から呻き声が聞こえ覗いてみると怪我人がそれなりに寝かされていた。
昇格祝いではないけど気が向いたので怪我を治療してそのままにしておく。
明日になって目を覚ませば元気に動き回れるだろうけど、これもゲーム用語の辻ヒールという奴になるかもしれない。
そして診療所に戻るとやはり女性たちは今も目を覚ましていない。
その横ではハルカも横になって眠っているので残した意味は無かった様だけど、統領が役立たずと罵っていた意味が少し理解できた気分だ。
もしかするとあそこで見張りをしていたのもそれしか出来ないからかもしれない。
まあ、ハルカの仕事はミズメ達を見ていてもらう事なので多くの事は期待していないので大丈夫だ。
唯一絶対の仕事があるとすれば仲良くしてもらう事だろう。
それに今日は色々あって疲れているのかも知れないので、今は朝まで眠らせてやって明日以降に頑張ってもらうことにした。
俺はハルカにも毛布を掛けてやると火鉢に少し炭を入れて火を着けその上に薬缶を置いておく。
もう夜は冷えるのでこれくらいはしておかないと凍えてしまうだろう。
風邪や体調不良くらいなら魔法で簡単に治せると言っても崩さないに越した事は無い。
俺は女性3人の顔を写真に収めると届の出ている村へと向かって行った。
「確か地図ではこの辺だな。」
夜でも闇の中が見えて不便をしないと言っても真昼の様にしっかりと見える訳ではない。
それにこの時代の村には灯など存在せず、家も寒さを凌ぐために雨戸で塞いでいるので目印になる様な灯りが無いので探し難い。
そしてなんとか村を見つけるとそこに降りて適当な家の扉を叩いた。
「夜に悪いが聞きたい事がある?」
「誰だ!今は余所者の相手をしてる気分じゃねえ!」
「止めて!あの子の事だったらどうするの!?」
中に声をかけると男の不機嫌そうな声が聞こえ、続いてそれを諌める様に女性の声が聞こえて来る。
そして扉が開くと中から困り顔の女性が姿を現した。
「それで、どういった用件ですか?」
「俺は組織から来た者だ。さっき山中で女性を3人拾った。この顔に見覚えは有るか。」
俺は大まかな事を説明しると撮影しておいた画像を見せる。
最初はその明るさに目を細めていた女性だが顔を確認するとカメラにしがみ付いた。
「アン!アナタ来て!アンがここに居るわ!」
「何だって!」
すると奥から男が駆け出して来ると同じくカメラの画面を覗き込んだ。
その顔は嬉しそうではあるけどすぐに別の事に気付くと俺に視線を向けて来る。
「これはどうなってるんだ。それに娘は動かないが生きてるのか?」
「ああ、これは絵みたいな物で町に保護してある。もし他の2人についても何か知っているなら教えてくれ。」
俺は画像をスライドさせると他の2人の顔も確認させる。
母親はそれに驚いてしまったけど父親の方は意外に冷静な対応をしてくれた。
「少し待っててくれ。他の家の奴も呼んでくる。」
「頼む。」
俺が聞いて周るよりもその方が早いだろう。
そして10分と待たない内に2組の男女が俺の前に姿を現した。
「ヨネが見つかったと言うのは本当か!」
「コトも見つかったって聞いたぞ!」
大急ぎで走って来たのか彼らは息を切らせ、到着した順番に問いかけて来る。
女性の方は急ぎ過ぎたのか声を出す余裕は無さそうだけど目だけはしっかりと俺を見ている。
「確認をしてくれ。先に言っておくがこれは絵みたいな物だ。そっくりでもここに居る訳じゃないからな。」
さっきの反省から先に忠告をしておいて順番に画像を見せて行く。
すると男性2人は嬉しそうに鼻を啜り、女性2人は手を取り合って涙を流し座り込んだ。
「間違いないか?」
「ああ、ヨネで間違いない。」
「こちらもコトで間違いないぞ。」
「それなら代表者は俺と一緒に来てくれ。今から町に向かって引き取ってもらう。」
「しかし今日はもう夜だ。夜道は獣も出るから危ないぞ。」
「俺が連れて行くから問題ない。出来ればすぐに決めてくれ。」
すると彼らは話し合って一番体つきの良いアンの父親が選ばれた。
きっと往復の道程で安全面を考慮した結果だろう。
