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197 ハルアキラの嫁 ④

屋敷に戻ってしばらくすると夕飯のお呼びがかかった。

ここでは節約の精神から食事などはなるべく皆で集まって一緒に食べる事になっている。

それによって灯りや煮炊きに使う窯の薪などを無駄使いしない様にしているらしい。

だから夕飯などはかなりの人数が集まるので修学旅行の時の様な感じになっている。

そのおかげでここでは仲の良い者も多い様で諍いをしているのを見た事がない。

やっぱり同じ釜の飯を食べていると連帯感が生まれるのだろう。

それでも天皇一家に対する仕事や敬いは完璧なので線引きもしっかりと出来ている。


そんな中で俺は後奈良天皇の前に行って今後の事についての相談を行った。

もちろん対象は俺の家族についてだけど、九州に残して来た母親の事はもちろん含まれていない。

実の妹であるアケとユウに含めて今日から義理の妹とするミズメについてだ。

俺はこれから戦いが控えているので、もし何かあった時の事を考えておかないといけない。

死ぬつもりは無いと言っても人の身で神同士の戦いに巻き込まれれば絶対に生き残れるとは断言が出来ないからだ。

特に今回は誰が味方かもハッキリしていないので不安要素も多い戦いになる。

その辺の事はぼかしながら話すと今までの贈り物が効いているのか色々とアイデアを考えてくれた。


「まずは儂らで後ろ盾になっても良いのじゃがな。」

「出来ればもっと緩い感じが良いんだけどな。」


別に日本統一を目指している訳ではない。

出来る出来ないかで言えば出来るけどそんな事をすると管理が大変なのでくれると言われてもノーサンキューだ。

その場合はアンドウさんか天皇家へと丸投げする事になるのは確実だろう。


「それなら何処かの大名に嫁に出せば・・・。うむ・・・それはまたの機会に考えておこう。」


どうしたと言うのだろうか?

