205 診療所 ②
しばらくするとチラシの効果なのか続々と人が集まり始めた。
そのあまりの多さに不審に思い残っていたチラシに目を向けると、そこには開店当日限定無料と馬鹿げた事が書いてある。
そのため軽傷者から腰痛のお爺ちゃんまで多くの人が来ていると言う訳だ。
まさかこんな落とし穴が待ち受けているとは思っても居なかったけど、この話を俺が受けなければどうしていたのだろうか。
しかしアケとユウがここに居た事を思い出したので、全てがこの女によって仕組まれていた事だと理解した。
「どうやら反省が足りないみたいだな。」
「ははは・・・でもそこはモモカさんの発案ですよ。」
「あの婆ーーー!確実に俺達を客寄せに使いやがって!」
数年前から出来始めていたと言ってもこの町は広いので人によってはこの商店街を知らない人も多く居る。
なので俺達は治療という名目で集まってくる人たちにここの存在を知らせる為に利用された訳だ。
この調子だとチラシを今朝から配っているとすれば噂が広がり町中から人が集まって来るかも知れない。
俺は溜息と同時に覚悟も決めて周りへと指示を出し始めた。
「仕方ないから患者を順番に処理して行くぞ。」
「「「はい!」」」
「私も手伝う~。」
「任せてください。」
「私は人を整理してるね。」
そして、こうなるとこの診療所では狭すぎるため店の外に出ると集まって来る人達を次々に回復させていった。
ハッキリ言って周囲は既に多くの人が集まり早くしろと叫ぶ者も出ている。
ここは原因の一つであるツバサさんに働いてもらうのが賢明な判断だろう。
「ツバサさん、適当なのを捕まえて世紀末衣装を着せて連れて来てくれ。」
「合点承知!」
それだけで俺が何をしたいのかを理解してくれたみたいだ。
しばらくするとアンドウさんの傘下の店からズボン姿に上半身裸で肩に棘パットを付けた男達が姿を現した。
モヒカンで頭を染めていれば完璧に世紀末の雑魚キャラだ。
彼らは俺が捕まえてアンドウさんに引き渡した連中だけど今は荷物運びなどの下働きとして雇われている。
彼らも真面な仕事に付けて安定収入を得ているので満足だろう。
それに手には刀ではなくモーニングスターや鞭を持っているので威圧感も十分だ。
ちょっと表情がイッてるけど演技であると思っておきたい。
『ビシ!』
「ヒャーハハハ!テメー等何騒いでやがる!」
「良い子は列に並んで順番を待ちな!」
「悪い子は私達の得物でオ・シ・オ・キ・ヨ。」
なんだか最後に変な奴が混ざってるな。
体に光物のアクセサリーを身に付けて口には口紅をしているけど、あれは明らかに男だ。
男達の中ではもっとも筋肉質なので言葉の端々で立派な胸板がビクビクと上下している。
ただし、その圧倒的な存在感のおかげで誰もが文句も言わずに整列してくれた。
その姿はまるで訓練された兵士を思わせる素早さで誰もが口を閉ざして一言も発しない。
するとそんな危険人物に余裕で歩み寄る存在が現れた。
そいつは男?に近寄ると何食わぬ顔で話しかける。
「童虎ちゃん来てくれて助かったよ。私達だけだと皆並んでくれなくて。」
「良いのよミズメちゃん。アナタには料理で色々な事を教えてもらったもの。これくらいはお安い御用よ。」
目を閉じて声のトーンを気にしなければ女の子同士の気軽な会話に思える。
しかし、目を開け耳を正常に働かせればその光景は木っ端微塵に粉砕され、少女とオカマによる熱い友情を感じさせる会話へと激変してしまう。
しかもドウコと名乗る女の虎が出て来たのはこの辺でも美味しいと有名な料理店だ。
多くの人が毎日列を作り、その味を絶賛しているとミズメが嬉しそうに話していた。
あの店は厨房に目隠しがされていて誰が作っているのかが見えない作りになっているけど、その理由が今こうして白日の下に曝されたということだ。
何やら数人が口を押えながら列から離れているけど、きっとここに並ぶ前に美味しい思いをして来たのだろう。
それにしても俺も覚醒してからはそう簡単に驚く事は無いだろうと思っていたけどこれは別格の様だ。
ある意味ではイザナミ様に勝るとも劣らない存在感に俺の中の何かが叫びを上げている。
これはもしや原始の時代から脈略と継承される本能的な何かが反応しているのだろうか。
それにしても顔と口調さえ気にしなければ肉体の作り込みはかなり凄い。
現代で通っていたジムにはプロのボディービルダーも居たけど存在感はこちらが遥かに上だろう。
するとミズメはドウコを連れて何故かこちらへとやって来る。
それを見て俺の左右に居るアケとユウも笑顔で手を振っているので知り合いなのかもしれない。
するとドウコは手に持っているモーニングスターを大きく旋回させ笑顔を返してくるけど、これは俺に対する宣戦布告だろうか?
