195 ハルアキラの嫁 ②
俺はハルアキラに連れられて屋敷の中を進み続けている。
ただ、俺にはここの結界が効かないので碁盤の様な道をグルグル回っているのが分かっている。
きっと正しい道順でなければ目的の部屋まで辿り着けないのだろうけど、普通の家と同じに見えている俺からすると面倒この上ない。
それにミズメの様に服を掴ませたり、アケとユウの様に手を引くという選択肢は頼まれない限りしたくない。
だから俺なら一直線に目的の部屋まで行けるけどハルアキラを置いて行く訳にはいかないので素直に付いて行っている。
途中にカズタカとも擦違ったけど俺達に気付いていないようで、ハルアキラも同じように認識が出来ていないようだ。
体が当たりそうだと互いに無意識に避けているのでかなり便利な仕様みたいだ。
ついでなのでカズタカも連れて行ってやろう。
「聞こえるか?」
「・・・。」
しかし声を掛けても返事が無いので俺の事も認識をされていないようだ。
ただこれは俺が結界の工程に沿って歩いているからで、触っても反応しないのでそのまま1撃を入れて気絶させると肩に担いで進むのを再開した。
ハルアキラはと言うと道を進むのに必死なのか、それとも心に余裕が無いのか真直ぐに前を見て歩き続けている。
どうやら俺がカズタカを担いでいるのにも気付いていないみたいだ。
それにしても周りは同じ壁や等間隔に同じ柄の襖があるだけなので一度迷うと大変そうだ。
既に30分近く歩いているので気分的には昔のゲームに出て来るダンジョンを思い出す。
あれも通路を歩いていると周囲にほとんど変化が無いから油断をすると何処に居るのか分からなくなる。
そして少しするとようやく到着した様で襖の前で足を止めた。
それにしてもかなり歩いたのに目的地は屋敷の入り口から少ししか離れていないので強行してでもこの部屋に来た方が楽だったかもしれない。
「ここまで真直ぐに来れないかったのか?」
「この屋敷の何処にこの部屋があるのかを知っている人間は殆ど居ないから無理だ。・・・何でカズタカを担いでるんだ?」
「途中で拾った。それよりも早く入るぞ。」
「ちょっと待て!」
しかし待てと言われる前に俺は既に襖を開けており体の表面を電流の様な光りが走るのが見える。
「アババババ・・・!」
「なんだかカズタカが痙攣してるぞ?」
「それは侵入者対策で勝手に襖へ振れると電撃で痺れる様に術が施してあるからだ。それよりも早く襖から手を離さないとカズタカがショック死するぞ。」
今も電撃は継続されいるので俺の表面を伝ってカズタカは軽快なダンス(痙攣)をしている。
きっと電気ショックによる麻痺効果を狙った物だろうけどやり過ぎは体に良くない。
それにしても絶縁体になれるかと思ったら電気が体の表面を流れて行くとは良い発見だ。
お礼にちゃんと回復しておいてやろう。
俺は襖から手を離すと担いでいるカズタカを室内に降ろして回復させておく。
そして周囲に視線を向けるとそこには控え目な色の着物を着たオリヒメさんと、爺さんが呆れた目で俺を見ていた。
それに横を見ればそこにはハルアキラも居てこちらも似た様な目を向けて来る。
さっきまでのシリアスは何処に消えたのだろうかと聞きたいところだが、この部屋にはもう1つシリアスとは程遠い存在が居る。
それはオリヒメの横に居るヒコボシで体を縄で縛られボロボロの状態で転がされている。
何とも哀れな姿だけどそれに気を止めているのはここに来たばかりの俺だけだ。
ただし意識に入れたのは一瞬だけで今はオブジェとしか思っておらず、ちょっとした悪趣味な飾り程度と言ったところだ。
俺は軽い足取りで爺さんの横に腰を下ろすとオリヒメに向かって話を促した。
「それで俺を呼んだ理由は?」
「それは儂が蘇生薬について話したからじゃ。」
そう言って理由を述べたのはやっぱり爺さんだった。
この状況だともしかしてとは思っていたけど予想は的中していたらしい。
しかし、こうして俺を呼び止めるという事は蘇生薬が必要な理由があるのだろう。
ただし3人の鍛錬をしているとうっかり殺しそうとかいう理由でない事を願いたい。
するとオリヒメさんが口を開くと追加の説明が始まった。
「事の起こりはハルアキラたちも幼かった20年ほど前になります。私達には3人目の子である瑠莉という娘が居ました。」
「それは即ち、ハルアキラたちの妹か?」
「ええ、そうなりますね。」
しかし居ましたと言うことは既に故人ということになる。
もし生き返らせて欲しいと言われても20年も前の魂が黄泉に残っているだろうか?