相手が真面なら大賛成なんだけど、そう言おうとする前に撤回されてしまった。

一瞬背後から途轍もない気配を感じた気がするけど、すぐに跡形もなく消えたので気のせいだろう。


「そういえばモモカの奴が人手が欲しいと言っておったぞ。何やら店も増やすと言っておったからあそこの養子にでもなったらどうだ。」

「やっぱりそれが一番無難かもしれないな。」


そろそろ落ち着いて来たのでアケとユウの教育も再開してもらいたい。

別行動の間は無理だったのでそろそろ丁度良いタイミングだろう。

ミズメもそこに加えてもらえば手間も掛からないはずだ。

ただ、ミズメはあれでも教養はある程度の範囲で身に付けているので元々の家が裕福だったのかもしれない。

元『兄』もそんな事を口にしていたし身形もそれなりに良かった気がする。


「それにあの2人は元気になったからと言って寿命が延びた訳では無かろう。今後の事を考えれば後継者は必要だ。」

「分かった。ちょっと話をしてみるよ。」

「そうしてくれ。(モモカから既に話は来ておったからな。これで借りは返したぞ。)」

「何か言ったか?」

「いや、何も言っておらんよ。(収まる所に無事に収まるだけじゃ。)」


何かブツブツと言っていた気がするけど気のせいだったみたいだな。

独り言が多いのは呆けの初期症状だと聞いた事があるけど大丈夫だろうか。

まあ、爺さんたちは最初から2人の事は乗り気だったので問題は出ないと思う。

問題はそこにミズメも加えてくれるかだけど今夜は一緒に行動するのでその時にでも確認すれば良い。

そして俺は食事を終えると爺さんと一緒に阿部家へと出掛けて行った。



時間は少し遡り、ここは藤原家の屋敷である。

時刻は昼過ぎと早い時間なので空には眩しい太陽が輝いている時間帯だ。

しかし、それは周りではと言う注釈が付き、屋敷の上は不自然な雲が発生し、その下には不気味な霧が立ち込めている。

もしこの近くにそれが何かを感じられる人物が居れば裸足で逃げ出していただろう。


そんな屋敷の廊下を主である粕蔵カスゾウは体に悪寒を感じながら歩いていた。


「どうなっているのだ!?さっき部屋に戻るまでは何も無かったと言うのに!」


カスゾウは苛つきながらも屋敷を歩き回り様子を確認し、何の変化も見つけられないまま庭へと足を踏み入れた。

そこは一番霧も濃いくなっており5メートルも離れれば輪郭しか見る事が出来ない。

それでも草鞋を履いて庭に出ると普段はそこに無い影を発見した。


「何だあれは?」


悪寒が強まる中でも疑問を感じたカスゾウは慎重にその影へと近づいて行く。

そして次第にハッキリ見えて来るとそれが何なのかを理解しその場で腰を抜かした。


「ギャーー!あ、妖!く、喰われる!誰か助けてくれー!」


しかし、この屋敷には以前まで雇っていた使用人は誰も居ない。

地位を失い、それでも金使いが激しかった男には誰も着いて来ず、屋敷に居るのは娘を除けばカスゾウだけだ。

そして妖である大蜘蛛に狙われている事を周囲の者も知っている為、巻き添えを避けて誰も助けに現れる事は無かった。


するとひとしきり叫び終えて僅かに余裕が生まれたカスゾウの中に疑問が生まれた。


「何故、襲って来ないのだ?」


カスゾウは立ち上がるとその姿を視認できる距離を保ちながら慎重に土蜘蛛の周りを歩いて様子を窺う。

するとその体にあるはずの8本の脚が無い事に気が付いた。

そして更に位置を変えて確認するとこの妖には頭が無く、死んでいる事に気付き僅かに安堵して恐怖が薄れる。

そこまで来て真面な思考がようやく復活し、昨夜と今朝の事を思い出した。


「おのれ安倍家の仕業か!儂にこの様な事をしてタダで済むと思うなよ!ゴホッ、ゴホッ!」


しかしカスゾウは怒りの表情で咳込み、口の中に苦くて鉄の様な臭いが広がった事を感じ取った。

そして咳の際に口を押えた掌を見るとそこには赤い液体が付着している。

カスゾウはそれがすぐに血であると気付くと、その原因をすぐさま理解した。


「まさかこの蜘蛛が!?クソ陰陽師共め、なんて物を置いて行くんだ!・・・ス、スミレは大丈夫なのか!?アイツに何かあれば俺の人生は終わりだ!」


カスゾウは娘の身ではなく自身の今後の事だけを心配するとその場を離れて反対側にある蔵へと走って行った。

そして僅かに残っていた運が味方し土蜘蛛から離れた事で瘴気の影響が薄らいだことで体が次第に楽になっていく。

