196 ハルアキラの嫁 ③
匂いの元へと向かうと1つの飲食店へと到着した。
昼時と言う事もあって盛況な様で多くの客が訪れている。
多くの人が汁の入った丼を持っているので匂いからするとうどんに近い食べものだろう。
ただ、麺は俺の知る物とは違いホウトウに近そうだ。
それに野菜の姿はないけど浮いているのは天カスだろうか。
少し油っぽくみえるけどそのせいでそれ以外は詳しく見えない。
俺達は店員の案内で席に座ると爺さんが何も見ずに注文を行っている。
「アレを2人前じゃ。」
「はいはいアレですね~。」
そう言って店員の明るい返事を聞きながら注文を終えた。
まさかアレで注文が終わるとは思わなかったけど周りの客の声を聞いても皆がアレと言いながら注文をしている。
どうやら、この店ではそれだけ言えば通用する程に有名みたいだ。
「お待たせしました~!」
そして少しすると先程の店員が丼を運んでくると爺さんは金を払ってそれを受け取り、俺と自分の前に並べて置いた。
「これは何なんだ?」
「まあ、喰えば分かるじゃろ。」
そう言って進めて来るので俺は丼へと視線を落とした。
そこには何かの天婦羅の様な物が乗っていて下には先ほど見たうどんっぽい何かが入っている。
ただ天婦羅は所々で中が黒く見えていてこうして見るとかなり油ギッシュだ。
そのためまずは衣を掻き分けて下にある麺から頂く事にする。
しかし箸で摘まみ上げると形は歪で厚さにもバラツキがあるのでやっぱり麺類ではあるけど俺の知るうどんと呼ぶには程遠い感じだ。
そしてまずは麺を口に入れるとしっかりとした醤油の味を感じる。
油が強いので全体的に味も濃い口みたいだけど、麺としての味は見た目通りうどんとそれほど変わらない。
しかし、この味は天婦羅うどんと言うよりかは肉うどんと表現すれば良いだろうか。
どうやら秘密は天婦羅にある様で汁で柔らかくなった衣からはモツの様な肉が見える。
「どうしてわざわざ衣を付けて揚げてあるんだ?」
「それは普通に肉を提供している事が公になると捕まるからじゃよ。それにこれは天婦羅であって肉ではない。」
「そんな冗談みたいな事で良いのか?」
「良いんじゃよ。それに武将や豪商に仕える兵士や用心棒もここの常連らしいからな。誰だって野菜や米だけでは力は出んじゃろう。」
それで腰に刀を差していたり唯の町人にしては身形が良い奴らも居るんだな。
てっきりそれだけ美味いのかと思っていたけど味と言うよりも肉を食べに来ている訳か。
俺は料理をあまりしないから大きな事を言わないけど現代の料理人かアンドウさんが手を加えればもっと美味しくなりそうだ。
肉が食いたいとは言ったけどこれは少し油がキツ過ぎる。
まあ、これは爺さんの好意なので有難く完食させてもらい汁まで飲んで空にしておく。
俺達は飯を食い終わると互いに用件は終わっているので屋敷に帰る事にした。
なんでも早ければ今夜にでも事が起きるそうなので、待機してのんびりと過ごす事になった。
ただ俺は消費してしまったポーション類などの強化をしないといけない。
まあ、アケやユウと一緒に居れば元気百倍なのですぐに終わるだろう。
そして現在はのんびりするどころかミズメを含めた3人を連れて道を逆戻りしている所だ。
実は戻ってすぐにミズメと鉢合わせして俺の顔を見るなり詰め寄られたからに他ならない。
どうして外で飯を食べた事がバレたかと言うと・・・。
「あ、お帰りハル。何処に行って・・・ん!?」
ミズメは俺の顔を見るなり陸上部にも引けを取らない見事なフォームでこちらに駆けよって来た。
そして、こちらの顔をマジマジと見ると途端に目元が鋭くなったのだ。
「何を食べて来たのかな?」
「何故分かった!」
最近は別行動をする事も多いけど真面な食事を食べて帰ったのは今回が初めてだ。
今迄は何も疑われなかったので気にしていないのかと思っていたけど、どうやら違ったらしい。
しかし、これは疑うと言うよりも確信を持っている様なので何か理由がありそうだ。
それとも20メートル以上は離れていたのに人間離れした直感でも働いたのだろうか。
するとミズメは俺の口元で指を走らせ掬い取る様な動きを見せた。
「口元に油が付いてるよね。観念して何を食べて来たのか話しなさい。」
「バレたなら仕方ないか。」
どうやら口の周りにさっき食べたうどんの油が残っていたみたいだ。
現代ならああいった料理の店にはテーブルにナプキンなどが置いてあるけど、この時代にそういった気の利いた物は無い。
「それならアケとユウも呼んで食べに行くか。」
「さすがハルね。さっそく行きましょう。」