しかも、その動きで周囲に風が巻き起こり、並んでいる患者たちの列を3歩も引かせている。
1歩どころか3歩とはやはり他の人も本能的に何かを感じているみたいだ。
そして、その視線が俺に向くとまるで捕食者の様な視線へと変わっていた。
「アナタがミズメちゃんの良い人なのかしら?」
「ブ~ブ~!ドウコちゃん私達だよ!」
「私も忘れてもらっては困ります。」
そう言ってアケとユウから非難の声が飛びドウコは軽く笑って訂正を入れる。
「あら御免んさい。私とした事が間違えちゃったわ。この子達のだったわね。」
「そのと~り!」
「そうなのです。」
どうやらドウコという人物は子供に好かれ易いようで、きっと大人と違って偏見が無いからだろう。
ミズメは別として悪い奴では無さそうだ。
「まあ、良い人かは別にして俺はハルヤだ。出来ればこれからも皆と仲良くしてやってくれ。」
「あら!聞いていた通り中々に良い男みたいね。お姉さん、ちょっとだけときめいちゃうわ。」
何故か会話の途中で腰をクネクネさせ始めたけど危機感知のスキルが警鐘を鳴らすので止めてもらいたい。
それに患者たちが息の合った動きでソロリソロリと下がっているので手伝ってくれるのは良いけど怖がらせないで欲しいところだ。
もし俺達にしか治せない様な病気や重症患者が居ると困るのは俺達ではなくここまで来てくれている彼等ということになってしまう。
「そろそろ仕事に戻らせてもらうよ。」
「つれないわね。意中の相手以外は気にも留めないって感じ。」
「そう言う事だ。」
俺はドウコから離れると20歩は遠退いている列の先頭へと向かい治療を再開した。
しかし、それからしばらくはとても静かで治療が終わるとお礼だけ言って一目散に離れていく。
これはきっとモモカさんも予想していない事だっただろうけど、そこまでは面倒を見切れない。
俺達の魔法は怪我を治せても心までは癒せないので後日の営業努力でどうにかしてもらいたい。
その後は変な患者が来ればドウコに任せ、騒ぐ患者もドウコに任せた。
彼女?に任せると誰もが借りて来た猫の様に大人しくなるのでとても助かる。
そして、この日は無事に治療を終えると屋敷へと戻って行った。
次の日からは有料と言うことで初日程の患者は現れなかった。
それでも少なくない人数が仕事中の怪我などで訪れている。
その中でも意外と多いのが有力者などが起こす腹痛だ。
食べすぎ飲み過ぎの他に趣味で食べている珍味などで毒に当たったり、体調を崩したりと腹を抱えて駆け込んでくる。
中には季節だからか毒キノコを食って錯乱してる者も居るので困りものだ。
家の者も死なれると色々困るので嘔吐に下痢などのどんな状態でも連れて来るけど迷惑そうな顔をするくらいなら自重させてもらいたい。
ただ、ここに来れば汚くても浄化で綺麗になるし、ケロリと元気になって帰っていく。
その度にそれなりの金額を払ってくれるのでこちらとしては文句はないけど簡単に治るのも考えものかもしれない。
そんな事がしばらく続き、俺達もそれなりには有名になって来た。
そうなると馬鹿な事を考え付く者が現れ始めるのも仕方がないのかもしれない。
せっかく大人しくしているのにわざわざ藪を突かなくても良いだろうに。
その一例が仕事が終わって帰ろうとした診療所へとやって来た。
「先生!コイツの怪我を見てやってくれ!」
そう言って10人程の男が1人の男を抱えて診療所へと飛び込んで来た。
既に他のメンバーは暗くなる前に帰していてここに居るのは俺だけだ。
しかし、急患となると仕方ないので見てやる事にした。