しかし、おかげでその命が助かった事に本人は気付いておらず、いまだに焦りと怒りの表情を浮かべている。

そして、もしあのまま留まり続けた末にその体へ振れれば完全に瘴気に侵され、体に変調を起こして死んでいただろ。


カスゾウは口の中に充満した血の味を唾と一緒に吐き出しながら蔵に到着すると扉へと手を伸ばした。


「な、なんだこれは!鍵に触れる事が出来ん!」


手を伸ばしても目に見えない壁に阻まれ触れるどころか近づく事も出来ない。

それに苛ついたカスゾウは納屋から金槌などを取り出すと扉に向かって容赦なく振り下ろした。

しかし、それでも結局は蔵に指一本触れられず、息を切らせながら声を張り上げる。


「スミレーーー聞こえているかーーー!」

「・・・。」


しかし返事はなく、それがカスゾウを更に苛つかせた。

その頭には娘であり道具であるスミレが自分を無視しているのだろうと考えている。

だが本当はそうではなく単純に聞こえていないだけだ。

もし聞こえていればここから逃げて陰陽師を呼んでくるように助言しただろう。

たとえその結果がどんな惨めなものであったとしても、命まで失う事はないのだから。


それに安倍家も立派な家柄だと言うのにそれを無視して約束を破り、あまつさえ利用するだけ利用したこの男に非があるのは明らかである。

しかも陰陽寮へと正式な依頼として出しているのにその契約すら守らないのは幾ら力があったとしても揉消すのは難しい。

そんな当たり前の事すら既にカスゾウは分からなくなる程に追い詰められ、理性を失う程に瘴気に蝕まれていた。


しかし、そんなカスゾウの許へと止めの知らせが舞い込んでくる。


『ドンドンドン!』

「誰だ!?この忙しい時に!」


カスゾウはまるで鬼のような表情でギョロリと視線を動かすと音のする玄関へ意識を向ける。

そして金鎚と一緒に持ってきた鎌を握ると音のする方向へと駆け出し、扉を勢い良く開けた。


「黙れ!ここを誰の家だと思っている!」

「す、すみません!」


カスゾウが声を荒げるとそこには怯えた顔の男が立っている。

しかし男は怯えながらもメッセンジャーとしての役目を全うするために声を絞り出した。


「我らが主が亡くなられました。そのため今回の話は無かった事とさせて頂きます。そ、それでは私はこれで!」


それだけ言って男は脱兎の如き勢いでその場から逃げ出していった。

するとカスゾウの顔は真っ赤になると鎌を大きく振りかぶり、地面へと投げつける。

きっとさっきの男がその場に立っていればその餌食になっていただろう。


「どう言う事なのだ!?これでは私は破滅ではないか!」


するとカスゾウの脳裏に今朝に話したスミレの言葉がフラッシュバックする。

スミレは確かに『このままでは双方の家に大きな厄災が降り掛かります。』と言っていた。

しかし、そこで浮かんだのは自身の過ちに悔いるのではなく、この結果を招いたのが呪われた力を持つスミレだという確信である。

カスゾウは今では不快でなくなった瘴気を大きく吸い込むと屋敷の中へと戻って行った。


ちなみに死んだ男と言うのも土蜘蛛の首を侮り刀で斬りかかったのが原因である。

それがあれば誰にも文句を言われる事無く結婚し、スミレを手に入れられると考えたからだ。

しかし頭に刃を突き立てた瞬間に瘴気が噴き出し、それを浴びた男は体を腐らせながら命を失った。

何もせずにただ陰陽師に知らせれば命を散らす事は無かっただろうに欲に溺れた人間の末路とは哀れなものである。


そしてカスゾウも既に地獄への階段を転げ落ちるように死へ向けて爆走していた。

周りに止める者は誰も居らず、既に屋敷内からは人とは思えない獣の咆哮が上がっている。

そのため近隣の家々ではその声に怯えて身を隠す者が殆どであった。

しかし勇気ある者が日が沈む前に陰陽寮へと訴え出た事で周囲もようやく動き始める。

そこから安倍家に話が行くまでに調査などが挟まれてしまい、彼らの耳に入ったのは日が完全に沈んで夜になってからだった。



俺が安倍家の屋敷に到着するとそこには可憐な着物に身を包んだルリに加え、その家族が待っていた。

ただし、その横でヒコボシだけは床に膝を付き額が付くほどに低く頭を下げている。

到着してすぐに土下座を見るのは別に良いとしても、やっている人物が人物なので逆に疑いの目を向けてしまう。

しかしヒコボシは顔を上げないまま何故この様な事をしているのかの説明を始めた。