そう言ってミズメは真っ先に俺の右腕に抱き着いているので、きっと2人が来るまでに前もって確保したのだろう。
喧嘩はしないけど椅子取りゲームみたいに早い者勝ちみたいな事になってるので仕方ないけどちょっとだけ大人気ない。
まあ、アケとユウなら俺の背中に抱き着いてくるのでこの体勢がベストとも言える。
そういったやり取りがあって俺は道を戻り、4人でさっきの店に来ている訳だ。
あのうどんを日に2杯も食べるのは少し苦しいけど俺だけが食事をしない訳にはいかない。
そして到着すると昼時を過ぎている為にさっきよりも空いている店内へと入って行った。
「いらっしゃい。」
「アレを4つ頼む。」
「分かりました~。」
ちょうどテーブルが開いていたのでそこに腰を下ろすと爺さんが言っていた様に注文をする。
すると店員も同じ様に返事をして店の奥へと戻って行った。
そう言えばホルモンなどのモツにはコラーゲンがたくさん含まれているらしいので、もしかすると女性には良い食べ物かもしれない。
待っている間にその辺の豆知識を伝えると3人は箸を手にして気合を入れている
「こらあげん?が何か分からないけど綺麗になれるのね!これは沢山食べないと。」
「私も綺麗になる~。」
「これは負けられませんね。」
「程々にしないと本当に太るぞ。」
「「「大丈夫!」」」
何処からその自信が湧いてくるのか知らないけど、店の食材を食い尽くさない様にとだけは注意しておいた。
そして、うどんが到着し3人は思い思いに箸を動かし始めた。
こうなると話は出来ないので、と言うかミズメは声が耳に届かなくなる傾向があるので自然と会話はストップする。
食べ慣れた物だと大丈夫だけど今日は初めて食べる料理なのでしばらくは麺を啜る音だけが聞こえてくる。
なので俺はうどんを食べながら周りの会話に耳を向けた。
「何でも藤原北家の様子がおかしいらしいぞ。」
「あそこは色々やってるらしいからとうとう呪われたかもな。」
「なんでも、あそこの娘を娶ろうとしている家にも飛び火しているらしい。家の者が血相変えて走って行くのを見たってよ。」
「でも今の組織で大丈夫か?碌に仕事もしてねえし橋の件も陰陽師が解決したんだろ。」
どうやらあの橋の件はカズタカが解決した事になっている様だ。
別に善意でした訳でも誇るつもりもないのでどんな話になっていても気にはしない。
それどころか今は組織がボロボロなので彼ら陰陽師の評判が上がった方が都合が良いくらいだ。
それにしても油で口が良く滑る様になっているのか色々な話が聞こえてくる。
するとその中から気になる会話が聞こえて来た。
「そういえば、お前の家はどうなんだ?妹が居なくなってそれなりに経っただろ。」
「俺の所か。あれから平和なもんだよ。妹を組織に売り放って以来は何も起きてねえ。話によると魔物を誘き寄せる生餌にされるかもって事だが、生きてる限りは俺達に影響は無いらしいからどんな状態でも長生きしてほしいもんだ。」
「でもかなり美人だっただろ。勿体なくないか?」
「何言ってるんだ。アイツのせいで家は破滅しかけたんだぞ。夜になれば妖が寄って来るわ仕事は上手くいかないわでな。」
「オイオイ仕事に関してはお前自身の問題だろ。」
「全てアイツが悪いに決まってるさ。本音を言えばミズメにはすぐに死んでほしいくらいだぜ。」
俺はそこまで聞いて手に持っている箸を握り潰した。
強化はしていたけどそれを上回る力を加えてしまったみたいだ。
ただ、あちらにも理由がある様なので手を出さなければこちらも手を出すつもりは無い。
ミズメ自身にも出身が何処かは聞いていないけど親兄弟は居ると言っていたし、瀬戸内海を船で旅をした事も聞いている。
でも、こういう形でミズメの『兄』に出会うとは思わなかった。
たとえ『兄』であるあの男が『妹』を守る気が無いとしても気にしてはいけない。
どうせこれも偶然だろうから今回の事が終われば別の所へ移れば良いだけだ。
この店に二度と来なければ会う事もないだろう。
「そうだ気付いてるか。珍しくこの店に女が来てるみたいだぞ。」
「お前は女の事ばかりだな。まあ、その物好きの顔でも見てやるか。」
そう言って視線がこちらに向くのを背後から感じる。
それと同時に椅子を倒す音と同時に荒い足音がこちらへとやって来た。
「お前はもしかしてミズメか!?」
「・・・。」
しかし、今のミズメにその声は聞こえない。
食に集中する時は自分の世界に入っているので俺からするといつもの事だ。
「おい!無視してんじゃねえ!」
しかし兄の方はそれを別の意味で受け取ったようだけど兄妹なのにこんな当たり前の事も知らないのだろうか?