それに最近では有力者などは深夜でも屋敷の前までやって来て治療を申し込んだりするのでこれくらいは慣れている。
「見せてみろ、と言うかこれは刀傷みたいだな。誰かと喧嘩でもしたのか?」
「ちょっと作業中にしくじって道具が当たっただけだ。」
それにしては狙ったように綺麗な切り口だ。
まあ、これくらいはすぐに治るから魔法で綺麗に治してやる。
するとそれを見た男達は互いに顔を向かい合わせて笑みを浮かべ頷き合っている。
まるで何かを確認して納得しているようだ。
「これで終わりだ。金を置いて帰ってくれ。もうじき夕飯だから急いで帰らないといけないんだ。」
しかし、そう言って俺が背中を向けると後ろから男達が覆いかぶさる様に襲い掛かって来た。
その手には袋や縄が握られ、拘束しようと掴みかかって来る。
「は~金を置いて帰れと言ったのになんで命を置いて行こうとするんだ。」
ここは怪我を治して命を救い、来た人が健康な生活に戻れるようにする所で断じて追剥をする所ではない。
ましてやここで人はなるべく殺したくないとさえ思っている。
しかし俺の善意は相手に全く届かなかったみたいで止めようとする兆しすらない。
「黙ってやがれ!テメーを捕まえて売れば高く買ってもらえるんだよ!それにもう2人にも既に買い手がついてるしな!」
「なんでこの町の奴等はテメーみてえなヒョロイのを怖がってんだ!?こんなの数で囲めば簡単じゃねえか!」
それはこの町の奴等が俺の怖さを知ってるからだ。
来てすぐに襲って来た奴らを生かして帰したのも俺の怖さをこの町の奴等に知ってもらうためだ。
アイツ等は上手く俺の情報をバラ撒いてくれたので今までは平和に過ごす事が出来た。
しかし、こういった外の奴等が来るなら話は別なので、この際だからもう一度徹底的にやらせてもらおう。
「俺をそいつ等の所に連れて行くのを許してやろう。」
「何を偉そうに言って『ボキ!』・・・ぎゃあーーー俺の腕がーーー!」
「悪いな。邪魔だったから退かしたら折れてしまったか。」
「『グチャ』がああーーー!」
「悪い。足が邪魔だったから踏み潰してしまったな。」
俺は立ち上がると体に絡まる男達の手足を埃を払う様に取り払って行く。
その度に指や手が飛んだり、骨が折れる生々しい音が室内に響き渡ると悲鳴と血飛沫が広がっていく。
しかし殺すのは簡単だけどコイツ等にはこれから利用価値がある。
それが終わるまでに心を入れ替えるなら生かしておいても良いだろう。
但し、罪はしっかりと神様に償ってもらう。
コイツ等は以前にミズメの兄を預けた寺で強制労働してもらい自分の罪を悔い改めてもらおうと思う。
あそこもあの後すぐに寺の人が戻り始め本格的な復興が始まっている。
働き手を募集していたので喜んで引き取ってくれるだろう。
「あ、ああ・・・助けてくれ~。」
「アンタ医者だろ!頼むよ先生!」
「ダメだ。」
俺は男達をいったん治療して全開させると、その直後に5人ごとに右手と左手を切り取った。
そして、顔に番号を刻むと切り取った手にも同じような番号を刻んで識別できるようにしておく。
「「「「ぎゃーーー!」」」」」
これで1人を除いて全員の手を預かった。
傷は適当に魔法で塞いでやるけど完全には治さない。
完全に治すと痛みも消えて簡単に逃げられてしまうかもしれないからだ。
「俺ならその手を繋いで元に戻せるぞ。」
「お、俺達に何をしろって言うんだ!」
「俺を買いたいって奴の所に連れて行け。嫌なら1人ずつ首を飛ばしていく。」
「・・・分かった。・・・とでも言うと思ってるのか!」