「ルリを救ってくれて心から感謝する。それとこれまでの非礼を許してもらいたい。」

「心でも入れ替えたのか?」


すると今度は横に居る爺さんが密かに声を掛けて来る。

そう言えば安倍家と爺さんは付き合いが長そうな事を言っており、オリヒメに至っては昔馴染みなのか仲も良さそうな感じだった。


「この者は昔はもっと真面だったのだが娘が死んだことで少し人が変わってしもうてな。元々が娘命みたいな奴じゃったからショックが大きかったんじゃろう。」

「それでこんな感じなのか。」

「どこかお前に似ておるな。」


確かにアケとユウの為なら命を賭けられると断言できる。

きっとミズメに関しても今では同じ事が言えるだろう。

それに何やら横に立っているカズタカも目元が緩んで穏やかな顔になっているので、もしかするとルリはこの家の家族を繋ぐのに必要不可欠な存在だったのかもしれない。

俺には実質的な被害は出ていないし、心を入れ替えるなら良しとしよう。


「それなら親子で仲良く暮らせよ。」

「もちろんだ。今まで離れていた分、しっかりと甘やかして褒めて幸せにして見せる!」

「そうか。今日からお前は俺と同じ志を持つ同志だな!」

「そう言ってもらえるとは有り難い!」


俺はヒコボシを立たせるとガッシリと固い握手を交わした。

娘と妹という違いはあるけどそれは俺達にとっては些細な事なので、これからは良好な関係を築く事も出来るだろう。

そして互いに手を離すと次にオリヒメへと顔を向けた。


「それで既に問題が起きてるんだって。」

「その通りです。こういう結果になるのは予想外でしたが、これから向かうので急いで移動しましょう。」


急ぐと言う事はそれだけの状況になっているのだろう。

しかし何故かヒコボシは笑顔でルリにまで履物を履かせ始めた。

その履物も見た目は女の子用の小さな草履で赤い綺麗な生地に覆われて表面には花が描かれている。

作りがとても美しくてルリの小さくて白い足には良く似合っているけどちょっと羨ましい。

あの手の履物はきっとアケ達にも良く似合うだろう。

なので俺は履かせているヒコボシに近寄ると声を潜めて話し掛けた。


「後でそれを買った店を教えてくれ。」

「フフフ!それなら職人を直接紹介しよう。そうすればその者に合った最高の物を作ってくれるぞ。」

「フフフ!流石ヒコボシだ。良く分かっているじゃないか。」

「フフフ!それ程でもないさ。」


俺達は互いに良い笑顔で笑い合うと約束を交わして立ち上がった。

ヒコボシの腕にはルリが抱えられ全く重さを感じさせない動きで歩きはじめる。

どうやらそのまま現場に行くようだけど子供を連れて行っても大丈夫なのだろうか。


「あれは大丈夫なのか?」

「言っても聞かないから気にしないでください。あの人の火蜥蜴や蛟も簡単に倒されましたが普通は強力な式神です。屋敷の中に入らなければ大丈夫でしょう。」


まあ2ヵ所に置いて来た土蜘蛛を回収するだけだから大した作業ではない。

それに地蔵菩薩の話を聞いているとルリの死は偶然や事故とは考え難く、見てはいけない何かを見て都合よく死んだから地獄に捕らえていたとは都合が良過ぎる。

何があったのかまでは聞いていないけど偶然に見せかけた何らかの手段で殺されたと見るべきだ。

それならしばらくは必ず誰かと一緒に行動して目を離さない方が良いだろう。

それこそ、こういうイレギュラーが起きた時こそ警戒しなければならない。

これは信頼が出来る相手に保護を頼んだ方が良いかもしれないけど、今回の事は今迄に無いほど大きな事なのでどんな要求をされるか分からない。

ちょっと事前に聞いておいた方が良さそうだ。


「呼びましたね。」


そう考えていると闇の中から1羽のカラスが舞い降りて俺の肩に止まった。

確かイザナミは俺の行動を観戦していると言っていたので今も見ていたのだろう。

そう言えばこれからちょっと事件を解決しに行くので見どころと言っても間違いない。


「実はルリの事だ。」

「あの者はアナタからすれば他人だと思いますが?」

「それでもだ。今のところ信用できる奴が居ないからな。それに俺の家族は俺自身の手で護るから問題ない。」

「それなら強化された上級蘇生薬で手を打つそうです。ただし、それは神が手を出さないと言う限定的なものに限るとの事なのでそれ以外に関してはこちらでは関与しないと伝言を受けています。」