それとも力のせいで食事すら一緒に食べた事が無いのかもしれない。
そして兄は怒りの形相で容赦なくミズメの髪へと手を伸ばし鷲掴みにしようとしている。
しかし、そんな事を『良いお兄ちゃん』である俺が許すはずがないだろう。
妹は甘やかして笑わせて幸せにするのが兄の務めなんだからな!
そして一瞬だけ店内に風が巻き起こり周囲から声が上がった。
しかし俺とミズメの兄だけは既に店から飛び出し町を眼下に収められる高高度に移動している。
高さにして1000メートル位だろうけど俺は男の首を鷲掴みにして空中で宙吊りの状態にしてある。
この手を離すだけで目の前の不快過ぎるゴミを殺すには十分だ。
コイツの言葉を借りて本音を言えば触るのも嫌だし早く死んでもらいたい。
今も必死に俺の腕にしがみ付いて暴れているけど、これからどうしてくれようか。
ただ、これだけは伝えておく必要があるだろう。
「その腐った耳を最大限活用してしっかりと聞いておけ。アイツは今この時から俺の妹だ。町で見かけても手を出すな。いいな!」
「・・・お、覚えておけよ。こんな事をしてタダで済むとと思うな!」
どうやら、無駄に根性だけはあるみたいだ。
もしかして突然な事で周りの状況が理解できていないのかもしれない。
そうなるとまずは紐無しバンジーから楽しんでもらう事にした。
「お前の腐った頭に今の状況を教えてやろう。」
「何を言って・・ぎゃーーー!!ど、どうなってるんだーーー!?」
俺は腕を軽く振ると冷たい風に乗せて大空へと放り投げた。
すると男はゆっくりと回りながら周囲の光景を目に焼き付け、ここが何処なのかようやく理解してくれたようだ。
さっきまでは俺が首を握っていたから上しか見れなかったからな。
そしてミズメの兄になると宣言した事でこの男は既にアイツの兄ではない。
そもそも売っただけでなく死んでほしいなどと言っているような奴が親族であるだけでも虫唾が走る。
ただし、それだけがコイツが今も生きている理由であり、少しはミズメと同じ血が流れている事を感謝するべきだ。
しかし今後も兄を名乗ると言うならその時は本気で殺してしまうかもしれない。
今はまだ殺すべき時ではないので200メートル程落下した辺りで回収しておく。
見るとさっきまで大口を叩いていた割には簡単に気絶しており下半身も汚してしまっている。
俺はそれらを綺麗にしてやると、以前に出会った寺を修復している人たちの所へと向かって行った。
「やあ、こんにちわ。」
「お、どうしたんだ?」
彼らは今日も頑張って寺を修復していて作業も順調に進んでいる。
その出来は素人目から見ても中々の物なのでここに居る人の中に大工が居たみたいだ。
「ちょっとここで働かせて欲しい奴が居るんだ。俺の連れの親族なんだけど性根が腐ってるから徹底的に鍛え直してもらいたい。」
「ちょっと待ってな。俺だけだと判断が出来ねえからな。」
そう言ってその男性は遠くで作業をしている何人かに声を掛けた。
そして、こちらにやって来ると俺が足元に投げ捨てている男へと視線を向ける。
「コイツは何処かのボンボンか?」
「まあ、そうだろうな。別に死んでも良いけどなるべく生かさず殺さずで。」
「いや、それだと逃げ出して途中で獣に食われちまうよ。」
確かにそれだと後が面倒そうだ。
ミズメに知られること無く勝手に死ぬ所には魅力を感じるけど出来れば更正してもらいたい気持ちが少しはある。
でも俺は加減が分からないのでそこはここの人達に任せようと思う。
「その辺は任せるよ。それと困ってる事は無いか?」
「そうだな。食料はともかく塩などが不足しているな。」
「それなら俺の方でその辺は置いておくよ。木材の方はどうなんだ?」
「本格的な作業は来年からだが切って乾燥させておきたいが人手が足りてないのが現状だな。」