そう言って男は隠し持っていた小刀を抜いて襲い掛かって来た。
もしかすると嘘や脅しで言っていると思っているのかも知れないけど、俺は約束を守る男だ。
「言うさ。お前以外がな。」
「『ズボ!』・・な、・・・ガハ!」
俺は男の腹を素手で突き刺すと中身を掻き回してやる。
それにより男は口から大量の血を吐き出し白目を剥いてその場に倒れた。
普通に見れば大量の血を口と腹から垂れ流し、内臓がはみ出ているので致命傷だろう。
しかし、俺が回復魔法よりも上位である神聖魔法を使うと元通りに回復した。
ただ、ちょっと強めにかけ過ぎて手が2センチ程生えて来てしまったので再び切り取っておく。
「・・は!がーーー!」
「起きたか。今度はお前ら全員に聞く。最初に話す気になった奴は手を上げろ。そいつには特別に手を返してやろう。」
「「「はい!」」」
すると全員が一斉に手を上げたけど俺には誰が一番に反応したのかは見えている。
なのでそいつの顔の番号と同じ手を出すと切られていない手に握らせてやる。
「確認だがお前は俺を買いたいって奴が誰か知ってるか?」
「し、知ってるぜ・・います!」
「もし嘘ならその足を貰う。逃げれば両足だ。それは理解してるな?」
「はい!」
どうやら、やっと俺の事を理解してくれたみたいだ。
アンドウさんに任せばもっと手早いんだけど、きっと今は自分の屋敷でツバサさんと仲良く新婚生活(仮)を楽しんでいる。
あまり邪魔をすると怒られるので今日はこちらでやらせてもらう事にした。
そして手首を再切断されて苦しんでいる男の傷を塞ぐともう一度だけチャンスを与える事にする。
「一度死んだ気分はどうだ?」
「化物め!お前は自分がどれだけ狂ってるか分かってんのか!?」
「俺は自分の事を良く理解している。それにもしかしてお前は自分が真面な人間とでも思ってるのか?幼い少女を攫って売り飛ばし、日々の糧を得る事に何も感じないのか?」
「黙れ!良い暮らしをしているお前に何が分かる!俺は贅沢をしている奴等から奪って自分が贅沢をしているだけだ。」
「そうか。それがお前の信念なら仕方ない。」
どんなに力があっても心までは曲げられない。
少しぐらいなら痛め付けて修正できても根元から曲がってるのはダメだ。
別に皆殺しにしても構わないと思っているのでコイツには見せしめに死んでもらおう。
「それならちょっと先に地獄に落ちて反省しておけ。あちらの鬼は強くて容赦がないからな。」
俺はそれだけ伝えると手頃な細枝を取り出して男の首を刎ねた。
その光景を残りの10人の目にもしっかりと焼き付け、反抗すればどうなるかを教えておく。
これでこの世界からアケとユウを狙う奴が一人減った。
そして死んでから男を収納すると診療所に飛び散った血飛沫を綺麗に消し去り男達へと振り向き視線を向ける。
「案内しろ。」
「は、はい!」
そして俺は案内される形で少し離れた裏路地へと入って行くと、そこには頑丈そうな檻が3つ用意されている。
どうやら相手は俺達の事をあまり調べずに指示を出したみたいだ。
普通の診療所を営む者はそこがそのまま住居にもなっているのであそこに俺達が住んでいると思っていたのだろう。
しかし、あそこは借り物で仕事以外には天皇の屋敷で世話になっている。
いつかは住み直す事も考えているけどそれはしばらく先の話だ。
生活用品も殆ど設置していないので軽く宿泊は出来ても住むには足りない物が多い。
もう少し慣れたら色々と揃える為に皆で買い物にでも出ようと思っていたのに、これではしばらく先になりそうだ。
「これに入れば良いのか?」
