203 黄泉からの帰還
地上に戻って来て最初に行く所は安倍家の屋敷で、きっと今頃はルリの事で騒ぎになっているだろう。
前回に見た時の溺愛ぶりならしばらく一人寝もさせないだろうからすぐに気が付くはずだ。
そして屋敷の上空に到着すると屋敷には灯りが動き回り予想した通り大騒ぎになっている。
その中で庭に炎が燃え上がると人が空へと飛び立つのが見えたので、あれは朱雀を纏ったハルアキラで間違いなさそうだ。
方向からして向かっているのは天皇の屋敷の方角なので目的は俺と言ったところか。
このまま行かせても無駄足になるので声は届かなくても威圧なら気が付いてくれるだろう。
俺はハルアキラに向かって威圧を放つとすぐにこちらに気付いて向きを変えた。
そして炎をロケットの様に噴き出すとこちらへと一直線に向かって来る。
「丁度良かった!ルリが大変なんだ!」
「それに関してはもう知ってる。俺の為に力を使ってくれたんだ。だからこれを飲ませてやってくれ。そうすれば手足は元に戻るはずだ。」
「分かった!すまないが容態は安定しているがすぐに戻らせてもらうぞ。詳しい事は明日聞かせてくれ。」
「ああ、そのつもりだ。」
実のところを言うと歴史が変わる前まではスミレが贄の女性だった。
しかし爺さんのおかげで支部に居た先代の贄の女性が死んでいないので会う事が出来れば力を受け取る事が出来る手筈になっている。
そうすれば後はアマテラスが計画をいつ実行するかだけど、いつもの様にギリギリではなく余裕をもって知らせて欲しい。
ちなみに、ついでに助けたあの10人に関しては既に喰われていて手遅れだった。
土蜘蛛は復活して腹を空かせていたのか組織や陰陽寮が動き出す前の短期間で彼女たちを攫って食べてしまったらしい。
今は屋敷で静養しているけど明日には安倍家によって自分達の家へと送られるだろう。
苦労した3人に関しても俺の事は覚えていない様なので彼女達ともその時にお別れとなる。
とは言っても生き返ってからは殆ど会話すらしていないので思う所もない。
無事に帰れれば再び平和な生活に戻る事も出来るはずだ。
そして、やる事も終わったのでもうじき朝だけど俺はようやく布団へと入る事が出来た。
後は日が上ってから考えよう。
『ツンツン。』
「・・・。」
『ツンツンツンツン。』
「何をやってるんだ?」
しかし寝ようとした所でエクレが俺の枕元に立って顔を突いて来る。
しかも何気に防御を突破してくるので地味にウザい。
もしかすると俺は大きく選択を誤ったのではないだろうか。
するとエクレは上から顔を覗き込みながた用件を言ってきた。
「私は何処で寝るの?」
「神は寝ないでも大丈夫だろ。何かあった時の為に見張りでもしててくれ。」
コイツ等が眠る必要が無い事はユカリから聞いて知っている。
それに見た目が人間に近いので勘違いしそうになる事もあるけど、コイツ等は南極くらいの低気温でも寒くないし火口付近の高温でもへっちゃらだ。
布団なんてなくても全く苦にならないし、それどころかコイツ等は浮遊しながら眠る事だって出来る。
これも以前にユカリがしていたのでそれよりも上位であろう神に出来ないはずはない。
しかし、どうやら俺の返事がお気に召さなかった様でその手が俺の枕へと延びた。
「神にだって寝るのが好きな者は居る。それにこれは凄く寝心地が良さそう。」
そう言ってエクレは俺の頭の下から枕を抜き取るとそれを抱える様にして横になった。
その姿はとても幸せそうで朝に起こす前のミズメに少し似ている。
これは簡単には返してくれそうにないけど、その枕は俺にとっても大事で貴重な物だ。
時間があれば浄化して温風を中に送る込み、日干しをしてフカフカにしている。
枕が無くても寝れるけど取られて無いのとは話が違う。
そして取り返そうと起き上がろうとした時に左右の布団が動き始めた。
どうやらアケとユウがいつもの様に俺の布団に忍び込む時間が来てしまったみたいだ。
仕方なく俺は取られた枕を諦めて予備の枕を準備する。
「なんでそんなに枕を持ってるの?」
「もしもの時と、更にもしもの時の為に予備2つ持っておくのは当たり前だ。」
「その意見には賛成。」
そう言いながら遠慮なく再び俺の頭の下から枕を抜き取り自分の頭の下へと敷いてしまう。