それならとその辺の事は俺の方でやっておく事にした。
俺は指示された木を切り倒すとそれを収納して必要数を確保する。
枝は切り取っておけば冬の薪にでもなるだろう。
魔法に慣れていれば乾燥も出来るんだけど今の俺だと加減が難しい。
要らない枝で一度試すとやり過ぎてスカスカになってしまったけど、これはこれで役に立ちそうだから覚えておこう。
「こんなもんで良いか?」
「ああ、術って凄いんだな。これだけあればこの冬も困らねえだろう。それに食料も色々と助かったぜ。」
「それじゃあ元気にやってくれ。」
「ああ。」
俺は軽く挨拶を終えるとさっきの店に戻って行った。
そして店に入るとそこには予想通りの光景が広がっているのが目に飛び込んでくる。
テーブルにはまるでわんこ蕎麦でも食べたのかと思えるほどの丼が重ねられていて、その横では店員の女の子が怯えるようにその様子を窺っている。
ただ、俺の座っていた席には厨房で料理をしていたオッサンが座っていてミズメと話をしているようだ。
ちなみにミズメは口にうどんを頬張りながらなのにいつもと変わらず明瞭な声で話している。
あれは本当にどうやってしているのか疑問だけど、話しているオッサンは気にしていないようだ。
俺はそこに向かいオッサンの横に腰を下ろすとさっそく声を掛けられた。
「よう兄ちゃん。別嬪な子を置いて何処に行ってたんだ。」
「ああ、ちょっと変な言いがかりをつけて来る兄ちゃんが居てな。店に迷惑が掛からない様に外でオ・ハ・ナ・シをして来たんだ。」
ただ元が付くのは言う必要はないだろう。
もし次に会う事があれば心を入れ替えた姿が見られるかもしれない。
「そりゃすまねえな。ハハハハハ!」
オッサンはそう言って笑うと薄い頭をパシパシと叩いてみせた。
その様子から客商売をするだけはあって人当たりも良いみたいだ。
「それで何をしてたんだ。」
「ちょっと凄い食べっぷりで今日の分は完食されちまってな。まあ、こっちとしちゃあ仕事が早く終わって楽なんだけどよ。そのついでに感想を聞いてたって所よ。」
「そうか。散々な事を言われたんじゃないか?」
「あー実はここでは死んだ牛や馬の肉が材料なんだけどよ。中には歳を取ってる奴も居るから味はともかく肉が硬ーんだよな。その辺の感想や麺に関する事を色々と聞いてたんだ。でもこの嬢ちゃんのおかげで色々と改善できそうだぜ。道具に関しても色々と教えてもらったからな。」
手元に置いている紙を見ると麺を切る時に使う麺切包丁や切る時に面を抑える圧し板などが書かれている。
九州でラーメンをしているアンドウさんの店にも有ったのでそれを覚えていたのだろう。
あそこは周りからも見える様にオープン式のキッチンになっていたから調理の様子を見る事が出来る。。
それに油に関する事や硬い肉を酒で煮込んだり付け込む事で柔らかくなる事などさっき言っていた事の改善点にも触れている。
これなら少しすれば美味しくなったうどんが食べられるかもしれない。
それにさっき俺が教えた肌にも良いとちゃっかり書いてあって新たな客層の獲得にも余念が無さそうだ。
この時代の一般女性は痩せている人が殆どなので太ると言う心配はないだろう。
それどころか健康にも良いかもしれないな。
するとオッサンは立ち上がると厨房がある奥へと向かって行った。
その途中でこちらに振り向くと声を掛けて来る。
「俺はこれから試作に入るからまた来てくれよな。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
ちょっとミズメが試作という言葉に耳を動かしているけど流石にそろそろ戻らないといけない。
なので俺は動こうとしないミズメの手を握って立たせると屋敷へと戻って行った。
どうせまだしばらくはこの町に滞在するのでまた来れば良いだろう。