「確認の為に言っておくけど邪神に関係したうえで魂が無ければ蘇生は出来ないからな。」
「分かっています。」
一応は理解をしてくれている様で安心した。
なんたって俺は奇跡を起こせる神ではなく、神が起こした奇跡を持っているだけに過ぎない。
無理だった時に逆恨みされても迷惑なだけだ。
「それで体の一部は何処にあるんだ?」
「それは今から出します。」
そう言って立ち上がったオリヒメさんは部屋に備え付けられている観音扉へと向かって行く。
そして、それを開けるとそこには綺麗に掃除されている仏壇があり小さな白い壺が置かれていた。
この時代で見るのは初めてだけど骨壺のようで、子供でも頭の骨は燃え残りやすいので材料としては申し分ない。
それにどうせ使うのは上級蘇生薬だ。
あれなら条件が揃っていれば体のどの部分でも問題なく成功する。
それにしてもあそこに置いてある仏像は阿弥陀如来像ではなさそうだ。
何処か神と言うよりも徳の高い坊さんの様に見えるので幼い娘の為に作った物なら地蔵菩薩だろう。
たしか地蔵も子供の守護者であり、多くの人を救う役割を持った神だったはずだ。
もし歴史の通りならこの時代には苦しんでいる人も多いだろうからさぞ信仰を集められただろう。
それなのに四国で地上を彷徨っていた子供の魂も救えないのとは何をやっているんだ。
俺から言わせれば穀潰しの無駄飯ぐらいも甚だしい。
「そう言えば呪いに使う藁人形は髪や写真を取り付ける事で相手に見立てて効果を発揮するんだったな。」
「何を言っているのですか?」
すると俺が零した独り言にオリヒメさんが反応する。
しかし首を傾げながらも元々が真面目な性格なのか自身の知識から補足をしてくれる。
「後は名前を書いた紙などを取り付けるのも効果的です。それに核となる依り代は相手に似せる事でも効果があります。」
「それなら丁度良い物が目の前にあるな。」
目の前には30センチ程のサイズの木彫りの地蔵菩薩像があるのでもしかすると俺の抱いている思いが時空を超えて届くかもしれない。
なので抜身の刀を取り出すと片手で握って腰を落とした。
そして刀を引いて突きの体勢に入ると刀身の側面へと左手を添える。
「ロックオン完了・・・チェリオーーー!」
俺は全ての能力をフル活用して渾身の1撃を放ち、狙うはその穏やかな表情にある眉間の一点のみ!!
その突然の行動に爺さんは額に手を当てて呆れた表情を浮かべ、他の付き合いが短い面子は驚きの表情を浮かべている。
するとそんな俺に向かって驚きながらも声を上げる者が現れた。
「貴様は何をするかーーー!」
そして声を上げた者はそのまま横に飛び退きギリギリの所で突きを躱して見せた。
その代わり、その背後にあった壁が衝撃波で粉砕され人よりも大きな穴が出来上がっている。
きっと直撃していれば首から上は粉砕され、それ以外の所もただでは済まなかっただろう。
それにしても当てる気で放った1撃をあのタイミングで躱されるとは俺もまだまだだな。
次の機会があれば1撃で仕留められるように今後も精進しておこう。
「それにしてもまさか像に憑依して躱すとは思わなかったぞ。」
「当り前じゃ。あのままこの像が粉砕されたら儂にまでダメージが来てしまうわい。貴様はもう少し穏やかに他人を呼べんのか!?」
そんな事を言われても来るとは思っていなかった。
こちらとしては呼ぶのではなく、(呪いを)送るつもりだったので勝手に来ておいて酷い言い草だ。
「心の声が駄々洩れじゃぞ。」
「おっと!悪い悪い、次は声に出さないようにするから。」
「どちらでも悪いわ!」
ちなみに今のやり取りの間も爺さんは頭を抱え、他の面々は驚きを通り越してフリーズしている。
この差はきっと爺さんの方は仕事で神との接点も有るので慣れているからだろう。
固まっている奴は放っておいても何時は意識を取り戻すとして、せっかく現れてくれたのだからそれを利用いない手はない。
「だから考えが口から出ておるぞ!」
「なら話は早いな。ハルアキラの妹について聞きたい。」