「すいやせん。これも向こうの指示なんで・・・。」
「そうか。なら目的地の近くになったら入るから教えてくれ。」
俺は檻を指先で摘まむと持ち上げてから収納し道案内を続けさせた。
すると1時間ほど歩いた先で男達は足を止めこちらに視線向けて来る。
どうやら目的地に近づいたのでそろそろ檻に入ってもらいたいらしい。
「なるべく普通に振舞えよ。」
「「「ヘイ!」」」
そして表通りに面していない大きな家の裏へと到着するとそこにある扉を叩き中へと合図を送る。
それを何度か繰り返すと扉が開き中から強面の男が姿を現した。
ここで男達が裏切れば少し面倒だけど無駄な話を一切しないままに報酬を受け取って去っていったので、どうやら潜入には成功できたみたいだ。
「お前らこんな事をして許されると思っているのか?」
「黙りやがれ!」
すると俺の言葉が気に障ったのか手に持っている棍棒を檻の間から差し込んで顔を打ち付けて来た。
ただ、俺だから無傷だけど普通なら顔の骨に罅が入るか歯が折れているかも知れない。
それにこの容赦の無さとやり慣れた感じからすると俺が初めての被害者という訳ではなさそうだ。
そして痛がっているフリをしていると下に降りる階段へと運ばれ地下へと連れて行かれた。
その間に幾つかの扉を潜ったので外に音が漏れない様に防音も考えられているのだろう。
「到着したぞ。これでテメーは俺達の所有物だ。里に連れ帰って一生こき使ってやるからな。」
「お前らはどこかの忍びなのか!」
「その通りだ。俺達は伊賀の忍びよ。最近は翼の奴等のせいで人数が減っちまったからな。こうして外から補充してるのよ。」
言われてみればここには沢山の檻が置かれ中には子供が入れられている。
どの子も見た目からして浮浪児か貧しい家の者達だと思われる。
数は20人程でそれ以外にも女性が数人と言ったところだ。
それにしてもここはかなり衛生面も悪そうで臭いも酷く病気なのか咳込んでいる子供も多い。
あんな子供達が以前にアンドウさんが言っていた様な厳しい訓練に耐えられるのだろうか。
「子供たちは何人か病気みたいだぞ。医者に見せなくて良いのか?」
「何言ってるんだ。だからテメーを連れて来たんだろうが。もうじきもう2人のガキどもも到着する。まあ、そっちはあと数年すれば治療よりも俺達の相手で忙しくなるだろうけどな。ガーハハハハハ!」
男はそう言って笑うと幾つかの檻を蹴飛ばしながら部屋から去って行った。
すると檻に囚われている1人の女性が泣きそうな顔で声をかけて来る。
「もしかして新しい診療所の先生ですか!?」
女性は檻にしがみ付いて必死な表情で問いかけて来る。
診療所を開いて数日とは言っても初日にはかなりの数の患者を治療したので俺の事を知っていても不思議ではない。
「ああ、ちょっと理由があって捕まったんだ。」
「もしかして誰か助けに来てくれたりはしませんか?」
この質問はとても自然な流れだ。
さっきの男の言い方から考えて、このまま連れ去られてしまえば自分達がどんな扱いを受けるかは想像しやすい。
しかし俺はこの時にスキルが僅かに反応しているのを感じ取った。
「それは無いな。誰もここに俺が居る事を知らないから。」
「そうですか・・・。」
すると女は残念そうな表情を浮かべると檻から手を離して足を抱え蹲った。
ただし俺の動向は既に見張りからアンドウさんへと知らされているだろう。
一時期は俺の移動速度について来れなくて居ない時が多かったけど京の都に入ってからは常に監視の目がある。
なので常に美しき翼の里の忍びから監視されているので、もうそろそろ動き出していてもおかしくない。