その図々しさに呆れてしまうけどもう1つだけ予備はある。
俺はそれを頭の下に敷くと左右のベットの中に潜り込んで来たアケとユウの温もりを感じながら眠りについた。
そして次に目を覚ましたのは3時間ほど後の事だった。
外からは朝食の匂いが漂いそれを目覚ましの代わりにして皆も目を覚まし始めている。
俺はアケとユウが起きて離れてから視線を回して周囲を確認する。
するとやっぱり3人とも依然と少し姿が変わっていた。
簡単に言えば発育が良くて身長が少し高く、女性らしい見た目になっている。
特にミズメがその傾向が強く、胸に関しては以前の倍はありそうだ。
「おはよう。」
「おはようハルヤ。」
「おはようお兄ちゃん。」
「おはようございます。」
そういえばミズメには最初に会った時にハルではなくハルヤと名乗った。
以前はハルと呼ばれていたのでこれも変化の1つと言える。
「俺は出てるから着替えが終わったら呼んでくれ。」
「「「は~い。」」」
それにミズメを含めて3人とも女性らしい面が強くなった。
以前は気にしていなかったけど今は俺が居ると着替える事が出来ないので部屋を出て行くのが普通の光景だ。
これだけでもミズメが普通に生活出来ていた事の表れなのでルリには幾ら感謝してもし足り無い程だ。
俺は床で今もスヤスヤと眠っているエクレを肩に抱えると部屋の出口へと向かって行った。
「ねえハルヤ。その人は誰なの?」
「今日から皆の警護として雇ったエクレだ。コイツが居れば何処に行っても大丈夫だから出かける時は必ず連れて行けよ。」
「分かったわ。アナタが連れて来たなら信頼できる人なのね。」
信頼できるか聞かれるとちょっと苦しいけどコイツも食べ歩きなら喜んで付いて行くだろう。
何気に歴史が変わってからはアンドウさんの動きが活発で食文化の発達が加速している。
調味料の取引が盛んで色々な料理があるおかげでミズメ達もここに来てから大喜びだ。
ちなみに俺がこの時代に来た時には既にアンドウさんとモモカさんは出会っていて盛んに取引をしていた。
西日本には既に多くの支店も出来ていてモモカさんの目標である『支店99店舗作戦』が既に行われている。
その支店の1つは彼らを陥れたゼンが任されているのだから不思議な感じだ。
今では綺麗な奥さんの尻に敷かれて悪さもせずに仕事に励んでいる。
きっと悪巧みがバレてモモカさんからキツイ再教育を受けたに違いない。
「それと町を見て回りたいらしいから案内をしてやってくれ。」
「任せなさい。美味しい店を沢山教えてあげるわ。」
「美味しいもの!」
するとエクレはミズメの言葉に反応すると猫の様な身軽な動きで俺の肩から飛び降りた。
どうやら神は例外なく美味しい物に弱いらしい。
名前を御菓子のエクレアから取って正解だった。
「それはちょっと失礼。」
「これには稲妻って意味もあるんだよ。嫌ならそのままお菓子の名前でショコラにするぞ。」
褐色の肌に白い髪なので丁度良いかもしれない。
ショコラならチョコレート色の生地に粉砂糖を振り掛けた物もある。
「・・・エクレで良い。」
思考が読めるので内緒話には打って付けだな。
流石にこの話をミズメが聞けば変な視線で見られそうだ。
「それじゃあ俺は先に行ってるからな。」
「私達も着替えたらすぐに行くね。」
ここの食事は以前と変わらずに揃って取る様になっている。
料理も美味しくて品数も増えたけど少し前までは極貧生活をしていたらしいのでその時から習慣となっているそうだ。
やっぱり日に何度か家族が揃って顔を合わせるのも大事なコミュニケーションの1つだろう。
そして食事を終えた頃になるとハルアキラが屋敷へとやって来て、その横にはルリは居るけどスミレの姿は無い。
彼女は未来視の能力はあるけど贄の女性ではなくなっているので呼んでいない事になっている。
俺達は部屋を1つ借りると中に入り準備を整えた。
ハルアキラにはみたらし団子を出して、ルリには果物がドッサリと乗ったフルーツタルトを出して置く。
「何か扱いに差がある様な・・・。」
「でもこれはかなり甘いけど食えるのか?」
この時代の人間は甘い物にあまり耐性が無い。
それでも女性は喜んで食べるので気にせずに出しているけど男性には不評な事もある。
なので甘さ控えめな物や酒の摘みに近いしょっぱい物を出したりしている。