「そこで親を差し置いて兄の名前を出すのがお前らしいのう。」
すると爺さんが横からツッコミを入れて来るけど、それに関してはスルーさせてもらう。
出来れば上級蘇生薬は大事に使いたいのでここでダメと言われたら節約が出来る。
「それでどうなんだ?」
「確かにその者の魂は地獄に繋ぎ止めてある。」
「繋ぎ止めてある?どういうことだ。」
「その者は見てはいけないモノを見た。それはこれからの事を左右する重大な事じゃ。じゃから賽の河原で・・・。『ガシ!』」
「賽の河原が何だって!?」
俺は先程の突きを遥かに超える速度で地蔵菩薩の頭を握り締めた。
どうやら爺さんも目で追えなかったのか珍しく驚いた表情を浮かべている。
ただ、そんな事よりも問題なのは賽の河原だ。
あそこは確か親より先に死んだ子供が石を積む罰を受ける所だったはず。
そこに居る子供たちは彷徨い歩いて足から血を流し、石を積むために指先をすり減らして血を流していると言い伝えられている。
そして何度石を積もうとそこを徘徊する鬼たちが完成前に崩してしまうので永遠に完成しないらしい。
なんでもそこを出る為には親が子供の死を受け入れて悲しみを振り払うか、地蔵菩薩によって救われるしか無いそうだ。
その手段の一つでる地蔵菩薩が何を馬鹿な事を言っているんだ。
「握り潰されたくなかったら色々と歌ってもらおうか!」
「ま、待つのじゃ!このまま潰されたら儂でもタダでは済まな・・イダダダダダ!」
「さあ、早く囀れ。そして・・・死ね!」
「マジだコイツ!!」
その結果、地蔵菩薩は色々と話していたけど俺の耳には途切れて聞こえない。
きっとイザナミの時と同じ状況とみて間違いないだろう。
何度か耳に手を当てて「聞こえんな~。」と言いながら手の中でミシミシと音を鳴らしてやる。
その度に必死になって何かを言っていたけどやっぱり聞こえ方は変わらないようだ。
この事から今回の事に深く関わっているのは邪神では無いことが分かった。
そうなると生き返らせる事が不可能なのでどうしようかと悩んでしまう。
『ミシミシ!』
「ノー!ちょ、少し待つのじゃ!良い事を教えてやるから~。」
「良い事?それなら早く言え。」
首をミシミシ鳴らすと地蔵菩薩は必至な感じの叫びを上げる。
仕方ないので力をいったん緩めて反対方向へと力を加えた。
「折れる!折れる!折れる!マジで折れる!」
「言わないと本気で折るぞ。」
「分かった。すぐに言うから力を抜いて~。」
『ミシミシミシ』
「そ、蘇生薬の強化じゃ!それを成功させられれば蘇生が出来ると言っておったーーー!」
蘇生薬の強化と言えば中級は効果期限が伸びた事が分かっている。
そうなると上級を強化すると邪神の括りが消えるって事かもしれない。
しかし誰から聞いたのかと言うのが問題になって来る。
なにせ中級でも体力の限界まで消費してやっと強化が完了したので、それが上級となるとどれ程の消耗が有るか予想も出来ない。
それにコイツは成功すればと言っているので必ず成功する訳では無いという事だ。
又は助かりたいだけで失敗すると分かっていて適当な事を言っている可能性だってある。
ただ、いつかは試そうとは思っていた事でもあるのでここで試すのも悪くはない。
問題があるとすれば両手を使うので地蔵菩薩から手を離さないといけないので逃げられるという懸念が生まれる事だ。
まあ、そうなれば再び似た様な仏像を手に入れて突き刺せば良いだろう。
何十、何百、何千回だろうと再び地上に現れるまで続けてやる。
「なら、お前の言葉を信じてちょっと強化してみるからな。」
「そ、そうか。助かった。」
俺は地蔵菩薩を解放すると片手には上級蘇生薬を持ち、反対には中級ポーション・改を手にする。
それ以外にも予備を足元に並べ、何時でも飲めるようにして準備を整える。
そしてポーションを口に咥えるとスキルを使って強化を開始した。
するとまるで砂利に水を流した様に底なしに体力が減少して行く。
しかし、そのままだと体力が底をついてしまうのでポーションを少しずつ飲みながら回復させ減少と回復をくり返す。