どうやら俺の内心は既にお見通しの様だ。

しかし、この世の危険から子供を守るのは親として当然の事だろう。

そこに兄が2人も加われば大名が戦争を仕掛けてこようと今なら返り討ちに出来る。

ただそんな事を仕出かした奴が居るなら俺の方で平和的に撤退してもらうけどな。


「こっちは俺の方で話を通しておくからそっちは任せる。明日の朝にでもまた来てくれ。」

「・・・嫌です。私はまだ食べられたくありません。」


もしかするとミズメの事を言ているのだろうか。

野生なんてないだろうに防衛本能でも働いたのかもしれない。

神の使いを恐怖させるとはミズメの食欲もそろそろ神がかって来てると言うことか。


「それなら明日の朝以降に俺が呼ぶからその時に来てくれ。」

「分かりました。イザナミ様は今回の報酬には色々と期待されています。気合を入れて作る事をお勧めしますよ。」


きっと蘇生薬を欲しているのはイザナミ本人だろう。

確かイザナミは炎の神であるカグツチを産んだ時の火傷が原因で死に、それで黄泉の女王となったはずだ。

そこに生き返ったと言う文言は無いので今はゾンビや死人に類する存在なのかもしれない。

そうなると今までは渡していたアイテムを全て使えば蘇生も可能と判断しているのだろう。

またはその可能性があると考えるべきで失敗したら八つ当たりされそうだ。

しかし俺の予想だと上級蘇生薬・改でもまだ足りない気がする。

そうなった時に落胆したイザナミがルリを護りきってくれるだろうか。


「これはちょっと考える必要がありそうだな。」

「どうした同志よ。何か悩みでもあるのか?」

「ああ、ちょっとな。それよりも今のままでルリを護りきれると思ってるか。」


するとその顔に目に見える程の陰が浮かび上がっているので、やはり自身の力不足は十分に理解している様だ。

もしかするとあの禁術に手を出したのも最初は守る為の力を求めて事だったのかもしれない。

結果として暴走させたけどそれは能力と気持ちが足りなかっただけだ。

恐らくはレベルが50もあれば力ずくで従わせる事も容易いだろう。

そして、こんな話をするのもさっきから頻繁に申請が来ているからだ。

どうやら無意識みたいだけど今のヒコボシなら良いだろうと考えている。

後は本人の意思次第だろう。


「俺は・・・今は何があっても家族を守る力が欲しい。ルリを失った時には気付けば大事な存在は手が届かない所へと行ってしまっていた。だからこれからは何があっても守れるようになりたい。」


きっと以前のヒコボシなら他人を倒す力だけを求めただろうけど、今は守る為の力を求める様になっている。

これならきっと覚醒しても大丈夫なはずだ。


「なら、今なら力が手に入るからルリを下ろしてやれ。」

「・・・下ろさないとダメなのか?」


どうやらルリと離れるのがよっぽど嫌なようだ。

しかし痛みで反射的に強く抱きしめてしまった時に幼いルリでは危険過ぎる。

まだ5歳か6歳くらいとユウよりも少し幼いくらいに見えるので骨格が歪んだり骨が折れるでは済まないだろう。

なのでその辺の危険性を分かり易く簡潔に教えてやる事にした。


「今からお前の体に痛みが走るけどそれでルリに怪我をさせたら一生抱っこをさせてもらえなくなるぞ。」

「そうだな。カズタカ少しの間だけ頼む。」

「分かったけど・・・。」


そう言いながら今度はカズタカがルリを抱っこして歩き始めたけど、その顔が完全に緩んでいるのは敢えて言わないでおこう。

人は変わる時は数秒で変わるものなので、既に今朝の時に見た彼はこの世界の何処にも存在してはいない。

これからは良い兄としての人生を歩んでいけたらと心の底から願っている。


そしてヒコボシの準備が出来たので互いに頷いてボタンをポチっと押した。

するとその顔が僅かに動くだけで大きな変化を見せる様子はない。

まさか初めての失敗かと思ったけどそうではなかった様で独り言の様な感想が返って来た。


「ん~・・・。何時も受けているお仕置・・ん、ん~。教育の方が幾らか厳しい気がするが問題は無さそうだ。」

「それはきっと教育じゃなくて別の何かって言わないか。」


ここではあえて拷問とかSMといった用語は使わないけどオリヒメの折檻は現代の一般人が気絶するほどに厳しいようだ。

幼い子供が近くに居るので深くは追及しないけど、これからの事を考えると情操教育に良くないのでなるべき控える様に言っておこう。

何かの事故でその現場を目撃してしまったルリが、間違った解釈から変な扉を開くと大変だ。

特に半分だろうとオリヒメの血を引いていれば可能性は十分にある。


「しかし、こんな事で本当に強くなれるのか?」


そう言いながらもカズタカの許へと向かいルリを返す様に声を掛ける。

すると最初はカズタカも渋っていたけど、親子として笑顔の話し合いの結果ヒコボシの腕の中へと返還される事となった。

そしてルリの移動すると途端にヒコボシの表情に花が咲き、カズタカは枯れそうな向日葵の様な顔になる。

いつか喧嘩になりそうな気がするけどしばらくすれば落ち着くだろう。

そうでなければオリヒメがどうにかするに違いない。

そして目的地へと到着する前にステータスの事を説明をしておき今後はハルアキラと共に励むようにと伝えておいた。

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