ただそれを言わないのは今の女の質問に危機感知が反応したからだ。
これは現代で強盗と対峙した時と同じで、あの時は人質の女性が強盗の仲間だったのを見破るのに役立った。
その経験から声をかけて来た女は奴らの仲間であると見るべきだろう。
俺はその事を利用して周囲へと声を掛け、他の2人の女性については問題なかったけど子供たちに関しては衰弱も激しく真面な反応が返って来ない。
ただ、鑑定の結果からすると動く事も出来ない程に疲れて衰弱しているだけのようだ。
あれでは覚醒者だとしても動くのは難しいだろうから子供たちは放置して行動に移す事にした。
「さてと、そろそろここから出るか。」
俺が入れられている檻は内側の広さが1メートル位しかない。
だからあまり身動きが取れないので立つ事も出来ずにずっと座っていた。
下手に動けば檻を破壊してしまうのでずっと気を使っていたけど、それも終わらせても良いだろう。
と、言うことで俺はその場で立ち上がり大きく背伸びをした。
「ん~~~!『メキメキ!バリバリ!』」
その結果、頭上の格子を破壊して檻からの脱出に成功する事が出来た
すると女性たちはこちらを見て驚きに目を見張り、その中の1人が声を上げる。
その途端に他の2人の視線がそちらへと向きあたふたとし始めた。
「お願い助けて!」
「静かにしてよ!あの男達が来ちゃうでしょ!」
「助けてー!」
しかし、その女は一向に黙ろうはせず、助けを呼び続けている。
見方によっては錯乱していると思えなくはないけど、その視線は不自然に何度も伊賀の男が去って行った方向へと向けられている。
これは俺に助けて欲しいのではなく、男達へ知らせる合図と見るべきだろう。
だが、ここにさっきの男が来る事は無い。
何故なら風の魔法で外へと音が漏れない様に隔離してあるからだ。
それにもし奴らがアンドウさんの部下と同じくらいに優秀なら、俺が檻を破壊した音だけでも駆け付けて来るはずだ。
「残念だったな。お前はゲームオーバーだ。」
「どうして誰も来ないのよ・・・。」
女は俺が傍に行くと周りに聞こえない様な小さな声で呟いた。
これだけでコイツが奴らの仲間だと判断するには十分だろう。
「お前も忍びか?」
「・・・違うわ!」
「最終確認だ。お前は誰の味方に付く。」
俺は最後の確認の前に『恐怖』のスキルを使い、更に『威圧』を向ける。
すると女の表情が瞬く間に蒼白となり、涙以外にも色々な物を垂れ流した。
今では呼吸すらまともに行えず、止まったり過呼吸になったりをくり返している。
このままスキルを使い続ければもうじき死んでしまうだろう。
「簡単に死ねると思うなよ。」
俺は苦しむ女に回復魔法を施して無理矢理に生かし続ける。
恐らくは呼吸を止めた時の様な苦しみを常に味わっているだろう。
もはや顔面は赤から青に変わりつつあり、女は最後に悶え苦しみながら小さく頷いた。
「それならこれからは俺の為にしっかりと働けよ。」
「・・・は・・い。」
今は荒い呼吸をしながらなんとか返事を返して来る。
それなりの時間を呼吸が止まっていたので脳に酸素も足りていないだろう。
この女については後でもう一度を確認するとして、残っている2人の女へと視線を向ける。
「ヒ!た、助けて。」
「私達は違うの。」
「それは分かってるから安心しろ。鍵を開けるからお前らは少し大人しくしておけ。」
「「はい・・・。」」
俺は檻のカギを毟り取ると怖がらせない様にゆっくりと扉を開けてやる。
ついでに子供たちの檻も明けておき、彼女達に少しの間だけ面倒を頼んだ。