ハッキリ言って少し油断するだけで体力を根こそぎ持って行かれそうだ。
既にポーションも10本飲み干していて事前に出して置いた物は飲み切り、新しく出している有り様だ。
もしかすると1人の相手に対する出費としては今迄で最大かもしれない。
それに使用した体力も数値化すれば軽く2万を超えているだろう。
そこから考えると俺がレベル1の時の防御値が10だったのでこの時点で2000倍も消費した事になる。
まさに神の領域と言っても良い程の膨大なコストを支払っている。
そして20本目に手を伸ばそうとするとようやく強化が完了した。
いくら大量の中級ポーションを持っていると言っても強化済みの物はまだそれ程多くは持っていない。
時間のある時に細々と作ってはいるけど強化を始めて日も浅く、強化するのはポーションだけではない。
特に解毒ポーションは万能薬から万能薬・改にまで強化が出来るので手間もかかる。
それに強化でポーションを消費するのは勿体ないのでスキルで体力の回復を行いながらになる。
現代ならともかく、この時代ではポーションも貴重なので最近は無駄使いをしたくないのが本音だ。
「さあ完成したぞ。」
「それなら儂の上からどいてくれんか!?」
そう言えば逃げようとしたから足で踏んで動きを封じていたんだった。
だって急に動き出そうとすると反射的に捕まえたくなるだろ。
「ああ、すまない。」
「神としてこんな扱いをされたのは初めてじゃ!」
「神ならもっと自分の役割を理解して仕事に励め。お前の役割を言ってみろ。」
「うっ、人を救う・・・。」
「声が小さい!」
「人を救う事じゃ!」
「違う!主に子供を救う事だ!」
「それは差別じゃろ!」
チッ!
勢いで押し切れると思っていたのに思っていたよりは人道的な神のようだ。
仕方ないから今日はこれくらいで勘弁してやることにして、俺は舌打ちをしながら地蔵菩薩から足を退けるともう用がないので解放してやる。
「それと言っておくが、これで蘇生にしっぱしたら本気で圧し折るぞ。」
「・・・大丈夫なはずじゃ。」
ハッキリとしないけど人から言われた話では仕方ないだろう。
いざとなればコイツの首に首輪を着けてでも地獄へ直接迎えに行くしかない。
ここまでアイテムを消費して失敗しましたでは引っ込みが付かないからな。
ちなみに上級蘇生薬の効果を鑑定すると邪神の文字が消えていたのできっと大丈夫なはずだ。
そして俺は壺から骨を取り出すといつもの様に蘇生薬を振り掛ける。
すると無事に効果が発揮されて骨は光りを放ち、人の形へと変わっていくので裸の少女が出て来てしまう前に大きめのタオルでも掛けてやる。
体が小さいのは四国で蘇らせたヤマネの様に子供の時に死んだからだろう。
これで後は家族で勝手に再開を楽しんでくれれば良いだけだ。
それに今日は疲れたと言うよりも腹が空いたのでそろそろお暇しようと思う。
「爺さんはこれからどうするんだ?」
「儂もそろそろ帰ろうかの。どうじゃ飯ぐらいは奢ってやるぞ。」
そう言えばこの町に来てから外で食べた記憶がない。
食べる時間も無かったと言えなくもないけどたまには良いだろう。
「それなら、なんだか肉が食いたいゲマ。」
「たまにお前はおかしな事を言うな。」
「これは聞かなかったことにしてくれ。」
考えてみればこの時代で肉肉しい肉料理が置かれた店を見た事が無いので、きっと表立って食える所は無いに等しいのだろう。
それにアンドウさんの店にあった『らうめん』もチャーシューを麺の下に入れて上手く隠していた。
しかし、あの店でも裏メニューには入っていたけど、通常の方には入っていなかったので普通は食べられないのかもしれない。
「どうやら気付いた様じゃな。まあ、期待には沿えんじゃろうが付いて来い。」
そして俺は爺さんに付いて屋敷から出ると店へと向かって行った。
ただ何気に爺さんもあの結界の影響を受けない様で出るのに1分と掛からなかった。
すると道を歩いている途中で何やら良い匂いが漂って来たので、どうやら思っていたよりも期待が出来そうな雰囲気だ。