そして、そんな兄を可哀相に思ったのか心優しい妹のルリがタルトを匙で掬ってハルアキラの口元へと持って行った。
「はい、兄さん。」
「ああ、それじゃあ一口。」
ルリの見た目は幼いので問題ないだろうけど実年齢の姿でやるとスミレが嫉妬しそうだ。
ハルアキラも表情が緩んでるしこの事は秘密にしておいてやろう。
「・・・確かに、これは美味しくはあるけど甘すぎるな。」
「そうだろ。酒があるなら他のもあるけど今はそれで我慢しとけ。」
とは言ってもみたらし団子も十分に甘い。
甘党な俺が出すのだからその辺は勘弁してもらおう。
「それでは私も一口・・・はぅ~~~美味しいです。」
どうやらルリの口には合った様で表情を蕩けさせているので、またの機会があればご馳走してやろう。
「それで昨夜の話だよな。先に分かってる範囲で状況を教えてくれ。」
「ああ、実際に俺達もルリの力についてはよく分かってない事を先に言っておく。それと昨日の状況だが父上が血のニオイに気付いて飛び起きるとルリの両足と腕が付け根から無くなっていた。布団には大量の血の跡があり、もう少し発見が遅ければ死んでいたのは確実だ。」
きっと今回はヒコボシが早く気付いたから助かったのだろうな。
それに寝ていても娘の危機に気付くとは俺が認めただけはある。
その後は俺も知っている範囲で昨日の事を話して聞かせ、特に代償についてを強調しておいた。
しかしハッキリ言ってルリの能力はかなり使い勝手が悪い。
それに普通の奴が過去に飛んでも能力が不足していれば何も変えられずに戻って来る事になる。
そんな事に手足や命を賭けられる奴はそう居ないだろう。
俺達はたまたま新しい手足を生やす手段を持っていたからこうして無事なだけでそうでなければルリなんて一生不自由な生活を強いられていたはずだ。
「だからあまり使おうとするなよ。口外もしない方が良い。あれでも理解できない馬鹿が居るかも知れないからな。」
「分かってるさ。もう一生ルリに力を使わせる気はない。」
「それが良いな。・・・お代わり要るか?」
「頂きます。」
家族なら大事な人が傷付く姿を見たいはずはない。
ただ、念のためにハルアキラには中級ポーション・改を幾つか渡しておいたので、あれがあれば簡単に死ぬ事もないだろう。
蘇生薬は既に持たせてあるので死んだとしても生き返らせる事も出来る。
そしてルリのお腹がいっぱいになった所で俺達も解散となった。
お土産にケーキと酒のツマミを渡してあるので家に帰って家族で食べるだろう。
「さてと。話しも早く終わったからこれから準備に入るか。」
俺の持っている情報通りに状況が進むならもうじき大きな祭りが開かれる。
各寺や神社で神からの神託が行われ町全体が一丸となって動き始めるはずだ。
多くの神輿なども出されその1つにミズメが乗せられる事になる。
名目は神に選ばれた巫女としてこの時代に平穏と平和をもたらすと言うものだ。
しかも神側からのご指名なので反対する者も拒む権利もなく、神託がされて1月後の祭りの日が決戦となる。
今のところは話が来ていないので最低限でも1月の猶予があるはずだ。
「今が11月の中頃だから年末か年始って所だな。クオナの方で何かあるか?」
『それなら力を今まで以上に吸い上げても良いですか?』
「精神力の事なら構わないぞ。理由は聞かないから好きにしてくれ。」
『助かります。』
今は誰に聞かれたりするか分からない。
それは俺が口に出さなくても知っているだけでも同じだ。
今の俺には思考をブロックする手段は無いので知らない事こそが情報を守る最大の手段となる。
すると倦怠感が出て来たのでクオナが精神力の吸収量を増やしたみたいだ。
あとするべき事と言えばこの町での生活基盤をどうにかするくらいだろう。
そうなると俺がこの町で出来る事と言えば荷運びや樵と言った肉体労働系になる。
しかし、これらを俺がやると他の貧しい人や本職の人の仕事を奪いかねない。
だからと言って通常の枠内で仕事をすると報酬が安いはずだ。
それに俺がもし戦いで死ぬようなことがあったとしてもミズメたちの人生は終わらない。
最初から死ぬつもりは無いとしても出来る限りの物は残しておいてやりたい。
そして1人でこれからの事を考えていると部屋の外から声が掛かった。