「それでは都まで頼む。」
「それじゃあ行くぞ。」
俺は有無を言わせずに男を背負うと夜の空へと飛び立った。
下からは驚きの声が聞こえ、背中からは悲鳴にも似た声が聞こえて来る。
そして少しすると都の上まで来ると診療所の前に着地した。
しかし何やら静かだと思って背中を見ると男は気絶しているようだ。
これでは話が進まないので浄化を掛けて身綺麗にしてから中に入る。
何故ここで浄化を掛けたのかは本人の為に言わないでおこう。
「ただいま・・・て言っても誰も起きてないか。」
俺は奥に進むとそこに男を下ろして顔を叩き目を覚まさせる。
下手に叩くと首を圧し折ってしまいそうなのでかなり慎重にしなければいけない。
「・・・うほぁ!」
「やっと起きたか。」
「ここは?空はどうなった!?」
「到着したから落ち着け。それとアンはすぐ横で寝てるぞ。」
「何だと!」
男はそう言って振り向くとそこに寝ているアンを見て嬉しそうに近寄っていく。
無理に触ろうとしないのは男なりに気を使っているからだろう。
それでもかなり大声を出していたので手遅れではあるけど。
そして、その声によって女性たちも流石に目を覚ました様で目が開き始める。
するとその中でアンは目も開けると上から覗き込んでいる父親を見た直後に見事な右ストレートを炸裂させた。
「ゴアハ~~~!」
「お、お父さん何してるのよ!」
「うぉーーー!ちょっと待てアン!これには色々と事情があるんだ!」
「嫁入り前の娘の寝顔を覗き込む事に何の意味があるのよ!」
そして男は殴られた所を抑えながら座り直すとこれまでの経緯を話して聞かせた。
どうやら彼女達は山へ薪を拾いに行き、それから行方不明になったらしい。
きっとそこであの十頭目とかいう忍び達に捕まったのだろう。
彼女達には薪を拾いに行ったという記憶はあるけどそれからの記憶が完全に抜け落ちている。
何度思い出そうとしても3人とも思い出せないので上手くいったみたいだ。
これは現代でも度々確認がされていて、蘇生薬には死ぬ前までの一定期間に存在する辛い記憶を消し去る効果がある。
どうやら殺して蘇生させたことで上手くあの時の記憶を消去できたみたいだ。
そして俺は立ち上がると男の肩に手を置いて声を掛けた。
「これで仕事は終わったからまずは本部に依頼達成を知らせに行くぞ。」
「そうだな。今回は色々と世話になった。」
「気にするな。俺は3人を拾っただけだからな。」
そして俺と男は支部に行き依頼が完了したことを知らせた。
本人確認には割符を使う様で男はしっかりとそれを持って来ていた。
そして僅かばかりの報酬を受け取り俺達は本部を後にする。
「それじゃあ、これは返しとくからな。」
「お、おい。それは報酬だぞ。」
「良いんだよ。俺は仕事を受けた訳じゃなく拾い者を届けただけだからな。」
「それでさっきから拾ったと強調してたのかよ。」
本部にも仕事を受けたとは言っていないし確認に行くと伝えただけだ。
それに見つけたのは偶然でついででしかない。
助けたからと言って面倒は見れないので家族が居るなら引き取ってもらうのが最良の選択だ。
それに俺少し前まで村で生活していた記憶と知識がある。
さっきの報酬も俺からすれば小銭でも、彼らにとっては冬を越すために必要な大金だ。
どの道これから家族3人で3家族の全員が無事に生活するためには無くてはならない物になる。
「あの3人には秘密にしとけよ。」
「ああ、ありがとよ。」
そして、その日の内に全員を村に送り届け、今回の出来事は終わりを迎えた。
しかし、これだけ騒いでもハルカは結局のところ目を覚まさずに朝まで眠り続けている。
これはなんだかエクレと似た気配がするのは俺だけだろうか。
何処となく選択を誤ってしまったのを感じるので、お試し期間を過ぎるまで使ってダメならアンドウさんの忍びブートキャンプにでも突っ込んでみよう。
もしかすると少しは立派なくノ一になって帰って来るかも知れない。
その後、俺は朝には戻って来ると書置きを残すと朝飯になる物を幾つか置いて屋敷へと戻って行った。




